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*⑩*


 変わらず抑揚を欠いた言葉。しかし、ガロはその口調の裏側に僅かな焦りの介在を感じ取っていた。
 統合制御体がファントムヘイズとの近接対峙を前に、機体制御態勢の速やかな移行を推奨する。
「知らんだろうな。貴様が世界の裏側でのんびりとしている間に、この地上世界は大きく変容した──」
 意思判断し、左腕部に携えた適合兵装を持ち上げる。それに合わせてファントムヘイズも狙撃銃の銃口を動かした。長鑓を思わせる長大なひとつの銃身を基軸とし、レールシステムの搭載によって多種兵装の搭載を可能にした実働試験機体:マルシアの為のみに製造された大型の適合兵装。
『貴様に見せてやる。この五年間、世界がどう動いたのかをな──』
 その言葉を最後とし、一方的に通信回線を解除。
 統合制御体に指示し、機体制御態勢の速やかな移行を指示する。
 その間際、再びハルフテルが最後に言い残した言葉が脳裏をよぎった。

 ──悪ければ、それはアンタの速やかな死を意味している

 その言葉通りだった。機体制御システムと搭乗者を物理接続する事によって、従来の機動兵器とは一線を画す戦闘能力を発揮するネクスト兵器は、本来AMS適性を持つ搭乗者一人のみで制御するものではない。
 だが、それこそがエンシェントワークスが推進するネクスト研究の本質だった。

 ──生体CPUを一体切り刻んだ

 狂っている。そうでなければ辿りつけない場所を、彼らは目指しているのだ。
 旧世代ですら成し得なかった境地へと、ネクスト兵器を持って行こうとしている。
 モラルも既存の理念も何もかもを置き去りにして、彼らは生み出そうとしている。

 ──彼らが望む、真のネクスト兵器を

 ──何故、志願したか?

 ──戦場から降りられなくなった兵士に残された道だったから?

 ──その礎になることが望みだったのか?

