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第一話*


 第一話  原案:マド録 文:柊南天


 プロローグ

 遥か遠い過去──現在の統治企業や統一連邦でなく、純然たる主権国家が、この薄汚れた地上世界を治めていた時代があったそうだ。
しかし、繁栄を極めた国家群も時代の変遷と共に衰退し、それに代わって国家体制を支えていた軍産複合体が、世界の覇権を巡り競合するようになっていった。
 統一連邦と名を変えたかつての主権国家群は、その骨肉の戦乱の中で意味もなく翻弄されるだけの存在に成り果てた。
 熾烈を極めた覇権競合も現代では世界情勢の日常風景となり、戦争経済そのものが人類社会の存続の糧になっていると、知識人は云う。
 そんな実情を体現する幾つかの存在が、ここ一世紀あまりで生まれたからだ。
 人型機動兵器──アーマード・コア。
 俗にACと呼ばれるその兵器と、それを自在に駆り、混迷の戦場世界を往く渡り鴉【レイヴン】と呼称される自由傭兵達。
 戦争経済の拡大が彼らを育み、彼らの繰り返す戦火がまた、戦争経済をさらに肥大化させている。
 アーマード・コアを駆る自由傭兵──俺も、その一人を目指して戦場に足を踏み入れた。

 俺が鴉を志してから暫く経った頃、世界を異変が覆った。
 近年発見の相次いでいた世界各地に散在する旧世代遺跡で、旧世代技術の遺産と思われる軍事兵器の実存が、統治勢力によって確認された。それらは現代のあらゆる精鋭兵器をすら凌駕しうる性能を持ち、発見から程なくして、世界は旧世代兵器群による全面攻勢を受ける事となった。
 暫くの後、世論はその未曾有の大惨禍を兵器災害──【アーセナル・ハザード】と呼び始めた。
 一世紀の年月を掛け、戦争経済の恩恵と共に復興を遂げようとしていた人類社会はわずかな期間で壊滅的な損害を受け、残された人類は旧世代兵器群が降り注ぐ大地で、生存をかけた闘争を強要されることとなった。
 そんな絶望的な世界に在っても、その暗い大空を戦場の鴉達のみは、自由に飛び続けていた。
 ──幸か不幸か、人類社会に大損害を与えた【アーセナル・ハザード】を新たな市場として戦争経済は更に勢力を増し、僅か数年という歳月で地上世界の全てを戦争一色に呑み込むまでとなっていった。
世界各地で繰り返される武力衝突の主体である統治企業体──それに多大な兵力供給を行う独立系勢力や、自由傭兵のレイヴン達を統括し、商品として売り込む幾つかの傭兵仲介企業勢力──。
 絶え間ない戦渦にのみ安息を見出す鴉達は各々の巣に寄り添い、各々の理念に従って、世界各地の武装地帯を渡り歩いていた。

