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 第二話  執筆者:柊南天


 殺した。取り立てて珍しいモノもない、地方によくあるような断崖都市で、殺せる限りの人間を殺した。敵対行動を取る者は無論、戦闘員であるなしを問わず逃げようとする人間は視界に映る隅から撃ち殺した。短機関砲から吐き出された高密度の火力を受けた彼らは例外なく、血霞になってその場から消えていった。
 珍しくとも何ともない光景で、何度も繰り返し再現してきた事実だ。
 殺しの為の大義などなく、大義を掲げるに足る主義理想もない。
 惜しみなく注がれる王岳の報酬に雇われ、肉腫塗れの殺意を代行し、汚れ切った戦場を駆けずり回る、烏は時に独りで屍肉を漁り、時に群れを成して無垢な赤子を襲い、その白い肉を相食む。必要であるとされれば群同市ですら互いの肉を求めて争う。両翼に纏わりつく腐敗した欲望と殺意の残滓を撒き散らしながら。
 戦場を跋扈する烏──レイヴンとはそういった兵士達であった。世の中には高潔な理想を振りかざしてその無類の武力を行使するという奇特な烏も稀にいるというが、少なくとも自身にとってはそういうものであり、その生き方を通してきた。──唯一の故郷であったミラージュを去った時から。
 代行する殺意の是非に興味などない。だから私は、あの時私に手を差し伸べてくれた"彼女"と共に戦場を駆け巡り、彼女が望む全ての対象を塵に変えてきた。
 ──血雨混じりの鉄屑が自身の搭乗する機体の外部装甲を叩き、肉眼で目視できるほどの肉片がべっとりと付着する。カメラアイにまで届いたそれを見咎めて胸中で舌打ちした後、有視界内とレーダー索敵領域に敵性動体がない事を確認し、左腕に構えていた短機関砲の銃口を下した。
「……こちらゼクトラ、当該戦域を制圧した」
『良い手際だ。こちらも間もなく制圧を完了する』
 南北に二分した作戦領域の北方戦域で戦闘行為を継続中の"彼女"──ノウラは、低く落ち着いた声を無線を介して寄こしてきた。その彼女の労いの言葉に、私は僅かに口許を緩めた。彼女にとってはその言葉以上の意味は何もないだろう。彼女が必要としているのは、彼女が五年前に私を拾った時から何も代わらない。
 けれど、彼女が、ノウラがその言葉をくれる事が、私にとってそれ以上も以下もない喜びだった。
 ブースタ機構の出力を微調整して機体を転回上昇させ、たった今しがた殲滅した南方戦域の前景を視界に映し出す。
 大渓谷の断崖に寄生するように、醜くへばり付いて発展した採掘都市。廃墟と化した建築物や鉄屑と化した砲台群による防衛機構が周囲一帯で黒煙を吹き上げ、剥離した瓦礫が断崖下方の渓流へと崩れ落ちていく。
 動くものは何もない。動体はない。殺して、殺し尽した。
 日常によくある光景で、翌日の経済新聞の片隅にも掲載されないようなありふれた話だ。
 代行する殺意の是非に興味はない。それは紛れもない事実である。
 だが──、それでも、私は意識して自分が溜息をつくことを禁じ得なかった。
 五年前から、世界は未曽有の兵器災害に見舞われているというのに、支配企業達は未だに互いの勢力圏の拡大と権益確保に躍起になっている。
『作戦領域の第四種制圧を完了。これより主任務の再開へ移行する。聞いたか?』
「ああ、聞いている」
 結局いつも結論の出ない思案に感けていたせいで、我ながら抑揚に欠けた返事を返してしまった。
採掘都市の制圧は、主任務の作戦領域へ移動する最中に依頼主であるミラージュ社──かつての育ての親から持ち掛けられた緊急の仕事だった。灯台下暗しとはこの事だと、仕事を請けた時には思った。
『丁度いい小遣い稼ぎも済んだ。さっさと作戦領域へ移動せんと、依頼主に目を付けられるぞ』
 どこか含みを持たせた彼女のその言葉に胸中で同調し、フットペダルを踏み込んで自身が搭乗する機体【ゼクトラ】を宙空へ急速上昇させる。主任務へ最短時間で到着する為の巡航高度にまで達した所でコンソールに指を走らせ、巡航用オーバード・ブーストの起動準備を進行させる。
