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食糧生産地(食糧生産地 (EV14食糧増産にて収得))


「食糧生産地」

L:食糧生産地 = {
 t:名称 = 食糧生産地(施設)
 t:要点 = 食料,育成中の食料,生産地で働く国民
 t:周辺環境 = 食糧倉庫,食糧生産に向いた地形
 t:評価 = なし
 t:特殊 = {
  *食糧生産地の施設カテゴリ = ,,,国家施設。
  *食糧生産地の位置づけ = ,,,生産施設。
  *食糧生産地の面積 = ,,,10000m2。
  *食糧生産地の食料生産 = ,,,(生産フェイズごとに)食料+15万t。
 }
 t:→次のアイドレス = 神殿(施設),農業機械(施設),食糧倉庫(施設),猫神(にゃんにゃん共和国のみ)(職業)

 ※HQ認定により、生産量+5万tされ、20万t生産できる

設定:(担当:リワマヒ国文族の皆さん )


「リワマヒ国と田んぼ」


絵:シコウさん


 リワマヒ国では冬に積もった雪が解けたときに洪水が発生し、多少の被害と引き換えに栄養分を多く含んだ豊かな土壌を運んでくる。その土と水がたまってできた沼沢を利用して米の生産を行っている。小国であるため田植えの作業は一般の国民だけでなく、藩王や執政までの国全体の全国民が参加する一大イベントなっている。天候を考慮したうえで会議によって田植えの日程が決定され、その日に国民全体が参加する大仕事である。

本来であればとてもしんどい作業であるため嫌がられるはずのこの田植え作業であるが、ただ田植えの作業を行うだけではなく、同じ日に豊作を願う儀式やお祭りも一緒に行われるため、田植えの作業をするときのリワマヒ国はいつも以上に活気に満ちており、国民たちもこの日を待ち望んでいる。

春に田植えをした稲は夏の間にすくすくと育ち、秋を迎えると収穫される。このときも田植えのときと同様に国民総出による作業となる。収穫後には無事に収穫できたことを自然に感謝するための儀式と、収穫を祝う収穫祭がとり行われる。収穫祭では取れたての新米を使った料理が振舞われる。このときの料理は米の味を存分に楽しめるように藩王の好物であるお茶漬けや、塩にぎり(藩国の財政が苦しいときにはこればっかり食卓に並ぶ)などの米がメインとして使用された料理が多く、どれも大量に作られて作業を終えた国民たちに配られる。イラストは田植えをする国民たちを描いたもの。


「インタビュー:農家のおっちゃんにインタビュー」

ええ、今回初仕事で農家のおっちゃんにインタビューすることになった新人Mです。
とりあえずリワマヒの農家なら誰でもよさそうだったので、塩むすびをくれたおっちゃん(ゴサク)にインタビューしてみました。

○一人目:稲作農家のゴサクさん
新人M「えー、塩むすび美味しかったので、おっちゃんのことを教えてください。」
ゴサク「何がなんだかさっぱりだ、オラはただの農家だが。」

インタビューした農家のおっちゃんのプロフィール
 名前 ゴサク
 リワマヒで古くから稲作を行っている農家の当代、両親と兄、二人の子供と
3代で稲作に励んでいる。
 最近のお気に入りはバッドさんのコロッケ屋台の『男のメンチカツコロッケ』。

―自己紹介をどうぞ

ゴ:オラん家はリワマヒで古くから稲作で生計を立ててる農家のゴサクといいます。、
  今はオラの両親と兄貴のヨサク、オラの二人の子供と一緒にやってます。

―稲作の仕事について詳しく教えてください

ゴ:リワマヒでは冬に積もった雪の雪解け水が運んでくるんですが、その土や水を非常に栄養分豊かな土壌として重宝しています。
  運ばれてきた土と水のたまった沼沢を水田にそのまま使うんです。
  水害で運ばれてくる草木等が堆肥となり、肥料をわざわざやる必要もない本当に豊かな土壌となってくれるんで。
  ただ、どうしても岩や大きな土の塊等もありますので田起こしはやってます。

―大自然の力は偉大ですなー、豊かな土壌があってこその稲作なわけですね

ゴ:ええ、本当に感謝しております。
  特にこのリワマヒの環境は稲作をするのに非常に適しているんですが、しってましたか?

