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*⑦*


 滑走路へ出てきたシックフロントを瞬時に捕捉した敵性部隊が応対射撃を開始し、無数の火線が吹きすさんだ。ガロはフットペダルを連続して踏み込み、小気味よくブースタ噴射を展開して弾幕の下を搔い潜りながら旋回進行を試みる。
 その突出展開に呼応し、後方に待機していた友軍AC部隊が援護射撃を行いながら進軍を開始した。
 複数の敵性動体による機銃掃射がシックフロントを追跡し、ガロは回避軌道の斜線上に放置された航空機を発見し、燃料タンクを解析捕捉してそこへリニアライフルの砲弾を撃ち放った。
 一拍置いて被弾したタンク内の燃料が引火し、大型航空機を巻き込んで大規模な爆発を起こす。視界前方が赤々しい爆炎に包まれ、捕捉目標が途切れるもガロはそこへ向けて左腕に携えるレーザーライフルの光線を連射した。そのまま燃え盛る航空機を迂回して突き抜け、爆炎の向こう側で正確なレーザー攻撃を頭部に受け機能停止した敵性目標の姿を確認した。
 そのまま次の目標へ向かおうとした時、有視界の隅で辛うじて機体機能を維持していた敵性動体の一機がシックフロントの後背部へ多砲身式回転機関砲の砲口を突き付ける。機体を急速展開してリニアライフルの砲弾を放とうとした刹那、視覚外から雷鳴のような轟音と共に飛来した電磁飛翔弾が敵性動体の頭部を粉砕する。
 飛び込んできた射線の軌跡をトレースし、航空施設付近で援護射撃を展開していた四脚型ACを見咎める。
 オープン状態の無線を通じて相手の方から、
『撃ち漏らしは心配するな、俺が片づける。アンタはそのまま突出して敵性部隊を排撃してくれ』
「了解。引き続き掩護射撃を頼む」
 その四脚ACのレイヴンとは知己の間柄でも何でもない。この該当戦域でたまたま共同戦線を張ることになったレイヴンの中の一人だ。互いの表面上の素性についてはデータリンク上で把握しているだろうが、機体構成から推察できる戦術方針の他に分かる点はない。
 だが、レイヴンにとってはそれで充分であり、後のことは実戦で実証していく。事実として後方にとどまり掩護射撃を行った四脚ACのレイヴンはこの第三波迎撃戦闘でも、自身の役割を適格に把握してそれを忠実に遂行していた。正確かつ迅速な掩護射撃から、そのレイヴンが友軍である限りは心強い限りだとガロは判断し、彼の言葉に従ってメインブースタを最大推力で吹かし、突出攻撃にかかった。
 ──これだから、戦場は良いんだ。
 兵士として長くあり過ぎたために、それ以外の道を生きる術を失いはしたが、それでもそれを自ら肯定する事はできる。
 残された人類の箱庭で、ゆっくりと腐敗しながら死滅していくのを待つというのは、性に合わない。
 第三波防衛戦闘の戦火が激しさを増してゆく中、ガロは脳裏にそう遠くない昔の記憶を映し出していた。
 そんな事を悟ったのは、確か五年前のあの時だった。
 他愛のない、ありふれた戦場で重傷を負ったあの時──


 直属経済管轄区下に巣食う鼠は、決して見逃されない。総意を異にする単純勢力は、絶対的な武力をもって排撃され、その歯牙と再興の芽は完全に摘まれる。
 反体制的な単純勢力への徹底的かつ過剰な武力弾圧は、一世紀以上も世界的支配体制を確立してきた主権企業群の要諦であり、それは看過されて然るべきモノとされてきた。
 総意を乱すものは逃してはならない。それが、かつての同志であったとしても──