 ──私は

 ──戦場で生きる事でしか、自分を認められないのだ。

 ──この計画の末に、きっとその終わりが待っているはず。

 一瞬瞼を下した後、迷いなくコンソールキーを叩いた。
『AMS接続制御態勢、第一種戦闘態勢へ移行します──』

 ──理性が灼かれ、溶け出した。自らの願いを戦場で達する為に、私は彼女と一体となった。

 溶けゆく意識の中、私の外側で誰かが獣のような咆哮を上げた。
 それは、私だったかもしれない。もしかしたら、一体となった"彼女"だったかもしれない──

 行こう──


 AM09;33──
                            *

 AM08;50──


 街が灼け堕ちていくその光景は、決して気分の良いものではない。
 住み慣れた古郷を幾度も失ってきた私には、それが耐えられないのだ──

 ──止められない

 ヴァネッサの脳裏にそんな焦燥感が過り始めたのは、興行区画で戦線確立の為の防衛戦闘に武力介入し始めてから一時間ほどが過ぎた頃だった。
 無尽蔵とも言える兵力差で迫りくる旧世代兵器群の侵行は大きな波となって第三波、第四波ととめどなく続き、途中からヴァネッサはそれを数える事を止めていた。旧世代兵器群の進撃を辛うじて遅らせる事しかできず、反転攻撃の為の戦線確立などは望むべくもない。そして、ヴァネッサの焦りを一層増長させていたのは前方から迫りくる旧世代兵器群の潮に対し、後方でまだ避難誘導により弾雨の中を搔い潜りながら地下シェルターへと一心不乱に逃げ往く一般市民の群だった。
 今回の騒乱自体が旧世代兵器群による一方的な奇襲攻撃に端を発していた為、エデンⅣ全域に戦火が拡大するまでに避難シェルターへ退避できた一般市民はおそらく、全体の三割にも満たないはずだ。辛うじて退避に成功したのは主権企業をはじめとする各政財界の官僚や重鎮達のみで、危機管理体制などが行き渡っていない一般市民レベルなどは出動軍の避難誘導を頼って徒歩でシェルターまで向かうしかない。
 その一般市民の誘導数が膨大な数に上って後方防衛ラインで衝突し合い、それが返って戦線確立の妨げとなりつつあるのが、現在の戦況の致命的な箇所だった。
 興行区画は二十四時間体制で昼夜関係なく栄えるエデンⅣの一大都市区画であり、その集約人数の割合は他区画と比較すべくもない。それが仇となったのだ。
 戦線確立のための後退戦闘もまともに行えず、いたずらに友軍戦力のみがじわじわと消耗していく。
 現にたった今、興行区画の防衛戦闘に当たっていた友軍AC部隊のうちの一機が旧世代兵器による攻撃で決定打を受け、前線から急速離脱していった。
「また一機やられた……! 後方避難誘導はまだ終わらないのっ?」
『急くな、ヴァネッサ──。増援部隊の到着まで堪えるんだ』
 広域防衛区画からのその増援部隊も、後方の混乱に邪魔されて当該戦域への到着がいつになるかは分からない。戦況は確実に悪化修正されているといえる。
 決定的な打開策が見当たらない今、最悪の可能性だけが頭の中で反芻される。
「──! 危ないっ」
 前衛に展開し、正面の敵の攻撃に囚われていた友軍機の右舷に別の旧世代兵器が姿を現し、ヴァネッサはその敵性動体に向けて右腕兵装であるグレネードライフルの榴弾を撃ち込んだ。
「突出してはダメ、早く下がって!」
『す、すまん──。だが、これではキリがないぞっ……』
 搭乗機体である重量逆脚型の機体をラピッドタイドと同一ライン上へ下げながら、グローバルコーテックス帰属のそのレイヴンは、他の例と同じように焦燥感を滲ませた言葉を吐く。
「増援部隊がすぐに到着する。それまでこの防衛ラインを維持するのよ」
 統合司令部から通信技官として、戦術支援に当たってくれているリサの言葉をそのまま繰り返す。だが、実際にはその間にも確実に友軍戦力は消耗され続けており、一方的なダメージレースとなる展開は避けられない。