―(メモをひっぱりだして確認中)

ゴ:リワマヒは定期的な雨量が見込めるんですが、これが水田を維持するのにとても最適です。
  定期的な雨量があるので水耕栽培することができるわけです、雨が降らなければ定期的に水を水田に送り込まなければならないでしょ。
  雪解け水が運んでくる土や水でできた沼沢を利用しているので水耕栽培しかできない環境ですが、水耕栽培には最高の環境なんです。
  水耕栽培のほうが品質のいい米ができ収穫高も高いとも言われています。
  詳しい理由はLOW機関のほうにでも聞いてください、ただオラの家では代々そう教えられてきてるんです。

―リワマヒの環境は最高ですか

ゴ:このリワマヒの環境があればこそだと思ってます。
  自然環境が全てではなく、食に理解ある王様や国民環境もです。
  リワマヒでは田植えも収穫も全国民で国をあげて盛大に行ってくれます、農家としては本当に感謝してます。
  よりよい作物を作って国民の期待に応える、それがリワマヒの農家のつとめだと思ってます。  

―田植えも収穫も大変な作業ですなぁ、そしてそれを国をあげて手伝うというのがとてもいい。

ゴ:大変な作業ですが豊作の祭り、収穫の祭りがまってますからね。
  祭りもそうですがやはり国民にとって大事なのは、おいしいご飯を食べるためにだと私は思っています。
  オラもそうですが大変な作業も全てはおいしいご飯のためです、そしておいしいご飯はリワマヒの国民にとって非常に大事なことです。
  大事なことのためなら苦労もいとわないでしょう、あなたもそうでしょう?
  あなたもリワマヒ国の一員なのですから、きっと同じはずでしょう。

―ありがとうございました。最後に一言

ゴ:王様から国民に至るまで、一つの家族みたいなものでとても暖かい国です。
  この国の大自然に感謝して、オラはこれからもおいしい米をみんなに届けたいと思っております。


○インタビュー後

新人M「おっちゃんおっちゃん、このおいしい塩むすび
   王さまに一つおくれ。」
ゴサク「王様のためだ、一つといわず全部もっていってくれてええよ。」
新人M「そんな太っ腹のおっちゃんにお願いだー、摂政様のために
   その米焼酎もくれるとおっちゃんのことかっこいいって書いちゃうぜ!」
ゴサク「その話しのっただよ、かっこよくたのんだでよ。」

今回の戦利品:塩むすび3個、米焼酎1本
 後で届けさせていただきます。

○二人目:ミカン農家のタムラさん
調子にのって二人目いってみます。
二人目の農家はこの人、リワマヒ特産ミカンを作ってる
ミカン農家の兄ちゃんです。
リワマヒではミカンが有るのが当たり前、そんなリワマヒ国民の味方です。


新人M「そこのお兄ちゃん、おいしそうなミカン作ってるじゃないか」
タムラ「あっはっは、リワマヒのミカンは最高だよ。特にうちのは世界一だからな。」

インタビューした農家の兄ちゃんのプロフィール
 名前 タムラ
 リワマヒ国で大人気のミカンを作っているミカン農家。
 自慢のミカンでオリジナルブランドを作って売る予定らしい、
得意技はミカンの選定作業。

―自己紹介をしてください

タムラ:オヤジから畑の半分をもらって世界に誇るリワマヒのミカンを作っているタムラだ。

―ミカンついて教えてください

タムラ:ミカンっていうのは本来作れるシーズンが限られた作物なんだ。
    一年中リワマヒがミカンの生産地たりえてるのは一重に先代達の努力だよ。
    一年中ミカンを食べていたいという国民の食への渇望を満たすために、先代達の努力の結晶が今のリワマヒのミカンだな。
    リワマヒの環境に合わせた一年中とれるミカン、こはリワマヒの夢をかなえた作物なんだ。

―なるほど、血と汗と涙の結晶ですね

タムラ:血と汗と涙なのかはわからないが、ただリワマヒの国民は大喜びだよ。
    国民は1年中食べれるのを喜んでくれているし、今ではいつでも食べれて当たり前になってきてるんだ。
    そんなミカンを作っていることを俺は誇りに思っているんだよ。

―ミカンを作ってるうえでの苦労とかはありますか?

タムラ:苦労はあるよ、ミカンを作ることは生き物を育てることだからな。
    それでも手間隙かけてやればおいしいミカンができるし、そのミカンがあれば皆喜んでくれる。
    ミカンは我が子と同じさ、苦労はかかるけど手間隙かけてあげればしっかり育つ。
    愛をもって接してあげてるのさ、これは俺達農家だけじゃなく国民も同じだろ。
    みんなリワマヒのミカンを愛しているさ。

―確かにおいしいミカンです(もらったミカンを食べながら)

タムラ:ははは、自慢のミカンだからな。
    リワマヒの国内はもちろん、他の藩国からも人気があるから大盛況だよ。
    先代達の努力もそうだが、リワマヒの土壌は栄養分が豊富、太陽の光を十分に浴びているし下地は完璧なんだよ。
    リワマヒの環境は作物にとっては最高の環境だろうな。

―稲作農家のおっちゃんも同じ事をいってましたね、やはり環境ですか?

タムラ:リワマヒで農業してるやつなら誰でも同じ事を言うと思うよ。
    ミカン農家も稲作農家も豆や野菜を作ってる農家も、家畜を育ててる人だってきっと言うさ。
    俺達の仕事はこの環境があって成り立っているんだって、だから俺達はいつもこの大地に感謝の祈りを捧げているんだよ。
    もちろんおいしい物を作るために日々努力もしてるけどな。    

―ありがとうございました、最後に一言

タムラ:うちのミカンは最高のミカンだから皆食べてくれよな!


