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*⑨*


 その中の一人が、最重要兵器開発要綱に参加していたテストパイロットの一人であり、現在ガロの眼前で対峙する男、ファントムヘイズであった──
 姿を消した彼らが、何を思って紅い亡霊と共に裏側の戦場へエントリーしたのかは、現在ではまだ明かされていない。
 財団崩壊後、オリジナルの紅い亡霊が関与したとされる戦闘記録は、非公式にではあるが幾つか残されている。その非公式記録についてはターミナルスフィアに所属しているガロも、保管資料から大体の詳細を知り得ていた。
 彼の望むモノ。ファントムヘイズは、確かにそう口にした。
 ガロはその言葉が意味する可能性を瞬時に記憶から弾き出すことができた。
 確かに、紅い亡霊がそれを目的として代理人としてファントムヘイズを、騒乱の混乱に乗じて送り込んできたのだとすれば、目的としての筋道は立つ。
 しかし、それは同時にこの騒乱が最初から唯では終息し得ないことを意味している。
「──随分と強情な事だな、貴様も。よく此処まで、AMS接続を維持できるようになったものだ」
『……貴様が何故この場に居たのか、それを問うつもりなどはない。──此処で、今度こそ、朽ちていけ』
 始めからこの接触の結末などは決していた。かつてガロやファントムヘイズがレイヴンとしての道をたどってきていたからこそ、彼らは自身が生き残る為に他者を殺す。
 ファントムヘイズのカメラアイから一際強い光源が溢れだし、ガロは操縦把付随のトリガーを引き絞ると同時にフットペダルを踏み込んだ。
 姿勢制御システムの警告メッセージを度外視しして後方推進用ノズルから噴射炎を吐き出し、強引にシックフロントの機体を後方へと押し出させる。一方、至近距離からファントムヘイズの頭部へ目がけて放ったリニアライフルの砲撃は虚しく大気を切り裂き、ターミナルエリアの天蓋部に弾痕を穿った。一方のファントムヘイズは文字通り知覚外の瞬間速度で機体を右舷後方へ弾き飛ばし、ほぼ零距離からであったリニアライフルの砲撃を回避してみせていた。
 その現存のどの機動兵器にもあり得ない空間移動能力をよく知るが故に、改めてガロは口許を歪めた。
 ジシス財団で新規開発され、プロトタイプネクスト群に試験搭載された瞬間機動機構──クイックブースト。甚大な機体負荷と引き換えに、瞬間速度にして音速をゆうに超える移動能力を機体に齎す過ぎた技術。それがネクストと呼ばれた次世代型アーマードコア兵器の要足る技術のひとつであった。
 ノイズによって激しく乱れる有視界の中、メインノズルから白緑色の噴射炎を吐き出して反転攻撃に転じたファントムヘイズが前方から迫る。右腕兵装の遠距離用狙撃銃から放たれた砲弾が頭部の左半分を吹き飛ばし、カメラアイから転送されてきていた外部映像の大半が消失、搭載センサー群も幾つかが致命打を受けて機能停止する。
 接近機動を行いながらの連続射撃であるにも関わらずファントムヘイズは精密射撃を撃ち込み、シックフロントの機体がそれに合わせて文字通り大破していく。
 それでもガロはフットペダルを踏み続けた。破砕した外部装甲の破片が周囲へ飛散し、シックフロントの機体が漸進から悲鳴を上げる。戦術支援AIが第一戦闘態勢での継戦限界を伝える直前、不意に有視界上部に暗がりができ、ガロはシックフロントが連結通路内へ滑り込んだことを察知した。
「悪いが、俺は死ねんよ。その度胸がないんだ──」
『貴様──!』
 ファントムヘイズの狙撃銃の銃口が煌くと同時、既に各アクチュエータ機構に損消を受けて機能不全に陥っていた右腕を無理やり持ち上げ、ガロはトリガーを引いた。
