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第十三話*②*


 兵器開発部の連中は、そういうイメージが重要だとも言っていた。搭乗者其々でイメージは異なり、それに合わせて統合制御体は意思判断の反映解釈を複雑化させていくのだと。
 ──つまり、過去の経験に裏打ちされた意思判断が、自身によるネクスト兵器の制御技術の根幹となっているのである。
 二度目に吹かした追加推力によって前方展開中の二機の目標との距離を瞬時に詰み切る。まともな迎撃態勢を取る事すらできずに隙を曝し出した二機の胸部に其々砲口を突き付け、至近距離からの掃射攻撃で胸部を吹き飛ばした。搭乗者の即死によって機体制御を崩した機体が明後日の方向に突撃銃の弾幕をばら撒きながら、路上に地響きを立てて斃れる。
 死の間際、搭乗者達は無意識に呪っていたかもしれんな。
 地下トンネルという閉鎖空間の中で、真正面から唯のAC機体が突っ込んで来ていたという事実を額面通りに信用していた事を。
 撃破した機体が黒炎を吹き上げながら爆散し、その轟きを背後に受け止めながらさらに前方を目指して通常速度を跳ね上げる。
「前方ターミナルエリアに主力部隊が集結、迎撃態勢を展開」
 メインブースタを大きく吹かして地下トンネルの終着点へ滑り込み、大きく開けた地下空間へ滑り出すと同時に機体を宙空へ増速浮上させた。直前まで機体が疾走していた場所に複数の敵機による集中掃射が着弾した。粉砕された路上の破片が粉塵と共に巻き上がり、下方から機体を呑み込む。
 各部ブースタを微調整しながら吹かして瞬時に粉塵の中から離脱し、集中掃射を浴びせかけてきた前方の迎撃部隊を有視界に捕捉。目標詳細を瞬時に解析したアンヘラが諸情報をインナー・ディスプレイに表記する。
「敵部隊主兵装、三七ミリ多砲身式回転機関砲【SDT-022】です」
 離脱した所を待ち受けていたとばかりに見舞ってきた同兵装の弾幕をサイドブースタを適宜吹かしながら後背へやり過ごす。だが、間髪入れずに迎撃陣形後方に待機していた計三機の重量型二脚機が、展開していたミサイルコンテナより垂直発射型ミサイルを連続射出した。
 補足対象を前衛機から切り替え、急速接近してくる地対地ミサイルの群影を有視界に捉える。
 サイドブースタを大きく踏み込んで飛行進路を転換し、前方数射線から飛来するミサイル群を回避。此方を見失うことなく旋回し、後方から追い縋って来るミサイル群の反応をセンサーで確認したと同時、更に射出されたミサイル支援が前方の迎撃部隊からさらに接近してくる。
 統合制御体に強く語りかけ、各種センサー群の稼働を最大効率にまで跳ね上げてインナー・ディスプレイに情報群を出力。前後計一二基のミサイル群の接近を捕捉し、挟撃攻勢の中で双方に相対するように機体を展開した。  
 既に統合制御体によって軌道予測を完結した後背のミサイル群には構わず、右舷前方から飛来するミサイル群のみを有視界に捉え、フレームシステムによって最前衛で飛来するミサイルの弾頭を捕捉。
 左腕挙動を自動制御に切り替え、左舷後方から接近するミサイル弾頭を捕捉させる。メインディスプレイに[- Mark On -]のメッセージが表記され、同時に操縦把付随の引き金を絞った。
 左右其々に一発の銃弾のみを撃ち放ち、それらは補足した弾頭に過たず着弾。直後、前衛のミサイル群が派手に爆散して至近距離に赤々しい火球を産み、それが後続のミサイルを次々と誘爆させていく。
 両脇に渦巻く炎の海を有視界の隅に抑えつつ第一種戦闘索敵態勢に移行済みのレーダーで敵性部隊の展開状況を把握し、メインブースタを一度吹かして火炎の海の中から飛び出した。
 赤銅色に染め上げられたターミナルエリアの中、前方に散開陣形を展開する敵性部隊の一機が展開していたグレネードキャノンの砲口が此方へ向けられているのを肉眼で捕捉した瞬間、耳を劈くような砲声と共に大口径の砲弾が飛来した。