インタビュー後

タムラ「ところであんた、いったい何者だ?なんかすごい怪しいやつにしかみえないんだが。」
新人M「どこが怪しいのかわからんが、うちはリワマヒ国所属で大事な仕事してるだけだぞ。」
タムラ「あんたのその髪型怪しすぎるだろうが・・・」



「リワマヒ国とミカン園」



絵:シコウさん

コタツがすべての国民に愛用されているリワマヒ国にとって、ミカンは必要不可欠のものといえるだろう。

夏季と冬季の気候の差が激しく一年中通して同じ作物を生産することが非常に難しいリワマヒ国であったが、「一年中ミカンを食べたい!」という要望は強く、そのための努力は惜しまれなかった。
品種改良を重ねられたリワマヒ産のミカンは今では一年中収穫が可能であり、夏には凍らせて冷凍ミカンとして、冬にはあったかいコタツに入りながら食されている。
リワマヒ国の今後の方針を決める会議(通称おこた会議)では日本茶、せんべいと共にミカンが会議出席者に配られるのが常であり、ミカンなくして会議は進められないといっても過言ではない。

リワマヒ国ではミカンをそのまま食べるだけではなく料理の材料として利用することも多く、中に入っている実の部分だけでなく外側の皮も料理のソースや隠し味として多くのものに多く私用されている。

また国民たちのよりおいしくという願いと農作業に関わるものたちの愛を一身に受けて作られたリワマヒ産ミカンは実が大きく、非常に濃厚な味となっており、その甘味と酸味の絶妙なバランスで生み出すハーモニーはリワマヒ国内だけでなく他国の国民にも大人気である。このためミカンは貿易の際、リワマヒ国の主力商品の一つとなっている。イラストは収穫直前のミカンを描いたもの。

倉庫

絵:うにさん

夏の間は暖かいため大量の野菜や果物が作られて収穫されているリワマヒ国だが、冬になると国全体が雪に閉ざされて野菜や果物といった食料の生産は限られてくる。そのため、冬の間食糧不足に陥らないようにするための食料の保存も重要な国策事業となっている。
秋までに収穫された農作物は腐らないように加工された後、種類別に分類されてそれぞれ専用の保管庫へと運ばれて保存される。

リワマヒ国の気候上、時期が遅くなりすぎると雪が積もりはじめ作業が困難になるためこの作業は収穫後に急ピッチで進められる。この作業も田植えや稲刈りのときと同様に国全体で行われる。お祭りや儀式は開催されないがこの作業をサボるとせっかく収穫した農作物が無駄になってしまうのでみんな真面目に作業に参加している。

食に対する欲求が高いリワマヒ国では食料生産量が多く、国の予算としても食料に対する予算配分の割合が高めとなっているため保管庫はかなりの数が作られている。


「リワマヒ国の果樹園(食糧生産地2(ルール改正により廃棄されたもの))」

……廃棄されておりましたものを統合するためリンクを張らせて頂きます。
食糧生産地2


「近年の取り組み~雨林栽培農法~」

近年リワマヒ国にて取り組まれている最新農法について紹介しよう。

 さらなる食糧増産の必要に迫られる昨今の情勢に対応すべく、リワマヒ国では国土の半分を占める熱帯雨林(ジャングル)地域においての農地開発が行われている。

 リワマヒ国は春の洪水により上流から運ばれる地味の肥えた土壌を用いて耕作が行われ、また夏季にかけての降雨は湖沼地に溜められ、農業用水としてもちいている。
当初、熱帯雨林の農業利用については焼畑農業を用いた大規模開発が示唆されたが、この農法はしばしば水質汚染の原因となり、希少価値のある植物や野生種の生存をおびやかす。この為リワマヒ国ではこれを全面的に見直し、雨林の特色を生かした新たな農法の開発が行われている。

 リワマヒ国の熱帯雨林は、冬季の急激な温度低下と春の増水によって高木がみな枯れて倒壊してしまう関係上、低木とつる性植物が主体の植生にて構成される。また、通常の熱帯雨林と異なり、土壌は中性に近い弱酸性である。これは、通常であれば(夏季の高温による分解が進むことと多雨により養分が溶脱してしまうことより)地質は自然にやせ、土壌は酸性となるところを、春の増水により氾濫するリワマヒ川によって栄養豊富な土壌が多量に補給されるためである。
リワマヒ国における新農法とは以上のような特徴を持つジャングルの特性を利用して栽培、養蜂などを行うものである。これによって発生する膨大な手作業については、生態多様性および植物相を考慮した生物共生型農法を導入することによってクリアしている。具体的な農法については以下のとおり。

