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*⑤*


 つまり、今はそういう事態という事だ。
 グローバルコーテックス支社内部には、その規定が発動した際に統合司令部として機能する施設が設けられており、ターミナルスフィアも招集令を受けて現在その指令機能を移転中なのだろう。
 レイヴンであると同時に事務所所長であるノウラは、その陣頭指揮を取る為に出向しなければならないため、今回レイヴンとしての仕事をこなすのは若干の無理がある。
 そうでなくともノウラの本業はレイヴンではないため、そこまで彼女に望むのは酷だとファイーナは軽く考えた。
「そこまで期待はしないさ。それよりノウラ、此れを観ろ──」
 ファイーナは戦術支援AIに指示して予め編集保存していた先ほどの映像ファイルを、ノウラの下へ転送した。メインディスプレイに出力した通信映像に映るノウラは、左頬を人差し指でかく真似をしてみせる。
『ふむ、やはりナインボールか──』
「その口振りでは、其方からも目視できたようだな」
『まあな。一瞬だったが、コレで確信が持てたよ』
 商業区画に拠点がある事務所から空路で移動中だったのなら、都市天蓋部が崩落するという未曽有の事態を目撃していたとしても何ら不自然はない。となれば、そこから侵入してきた旧世代兵器群と“赤い亡霊”について見えていたのも道理として成り立つはずだ。
「ノウラ、お前はどう見る──?」
『つい先ほど、【バラハ03】──リサからも提供報告があったんだが。状況判断により要点のみを言うが、──旧世代兵器群を含めて、統一政府の差し金である可能性が濃厚だ』
「なるほど、な──」
『さほど驚きはないようだな。既に織り込み済みか』
 そう言ってノウラは満足げな表情を浮かべながら、口許に咥えていた紙巻煙草を挟んだ指をこちらに向けて見せる。驚きがないのはファイーナにとっては当然だった。──つい十分ほど前に、勢力源を異にすると思われる統一連邦の強襲部隊から実力行使を受けたのだから、当然可能性のひとつとしてあの“赤い亡霊”との関連性は認めていたのだ。
 ノウラにその前後詳細について伝えているつもりはなかったが、彼女の言うように別の情報源──恐らくリサも近い状況下に遭遇したのかもしれん──から同様の可能性に行き着いたのだろう。
 となると、残る疑問は──
「究明についてはノウラ、お前に任せる。もうすぐ当該戦域に到着する、後はよろしく頼む」
『了解した。──ファイーナ。この戦場、お前にとっては懐かしいかもしれんな? 十分に気をつけろよ』
「心配するな、ノウラ──カット」
 その意思を聞いた戦術支援AIが回線接続を解除した。残った疑問についてもそのデータをファイル化して転送した後、コクピット内に再び静寂が戻り、ファイーナは意識を切り替えてセンサー群が出力する情報とレーダー画面を注視した。
 ファイーナが指定を受けた防衛戦域──商業区画には既に集合した味方部隊の反応が多数あり、それに対して圧倒的な質量差で迫る敵性動体反応がレーダー上に蔓延していた。
 戦況は言わずもがな──進入源不明の敵対勢力の侵攻は止まず、危機的状況に在り。
 彼我の差といっていいその状態を覆すには、敵対勢力にとって不測の事態を演出しなければならない。
 ファイーナは機体制御を巡航機動から強襲機動へ移行し、機体速度を倍加的に跳ね上げた。
 搭載兵装の状態をメインディスプレイに出力し、試験型兵装が搭載される前の標準兵装に戻っている事を確認する。