「──!」
 明確な意思判断を待たず、しかし脳裏に浮かんだイメージのみでサイドブースタを最大推力で踏み込む。砲弾の強襲を目視して尚、爆発的な瞬間推力を与えられたカルディナの機体はそれを事も無げに回避してみせた。
 左腕火器管制を背部兵装へ転換し、長大な砲身を携える榴弾射出砲を前方展開すると共に連続してメインブースタを吹かす。敵性部隊後方支援機をロックサイトに捕捉し、左の操縦把付随トリガーを引き絞る。
 突進推力を充分に乗せた砲弾が地上目がけて飛来し、回避機動を取る間もなく砲弾の直撃を受けた後方支援機が轟々と炎を吹き上げながらその場に倒壊した。
「敵性勢力、残り五機──機動態勢による迎撃陣形を展開しています」
 アンヘラの的確な状況報告通り、後方支援機の片割れを崩された五機の残存部隊が密集隊形を解いて機動力による散開型の迎撃陣形を取り始めていた。
 その極めて鈍重な機動に図らずも口許を歪めてしまう。
 ──鈍いものだな
 各部ブースタを微調整しつつターミナルエリアの地上に強着陸、間断なくサイドブースタを吹かして急速展開し有視界内に入る限りの敵影を捕捉。右舷最前列の目標を単独捕捉し、先行して突進機動を仕掛ける。此方の展開機動を察知した左舷三機の敵影が同時に支援射撃を行ってきたが、別段慌てる事もなくブースタを連続噴射して文字通り突風の如く弾幕掃射を振り切る。激しく流動する有視界の中で右舷の目標を再捕捉し、フレームシステムに発生する僅かな着弾ラグを手動で修正、トリガーを引いた。捕捉目標が鉄屑と化していく様子を変らず流動する有視界の隅に置き捨て、全周囲から吹き荒ぶ火線の中を疾走していく。
 機体周囲を次々と逸れていく砲弾の嵐を見慣れた景色として認識しつつ、左舷展開中の目標二機の間にメインブースタを吹かして踏み込み、両腕部兵装の突撃銃の銃口をコア部に突き当て、直接瞬間火力を詰め込んだ。
 中近距離を移動する敵影をレーダーで確認し、その場から急速離脱する。一拍遅れて敵機の重突撃銃による放火が後背部の大気を切り裂き、有視界左舷奥で背部ミサイルコンテナを展開していた後方支援機を捉えた。フレームシステムによる捕捉を待たずに左腕突撃銃を斉射し、後方支援機の右脚膝関節部を粉砕。制御バランスを崩された機体が前のめりになり、指令キャンセルが間に合わず至近距離から地上へ射出されたミサイルが爆発し搭載元の機体を巻き込んだ。
 サイドブースタを大きく吹かして浮上すると共に後背部に迫っていた砲火を引き剥がし、残り一機となった敵機の全貌を有視界の中央に捉える。既に味方の攻撃支援もなくなった目標は背部兵装のロケットコンテナを展開、ハッチを開放した。
 瞬時に解析出力された情報がインナーディスプレイに現れ、そこからロケットコンテナの兵装種が同時発射型のマイクロロケットである事を把握。
 メインブースタを最大推力で踏み込み、右背部兵装へ火器管制を転換。
 数十発のマイクロロケットが敵機背部のコンテナから同時発射され、メインディスプレイ上の戦術支援システムが無数の警告メッセージを叩き出す。そのけたたましい警告音を嘲笑し、兵装転換が完結した右背部兵装である対重兵器用散弾銃をマイクロロケットの弾幕に向けてばら撒いた。
 僅か一発で前方十数メートルに迫っていたロケットの群勢はその全てが撃ち落とされ、巨大な爆炎が有視界全域を埋め尽くす。メインブースタを最大推力で踏み込んでその爆炎を突き破り、その先で呆然と停止していた最後の一機を捕捉、至近距離から散弾の雨を喰らい付かせた。機体各部に致命的な損耗を被った目標が前身から黒煙を吹き上げながらその場で膝を折り、機能停止する。
 その眼の前に軟着陸した所で、兵装火器管制を両腕部へ移行した。
 第一種戦闘索敵態勢にあるレーダーに敵影の反応を捕捉し、通常歩行でその方角に向き直る。
