*⑧*


 途中幾度か、前衛撹乱型のパルヴァライザーと交戦を経てガロは、大した損耗を被ることもなくコーテックスビルを中心とする建築物群エリアに進入した。周辺戦域に追跡動体が接近していない事を確認してから、エンシェントワークスの保有する運搬用の私設ターミナルへ滑り込み、同施設の制御ネットワークにアクセスする。
『──識別符号:TS002-EW011』
『──識別符号、照会完了しました。どうぞ、進入してください』
 ネットワークの制御システムが承認の返答を遣し、それと共に自動シャッターが開口した資材搬入用の保管廠内部へシックフロントの機体を滑り込ませた。大型資材運搬用の昇降台へ機体を搭載し、制御ネットワークに最下
層地下核部への降下を指示する。
『了解しました。到着所要時間は五分です──降下を開始します』
 通達と同時に一瞬接地面が震動、昇降台が降下を開始しガロは自動閉口していくシャッターの隙間から地上の景色を最後に見おさめた。
 昇降機の降下速度が徐々に加速し最大速度に固定維持されたのを確認すると、ガロは戦術支援AIに指示して統合司令部ターミナルスフィアへの通信要請を行った。
 しかし、数秒待ってから戦術支援AIが返してきた報告は、
『──現在区域に重度の電波障害が発生しています。通信回線を確立できません──』
 その予想外の結果にガロは回線接続の再度試行と、エンシェントワークス専用回線への接続も指示したが、数秒経って戻ってきた結果はやはり同じであった。地下核部への高度降下に伴って機体搭載のレーダー機能にも若干のブレが出始め、その事実にガロは胸中で小さく首を傾げた。
「施設は独立電源の筈だが──廃棄ラインからか?」
 ガロが現在急行中の地下核部周辺区域は、コーテックスビルを中心に聳える中央経済特区の直下千数百メートル部分に位置している。──エンシェント・ワークスの組織としての事務機能は地上経済特区に存在しているが、彼らの本懐足る主業務はその特異性から、地下核部に程無く近い下層の施設空間で行われていた。
 地下核部の存在自体は公式的には記録として残されていないが、五年前の兵器災害発生により閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】が建造された際、以前から同地に在った要塞都市の名残りとしてその姿を現在も留めている。現在は施設機能の殆ど全てが停止しているが、それまでは多方面と直結した地下軍事ラインを通して必要物資などの搬出入などを行うなど、地下ターミナルとしての役割を大きく担っていた。閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】の建造後、それらを扱う必要性がなくなった事と都市防衛の重要性から地下核部は丸ごと廃棄された事になっているのである。事実、地下核部に直結している軍事ラインなどは一部を除いてほとんどが封鎖状態にあり、他都市への交通手段としての使い物にはならない。
 ターミナルスフィアは、その秘匿性の良さに目をつけ、自ら経済支援を施して其処にエンシェントワークスの活動拠点を構築した。その影響範囲内に置いては施設設備の独立電源が稼働し、また施設自体のネットワークシステムも通常通り機能する為、その中に現在合って回線の接続ができない道理はないはずだった。
「既に手遅れ──いや、まだ早計か……?」
 ノウラと最後に通信を交わした時点では、地下核部への敵性勢力侵入はないという事になっていた。
 だが、実際にはどうだ此れは──
 若干の機能弊害を起こしてはいるもののまだ最低限の機能を果たすレーダーに、自身以外の動体反応は見当たらない。通信障害が発生し、統合司令部と連絡が取れない以上この現状についてガロが今、言及出来る事は推測以外に何もなかった。