1)クローバー、ダイズ豆緑肥による土壌改良
空気中から窒素を固定する能力をもつマメ科植物を栽培し、土中にすき込む(緑肥という)ことによって、土壌を改善する。 緑肥にはクローバー、ダイズなどが用いられ、花からは養蜂によって蜜が採られる。
鋤きこみ作業はリワマヒ国内で放牧されている牛や野生の犀を追い込み、開拓する土地および田畑を歩きまわらせることで行われる。この農法を特に蹄耕(ていこう)”と呼んでいる。

2)水田耕作における複合農法
開拓した土地はダイズ畑とするほか、水を引いて水田として利用する。水田においては害虫や雑草の被害を以下によって抑制する。 
 1.田植えされた稲以外の雑草や害虫を餌として食べる鯉やドジョウ、およびアヒル、合鴨を水田に放すことで、除草、害虫防除をおこなう。合鴨は稲が十分育った後に放つことで、合鴨による稲苗への被害を防ぐことができる。 
 2.アヒルや鯉が泳ぎ回ることで田んぼの泥がかき混ぜられ、そのため雑草が光合成できずに生えてきにくい環境になる。 
 3.鯉やアイガモの餌として水生シダ植物であるアカウキクサを水田中にて育てることで、撒き餌の手間を省く。 なお、鯉、合鴨などは稲刈り後処分する。

3)プロテオバクテリア類を利用した無機物固定化バイオリアクター・カプセルの散布
密林内の沼沢地に無機物を固定する細菌類を固定化したゼリー状カプセル(固定化菌体)を散布することで、沼沢地の硫化水素、アンモニアなどを除去することで水質を改善し、農業用水として利用する。

4)小動物利用による害虫駆除
落葉や腐植などの層を破壊するシロアリの活動を抑制するため、シロアリを食べるアリを育成、散布する。また、アリ自体の害を抑制するため、センザンコウを飼育し放ちアリの生育数を調整している。
シロアリのアリ塚は周辺の土壌に無機栄養塩を集め植物の生育を向上させるため、シロアリ自体の完全な駆除は行わない。


これら農耕技術にはリワマヒ国の高い生物資源に関する造詣が生かされている。
 現在リワマヒ国の一般的な農場では環境的、社会的側面は抜本的に改良されている。土壌は保護され、熱帯雨林は保存・植樹され、河川や重要な野生種の生息地が保全されている。
また、労働者は適正賃金や清潔な居住環境や学校をあてがわれ、健康管理にも気を配られている。
リワマヒ国民により管理された熱帯雨林の中で育てられたリワマヒ国の農作物は、市場においても高い価値を認められているが、リワマヒ国政府の優遇政策により国民は安価に生産物を手に入れることができる。

「高い品質で生態系にやさしい農作物を生産供給できることをリワマヒ国民は誇りに思っています」とはリワマヒ農業管理者一同の言である。


「あるリワマヒ国農家の一日」

 ここで、リワマヒ国の一般的な農家の一日を見てみましょう。

 リワマヒ国のとある農場、「ユキノシタファーム」の農場長ジンジさんの1日は、
朝6時半に家を出て、アヒル小屋の様子を見るところから始まります。
国の助成金のおかげでぴかぴかの小屋で寝起きするアヒルたちをリヤカーに乗せ、ジンジさんは水田のある森へと向かいます。

水田に着いたら、アヒルを放ちます。さっそく水田に飛び出してゆくアヒルたち。
アヒルは水田に放し飼いの鯉とともに、水田をかき混ぜて雑草の発芽を押さえてくれます。
ジンジさんのアヒルはメスが32羽、オスが6羽。みんな元気そうですね。

アヒルを選んだのは、体が大きくてあまり飛ばないぶん管理しやすいためだそうです。
害虫のほとんどをアヒルが食べてくれるので、ユキノシタファームではめったに農薬を使うことがありません。
自分たちも食べるものだから、農薬はなるたけ使わないようこころがけている、そうジンジさんはいいます。

リワマヒ国の厳しい有機農産物基準を満たす農薬だけを、危険なときに数回使うだけで田畑を維持するジンジさん。
アヒルや鯉、さまざまな生き物の力を借りて田畑を守っています。
リワマヒ国では、アヒルも鯉も、一緒に農園をやっていく上での農家のパートナーなんですね。


9時。水田近くの畑に、シソとニガウリを植えます。

ジンジさんの農場は、田んぼが2反(おおよそ2000平方メートル)、畑が1反、コーヒーの木、クワの木、パラミツの木が半々で1町。
いずれも森の中にあり、5~60種類の野菜を育てています。
一人ではとてもやりきれない、とジンジさんはいいますが、今年は森国人のみなさんが一緒に手伝ってくれてとても助かったそうです。なんでも文通をはじめたとか。


