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*⑥*


 含みを持たせた言葉にガロが冷静な返答をよこす。
 中央メインモニターに都市全域への戦力配備状況が次々と舞い込み、統合司令部の指揮機能確立に従って戦線が徐々にではあるが、確立しつつある。
「此れからが本当の戦場だ。──貴様らが何を望んでいるのが、ゆっくり教えてもらう事としよう」
 かつて自らが与えた叡知を使い統一連邦は何を求めているのか、この騒乱の終わりの時にどんな結末が用意されているのかを想起し、ノウラは口許を大きく歪めた。

 AM08:05──

                                  *

 ──その戦闘は後に【ナヴラティロヴァの惨禍】と呼ばれ、30年以上に渡って戦争史に語り継がれる事となった。

『──完全な奇襲及び殲滅戦闘だ。目に映る者全てを逃すな、徹底的に蹂躙しろ』
 無線を介した部隊指揮官のその声に、作戦に投入されたレイヴン達は各々返事を返す。
 青白い光を放つメインディスプレイ下のコンソールに指を走らせ、強襲殲滅型に調整の施した搭乗機の機体制御態勢を第一種広域警戒態勢から第一種戦闘態勢へ移行する。
 急場仕立てで用意された機体のコクピット内は埃の据えた臭いが酷く、慣らされていないシートは座り心地が悪い。搭載されている戦術支援AIもかなり旧式のもので、女性のプログラムヴォイスは割れていた。しかし、今はどうでもいい事に関して文句を垂れる状況ではなかった。
 周囲は最も暗い時刻の闇夜に呑まれ、周囲で出撃命令を待つ友軍機の機影すらまともに視認できない。有視界索敵は困難であると判断し、夜間戦闘支援システムを起動した。投射型メインディスプレイに出力されている有視界が暗緑色に染まった時、再び無線を通じて部隊指揮官が口を開く。
『状況は最早詰み切った。総員、出撃──』
 その号令が伝えられ、荒涼地帯に鎮座する軍艦の亡骸の影に待機していた強襲部隊は移動を開始した。その部隊の前衛として急造機体をブースタ噴射で進ませ、暗緑色の有視界前方に目標地点を捕捉する。
 頭上を友軍の航空戦力部隊が追い越し、その数分後、先制攻撃としての重爆撃が制圧目標である要塞都市に対して加えられ始めた。広大な敷地面積と堅牢な防衛体制を持つ要塞都市に向けて、無数の誘導ミサイルが降下し、それを迎撃ミサイルシステムと高射砲群の弾幕が出迎える。
 眼前の都市上空部にいくつもの火球が産まれ、それらの下降に従ってついに都市全域へ誘導ミサイルの戦火が齎された。瞬く間に要塞内部の各所で火の手が上がり、ようやく出撃してきた敵航空戦力が空中で交戦を開始する。混乱に紛れて荒涼地帯を縦断していた強襲部隊に航空戦力が接近し、それを旧式レーダーが捕捉。
『敵航空部隊に構うな、突出するぞ』
 そう言うと指揮官は強化推力機構であるオーバードブースト・システムを起動、背部ノズルから高出力の噴射炎を吐き出して先行増速した。それに続いて後続機もオーバードブーストを起動し、上空から降り注ぐ弾幕の中を突出していく。大地に突き刺さった火線が粉塵を散らし、運悪く致命打を受けた友軍機から順にその場で爆散していく。それでも強襲部隊は止まらず、それらを置き去りにして進んでいく。
 この作戦で、止まる事は許されていなかった。
 一度走り出したら、全てを燃やし尽すまで止まってはならない──
 それが、この戦場の前線に取り残されたレイヴン達の可能性だった。
 自分を含め、もとより国籍も社籍もない無色の烏達の集まった部隊だ。これからどういう戦闘を全うしようが、それを言い咎める者は居はしない。そして、そうしなければ彼ら自身が生き残れないのだ。
 強行突出の中で六機が大地に散り、その犠牲を払って強襲部隊は要塞都市の外郭部全容を肉眼で捉えた。既に秘密裏に接近していた工作部隊によって仕掛けられた爆薬が外郭部を吹き飛ばし、一際大きな轟音が周囲を突き抜ける。大型掘削機が貫通痕に残った瓦礫片を取り払い、瞬く間に三ヶ所の侵入経路が構築される。
『全機止まるな。このまま都市内部へ進入、各機殲滅戦闘を開始しろ。幸運を祈る。そして願わくば、また会おう──』
 まるで遺言とも取れる言葉を指揮官が残し、彼の機体が真っ先に外郭部に空いた貫通痕へ突入していく。
 さらに三機、友軍機が突入までに破壊される。AC機体一機がようやく通れるほどの貫通痕をギリギリで通過し、都市内部へと進入した。
 その時、否応なく実感した。
 嗚呼──今、自分は死地を迎えるのだと──
 市街地で展開されている戦闘は既に初めから死線を迎えており、自分は奥歯を噛みしめるとフットペダルを大きく踏み込んだ。
 陽が二度上ったその日の夕刻、後に【ナヴラティロヴァの惨禍】と呼ばれる事になる戦闘は終結した。
 参戦した主戦力、45人のレイヴン達によって要塞都市は完全に制圧され、非戦闘員二万人を含む敵対軍勢力は殲滅された。
 戦闘終息の時を迎えたレイヴンは、わずか6名だった──

