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 敵性目標は高密度火力で此方を釘付けにしつつ、通常歩行で距離を詰めてきている。
 手堅く此方を粉砕するつもりか──
 豊富な搭載火力を当てにした単純ではあるが、しかし、地形を有効に利用した確実な攻略法である。
 いつでも応対射撃に出れるよう構えながら、左手で腰元のポーチをまさぐるがそこには既にハンドグレネード類は収まっていない。先ほどパルヴァライザーと交戦した時に使い果たしてしまっていた。
 センサー群で集約した情報を吟味した上で対向戦術の確立を図ったが相手の電子機器を麻痺させる装備もなく単純火力ですら劣性である現状で、戦況を覆すだけの要素は考えうる限りでは見当たらなかった。
(単純機動での強襲成功率は34,5%──厳しいな)
 強化内骨格である自身の身体機能を用いて正面からの強襲攻撃を試みた所で、相手の集中弾幕を被弾覚悟で搔い潜ったとしてその後殲滅できる可能性は極めて低い。
 つまり、ヴァネッサと同様現戦域を切り抜ける手打ちは、ないという事になる。
 ──手のうちようがない
「──だと? ……馬鹿馬鹿しい」
 そんな事を無意識のうちに考えている事にようやく気づき、リサは自分でもわかるくらいに口許を歪めてみせた。何も全員が無傷で生き残る方法を選ばねばならないという話ではない。
 戦場に臨む者の価値は、其々著しく異なる。
 私と──そう、ヴァネッサがそうだ──
 彼女は望まれて、生き残る義務がある。
 決死覚悟とは言わない、しかし、手足の一本や二本はくれてやる覚悟で臨めばあるいは。
 他者が自身を見ているのなら、自分は今恐ろしく凄惨な表情を湛えているのだろう。
 リサは一瞬だけ瞼を下ろし、そして自動小銃の銃把を握り直した。初動の予備動作を省いて先手を打てるよう、下肢部のアクチュエータ機構を最大稼働率で準備待機させる。
 空間を吹き荒ぶ弾幕に飛び込む機会を計っていた時、リサにとって不測の事態を搭載センサー群が捉え、次の瞬間には機関砲の弾幕がぱたりとやんだ。
「なんだ──?」
 続けてセンサー群に状況を解析させ、そこからパルヴァライザーが戦闘態勢を解除している訳ではないが、発砲の一切を停止している事を確認した。その不可解な展開にヴァネッサも困惑しているらしく、後ろの二人に至っては無条件に「助かったのか」というような表情をしていた。
 相手に戦闘の意思が、しかも不意な形で無くなってしまい反撃の出鼻をくじかれたリサは直に確認すべく鉄柱の影から顔をのぞかせた。不気味な青白い光が宿るカメラアイは此方の一挙手一投足を追尾し、両腕部兵装の機関砲もそれに合わせて駆動しているが、それ以上の動きはないようだった。
 ヴァネッサに向けてハンドサインを送り、リサは鉄柱の背後から姿を晒した。
「何の真似だ、貴様──」
 此方も下手に相手を刺激しないよう銃口を下げ、しかしいつでも射撃体勢に入れるよう準備しながらパルヴァライザーの前に立つ。
 その時、電子処理脳内の通信回線野に奇怪な周波数が流入し、リサはその不快な負荷に僅かに眉をひそめた。解析するまでもなく発信源が眼前のパルヴァライザーであると確信していたリサは、電子警戒態勢を維持し回線を接続した。
 すると、
『予ソク目標、セッ触──。タイショウ、捕ソクプログラム検サク──』
 ひどく拙いものだが言語としての理解は可能だった。しかし、リサにはパルヴァライザーの言う言葉の意味に思い当たるものがなかった。続けて眼前の巨体が述べた言葉は、
『プログラム、起ドウ不可──。カク定率、64%。対象ヲユウキ体センジュツシ援キコウと認定不可──』
 ──ユウキタイセンジュツシエンキコウ、だと?