『────!』
 古い友の名を呼んだ直後、自分が撃ち込んだ銃弾に女は後頭部を吹き飛ばされ、その場に前のめりになって倒れた。湧水のように溢れ出す黒々とした鮮血が瞬く間に広がり、彼女の身体を浸し込んでいく。
 彼女の危機に呼び戻されなければ、それか或いはもう少しこの場へ早く戻ってきていれば、友はその現実を目の当たりにする事はなかったかもしれない。
 上空より飛来する特攻兵器群の爆発が続く戦場の中で眼前に立った友が、足元の血だまりに沈む彼女を見つめ、続いて傍の自分の双眸と視線を重ねる。
 致命的な戦場の中で汚泥と煤に塗れる友は一瞬だけその顔に動揺の表情を見せたが、すぐにその感情を内側へと仕舞い込んだ。
 旧世代兵器群の侵攻を足止めしている歩兵部隊の戦闘音が周囲から届く。地上へ衝突した特攻兵器の爆発を喰らった建築物が吹き飛び、血雨混じりの細かい瓦礫片が頬を叩く。
 短く縮れた煙草を口許に咥える友は此方に突撃小銃の銃口を無感情に突き付ける。
「どうして、無抵抗の彼女を殺した──」
 世界を襲った未曽有の災害危機の三ヵ月前に忽然と部隊から姿を消し、そして今再会した友は言う。戦場に立つ兵士として冷徹を極めた友の表情は往来のそれと変わりなかったが、鋭い眼差しに宿った人情は自分と共に戦場に立っていた頃にはなかったものだった。
「自らの死に際にも、それを問うつもりか?」
 クレスト社の派遣した捜索部隊の追撃から三ヵ月もの間消息を暗まし続けていた友が、その程度の疑問を分かっていないはずがなかった。
 かつては彼も──友も自身と同じ立ち位置の人間として戦場に臨み、社に反旗を翻す叛徒達を撲滅してきていたのだ。
「空を見ろ、ファウスト──」
 わずか数ヶ月の間に自らとは全く異なる道を歩み、その末にたどり着いた友は言う。その言葉に倣い、前方に注視する視線はそのままに視界の上隅に映る群影を見やった。
「このままいけば、世界は大きく変わる……。なのにお前達は、お前はまだこんな真似をし続けるつもりなのか?」
 黒い絶望を纏った死の使者達は地上の全てを灰に還すべく降り注ぎ、其れに対して全人類はあてもない抵抗を繰り広げようとしている。世界規模の国際ネットワークは最初期の混乱によって既に断絶状態に在り、どこの大陸でどの程度の人類が焼かれ、或いは死に絶えようとしているのかもわからない。
 そして、最初期の奇襲攻撃に端を発した局地災害はたったの数日で伝染病のように全世界へ拡大し、友の言う通り世界の在り方を根本から変えようとしている。
 ──しかし、そんな終末染みた中にあっても、人類はそれまでの争いの歩みを変えようとは容易にしようとしないものだ。誰が呼び始めたかは分からない──兵器災害が始まった当初、自身もその実態に内心では辟易していたものだが、結果的に自身が身を収める鞘はそこにしかなかった。鞘を捨てては、自身という腐敗した刃は数日も持たずに土に還って行くしかない。
 友は、それを良しとしなかったが──。良しとしなかったからこそ、友は兵器災害の混乱で社の直属経済管轄区から除外された採掘都市の人民達を見捨てられず、彼らを連れだって部隊から離れた。そして、大規模な混乱に乗じてあろうことか敵性支配企業の一翼に、その身を売ったのだ──
 死の使者達が突き落とす絶望が一層の苛烈さを増し、爆発で爆発を打ち消し合うような様相を呈し始めている。
「──意義無き戦闘、正義無き勝利。俺は、そんなモノが欲しかったんじゃない。お前はどうだった、思い出してみろ──」
「下らんな──」
 間断なく返したその言葉に、友は口を噤む。敵対した者同士とはいえ、かつては同志として数多くの戦場に在った友に対して何故、そのような言葉を吐き捨てる事ができたのか。その本心を口にする事は、自分には許されていない。
「結束無き組織が、乱世を永らえる術はない。お前はそれをよく知っていたはずだ……。──貴様は私情に走り、秩序を崩した。生き延びるのなら、賢い戦場を選ぶべきだったんだ。是非は問わん、すまんな──」
 その矛盾めいた言葉に、友は表情を変える事もしなかった。ただ、こちらに突き付けていた突撃小銃の銃口を若干落とし、
「──賢い戦場、だと? そんなモノはクソくらえだ。此処が俺の終着だ、すまない──」
 その言葉からコンマ数秒後、瞬間的に跳ね上げた得物を友に突き付け、引き金を引いた。軽い衝撃が肩を突き抜けたが、それには構わず相対し続ける友を注視する。
 左胸部に一発、奇麗な銃創を受けた友は顔を苦痛に歪める訳でもなく、それが自身の生きた戦場の締めくくりだといわんばかりの淡々とした動作で、そこに崩れ落ちた。
 自動拳銃を握る手をだらんと提げ、既に物言わぬ戦場の遺物となった友を見下ろす。
「──羨ましかったよ、お前が。俺には、此処まで通じてきた戦場を捨てる事は出来ない。戦場を変える意義も、戦場を降りる度胸もないんだ。すまん──」
 別たれた道が再度交わるような事は、戦火に汚れきったこの世では到底あり得ない。