 リニアライフルから放たれた最後の砲弾が相手の放った銃弾と交錯し、その先にいたファントムヘイズの頭部を掠める。最早射撃反動にも耐えられなかった右腕部が砲身の反動と共に吹き飛び、直後、シックフロントの頭部に真正面から飛来した銃弾がカメラアイを全て吹き飛ばした。
 それまで有視界を出力していたメインディスプレイが全て砂嵐に覆われ、メイン基盤をやられたらしい戦術支援AIが意味の成さない雑音のような言葉を垂れ流し続ける。
 照明が粉砕してコクピット内部は不完全な闇に落ち、コンソールから漏れる稼働光とショートによる火花が辛うじて視界を確保。ファントムヘイズは此処で完全に破壊するつもりらしく、容赦のない弾幕がほぼ機能を停止したシックフロントに浴びせかけられる。
 激しく震動するコクピットの中でコンソールを叩いて離脱プロトコルを完結させ、強引にハッチを開放してガロは外へ飛び出した。パイロットシートから身を起こし、膝をついたシックフロントの脚部を足場にして地上へ転げ落ちるようにして飛び降りる。
 文字通り聴覚を聾する弾幕の反響音が耳を劈き、連絡通路内右サイドの欄干から歩行通路へ滑り込むと、ガロは一発でも当たれば常人なら全身が消し飛ぶ銃弾が押し寄せる弾幕の中を走りだした。
 前方数十メートルに設置されている非常用扉を見つけて低く這うような姿勢を保って一気に駆け寄り、作動レバーを引き起こして堅牢な構造の非常用扉を引き開けた。その隙間へ身体をねじ込ませようとした時、不運の衝撃がガロの身体に食いついた。
「──!」
 右肩をほんの僅かではあるが掠めていった銃弾がガロをいとも簡単に弾き、その身体が非常用扉の真横へ弾き飛ばされる。頭部から通路上へまともに倒れ込んだガロは歪む視界の中、食道からせりあがってくる物体を強引に呑み下して即座に立ちあがった。姿勢のバランスに不具合が生じている事にすぐ気づき、違和感のする方へ視線を向けるとそこに在るはずの右腕が、肩から消し飛んでいた。
 衝撃波で飛沫になったと思しき肉片の残骸が背後に散らばっており、其処でガロは右腕が掠めていった銃弾で吹き飛ばされた事に気付いた。
「くそ──」自分ですら聞こえない忌々しげな言葉を吐いた時、加えてしっかりと見開いていたはずの右目も視界が閉ざされている事に思い当たる。巻き込まれて衝突してきた瓦礫片か何かが頭部を直撃し、右目を潰したらしい。残された左手を右目に当てると、どろっとした赤黒い血が手のひらに纏わりついた。
 吐き気がするのは、そのせいか──
 その場で気絶しても良いほどの重傷を負いながらガロは両足に力をこめて足を進め、今度こそ転がりこむようにして非常用扉の先の非常用連絡通路へ入り込んだ。閉めねばならない扉は既になくなっている為そのままにして、ガロはふらつく足取りで通路の奥へと左手を壁に付きながら進んでいく。
 数十メートル続いた角を曲がる頃には、いつのまにか後方から轟いていた銃撃音は止んでいた。シックフロントが完全に消し炭になったか──長年連れ添った搭乗機の最後に立ち会えなかった事を悔やむべきだったが、今のガロには前進するだけの気力しか残されていなかった。
 吹き飛んだ右腕の痛覚は意識で無理やり遮断してはいるが、熱を帯びた頭の中の意識が混濁し、とりとめのない思考が彷徨う。
 視界はフィルターがかかったように黒くぼやけ、辛うじて自身が自分の足で立って進んでいる事を認識できているのがやっとの状態だった。
「こんな傷を負ったのは、初めてだな……」