「有機体戦術支援機構──。貴様、遺物を求めて来たというのか?」
 眼前のパルヴァライザーは、その問いに対する回答を持ち合わせていないようだった。
 有機体戦術支援機構、そんなモノは無論、此処にはいない。
 其れをモデルとした被造体は此処にいるが──
「──ふふ。紛い物に釣られたとは、旧世代兵器の名が泣かんか?」
 その不毛な嘲りの言葉を理解したのかどうかは分からない、しかし、パルヴァライザーはリサを不意に排除対象とみなしたのかカメラアイに激しい光を宿し、若干下げていた両腕部兵装を跳ね上げた。
「下がれ、【バラハ03】──!」
 不意に届いたその声に反応し、前方への強襲姿勢に入っていた下肢部の出力方向を転換し、後背上方へ大きく跳躍した。後方回転気味に空を舞う中、地上に向いた視界を数発のグレネードが縦断し、その奇襲に反応できなかったパルヴァライザーがそれらの攻撃をまともに受ける。
 後方へ軟着陸して振り返ると、完全武装の班規模から成る兵士達が非常口前に展開していた。
 彼らは迅速に動いて前衛へ突出し、爆炎の延焼によって炎に包まれているパルヴァライザーに向け立てつづけにグレネードを撃ち込んだ。その隙に鉄柱の影に隠れていたヴァネッサがノエラとベランジェを押して離脱し、リサの元へ合流する。
「──【バラハ02】、増援か」
「【バラハ02】は既に現場に到着している。急げ」
 非常口へ向かおうとしたリサを班長が一時呼び止めた。
「君が、ウチに入って来るという新人レイヴンだな。君の教導役が待っているぞ。全く、こんな日が初仕事とは災難だったな」
 最後は半ばぼやきの入った班長の言葉を聞き流し、リサはヴァネッサと二人を非常口の向こうへ行くよう促す。兵士の一人が背中に背負っていた装備──大口径の対物ライフルを譲り受け、スリングを肩にかけ直して非常口の縁に足をかけた。
 その時、耳を劈くばかりの悲鳴とも呼べない機械音が響いた。背後を振り返ると、止まぬ爆発と爆炎に身を焦がされていたパルヴァライザーが機体各部を破損させながらも、前進を強行しようとしていた。
 班員に戦線の後退を指示し、班長がリサへ向かって叫ぶ。
「既に昇降機も到着している。後は降りるだけだ、先に行け!」
 その言葉に弾かれるようにリサは非常口の奥の連絡通路を駆け抜け、既に昇降機に乗り込んでいた三人の姿を確認した。制御盤に兵士が一人降り、そいつが持っていた単発式グレネードライフルを半ば強引に受け取る。
「行動班が見えたら降下を開始しろ。待つ必要はない、いいな?」
 返事を待たずに踵を返し、行動班が後退してくる非常口出口で射撃体勢を取る。間もなくして行動班が応対射撃を展開しながら迅速に後退し殿の班長が走り出てきた所で昇降機がゆっくりと最下層への降下を開始する。
「止まらずにとび降りろ、行け!」
「すまん──!」
 班長とスイッチで出口付近にとどまり、狭い連絡通路を破壊しながら突進してくるパルヴァライザーを正面に見据える。
「生憎だが、貴様に乗車のチケットはないんだ。此処で果てていけ」
 射撃制御をフルオートに切り替えた長大な銃身を持つ対物ライフルを片腕に構え、それに合わせてリサは義眼制御を近接射撃態勢へ移行──後方への移動を開始しつつ引き金を絞った。
 強化内骨格機能で反動を強引に抑え込み、脚部関節に銃弾を集中させ進行速度を遅らせようと試みるが、パルヴァライザーはそれでも歩みを止めようとせず連絡通路内壁を突き崩しながら非常扉に迫る。
 センサー群で把握していた昇降機は階下10メートル付近まで降下している。縁から身を躍らせる直前、リサは右腕に構えていたグレネードライフルを非常口上部に向けて発砲した。着弾によって発生した瓦礫が崩壊し、非常口を粉塵と共に瞬く間にふさいでいく。グレネードライフルをその場に放り捨て、リサは縁に足をかけて降下した。眼下十数メートルを全速力で降下中の昇降機を捉え、乗員達が空けたスペースへリサは器用に軟着陸した。