 しかし、指示を受けて現場に急行中である事に変わりはなく、これが既に担当業務の範疇内である事をガロは意識していた。当該現場へ現着し、其処で何もなければよし──鬼が出れば鉛弾を撃ち込んでやればいい。
 統合司令部とエンシェントワークス専用回線、そのどちらとも連絡が取れない以上、最も近くに受けた指令を遂行するのが常套であるといえる。独断専行で下手に動いては、それはあまり良い結果を生まないことが多い。
 ちょうど五分後、ルートマップに表示していた昇降機動体が最下層へ到着し、それと共に昇降台前方の両開式ハッチがオープンする。施設各部に敷設された警戒灯が不気味な赤い光を放ち、空間全体を淡く照らし出している。目視戦闘を行うには若干心許無い光量であり、ガロは夜間戦闘支援システムを起動した。メインディスプレイ内に映る有視界が暗緑色に染まり、その中にはっきりと施設空間の全容を出力する。
 シックフロントに搭載している頭部の正規品は元々安価を売りにした普及品である為、値の張る機能などは一切付加されていない。それをガロがより実戦性を高めるため、自身の手で諸々の機能を搭載させたその中に夜間戦闘支援システムと戦術支援AIも含まれていた。
 3Dルートマップを出力し現在座標を捕捉、位置は地下核部下層部の連絡通路に在り、既に当該現場には到着している。此処から更に移動を開始し、第四ターミナルエリアへ機体を向かわせた。エンシェントワークスの設備空間は第四ターミナルエリアに程無く近い数階層上に点在している為である。
 広域索敵態勢に在るレーダーには、いまだ自機以外の動体反応はない。
「──ふん。気分の悪い事だな……」
 一切の動体反応がない当該現場の現実とは裏腹に、ガロの研ぎ澄まされた六感はそこから何らかの感触を感じ取っていた。どこからかは分からない──だが、脊筋を這い上がるざらついた獣のような気配が、搭乗機体であるシックフロントを見ている。そんな感じだった。
 ──いるのか?
 強い確信は持てない。しかし、自身の六感が告げるその事実をガロは信用していた。それもまた戦場で長らく生きてきたガロが持ち経てきた経験則であり、だからこそガロは機体制御態勢を第一種戦闘態勢に固定維持、同時にレーダー制御を動体反応の捕捉と同時に第一種狭域索敵態勢へ移行できるよう準備していた。
 フットペダルを踏み込み、通常歩行で薄暗い連絡通路を進行していく。不測の事態にも瞬時に対応できるよう、操縦把付随のトリガーには常に人差し指をかけている。
 巡航推力でブースタを吹かせば数十秒の所を数分かけて連絡通路を抜け、ターミナルエリアへ直結する連結空間へ歩み出る。空間天井部までの高度は数十メートル近くあり、朽ち果てた廃棄線路が各連絡通路へと伸びている。ひどく閑散としたその空間の中で感じる不愉快な気色──そのざらつきにガロはどこかに覚えがあった。そして、それをすぐに脳裏に思い出す。
 その時、搭載センサー群が警告音を発しながら収集情報をディスプレイに出力した。拡大映像の解析ラベルには【有害粒子反応】と記載されており、センサーが解析でき得る限りの粒子情報が羅列情報として表記される。
 その羅列情報に瞬時に目を通した後、ガロはその事実に対して僅かな驚愕を禁じ得なかった。
「──これは、コジマ粒子?」
 ──そう、口にした直後の事だった。
 一閃の火線が前方連絡通路から飛来し、そいつはシックフロントの背部兵装──ミサイルコンテナに直撃した。
「な──」
 不測の事態に備えていたに関わらず、瞬間的にすら反応できない弾速でその砲弾はミサイルコンテナを貫通した。戦術支援AIが背部兵装の損傷を伝えるが、ガロはそれを全て聞き届ける前にコンソールを叩いて背部兵装を分離、フットペダルを全力で踏みつけてメインノズルから噴射炎を吐き出した。爆発的な推力でその場から離脱した直後、被弾したコンテナ内部のミサイル弾頭が誘爆し、その場に大きな火球を産み出した。
 強大な爆風と衝撃波が緊急離脱したシックフロントの後背部を襲い、爆発片が機体装甲の一部を吹き飛ばす。すぐ様機体姿勢を持ち直して転回、狙撃点から大きく離れた場所へ機体を停止させる。