 ──そして俺は今日、初の単独任務を遂行するレイヴンとして、戦場に立っている──。
 統治企業直下経済管轄領、旧ナルバエス地方──。

                         *

 文書記録を圧縮保存してタッチパネルに走らせていた手を止め、投射型メインディスプレイに常時出力中の外部映像に視線を移す。
 黄塵の吹き抜ける広大な荒野の先、先行して制圧攻撃を仕掛けた友軍による戦火が轟いていた。
 確立状態の通信回線を通じ、作戦司令部から作戦支援業務を行う総合通信士から定時報告が入る。転送されてきた圧縮データを解凍し、最新の戦域環境情報をディスプレイ上に出力した。
『作戦司令部、オペレーターです。現在第一陣主戦力が、施設外周地表部で交戦状態に入りました。第二陣主戦力は施設隔壁の開放に備え、速やかに移動を開始してください──』
「──了解、移動を開始する」
 マルチコンソールから溢れる淡青色の光源に照らされるコクピット内で、マイ・アーヴァンクは勤めて冷静に返す。二基一対の操縦把を握り込み、コクピット下方部のフット・ペダルに足を掛け直す。
 戦術支援AIに口頭指示し、機体制御態勢を第一種戦闘準備態勢から第一種戦闘態勢へと移行させた。動力源である燃料電池から供給される電力が機体出力を著しく上昇させ、各種搭載センサー群及び索敵用レーダー・システムも第一種戦域索敵態勢に移行する。
 瞬く間に戦域環境情報が更新されそれらがHMD画面に出力されていくのを確認、その後、マイ・アーヴァンクはフット・ペダルを強く踏み込んだ。感じ慣れた震動がコクピットを細かく揺らし、発進用の準備推力に加えて点火した噴射炎が、搭乗者であるマイ・アーヴァンクを乗せた人型機動兵器【アーマード・コア】──〝蒼竜騎〟の巨躯を前方へと押し出す。
 先行し、施設外周交戦域へ向け蒼竜騎の舵を取る。
 マルチコンソールを叩いて数百メートル前方の地表部交戦域を拡視界に出力、吹き荒ぶ黄塵の中に続く戦闘の様相を直に確認した。
 白燐の燃焼による曳航弾の赤い軌跡が乾燥した大気を切り裂く中、第一陣主戦力として施設地表部の制圧に臨んだAC部隊が敵対勢力と戦火を交えている。
 もうもうと吹き上がる粉塵の裂け目から、制圧対象である施設の防衛戦力──この世のどの軍事技術にも既存しない形態を宿した兵器の青白い眼窩と視線を交えた気がして、マイは口許を小さく歪めた。
 直後、四脚形態を備えるその兵器がAPFSDS弾(離脱装弾筒付翼安定徹甲弾)の直撃によって頭部を吹き飛ばされ、噴煙の中へとその姿を消す。
 戦域状況は目まぐるしく変動しているが、第一陣主戦力にはいまだ戦域離脱者は出ていない模様であった。
 突出して施設地表部戦域へと進行中の蒼竜騎の右側を、堅牢な外部装甲を纏ったエア・クッション型強襲艦艇が追い抜き、その後を同種の機動艦群と数機の工作用MT部隊が追従していく。
 それとほぼ同時に艦艇が艦載砲の砲口を前方戦域に固定、一拍を置いて砲火が煌めいた。
 作戦戦域を重厚な砲声が突き抜け、蒼竜騎の機体がそれを受けて細かい空気震動を受ける。その時、今度は先ほどの機動艦艇群とは異なる機影が右前方に突出し、真横で併走し始めた。
 マイの眼球動作に追従するフレーム・システムがカメラアイを僅かに傾ける。有視界に映り込んだ一機のAC機体の機影を見咎めた時、蒼竜騎の通信回線に特定周波数で無線が飛ばされてきた。
『──ミラージュの野郎共もやる気まんまんって感じだな。結局最後にケツ拭くのは、俺達だってのによ?』
 併走する友軍ACの搭乗者──マイが持つ業界の知己である自由傭兵の〝ゼオ〟が遠慮する事もなく、毒のこもった言葉を吐いた。
「奴さんも、面子ってモンが絡んでんのさ。大目に見てやりな」
 作戦の性質を鑑みれば、少々言葉は悪いものの彼の言うとおりだと、マイは胸中で同意する。
 今作戦の依頼主は、最上位の統治企業体として、嘗ては統治企業連合にも名を連ねていた〝ミラージュ社〟である。
 依頼内容は、現在世界各地で頻発している兵器災害の惨状を鑑みれば、ごく有り触れたものだった。
 ──ミラージュ社旧経済管轄区【旧ナルバエス地方】は、広大な荒野を有す同地方に散在する旧世代遺跡の一つ【アスセナ】へ進入、施設内部を調査し、かつ同遺跡の維持機能を停止せよ──。