 カメラアイがその敵影を捉え、有視界に拡大主力した。先ほど左脚部を射抜いて自爆した後方支援機が、機体全身を爆ぜさせながらも辛うじて動いていた。膝からへし折れた左脚を立て、何とか上半部を持ち上げようと滑稽にもがく敵機を肉眼で目視しながら、通常歩行でゆっくりと歩み寄っていく。
 そして至近距離にまで接近した所で、右腕搭載の突撃銃の銃口を装甲が剥げたコア胸部へ押し当て、何ら逡巡もなく撃ち貫いた。
「全敵性勢力の沈黙を確認──。第一種戦闘態勢は此れを継続維持。機体装甲摩耗率0,25%、各兵装消耗率3,5%、作戦継続に支障ありません」
 アンヘラの戦闘経過報告を聴覚の隅で聞き受けながら、レーダー上に自機以外の反応がなくなったことを改めて確認し、そこでようやく小さな息をついた。
「AMS負荷数値、12,75%上昇。過剰負荷数値の8,5%を移転処理します。第一種戦闘態勢、尚も継続維持可能です」
「了解──。初の実戦単機戦闘にしては、互いに上々のようだな」
「完璧な戦果です。作戦を継続しましょう」
 特段喜びの表情を見せる訳でもなく、後部座席のアンヘラはあくまで無表情を崩すことはない。あくまと言わず、彼女は感情を表すこと自体ないのかもしれないが。
 今回、ミラージュ社より与えられた任務はこの先に在る。
 関係機関からの事前リークにより得られた情報をもとに、統一連邦政府の一派が閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】への武力侵攻を非公式に企てているという事実を、ミラージュ社の情報部が先日掴んだ。
 それによれば統一政府の一派は旧世代兵器群を用いて公に混乱材料を投げ込み、その騒乱に紛れて【エデンⅣ】が秘匿保持しているある重要資材を奪取しようとしているとの事だった。
 それは統一政府は無論、ミラージュ社を含む支配企業全てが血眼になって求めている旧世代の遺産であり、それを統一政府に先を越される前に奪うのが、今回"我々"に与えられた任務だった。
 重要資材──それが何なのかはよく知っている。インナーディスプレイに映る"前例"である彼女の姿を見やり、すぐに視線を逸らした。
 ミラージュ社が唯一保有している技術試験部隊の実動試験機体"カルディナ"と我々が出撃を要請されたのには、それなりの理由がある。
 今回、統一政府は重要資材の奪取を確実なものとする為に、旧世代兵器群の侵略という隠れ蓑の他に、ある保険を用意してきていた。
 我々の業界に関与する者ならば誰もが知り得ている都市伝説──統一政府が保有する"過去の亡霊"達。
 統一政府が送り込んできたその過去の亡霊が重要資材の奪取にかかるとなれば、ミラージュ社もそれに相応する戦力を持って阻止せねばならない。
 統一政府主導で今回の騒乱が起こされるのならば、その混乱に紛れて亡霊の一機や二機を殲滅した所で、ミラージュ社が損害を被ることなどはない──そう上層部は判断したらしい。
 そう言った経緯で我々は、派遣を決定された。
 だが我々は──少なくとも私は、私自身の意思判断でこの地へ赴いてきた。そう確信している。
「第一種戦闘態勢はこれを維持。現戦域を離脱後、都市地下核部へ移動。──其処で、"友"を持つ」
「"友"──。何方ですか──?」
 彼女の無垢なその問いに返答を遣すことはしなかった。代わりに、AMS接続を介して言葉にせぬ感情を示し、それを敏感に感じ取ったアンヘラは短く、「了解しました──」と言った。
 "友"──。
 歳月として言葉にしてみれば五年──あの頃で残っている最後の記憶は、見渡せる限りの全てが灼け堕ちた戦場だった。その残滓は戦場の一線に在り続けている自身の意識に焼き付き、五年という歳月を経てなお当時を思い出す者の心を痛く蝕む。
 総勢数万の友軍を生かして安全圏へ離脱させる為、死地に取り置かれた60機の捨て駒部隊──
 数日後、作戦終了まで生き残ったのは私を含めてわずか数人。
 自身は母体組織であるミラージュ社に戻り、私を除いた他の者は全てミラージュ社を去って行った。