 30年後──閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】──

 AM07:42──

 営みの軌跡が灼け墜ちていく──。誰が咎められるというのか。醜くも、また美しくもなく、ただそれは我々の生み出した産物を我々の生み出した産物が蹂躙しているというだけの事実に過ぎないのだ。
 果てに迎える物が全てを無価値としてしまう灰だというのなら、我々がその是非を問う事は無為以外の何物でもない。
 我々はそれを前にして、何も問えはしないのだ。

『──多数ノ動体反応、接近』
 旧式も甚だしい戦術支援AIが戦況報告を極めて機械的な声で発した。ラヴィは原型を留めない残骸となって燃え盛る匡体が散らばる幹線道路を視界全面を意識しながら、メインディスプレイ上のレーダーを同時に注視した。
  理路整然としていながらも多重都市構造によって複雑な市街形態を形成する商業区画の各方面から、ラヴィの現着現場に向けて数十の熱源反応が急速接近してきていた。動体反応は各個で動いているように一見して映るが、其処にはある規則性と一切乱れない規律性が介在しているのをラヴィは一瞬で見抜いた。
「増援か──」
 レーダー上で目視できる反応数は14機──純粋兵力にして機動分隊規模の機影を確認しながらも、ラヴィは彼我の戦力差に対して一切の焦りを抱いてはいない。搭載センサー群が収集する情報群とレーダー上から推測できる要素を吟味した結果、その14機から成る増援勢力がAC戦力である事を最悪、且つ不可避の可能性として挙げる。自身が搭乗する四脚機体──バーンアウトの機体状態をディスプレイで確認、ラヴィはフットペダルを踏み込んで隔壁前道路から手近な幹線道路へと滑り込んだ。頭上を多重型幹線道路と複雑に絡み合う摩天楼が埋め尽くし、区画全域の大停電状態にある地上は正しく闇の深遠に落ちていると言えた。
 夜間戦闘用システムを稼働中の暗緑色の有視界に意識を払いつつ、前方多方向から突出してくる動体反応の状況をレーダーで逐次更新していたが、有効戦闘射界へと動体反応が侵入した瞬間、レーダー上から全ての動体反応が消失した。
 その突然の事態にラヴィは眉を顰めてみせた。搭載センサー群の幾つかも機能不全を起こし、ディスプレイ上に[- Seach Error -]の警告メッセージが次々と出力される。
「ECM攻勢──慎重だな……」
 複数の搭載電子機器が同時に機能不全を起こす理由としてそれ以外の可能性はなく、また、接近機動からECM展開までの手際の良さを鑑みるに、相当な場数を積んだ練達の戦闘部隊なのだろうとラヴィは行きつく。
 動体反応を捕捉する手立ては有視界索敵と当てにならない電子索敵装置、圧倒的な戦力差を前に普通ならば諦めざるを得ないだろう。
 しかし、ラヴィは動体反応捕捉から消失までの僅か十数秒の間、対向し得る手立ての欠片を見出していた。
 火器管制システムを両腕部兵装へ固定維持し──主兵装である右腕武装のグレネードライフルに意識を傾注する。レーダー反応消失からの経過時間は24,5秒──思考をフルに回転させて状況のシミュレーションを行い、経過秒数が31,5秒に達した瞬間、ラヴィはフットペダルを大きく踏みつけてメインノズルから噴射炎を吐き出し、バーンアウトの機体を発進させた。ビルの影から飛び出して迷いなく向かいの影へ入り込み一区画先の車道へ機体を滑り出させる。