13時。昼食は塩むすびにお新香、お茶が定番です。


14時。田んぼの見回りをしたあと、畑でタマネギを収穫します。

夏の厳しいリワマヒ国では、ちょうど今頃、初夏がタマネギの収穫時期にあたります。
暑さに弱いタマネギは、冬季の間に王城にある王立温室ハウスで育てられ、2月に畑へ定植されます。
冬季と夏季の温度差が激しいリワマヒ国では、温室ハウスを使った農業が盛んにおこなわれています。

ジンジさん、収穫後のすき込み作業を終えたら、畑には秋ダイズを植えるそうです。
来年は水田にして、今水田になっているところは一部畑に戻してまた野菜を育てるそうです。
同じ土地でさまざまな作物を育てることで、リワマヒ川がもたらす土の栄養をあますことなく野菜に変えていくのですね。


16時。ここからは残業です。
農園そばで育てているコーヒーの木の鉢植えを見回ったあとで、クワ園でクワの実を採取します。
コーヒーの木は観賞用で、綺麗な赤い実をつける鉢植えを1つ1つ栽培しています。
コーヒーの木は日陰でも育つので、森の切り開いていないところでも育てられる、とジンジさんは言います。
コーヒーの鉢植えはオフィスに飾られるのに人気なのだとか。
ただ、コーヒーの実は熟すまで時間がかかるので、収穫目的で育てられないのが残念そう。

クワの実は甘い香りを放ってジンジさんの鼻をくすぐります。
クワの実は氷砂糖といっしょにホワイトリカーにつけて果実酒にします。こころなしか、ジンジさんの頬もゆるみがちです。

クワの木を見ると、てんとう虫が飛びまわって、葉についた虫を退治しています。
このてんとう虫も、LOW研究開発センターからもらった虫駆除用のテントウムシです。
足元を見れば、落ち葉をシロアリが運んでいます。
あしたはおなじくアリ退治にセンザンコウを借りてきたほうがよさそうです。


18時。仕事はおしまいです。 
田んぼのアヒルを呼び寄せてリヤカーに乗せ、タマネギとかごいっぱいのクワの実を持って帰ります。
夕暮れの森を出ると、遠く南にはサカサコタツ遺構が、南西には王城が見えます。
今日もいい一日でした。

 明日は契約している会員のみなさんに今日取れたタマネギとクワの実、その他野菜を箱詰めして発送します。

ジンジさんのユキノシタファームでは、共和国天領をはじめ各国にいる有機農法野菜の会員の方に、
季節に沿ったとれたて野菜を週に1箱25にゃんにゃんで送っています。
会員数は60名。おおよそ月に6000にゃんにゃんの売り上げは、ジンジさんの貴重な副収入となっています。

21時。今日の夕食はタマネギのサラダと揚げナスの酢漬け、バッドさんのコロッケ、ほうれん草のシチューです。
片づけを終えたら寝てしまいます。早寝早起きが美味しい野菜作りの秘訣。
明日もがんばります。おやすみなさい!

「リワマヒ国の民話(1):小さな蛙のお話」

……ページ表示限界のため別ページに切り分けました。
  →小さな蛙のお話

「リワマヒ国の祭り(1):田植え祭り」


 リワマヒの厳しい自然の中で常に土と歩んできた農民達は、四季折々に常に祭をもって自然への感謝と豊作への祈りを表してきました。
 またリワマヒには「十穀百菜」という言い表し方があります。これはリワマヒで育て収穫できる穀類・野菜類の数を総称しての昔からの慣用句です。現在は当然のことながらもっと多くの種類の穀物や野菜、果実などを育てることが出来ますが、今でも農民達は自分たちの育てる作物達を、誇りと愛情を持ってこう呼びます。
 その十穀百菜の中でも特に重要視されているのが、国民の主食でもある「米」です。米はリワマヒの食物の中心にあり、また育てるのに非常に手間のかかる作物でもあることから、常に特別視されてきました。
 米にまつわるリワマヒの祭りに「田植え祭り」というものがあります。文字通り田植えの時期に行われ、国を挙げての一大事業である田植えの始まりを告げ、豊作を祈願する祭りです。年に二回行われる「天鎮祭」のような国家の祭礼ではなく、他国から観光客が来るような華やかなものではありませんが、リワマヒ国民にとっては重要な祭礼の一つになっています。

 毎年春に起こるリワマヒ川の氾濫、この雪解けの水は有機物が多く含まれ、それによってかきまぜられた土地にもにその栄養はくまなく行き渡ります。そうした自然の働きにより、リワマヒの土壌は痩せることなく豊かな地味を毎年保つことが出来ています。そして有機物と空気、水を大量に含んだリワマヒの土壌は、稲作にもっとも適したものでもあるのです。また、年間通して十分な降水が見込める雨の多い土地柄も、米の生育を助けます。
 リワマヒの水田の多くは、氾濫の水が引いたあとに出来た沼沢地を整備して作られます。遥か上流から運ばれてきた木や岩などをどけて、土が平になるようにならします。その一方でよく選定された種を使って苗を育てていきます。
 田の調子をよく整えることも強い苗を均一に育てることも、一農家だけではとても叶わないことです。一つの村落単位で互いに助け合って行い、場合によっては街から人々を呼んで手伝って貰うこともしょっちゅうです。
 そうして田の準備も整い、苗も丁度いい大きさに育つ五月中頃、政庁から田植えを開始する案内が全戸に出されます。その日は農家はもちろんのこと、学生や学兵達ばかりではなく、手を離せない仕事を持っている人を除くほぼ全ての国民が、タバタ農園を中心とする全ての水田に配置されます。