 投射型のメインディスプレイに、先の制圧戦闘における機体損耗状況と周辺戦域の情報映像が出力され、機体搭載の戦術支援AIが情報更新と報告義務を行う。
『機体装甲摩耗率4%、最大巡航速度での機構起動、問題ありません』
「作戦領域までの所要時間は?」
『主任務作戦領域までの距離は565キロ、最大巡航速度で約65分です』
「機体制御を第一戦闘態勢から第二準備態勢へ移行。周辺戦域とのデータリンクを継続、作戦領域到達までの間、現態勢を維持」
『了解。第一戦闘態勢から第二準備態勢へ移行を完了しました。作戦領域までの航行軌道プログラム修正。オーバード・ブースト起動準備、完結──』
若い女性のヴォイス・プログラムを出力するAIがオーバード・ブースト機構の起動準備完結を報告し、コンソール画面に素早く視線を走らせて最終起動チェックを済ませた。
『こちらノウラ、これより北方戦域から作戦領域への巡航機動を開始する。航行軌道のランデブー地点は約255キロ北東、20分後になる。それまで各自単独行動だ、遠方からの戦術支援は行えん。不足の事態に常に備えておけよ、後援部隊の到着まで間もないとはいえ、現戦域はクレスト領下の非緩衝地帯だ。敵対勢力と接触した際は──と、すまない。老兵の過言だったな……』
「──いや。気にするな、ノウラ」
 控え目に発したその言葉を無線の向こうで聞いた彼女──ノウラが軽く苦笑する声が聞こえてくる。彼女が発した意での老兵──そう呼んでしまうにはあまりにも、彼女は一線で活躍する優秀なレイヴンであり過ぎている。
 確かに、彼女──ノウラという女性はレイヴンとなって既に久しく、その上、何れの勢力にも属さないフリーランスの傭兵となってから五年以上もの歳月が経とうとしている。だが、その経歴と、古参と呼ばれるようになってからさらに現在までの五年間をフリーランスの傭兵という立ち位置で生き貫いてきたという実績は、彼女の意で言う老兵の身としては不相応であり、また彼女が老獪を極めつつあるごく一握りの傭兵である事を私達の業界に知らしめている。しかも五年前以前の経歴を秘匿しながら──
 五年前、彼女に拾われなければ、今の私は彼女と同じ道を歩んではいなかっただろう。
 いや、今ですら既に私は彼女の影に過ぎない。それはノウラが望んだことであり、私が切望した事実に過ぎない結果論だが。
 最早その事実を掘り返すことすら不毛であると、その考えを頭の隅から思考の外へ追い落とす。口許を歪めて軽く笑み、メインディスプレイに出力中のルートマップを注視する。両手にそれぞれ握りしめた操縦把上部に付随のカバーを親指ではじき、内蔵の押ボタンに指面を近づけ──
 第二準備態勢に移行し、第一広域警戒態勢にあった各種センサーが突如、けたたましい警戒音を狭いコクピットに響かせた。戦術支援AIが即座に反応してメインディスプレイに現状況を出力する。レーダーに勢力不明の熱源反応が後方、南東から急速接近してくる。
『未確認勢力動体、急速接近。移動速度及び各種駆動音から、動体源をAC機体と断定。機体制御を第二準備態勢から第一戦闘態勢へ移行します』
 その無機質な支援報告、ある意味では至極冷静なAIのその対処に大した意味もなく呆れながら、操縦把上部のカバーを閉じ込む。フットペダルを大きく踏み込んで後方ノズルから噴射炎を吐き出し、最大推力で機体を後方へ急速展開させる。ゼクトラのカメラアイが正面から急速接近してくる未確認動体の姿を拡大捕捉し、有視界内にそれを捉えた。
『不明動体、背部兵装のミサイルコンテナ展開を確認。単純な示威行為ではあり得ません。不明勢力を敵性動体と断定、迅速な迎撃態勢の展開を推奨します』
 AIが平坦な口調で言い切った後、まさに正面から捕捉した未確認ACが背部兵装のコンテナからミサイルを連続射出した。胸中で軽く舌打ちし、自律支援プログラムに従って戦術支援AIが垂直発射されたミサイルを自動追跡する。