「とりあえず足止めはした。現場までの時間は?」
「5分だ。各自装備状態を確認しろ」
 行動班に目立った損耗はなく、班員達は落ち着いた様子で指示に従い各自の装備状態の確認作業に映る。
 ターミナルスフィア直下の機械化強襲部隊──【バラハ01】は各支配企業で腕利きだった百戦錬磨の戦場帰還兵から構成されており、その手腕は確かなようだった。
ヴァネッサも弾切れになった自動小銃をその場に捨て、班員の一人から新たにターミナルスフィア正規兵装である自動小銃とその他兵装各種を受け取っている。
 赤毛のリポーターのノエラは既に班長に大胆にも近寄り、先ほど釘を刺したにも関わらず取材活動を始めている。昇降機の隅で所在なさ気に立っていたベランジェの視線に気づき、リサはそちらへ首を回した。
「さっきの──。あんた、もしかして強化人間か?」
「珍しい物でも見たようだな。戦場にはごく有り触れた代物に過ぎんぞ」
「すごい──始めて見た」
 そう言うベランジェの青白い顔はどことなく感嘆の表情を宿している。そんな彼の様子をそれ以上視界に留めることなくリサも自らの兵装状態を確認。対物ライフルの稼働状態の確認をし終えた時、
 広域警戒態勢へ移行していたレーダー機能が此方へ向けて接近してくる動体反応を捕捉した。
「来るぞ──。これは──動体反応多数、潜入用小型個体だ!」
 リサのその声に反応した行動班が一斉に銃口を上空へ向けた。吹き抜けのぽっかり空いた上部に狙いを定め、数秒の後そこに一機の小さなシルエット──潜入工作に特化した翅虫のような形態の小型パルヴァライザーが姿を現した。そしてそれに続き、視界上部を十数機の同型機が現れる。
「通風ダクトを抜けてきたようだな。先の奴が呼び寄せたか──時間は?」
「3分だ。此処で持ち堪えるぞ。各員、各個迎撃態勢を取れ!」
 班長のその命令と同時に上空へ向けて銃火が煌き、無数の火線が吹き抜け上部へ向けて飛来。それに呼応するように無数に湧き出した小型個体群が降下行動へ移る。
 致命的な損傷を負った小型個体から順に吹き抜けを落下し、飛び散った残骸が昇降機の搭乗台に飛散する。そんな仲間たちの損害などを侵攻群は気に止める事もなく唯無機質な光を宿して降下姿勢を維持してくる。圧倒的な質量差から上空の敵性反応が減少する様子はない。
「残り一分で着くぞ。各員離脱準備だ!」
 班長がそう叫んだ時、頭上を埋め尽くす小型個体群のシルエットの裂け目に見えた空白からリサは"ソレ"を目視した。
「あくまで諦めんか──」
 非常用扉の瓦礫の下に封じ込めたはずのあの対人用パルヴァライザーは、機体装甲を剥離させ各部から黒煙を上げながらもなお、吹き抜け内壁部に脚部を引っ掛けで甲虫の様な機動で猛然と迫って来た。
 破損した両腕部兵装の機関砲の代わりに背部内蔵型の榴弾射出砲を展開し、パルヴァライザーはそれを連続射出した。
 リサは最高稼働率で機能していたセンサー群を全て射撃管制に傾注し、小型個体群の上方から迫る榴弾の飛来機動を精密補足、両腕に構えた対物ライフルの引き金を絞った。
 弾頭部に正面から着弾した銃弾が榴弾を誘爆させ、次々に赤々しい火球が頭上部に広がる。その爆発に巻き込まれた小型個体群の何機かが火炎の中に呑み込まれていく。
 その直後、昇降機の降下速度が低下しアリーナ地下駐機場への到着を軽やかな電子音が告げた。小型個体群を追い抜いたあのパルヴァライザーが内壁部からその巨体を弾き飛ばし、空中から自由落下で迫って来る。昇降機前面のゲートがオープンし、
「総員離脱、離脱しろ!」
 何人か出た負傷兵に肩を貸しながら行動班がゲートから外部へ走り出ていく。ヴァネッサもそれに続いて離脱した。
応対射撃を殿で行ないながら最後まで残っていたリサもゲートに走ろうとした時、視界の隅にあのベランジェとかいう痩せ男が昇降機内へ走り戻るのが見えた。