 幹線道路上直線距離にして約200メートル──恐らく狭域索敵態勢下にあるレーダーの一歩外側にある。ファイーナは機体搭載のオーバードブースト・システムの起動準備を完結し、操縦把付随の起動スイッチを押しこんだ。敵対勢力にとっての不測の事態──それはレーダー上で動体反応を捕捉してから、此方の機動展開を予測される前に強襲攻撃で先制を取ること。ファイーナは迷わずそれを実行し、後方ノズルから吐き出された高出力の青白い噴射炎が軽量二脚型であるゼクトラの機体を圧倒的な推力をもって押し出す。
 有視界内前方に対AC用パルヴァライザーの攻撃を受け、一方的に後退に追いやられている友軍AC機の機影を捕捉。右腕搭載の射突型物理ブレードの射出準備を済ませ、強襲機動態勢を移動したままそこへ突進した。
 追撃を続行していた一機のパルヴァライザーが友軍ACへ決定打を負わせる刹那、そこへ最大強襲推力を持って介入──右操縦把のトリガーを引き絞った。
 強装炸薬の炸裂に合わせた強襲推力と共に射出された長大な杭は、不気味な光を宿したパルヴァライザーの頭部を側面から過たず撃ち貫く。強装炸薬の再換装結実を戦術支援AIが伝え、メインブースタを最大出力で吹かすと共に再度トリガーを引いた。過剰威力による徹底的な破壊を受けたパルヴァライザーが被弾の衝撃によって吹き飛び、路面を滑走しながら高層ビルに突っ込んでいった。そこを中心に大きな爆発が生まれる。
 各部ブースタを吹かして機体を転回させ、複数車線の広い幹線道路上に停止した。前方有視界内に対AC戦闘に特化した多数の戦闘用パルヴァライザーが、突然の奇襲攻撃にその侵攻を止める。
 ふむ、ひと先ずは成功といったところか──
 ゼクトラの背後に辛うじて後退した数機のAC機体のうちの一機が通信をよこしてきた。
『増援かっ──?』
「お前達はこのまま後退し、戦線を確立しろ。此処は私が引き受ける──」
 ゼクトラの機体に強襲姿勢を取らせ、戦術支援AIが前方に捕捉したパルヴァライザー群を瞬く間に解析、詳細情報をアップロードする。
 純粋兵力にして一個小隊規模──正面からやり合うには少しばかり頭数が多いが、やってやれない事はない。最初の強襲攻撃が成功した時点で、旧世代兵器群の機体性能水準は既に推し量れている。
『単機でやる気か。無茶な真似はよせ、俺達でさえ──』
 ファイーナはその明らかに冷静さを欠いた狼狽の声を遮った。
「一人でいい。さっさと退がるんだ、二度は言わん」
 その有無を言わさない鋭い言動に歴戦のレイヴン達ですらも口を閉じた。ファイーナの傍から見れば、常軌を逸してるとしか思えないその言動に返す言葉がなかったのかもしれない。あるいは他の可能性か。
 その心中はどうあれ、ゼクトラの背後にいた計四機の味方機体は、ファイーナの指示に従って速やかに後退を始めた。
 それでいい。この侵略劇は未だ序章の段階だろう。此処で下手に戦力を消耗する必要性はどこにもない。ファイーナが任された商業区画の作戦領域は統合司令部が置かれている広域防衛区域の目前に在り、今回の防衛戦闘の要となる場所である。一歩でも戦術判断を間違えて戦力を消耗しようものなら、それは速やかなエデンⅣの失陥をすら意味しかねない。
 ──ただ、ファイーナにとってこの戦闘は遍く在る戦場のひとつに過ぎないものだったが
 味方機が後退を完了した事に焦燥を感じでもしたのか、前方に停止していたパルヴァライザー達が進行陣形を取って再び進軍を始める。
「さあ、戦ろうじゃないか。ガラクタ共が──」
 ノウラの言った通りだった。この戦場は懐かしいにおいがする。
 五年前、未曽有の兵器災害が全世界を襲い、数千万とも言われる人類がその命を落とした。