 祭りの開始は朝の九時。政庁が鳴らす合図の鐘が全ての電波に乗ってリワマヒ国内に響き渡り、LOW研究開発センターの調査員が全国を回って調べ借り上げた一番土壌の状態のいい田の周りに、神へと捧げる米を植える「早苗女(さなえめ)」達が揃います。そろいの巫女装束をまとった「早苗女」は毎年自薦他薦で応募してきた国内の女性達から抽選で選ばれ、若い娘達の間では「早苗女」となることが一種のステータスとなっています。
 LOW研究開発センターで育てられた苗が田の前に作られた祭壇へと置かれ、豊作を祈願する祝詞が読み上げられます。川の神、大地の神、天の神、珍しいところでは雨を司る蛙の神にも祈りが捧げられ、その後苗は「早苗女」達の手によって神田へと植えられていきます。その時彼女たちが歌うのが田植え歌です。
 この様子は放送で全国へと流れ、神田への田植えが完了したあと、待機していた全国民が一斉に田植えを始めます。各田ではおのおのの田植え歌が歌われ、その唱和の声は遠く銀の街やツキジの市場にまで届きます。
 この田植えの指揮を執るのはリワマヒの国王・摂政達で、自らも定められた田に苗を植えながら、全国に散らばった職員達が逐一報告してくる進行状況を確認し、終了した田から遅れている田へと素早く学兵達を移動させていきます。
 途中、昼の休憩時には農民達から心づくしの食事が振る舞われ、街の者も農民達も、車座になって豪華な昼餉を楽しみます。和やかになった座の真ん中で、舞や囃し歌が披露されることもあります。
 よく休息し、英気を養ったところで、午後の田植えが始まります。迅速で適切な人員配置によって、毎年夕暮れ時には全ての田植え作業が終わります。

 田植えが終わる頃、宮城前の広場に灯がともり、田植えを終えた人々が長城を通って集まってきます。広場に設えられた特設舞台で永久座の面々が奉納芝居を行うのを、みんなで見物する為です。奉納芝居の演目は天の神と大地の神の婚姻を表したものであり、この「田植え祭り」にて常に演じられてきた、由緒正しい演目なのです。
 広場の周りからその周辺には様々な屋台も出て、人々は一日の疲れを癒すように祭りに芝居にと興じます。そうして、明日からの収穫までの長い日々を、過ごす英気を養うのです。


「リワマヒ国の祭り(2):秋の祭り」


リワマヒ国を秋に訪れた方は、なだらかな丘全体が黄金色に輝く美しい田畑をのぞむことができるでしょう。
主要作物のひとつである米のほか、多くの作物が実りの時期を迎える秋は、リワマヒ国がもっとも忙しい時期です。

高床式の食糧倉庫が収穫物で満たされ、国民総出で行われる収穫作業も終わりに近づくと、
いよいよお祭り好きのリワマヒ国民が待ち望んだ、秋の祭りの準備が始まります。

 この祭りは、建国者である“国母たる第一猫公女の夫 第一入植者 偉大なる冒険家にして学徒の束ね”ムロガ一世(?~1524)がリワマヒ国を建てた際、当時この地を治めていた小麦色の肌に健康的な金髪をした猫妖精の一族「夜明けの民」族の助力によって豊作を得たことを起源としています。
伝説によれば、その年の秋は作物が豊作であったため、ムロガ一世と入植者たちは「夜明けの民」族の助力に感謝し、族長の一族を筆頭とした88名の猫妖精たちを入植地に迎え入れ、5頭の羊をほふり3日に渡って歓待しました。このときの祭りにてムロガ一世は族長の娘と恋に落ち、やがてムロガ一世は“国母たる第一猫公女 英明なるもの 優しき”室賀扶桑花(むろがハイビスカス)として彼女を娶ったとされています。

 ムロガ一世と室賀扶桑花は国をよく治め、老いた後は後継者を定めてリワマヒ湾のかなたに去ったとされていますが、年に一度、秋の祭りの日に海から姿を変えて現れ、国の安寧を願うと言い伝えられています。
秋の祭りは、この国母とその夫とを迎える一連の儀式として行われます。現在、祭りの間多くの観光客の目を楽しませている舞踊劇も、元来はその儀式の一部でもありました。


