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「競馬界の電車男」大江原圭 未勝利新人騎手への声援は時代の空気か ダイヤモンド・オンライン


マニアックな競馬ファンから注目を集めている騎手がいる。好騎乗で勝利を積み重ねているからではない。まったく逆で、デビューして1年4ヵ月、1度も勝ったことがない若手騎手だ。名前は大江原圭。

JRAでは昨年3月、3人の新人騎手がデビューした。三浦皇成、伊藤工真、そして大江原である。

三浦のことは知っている人も多いだろう。昨年は新人にもかかわらず勝ちまくり、武豊が持っていたJRA新人年間最多勝利記録(69勝)を大幅に塗り替える91勝をあげた。今年に入っても順調に勝ち星を積み上げ、2月8日には101勝を達成。新人騎手に与えられる減量特典も消えた。

新人は技術が未熟なうえ経験も乏しいため見習騎手と呼ばれ、そのハンデを補う減量特典が与えられる。同じ馬に同じ騎手が乗った場合、負担重量1キロの差は1馬身差になるといわれる。新人にはその減量特典を与えて勝たせ、自信を植えつけようという制度だ。デビュー時点の騎手は誰もが負担重量マイナス 3キロからスタート。31勝以上するとそれはマイナス2キロになり、51勝以上100勝以下はマイナス1キロ、101勝した時点で減量特典は消える。三浦はデビューして1年も経たないうちに見習を卒業し、一人前の騎手の座を勝ち取ったのである。

これだけの活躍を見せればマスコミも放っておかない。テレビや新聞・雑誌がこぞって取り上げ、人気は急上昇。今年6月にはタレントほしのあきとの交際が報じられるなど、華やかな話題にも事欠かない。売上が落ち込んでいるJRAが人気回復の切り札として期待しているホープである。

勝ち続ける三浦と対照的に
まったく勝てない大江原

三浦が突出した活躍をしているため、比較して見られるようになったのが同期の伊藤工と大江原だ。三浦は光であり、伊藤工と大江原は陰的存在。ただ、伊藤工は初勝利まで8ヵ月近くかかる苦労はしたものの、その後は安定した騎乗を見せるようになり、今年はすでに13勝。「いい馬に乗せれば確実に上位に持ってくる若手」という評価を得ている。

ところが大江原は、これまで120回騎乗して、0勝・2着2回・3着2回という成績。未勝利であるばかりか、当たり馬券の対象になることもめったにないのだ。

そんな騎手になぜ注目が集まっているのか。

競馬の騎手は、限られたチャンスをものにできるかどうかで、その後が大きく変わる。勝てる能力がある馬に乗せてもらった時はちゃんと勝たせる、あるいは穴馬に乗った時はその馬の潜在能力を引き出し上位に持ってくる→そうした好騎乗を見せることが評価につながり騎乗依頼が多くなる→実戦経験が増えれば腕も上がり勝利数は増加→さらにいい馬に乗るチャンスが増える、という好循環の流れに乗れるのだ。ところが、チャンスをつかめずにいるとまったく逆の悪循環が延々と続くことになる。

三浦と大江原に大きな差がついたのはまさにこのパターンだった。三浦はデビュー初日の特別競走で初勝利を飾った。特別競走というのは○○特別、 ○○賞といった名称がつく賞金の高いレースで、新人騎手であっても減量特典はない。そんな大舞台にも臆することなく騎乗し6番人気の馬を1着に持ってきたのだ。「三浦は乗れる」という評価が一気に高まり騎乗依頼が増えていった。

三浦は所属厩舎にも恵まれた。師匠の河野通文調教師は人情家で知られ、弟子を育てるため厩舎の期待馬の多くを任せたのだ。三浦はその期待に好結果で応えたのである。チャンスを生かし好循環の流れを作ったのは三浦の実力に他ならないが、加えて運にも恵まれたといえる。

一方、大江原のデビューは散々だった。初日にいきなり他馬の進路を妨害し降着処分。4日間の騎乗停止になる大失態を犯してしまったのだ。馬を御すことができない未熟者という烙印が押され、騎乗依頼がほとんどなくなった。また、乗れたとしても弱い馬ばかりで上位に食い込むことはまれ。騎手を決めるのは馬主や調教師だが、最近はドライな人が多く、勝てるチャンスがある馬はリーディング上位の腕利き騎手に依頼する。たまに乗っても後方ばかりの大江原にはお呼びがかからず、経験も積めないという悪循環が続いた。

そんな1年を過ごした大江原は流れを変えるための行動に出る。本拠地を関西から関東に移し、障害レースにも騎乗するようになったのだ。大江原の父は障害騎手として鳴らした大江原隆。また伯父にはやはり名障害騎手だった大江原哲がいて調教師をしている。環境を変え、この血筋と人脈に悪い流れを変える望みを託したのだ。

それでも状況は好転しなかった。障害レースでもいい馬はまわって来ず惨敗続き。騎乗機会にも恵まれなかった。

レース当日に2ちゃんねるで
声援され「電車男」状態に

しかし5月30日、東京競馬場で行われた障害レースで大江原は見る者を驚かせる騎乗を見せる。単勝193倍、14頭立ての13番人気だった馬・モルフェサイレンスを3着に持ってきたのだ。もっともこれで大江原の評価が高まったわけではない。レースの着順は相手関係や展開によっても変わる。この3着も多くのファンはフロックと見た。