 ──その街での粛清任務を終えた後、派遣部隊は戦線を移動。
 ──僅か二日後、特攻兵器群の強襲によって部隊は事実上の壊滅に追い込まれた

 重傷による昏睡状態から覚醒した五日後、後方支援基地の医療施設に収容されていた自身の下に、本社から派遣されてきたという一人の使いがやってきた。軍人にはとても見えそうにない、ひどくひょろっとした痩せ男だが、そいつが持っていた双眸は気味の悪いような強靭な意志を湛えていた。
 完治し切っていない重傷の身の為ベッドの上でろくな身動きが取れない自身の脇に男は歩み寄り、あろうことか其処で気崩した黒スーツの懐から紙巻煙草を取り出して咥えた。
「アンタは運が良い。また、戦場に戻れるんだからな……」


 ──二週間後、社直々の勅令に従って北欧某地の研究施設へ出向。

 ──そこで初めて知ることになった。その男の言った、戦場に戻れるという事実に与えられた対価の意味を。

 ──【ARMORED CORE : NEXT】開発要綱、始動。


 騒乱の中で一度始まった戦闘の過程に、都合の良い予定調和を期待してはならない。不意の事態が常に当事者を先回ることを分かっていれば、それに備える事は可能だからだ。
 肩部外皮装甲をロケット弾が掠め、安定尾翼を捥がれた弾頭が路面に着弾して炸裂する。その衝撃によって変動した機体バランスを姿勢制御システムが伝達してくるが、それに構わずガロは操縦把のトリガーを引いた。続いて飛来してきていたロケット弾の弾頭をリニアライフルの砲弾で貫き、バースト射撃で発射源のパルヴァライザーを粉砕する。
 友軍機数の減少速度がここ数十分で著しくなり、ガロは突出していた前衛から機体を後退させ始めた。路上に散乱する瓦礫片や友軍機の残骸を盾にしながら的確に応対射撃を繰り入れつつ、後方部隊が確保していた防衛ラインまで下がる。高架道路脚部の影に機体を潜めた直後、数十基から成るロケット弾の弾幕が盾にした脚部前方から飛来し、周囲一帯を吹き飛ばした。無数の砕片と粉塵が巻き上がる中へ機体を飛び出させ、ブースタ各部を噴射して転回機動を加えながら同時に両腕部のリニアライフルとレーザーライフルによる牽制射撃を加える。
 若干精度を欠いたものの複数機の敵性目標を進行不能にし、その隙をついた後方友軍機達が地対地ミサイルを連続射出した。
 寸秒後一際大きな爆音が轟き、しかしそれに怯んで戦線を後退させることもなく侵攻部隊は味方の残骸を踏み越えてにじり寄ってくる。
『ポイント:4‐12、突破された。駄目だ、これ以上は抑え切れない!』
 同じく前衛で防衛戦闘に当たっていた友軍機はその無線が文字通りの遺言となり、ロケット弾の応酬をまともに食らって其処に爆散した。爆発の余波を喰らった高架下の脚部が粉砕、支柱を失った高架道路が不快な軋み音と共に傾ぎはじめ、真下に居たガロはシックフロントのメインブースタを最大推力で吹かした。先行して落下してくる巨大なコンクリート片の落下軌道を戦術支援AIに追跡させ、そんな現状に構う事無く進撃してくる敵部隊への応対射撃を取りながら崩壊に巻き込まれる高架下の中をガロは走り抜けた。
 崩壊した高架幹線道路が突破されつつあった地上の防衛ラインを分断し、それに伴って不意に戦闘音が途切れた。搭載センサー群をフル稼働して周囲情報をかき集め、当該戦域における戦況を更新、データリンクを通じて残
存友軍部隊へと伝達する。
 戦闘開始時にはかなりいた友軍AC機体もかなりの損耗を受けたらしく、レーダー上で確認できるのはわずか数機のみである。それ以外の通常戦力──歩兵部隊や一般機械化部隊などはそれ以上の損害を被っていると思われた。搭載センサー群が拾い上げる音響情報の中には、負傷した人間の悲鳴なども交じっており耳障りなそれらを戦術支援AIに指示してカットアウトさせる。