 まあ、至極簡潔に言えば、無尽に湧き出る有象無象の防衛戦力を排除し、同遺跡内部の調査を済ませた上で施設機能を停止させろ、という事だ。
 遂行主戦力は業務依頼を受諾した自由傭兵及び独立系勢力のレイヴンであり、マイを含む主戦力部隊が所定に沿って旧世代施設を武力制圧する手筈となっている。
 一応、ミラージュ社も保有軍から戦力を供出して合同作戦に当たると、事前のブリーフィングで具体的に明示していた。が、よもやこれほど大胆な制圧攻撃を行うとは、さすがのマイも予測していなかった。
 しかし、ミラージュ社供出軍が合同作戦に加わっている以上、そこにマイが口にしたような要因が絡んでいる事は、主戦力であるレイヴンの大半も察知しているだろう。
 五年前の兵器災害発生に伴って同地方を破棄した依頼主にとって、その復興計画の一貫である今作戦の成功を内外に知らしめる事は、小さくない意味を持つ。
 そして自社戦力の損失を避ける為に外部戦力を雇用したとはいえ、ミラージュ社が作戦を立案し、戦闘を遂行したという事実は残らねばならない。
 これは、統治企業として強大な権勢を誇る依頼主の機微であり、重要な政治的意味を持っている。
 ──最も、自分のような駆け出しの下っ端レイヴンがそれを齧った程度に知っていた所で、何の関係もありはしない筈だが。
 戦って、生き残って、金を貰って、命と一緒に持って帰る──他の事は、まあ、なるべく考えない方がいい。
 それ以外に関しては、各々に帰着するもので、そこは他者が関知すべき事でない。
 こと今回の自分に関しては、原隊を遠く離れての初の単独出向任務の最中なのだ──望めるのなら、何事もなく仕事を消化するに越した事はなかった。
「──だけど、胡散臭さは親方の警告通りだな」
『あん? 何か言ったか?』
 通信回線から垂れ流しになっていた独り言に対してゼオが声をあげ、マイは軽くかぶりを振った後、「なんでもない」と、静かに返した。
『第一陣だけでカタが着いたら、俺達の報酬がなくなるなんて事はないよな?』
「──さあ。だが、あの個体数だ。少なくとも出番がないなんてオチはないだろう」
 ゼオが若干茶化して言う冗談に、マイは曖昧な返事を返す。
 先行した第一陣主戦力の主任務は、施設外周地表部に展開する施設防衛戦力の無力化だ。施設内部進入後、施設制圧作戦に於ける主戦力は第二陣が担う。
 外周地表部に兵隊蟻の如く湧き出てきた防衛戦力の兵力数から鑑みて、施設内部にはそれと同等か、或いはそれ以上の数が施設侵入を阻もうと待ち伏せているだろうと考えるのに、どこも不自然はない。
 旧世代遺跡施設の正面隔壁へ残り八〇〇メートル強まで接近した時、作戦司令部の総合通信士が抑揚に欠けた冷淡な声音で定例報告を行う。
『第一陣戦力の地表部制圧が、間もなく完了します。第二陣戦力は移動を継続、隔壁開放と共に施設内部へ進入してください』
 一切の無駄なく、施設防衛戦力に立ち直る隙を与えず、というところか。
 機動力と圧倒的火力に勝る速やかな制圧方法は他にない。
『一気に行くとするか。先に突出するぜ、〝ドラグーン〟──!』
 威勢良い言葉の最後に自身のレイヴンとしての名を残し、ゼオは併走させていた自らの搭乗機体〝シックザール〟の進行推力を劇的に跳ね上げ、現場へ向かう第二陣戦力の最前衛に立った。
 自身と同世代とはいえ、特定組織に加担しない自由傭兵としては中堅格に入ってもおかしくない筈だが、どうも彼は血の気が多い。自由傭兵を名乗る鴉として、その生き方に忠実である為の彼なりの処世術なのかもしれないが。
 そして自分も自分で、この作戦に参加できた事に、僅かながら歓喜しているのは事実なのだ。
「──蒼竜騎、強襲機動を開始する」
 力強い言葉に呼応して戦術支援AIが機体各部の機能状況をHMD画面に出力し、それに伴って搭載センサー群から収集される戦域環境情報も著しく更新されてゆく。
 短機関砲を携える右腕部を持ち上げ強襲機動態勢を構築、マイは足元のブースタ・ペダルを目一杯に踏み込んだ。後背メインノズルから吐き出された高出力の噴射炎が蒼竜騎を更に前方へと押し出し、黄塵と戦火の渦巻く荒野を疾走させていく。
 自らの試金石となる目の前の戦場を鋭い眼差しで見つめ、マイは小さく笑んだ。