 秋の祭りの準備は、各村々で上演される建国伝説の劇に参加するものが清めの儀式を受けるところから始まります。
役者となった国民を乗せたきらびやかな神輿(みこし)にはシンバルと笛を中心とした雅楽隊がつき、役者たちは賑やかに演奏されながら国内を南北に流れるリワマヒ川まで身を清めに向かいます。
役者に選ばれ川まで運ばれる国民たちの顔は、老若男女、誰もが誇らしげに見えます。

 お祭りの初日には、開催に先駆けて闘羊が行われます。 これはリワマヒ国で半ば野生化している羊を争わせ、大地の悪霊を慰めるための供養といわれています。
勝利した羊は洪水対策とともに永遠の命を意味する「石で囲まれた祠」にまつられ、お祭りが終わる日まで大切に飼われます。

 お祭りの間、姿を変えた国母とその夫はサカサコタツ遺構に滞在すると考えられ、国民は飽きられないように、また楽しんでもらうために、日夜美しい芸能をサカサコタツ遺構にて奉納します。国母は美しいものが好きだったと考えられ、サカサコタツ遺構はにぎやかに飾りつけられ、国民も普段の布地の少ない衣服より一段と着飾ったハレの姿で参内します。
沿道には、各村々からの役者や見物に来た国民らを楽しませる露天商や屋台が並び、祭礼の雰囲気を盛り上げています。
露天では国母やその夫をかたどった仮面、大猫面や蛙神面などが売られますが、近年ではテレビで流行のバンバンジー面、恋愛や体当たりにご利益ありとされるパンチグローブやマペット人形なども子供たちに人気のようです。

「リワマヒ国の民話(2):びんぼうにんのひつじのお話」

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  →びんぼうにんのひつじ


「リワマヒ国の祭り(3):犠牲祭り」


 リワマヒ国の年の瀬は賑やかであり、新たな年を迎える日の一週間ほど前から年納めを兼ねて連日祭が行われている。
犠牲祭は連なる祭の先駆けとして数日に渡り行われ、期間中はいわゆる忘年会のような宴席が設けられる。

犠牲祭。何やら物騒な名称ではあるが、刃傷沙汰が起こる訳ではない。
古くから藩王が主催してきた特殊な祭であり、各々がコタツや鍋を持ち寄り宴席を設け、説教の後に皆で湯豆腐や鍋料理を食べる。
特別な催しがあるでもなく、例年であれば地味な祭となる。
しかし現藩王の室賀兼一はこのような祭が大好きであり、呆れる内務大臣を尻目に喜々として準備を始め、あろうことか栄光の野戦炊飯具1号まで導入して盛大な宴にしようなどと画策する始末であった。


 犠牲祭の由来は翌年の天災を免れるために行われていた儀式であり、神へ供物を捧げることにより被害が軽減され豊穣が約束されると信じられていた。
古くはリワマヒの代表的な家畜である羊を各世帯が1頭ずつ供物として捧げることが義務づけられていたようである。
この祭で豆腐が食べられるようになったのは、文献に記された犠牲祭の伝承に起因するとされている。

リワマヒ国では米と豆が多く生産されており、豆を使った伝統的な食品として豆乳を海水で固めた堅豆腐が作られている。
また、冬季には豆腐を軒先に吊して凍結乾燥させている光景が見られることからも、豆腐は古くから一般に親しまれていた食品と推察される。
一方、冬季の家畜は貴重であり、おいそれと食べられるものではない。そのため肉に代わる蛋白源として豆腐が食べられるようになったと考えられている。

豆腐は民が日常的に食べている食品であり、犠牲祭では王が民と共に豆腐を食べることから、王としての権威を犠牲にする祭だとする説も存在している。
何よりも権威を重んじる古き時代であれば、王が民と同じ卓につくという行為自体に意義を見出だしていた可能性もあるのではないか、と。


 時代が変われば祭の意義も変わっていく。
生産量の増加や技術の進歩に伴い安定した収穫量が見込めるようになるにつれ、次第に犠牲祭本来の呪術的な意味合いは失われていった。

犠牲祭は藩王と接見する場であるため、基本的に国民は正装する習わしとなっている。
しかし現在の藩王は仕事着こそが真の正装と考えている節があるようであり、普段着で参加しても咎められたという話は聞かない。
また、説教は本来は法官を招いたとされているが、近年では摂政による内政報告などの機会として利用されているようである。
かつては広場に設営したかまくらの中で湯豆腐を食べていた時代もあったが、兼一王の代となり宮城が開放されるようになってからは会場を室内に移し、出店も列ぶようになった。
現在においては年末に行われる冬の天鎮祭を本祭とした前夜祭のような形となっており、期間中は本祭で着用する衣装や奉納する絵巻などの製作に勤しみながら鍋をつつく人々の姿が多く見られるようである。