 戦術支援AIが報告プロトコルを簡略化し、今しがた受けた機体の損害状況をメインディスプレイへ出力していく。
『左肩部装甲一部損失、機体摩耗率24,56%に上昇──』
 咄嗟の判断ではあったが、左後背部を被弾の盾にする事で右後背部搭載の外部搭載型レーダーを無傷で遣り通した。
「一体何処から──」
 索敵プロトコルを最大速度で処理させ、第一種広域索敵態勢でレーダーを展開すると共に、先ほどミサイルコンテナを吹き飛ばした砲弾の詳細を飛来推移から情報解析し、瞬時に該当武装を特定する。
 視覚情報としての目視から被弾までの時間経過より射撃地点を予測するが、レーダー上のその地点には動体反応は一切見当たらない。それどころかレーダー機能に、先ほどよりも一層濃い電波障害が発生している事に気付いた。
「ECM状況下からの狙撃──狙ってきたのか……」
 予測射撃点からの攻撃を受けないエアポイントへ機体を移動させ、レーダー機能の処理プロトコルを最大出力で展開させつつ、収集し得た情報をディスプレイに映し出した。
 ──砲弾の飛来推移から特定した該当武装は機動兵器:アーマードコアの規格兵装であり、その事から少なくとも精密射撃を行ってきた未確認勢力はAC兵器に分類される何れかの機体の可能性が高い。
 閉鎖視界及び電子障害環境下における遠距離射撃を主な戦術圏とする、典型的な狙撃機体か──
 敵性機体に対する予測の確度がその程度でとどまってほしいものだと、ガロは胸中で呟いた。
 先ほど搭載センサー群が収集した環境情報の中から有害粒子に関する解析映像をディスプレイに出力し、大気の中で微量ではるが浮遊していたその粒子体を拡大出力した。
 ──弱々しい白緑色の光源を湛えるその物体に見覚えがあり、そしてその事実を認識してなお冷静に臨むだけの経験がガロには備わっていた。
「活性化粒子──最悪だな」
 施設設備からの粒子漏出の痕跡は見られない。もし漏出事故が起きているのなら、センサーで検出できる活性化粒子の濃度はこの程度では済まされないはずだった。それだけでもわかれば、本来ならこの場に存在し得ないはずのそれがあるのか、断片的にでも説明を付けられる。
 しかし、それは直接目にしていない現状では断定するに早すぎる疑問だった。
 ともかく相手が典型的な狙撃戦機体なのなら、それ相応の戦術を展開せねばならない。
 ガロはフットペダルを踏み込み、立体モデルとしてのみ機能するルートマップから、なるべく分岐路が多く機体を隠す為に好都合な進路を瞬時に選択する。
 相手が遠距離からの正確な射撃戦を主体としているのなら、単純に直線距離が長い連絡通路は極力避けるべきである。重度の電波妨害工作によってレーダー波は殆どが使い物にならない。その為に未確認機の位置をしる最も有効な術はなく、代わりに搭載センサーと自身の六感を最大限に活用しなければならない。
 相手が機動兵器である限りは、その隠しきれない稼働音を搭載センサーが捕捉するはずである。
 第四ターミナルエリアから程無く離れた連絡通路を幾つか抜けてもまだ、未だ搭載センサーが敵性動体を捕捉できない中比較的安全と思われるルートを選び、地下核部に無尽に伸びる連絡通路を走り回る。
 此方から先行捕捉できない以上、継続機動の中で相手の攻撃を誘い出し、その次の射撃点から相手の移動パターンを割り出していくのが、恐らく最も有効な反転手段である。
 それを成し遂げるには一時たりともその場に留まる事は許されない。
 ある程度の長期戦になることを予測し、連絡通路の末端から開けた連結空間へ飛び出す。
 一筋の火線が2時方角の連絡通路の先から煌き、ガロは直前にフットペダルを踏み込んで噴射炎を吹かしていたことにより、狙撃の直撃を回避してみせた。すぐ様戦術支援AIに解析させて射撃点を3Dマップにポイントし、そこから未確認機が選択し得る戦術展開とそのルートを予測表記していく。