 確実に忍び寄る死の影に、誰もがその戦域から遠のきたかった。
 しかし、ヴァネッサは震える奥歯をぎりっと噛みしめて抑え込み、操縦把を握り込み直す。無尽蔵に思える敵性兵力にも必ず限界がある。そこまで耐え切らなければこの騒乱を生きて、生き延びることは難しいだろう。
 同一ライン上に展開する友軍機と連携して前方から迫り来る旧世代兵器群の侵攻を何とか押しとどめ、その間にも地上に展開していた通常戦力部隊が戦火の煽りを受けて吹き飛ぶ。
 瓦礫片と共に飛散した肉片交じりの血雨がラピッドタイドの外部装甲を叩き、ヴァネッサはその光景にわずかに目を細めた。
 左腕部と背部の多砲身式回転機関砲で高密度の弾幕を張っていたが左腕部機関砲の残弾数が尽きた。補給部隊の作業用MTが予備弾倉を抱えてラピッドタイドの機体に取りつき、砲身と機体付随のマガジンラックにそれぞれ弾倉を補給する。
『此方補給機、装填を完了した──!』
「助かった、サンキュー──」
 その直後、短い悲鳴と共に作業用MTからの無線が途絶える。機体のすぐ傍で起こった爆発を搭載センサー群が捉えたことから、MT機が攻撃の余波を受けて爆散したのだと気づいた。
「ちくしょうっ……!」
 作業用MTを一瞬で吹き飛ばしたと思しき旧世代兵器の四脚型パルヴァライザーを捕捉、背部兵装のリニアキャノンを展開、即座にトリガーを絞る。強化推力を与えられた徹甲弾がパルヴァライザーの頭部を過たず消し飛ばす。が、機能停止したその残骸を踏み越えて後方から旧世代兵器群が押し寄せる。
『止むを得ん、防衛ラインを後退するぞ』
「それじゃあ一般市民に被害が及ぶ可能性があるわ……」
『では他にどうするというのだ。我々が此処で撃破されては、護れるものも失ってしまうんだぞっ』
 当該戦域のAC戦力の中で便宜上指揮機体のような役割を担っていたコーテックスのレイヴンが、若干の冷静さを欠いた声で言う。しかし、その言葉は戦場に臨む者としての説得力に満ちた声であり、ヴァネッサも異議を申し立てはしたものの同種の人間である事に変わりはなく、それ以上の追及はできなかった。
 今此処で、戦力消耗を少しでも遅らせなければ、増援部隊の到着まで防衛ラインをすら守り切ることはできない。
『此方フロント、此れより防衛ラインを後退する──』
 指示に従い、友軍機同士で後退支援を行いながら幹線道路上を移動、インターチェンジ付近まで後退した時、其処に駐留していた地上後衛部隊と接触。
 指揮機のレイヴンが外部拡声器を用いて、インターチェンジで防衛ラインを構築していた一般部隊に後退を促す。
『お前達も早く下がれ、此処も突破されるぞ──』
 その逼迫した声に押されて一般部隊が下がり始めるのもそこそこに、幹線道路上に構築された重バリケードを破壊して友軍機が進入、その時ウエストインターチェンジ方面から装甲輸送車の部隊が此方へ向かってきた。
『逃げ遅れか、急げ──!』
 その声が聞こえたのかどうかは分からないが、装甲輸送車はインターチェンジのカーブへ速度を緩めず曲がり込む──しかし、破壊した重バリケードの隙間を縫って飛び込んできた榴弾の弾幕が路上に着弾し、その衝撃波が前衛の装甲輸送車を容易く吹き飛ばした。鋼鉄の匡体が横倒しになって路上を滑走し、その事態に巻き込まれた後続車両が次々と玉突き状に衝突を起こす。
「追いつかれた──」
 今しがた後退してきた進入口に早くも追いついてきた旧世代兵器の侵攻部隊が現れ、インターチェンジへ向けて迫撃戦術を展開し始める。友軍AC機が一斉に迎撃弾幕を張るが、それをすり抜けた榴弾群が重バリケードからインターチェンジ内へ降り注ぐ。
 走行不能になった輸送車から降り、徒歩での避難を始めていた一般市民と兵士達が榴弾の爆発に巻き込まれて爆煙の中に消え去り、友軍機もまた榴弾による損傷を負う。