 数分ではあるが、これによって得た戦線持ち直しの機会は大きい。
 統合司令部から掩護指示を受けた増援部隊が広域防衛区域から急行しており、その到着までを何とか耐えしのげば、この戦線を確立し、かつ覆すことも決して不可能ではない──つまり、総合的に見れば戦況は、少なくともガロにとってはそれほど逼迫したものではないと言えた。──残存戦力の扱い方を間違えなければ、だが。
『……もう駄目だ。こんなのを繰り返してちゃ、命がいくつあっても足りやしねえっ。俺は降りるぞ!』
 ガロが戦況打開に明るい可能性を感じた矢先の言葉だった。現況に至っては数少ない生き残りのレイヴンが発したその恐慌の言葉は、オープン状態の通信回線を通じて、各友軍機へ伝わってきた。
 愚挙を述べたそのレイヴンの現在位置をレーダーで確認し、そいつが搭乗機体:【シックフロント】は後背左舷のビルの影に居る事を突きとめる。
 目先の危機に意識を捕られ狼狽するそのレイヴンの声を聞いて、ガロは胸中で小さく息をついた。微細な戦術判断が生死を別つ現況では、その軽率な言動は友軍部隊自体の危機をも招く。
 事実、そのレイヴンが発した言葉は伝染病の如き早さで方々のレイヴンに感染し、その気配が通信回線から漏れ出てきた。
 それでも何人かのレイヴンは気丈を保っており、そのうちの一人が今にも戦線離脱を犯しそうなレイヴンに対して諌める言葉を発する。
『馬鹿な事言うな。我々だけで此処を凌げば、直ぐに増援が来るんだ』
「増援が来た所で止められなきゃ同じだろうが! 全員死んじまうんだぞっ」
 救いようのない恐怖に意識を塗りつぶされたレイヴンには最早正常な判断能力が失われているらしく、事実としてそいつは後方左舷の建物の角から機体を乗り出させ、防衛ライン最後方へ向けてブースタを点火した。
 ガロは何を言う事もせず、代わりに独断専行で当該戦域から戦線離脱しようとしていたそのAC機体にリニアライフルの砲口を向け、操縦把付随のトリガーを絞った。
 強化推力を得た砲弾は正確な射線を辿って目標機体右脚関節部を粉砕し、姿勢制御を崩した目標がその場に轟音を立てて転倒する。その隙をついてガロはさらに同兵装の砲弾を各関節部へ向けて発砲し、完全に目標の機動能力を奪った。
『テメェ、な、何しやがる──!』
「増援部隊の到着が、貴様の暴走で遅れるのは見過ごせん。戦線を離脱するのなら、自分の足で走っていけ。できないなら、其処で大人しくしていろ」
 正常な判断を欠いた兵士が、こう言った時にしでかす行為は大抵良い結果にはならない。クレスト社専属時代からそれをよく知っているガロは、それを未然に防ぐためにもその愚かな友軍ACに対して武力行使を行った。周囲でその推移を見送っていたレイヴン達も同様の見方をしていたらしく、ガロに対して非難めいた言葉を投げかけてくる
者はいない。
『ふざけんな、お前の──』
 その意味のない言葉を遮るようにリニアライフルの砲弾を一発、転倒して機動力を失ったAC機のコアの傍へ撃ち込む。
「三度は言わん。命が惜しいのなら、──黙っていろ」
 レイヴンだからこそ発する事のできる、一切の冗談や妥協を度外視した宣告の言葉。愚物とはいえそいつもレイヴンの一人である為か、それ以降ガロにたてつくような言葉は紡がず、奇妙な沈黙だけが数秒の間オープン状態の無線を支配した。
 その後、戦闘体勢を持ち直したレイヴンの一人──先ほど愚物に対して諌める言葉を述べた男が、ガロに言葉を投げかけてくる。