 旧ナルバエス地方旧世代軍事施設【アスセナ】制圧作戦、開始。

                             *

 施設外周部戦域──。

 鋭角的な切返しを交えた偏差機動によって狙いの逸れた照射光が、赤土の大地に深い焦熱痕を穿つ。
 第二射を照射すべく向けられた腕部発振兵装を正確に捕捉──第一陣主戦力の中に名を連ねる自由傭兵、〝マユ・キリシマ〟は両手にそれぞれ握り込んだ操縦把付随のトリガーを引き絞った。
 搭乗機体〝ヴァルキリー・フェイバー〟の両腕に携える速射型滑腔砲が同時に火を噴き、APFSDS弾(離脱装弾筒付翼安定徹甲弾)による集中掃射を見舞う。初速は遥か音速域へ踏み込んだ砲弾が捕捉目標の右腕を直撃、外部装甲もろとも内部構造を深く抉り取った。
 その損傷を受けて捕捉目標が、断末魔じみた機械音を立てる。搭載センサー群が拾い上げたその音を耳にし、マユ・キリシマは狭いコクピット内で憚る事もなく大きく舌を打った。
 地上への落下と共に右腕部が爆散し、その衝撃を受けて捕捉目標が機体姿勢を崩す。優れた動体視力を備えるマユの双眸は、その隙を見逃さなかった。間断なくブースタペダルを踏み込み、約二五五メートルの相対距離から一挙に突進攻撃を仕掛ける。
 隻腕となった捕捉目標は即座に状況を解析したらしく、突進攻撃を仕掛けるマユに対して機動を停止した。ヴァルキリー・フェイバーの高い射撃管制能力の前にあっては、相手の有効戦術圏で戦闘機動を繰り返す事に然したる意味はないものと判断したのだろう。
 背部搭載式の収束光発振装置の長大な砲身を前方へ展開、自ら半固定砲台と化す。旧世代技術を搭載されたアレらが優れた戦闘能力を保持している事は公然の事実であり、そこから捕捉目標が何を狙っているかをマユは迅速に把握した。
「撃たせないわよっ──」
 マユは精緻極まる操縦技術を持って、両腕部に携える得物の照準を目標の脚部に定めた。
 発振装置から圧倒的高出力の収束光が照射される刹那、ヴァルキリー・フェイバーの撃ち放った二発のAPFSDS弾が捕捉目標の右脚部膝間接を正確に撃ち貫く。機体姿勢を不意に崩された捕捉目標は、照射した収束光で大地に全く無意味な焦熱痕を新たに作り出す。
 捕捉目標が機体制御態勢を最適化する前に決定打を与えるべく、マユはブースタペダルを踏み込んで機体速度を押し上げた。間断なく追加攻撃を放ち、左前脚関節部も粉砕する。
 完全に機動力を失った捕捉目標が、無様にもその場で前のめりに倒壊した。
 相対距離を瞬く間に詰めた機体を捕捉目標の眼前に立たせると、卑しく頭を垂れる捕捉目標の後頭部に砲口を押し付けた。
 再び、悲鳴染みた機械音を再び耳にし、
「耳障りなのよ。少しは命乞いでもしたらどうなの──?」
 悪態に対し、無様な格好で足を捥がれた甲殻虫のように蠢くパルヴァライザーは、変わらず耳障りな音しか返さない。
 マユはあからさまに舌を打ち、躊躇いなく引き金を引いた。
 目を瞑っていても当たる極至近距離から撃ち出したAPFSDS弾が頭部を砕き、その際に飛び散った破砕片がヴァルキリー・フェイバーの外部装甲板を細かく打つ。得物を離すと、埃でも払うかのように右腕部のターレットを一度素早く旋回させた。
 他人に特別秘匿する事もなく、マユ・キリシマは旧世代兵器という害悪を心底、憎悪していた。