 その頃、自身は企業連合軍主戦力を安全圏にまで逃す為に戦い、そして部隊と共に──
 だが、あの頃に比べれば何と言うことはない。
 ぬるい戦場だ。そう思いつつも、ファイーナの意識は激しく猛っていた。
 戦場でしか生きる事の出来ない自身に、戦って生きる事の喜びを感じさせてほしかった。
 そうして生きてきた生涯を実感させてほしいのだ。
「くれぐれも、簡単に終わってくれるなよ」
 口許を大きく歪めて呟き、ファイーナはコンソールを叩いて火器管制システムを転換、背部兵装の垂直爆雷投下型ミサイルのコンテナを稼働展開する。
 侵攻部隊がブースタを吹かして一気に攻勢を仕掛けてきたのを見計らい、ファイーナは背部コンテナから垂直ミサイルを連続射出した。同時にフットペダルを踏み込み、最大推力でメインブースタを踏み込む。頭上数十メートルでミサイルの弾頭が炸裂し、その中に格納されていた計数千発の小型爆弾が空域一杯に拡散する。
 頭上に展開した無数の熱源に一瞬侵攻部隊の統率が乱れ、ファイーナはその隙を見逃さなかった。
 数千発に及ぶ小型子弾の全ての落下軌道を戦術支援AIが視覚情報としてメインディスプレイに出力し、その下でようやく迎撃態勢を取ったパルヴァライザーに対して、短機関砲による集中掃射を浴びせかける。
 敵性目標の機動力のみを削ぐ事に専念して脚部関節に損傷を与え、すぐさまその後背に迫っていた別機を捕捉対象に切り替える。センサー群が後方に置き去りにしたパルヴァライザーの接近を感知したが、ファイーナはそれを敢えて無視した。
 補足目標に対して先と同様の精密射撃を喰らわせた直後、関節部を破損しながらも至近に迫ったパルヴァライザーがゼクトラのコア背部にレーザーライフルの砲口を突き付けた。
 零距離からの光線がコアを貫くかに見えた刹那、頭上から高速落下してきた拡散子弾の一発がパルヴァライザーの頭部に直撃して爆発を起こした。続けざまにさらに数発の子弾が接触爆発してパルヴァライザーの機体を破壊する。
 予測通りの現実に満足しつつ、さらに強襲機動を継続した。子弾一発一発の威力は分厚い複合繊維装甲を持つ兵器群などにとってはとるに足らないものだが、それを立て続けに喰らい続ければ話は別になってくる。加えて幹線道路の上空にはそれが数千発、漆黒の豪雨となって地上に迫って来ていた。
 空中機動を行おうにも上空が使えず、後退しようにも広範囲に渡って落下する子弾の群は周囲百メートル以上に及んでいる。パルヴァライザーを主力とする侵攻部隊に残されている脱出経路は既になきに等しかった。
 ファイーナは五感神経を極限にまで研ぎ澄まし、赤々しい爆炎の海に呑み込まれゆく幹線道路の中を搭乗機のゼクトラを駆って駆け抜けていく。
 ──数千発にも及ぶ高密度の子弾による落下爆発の嵐が収まるまで、単純時間にして僅か十数秒だった。メインディスプレイに表記されたガイドラインに従って落下軌道を全て避けたゼクトラは、ほぼ無傷で戦域を切り抜けた。その背後には関節部を破壊されて機動力を失った所に子弾群による連続爆発を受けたパルヴァライザーの群体が、ぶすぶすと黒煙を上げながら焼け焦げた路上に伏していた。
 その中でも辛うじて機体制御を継続する複数機のパルヴァライザーを捕捉し、通常歩行で近づくとファイーナは至近距離から短機関砲の銃撃を頭部に撃ち込んでいった。
「敵性動体、すべて消失。レーダー制御を広域索敵態勢へ移行します」
 敵性動体反応がレーダー上から全て消えた事を戦術支援AIが報告し、コンソールを叩いて機体状態を細かくチェックするが目立った損傷は一切なく、搭載兵装群の稼働率にも問題はない。