 隠密機動を持って接近してきていた動体反応のうちの一つ──一機のAC機体とほぼ正面から対峙、グレネードライフルのトリガーを絞る直前、有視界に捕捉した敵性動体はラヴィにとって感嘆とも言える判断速度でビルの影に滑り込んでいった
(やはり腕がいい──だが、些か直線的、といったところか……)
 前方右舷へ姿を潜ませた目標は追わず右腕兵装の射撃態勢を維持したまま発進、機体を後進させて右舷同区画へ入り込む。
 それは戦術支援AIの行う所の戦況計算と定義するにはあまりに不定形であり、少なくともラヴィにとっては意識的にやっている類のものではない。予知や予測ではなく、ラヴィの身体に刻みこまれた決して消える事のない、戦場の経験則が彼を正しい戦況へと運ばせているといっていいだろう。
 その経験則は、ラヴィを現戦域に留まらせるつもりはなかった。ラヴィは投射型メインディスプレイに商業区画の
全域詳細を模した3Dマップを出力した。
「ふむ──」
 遮蔽物を最大限に利用した市街戦を展開するにしても、致命的なECM環境下と明白な戦力差の前では此方が先に消耗し切る可能性が非常に高い。ならばそのあらゆる不利な複合要素を覆し、戦況をイーブンに出来る戦域を自ら選べばいい。
 其処に最適な場所をマップから検索出力して最短かつ最適なルートマップを表示、ラヴィは迷いなくメインブースタを吹かした。ナビゲートシステムから外れたルートを意図的に選択肢、現区画を飛び出した。
 機能復旧の見通しが立たない搭載センサー群は変わらずエラーメッセージを出力し続けている。魔天楼が頭上に林立する幹線道路を最大推力で前身し、前方120メートルに肉眼で目視できる交差路手前の角へ急速転回した。人工の要害として盾になるビルの影に紛れて正規進路であった交差路を迂回し、その間際に其処でラヴィの通過をアンブッシュしていた動体目標を有視界に捉えた。
 しかしラヴィは自ら先制を加えるような真似はせず、そのまま素通りして再び人工の迷宮の中へ紛れ込んだ。
 搭載センサー群による情報収集に頼らずとも、敵性動体群の動向を的確に把握する術がラヴィには備わっていた。先ほど隔壁設備前で交戦した強襲型MT部隊──帰属組織を示す部隊章などが見当たらない所属不明部隊であったが、殲滅するまでの手合わせの中でラヴィはその部隊の身元についておおよその推測を立てていた。
 その手合わせの時と同様、ECM環境下に身を溶け込ませてラヴィを追う未確認AC部隊もまた、非常に洗練された戦術展開を行っている。ラヴィがECM環境下に曝されても的確に目標を捉える手腕である事を確認する手腕を持ち、また、迎撃展開に最適なポイントへルートマップに頼らず移動しようとしている事も既に把握している。
 相当に練達の精鋭戦力に違いない、ラヴィは推測していた。ただ、其処にはおおよそラヴィがこれまでにくぐり抜けてきた戦場で対峙してきた敵対勢力──大手傭兵仲介企業帰属や根無し草のレイヴンのような泥臭さは一切伴っていない。
 戦術展開の速度や配分、そして何よりも戦場全域を包み込む異様に無機質な気配が、敵対勢力の何たるかを伝えてきていた。
「450メートル──、来るか……」
 指定現場までの直線距離は450メートル、既に軌道幹線道路に機体は乗っているためこれ以上の有効な回避行動は必然的にとれなくなる。ラヴィは前方直線道路の左右で待ち受けているであろう敵性動体数を数え、戦術支援AIに指示してオーバードブースト・システムの起動プロトコルを進行させる。