 五年前に突如として地上世界に出現し、世界の全てを戦火に包み込んだそれらを。自分が願った小さな幸福すらも奪っていった、知りもしない遥かな過去からの訪問者達を。
 その訪問者達の象徴的存在として世界情勢を席巻した兵隊蟻──パルヴァライザーと呼称される害悪を自らの手で排除し続けるべく、多くの人命が失われた兵器災害以降も、マユは戦場に残る事を選択した。
 戦塵渦巻く荒野の一風景に成り果てた残骸を捨て置き、ヴァルキリー・フェイバーを次なる目標を捕捉すべく移動させる。既に周辺戦闘は収束に向かっており、レーダー上に友軍信号を発しない動体反応──つまり、敵性動体の個体数は明らかに現象していた。
 既に第二陣戦力も外周部戦域の境界線を割って、深く進攻してきている。しかし、それでも他の鴉どもに得物を横取りされる訳にはいかない。
 手近な敵性動体を捕捉した瞬間、耳を劈くような砲声が戦域を突き抜けた。寸秒の差もなく、捕捉したばかりだった目標が爆炎の中に掻き消え、そこを中心に巨大な噴煙が発生する。
 黄塵交じりの爆風が機体を揺らす中、マユは捕捉目標を吹き飛ばした元凶へと、カメラアイを向けた。
 そこには、第二陣主戦力に先行して後方から急速接近してくるエア・クッション型強襲艦艇の機影があった。
「援護射撃のつもりっ? 邪魔なだけよ──!」
 思わぬ増援戦力の介入にマユは苛立つ。その継続意識の散漫が、急速接近してきていた敵性動体反応に対する反応を遅らせた。
『敵性動体、至近距離に接近しています。応対機動の展開を推奨します──』
「しまった──」
 戦術支援AIの音声報告によって弾かれるように動き、慌ててブースタペダルを踏み込む。
 後背より斬りかかってきたパルヴァライザーのレーザーブレードを紙一重で回避、しかし、左上腕部装甲に軽度の焦熱性損害が与えられる。中間距離からの射撃戦闘を旨とするヴァルキリー・フェイバーに背後から忍び寄り、あまつさえ機体に傷をつけたそのパルヴァライザーを殺意を湛えた双眸で睨みすえ、マユ・キリシマは咆哮する。
「──人間を、ナメるな!」
 残余推力で後退する機体へ強引に制動を掛け、極密着状態に踏みとどまる。奇異なる眼光を宿したカメラアイを捉え、操縦把付随のトリガーを全力で引き絞った。
 速射型滑腔砲の砲口から放たれた弾幕が捕捉目標の全身に喰らいつき、装甲各部を引き裂く。機体姿勢を崩したパルヴァライザーが堪らず回避機動に移り、マユは制圧射撃を継続しつつ追撃をかける。
 目標の腕部一体型兵装内の攻性熱源反応を搭載センサー群が捉え、マユは条件反射でブースタペダルを瞬間的に踏みつけた。急激な軌道転換による重力負荷が、鍛え上げられた身体を軋ませる。
 捕捉目標の腕部一体型兵装から照射された高出力の収束光がヴァルキリー・フェイバーの左肩部装甲を広範囲に渡って焼却、機体損害状況が警告音を伴ってHMD画面に出力される。
『機体左肩部に中度の焦熱性損害、機体損耗率上昇──』
 戦術支援AIの損害報告を聞き流し、激しく流動する視界の中で眼前の目標のみを見据える。回避機動から間髪入れずブースタの推進方向を正面へ転換、噴射炎を吐き出す。立て続けの機動戦闘による重力負荷が彼女の身体を固く縛り付け、感覚神経の一部を酷く痺れさせる。しかしマユはそれに構わず、捕捉目標であるパルヴァライザーに自ら肉薄していった。
「この鉄屑が、ちょっとはヤルじゃないの──でも、これで終わり!」