『──で、どうする旦那? 結局戦力が一機減っちまった訳だが』
「増援部隊が到着するまでの約30分間、侵攻部隊を第23防衛ラインまでで抑え切る」
『了解──。具体的な戦術展開は?』
 そのレイヴンは独立勢力出身の無所属だが、中々聡明な頭脳を持っているようだと見受けられた。緊急依頼に基づいて複数のレイヴンが共同戦線を取る際に、その個々が明確な連携を持って状況を展開する機会はそれほど多くない。それを必要としなくても、レイヴンという兵士は大概の戦場を乗り切ってしまうからである。
 そのレイヴンの一人がこうして同業者の戦術判断を素直に仰ぐという事は、つまり既にこの防衛戦闘はかなり差し迫っている事を意味していた。
「此方の戦力消耗に関係なく、順次防衛ラインを後退していく。敵性目標を適宜撃破して時間を稼ぎつつ、増援部隊との戦力合流を計り、それを持って反転攻撃を行う。後退戦闘に当たって無理な突出戦闘は行うな」
『了解、旦那──』
 そのレイヴンの他にも生き残った数人のレイヴン達が、其々指示を承諾する返答を遣す。
 そうして奇跡的に残存戦力のみでの継続戦術が確立された直後、周囲の建物を巻き込んで崩壊した高架道路の瓦礫上に侵攻部隊の前衛機群が姿を現した。
「目標捕捉、下がるぞ──」
 相図と共に友軍部隊が一斉に後退行動に入りはじめ、レーダー上に点在していた愚物のレイヴンの機体反応がぷつりと途絶える。二流にしては中々賢しげな判断だとガロは考えた。幾ら旧世代受け売りの高性能AIを搭載しているとはいえ、奴らの行動基準は常に計測数値を元にした合理的判断が中心となっている。目的達成のために常に迅速な行動パターンを出力し、それを阻害するに値しない障害などは度外視するのが通例であった。
 事実として死んだふりを決め込んでいるAC機体を唯の背景情報として認識したパルヴァライザーの群列が、傍を通り過ぎて行く。
 後退ライン上に林立する建築物群を人工の障害物として、ガロはシックフロントのブースタを小気味よく吹かしながらその影へ機体を順次移し、敵性部隊の追加攻撃を最大限に回避していく。優先して下がらせた後方支援機から射出されたミサイル群が機体の傍を掠めて飛び過ぎ、幹線道路上を埋め尽くしていた敵性部隊の前衛を派手に吹き飛ばす。
 その隙に障害物の陰から陰へと移動を展開し、それを追ってパルヴァライザーが追撃を再開。
 戦況の推移は凡そ、ガロの予測通りに進行しつつある。
「奴さんがこのままなら、面倒なく終われるか……」
 ガロの作戦展開に対する最悪の懸念は、この土壇場に至って自身が陣頭指揮を執ることになったが故の戦術采配ではない。この都市内有事に際して統一連邦管理局から舞い込んだ正規依頼は受諾したが、それとは異なる絶対不可避の命令を受けていた。
 雇用先であるターミナルスフィア事務所長──ノウラから作戦直前に受けた強い要望が、それである。
 ──その要望には事務所付のメイヴィスが処理に当たる予定だったとガロは踏んでいるが、実際には当該戦域が丁度それを重なった自身が請け負う事になった。
 もとより現在、彼女は事務所専属の通信技官である為、要望の遂行に関しては事務所付レイヴンのうちの誰かがこなすことになっていたのかもしれないが。
 コーテックスビルを中心に聳える商業区中央の産業建築物群の一角に、ターミナルスフィアが抱え込む隷下組織の技術者集団が研究施設を構えている。両者の関連性、特に技術者集団──エンシェント・ワークスの組織的実態については軍事方面で一部、しかも非公式にしか知られていない。そして、彼らがターミナルスフィアの経済支援を受けて何をしているか、それを知る勢力は現時点では恐らく存在しないとガロは断言できる。