 戦場で重傷を負った事は何度となくあるが、手足一本を失うほどの傷を受けたことは20年近い戦場生活の中では、覚えている限りでは一度もない。それを誇っている訳ではないが、それを成し遂げさせてくれた自身の幸運に対しては密かな感謝を感じていた。
 そして、こんな重傷を負っても尚、自身が今辛うじて考えているのはその傷の事などではなく、この状況をどうやって脱し、生き延びるかということだった。混濁している意識とは別なところで、極めて冷静な思考形態を保っている自身の頭の奇妙な現実に驚き、また、同時に落胆してもいた。事実、ガロは口許に奇妙に歪んだ笑みを浮かべている。
 ──この後に及んで、やはり自分は戦場から降りる事を考えられないでいる。
 それは自分にとって、誇るべきモノでもなんでもない。
 降りないのではなく、降りられないその過去から続くしがらみに呆れているのだ。
 そこからくる冷め切った思考に現状救われているとはいえ、ガロはそれに限っては素直な感謝を述べるつもりは一切できない。
 そんな事を考えながら何本目かの非常用連絡通路を曲がった時だった。
「──やっと来たか」
 視界に入るよりも先に届いたその声に反応し、前方に視線を向ける。通路の暗がりに面した壁にもたれ、そいつは口許に咥えた紙巻煙草を転がしていた。
 滲む視界では正視できないが、その第一声に関しては記憶にしっかり残っていたため、ガロはそいつの名を呼ぶことができた。
「お前、ハルフテル……」
「何やら乱痴気やってると思って見に来てみたら、まあ驚いたもんだ。財団のあんな遺物が、核部に紛れ込んでいたとはね」
 その野次以外のなにものでもない言葉にどう返事をしたものかと考えていた時、ハルフテルは「眼もやられたか……」と呟き、続いてこっちへ来いと言った。
 その言葉に従って傍へ歩み寄った時、ガロは不意に左肩を抑え込まれ半ば無理やり床へ腰を下ろさせられた。
「中々、良い塩梅にヤられたもんだなアンタ。──動くなよ」
 ぼやけた視界の中でハルフテルが何やら腰元のポーチから携行型注射器の様なものを持ち出し、それを首元へ遠慮なく突き刺した。わずかに鋭い痛みに目をしかめ、暫く──とはいっても数分程度だろうが──してぼやけていた視界にすうっと透明感が差し込み、残された左眼の視力が元に戻り始める。白熱していた意識もいつの間にか冷まされており、そこでようやくガロはこちらに背を向けて二本目の煙草に火を点そうとしていたハルフテルの痩せた全身をはっきりと見咎めた。
「急場凌ぎだが、今のアンタには充分だろうさ。──後の事は知らんがな」
「すまん──」
 その言葉に、ハルフテルは片眉を上げて形容しがたい表情を作ってみせる。何の染みか分からないような汚れのついた白衣を身に纏った痩せ男は、肺腑に貯め込んでいた紫煙を周囲へゆっくりと吐き出し、
「勘違いするなよ。──アンタなら、一人でも適当に遣り遂せただろ。でもそれじゃあ困るから、此処に来ただけなんだ」
 相変わらず遠慮のないその言葉に浅く息をつき、ガロは正常な視力の戻った左眼を肩のあたりから吹き飛んだ右腕に映した。傷口からの出血は既に止まり始めており、申し訳程度の血滴だけが数滴、床上に血たまりを作っていた。
 ──体内血中に巡る初期治療用微小構造体。軍事技術として広く確立されている医療技術だが、それを独自理論を持ってエンシェントワークスは調整開発し、その技術が以前からガロにも導入されている。その治癒効率は一般に普及しているものとは段違いであり、事実として吹き飛んだ右腕の傷口はものの数分で出血が止まろうとしている。恐らく、今しがたハルフテルが打ち込んだ機能補助用プログラム構造体も一役買っているのだろう。
「……どういう事だ?」
「あの女からアンタが仰せ付かった任を全うしてもらう──ついてきてくれ」