「カ、カメラが……!」
「この、馬鹿もんが──」
 ハンドカメラを辛うじて拾い上げたベランジェの襟元を片手でひっぱりあげ、リサは脚部アクチュエータ機構を最大稼働率で出力、その場から大きく跳躍した。ゲートから地下駐機場へ強引に飛翔し、ゲート正面に射撃横列を取った現着部隊──【バラハ01】の全容を目視した。
 中央に立つ【バラハ01】の指揮官、頑健な体格を湛えたガロの鋭い相貌と一瞬視線が交錯する。彼らの頭上を飛び越えた直後、ガロが無感情に「撃て」と短く言い切った。それと共に射撃横列を組んでいた部隊員達は一斉に制圧射撃をはじめ、ちょうど昇降機に降り立ったあのパルヴァライザーが集中弾幕をもろに受ける。
 続いて携行型グレネードによる追加攻撃が浴びせられ、昇降機設備内が完全に火の海と化していく。ゲート内から吹き出す業火の奥で旧世代兵器達が灼け堕ちていく様子を背後を見やっていたリサは、片手に吊るしていたベランジェをその場に放り捨てた。
 徹底的な殲滅攻撃の後、ようやくガロが「撃ち方止め」と言った。不気味なほどに統率のとれた部隊員達がぴたりと制圧射撃を停止し、残響音が駐機場内を反響して溶け込んでいく。
 ヴァネッサにその場にいるよう言い残し、リサは片手に提げた対物ライフルの引き金に指をかけたまま【バラハ01】の横合いからゲート前まで歩み寄った。
 轟々と吹きつける高温の熱風がリサの肌を撫で、その奥で黒焦げの残骸になり果てていた旧世代兵器群の中のひとつが動いたのを見逃さなかった。
 そいつは同志の残骸を押し退け、また自らも炎に身を焼かれながらゲートを潜って駐機場内に踏み出す。多脚部は既に機能不全を起こして奇妙な動作音を上げ、全身を焦がす炎はそのモノの機体装甲を無慈悲に溶解させていく。
「お前、御苦労だったな──」
 炎の中で弱々しく明滅するカメラアイと視線を交錯させた。足先数メートルまで接近してきたそのパルヴァライザーに銃口を突き付け、リサは一瞬の空白の後トリガーを引き絞った。 耐久限界に達していたパルヴァライザーはものの数発の銃弾のみで頭部を破損し、断末魔の様な機械音を残してその場に崩れ落ちていく。旧世代の遺産が燃え尽きていくその様子をしばらく見届け、リサは踵を返した。
「──【バラハ03】及び【レジェス57】、現着した」
「此れより出撃準備を完結する。こっちへ来い」
 速やかに移動を開始した【バラハ01】に続き、ヴァネッサとおまけ二人を伴ってリサは駐機場入り口付近の搬入機材の元へ歩み寄った。
 ──【バラハ01】が外部から搬入した機動装甲車四台と、大型の輸送車が鎮座する傍で現場指揮官のガロを中心として部隊員が緩い円陣隊形を取る。輸送車の荷台上には、アリーナ運営委員会の予備待機ハンガーから搬出してきた重戦車型AC機体──ヴァネッサの予備機体であるラピッドタイドが主人の帰還を待っていた。
「事態は火急だ。司令部は緊急即応コード:22-033を正式認証、第一種戦闘態勢を新規確定。──午前0700未明、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】にパルヴァライザーを主力とする旧世代兵器群が侵入した。発生源及び侵入源は不明。連邦法内事交戦規定第一項による統合司令部の発動に伴い、ターミナルスフィアは一時グローバルコーテックス本部指揮下に入る。作戦付与コードは──【セント・シルヴィナ】。現在敵対勢力は都市群を武力侵攻中。我々ターミナルスフィアは通達指令に準拠し、都市防衛戦闘を展開する。──戦線確立が急務だ」
「案の譲というところか……」
「戦力展開基準は各分隊長が確認、出撃準備完結後、速やかに作戦開始だ」