 フットペダルを大きく踏み込んでメインブースタから高出力の噴射炎を吐き出し、バーンアウトの鈍重な機体を最大推力で押し出す。軌道幹線道路の六番交差路を過ぎた時、ラヴィの推測通り、過ぎ去り際の有視界両端に動体目標が二機、映り込んだ。肉眼捕捉から間髪入れずブースタを調整噴射して機体を後方へ転回させ、ラヴィはグレネードライフルのトリガーを引いた。後背から牽制射撃を行うべく飛び出してきていた動体目標二機目がけて榴弾が飛翔し、牽制射撃の弾幕に被弾して路上を一際大きな火球が埋め尽くした。時間にして数秒足らずだが、それでも後方からの追撃を遅らせる事が出来る。その大きな機会を生かす為、操縦把上部のスイッチを押し込んだ。オーバードブーストシステムが起動し、専用の後方ノズルから吐き出された過剰推力が時速500キロでバーンアウトの機体を押しだした。後方の牽制射撃の失敗を見越してさらに前方に待機していた二機の動体目標の間を切り抜けて置き去りにし、複数の車道合流点となる軌道幹線道路へ進入。
『熱源反応、急速接近。地対地ミサイルデス』
 後方搭載カメラの有視界から把握した戦術支援AIが多数の熱源反応──地対地ミサイルの接近を報告し、ラヴィはバーンアウトの機体を左右へ振りまわす。いくつかのミサイル弾頭が軌道を著しく反らして左右の建築物へ衝突、大規模な爆発を起こして瓦礫片を周囲へ撒き散らす。
『熱源反応、サラニ14基捕捉──』
 後方道路の空域全てを埋め尽くすミサイルが接近し、最早機体のみでの回避行動は不可能な物量が押し迫る。その時眼前に軌道幹線道路の終着点が飛び込み、ラヴィはオーバードブーストの前進推力を強引に跳ね上げた。後方から急追してくるミサイル群を従えてそのまま前方の広大な空間へ飛び込むと同時、オーバードブーストシステムを機能解除、その場で機体を転回。バーンアウトを正面に迫るミサイル群と対峙させる。余剰推力によって高速で滑走を続ける中火器管制システムを背部兵装と左腕兵装へ転換、連装型榴弾射出砲を前方展開した。さらに内部保機兵装も準備し、激しく流動する有視界の中に迫るミサイル群を捕捉、ラヴィは背部グレネードキャノンから二発の大型榴弾を射出、同時に内部保機兵装及び左腕兵装の腕部携帯型無反動砲からもロケット弾を撃ち放った。ミサイル群の前列に飛び込んだ榴弾が派手に炸裂して後続のミサイルを巻き込み、路上周囲十数メートルに在った建築物を強大な爆圧で吹き飛ばす。加えてそこへ進入したロケット弾の焼夷弾頭が誘爆して可燃性ジェルを飛散させ、周囲一帯に数千度の炎を撒き散らした。
 対炎熱装甲を持たない機体では到底乗り越えられない、超高温の炎の海が前方軌道幹線道路にたゆたい、その境界線を越えて飛び込んで来ようとする動体反応は見受けられない。
 その事実を確認してから、ラヴィは自身が飛び込んだ広大な施設空間を見渡した
 ──商業区画第8ターミナルエリア。
 理路整然にして複雑怪奇な都市形態を持ち、それに合わせて同様の構造となった数十の交通形態が共有する交通施設の要衝のひとつである。多くの幹線道路やリニアレールが合流する場所でありその為だけに一区画分が各ターミナルエリアに用いられている。周囲には乗り捨てられた自動車やリニアモーターが鎮座している。適度な遮蔽物と回避機動、及び目視戦闘を行うに十分な広さである。