「不明勢力を適性動体と断定、排除する。第一戦闘態勢を維持、自律支援プログラムをセミ・アクティヴからオール・アクティヴへ。友軍AC、ホワイトサンへの回線を開け」
『了解。──開きます』
 ざざ、と砂嵐のようなノイズが一瞬流れ、先ほど無線を閉じたノウラと再びコンタクトを取った。センサー情報が凄まじい密度でディスプレイに羅列され、戦術支援AIがそれらの中から有用情報をピックアップしていく。
 垂直ミサイルは頭上400メートルから降下接近、時間にして約20秒以内で着弾。適性動体はオーバード・ブーストによる急速接近を続行、25秒後に接敵。
「的中のようだな、ノウラ」
『そちらもか。お前と私で一機ずつとは……クレスト社専属のAC部隊だろう。其処らの野烏共のようには行かん、くれぐれもな。作戦領域への巡航移動を放棄、敵増援戦力を迎撃する。狩るぞ』
「了解。敵戦力を殲滅、その後航行軌道プログラムを再修正する。幸運を、ノウラ」
『ああ、お前もな。カット──』
 その最後の彼女の言葉は、彼女の本意ではないのかもしれない。彼女の私の間に信頼関係はあれど、私達の生き方にそぐわないような馴れ合いはない。
 しかし、それでも、私は彼女のその言葉にいつも心を満たされる。
 一瞬、時間にして刹那足らずの間思考を停止し、自らの意識の深遠に自我を埋没させる。
 ──行こう。
「これより迎撃を開始する」 
灼けつくような殺意を自身の双眸に湛えて有視界内の敵性動体を睨み据え、操縦把を握りしめた。眼球行動に同調追従するフレーム・システムによってカメラアイが上空を振り仰ぎ、右腕兵装の短機関砲を上方展開。着弾まで二秒に迫っていた垂直ミサイルの弾頭を捕捉。操縦把付随のトリガーを引き絞った。
 雷鳴のような砲声が夕刻の赤く焼け始めた夏空に轟き、短機関砲から吐き出された砲弾の弾幕が頭上に迫っていた垂直ミサイルの弾頭を撃ち貫いた。赤々しい爆炎が頭上を埋め尽くし、轟音を伴った爆圧がゼクトラの機体を細かく揺さぶる。
『敵性動体、接触まで2秒。迎撃準備してください』
 戦術支援AIに指摘されるまでもなくカメラアイを即座に正面へ据え、それに伴って短機関砲の照準を合わせる。敵性ACはこちらの迎撃態勢に的確に反応し、オーバード・ブーストを継続したまま恐らく最大推力で半円を描くように右手の方へ迂回機動を取る。
 強い牽制の意味合いを含めた威嚇射撃を行い、短機関砲を唸らせる。曳光弾の火線が敵性ACの軌跡をなぞり、当の目標はゼクトラの右舷に達すると同時に方向転換、真正面から突進を仕掛けてきた。
 ディスプレイに出力された敵性動体の機体情報を、視界の隅に捉える。高速機動戦闘を旨とするクレスト社製の軽量二脚型機体。右腕兵装は短機関砲、左腕兵装はレーザーブレード──その情報を確認した直後、敵性ACは自機の右腕に携えていた短機関砲の砲口を此方へ向けて跳ね上げた。それに即座に反応し、応対射撃を取る。互いの火線が完全に重なり合い、高密度の火力が衝突して派手に火花を散らす。衝突を免れた少なくない砲弾が互いの外部装甲を削り取り、急速に距離が短縮されていく。
「高機動展開に加え、レーザーブレード主体の近接戦闘か──似た者同士というところか?」
 ──馴れ合いは好かんがな。
 自機、ゼクトラの左腕兵装──射突型物理ブレードに意識を傾ける。互いの火線が零距離で交錯する一瞬──その時の判断が互いの勝敗を別つ。
『敵AC、オーバード・ブーストを解除。接触まで二〇メートル──』
 敵性ACの頭部カメラアイから、それに搭乗しているレイヴンの研ぎ澄まされた鋭利な殺意を容易に感じ取ることができる。残余推力に後方ノズルから噴射炎を吐き出して推力を継ぎ足した敵性ACがレーザーブレードの刀身を現出させ、短機関砲の砲弾を撒き散らしながら勢いそのままに突進してくる。
 互いの視線がカメラアイを通して肉薄し、左腕兵装である射突型ブレードの電子信管に直結した左操縦把トリガーにかけた人差し指に力を──
「左か──」