 要点のみを抽出してガロは言い切った。緊急即応コードが発令されていた時点で何となく最悪の可能性は予測していたが、正にその通りと言えた。その号令と共に部隊が速やかに動き出し、リサの電子処理脳にも転送されてきた作戦要綱のデータファイルを解凍解析した。速やかに情報詳細を把握し、ヴァネッサにそれを伝える。
「ヴァネッサ、お前は予備機体に乗って商業区画の該当戦域へ急行だ。既に共同兵力が先行して防衛戦線を展開している。詳細座標は機体制御システムへ直接転送する。私は統合司令部へ出向するが、それまでは指令車内からオペレートする。初仕事だが、行けるな?」
「うん、大丈夫だよ。案内よろしく、リサ?」
 ヴァネッサが搭乗するラピッドタイドはあくまで予備機体である為、リサの構造意識を転送制御可能な戦術支援プログラムがインストールされていない。事態は火急の為、今回は統合司令部からオペレーターとしての責務を務める事を選択した。
 どの道、ヴァネッサはいつか独り立ちせねばならない。いつもそばにいるという訳にはいかないのだと、リサは自分を納得させた。輸送車の荷台上からタラップを駆け上がり、ヴァネッサはハッチを開口してコクピット内へその身を滑り込ませる。
「さてと……。あの二人は──」
 行動部隊が作戦開始と共に移動するのなら、その道すがらであの二人を最寄の避難シェルターへ送らねばならない。そう考えてリサは周囲に視線を巡らした。ノエラとベランジェの姿はすぐに見当たったが、彼らはいつの間にか少し離れた場所に在るジープに乗り込んでいた。
 リサは思わず、
「どこへ行くつもりだ、お前達」
 後部座席にいたノエラが此方を向き、大人の笑顔を持って軽くウィンクしてみせる。その前でベランジェが「知らんぞ」とかなんとか呟きながらエンジンをかけた。
「さっきは助けてくれてありがと。私達は仕事があるからこれで。せっかく知り合いになれたんだし、また後日にでも事務所へアポとりに行くわ。じゃあね─♡」
 などと赤毛のノエラは余裕綽々の笑みのままのたまい、ベランジェの後頭部をぱしっと叩いてジープを発進させた。ジープはそのまま駐機場から地上へ直結する車道に乗ってしまい、リサが制止する間もなく嵐のようにその場から行ってしまった。
「なんなんだ、あいつらは……?」
 とりあえず面倒がひとつ済んだと思うことにして、彼らは自分の意思で出て行ったのだからそれ以上追うような真似はしなかった。かわって自身の作戦行動を開始すべく、指令機能を持つ機動装甲車に後部ハッチから乗り込み、速やかにコンソール前の席に着く。ヘッドセットを装着してコンソール機能を起動し、予備機体ラピッドタイドに通信要請を行った。
「こちらオペレーター・リサ。聞こえるか、ヴァネッサ」
『こちらラピッドタイド、感度良好。ラピッドタイドを起動、機体制御を第三種準備待機態勢から第一種戦闘態勢へ順次移行。機体駆動機構、冷却機構群、出力機構群異常なし。各戦術支援プログラム、稼働状態良好。搭載兵装、の最大運用効率に変動なし──オールグリーン』
「通常型戦術支援AIによる機体制御補正プログラムの新規設定を完結。戦術支援体制オールグリーン」
『了解。機体コード:ラピッドタイドの起動を確認』
 メインモニターに管制支援機であるラピッドタイドの推移機能を全て出力し、最後にコクピット内のヴァネッサの姿を映し出す。コンソールを叩いて輸送車の荷台タラップを作動させると共に、ヴァネッサはラピッドタイドの機体を地上へ下した。キャタピラを小気味よく旋回させ、既に移動態勢を整えた車輌隊の最後尾へつく。
「地上到達後、該当戦域へ急行し共同勢力と合流しろ。我々車輌隊は統合司令部へ出向し、其処で指揮系統を構築する」
『了解──』
 間もなくして車輌隊が移動を開始し、妨害勢力もなく地上へ到達する事ができた。そしてすぐにリサは、機動装甲車が発砲を受けた被弾音を聞き、コンソールに外部付随カメラからの視界を出力する。
「これは──エデンⅣの名が泣けるな」