 各兵装の次弾装填の完結を確認した時、前方数十メートルに広がっていた炎の海が不意の轟音と共に弾け飛んだ。続けざまに数発の爆発が響き、砕片と共に赤々しい炎が周囲へ散らばっていく。飛散した炎が散乱し、周囲の大気が醜く歪曲した幹線道路の奥から、そいつらは現れた──。
 十四機から編成される未確認AC部隊──最前衛の一機が飛散した炎の残り火を踏み砕き、一糸乱れぬ統率力を持ってターミナルエリアへと進入してくる。
 その無機質な気配は、まるで戦場の死神のようであった。
 やが十四機のAC部隊は前方に二重横列重体を形成し、約数十メートルの間合いを隔てて停止した。
 そして最前衛の一機からオープンチャンネルで通信要請が入る。
 なんと行儀のよいものだと胸中で頷き、先の一連の攻防に対する称賛も含めてラヴィは回線を接続した。
『何とも手際の良いものだな、レイヴン──?』
 ひどく落ち着きのある、悪く言えば機械じみた声だった。
「エスタブリッシュメントにしては中々やるものだよ、お前達も……」
『野烏如きがそんな言葉を吐くとは……』
 随分と賢しげな言葉をのたまうその側面から、前衛機に搭乗しているのだろう指揮官格のパイロットの気質を推し量ることができた。しかし、ラヴィの意識の方向は其処ではなく、パイロットの吐いたその言葉の意味に向いていた。
「──随分と古い身の上を語ってくれるのだな」
 その要点のみを端的に表現した返答を聞き、発声音からまだ若年だと推測できる指揮官は素直に関心の声を上げる。
『全く、光栄な事だ。──貴君の様な死神と、こうして戦火を交える機会に恵まれたのだからな?』
 ターミナルスフィアへ参入する以前のラヴィの記録を直接知る者は、すでに少ない。五年前に発生した兵器災害では多くの人類が死滅し、それ以前に関する戦場の記憶などは多くが保存文献などを残して人々の記憶から抹消されている。ラヴィがフリーランスのレイヴンとして戦場に在ったのはそれ以前の話であり、一連の交戦から此方の身元を割り出したとしても、それ以前の記録について知る者はなかなかいないはずだった。
 その言葉に対しては返答を遣さず数秒の空白のみが過ぎると、再び指揮官格の男が言葉を紡ぐ。
『──とはいえ、此方にも規律は在る。速やかに武装解除し、投降するのであれば生命の保障は利くが?』
 慇懃とは程遠い口調にラヴィは軽く口許を歪めた。投降するよりもなによりも、統一政府の精鋭部隊が何故この混乱に乗じてエデンⅣへの武力行使を仕掛けてきたのか、その事について軽い興味を抱いていた。
 だが、それも先方が応えなければ無意味な話であり、またそういった類の問題はノウラのような人間が担うべき仕事に過ぎない。その分水嶺を理解していたが故に、ラヴィは、
『笑わせるなよ、──灼け堕ちろ』
 それはラヴィからの明らかな宣戦布告。その言葉に応じて、横列隊形を取っていた敵性目標が同時に戦闘態勢へと移行する。戦術支援AIが既に整理出力してきていた敵性部隊の詳細情報は把握済みであった。
 ──統一連邦政府標準規格のアーマードコア兵器。その機体性能については、長く戦場に居座り続けているラヴィにとっては特筆すべきものはなかった。
 両手に操縦把を握り込み、ラヴィはかつて死神の眼と呼ばれたその双眸に獰猛な戦意を滲ませた。