 ガロは地理状況から相手が次に選択すると思われた一パターンを選択し、自らその射撃点へ向かうべく次の連絡通路へ最大推力でシックフロントを向かわせる。
 それはガロの慢心ではなかった。反応できない攻撃が、シックフロントを襲った。
 左脚部に強い衝撃が走り、何が起こったのかを理解する前に戦術支援AIが機体損壊を伝えてくる。
『左脚部外部装甲、被弾──』
 外部装甲が若干削られた程度に過ぎない。しかし、ガロはその不測の事態に酷く驚愕した。
 ブースタ推力を最大に跳ね上げ、その場からの緊急離脱を計る。
「何故──」
 計測を開始した第一射撃点から離れた時点で、次の射撃点までは時間があったはずだ。それはACを含めいかなる機動兵器でも埋められない極めて根本的な準備時間であり、それを無視して連続狙撃を展開できる兵器などはいない。
 それが実行できるとなると、可能性は幾つかに絞られてくる──
『複数機、或いは規格兵装を搭載した類似兵器か?』
 その両者のどちらかである可能性は確かにあるだろう。しかし、ガロはたった今受けた被弾の状況推移から、全く違う可能性にこそが真実に近いと瞬時に判断した。
 先ほどから変わらず六感が感じ続ける、脊筋を這いあがる獣のようなざらつき──直前の狙撃にも全く同じ感覚がまとわりついていた。だが、正確な狙撃戦闘を戦闘の旨とし、第一射撃点から瞬く間に移動して再度攻撃を加える腕を持っているのなら、背中を向けている敵機を外す道理はないはずだ。
 ガロは思い当たった。
 ──外されたんだ
「嘗めた真似を……」
 悪態が口をついて出た時、前方有視界に次の連結空間の仄暗い明るみが飛び込んできた。予測第二射撃点は其処だったが、それは遥か後方で既に過ぎ去っており其処に向かう事は何の意味もないかもしれない。
 連結空間へ飛び出すと同時にブースタから噴射炎を吐き出し、予測狙撃点の射線軌道から機体をずらした──確実にそうしたつもりだった。
 左腕部が外側から大きく弾かれ、それの気付いた時には腕部マニピュレーターが手首ごとごっそり吹き飛んでいた。左腕に握っていたレーザーライフルが支えを失って地上に落下し、続けて加えられた遠距離狙撃がレーザーライフルの砲身を容赦なく叩き折る。
『左腕部及び搭載兵装、欠損。機体摩耗率35,8%上昇──』
 全く持って予測外、かつ知覚外の距離から飛来した攻撃の狙撃点を新規設定し、その場からの離脱を計る。しかし、ガロのその迅速な戦術判断をすらゆうに上回る速度をもって、次の狙撃がシックフロントの機体を襲った。
 重い被弾音がコックピットに響きわたり、左腕部欠損に加えて頭部左装甲の破損が損害状況に追加される。被弾の衝撃で有視界映像が乱れる中ガロは最大推力でブースタを吹かし、左肩部に喰らい付かんと飛来した砲弾を射線上の内壁へやり過ごす。そのまま最大推力を保って連絡通路へ辛うじて滑り込み、進路を最初に地下核部へ下りてきた昇降機施設へ向けた。
 その傍らで搭載センサー群が捕捉した未確認機の動体情報をディスプレイに出力し、その情報詳細を見咎めて、ガロはようやくその実体を悟った──
「やはりな……もっと早くに確信すべきだったか……」
 正確無比の連続狙撃とそれを実現する圧倒的な空間移動能力──今だ見えざる未確認機の実態が何だったのか、地下核部へ下りてきた時に搭載センサーが拾い上げた有害粒子情報を目にした時点で、確信しておくべきだったのだ。
 今だ甘い自身の認識能力を呪った時、有視界前方数百メートルに不意に現れたその機影を肉眼で捉え、ガロは自身のこめかみから冷え切った汗が一筋流れ落ちるのを体感した。
 不気味なダークヴァイオレットの光を宿したカメラアイと視線が交錯する──
 その特徴的なシルエットは既存のAC機体のそれであり、その機影は右腕に携えた特化兵装──超遠距離用狙撃銃の砲口をシックフロントへ突き付けた。