 此れで味方部隊による防衛戦線確立まで、いくらかの時間は稼げただろう。しかし、まだまだ十分ではない。統合司令部による現場指揮が機能し、駐留兵力が一個の軍事力として防衛戦闘を展開し始めるまで、まだ時間はかかるはずだった。
 侵入源は未だ不明だが、旧世代兵器群はまだまだ侵攻をやめないだろう。
 ファイーナのその見立て通り、間もなくして戦術支援AIが、
「広域索敵レーダーに動体反応、多数。此方へ向かってきます」
 先ほどの侵攻部隊はエデンⅣ側の戦力規模を計る為の、威力偵察部隊と言ったところか。これは単機でも殲滅することができたが、広域索敵レーダーに反応のある敵対勢力の主力部隊は広範囲にわたって進軍を始めている。
 後方へ後退した味方AC機体も、その対応を迫られることになるだろう。
 やがてゼクトラの立つ幹線道路の防衛戦線前方に無数の機影が現れ、カメラアイがそれらを捕捉して有視界に拡視界で映し出す。
「世の果てにはまだまだ遠いぞ、貴様ら──」
 かつて数年前に押し寄せた数万から成る旧世代兵器の軍勢──特に思い出したくもない過去に訪れた世の果ての記憶がファイーナの意識を燃え上がらせ、そして凄惨な表情を作らせる。
 ファイーナは、ゼクトラの左腕部に携えた短機関砲の砲口を跳ね上げた。

 AM07:55──
                                *

 AM07:53──

 致命的な戦火は、生き残ろうとするモノの真価を試し、その意図を引き摺りだす。

 この都市を知らぬ者が眼下の惨禍を目の当たりにしても、此処が人類最後の安楽地であるとは到底気付かないだろう。
「了解した──ファイーナ。此の戦場、お前にとっては懐かしいかもしれんな? 充分に気をつけろよ」
 それを此方からの最後の通信内容とし、ターミナルスフィア非公式戦力であり現在、事務所への依頼通達を受けて該当戦域へ出撃中のレイヴン・アザミとの回線を解除した。
 複数機のガンシップの編隊によって護衛されながらコーテックスビルへ向かう大型輸送ヘリの中で、ノウラは膝の上に置いたラップトップパソコンのディスプレイを注視する。着込んだ複合繊維質のコートの懐からソフトパックを取り出して紙巻煙草を咥えると、対面シートに腰を下していたメイヴィスが擦過させたオイルライターを遣し、それにあやかって先端に火を点した。
「ナインボールとはな──メイヴィス、お前はどう見る?」
 濃紺色のダブルボタンスーツに身を包み込み、同じくラップトップパソコンを用いて統合司令部への指揮系統参入に伴う書類作成に当たるメイヴィスに尋ねた。細長のタイトな眼鏡の奥に宿る灰色がかったブルーの瞳がノウラの方へ向き、
「前後推移から考えるに、ナインボール・コピーでしょうね」
「その確度と論拠は?」
 その問いを受けてメイヴィスはキーボードに走らせていた指の動きを止める。
「82,85%。──私達が創ったのです。違いはありません」
 意地の悪いことを訊かないでください、というような形容しがたい笑みをメイヴィスは浮かべてみせた。つい先ほど、当該戦域へ急行中のアザミが転送してきた映像データの解析情報をディスプレイに羅列表記していく。
【エデンⅣ】の天蓋部が大きく崩落した貫通痕より侵入してきた“ナインボール”──かつて紅い亡霊と呼ばれていたものの機体塗装データ及び駆動パターン、稼働センサー群反応をメイヴィスが即座に吟味した所、それがかつてターミナルスフィアの技術開発部が手掛けた産物であるという結果が導き出された。
 ノウラは大した意味はなかったが軽く肩をすくめ、口許で転がしていた紙巻煙草を指に挟み込む。