 再度、二基の得物による高密度の弾幕を見舞う。先程までの集中掃射によって甚大な損害を被り、機体機動力を低下させていた目標は有効な回避機動を取ることも出来ず、撃ち放ったAPFSDS弾の殆どを被弾した。
 目標のパルヴァライザーが崩落し、破損した機体内部から漏出した可燃液体が発火、瞬く間に炎上を始める。青い炎がパルヴァライザーを舐め回し、その中で命乞いのような哀れな機械音を立てる。
 マユは荒く息をつきつつ、笑った。
「五月蝿いのよ、あなた──」
 その動体反応もレーダー上のただの熱源に呑み込まれ、マユは肩の力を抜いた。
 施設内部の制圧戦闘を請け負う第二陣主戦力の群列が砂埃を高く上げながら施設外周部に接近する様子を、マユは近くから傍観していた。先ほど無駄としか言い様のない艦砲支援を喰らわしてくれた艦艇は施設外周部戦域の境界線を割った辺りで待機し、周囲に多数のミラージュ社供出部隊が展開している。
 安全の確度をとってから、施設へ進駐するという訳ね──。
 第二陣主戦力に先行して特殊工作用MTが数機、自機の傍を一陣の突風と共に過ぎ、高出力で後続から突出したACがそれに続いていく。そしてその若干後方、多数の主戦力を従えるように一機のACが接近してくる。
 マユはそのACに目を留めた。
 濃蒼色を基調としたその中量級二脚機は汎用性を重視した兵装を搭載し、作戦の性質を深く吟味してきたのだろうとマユは察する。
 特に際立った箇所のある機体に見えた訳でもなかったが、目を留めたのには他に理由があった。
 此方への接近機動は相当に洗練された練達者のソレであり、友軍ながらそこに僅かな隙を見出す事も難しい。後後方に追従する第二陣主戦力のAC達も腕が悪い訳ではないが、あのACを前に立たせては有象無象の背景にしか、マユには捉えられなかった。
 施設隔壁へ直進していたそのACの頭部が動き、マユはヴァルキリー・フェイバーのカメラアイを介して視線を重ねた。心持ちぎくりとした瞬間、直進機動を取っていたそのACが不意に進路転回を施し、此方へ突進してくる。右腕部に携える短機関砲を弾き上げ、正対から叩きつけられる殺意に背筋に戦慄が走るのを自覚した。
 誰何の叫びは愚か明確な意図すらも忘れ、自らの得物を跳ね上げる。
 僅か一秒足らずの間に互いの殺意が交錯、マユが引き金を絞ろうとした、正にその時だった。
『避けろ、貫かれるぞ──!』
 開放状態の作戦回線に飛び込んできたのは、警告の声だった。
 直前とは別の戦慄が全身を駆け抜ける。急速接近してくるACの搭乗者が発した警告の元凶が、自身の背後にいるのを察知、マユは進路を何処に選ぶかも判断せずただブースタペダルを踏み込んで機体を弾いた。
 その僅かコンマ数秒後、高出力の収束照射光が機体の脇を疾り抜け、黄塵にまみれる荒野の上空へ一筋の軌跡を引く。
 有視界の端に、収束光を放った元凶を見咎める。先ほど排除した筈のパルヴァライザー──。
 隙を狙っていたというの──。
 そこからの濃蒼色のACの行動は恐ろしく早かった。己が反転攻撃に転ずるより遥かに早く動き、左腕に携えたレーザーブレードの刀身を現出させ、突進機動からそのままに振り払う。敵機の腕部一体型兵装を斬り飛ばし、通り抜け様に機体を反転。側頭部に短機関砲の砲口を突きつけ、高速徹甲弾を撃ち込んだ。僅か発で頭部を粉砕されたパルヴァライザーが再度炎の海の中に沈み込んでゆく。