 トリガーを引き絞る刹那、敵性ACの挙動を読み切ってゼクトラを左舷へ急速展開させた。正面からまさにその方向へ飛び出した敵性ACと完全に張り合う体勢となり、私は左操縦把付随のトリガーを全力で引き絞る。高速機動の中ですら、機体の挙動を一瞬押しとどめるほどの反動が左腕から伝播し、至近距離から敵性ACのコア目がけて、鋼鉄の杭が強装炸薬の燃焼ガスによって撃ち出される。
 しかし、その直後敵性ACが取った機動は凡そ、ACという機体のそれとは思えぬものだった。鋼鉄の杭がコア部を刺し貫くかにみえた一瞬、適性ACはブースタを最大推力で噴射しながら噴射方向を微調整し、その場で反時計回りに軌跡反回転、物理ブレードの刺突を外部装甲表層部を掠めたのみで回避してみせた。
「次が来る──」
 敵性ACはそれに留まらずさらに機体を展開させてゼクトラの機体後方へ回り込み、その遠心力を上乗せしたレーザーブレードの刀身を走らせる。思わず口許を大きく歪め、ゼクトラの機体をブースタ推力最大で軌跡反回転させた。右腕兵装の短機関砲をターレット稼働範囲限界で後方へ向け、敵性ACの頭部へ方向を突き付ける。
 短機関砲の砲口が煌き、同時に二機のAC機体はブースタを逆噴射して即座に距離を保った。
『機体後背部外部装甲に焦熱性損害。機体稼働率に変動ありません。──敵性機体より通信要請です。回線を開きますか』
「通信要請だと──ふん」
 胸中で人知れず得心し、戦術支援AIに指示して回線を開かせた。互いに距離を保ちながら、短機関砲の方向を突きつけ合った状態だが、しかし、少なくとも向こうは戦闘機動を取る様子を見せないでいる。
 わずか十数秒足らず、その一連の行動の中で自分は通信要請を行ってきた敵性ACのレイヴンについて大体を知り得ていた。
『こちらクレスト社陸軍第六三機械化戦闘小隊だ。レイヴン──いや、"一つ手の射手"。聞き覚えはあるか?』
 発信用周波数を流す前にため息を小さくつき、やっぱりか、と首肯する。
「──ああ。だが、久し振り、と言って差し支えはないな。"グレイエンバー"以来だから、五年になるのかな──マハヴィル。クリシュナも健在のようだ」
『お前が生きているという噂は、俄かに聞いていた。が、まさかこんな形になろうとはな……』
「既に、私達は戦場から降りるには手遅れだった。あり得ない話ではなかっただろう?」
『変わらんな、お前は。……それにしても、灯台下暗しとはよく言ったものだ』
 そう言って、昔の同僚であったマハヴィルは堪えるような苦笑をもらす。
 フリーランスの傭兵となってから五年、少なくともその間に、特定企業と専属契約を結んだ記憶はない。四年前にミラージュ社をはじめとする企業連合軍の犯した失態が私やマハヴィルのような死に損ないのレイヴンを産み、企業への失望が私達の頚城を外した。
 昔の同僚と対峙する傍ら、脳裏に五年前の風景を描き出す。今にして思えば、その時の企業の裏切りはそれと呼べるようなものでもなかった。単に時期が悪すぎただけなのだろう。
 兵器災害と呼ばれるようになった発端──旧兵器群による全世界の企業領土への大攻勢。ただ、それでも、手を差し伸べてくれた彼女に従い、私が背を向けるに足る十分なモノであったという事実に、変わりはない。
 ──オペレーション:グレイエンバー。
 旧兵器群の侵攻を足止めする為、前線での後退支援戦闘を命じられた捨駒のAC部隊。押し寄せる数万の旧兵器群の波によって、部隊は数日と持たず壊滅し、散り散りになった。
 記録の一切は抹消され、焦土に埋もれていった多くの友軍の死も同様に扱われた。
 忠誠の報酬は、徹底的な隠匿。
 レイヴンとしても、一人の人間としても幼かった私は、割りに合わないという以前に──許容できなかった。
『私達に、感傷などという贅沢を楽しむ猶予はない。此処から先は、クレスト社の者としての言葉だ。貴軍はクレスト社領有地を著しく侵略している。我が社の増援部隊も急行している。速やかに武装解除し、降伏しろ』
「そうやってお前は、また企業の犬という身分に収まっているつもりなのか?」