 その一角を含む産業建築物群は現在統合司令部指揮により、広域防衛区域に指定されており最も厳重な防衛態勢が構築されつつある。前衛戦力として各方面でAC部隊が奮闘する限り、広域防衛区域に敵性部隊が侵入することはない。つまり、ガロが当該戦域で正規依頼を全うする事がそのまま、ノウラの要望にこたえることに直結するとも言えた。
 そして出来るならば、そのノウラの要望が現実にはなってほしくないものだと思っている。
 ──侵入を阻止しろ。許せば此れを排撃。内事対応指令:000-ex08要の場合、此れを実行しろ
 自らその指令を発した時の彼女の表情は、老獪を極めた者の凄惨さを湛えていた。その対応指令コードを創り上げたのも彼女自身であり、その意味を誰よりも理解しているからこそ無情に徹するのかもしれないが──それ以上に、ノウラという人物は、未だガロであっても理解の及ばない人間の一人であった。
 ──そう言えば、エンシェント・ワークスに対する対応指令コードの設定に関与した人間がもう一人いた。そいつ自身が組織の人間で自身よりも一回り年は下だが、翌々そいつも物好きなものだ。
 死ねば無関係だ──その後は、あんた達の好きにすれば良い。
 対応指令コード──敵性勢力によって蓄積情報が漏洩危機に在る場合、秘匿保護或いは完全破棄を最優先事項とする。その際に敵性勢力は無論、味方のいかなる人的損耗を厭わず此れを完結せよ。
 広域防衛区域──すなわち第24防衛ラインまで後退しない限り、この対応指令コードが発動する事はあり得ない。
 さほど重大な案件ではない──にも関わらず、ガロの脳裏には一抹の懸念がしつこくまとわりついていた。
 そしてそれを強く意識する直前、統合司令付の広域警戒機からダイレクト通信が入り、オープン状態の回線にその声が流れ込んできた。
『大型の未確認機が急速接近、20秒で広域防衛区域へ侵入する──!』
 それと同時、入り組んだ多重幹線道路上を挟んだ頭上の空域から地鳴りのような音が轟き、断片的に見える空域を巨大な機影が縦断していった。
 方角は今しがた広域警戒機からあった報告通り、一直線に広域防衛区域へと向かっている。何を言うまでもなかった。一瞬だったがカメラアイを介したガロの肉眼が捉えたのは、巨大な機影の後部に張り付くつくように待機していた無数の青白い眼──
「輸送個体か、どこからあんなものを──」
 そう口にしたもののそんな疑問はガロにとって言葉以上の意味はなかった。ただ、空域防衛部隊があの戦艦の如き巨大な旧世代兵器を止められるかどうかが、意識の焦点となっていた。
 恐らく、無理だろうが──
 戦術支援AIが頭上空域の情報を収集し、すぐに迎撃態勢を展開した空域防衛部隊が未確認機に向けて航空攻撃を開始。その数秒後、
『未確認機、広域防衛区域地上へ落下──何だ、アレは……!』
 広域警戒機から転送され続けている広域索敵レーダー情報に、地上へ落下したと思しき未確認機の動体反応が確認でき、まさに今、そこを基点に無数の動体反応が周囲へ拡散し始めていた。
 輸送個体自体はおそらく他の例に漏れず旧式も良い所だろうが、通常戦力ではそれすらも止める事は困難を極める。輸送個体は大概使い捨てを前提に運用される事が多く、必要最低限の装甲を頼んで敵中を突破、そこから戦闘型個体を多数放出するという、所謂強襲揚陸艦のような主な機能である。
 ガロは後退戦闘の傍ら、新たに迅速な戦術判断を迫られた。
 広域防衛区域ギリギリまで後退し、増援部隊と戦力合流した後に大規模な反転攻撃を行うというその要諦が大きく狂い始めている。増援部隊は未だ広域防衛区域を出発していない。心配しなくとも、今しがた進入を果たした敵性勢力の突出部隊の攻勢によって到着は著しく遅れることだろう。