 その"友"の一人が、閉鎖型機械化都市であるこの【エデンⅣ】で生存している。それは単なる噂に過ぎなかった。だが、理性の外側で確信していた。
 全ての灼け堕ちた戦場の中で姿を消した"友"が──彼女が生きている。
 彼女が本当にこの都市に存在し、今回の騒乱に"レイヴン"として現れたなら、自身はすぐに気づくだろう。"友"とは戦場で長い年月を共に過ごした。その程度は分かる。そして、彼女は必ず最後まで生き残る。
 互いに違え過ぎた生き方に、今更その是非は問わない。
 その時を迎える為、其処で"友"を待つと決意していた──。
「アンヘル様──。未確認勢力が一機、此方へ急速接近中です」
 アンヘラのその言葉に埋没しかけていた意識を引き戻し、統合制御体に語りかけてすぐにインナー・ディスプレイに情報群を出力した。
「これは──。成程、本物の亡霊の使いか……」
 この騒乱が醸し出す血の匂いに魅かれて、どうやら本物の亡霊もその使いを寄こしてきたらしい。
「機体駆動音及びその他解析情報から推測──未確認勢力、ネクスト兵器です──」
 アンヘラがそう報告して間もなく、第一種戦闘索敵態勢にあるレーダーに表示されていた未確認機反応は北東の方角にあるターミナルエリアの運搬口から、ネクスト兵器特有の高い推力を持って滑りだしてきた。
 その特徴的ながらも極めて見覚えのあるシルエットに軽く口許を歪め、通信回線をオープンで開く。
「成程……。亡霊共も騒乱の惨禍に魅かれて来たらしいな、──ファントムヘイズ?」
 かつてジシス財団が支配企業群によって共同出資運営されていた頃、北欧某地のマーフア技術研究所で最初期に試験開発されたプロトタイプネクスト・ファントムヘイズは、カルディナと数百メートルの間隔を保って対峙する。そして、オープン回線に応えるように通信回線が接続された。
 回線先から五年振りの声が届く。
『アンヘル──"グレイエンバー"の燃え滓が、此処に何の用だ?』
 その言葉にアンヘルは口許を小さく歪めて笑んでみせる。ファントムヘイズの専属搭乗者として長らく兵器開発要綱に関わり、財団解体時にかの亡霊と共に姿を消したもう一人の離反者──そいつは全く持って何も変わっていなかった。
「変わらんな、お前は──」

 AM07:53──

原始から初めて別たれた時、彼女は──

「お前に機会をやろう──」と、言った。

私は、それが私の何を指しているのか、その時に悟った──

与えられた私の生命が、何の機会を得たのかを──

  AM07:20──

「外から見ている。表に出るのはどうも苦手でな」
「うん。じゃあ、また後でね」
 予備大会決勝の狂騒とは裏腹に落ち着いた表情のヴァネッサが、資材運搬用の昇降機で上昇していく様子を見送る。その小柄な少女の姿が見えなくなる直前、特定回線を通じて通信要請が入り、それを電子処理脳で受信したリサは回線を開いた。
『此方【バラハ01】──。所定を完結、此れより制圧業務に移行する。其方は?』
「──【バラハ03】、同様です。当該目標を捕捉。此れより制圧業務を展開します」
 アリーナ施設外周部で同作戦に当たる【バラハ01】との定例通信規定をクリアし、昇降機が最上部まで到達した事を上昇稼働音の停止から確認。周囲で各々事後処理に当たるアリーナ運営委員会の職員達の姿を視界の隅に収めながら、リサは踵を返した。
 今作戦──アリーナ予備大会を妨害する武装勢力の排除──については、アリーナ運営委員会における一般事務レベルには一切その事実関係が知らされていない。
 詳細を把握しているのはグローバル・コーテックスの一部門とアリーナ運営委員会直属の私設部隊のみであり、実力部隊としてターミナルスフィアが自ら戦力を派遣した。
【バラハ03】──リサに与えられた任務は、既に内部潜伏を果たしていると推測される独立勢力の刺客を捜索及び捕捉し、要態勢に応じて是を無力化する事であった。先ほどリサと共に往き過ぎた連絡通路を道通りに遡り、二つ目の連絡通路の角を曲がった所で、そこに在った喫煙所に立ち寄った。