『不相応な言葉を吐くべきではないな。この世界の戦場に在っては、結局私もお前も企業支配体制の尖兵でしかない。遠いか近いか、敵か味方かの違いでしかない。そうだろう?』
 五年前に離れ離れになって以降、与り知ることのない時間を歩んできた戦友が選んだ現在である。それに対して過分な言葉をかけたくはなかった。しかし、思い出にしてしまうにはいまだ近すぎるあの過去が、所属先を変えて再び企業専属のレイヴンとなったマハヴィルに対する辛辣な言葉を出させた。マハヴィルとて、それは今も同じだろう。覆い隠してしまいたい過去に、今も苛まれている。
「敵味方の差でしかない、か。……ふふ、野放しの烏相手に少々行儀が良過ぎるんじゃないのか?」
『……あまり賢い返答とは思えんな』
 今しがた吐き捨てた自身の言葉は、それ以上ないほどに自身の立ち位置の在り方を示していた。レイヴンには簡単に降伏する選択肢などは元来与えられるはずもない。穢れ切った烏が戦場から降りるのは、運悪くしに損ねた時か、死ぬ時だけだ。
「勝ち戦で吠えるなよ。お前は私とは違う。お前はお前の仕事を全うしろ。それだけで済む話だ。……それに、殺したいんだろう? 街ひとつ潰したレイヴンを?」
『死に際に吠えるなよ、貴様。幸運を──』
 最後に明確な殺意を込めた言葉を残し、マハヴィルは一方的に無線を終了した。
 最後の自身の言葉は、明らかな挑発の意を内包したものだった。私自身にとっても、彼自身にとってもその先で迎える互いの死を欲している。
 ──過去に影を囚われるのはゴメンだ。
 真正面で対峙していた敵性AC──かつてミラージュ純正部品で構成されていた機体はクレスト社のそれに置き換わっているが、変わらず軽量二脚のコンセプトを引き継いでいる──、クリシュナが右腕兵装の短機関砲を弾き上げ、砲口を煌かせる。瞬時に反応してブースタを噴射し、ゼクトラの機体を左舷下方へ急速降下させる。飛来した砲弾によって引き裂かれた右腕肩部の装甲損耗状態を、ディスプレイに更新された機体情報で確信しながら、廃墟と化した制圧済みの断崖都市は渓谷部を降りていく。
『閉鎖環境下では充分な機動戦闘を展開できません。広域拡視界での作戦遂行を推奨します』
「それは相手も同じだ。これからの戦闘行為を記録しておけ。次からの戦術支援に役立つだろう」
『──了解。まもなく、峡谷最下層部渓流域へ到着します』
 ブースタを連続噴射してホヴァリング状態を保ち、水上へ降り立つ。上空を見上げると、下方への射撃体勢を取っていたクリシュナが再度、獲物の短機関砲から銃火を撒き散らした。
 狭い峡谷の断崖部に砲弾が着弾し、抉り取られた大小無数の断崖の石片が頭上から降り注ぐ。周囲一帯で巨大な水柱が発生し、有視界を完全に遮断された。
クリシュナの機体から発生する駆動音と噴射炎の燃焼音をセンサーが正確に捉える。有視界を埋め尽くす水柱と石片から意識を引き剥がし、レーダーに目を向けた。
「闇討ち──後背か」
 レーダーで機体後方から急速接近する敵機の機影を捕捉してゼクトラを急速転回させた瞬間、ブースタを最大推力で吹かしたクリシュナが有視界内前方の水柱を粉砕しながら突進してきた。既にレーザーブレードはその刀身を現出させており、それに相対するように左腕に装着していた射突型物理ブレードを構える。
 双方の間合いが深く重なり合い、それが致命的になる直前、私は左舷の岩壁に向けて物理ブレードの引き金を引いた。
 大きく砕かれた岩石が天然の凶弾となって前方に吹き荒び、軽量二脚機の機体に正面から衝突する。重質量の岩石によって機体制御を著しく乱したクリシュナの推力が減衰し、それを肉眼で目視すると共に突進を仕掛けた。
 クリシュナの頭部を鷲掴み、フットペダルを踏み込んでブースタを最大推力で吹かす。そのまま水上を疾走し、クリシュナの機体を岩壁へ強引に叩きつけた。大気と水面を震わせる轟音が響き、衝撃で岩盤がさらに落下してくる。頭部を掴んだその密着状態から自身の右腕兵装である短機関砲の砲口をコア部にほぼ押し付けた状態で引き金を絞った。瞬間的に高密度の火力を受けたクリシュナのコア部装甲がいとも簡単にはがれとび、内部の駆動系機構が晒しだされる。