「つまり、統一政府という線がやはり濃厚か……」
 ──三年前、支配企業群が共同出資運営していた技術開発系組織【ジシス財団】は、技術簒奪を狙う企業同士の内紛によって組織的解体に追い込まれた。その際、統一連邦政府は財団で開発研究されていた最重要兵器開発要綱【ネクスト】に関連する複数資材を奪取した。
 それから現在に至るまで、統一政府が秘密裏に運用している【紅い亡霊】の劣化品は、当時奪取された関連資材から着想を得て製造されたものである。
 試験型ネクスト技術を導入し、それら機能を人工知能によって機動制御させることを実現した完全なる無人機──ナインボール・コピー。
 ジシス財団解体後、独自のネクスト兵器開発で暗礁に乗り上げていた統一政府に故在って出向し、高性能型人工知能の開発分野を担当したのが当時のターミナルスフィアであり、設計を手掛けた中核人物がノウラその人とメイヴィス、そして隷下の技術者集団【エンシェント・ワークス】だった。
 ナインボール・コピーの運用理念は導入技術の実用性を求める為だけに採用され、結果的に旧世代兵器群の攻勢に対して圧倒的な戦火を上げた。
 世間的に──それでも非公式的に過ぎないが──知られている“赤い亡霊”に関する神話はそこに端を発しており、その大半が兵器災害による被害規模が膠着し始めた二年前以前までの事である。
 ナインボール・コピーの実用性が確認された後、組織運営の都合上ノウラは統一政府との技術提携を解消し、それ以降前者とターミナルスフィアがネクスト開発に関係して積極的な接触を取ることはなかった。
 ──遺失技術文化社団【ターミナルスフィア】にも、組織としてそろそろ始動せねばならないプロジェクトが待っていたからである。かつての財団発足に携わり、他の支配企業と同様隷下の技術者達を派遣して解体までの数年間に培われた技術情報──ターミナルスフィア個人にしても、それを野放しにする理由はどこにもない。
 通信終了後続けて転送されてきた提供報告を把握し、その中のひとつに保存されていた映像ファイルの中にきわめて見覚えのある長身の男と精緻極まる技巧人形のような顔立ちをした少女──ソリテュードとアリスか──の姿を見咎め、ノウラは必然的にひとつの可能性に行き着くことができた。
「ふむ。統一政府も、よくよく無茶が好きなようだな。それでこの様か──」
 そう忌々しげに呟き、ノウラはノブに手をかけてドアノブをスライドさせた。硝煙の濃い匂いの交る突風が機内に一瞬巻き込み、ノウラは乱れた自身の黒髪は掻き梳いた。
 眼下に広がる、人類最後の庭園という栄誉を冠された都市の惨状──。
 整然と林立する超高層ビル群の遥か下層、不完全な闇に落ちた地上部で激しい火線が行き交い、その戦火の拡大は留まるところを知らないようだった。既にいくつかの超高層ビルは侵略によって火災に見舞われ、轟々と内部から黒煙交じりの炎を吹き上げている。
 エデンの各空域でも侵攻部隊と防衛戦力の航空兵器同士が戦火を交え、赤々しい火球が至るところで発生していた。
「──連邦の都市管理局とは無関係のようだが、さて……」
 統一連邦エデンⅣ直轄都市管理局の連邦法該当規定を発動し、駐留軍総司令部が作戦指揮を公に取っている当たり、侵攻勢力とは無関係という見方をして問題はないだろう。
 仮にどこかの一派が独断専行で今回の騒乱を引き起こしたとして、そいつらの存在自体は旧世代兵器群の武力侵攻という致命的な混乱が隠れ蓑となり、その存在が明るみでることはないはずだ。
 ──エデンⅣに潜伏している生体CPUの奪取が目的として、なぜこの時期なのか?
 ──どこから奴らはその存在を知った?