「私達が防ぐから、早く市民の避難掩護をお願い!」
 悲鳴と断末魔が行き交う地上の様子を視界の隅に収め、ヴァネッサはラピッドタイドの機体を重バリケードの突破口前に移動させた。侵攻部隊の軽い弾幕を分厚い装甲で弾いていなし、御返しとばかりに多砲身式回転機関砲による一斉掃射を浴びせかける。
 その文字通り捨て身を賭したヴァネッサの行動に呼応した友軍機達が、重バリケードの上から応対射撃を取り始める。バリケードから一歩突出したラピッドタイドに旧世代兵器群の攻撃が集中し、それを脇から友軍機達が叩き潰す。重戦車であるが故の分厚い外部装甲が幸いし、ラピッドタイドは正面からの被弾にも何とか耐える事が出来た。
『市民の避難距離を稼いだ、下がるぞ──』
 コーテックスのレイヴンが指示し、先行して周囲の友軍AC機を下がらせる。そして、最後まで最前衛に残っていたヴァネッサに無線を遣し、
『レイヴン、スイッチだ──』
 ヴァネッサの後退戦闘を支援すべく指揮機のレイヴンが代わって前衛へ突出し──その交差の隙を、運悪く旧世代兵器群に突かれてしまった。
 その一瞬の隙の間に飛来した徹甲弾が指揮AC機の頭部を粉砕し、その破砕片がラピッドタイドの装甲に降り注ぐ。機体制御を著しく搔き乱され、そこへさらに数発の砲弾が食いついて指揮機の左腕部その他、外部装甲を吹き飛ばしていく。
『くそ──君は早くいけ!』
「でも、貴方はっ──?」
 応対姿勢を継続しながら後退するラピッドタイドの前に立つレイヴンは、致命的な被弾を自ら甘んじて受け止め、両背部に搭載した連装型ミサイルコンテナを展開する。
『俺はコーテックスのレイヴンだ。与えられた任務は全うする──幸運を、レイヴン』
 ──その言外に含まれた意図にヴァネッサは口許を手で覆った。
 旧世代兵器群の追撃がさらに指揮ACの機体に致命打を与え、後退推力をすら失ったレイヴンは至近距離に迫った旧世代兵器群に向けて背部コンテナから大型ミサイルを連続射出した。
 ──インターチェンジを含む周囲施設を大きく揺るがす爆炎が前方幹線道路を呑み込み、巨大な噴煙が立ち上る。決死の応対攻撃を行った指揮ACの機体もその爆発に呑み込まれ、その姿はラピッドタイドからは一切確認できない。
『──今のうちに早く下がれ、ヴァネッサ』
 リサのその冷静さを欠かない指示にヴァネッサはようやく気を取り戻し、フットペダルを踏み込んでラピッドタイドをインターチェンジから幹線道路後方へ進ませる。
 ラピッドタイドの後退を待っていた友軍機がそれに合わせて応対機動を再開するも、その情報を搭載センサー群で捕捉したのだろう、赤々しく燃え上がる爆炎の向こう側から旧世代兵器群が一斉に突出を展開してくる。
「そんな──」 
 旧世代兵器群は各々の機体を炎に包まれながらも、それには一切構わず追撃戦闘を継続。実弾兵器群による弾幕がラピッドタイドの外部装甲の上を跳ねまわり、徐々に機体損耗率が上昇していくのを戦術支援AIが無機質なヴォイスで報告していく。
 やっぱり、止められない──けれど──
 一切の怖れを知らず他の感情をも持ち合わせていない旧世代兵器群は、正確な数値判断から導き出される合理的行動に従い、味方機がその場に崩れ落ちようと構わずそれらを踏み越えて侵攻してくる。そんな容赦のない敵を相手に、絶対的に不利な状況下では長く持つはずもなかった。
 だが、其処で継続戦闘を放棄する事だけは、ヴァネッサの猛る矜持が一切許そうとしなかった。
 ──10年前、先生もそうやって私達を護ってくれた
 かつての前例があり──その彼女が事実として遣り遂せてくれた。その実力が伴っていない中で自ら速やかな死を所望するのは愚行以外の何物でもない。しかし、それが間違っているとは思うな──
 自ら師と仰ぐ彼女は、ヴァネッサにそう諭した。
 ふと、ヴァネッサは行き着いた──
「そっか。此処が、私の──」