 興行区画の外の様子はエデン──楽園という名からは程遠い様相を呈していた。そこかしこで火線が吹き荒び、戦線確立を実行しようと先立って派遣されてきたのだろう対応戦力群が侵攻部隊と交戦している。
 幹線道路の対向車線をグローバルコーテックスの部隊章をつけた車輌隊が交差し、地獄へとまっしぐらに向かっていく。
『此方ラピッドタイド、此れより該当戦域へ急行する』
「了解。こんな情勢だ、充分に気をつけるんだぞ、ヴァネッサ」
『もう、心配性なんだから。お母さんは一人でいいの、じゃあね』
 そういって年相応に頬をふくらませて見せ、ヴァネッサは進路を変更して車輌隊とは反対側の幹線道路を当該戦域へ向かって進んでいった。
「母さん、ね──」
 彼女の無意識のうちに言い残したその言葉に、あの子も年相応に可愛い所があるものだと、リサは頬杖を着きながらにやけてみせた。そのタイミングを計っていたかのように内部周波数から通信要請が入り、コンソールを叩いて回線を開いた。
『此方コントロール、ノウラだ。ヴァネッサは出撃したか?』
「はい、たった今。我々も現在、統合司令部へ急行しています。──ノウラ、いくつか報告事項があります。其方へ転送します」
 電子処理脳の記憶野から当該情報を圧縮化し、ノウラのコンソールへ転送する。暫くといっても数秒程度だったがノウラは冷静な口調を持って返答をよこした。
『成程──なかなかに面白い可能性だな。此れが事実だとするなら、この騒乱は一筋縄では終われんぞ』
「……楽しそうですね、ノウラ?」
 ノウラと、彼女が当時率いていた技術者集団の手によって生命の根源から別たれ、リサは彼女と共に十年の歳月を過ごしたが、それを経てなお彼女という人間の本質は一切理解できないでいた。
 それは原始的な不安に近く、彼女は本当に人間なのだろうかという猜疑すら招きこむ。
 リサの問いかけにたいしてノウラは明確な返答を返さず、ただ、不可解な笑い声を小さく立てただけであった。
『リサ、お前はお前の責務を全うしろ。十年前、その為に私はお前を産んだのだからな』
「分かりました──。命に代えても、ヴァネッサを護ります」
『それでいい。回線を一時閉鎖、現着合流次第、統合司令部経由で指揮機能の構築を開始する』
「了解。カット──」
 回線接続が解除され、リサはいつの間にか堅くなっていた表情をほぐす為にワーキングチェアに背を預けて息を深くついた。
 共に戦場に生まれ、戦場に育ち、戦場に生きる──それ以外に道はない。
 ますます激しさを増す戦火に、此れから幾重もの死線が待ち受けているであろう事を確信し、リサは身を起してコンソールに身を走らせた。

 AM07:45──
                                 *

 AM07:47──


 ──誰かを護ろうとするのなら、その者の死を畏れるな

 その言葉は実体のない陽炎として、脳裏に貼り付いた記憶のひとつだった。


 致命的な戦火は留まる事無く激しさを増し、【エデンⅣ】は最早戦場となり果てていた。
 兵器災害以降、生き残った人類最後の楽園とまで言われた閉鎖型機械化都市は、その内部への武力侵攻を旧世代兵器群に許し、戦線確立もままならず一方的な防戦に追い込まれつつあった。
 搭載センサー機能が収集する情報群を戦術支援AIが整理して投射型メインディスプレイに次々と出力し、戦域状況が瞬く間に更新されていく。専用ガレージからの出撃直後に確認した通達依頼の詳細により、ファイーナは搭乗機体【ゼクトラ】を最大巡航推力で商業区画の当該戦域に向かわせていた。
 ターミナルスフィア事務所を通じて出撃依頼を出してきたのは、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】に駐留する統一連邦の軍事力──統一連邦第四駐留軍であった。一方的な奇襲を持って侵入してきた旧世代兵器群を迎撃し、反転攻撃に出る為の戦線を確立する事が、ファイーナを含め他のレイヴン達に通達された依頼である。