 常に状況の先を読む為、職業病の一貫として思案に耽りかけていたノウラにメイヴィスが声をかけた。
「ノウラ、コーテックスビルまで残り二分です」
「──ああ。見えてきたな」
 ノウラはレール部分に足をかけて身を乗り出し、輸送機部隊の進路上に在る一際巨大な複合産業建築物群──グローバル・コーテックスエデンⅣ支社ビルを視界に映し出した。
 既に建築物自体の防衛機構も発動しており、ビル各所から防衛用の大口径艦載砲や対空迎撃用機関砲、誘導ミサイルシステムなどが配備されている。もしも人類最後の楽園であるエデンⅣの外壁が破られた時、最後の要として残されるのが、グローバルコーテックスの要塞の如き守りだった。
 その時、輸送機のパイロットがヘッドセットのマイクを通じてノウラに狼狽めいた言葉を出した。
『広域索敵レーダーに動体反応多数。──旧世代兵器群です!』
 その報告を耳にした時、ノウラは既に旧世代兵器群と思しき航空戦力が八時の方角から接近してくる様子を肉眼で捉えていた。先ほどまでその方角で交戦していた防衛戦力の全ては圧倒的な質量差の前に壊滅させられたらしく、炎に包まれた残骸が丁度地上へ向けて落下してゆく最中だった。
「迎撃陣形を取れ。接近される前に撃破しろ」
 ノウラの冷静な指揮指示にパイロットも安堵したらしく、命令を復唱する。輸送部隊を護衛していた複数機のガンシップが八時の方角に展開して迎撃隊形を整え、機体搭載の35ミリ航空機関砲による弾幕掃射を始めた。大気を切り裂く轟音が周囲へ伝播し、続いて固定ポッドから数十発に及ぶ大型ロケット弾が射出され、前方空域に巨大な火の海を演出した。
『レーダー上、動体反応尚も多数。止められません──!』
 今の一連の迎撃戦闘で前衛の航空戦力は殲滅したようだが、すぐに現れた増援勢力が火炎の中を突き破って突進攻撃を仕掛けてくる。高密度の迎撃射撃をガンシップが展開するが、それでも圧倒的な質量差で迫るそれらを寸秒程度すら止められない。
『動体反応尚も接近、突破されます──』
 弾幕を搔い潜った旧世代兵器群がガンシップのすぐそばまで迫り、パイロットは既に自分の死でも覚悟していたのだろう間切り声を上げる。
 しかしノウラは、
「焦るな。ほら、増援のお出ましだ──」
 ノウラが視線を変えてみていた先──コーテックスビル空域防衛網から誘導ミサイルの群列が高速飛来し、眼前に迫っていた旧世代兵器群を側面から全て叩き落とす。その一瞬の隙に発射源であった味方増援の空戦特化型MT部隊が、輸送部隊の前に割って入る。
 空戦MT部隊の指揮官からと思しき通信要請が入り、パイロットに回線開放を指示した。
『此方、GCエデンⅣ陸軍第三四機械化部隊だ。遅れてすまない』
「此方、ターミナルスフィアだ。増援、礼を言う。統合司令部現着までの間、掩護を頼む」
 空戦MT部隊は迅速に広範囲にわたって迎撃陣形を展開し、正面から迫りくる新たな旧世代兵器群に向けて迎撃戦闘を開始した。その苛烈な様子を視界の隅に残し、ノウラは統合司令部への急行をパイロットに指示する。
 MT部隊の防衛戦闘が功を奏したらしくその後まもなくしてターミナルスフィアの輸送部隊はコーテックス空域防衛網に進入、コーテックス統合司令部管制室からの指示に従って複合産業建築物群の間を飛行し、ビル上部に設置されていた広大な敷地の着陸ポートへ順次輸送機を着陸させた。
 メインローターが生む突風が収まらぬうちに機内から着陸ポートへ足を下ろし、速やかな指揮系統の確立をメイヴィスに指示すると、彼女は頷いて別機に搭乗していた情報技術班を招集、出迎えに来た統合司令部の使者に案内されてビル内部へと向かっていく。
 その様子を見送り、ノウラはすぐ傍の着陸ポートの縁に歩み寄り、そこから一望できる眼下の凄惨な戦場に臨んだ。短くなった吸殻を放り捨て、新たな紙巻煙草を取りだして咥える。蛇革の愛用のオイルライターを擦過させ、吹きつける突風に消されぬよう速やかに先端に紅点を灯す。