 その明らかな敵意に瞬時に反応したガロは、右腕部に残されたリニアライフルの砲口を跳ね上げほぼ同時に双方の得物から銃火が轟いた。
 攻勢飛翔体の砲弾がコア上部を掠めて外部装甲を削り取り、しかしシックフロントは右舷の連絡通路へブースタ推力全速で駆け込む。互いの射線から機体を隠す直前、その時にはあの機影は既に前方有視界から消えていた。しかし、ガロは激しく流動する有視界の中で、その機影があり得ない程の強大な噴射炎を吐き出し、空間を
切り貼りしたかのような速度でその場より離脱したのを目視していた。
 それは明らかに既存のAC兵器の規格機能とは異なる搭載性能であり、その機能こそが此処までシックフロントに致命打を与えた原動力だとガロは認識した。
 射線を互いに逸れたとはいえ、既に搭載センサー群が此方へ向けて急速接近する機影の駆動音を捕捉している。ガロは後方別路線の連絡通路から迫りくる脅威が発する殺意を背中に受け止め、フットペダルを全力で踏みつけてシックフロントを昇降設備空間へ向かわせた。
 既にガロは、未確認機の実態について悟り得ていた。接敵するまで確信こそ持てなかったが、確かにガロは過去からこれまで繋がってきた現在までの時間の中で、その存在と接点を持ってきたのだ。
 ただ、それが自分とは直接関連しない形で、しかもこの状況下で現れたことに若干の焦燥を覚えていた。
 三年前──そう古くはない記憶の中、確かに“奴”はいた。その時を境に奴は、紅い亡霊に引連れられて表舞台を去り、冠された名を連れて身を収めるべき冥府へと消息を絶った──。
 3Dモデルのルートマップで現在地を出力し、進路上で本来行きつくはずだった第四ターミナルエリアに迫っている事を確認。
 重なる致命打を受けたシックフロントでは、あの未確認機とこれ以上交戦する事は不可能である。
 地下核部周域での広域警戒を要望していた彼女は、ノウラならどう考えるだろうかとガロは思考を巡らしていた。──自身の負った対応指令コードは絶対的な権限の下に突き付けられたものであり、それを彼女の承諾なしに途中破棄する事は許されていない。しかし、現状で継続戦闘を行う事は速やかな自殺以外の何物でもなく、その結果として未確認機の地下核部への侵入が最悪の可能性に直結しているのなら、その速やかな自殺とはまた、愚行以外の何物でもない。
 だからこそガロは、この通信障害下により連絡がつかない状況下で自身が出来得る最大の判断を、地上への帰還と結論付けた。速やかに通信可能圏の地上へ戻り、統合司令部で陣頭指揮を執るノウラに状況報告を行い、然るべき反転作戦を行う事こそが、最悪の可能性を回避し、事態を打開する最良の方策だと行き着いたのである。
 恐るべき速度で後方から未確認機が迫る中、ガロは一本の連絡通路から第四ターミナルエリアへとシックフロントの機体を飛び出させた。
 かつて地下ライフラインとして機能したその名残である、廃棄列車や線路が至るところに放置されて朽ち果てたその様相は寂れ果てた地下墓地を彷彿とさせる。
 そこから最短ルートとなる連絡通路へと機体を展開させ──その必要不可欠な転回動作ですら、シックフロントの隙となってしまった。
 搭載センサー群が異常警報を発しそれに視線を向けた瞬間、ガロは自身の反応が一手遅れを取ったことを直感した。六感の感じ得ていた明確な殺意の接近を捉えたと同時、後背部から飛来した砲弾が左脚下方ブースタを撃ち貫き、破損したスラスター機構が内部から爆発を起こして左脚関節部を丸ごと吹き飛ばした
 姿勢制御が一気に崩れたシックフロントが大きく傾ぎ、投げ出されるような震動がガロの大柄な身体に叩きつける。戦術支援AIが自律判断で姿勢制御システムの稼働率を最大レベルに跳ね上げ、辛うじてブースタ推力を維持して連絡通路へ向かうも、既に移動推力を削られた事自体が、速やかな絶望を意味していた。