 それ以上は何も問わなかった。ハルフテルの背中が追及の類を拒否していたこともあったが、彼が直前に言った言葉を信用していたことが主な要因として挙げられる。二十代半ばという齢にしてかつて財団の兵器開発部門にも携わり、財団解体後はターミナルスフィア隷下のエンシェントワークスの中心人物としてもその敏腕を振るっている彼は、意味のない言葉を吐くことは決してしない。
 それを最初に直感したのが、ちょうどハルフテルと初めて面を合わせた頃だった。

 ──アンタは運が良い。また、戦場に戻れるんだからな……

 付いて来いと言われてから体感時間にして数分後、二人は地下核部を更に数階降りた下層設備の前に居た。そこは既に何年も使用されていないらしく、空間全体に埃っぽい臭いが沈殿している。設備空間自体は何らかの兵器格納庫のようであり、ハルフテルに連れられたガロの眼前には堅牢、かつ巨大な隔離扉が聳える。その脇に在るコンソールを何でもないようにハルフテルが起動し、数秒後、背景に同化して全く動く気配のなかった隔離扉が重い摩擦音を立てながらスライドしていった。
「電源が、生きているのか……?」
「さっき配線を弄ってブースから流しておいたのさ──入れよ」
 そう言いつつ先行して隔離扉の先の設備空間へ踏み入れた彼にガロも続く。
「どこだったかな……ああ、此処此処」
 一切の暗闇に落ちた何らかの設備空間の中で、内壁に手を這わせていたハルフテルが目的の照明レバーを見つけ、それを両手で引き落とした。
 ぶうん、と低い稼働音が一瞬大気を伝播してから数秒の空白の後、天井手前の照明から順に照明灯が点灯していく。それに伴って設備空間の全貌が明るみに曝され、すべての照明から光が灯された時、ガロは視界に見えたその光景に目を瞠った。
「これは──ネクスト兵器……」
 無造作に積み上げられた兵器群の残骸が、設備空間の中に山となって放置されていた。
「全部ウチの失敗例、此処は廃棄保管所だよ。幾ら捨てても人目につかないんで、重宝してるんだ」
 ジシス財団解体後から間もなくして、ターミナルスフィア隷下のエンシェントワークスは遺された技術情報を元に独自のネクスト技術開発を始動した。その主導者であるノウラの要求を受け、ガロ自身も再びテストパイロットとして開発計画に直接関与してきた為、同技術者集団の中で秘密裏に試験機体が製造されている事について関知し得ていた。
 ──が、此処まで造られていたとは。俺が関知していたのは、一部に過ぎなかったという事か?
「見てみるか? 汚染処理はしてある、心配するな」
 そう言うハルフテルの双眸に虚偽の色はなく、純粋な興味も相まってガロはその廃棄機体がうず高く積った群々へ足を向けた。ほとんどの機体は完全に分解されていてその全容は分からないが、少なくとも数十機近い廃棄機体が一緒くたになって捨てられている事までは分かる。その中の何機かには、テスト搭乗者として乗り込んだ記憶のある機体も混じっていた。
「──懐かしいものもあるだろう? この第一保管庫が現場から一番近かったんで、寄ってみたんだが」
 そんな事をのたまうハルフテルの言葉を適当に聞き流しつつ、その塵の山を巡り始めてからしばらく後、ガロはその中に一際巨大な体躯の機体を見つけ出した。
「こいつは──……」
 その機体は他のものと異なって分解工程を経ておらず、武装こそは解除されているがほぼ完成形の姿のままで他の廃棄機体の群に混じり込んでいた。
 ガロはその機体構造を一瞥し、自分の頭に残っている記憶と符号してようやく眉をひそめた。
「所員はさっき避難シェルターへ全員入った。蓄積情報もすべて移転行程を終えている。──奴さん、まだ待ってるみたいだなあ、──ガロ?」