 AM07:55──

                           *

 手足が自分の物だと、夢に見る意識が自分の物だと、そう確信できた頃には五日が経っていた。

 目を覚ました時に傍に立っていた、気崩した黒スーツを着こんでいたその男は言った。
『アンタは運が良い。また、戦場に戻れるんだからな……』



 AM08:25──

『敵性目標、沈黙──。当該戦域の全敵性動体の沈黙を確認』 
 搭乗機体【シックフロント】搭載の戦術支援AIが、自らプログラム生成して設定した女性の合成音声を発して周囲戦況を更新する。
 閉鎖型機械化都市商業区画──特にグローバルコーテックス支社周囲の戦域は強固な防衛戦線が展開され、ガロと同じく依頼を受けたかなりの数のレイヴンが作戦に投入されていた。その為に、彼我の兵力差で侵攻にかかってきていた旧世代兵器群を相手取りながらも、一機の戦力的消耗すらなく該当戦域の第二次制圧を完了した。だが、既に侵攻勢力の第三波が接近しており、周囲へ展開して散らばっていた友軍戦力が統合司令部の召集に応じて防衛戦域へと再び集う。
 統合司令部によって構築されているデータリンクを通じ、友軍部隊の展開状況を確認。作戦遂行に当たって致命的な損傷を受けた機体はまだない。しかし、第三波を切り抜けた時、どの程度の戦力が残っているかを考えると其処はガロにとっても疑問だった。
 商業区画該当戦域に投入されているAC機体は十機──今回の騒乱に参戦したAC戦力の半分近くに当たる。その十機中半数はグローバルコーテックス専属のレイヴンであり、彼らは恐らく作戦遂行不能になるまで戦闘行為を続行するだろ。だが、他はどうだろうかとガロは考えた。
 他のAC戦力は閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】に駐留する独立勢力のモノであり、その大半は素性の知れない有象無象だ。何機かはエデンⅣで主催されているコーテックスアリーナでも見かける名だが、それでもアリーナ下位に過ぎない。
 戦力を以下に温存して第三波を乗り切るか──それが次の戦闘の要諦になってくるだろうと見たてを立てたところで、ガロはようやく自身が最も素性の知れない類の人間だという事に気付いた。端から見れば自身も独立勢力の一レイヴンに過ぎない。
 コンソールを叩いて機体状態を確認する傍ら、僅かに自嘲の笑みを浮かべた。
 支社建築物群周囲の空域防衛網を飛行中の広域偵察機から転送されてくるレーダー情報をメインディスプレイに出力し、商業区画外の敵性目標の動向を戦術支援AIに収集させる。都市内部全域は無論の事、どうやら都市外部シェルター周辺でも戦闘行為が散発しているらしい。商業区画には第三波の後方に、第四波第五波の攻勢反応が展開しており、区画全域が動体反応で紅く染まっているといえる。
 他の管理区画はそれ程でもないのかと思っていたが、興行区画の一点にのみ動体反応が異常な密度で集中している箇所があった。
「何だ此処は──」
 その赤く染まった動体反応の渦中に一機、友軍機反応を捕捉する事ができた。どうやら敵性反応は全てその友軍機に向けて侵攻しているようであり、その異様な光景にガロは眉をひそめた。
 まるで、その友軍機が興行区画の敵対勢力を全て引き寄せているように見える。
 そう自分で言葉にしてみて、ようやくあり得ない話ではない可能性にガロは自分が言っている事に気付いた。
(まさか、生体CPUが其処に……)
 出撃前にメインシステムへノウラから転送されてきたデータファイルの件に思考を巡らした。自身がラヴィを増援によこした先で、不明襲撃勢力と交戦していたアザミ──その傍に何故か居合わせていたのが、コーテックス帰属のランカーレイヴン・ソリテュードという男と、その存在を公式に確認されていない凍結資材の生体CPUだった。
 ノウラはそれら幾つかの事案に関して安易な推察を述べはしなかったが、今回の騒乱について最悪の可能性を考えるならば、恐らく彼女でなくても、早かれ遅かれその事実関係に行き着くだろう。
 コーテックスアリーナ施設からの脱出を図る際に旧世代兵器と接触したリサも、その事実関係について信憑性の在る報告をしてきていた。
 ──旧世代兵器群をエデンⅣ失陥の混乱材料に、統一連邦内の不明勢力が武力行使を仕掛けてきた。
 その目的が何であるか、アザミからの報告事項から鑑みれば予測するに難くない。