 負傷した野兎をなぶるかのような狙撃が連続して浴びせられ、左肩関節部に撃ち込まれた砲弾によって左腕部機能停止。度重なる被弾の末に姿勢制御システムの支援限界を超えたシックフロントが、連絡通路の入口を目前にしてターミナルエリアに轟音を立てながら崩壊した。
 その衝撃によって投げ出された身体をコクピット内部の設備で強打し、叫び声をあげたくなるほどの痛みが全身を万遍無く襲う。コンソール類が火花を上げ、投射型ディスプレイに砂嵐のようなノイズが走る。
 空いた左手で割れたHMDを脱ぎ払い、こめかに当てた手にぬるりとした感触が伝わる。どこかにぶつけて切ったらしく、傷口から溢れ出した血が肌を伝い、兵服を赤黒く染め上げる。
「ち、やられたか……」
 役目を果たさなくなったHMDをその場に放り捨て、再度操縦把を握り込んだ。機体制御システム群の報告から機体損耗度は致命的な域に達しているが、まだコア後背部のメインブースタシステムは奇跡的に生きていた。
 ──圧倒的な強化推力を生み出すオーバードブースト・システムを用いて急速接近してくる機影の圧力を感じ取り、ガロはその死中に活を見出すべく全力でフットペダルを踏み込んだ。
 小破したカメラアイが、後背より迫りくる機影を先行して捉える。
 再び交錯する互いの視線──絶対的な殺意の内在を相手のカメラアイに感じ、しかし、ガロはその感じ慣れたモノに臆する事無く右腕部に残されたリニアライフルを持ち上げた。
 もっと早くに気づくべきだったのだ。野獣のようなざらつきを常に纏う、その不愉快な殺意の正体を──実体のない陽炎のようなその存在が、かつて自身の影とまで呼ばれていた事を──。
 確信ではなかった──互いの視線に内在する意図を無意識に悟ったのかどうかすらもわからない、そんな刹那の交錯の中で、ガロは操縦把付随のトリガーにかけた指のそれ以上の動きを押しとどめた。
 ──不意に訪れた静謐。
 コクピット内に響く警告音すら酷く遠く聞こえ、頭から激しく脈動しつつ流れ出る出血すら度外視し、ガロは有視界至近距離で肉薄したカメラアイにのみ意識を向けていた。
 既存のAC兵器に見られる規格構造体──右腕部には特定解析した通りの兵装である遠距離狙撃銃が携えられており、左腕部レーザーブレード兵装の発振装置がシックフロントの頭部紙一重に突き付けらている。
 搭載センサー群がより一層けたたましい警告音を発し、機体周囲に有害粒子の浮遊を捕捉した。
 やがて電波障害環境下から特定回線による通信要請を受信し、その発信源が眼前の未確認AC機体である事を捉えると、ガロは戦術支援AIに回線確立を指示した。
『──錆びたのか、ファウスト?』 
 酷く抑揚のない静かな声だが、そいつが讃える気配によく似た野獣のような獰猛さがその裏側からにじみ出ているのを、ガロは古い記憶を揺り起こしながら感慨を楽しむ。
「もっと早くに確信すべきだったな──、ファントムヘイズ……」
 ──幻影の名を冠した機体と搭乗者。互いの顔こそ確認できはしないがガロには三年の歳月を経てもなお、相対する者の姿をはっきりと思い出すことができる。
 兵器災害が猛威を振るっていた数年前──かつてジシス財団が推進していた最重要兵器開発要綱にプロジェクト参加個体として関与していたのがファントムヘイズというレイヴンであり、それ以前からガロとはいくらかの接点を持っていた。
 それに関しては本人の中でもあまりに古すぎる記憶の一類に過ぎず、ファントムヘイズという男に関してはっきりと思い起こせるのは三年前前後の事のみである。
 ──かつてジシス財団で技術研究の推進されていた対旧世代兵器用機動兵器──【ARMORED CORE : NEXT】。その兵器構想は既存の機動兵器群とはその動力源から構造を異にするものであり、それ以前に搭乗者自体に先天的な才覚を求めたものであった。
『貴様は何時も一手が甘い──そんなモノで、よくもこの四年間を生き延びられたもんだ』