 後ろでいつの間にかウェアラブルモニターを取り出して画面を注視していたハルフテルが言う。
 見覚えのあるその機体に歩み寄って手を付き、
「まさか、使えるのか──」
 振り返りはしなかったが、それでもハルフテルがどういう表情を作っているかは容易に想像がついた。彼は──この痩せ男はもともとそういうつもりで、自分を此処へ連れてきたのだ。
「搭載兵装は隣の保管庫に閉ってある。今作業用アームを下ろす、其処で待っていろよ……」
 此方の意図を聞くこともせずハルフテルがその場から足音を響かせて設備空間内の内壁階段へと向かっていくのを確認し、それからガロは改めて眼前の機体を見上げた。
「久しぶりだな──【マルシア】……」
 天井部の作業用アームが起動し、内壁通路先の管制室でアーム制御を行うハルフテルの姿を見咎め、その場から作業圏外へガロは下がる。器用に一回で二つの牽引フックにアームが取り付けられ、びんと張ったワイヤーが激しい摩擦音を生じながら巻き上げられていく。やがて廃棄機体の群を押し退けながら先ほどガロがマルシアと名を呼んだ機体が全貌を現す。
 ──ハルフテルの言葉に倣う訳ではないが、本当に懐かしい姿だった。
 作業用アームはそのまま並行移動すると残骸の山から離れた場所へ、吊り下げていた巨大な機体を下した。それでも重量感を感じさせる機体が重い接地音を発しながら、前のめりの待機姿勢へ固定移行する。
 管制室での作業を終えたハルフテルが機体の傍へ歩み寄ると、白衣の懐からウェアラブルコンピュータとケーブルと取り出して、それを機体脚部の補助端末と接続した。
「アンタが一番最初に搭乗した機体だ、憶えているか?」
「ああ……。──あの後、解体処分されたものとばかり思っていたが」
「俺もそうするつもりだったさ。──"彼女"は随分と運が良い」
 ハルフテルはウェアラブルコンピュータで作業を続けながら、彼女と呼んだその機体を僅かに見上げる。
「機体状態は問題ない、コクピットへ入ってみろ」
 手際よく所定作業を終えた痩せ男が顎をしゃくり、その言葉に軽く頷いてみせたガロは脚部に自らの足をかけた。そこを基点に脚部の何ヶ所かを足場に蹴りつけて跳躍し、瞬く間にコア背部のハッチへ取りついた。すぐ傍の外皮装甲板をこじ開け、その中にあったコードスキャナとハンドレバーを交互に見つめる。
「解除コードは?」
「Ex‐0001:1154‐Marsiaだ」
 その言葉通りにパスコードを傍のコードスキャナに打ち込み、ハッチシステムがパスコードの正常認識を軽い電子音で伝える。すぐそばのハンドレバーを引き上げた。
 ハッチシステムが作動し、コクピット機構が後背部に取りついたガロの眼前に滑り出してきた。長らく使用されていなかった特有の据えた臭いが鼻腔を刺激するも、そんなどうでもいいことは無視し、ガロはすぐさまコクピット内部のパイロットシートへ身を滑り込ませた。慣れた手つきでコンソールを操作して、コクピットをコア内部へと収容させる。
 続いて機体制御システムを起動させ、投射型メインディスプレイ及びサブディスプレイが淡い青色の光を伴って眼前に次々と出力、機体制御情報がアップロードされていく。
 戦闘補助システム──統合制御体の名を持つ戦術支援AIが起動プロトコルの完結を告げ、ガロは片腕に操縦把を握り込み、フットペダルを軽く一度踏み込んだ。
 待機姿勢に在った実働試験型ネクスト機──コード:マルシアがその巨躯を持ち上げ、自らの両脚で立ち上がった。統合制御体に口頭指示して、機体状態の再チェックを進行させる。