 その喫煙所には既に先客がおり、委員会の事務員らしい濃恢色のスーツに身を包んだ壮年の男が紙巻煙草を持って一服していた。
 灰皿ボックスを挟んで向かい側に近づき、自らもまた純白のダブルボタンスーツのポケットからパッケージを取り出した。嗜好品として愛用している紙巻煙草を抜き出し、備品の燐寸を過擦させて先端に紅点を点す。
 地上施設の喧騒から遠く隔離された作業用連絡通路は静けさに満ち、先端の燃え差しが燻らせている燃焼音すらリサは耳にする事ができた。薄くすっきりとした味わいが特徴的な紫煙を肺腑へ浅く流しこみ、さほど時間をかけずに吐き出す。味わいと同じ性質をもつ紫煙は当たりを僅かな時間だけたゆたい、そのまますぐに何処かへと溶け込んでいった。
「癖のない味だな。オルメーダ──『エチェベリア』かね?」
 居合わせた壮年の男性が発した言葉に対し、視線を向けずに自身の意識のみを向ける。此方に顔を向けてきていた訳ではないから、リサが吹かした紫煙の香りから紙巻煙草の銘柄を推測してみせたのだろう。
 リサは平淡な態度を装い、片腕を組んだ立ち姿で再度紫煙を燻らせる。
「──ええ。よくご存知ですね」
「同地方の生産品は稀少だからな」
 男性は短く補足する。意図的に省略された格好だが、リサには男性の言わんとしている事は軽く思考を巡らすだけで理解できた。オルメーダ地方とは、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】から南方へ遠く下った大陸東海岸部で縦横に延びる山脈地方一帯を差す。
 オルメーダ地方は元々ミラージュ社系列の傘下企業体が領土の大半を保有していたが、五年前に始まった未曽有の騒乱──兵器災害によって経済管轄下から除外された。そんな身の上の地方は世界各地を見渡せばいくらでもあり、オルメーダ地方も言わば取るに足らないそんな一地方のひとつである。
 ──ともかくオルメーダ地方には現在に至るまで現住民が僅かながら居住しており、彼らが生産する煙草は同地方の経済根幹となっている。生産量は当然ながら限られている為、遠く離れた場所──たとえば【エデンⅣ】まで輸入させるにはそれなりの代価と時間が必要となってくる。
 稀少品であるが故に、返って分かり易いものだ──男性はそう言いたかったのであろう。
 リサはその壮年の男が宿す性質を探り、彼が中々に聡明な人物であると考えた。
「貴方も良い煙草をお持ちのようですね。──『アベラルド』、中々手に入る物ではありませんよ」
「これは流石。定期輸送便で輸入されてくる品のひとつでね、月一しか入ってこないんだが。少ない楽しみの一つだよ」
 男性が口許で転がす紙巻煙草も詳細などに関しては、リサが吸う『エチェベリア』とはさほど大差のないものである。嗜好品としては大変稀少な部類に入る品であり、それをこんな場末の喫煙所で遠慮なく吸っている所から見て男の"表上の"社会身分を計り知ることができる。だが、その点に限って言えば、それは大変な失策だとリサは判断した。まだ半分以上が残っている燃え差しのエチェベリアを脇の灰皿ボックスにねじ込み、改めて両腕を組み直す。淀みのない静寂が連絡通路一帯に降り、その奥かどこかから僅かに地上施設からわき上がる観客の歓声がフィルターがかかって届く。
「──聡明ついでに、この場は大人しくして貰えると助かるんだがな」
 リサは敵意を内包せず、しかし与えられた任務を全うする一人の兵力としての言葉を男性に投げかけた。
 口許で紙巻煙草を旨そうに転がしていた男性はその言葉に反応したらしく、若干驚いたような気配をよこしてくる。それから間をおかずして男性も若干短くなった吸い差しの紙巻煙草を灰皿に投げ捨てた。
「そういう君も中々のものだな。──これでは、【カラトラヴァ】とやらも程度が知れるものだ」
 男性は先ほどの柔和な姿勢とは豹変し、リサと同じく精錬された兵士としての口調を持ち出す。