 瀕死であったとはいえ数秒足らずで敵を無力化したACは、マユが呆気にとられている間に、元の進路へと急速に戻っていく。それを見送る傍ら、先方から再び無線が飛ばされてきた。
『──怪我はなかったか?』
「え、ええ──此方は大丈夫。えと、貴方、所属はっ──?」
 礼を述べる事すらも忘れて、反射的にその問いを投げかけていた。一拍の間を置き、
『駆け出しの新人だ。次に機会があれば宜しく──』
 何か返さねばと思ったがマユは終ぞ何を言う事も出来ず、その間に濃蒼色のACは後続の第二陣主戦力が到着する前に、所定軌道へと再び合流していった。
「──アレで新人?……参っちゃうわね」
 後背で炎に包まれた鉄屑が繰り返す爆散の音響を聞き流しつつ、マユは小さく嘆息する。
 性質の悪い冗談かどうかは兎も角として、相当に腕の立つレイヴンだという事は目の当たりにしてしまった。
 直前の見立て通りとは、お世辞にも言えない。レイヴンとして中堅格に入ろうかというマユですらあのレイヴンの実戦行動力を浅く見積もっていた。
 衝撃的、且つ鮮烈なものとして脳裏に残った記憶に、無意識の内に指が震えていた事にマユはこの時、気づけなかった。
 しかし、それにしても──。
「今時、あんな奇特な子も、いるものなのね──」
 無線を介して耳にした声音から、恐らくあのACの搭乗者は自分より一回り程の離れた男の子だろうという事は、直ぐに察しがついた。語調は戦士としての緊張感に満ちていたが、それくらいは誰でもわかる。
 若年レイヴンは少数ではあるが、今時は然程珍しくもない。
 マユにとって何よりも斬新だったのは、自由傭兵を名乗る鴉が自身に加勢したという事実だった。
 破格の報酬と自身の確実な生存の為には共喰いをも厭わないのが、自分達〝鴉〟だ──。
 今作戦の報酬は完全歩合制に基づいており、少しでもまともな神経を残しているレイヴンだったなら、恐らくあの場で私を見殺しにしていたかもしれない。そしてその後、背後で瀕死状態にあったパルヴァライザーをゆっくりと始末したことだろう。
 駆け出しという言葉を間に受けるなら、先ほどの少年の行為は新参であるが故か、或いは本人の気質に基づいたものかもしれない。
 真実のほどは最早分からないが、少なくともマユ・キリシマは悪い印象を抱いてはいなかった。
 寸での所で自身の命を拾い上げたあの少年に対し、多少なりとも感ずる所があったからだろう。
 そうでなければ或いは、比較して正対の戦士と戦火を交えた過去が、そう思わせているのかもしれない。
 戦術支援AIに機体稼動状況を解析させ、戦域環境情報を含む諸情報をHMD画面へ瞬く間に出力する。そこで機体磨耗率に大きな変動がないことを確認、マユはブースタ・ペダルを踏み込んだ。
 ──よし、まだ戦える。
 施設外周部戦域の武力制圧が第一陣主戦力の担当野だったが、その後については自己判断のもと第二陣主戦力と合流、施設内部の制圧作戦に参加可能という旨が個別ブリーフィングで示されていた。
 すぐ傍で業火に焼かれて炭化していく怨嗟の残骸を見下ろし、マユは吐き捨てる。
「アンタ達には、絶対負けない……」
 既に施設隔壁間近に迫っている第二陣主戦力の最後尾を捕捉。後方ノズルから最大出力の噴射炎を吐き出し、ヴァルキリー・フェイバーの機体を施設隔壁へと向けた。

→Next…

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