 メインディスプレイに3Dモデルで出力した機体情報図が記され、各部位の稼働効率のスキャニングが行われていく。
 通信要請が入り、コンソールを叩いて回線を確立。
『機体状態はどうだ──?』
「三年も放置されていた割には良好だ。シートの座り心地は最悪のようだがな……」
『そりゃ運が良い』
 数十秒後機体状況のスキャニングが無事終了し、ディスプレイ上に【All Green】の文字が表記される。
『隣接格納庫の隔壁扉を開放する。其処で搭載武装を回収、専用運搬設備へ移動してくれ』
「了解──。機体コード:マルシア、移動を開始する」
 有視界左舷の隔壁扉が完全に開放され、それに合わせてガロはフットペダルを踏み込んで設備空間内を通常歩行で移動、隔壁扉を潜り抜けた。
 その先も大体似たような設備空間であり、見渡せる限りの有視界には搭載状態を解除された無数の搭載兵装が、格納棚に整然と並んでいた。統合制御体に適合兵装の検出プロトコルを指示し、いくつかの兵装がピックアップされる。
 機体に搭載可能な適合兵装を引き出し、腕部マニピュレーターに搭載できる兵装を持ち上げる。
「適合兵装の回収完了、運搬設備へ搭乗する」
 重い駆動音を立てて設備空間から直結している独立稼働型の運搬用昇降機に、マルシアの機体を搭乗させた。
けたたましい警告音が鳴り響き、警戒灯の赤々しい明滅と共にマルシアを載せた大型資材運搬用の昇降機が上昇を開始する。
『昇降機の正常稼働を確認……通信可能圏外まで約二分だ。問題はないか──?』
 その問いに対し、ガロは忌憚なく疑問を返した。
「──俺は、──何分持つ?」
『良くて二分──最悪なら、最初の接続負荷で終わりだろうな』
 良くも悪くも、ハルフテルという痩せ男は極めて優秀な技術者である。その彼が一切の逡巡なく突き返してきた事実は、ガロの口許に苦い笑みを浮かばせた。
「了解──。間もなく電波障害下へ進入する」
『あの程度の遺物にヤられてくれるなよ。ちょうど良い機会なんだ』
「其れが、お前の魂胆か。ノウラは無関係だったんだな──?」
 その憶測にハルフテルは返答を遣さず、代わりに何らかの意図を含ませ、くっと喉で笑ってみせた。
「──壊れかけとはいえ、生体CPUを切り刻んだ代物だ。──俺は運が良い」
 それを最後に通信回線がハルフテルの側から解除され、間もなくして上昇中の昇降機が電波障害環境下へと進入した。コンソールを叩いて機体制御態勢を第三種広域警戒態勢から第一種戦備態勢へ移行し、続けてマルシア本来の戦闘機能を起動させるべく、AMS機構を起動させる。
 パイロットシート上部からせり出した接続機構がガロの頚部へ降下し、接続プロトコルの待機段階へ移行する。
「持って二分、か──悪ければ、」

 ──悪ければ、死

 実動試験機体【マルシア】に最後に搭乗したのはジシス財団解体直後の三年前──あの頃は万全のバックアッププログラムを背景に起動試験が行われた。
 その結果は、過度の接続負荷による継続意識の断絶──
 ガロの保持するAMS適性──ネクスト兵器を制御する為に絶対不可欠な根源的要素と、それと対をなし役割を果たす統合制御体に不備があった為、実働試験機体【マルシア】の起動試験は未達成のままとなり、最終的に機体は廃棄処分となった。
 ──今回はバックアップ態勢も何もない。悪ければ死、とはつまりそういう事なのだ。継続意識が断絶した時点で、もしも生命維持機能に関して問題が露出すれば、それは自身の速やかな死を意味している事になる。
 その死の見解は、ハルフテルやノウラ、自分の間で著しく異なっている。
 つまり、その死を承りたくはない自分としては、異なる手法を取らねばならないだろう。