 ──男が口にした【カラトラヴァ】が、今回コーテックスが主催する予備大会の妨害工作を実行しようとしてきている武装勢力であった。既に詳細は把握していたが、男は外部からカラトラヴァに雇いこまれた人間である。
 施設内での内部工作に失敗しようが、雇われの人間ならば死んだ所で大した損失にはならない。
 愚かな独立勢力が考えそうな姦計だと、リサは胸中で嘲笑した。
 煙草を捨てたとは言え、壁にもたれかかるだけの姿勢は変わらず維持されている。が、男がその中から放つ明確な敵意の介在をリサは五感すべてで感じ取り、こちらの予備変動を察知されないよう応戦態勢へ身体機能を移行する。
 リサの身体機能は白兵戦術における奇襲強襲及び威力偵察等、単独戦闘に最適化した強化内骨格兵装をほぼ全身に施術している。
 男が先行態勢に入る前にその一類である前腕部内蔵兵装へ意思伝達し、強襲ナイフを前腕部から滑り出させた。肉厚の刀身を携えた得物の柄を握り込み、最大稼働率で出力したアクチュエータ機構を用いて予備動作を省いた先制を敵性目標の頚部へ滑りこませる。
 得物は予測軌道通りに正確な一撃を見舞った。が、リサはそれを確認して尚、気を緩めることはしなかった。
「中々──。しかし、些か急ぎ過ぎのようだな」
 男は指二本で蚊でも捕まえるかのような具合で刀身を受け止めていた。その姿勢を維持したままスーツの懐からソフトパックを取り出し、紙巻煙草を咥える。緩慢な動作の一連をリサが見届けたのは、その最中でリサに搭載されている感知センサー群が男の素性を即座に解析したからだった。
 有視界に情報映像を出力するデジタルディスプレイに解析情報を出力し、男の詳細を瞬時に把握した。
「──似た者同士という訳か?」
「其れを容認する程無粋ではないつもりだよ。君のような若い身空の娘が、こんな職についているとはな……」
 その達観したような壮年の男の言葉にリサは胸中で自嘲を強く含んだ笑みを浮かべた。その心中の変化を鋭く察したのだろう敵性目標と認定したカラトラヴァの刺客は、眉を軽く吊り上げてみせる。
 右腕のアクチュエータ機構を最大効率で出力して握られた得物を強引に引き抜くと共に後方へ跳躍、そのリサの挙動に刺客は一瞬たりとも遅れることなく追随してくる。連絡通路の床上を滑走しながら着地したリサに、敵性目標の蹴りつけた喫煙ボックスが飛来し、視界を瞬く間に埋め尽くす。狭い連絡通路内での機動力による回避機動をリサは除外し、空いた左手を堅く握り込んで目前に迫る匡体を弾いた。
 側面を大きく凹ませた匡体が勢いそのままに壁へ叩きつけられ、その影に迫っていた壮年の男がすぐ迫る。撹乱攻撃をいなされる事は予定の範疇だったのだろうと思わせる笑みを湛え、その両手には携行性を重視した薄型の強襲ナイフが其々握られている。
 強化内骨格による余剰推力を乗せた突進攻撃を一歩引いて避け、その次に繰り出された頚部への切り払いを自身の得物を使っていなす。強化内骨格体でも補足し切れないと“思われる”急所へ応酬を繰り返し、数合ほどを軽く切り結び合う音が連絡通路に甲高く響く。
 ハンガー施設に直結する進路とは別の連絡通路を渡ってその突き当りを目視した所で、敵性目標はその豊富な経験判断を活用してリサよりも一手早く動いた。
 攻撃に合わせたステップの中にこれまで隠していたフェイントを多重に繰り入れ、それに一瞬ながらも翻弄されてしまったリサは直後の射突に反応が間に合わず、左手で強引に刀身を鷲掴んでしまった。刹那の間だったが互いの視線が交差し、間髪入れず男は左手に構えた刀身を頚部に向け突き入れる。
(ち──)
 その突き払いを身を屈めて回避した時、リサは完全に自身が後手に回った事を自覚し、それによって敵性目標への意識が僅かにでも遅れたことを呪った。
 左手で掴んでいたナイフはそのままだったが敵性目標の男は自らの得物から手を放し、それによって姿勢制御が崩される。屈めた身体を後方へ退こうとしていた此方の挙動を的確に予測した男が、大胆にも大きく踏み込んで懐に入り込み、リサの首を掴んだ。