 旧世代兵器群とエデンⅣ防衛戦力が都市全域に入り乱れて交戦するという致命的な戦況下でそれを実践する事は、通常戦力では困難を極める。その為に、統一連邦軍はエデンⅣに駐留する全てのAC勢力に声をかけたのだろう。多額の出費を強いられることは違いないだろうが、それでも人類最後の楽園である都市を護り切れるのであれば安すぎる代償である。
 その事について口を出すような部分はなかったが、ファイーナは統一政府に関して別に疑問を抱いている部分があった。それはつい数分前に目撃した光景であり、記録したその映像情報を改めてメインディスプレイに出力する。
 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】の天蓋部を外側から破壊して進入してきたパルヴァライザーを主力とする侵攻部隊が瞬く間に都市全域へと拡散し、それに続くようにして最後にそのシルエットが現れたところで映像を停止させた。──機体各部は既存のACのものとして見慣れたものだが、その特徴的な機体塗装と佇まいはファイーナの意識に最悪の事態の可能性を想起させる。
「まさか、あんな怪物が出てくるとはな──」
 ナインボール──兵器災害発生以前から、その名を冠したAC機体の存在は軍関係者の間で広く知られていた。実体の伴った都市伝説として、当時ミラージュ社専属AC部隊の兵士として所属していたファイーナも幾度となく聞き及んだ事がある。
 曰く、世界秩序に反旗を翻した異端分子を排除する紅い亡霊であると──
 しかし、五年前に兵器災害が発生してから数年後、紅い亡霊と言われた存在はその名を残して消息を絶った。その前後の事実関係については、ターミナルスフィアの知己であるノウラから直接聞き及んでいる。
 彼女は支配企業群が共同出資運営していたというある技術開発系財団に外部特別顧問として関与し、其処で紅い亡霊と直接接点を持っていたのだ。事の顛末に関して多くを語ろうとはしなかったが、その後暫くして【赤い亡霊】はその姿と役目を変えて再び表世界に、都市伝説として現れ始めた。
 世界秩序に反旗を翻した異端分子を排除する【紅い亡霊】として──
 世界秩序に反旗を翻した最悪の異端分子としての【紅い亡霊】として──
 メインディスプレイに出力している停止映像の"ソレ"がどちらなのかは、ファイーナ個人の推測では判然としない。その事実関係について気がかりなのは確かだったが、ファイーナには個人のレイヴンとして果たさねばならない仕事が今はある。
 当該戦域まで残り数分と迫った時、本機に通信要請が入りファイーナは戦術支援AIに指示して回線を接続させた。
『此方コントロール、ノウラだ──緊急即応コード正式認証により、オペレーション:セント・シルヴィナを発動。其方の戦況推移を報告しろ』
「此方【ゼクトラ】──受諾依頼の指定詳細に準拠し、当該戦域へと移動中だ。司令部機能はコーテックス・ビルへ移転中か?」
『ああ。現在、輸送機で商業区画中央部のコーテックス支社へ急行中だ。統合司令部との指揮機能構築のため、私は戦線に出られん』
──エデンⅣ連邦法で制定されている内事交戦規定第一項によれば、事態が火急の場合都市機能の確保維持を最優先事項とし、駐留軍事力の指揮機能は全て統合司令部によって一元化されると在る。統合司令部の最上級機構は【エデンⅣ】最大の支配企業体であるグローバル・コーテックス支社が担い、便宜上の都市統治組織である統一連邦の都市管理局が内事交戦規定第一項の発動をした場合にのみ、実現するものである。

→Next…

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