 肺腑に紫煙を深く吸い込んで糸のように細く吐き出した時、背後に感じ慣れた古い知己の気配を感じた。あえて振り向く事無くその人物が隣にやってくるのを待って、ようやくノウラは視線を横に向けた。
「お久しぶりです、──グアルディオラ社長」
 その名を呼ばれたグローバルコーテックスエデンⅣ支社長──エウヘニア・ベルグラーノ・イ・グアルディオラは口許に淡い笑みを浮かべてはいるものの、僅かに気後れするような微妙な表情をしていた。その表情を目の当たりにしてノウラ、軽く口許を歪める。
「状況が状況だわ。古い知己の常でお願い、イアマール──いえ、ノウラ?」
 古い知己であるが故に、エデンⅣに事務所機能を移転してきた5年前以降直接顔を合わすこともなかった彼女のその頼みに応じ、仕方なくノウラは態度を崩した。
「──すまない、エウヘニア」
「統合司令部の指揮機能確立は急ピッチで進められているわ。戦線確立までには、何とか間に合いそうかしらね」
「さすがだな──御上が手練だと、下も仕事が早い」
「私が現役だったのは25年も前の話──貴女に比べれば、私なんて素人の域よ」
 そのどこかむずがゆさを覚える称賛にノウラはあえて返事を返さず、紫煙を吹かした。傍に佇むエウヘニアも自前の嗜好品である葉巻を咥える。
「今回の騒乱、貴女達はどう見ているの?」
「──ただでは終われんだろうな。どの推測も可能性の域を出てはいない」
「構わない。今は要点のみを言って……」
 忌憚なく問いかけるエウヘニアの言葉に、やはりこの女は私と違って一流の政治家なのだなとノウラは胸中で感嘆した。眼下の戦場の光景を一風景として見やりつつ、ノウラは一時思案してから、
「──統一政府による手管の可能性が、現在は濃厚だ」
 その発言に予想通りというかなんというか、エウヘニアは葉巻を挟み込んだ指で軽く額を押えて見せた。
「どこか、心当たりでもあるのか?」
「ええ、さっき少しね──。統合司令部はあっち、其処で少し話しましょう?」
 突風の吹き付ける野ざらしの場所で長々と話をすべきでもないと考えなおしたのだろうエウヘニアはそう促し、ノウラはその場に吸い差しの煙草を落としてかかとで踏みつけた。
 その時、数機から成る輸送ヘリが機動装甲車を牽引して着陸ポートに降下し、着陸してきた。輸送機及び装甲車に貼りつけられている部隊章はターミナルスフィア直属の軍事力──先ほど作戦に参加していた【バラハ01】のものだった。
 機動装甲車後部の開放されたハッチから次々と兵士が飛び出して資材を持ち出し、一時遅れて【バラハ01】の情報技術班が関連資材を持ちながら出てきた。
 そして、最後に【バラハ01】の指揮官であるガロと同じく作戦に臨んでいたリサの姿を見咎めると、二人も此方の姿を視認し、ゆっくりとした歩調で近づいてきた。
「──作戦は完結。新規作戦【セント・シルヴィナ】の発動に準拠し、俺もすぐに出撃する。構わんな?」
「ああ。部下を連れていけ。既に機体はコーテックスの指定ハンガーに搬入してある」
「了解──」
 部下のガロと短いやりとりを交わし、彼がすぐに部下を連れてその場を去った後、右手に立つリサの佇まいを一瞥した。彼女自身は無傷ではあったが、純白のタイトスカートは煤に塗れ、各部は銃弾が掠めたのだろう無残に切り裂かれていて、何ともまあといったところだが、下手な言い方をすれば扇情的と言えなくもなかった。
「ご苦労だったな、リサ」
「いえ。統合司令部へ出向し、オペレートを開始します」
「その前に着替えろ。私のロッカーに服がある。適当に見繕ってから来い」
「──分かりました」
 鋭い眼光を一切崩さない彼女は短く返答を返し、ノウラが乗って来た輸送機の中へ姿を消した。
 一連の様子を見守っていたエウヘニアの方へ振り返り、先を促す。足早に進むエウヘニアの後を追って着陸ポートを後にし、周囲を警護達に囲まれていくつもの連絡通路を抜けた末、厳重なセキュリティロックがかかった扉の先へ入る。
 既にそこでは都市全域から招聘を受けた軍事勢力が共同して指揮系統の構築にあたり、その中にターミナルスフィアの面々の顔も無論ある。