 強化内骨格処置によって総重量は100キロ超に及ぶ彼女の身体が一瞬ではあったが宙に押しとどめられ、続いて繰り出された腹部への蹴りがリサの身体をいとも簡単に吹き飛ばした。
 疑似痛覚は元より遮断していたが、身体が否応なく後方へ弾かれ突き当りの壁が背中に迫っているのをセンサー群が計測して伝達してくる。全身のアクチュエータ機構を総動員して姿勢制御率を浮上させ、軌跡反回転して壁を足場に身体を着陸させた。
「ほう──」
 男の心底感嘆したような呟きを聴覚が捉え、とどめを刺すべく跳躍して追い縋ってきていた男を視界に捕捉。これ以上の交戦は作戦進行の上で意味がないと判断し、リサは足場を蹴りつけて側方へ跳躍した。同じく壁を足場に敵性目標が方向転換する刹那、リサは純白のタイトスカートから覗くすらりとした美脚を水平に持ち上げ、最大出力で稼働させた上で逡巡なく薙ぎ払った。
 容赦なく肩から蹴りつけられた敵性目標が反対側の壁を粉砕し、床に降り立ったリサに一拍遅れて崩れ落ちる。ポーチから拘束用テープを取り出し、男の両腕を後ろ手に巻き付けて床に転がした。
 武装解除された男を視線の隅に収め、電子処理脳から通信回線を開く。間もなくして回線が開かれ、
「此方【バラハ03】──当該目標を制圧、これを無力化した」
『此方【バラハ01】──了解。此方も当該目標を制圧。移送終了次第、作戦推移は此れを第二種戦闘態勢へ移行。──当該目標を移送の後、此方からの連絡を待て』
「了解。──アウト」
 短いが必要充分な報告事項のみのやり取りを終え、強化内骨格のシステム群に意識を巡らせて身体状態を細かく確認していく。蹴りつけられた腹部内臓機能に目立った損傷はなし、各アクチュエータ機構群は此れを冷却処置完了。通常時機能に弊害なし。身体損耗率──0%。
 デジタルディスプレイに出力した報告事項を完結し、リサは足元に転がした男を見下ろした。意識は途絶えていなかったのだろう、男は口許に苦い笑みを浮かべながら此方を見上げる。
「私も焼きが回ったという事か──」
「さあな。それを思い返す時間は此れからたっぷりとあるだろうさ」
 ──【バラハ01】が制圧した本隊とは別に、ヴァネッサの命を狙って先行潜伏していたこの男の身柄は、然るべき事後処理を経てグローバル・コーテックスの安全保障部へ引き渡される。エデンⅣ最大の企業体を敵に回して不逞を働いた者の末路がどういうものか、男もそれを分かっているだろう。
 エデンⅣ圏外に活動拠点を置く独立武装勢力【カラトラヴァ】も、妨害工作の失敗を知ったとなれば慌てて店仕舞いの準備を始める事だろうが、その時には既にグローバル・コーテックス直下の企業正規軍によって活動拠点もろとも焦土と化しているはずだ。企業利潤を害する単純勢力には、支配企業共は一切の容赦をしない。
 それを失念していた事が、【カラトラヴァ】にとっての最大の失態だったといえる。
 ──この男が任務を失敗した時に備えて外部待機していた本隊勢力の方も、既に其方に対応して派遣されたターミナル・スフィア派遣の対応戦力【バラハ01】によって制圧されている事は、先ほどの通信で確認済みだった。
【カラトラヴァ】の妨害工作は、完全に失敗した。
「その様子では、本隊の方も失敗したようだな」
「お前の雇い主達は、実に粗末だったよ」
「ふむ…・…。──すまんが、煙草を一本頂戴出来んか」
 自らの死期を悟っているからなのかどうかは判然としなかったが、リサはその要求に応えてやることにした。しかし、うつぶせの男が嗜好している煙草のソフトパックはスーツの懐に在る。どうしたものかと一瞬考えていると、
「君の物で構わんよ」
 男への警戒態勢を維持したまま、スーツの懐からケースを取り出して一本抜きだす。近くで膝を折り、男に咥えさせた煙草に燐寸で火を点した。

→Next…

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