 有機体戦術支援機構──生体CPUの簒奪──
 何故この時期に、この規模を持ってなのか、それは迎撃勢力である此方側には現時点では知るべくもない。
 ただ、この騒乱の鎮圧が失敗した時、どういった結末をエデンⅣが迎えるかについては想像力を働かせなくとも分かる。
 第二種狭域索敵態勢で稼働中のレーダーが、外周経済区画へ侵入してきた侵攻勢力第三波の機影を捕捉する。統合司令部から速やかな排撃命令が通達され、ガロは戦術支援AIに指示してレーダー展開を第一種戦闘態勢へ移行させた。
 侵攻勢力の純粋兵力は大隊規模から成る対機動兵器戦用個体のパルヴァライザー──単純な兵力比では第二波とは比べ物にならない増援である。
 恐らく第三波防衛戦闘からが、この騒乱の本番といえるだろう。そうなれば、誰も無傷では済まされない。つまり、今回の統合司令部主導による防衛戦闘は最初から一定量の人的消耗を視野に入れたものであり、それをわずかにでも軽減する為にエデンⅣ全域から駐留勢力の素性を問わずAC戦力が招集された。
 それであっても、この都市に押し寄せる数千以上の鋼鉄の波を押しとどめられるかどうかは今後の状況次第によるが……
 興行区画はセントラルタワーに異常集中している侵攻兵力の質量とその原因も憂慮すべき事実だが、それと比較して劣らない物量の旧世代兵器群が、コーテックス支社へ向けて商業区画を侵攻してくる。
 騒乱鎮圧の失敗──其れは閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】を実質統治してきたグローバル・コーテックス支社の失陥、そして同時にエデンⅣという人類最後の庭園そのものの陥落をも意味する。
 ──それが統一政府が最後に望む今回の騒乱の結末であり、すべてが灰に葬られる事で統一政府の事実関係も消え去ることになるだろう。そうまでして彼らを果断に踏み切らせたのが何なのか、ターミナルスフィアに長らく関与してきたガロにはある程度の推測が経っていたが、それを敢えて思考の海から追い落とした。
 今は眼前に迫る死の影に向きあわねばならないのだ──
『敵性部隊第三波、前衛個体を捕捉しました』 
 戦術支援AIの報告に沿って視点を動かし、区画設備の緊急照明群によって照らし出された待機中の航空施設から滑走路の方を見やった。粉砕した設備防壁の瓦礫を踏み砕き、青白い眼光をカメラアイに湛えた極めて人型に近い群影が通常歩行で迫る。
『統合司令部より現場各機へ、現在商業区画第五避難ラインより一般市民の避難誘導を通常歩兵軍が展開中だ。地下シェルターへの避難が完了するまで、敵第三波の侵攻を食い止めろ』
 その指令にレイヴンが各自返答を遣す。つまり、いくら戦力消耗を招こうともAC戦力は決して防衛ラインを割って退避する事は許されないことを意味している。
 人型機動兵器:アーマードコアに乗って戦場に臨み始めてから、ガロは既に二〇余年が経つ。その中で経てきた戦場と今回は比ぶべくもない。遍く在る戦場の一類に過ぎない。死地に臨む事に慣れるとはどうしようもない話だが、ガロには最早他の道で生きる場所が残っていないことを自らが良く悟っていた。
 だからこそ、それを良しとしなかったのであれば──かの財団から放逐された際にノウラの誘いに乗らず、戦場の一線から引退できたのだ。
 とどのつまり、自分は戦場という世の最前線と果てに取り置かれたどうしようもない人間なのだ──
 市街戦闘に当たって各レイヴンに、明確な戦術展開は通達されていない。だが、戦場を日頃の常とする人種であるからこそ彼らは、そういった事態にあっても最大限の戦果を発揮する事を求められるのだ。そして、失敗しない限りその要求にこたえるのが烏の名を持つ兵士達の特質だった。
 搭載センサー群から得られた情報によると、敵性部隊の主武装は市街戦に適した実弾兵器群である。
 搭乗する機体【シックフロント】は閉鎖環境下における射撃戦、特に前衛戦闘を主眼に置いており機体構造中外部装甲に優れている。搭載兵装──右腕のリニアライフルと左腕レーザーライフル、及び背部兵装のミサイルコンテナの使用状況を確認。継続戦闘に仔細なく、ガロは一瞬の逡巡もなく管制塔の影からシックフロントの機体を飛び出させた。

→Next…

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