『敵性AC機体、機体磨耗率上昇。沈黙までまもなくです』
 黙っていろ。蛇足のような報告を付け加えてきた戦術支援AIに胸中で悪態をつく。その瞬間、めまぐるしく明滅していたクリシュナのカメラアイから明確な殺意を感じ、それは自身の背筋に悪寒を走らせた。
 クリシュナと岩壁の間からオーバード・ブースト特有の色彩を宿した噴射炎が溢れ出し、集中していた射撃精度が急激に乱れる。
 ──押し戻される。
 そう判断し次の機動を取るよりも早く、クリシュナは最大推力のオーバード・ブーストを使ってゼクトラの機体を押し戻した。フットペダルを細かく踏み込んでブースタの出力方向を微調整し、向かい後方の岩壁に叩きつけられるのを回避したが、クリシュナはゼクトラの機体を巻き込んで渓流息を下流へ向かって疾走し始めた。
「くそ……」
『敵性AC、最大推力で戦闘機動を展開しています。危険です、離脱してください』
「すこし黙っていろ──」
 メインディスプレイに表記される警告メッセージを無視してブースタを噴射し、零距離で膠着状態にあった機体姿勢を強引に立て直した。不意にクリシュナとの間に空白が生まれ、ほぼ同時に短機関砲で牽制射撃を見舞う。
『南東に動体反応多数、状況判断によりクレスト社の増援勢力と断定』
 時間的猶予は最早残されていない。回避機動を取りながら有視界に視線を巡らせる。かなり下流まで流されてきたのか、周囲は広域の河川地帯へ入っていた。
 終わりが近い──。互いに弧を描くように周回機動を取りながら接近し、火器管制システムを左背部兵装のマイクロミサイルへ転換する。ミサイルコンテナを展開し、激しく流動する有視界の中でロックサイトにクリシュナの機体を捕捉、射出準備を完結し操縦把付随の射出スイッチを押し込んだ。
 マイクロミサイルが同時射出され、追跡機動の展開の確認と共にフットペダルを強く踏み込む、ブースタを連続噴射してマイクロミサイルの弾幕の背後に追随し、間合いを自ら詰める。
 マイクロミサイルの弾頭が迎撃射撃によって誘爆し、大きな爆炎が前方一帯を埋め尽くす。その鋭すぎる光源に目を細めながら、しかし、そこへ突っ込んだ。
 爆炎の向こう側から精度を欠いた砲弾の弾幕がゼクトラを出迎え、それらを外部装甲で強引に受け止める。左腕兵装の射突型ブレードに意識を傾注し、寸秒後、その判断が最適でなかったことに、レーダーに現れた敵性熱源を見咎めて気づいた。
「垂直ミサイル──」
 戦術支援AIが指示を出す間も、また自身の明確な思考も待たずに短機関砲の砲弾による弾幕を上空へ向けて張った。推力バランスが欠け、上空至近距離からの爆圧によって突進攻撃の要諦が崩れた所で、それをこそ狙っていたといわんばかりにクリシュナが爆炎の壁の向こう側から赤々しい炎を機体にまといながら出現する。
 ここでの後退に勝機はないだろう。
 ──次の一手が要だ
ノイズが走る有視界内で火器管制システムがマイクロミサイルに固定維持されていることを確認し、ブースタ各部を吹かしてゼクトラの機体を緊急展開させる。背部ミサイルコンテナをその勢いに乗せて機体から切り離した。準備射撃を行っていたクリシュナの得物の砲弾がコンテナに次々と着弾し、その直後、互いに至近距離から爆発の衝撃を受けた。機体装甲が容赦なく吹き飛び、メインディスプレイに出力される情報が全て警告メッセージで埋め尽くされる。それを見てなお、私はその先を見据えた。
「オーバード・ブースト起動──」
 機体後背部の加速機構が展開し、後方ノズルから高出力の噴射炎が吐き出される。ゼクトラの機体速度を跳ね上げ、爆炎の中へ進ませた。同じタイミングをもって再び現れたクリシュナの機体を捕捉する。
 私は、口許を歪めていた。結局逃れ得ない現実が、此処にある。
 ──マハヴィル、お前も同じだろう? 