 その痛烈な皮肉に対し、返答を遣す代わりに軽く口許を歪めて見せる。ガロがその動作をしてみせたことを感じていたのだろうファントムヘイズはまるで気に入らないとでも云わんばかりに、あからさまな舌打ちをして見せた。
 テストパイロットとして求められた先天的適性群があまりに低すぎた為に最重要兵器開発要綱から除外された四年前──野に放り出されたも同然だった当時の後の経緯をファントムヘイズが知るはずはない。
 かつて複数機先行製造された試作兵器群──最初期のプロトタイプネクストであるナインボールセラフへの試験搭乗は、結果的にガロの脳部及び身体機能に致命的な打撃を与えた。資材的価値がなくなればその時点で廃棄される──主権企業による経済支配が横行する現代でのそれはしごく当然の話であり、ガロも例に漏れずそのあおりを受けた。利用価値のなくなったその身は民間の医療施設へ移送され、ただベッドの上で意識もなく横たわるだけの身だったガロに接触を持ってきたのが、現在の雇い主である“彼女”だった──
 ──二度目のチャンスをやろう。戦場に戻るチャンスをな──
 まるで自身が生きてきた軌跡を全て知っているかのような口振りだったが、そのあまりに洗練され過ぎた双眸の視線にガロは──
『とうに朽ちたものとばかり思っていたが、烏に戻ってまだ飛んでいたとはな……』
「──貴様こそ何のつもりだ。過去の亡霊が、騒乱のにおいにでも魅かれて来たのか?」
 旧知との再会を愉しむ余裕は今のガロにはない上、もとより自身の失脚後降任としてテストパイロットに就いたファントムヘイズとはそう言った感情の介在を望むべくもない。
 時期は違えど財団解体の後、接点を持たなくなった互いに残されているのは、過去から延々と続く怨嗟のしがらみのみであり、互いの得物を突きつけ合う現状が、その事実を如実に表していた。
『死に損ないの割には、まだ鼻が利くようだな。──この都市に、"彼"の望むモノがあるという話を聞きつけたものでね?』
 その思わしげなファントムヘイズの口調に、ガロは僅かに眉を上げて見せた。心なしか相対するプロトタイプネクスト機体──ファントムヘイズのカメラアイに宿ったダークヴァイオレットの光が揺らいだ気がした。
「紅い亡霊が──。ふん、Links(山猫)の割には随分な忠誠だな?」
 犬猿の旧知のファントムヘイズが相手ともなると、やられっ放しは性に合わない。その痛烈な皮肉の返しにファントムヘイズはようやく、唸るような野獣らしい声を上げた。
『思い上がるなよ、烏如きが──』
 紅い亡霊──かつてハスラーワンという識別コードで呼ばれていたレイヴン。その男もまた、最重要兵器開発要綱にプロジェクト参画体として関与し、当時のガロやファントムヘイズですら操縦し得なかったプロトタイプネクスト──ナインボール・セラフをごく短時間では在るにせよ、実動せしてめて見せた。彼が持っていた搭乗者としての先天搭乗適性、AMS適性は他のテストパイロットよりも突出していた。兵士として恵まれ、あらゆる優遇遺伝子を持っていた彼は──三年前の財団崩壊に際して、その姿を忽然と消した。財団が最後に製造したプロトタイプネクスト、負荷低減型ナインボールを強奪して。
 何故その時、彼がそんな道を歩んだのかは財団崩壊から既に時を経た現在では、当事者達ですら分らない。開発要綱への参加以前から、クレスト社専属レイヴンとして長く戦場に在ったガロですらもその心中を推し量ることは難しかった。しかし、そこから返って立てられる一つの憶測がある。
 彼を理解する存在がなかったからこそ、彼は誰にも理解されずに、世界へ向けて反旗を翻したのだと──
 しかし、その憶測は若干の精度を欠いている。
 実際には、紅い亡霊に倣って彼と同時期に姿を消した人間が、財団関係者の中に数名存在していた。

→Next…

コメントフォーム
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年09月17日 03:41