 そして、ガロはそこでようやく脳裏に燻っていた杞憂が現実味を帯びた事を悟った。
 広域索敵レーダー情報で、広域防衛区域に徐々に拡大しつつある敵性動体反応を確認し、その展開規模の中に産業複合建築物群の一角が含まれていた。
 シックフロントの機体をビルの影へ滑り込ませて集中掃射をやり過ごす傍ら、ガロはコックピット内で浅く息をついた。統合司令部から通信要請が入り、戦術支援AIに「繋げ」と指示して回線を接続させる。
『此方統合司令部、ノウラだ──。広域防衛区域へ突出部隊が侵入した』
「見ていたさ。指示は?」
『遺物紛いの骨董品共にしては、中々芸が達者なようだ。要諦の一角が崩れた──お前は当該戦域を離脱、広域防衛区域から現場へ急行しろ』
「内部へ侵入されたのか──?」
『──統一政府の目的が私達でない以上、偶発的でない限りそんな事はあり得ん。お前には値の張る保険として、地下核部周域の哨戒任務についてもらうだけだ。統合司令部へは既に承諾を取り付けた、急ぐことだな?』
 こっちの事情を知らないはずはないが、あくまでそれについては関知しないという態度を貫いて彼女は告げた。直
接の指示で有る上に統合司令部からの公式な許可も下りている以上、ガロにそれを拒絶する権限はどこにもない。此方の返答を待っていたノウラに短く了承の言葉を返し、回線を閉鎖。
 再度、今度は細く長く息を吐き、ガロはオープン状態の通信を通して声を発する。
『此方シックフロント──統合司令部指示により、当該戦域を離脱する』
 一瞬驚愕にも似たさざ波のような気配の乱れがオープン回線を伝播し、一拍遅れて聞き覚えのある先ほど指示を仰いできたレイヴンが返答を寄こしてきた。
『逼迫しているんだぞ、これ以上の戦力減衰は作戦の速やかな失敗を招く。本当に統合司令部の指示なのかっ?』
「先ほど広域防衛区域に侵入した突出部隊の攻勢展開が著しい。AC戦力の駐留していない区域防衛部隊では難しい対応を迫られるだろう」
 若干の意訳を交えて対応し、ガロは広域防衛区域ラインへ直結する最短ルートの幹線道路を検索、ルートマップをメインディスプレイへ出力する。
『──了解した。此方はあんたの指示通り、規定防衛ラインまで後退戦闘を継続する。幸運を、旦那──』
「ああ、宜しく頼む。互いに幸運を──」
 恐らくレイヴンは、ガロの告げた言葉の真意を朧げにではあるが悟っていたのだろう。だからこそ、それ以上の追及は無意味だと直感し、ガロの戦線離脱を承認した。
 シックフロントの機体を路上中央へ移動させ、交戦ラインから離れた幹線道路へ速やかに移動すると、ガロはフットペダルを踏み込んでブースタを最大推力で吹かした。
 逼迫した状況──言葉にするのは簡単だが、実際の戦況は後退戦闘が開始された瞬間から既にその状況を超過している。そのタイミングでさらに一機のAC戦力が離脱する事が何の可能性を意味するのか、レイヴンでそれを知らぬ者はいないはずだ。
 この騒乱の結末は静かに、しかし急速に最悪の方向へと向かいつつあった──

 十分後、広域防衛区域内──

 一挙に膨大な突出部隊の侵入を許した広域防衛区域は瞬く間に激しい戦火に見舞われ、火線の飛び交わぬ区画は殆どなかった。膨大とはいえその兵力数こそ防衛部隊に劣る突出部隊は、前衛撹乱機を中心に構成されており、その特化戦術を生かして防衛部隊を壊乱状態に追い込みつつある。

→Next…

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