「リワマヒ国の漁業」

ここではリワマヒの漁業、中でも養殖業について記す。
リワマヒにおいて養殖業の歴史は比較的浅い。
現在でも大規模に養殖が行われているのはリワマヒ湾内、月の島より南方にある国営の養殖場ただ一箇所である。当初は失敗も続き常に試行錯誤の中であったが、やがて国営のプロジェクトとして軍とも提携する研究施設からの海中生物の生態についての研究結果、及びリワマヒ独特のバイオテクノロジーが活用されることとなり、大きく進展を遂げた。
その過程において発生した問題とその解決について以下に記し、同時にリワマヒのおける養殖業の特色について述べるものである。

○漁場汚染問題とその解法
一般に養殖業で危惧される問題の中に、餌の過剰供与による漁場汚染がある。
また、その漁場汚染及び濃密養殖などによる一般消費者が抱く品質不信もまた大きな問題とされていた。リワマヒにおける魚介の養殖にもこの問題はついて回ることとなり、養殖場がリワマヒ湾内の工業地帯にほど近い場所にあったということもまた、不信を助長する一因となっていた。
しかし、養殖場には海流の緩い入り江などの立地が適するため、他の候補地を探すことが困難、また同じような場所を見つけても(海流が緩いなどの要件により)自浄作用の低い場所しか選べないため同じような問題が起こる、などの理由により安易な移転もできず、抜本的な対策が取れないままリワマヒの養殖業は停滞を迎えていた。

しかし、国営プロジェクト化と共にこの問題は大きく転換を遂げる。
生産する品種のみの生態から、その品種を取り巻く生態系へと視点を移行させたのである。その結果として、養殖場全域及びその周辺への大規模な海底植林が行われることとなった。人為的に餌を与えることを最小限にするための方策として「天然の漁場を人工的に作り上げる」という大胆な手段を取ったのである。
また、植林される海藻類はバイオテクノロジーを活用し、通常の品種より浄化作用の高いものが用意されており、魚介の生息数に対する環境のキャパシティを引き上げている。これがグリーンベルト的な役割を果たすに至り、養殖場の水質はリワマヒ湾でも有数のものとなった。
反面、生け簀は大規模なものとならざるを得ず、民間単位の参入が困難なものとなった。これに対しては養殖が軌道に乗った時点での漁協への技術及び養殖場の払い下げをもって対応するものとしている。

現在では、海底植林やそれに伴う養殖対象外の生物の繁殖に伴い、限定された区画においての海中生態系の研究モデルとしても重要なサンプルとして活用されている。

○品質不信に対する対応
海底植林により大きく養殖環境と品質の向上に成功したが、消費者の不信は根強く
残っていた。そこで成果に対する大規模なプロモーションこそが必要とされるという結論に至る。消費者に受け入れられる方策を探すという問題に、専門外である養殖の研究者たちは途方にくれていた。

ある日、実験段階であるためにわずかな生産量でありながらも売れ残った魚を前にある養殖研究員が思案に暮れていた所、一匹の猫がその魚を盗み取り、物陰で食べ始めた。
これにヒントを得て、あるCMが作成される。
それは、天然と養殖の2種の魚を前にどちらを食べるか頭を抱えて悩む猫が、結局どちらも持ち去っていくというもので、苦悩する猫の愛らしさから国民に一大ブームを引き起こした。
その時流を活かし、養殖された魚介類に三段階で等級をつけることでブランドイメージの定着に成功する。この等級を表すマークとして図案化された猫が用いられた。
上から「三つ猫」「二つ猫」「一つ猫」である。
大半が「二つ猫」あるいは「一つ猫」とされ、「三つ猫」が得られるものは極めて
希少であり、現在、「三つ猫の養殖リワマヒマダイ」と言えば希少価値から天然ものを上回る値段がつけられる高級魚になっている。

○生産過剰問題とこれからの課題
こうして順調に発展を遂げた養殖業であったが、それゆえに新たなる問題を抱えることとなった。生産量の増大に伴い市場へと養殖魚介が大量に流入し、価格の暴落が起こり始めたのである。
これを重く見た政府は、養殖による生産量を厳しく管理することでこれに対応した。国営であるがゆえにこの介入は容易であったが、将来的に民営化を見据える中ではこの対策は抜本的なものとは言えず、今後対応が必要とされている。

○養殖場の現在
民営化のための問題を抱えながらも、現在のリワマヒにおいて養殖業は庶民の食卓を潤す上で重要な役割を担うこととなっている。当初、細々と続けられた養殖の研究は大きな実を結び、食卓事情には欠かすことのできない存在にまで大きく発展したのである。
食の充実は大半のリワマヒ国民にとって重大な関心事であり、これは大きな成果であった。
だが、それだけではない。
海中の生態系の研究サンプルや、休日には釣堀としても解放されており、一般の庶民にも親しみやすい場所としてリワマヒ国民の生活に根付いたものとなっているのである。