ところが同馬に再度騎乗した6月20日のレースでは着順をひとつ上げて2着に入ったのだ。「これはフロックじゃない。初勝利は近い」と多くのファンが思った。

そして同馬に再び乗る時が来た。7月12日、福島競馬場で行われた障害レースだ。この時のネットの反応が興味深い。2ちゃんねるには昨年から大江原専用の掲示板があった。当初は大江原のダメっぷりを揶揄する書き込みが大半だったが、レース当日はほとんどが応援にまわったのだ。「いよいよこの日がきた」、「ドキドキしてきた」等々、大江原の初勝利を願う書き込みが並んだ。

2ちゃんねるは5年ほど前、「電車男」で盛り上がった。不器用な男の恋愛をネットの住人がみんなで応援した出来事だ。普段の書き込みは中傷めいたものが多いが、この時は応援の声が集まり、心温まる話としてドラマや映画にもなった。もちろん社会現象になった電車男とは盛り上がりの規模が違うが、ひとりの人物をネットがこぞって応援するという点では同じ。「競馬版電車男」と言っていいだろう。

また、大江原を応援する空気はネットだけのものではなかった。大江原騎乗のモルフェサイレンスは単勝2,1倍という断然の一番人気になった。落馬のリスクが高い障害レースで、これだけの人気を集めるのは珍しい。ネットの住人だけでなく、多くの競馬ファンが大江原の初勝利を願っていた証拠だ。

大不況の今、多くの人が辛い日々を送っている。悪循環が続く状況をなんとか立て直したいという思いを持つ人は少なくない。三浦に大きく水を開けられただけでなく、未だ未勝利の大江原は同様の境遇にあるといえる。

その大江原が悪い流れを断ち切るチャンスをつかもうとしている。それも与えられたものではなく自分で作ったチャンスだ。「運にも実力にも恵まれスター街道を突っ走る三浦を応援する必要はない。オレたちが応援するのは大江原だ」。そんな気持ちになったファンが多かったのではないだろうか。

ところが、事はうまく運ばない。12日のレースで大江原騎乗のモルフェサイレンスは健闘むなしく2着に終わった。そして1週後の18日(先週土曜)、アクシデントにも見舞われた。この日、大江原はムーレスナイトという馬で障害レースに出場。同馬は平地競走で好成績を残していたが、障害レースは初参戦。未知数の馬だ。それでも単勝8.5倍の4番人気になった。大江原の初勝利に期待を寄せる人がそれだけ多いということだろう。だが、初障害戦はやはり厳しく飛越に失敗。落馬して大江原は馬場に叩きつけられた。幸いケガは4か所の打撲で済んだが恐怖心は残るはず。これからは初勝利に挑戦する重荷だけでなく、恐怖心とも闘わなければならなくなった。

だが、そうした苦難が襲いかかるほど、大江原に対する応援の声は盛り上がるに違いない。

その応援の書き込みに次のようなものがあった。

「まだ逆転できる。伊藤工より先に重勝制覇、三浦より先にG1制覇」

大江原は一発逆転の夢を託す存在になったのだ。そのストーリーは果たして実現するのか。今後を見守りたい。

相沢光一(スポーツライター)【第64回】 2009年07月22日
http://diamond.jp/series/sports_opinion/10064/



今日の出来事(2009年7月15日)

* 競走中止
4R 4番 ムーンレスナイト号(▲大江原 圭騎手)
1周目4号障害飛越時にバランスを崩し、騎手が落馬したため競走を中止

馬 : 異状なし
騎手 : 右側胸部打撲、右側腹部打撲、左前腕打撲、左下腿打撲




今日の出来事(2009年7月26日) JRA

・ 大江原 圭騎手 JRA初勝利!
大江原 圭騎手(美浦:フリー)は、4Rで6番キングアーサー号に騎乗しJRA初勝利を挙げました。
コメント:今はすごく気持ちがいいです。馬の力は違うと思っていましたが、最後は『残ってくれ』と願っていました。ゴールの瞬間はとても嬉しかったです。

これまでは(なかなか勝てず)苦しかったですが、やっと1勝できたので、これからは(同期の)伊藤君に勝てるように、一生懸命頑張っていきたいです。

今後も応援よろしくお願いします。




大江原圭騎手、JRA初勝利 netkeiba.com

 26日、新潟4R・障害3歳以上未勝利(障害芝2850m)で2番人気キングアーサー(牡6、美浦・藤沢和雄厩舎)が優勝。騎乗していた大江原圭騎手(19、美浦・フリー)はJRA初勝利を挙げた。

 大江原圭(おおえはら けい)騎手は90年2月26日生まれ、茨城県出身。父は04年中山グランドジャンプ(JGI)など障害重賞4勝、JRA通算133勝を挙げた大江原隆元騎手。昨年3月1日のデビュー以来、121戦目での初勝利となった。

 この勝利により、08年に競馬学校を卒業した新人騎手(他に三浦皇成騎手、伊藤工真騎手)はすべて勝利したことになった。



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最終更新:2009年07月26日 20:14