 軍事分野における電子技術の最先端が集約された司令部施設は、室内中央の投射型メインモニターとエデンⅣ都市全域を模した三次元マップに各司令機構からの提供情報が表記されるようになっており、それを中心して同心円状に各司令部の専用ブースが設けられている。その一階と吹き抜けで直結している二階部分にも同様のスペースがあり、既に一部機能し始めている指令機構からの提供情報がメインモニターに次々と舞い込んで来ていた。
 エウヘニアに連れられて主通路から内郭階段を上り吹き抜け二階の統合司令部最高議長のワークブースの手前、吹き抜けに面した欄干部で立ち止まった。窓硝子からのぞく事の出来る室内には。既に膨大な量のファイル文書が持ちこまれており、情報技術員達が整理業務に奔走している。
 ワインレッドを基調とした見事な装飾のスーツを着こなすカルディナは、内ポケットからウェアラブルモニターを取り出してノウラに差し出した。手渡されてすぐに起動した画面を注視した。
 そこには航空戦力部隊が撮影したと思しき地上映像が映し出されており、そこでグローバルコーテックス所属のAC機体が敵性勢力と交戦している最中だった。なんてことのない、現在外部で展開中の戦闘のひとつだと思ったが、ノウラはコーテックスのACが相手にしている機体を見咎め、エウヘニアの言葉の心中を察した。
「貴方が到着する直前の映像よ──。既に我社のレイヴンが一機、撃破されています。確信はなかったけど、貴方の推測通りなら、これは実に忌々しき事態だわ……」
 ──コーテックス所属のACを相手にしていた敵対勢力の機体、全身に鮮血を浴びたような塗装を施されたその既存ACに極めて近い機体は、現場にいる者にとっては全くもって知覚外の機動力を使いこなしている。そして、ノウラが画面を見始めてからわずか数十秒足らずでコーテックスのACは致命的な損壊を受け、その場で炎を吹き上げながら路上に崩れ落ちた。
「此れを知っているものは?」
「撮影した航空戦力と技術情報部、それにオペレーター部門の担当者と私だけ。現在、二部が共同して追跡に当たっているわ。全く、なんてことになったのかしら」
 返したウェアラブルモニターをしまうエウヘニアは、厳しい表情を作る。
 既にグローバル・コーテックス陣営の主戦力にまで被害が及んでいるとは、統一連邦も目的遂行の為には何事も厭わないつもりのようだ。そこに、今回“赤い亡霊”を送り込んでいた勢力の根本的体質が反映されているとノウラはそれとなく見立てを立てた。
 ヘッドセットからメイヴィスの無線が入り、ノウラは欄干越しにターミナルスフィアが機能確保の作業をしている専用ブースを見下ろした。
『指揮機能確立、完了しました。全戦力への状況動発指令は此れを随時可能です、ノウラ』
「わかった。各通常戦力にオペレーター支援を配備し、即座に状況を開始しろ」
『了解。AC戦力はどうしますか?』
「ヤツらは個々で構わん。──其れを嫌うからな」
 そう言い切ると、専用ブースで代理として陣頭指揮を執るメイヴィスは略式敬礼で了解の意を示し、コンソール作業に戻った。隣に佇むエウヘニアに視線を戻し、
「心配せんでも、この騒乱を鎮圧すれば、我々が求める限り自ずと事態は明るみになる。今は、この状況を乗り切る事を最優先に考える事だな」
「そうね……。ノウラ、貴女がこの場に居て本当に助かるわ」
「身分不相応だな。では、私も状況を開始します」
 最後に互いの立ち位置を明確にするため、略式敬礼を交わして踵を返した。連絡通路から内郭階段を降りメイヴィスが代理指揮を執る専用ブースへ足を踏み入れる。既に膨大な量の戦況資料が舞い込んで来ているコンソールに腰を下ろした。
『此方【シックフロント】、此れより当該戦域へ向けて出撃する』
「此方コントロール、了解。気をつけろ、ガロ。──もしもの場合は、分かっているな?」
『問題ない。状況を開始する──』

→Next…

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