2009明治大学(全学部統一)世界史解説-大問2

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世界史・解答速報(2/5全学部統一)

大問2
問1 A
五本山はローマ・コンスタンティノープル・アンティオキア・イェルサレム・アレクサンドリア。
ダマスクスはアラム人の陸上交易の中心地や、ウマイヤ朝の都として有名。

問2 D
A.B.コンスタンティヌス帝は313年ミラノ勅令でキリスト教を公認し、
325年にニケーア公会議で教義統一をはかった。
330年にはコンスタンティノープルに遷都。職業・身分の固定化、
ソリドゥス金貨を基軸通貨とする地中海交易の活発化などを進めた。
テオドシウス帝は392年にキリスト教を国教化し、395年の死に際して帝国を東西に分割した。
C.三位一体説はアタナシウスのもの。三位一体説とは、
<父なる神、子なるイエス、聖霊の三者は等質で不可分だとする主張。イエスに申請を強く認めている>。

問3 B
B.ゲルマン人の部族国家であったキヴィタスには民会(最高議決機関)があり、
これは自由民の全成年男子で構成され、貴族も平民も参加していた。

問4 A
B.フン人の大王アッティラの説得に成功しローマを破壊から救ったのは教皇レオ1世。
彼はコンスタンティノープル教会に対する、ローマ教会の首位権を主張したことでも有名。

問5 D
ヴォルムス協約はハインリヒ5世とカリクストゥス2世の間で結ばれた。
協約では叙任権そのものは協会が持つ一方、ドイツ領内では皇帝が
教会・修道院の領地の承認権を持つことが定められた。

問6 C
C.銀はヨーロッパから地中海へと流れていったとされる。

問7 B
cf)ドミニコは、南フランスのカタリ派に対抗して伝道を行い、のちドミニコ修道会を創設した。
A.ベネディクトゥスは6世紀にモンテ=カシノに修道院を開いた。
C.エウセビオスはパレスチナのカイザリアの司教。キリスト教最初の教会史家。
『教会史』『年代記』で有名。皇帝位を神の恩寵によって与えられるものとする神寵帝理念は
ビザンツ帝国に受け継がれ、王権神授説の「根拠」にもなった。
D.ドゥンス=スコトゥスは13C後半のイギリス・スコラ学者。哲学と神学を分離し、意志の優位を主張。
cf)ウィリアム=オブ=オッカムは唯名論をとり、信仰と理性、神学と哲学を区別した。

問8 B
A.実在論の代表者としては「スコラ学の父」アンセルムスが挙げられる。
C.アルクィンはカール大帝に招かれ、アーヘンなどで学校を開設するなどし、
カロリング=ルネサンスの中心人物となった。
D.イスラーム諸学の影響を受け、経験を重視し、近代自然科学への道を開いたのはロジャー=ベーコン。

問9 C
C.正しくは神・医・法の3学部。これらの基礎として一般教養を学ぶ人文学部が設けられていた。

問10 A

問11 B

問12 D
D.帝国都市には宗派選択権は認められなかった、とされる。

問13 C
C.トリエント公会議では、新教側が出席を拒否した。
このため、この会議では教皇の至上権とカトリックの教義を再確認した。