 クリシュナはレーザーブレードの刀身を現出させ、自身は射突型ブレードに意識を傾注する。灼けつく意識が交錯し、私は最後の殺意を撃ち込んだ。
 コクピットに吹き込んできた高温の熱風が肌を撫で、続いて投げ出されるような衝撃が全身に襲い掛かってきた。オーバード・ブースト解除後の残余推力で浅瀬を数十メートル滑走し、停止間際に機体を転回させる。
 突き抜けてきたばかりの爆炎が風に流され、黒煙と共に下流域へと流されていく。数十秒を待ってようやく周囲一帯に元風景が戻り、爆炎が渦巻いていたその先に、機能停止したクリシュナの機体を見つけた。
『機体磨耗率62%、左肩部外部装甲破損。第一戦闘態勢での機体稼働率は34%です』
 戦術支援AIの機体報告を耳に入れながら、数十メートル先でこちらに背を向けているクリシュナの機体を拡大映像で映し出した。コア左下部が大きく欠損し、吹き飛んでいる。コクピットへの直撃はならなかったようだが、搭乗者への致命傷は確実だろう。
 終わった、か──
『敵性ACより通信要請。回線、開きます』
 耳障りなノイズが静けさを取り戻したコクピットを満たし、しばらくして、
『さすがは"一つ手の射手"……。ミラージュが、お前だけに懸賞金を、賭けた意味が、わかる……』
「過去の死人に賞金をつけるとは、ミラージュもよくよく暇を持て余しているようだな」
『阿呆……。お前の過去は、これからもお前も追い詰めるぞ。火遊びも程々にしておけ。──"グレイエンバー"の、最後の火が潰えるまで、ミラージュは諦めないだろう……』
「それでも、私は企業のもとには下らんさ……」
 それから無線が一時途絶え、開放状態の回線からマハヴィルの咳き込む声だけが漏れる。間違いなく吐血している。致命傷に間違いない──
「自由にしろ。此処が、私の潮時だ。影を捕まえられるまで……生かされて、生きていけ──、アザミ……」
 そして、無線は今度こそ途絶えた。
『友軍AC、ホワイトサンからの通信要請です』
 コンソールを叩いて回線を開く。
『大丈夫か、──ファイーナ?』
「止めてくれ。……さすがに、少し堪えた。そちらは?」
『敵ACは殲滅した。だが、増援部隊までの相手はさすがにできん。依頼主から帰還指示が出ている。帰投するぞ』
 ノウラの気の抜けたその言葉に首を傾げ、メインディスプレイの隅に表記された時刻に視線を向けた。時刻は既に夕刻過ぎ、一九四五を指している。なるほど──
「報酬は前金のみか?」
『クレスト社専属ACの撃破に対して、依頼主から特別報酬が提示された。それで充分釣りが来る」
「そうじゃない。今回のミッションに興味があったんじゃないのか?」
『今から出向いて、何ができるという訳でもあるまい。それに、今回の作戦には"サンドゲイル"が戦力を派遣しているらしい』
「サンドゲイルが……?」
 サンドゲイルという名には多少の聞き覚えがあった。何でも特定の企業勢力に所属しないで依頼をこなす、レイヴンを主力として扱う遊撃傭兵部隊だとか。レイヴンを主戦力とする独立勢力はそれこそ数えるのも億劫になるほど存在するが、サンドゲイルは放っといても耳に入ってくるほどには名を知られている。
『奴さんに古い連れがいる。そいつにでも聞くさ。私達は黙って帰ってバーボン片手に一服してればいい』
「……本当に考古学者か、あんた?」
『それも生きようだよ、アザミ。似たような話は沢山転がってる。身体は一つしかないんだ』
「……了解。ゼクトラ、これより現作戦領域を離脱、帰投する」
 ゼクトラの機体を巡航高度まで上昇させ、巡航用オーバード・ブーストを起動。
 五年の付き合いを経たノウラ。分かっている事は、彼女がレイヴンと同時に一人の考古学者である事と、自身を今、必要してくれていること。
 他の事はまだ、よく分からない。彼女は、ノウラは過去を溯ろうとしている。私は過去から遠ざかろうとしている。
 生かされて、生きていけ──。
「そんなコト、関係ない──」
 脳裏に木霊するその考えを振り払い、陽がほとんど落ちた夜空を見据える。ベリーショートの白髪の前髪をなんとなく摘み、それから軽くかき梳く。
 今はただ、彼女の為だけに戦う──
 それが、今の私の意志。


 第二話 終

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