 やがて昇降機の制御システムが当該階層への到着を報告、ガロはシステムに指示して隔壁扉の開放を遅らせた。
 ──奴さん、待っているみたいだな
 野獣のような六感を持つファントムヘイズの事だ。ハルフテルの言葉通り、あの男は此方が死んだとは一切思っていない。だからこそ、第四ターミナルエリアで待ち続けているのだ。
 既にマルシアは当該戦域に踏み込んでいる。
「AMS接続プロトコルを開始──プロトコル完結後、情報制御態勢を順次移行する」
『了解。アレゴリー・マニピュレイト・システム接続プロトコル、開始します──』
 頚部内蔵型接続ジャックへ待機態勢に在ったAMS機構が自動処理で接続される。その不快な感触を自身で確かめた後、コンソールキーを叩いて情報処理を開始した。
 ──瞬時に流れ込み始める、膨大な情報群の奔流
 接続コードから入力されるデジタル情報が神経系統を通じて大脳新皮質へ伝播し、自身の脳機能がそのデジタル情報を細部解析する。視覚野に直接情報映像を出力するインナーディスプレイが構築され、そこへ更新情報群が羅列情報となって流れ始める。
 鉛の塊のような重みが脳部に圧し掛かり、その圧力にガロは眉間に力を入れた。
 情報転送処理が次第に円滑化して一定の安定率に至り、統合制御体が規定報告を伝える。
『AMS接続プロトコル完結、第二種戦闘態勢を固定維持──。負荷数値64,85%、第一種戦闘態勢への態勢移行は此れを随時可能です』
 ガロは接続弊害である精神負荷から押し寄せる嘔吐感を意識の隅へ追いやる。口頭で制御システムに指示し、隔壁扉が開放されるのを確認、ガロは統合制御体に軽く意識を傾けた。
 ガロの意思判断に呼応した統合制御体が機体姿勢を更新し、メインブースタから白緑色の噴射炎を吐き出してマルシアの巨躯を前方連絡通路へ押し出した。
 高性能型レーダーと搭載センサー群を稼働、ECM工作による電波妨害工作を容易く払いのけて当該戦域の環境情報を収集し、インナーディスプレイへと出力する。
 ──第四ターミナルエリアに、ファントムヘイズはまだいた。
 此方のレーダー展開に既にファントムヘイズも反応した事だろう。
 接敵までの距離は直線にして約800メートル。
 ガロは通常ブースタを連続噴射して迷うことなく第四ターミナルエリアへ続く連絡通路を突き進み、最後に直結する通路へと機体を進入させる。 
 搭載カメラアイが直線状にファントムヘイズの機体を捕捉、メインディスプレイに拡視界映像として転送。ファントムヘイズが急速転回して機体をこちらへ向け、右腕部に携えていた遠距離狙撃銃を跳ね上げた。
 それと同時、瞬間加速機構であるクイック・ブーストの動発を統合制御体へ伝達し、メインノズル及び背部内蔵型追加ノズルから強化推力を齎す噴射炎が轟然と吹き出す。コクピット周囲に内蔵設置されている対G緩衝機構が幾らかの加速度負荷を軽減するが、それでも強すぎるG負荷がガロの巨躯をシートに押し付ける。
 従来の機動兵器では到底実現し得ない瞬間推力を持ってマルシアの機体が飛び出し、前方から飛来した銃弾を外部装甲で軽く弾き飛ばし、そのままいとも簡単に第四ターミナルエリアへと機体を進入させた。
 百数十メートルの間合いを取って敵機と対峙し、マルシアの機体を停止させる。
 此方の気配を既に気取っていたのだろう回避機動を取らず、ファントムヘイズから特定回線での通信要請が入る。統合制御体に軽く指示して回線を確立した。
『──貴様、其れは何だ。──、一体何処の誰が産んだネクスト兵器だ……』

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