 私の、死線か──

 戦場の一線に在り続けるのなら、何れ誰もが直面する時。少年兵の時分だった頃から、そんなモノには慣れ親しんできた。あの頃は恐ろしくすらなかった。護るものが何もなく、ただ自身が憎むモノ全てを灰に変えてしまうだけでよかった。
 護るモノが在ると、人は恐れを抱くのだ。

 此処は、先生のおかげで生まれ変わった私の、初めての死線──

 後方を先行後退する友軍機から届く弾幕がラピッドタイドの周囲を飛び過ぎ、旧世代兵器群の前衛機を破壊すると共にラピッドタイドの後退を同時支援する。
『ぐあ──……!』
 その悲鳴と共に友軍機が路上へ崩壊し、その傍をラピッドタイドで通り過ぎる。両脚部と片腕を粉砕されて移動能力を失った友軍機を落下爆雷群が襲い、外部装甲を焦がす。
 旧世代兵器群の侵攻速度が確実に増し、それに合わせて友軍部隊も次々と撃破されていく。インターチェンジを出てから数分を待たず、その頃に後退戦闘を継続していたのはラピッドタイドを含めて三機のAC機のみとなっていた。
 搭載兵装の弾薬消耗率が30%に近づき、応対戦闘に用いていた主兵装を機関砲群から背部兵装のリニアキャノンへ換装。一撃必殺の砲弾が狙い通り前衛のパルヴァライザーを撃破、しかし後方から瞬く間にスイッチしてきた二機のパルヴァライザーが背部に搭載したコンテナから地対地ミサイルを垂直発射し、計十二基から成る弾頭がラピッドタイドの頭上を越えて後方へ飛んで行く。
 一拍後、後方から轟いた崩壊音を搭載センサー群が捕捉、後方視界用のサブカメラから転送されてきた映像をメインディスプレイに映し出した。
 後退進路の高架幹線道路が崩落し、そこから奈落の底の闇がのぞいていた。其処にいた二機のACは辛うじて回避機動をとったらしいが、致命的な損壊を受けて分断された幹線道路の先で機能を停止していた。
「分断された──」
 崩落距離は目測で約55メートル──爆発の衝撃派に巻き込まれて崩落距離が伸びたのだろう。旧世代兵器群が前方百数十メートルに迫り、ヴァネッサはブースタ用フットペダルに足をかけようとし、そこで踏み込むのを躊躇した。
『増援部隊が間もなく到着する、耐えろヴァネッサ──!』
 リサが珍しく感情を表出させた口調で言う。統合司令部のヴァネッサから転送されてくる広域索敵レーダーに、自機後方から複数の動体反応が接近してきていた。
 操縦把を握り込みなおし、崩落した幹線道路の断崖ギリギリまでラピッドタイドの機体を近づける。
 重戦車型機体にも基本、強化推力用のブースタ機構は搭載されている。しかし、それらは緊急機動用の推力機能として扱われる事が多い。その為長距離移動用や巡航用機能としての調整は成されておらず、極めて短距離でしかブースタ機構は使用できない場合がほとんどである。
 ラピッドタイドもその例に漏れず、実働試験の際にブースタ機構を用いた時の最大航続距離は僅かに直線距離50メートル程度であった。
 ギリギリだが、行けない距離ではないかもしれない。後退飛行中に応対行動を行いながらでないと渡り切れる可能性は低く、しかし、射撃反動や被弾による推力低下を鑑みると、ブースタ機構を用いる選択肢はどうにも無理があった。
 リニアキャノンによる精密な遠距離砲撃で一体一体を確実に撃破──計5,6機を前方に沈め、増援部隊の到着が残り約二分に迫っていた時だった。
 ──旧世代兵器群の攻撃が不意に止み、やがて奴らの群列が左右に別れて中央から一機の機影が姿を現した。
 軽量二脚型を模り、両腕部マニピュレーターに既存の実弾型機関砲とレーザーブレードと思しき発振機構を備えたパルヴァライザー──。
 戦術支援AIに詳細解析を進行させるが、データバンクから当該情報は検出されなかった。
「まさか、新型機──。此処でそんな隠し玉を出してくるなんて……」
取り捲きの旧世代兵器群は一切の進撃行動を停止しどうやら待機状態へと移行しているようであった。どうやら、新型機と思しきパルヴァライザーの戦術展開を邪魔しないためであると、ヴァネッサは推測した。
 相手から先制攻撃を行う予備動作は見受けられない。その分増援部隊の到着までの時間稼ぎにはなるだろうが、その事実を旧世代兵器群が捕捉していないはずはない。
 その事に疑問を呈した瞬間の事だった。まるで空間を切り貼りするかのようなブースタ推力でパルヴァライザーが正面から突進を仕掛け、ヴァネッサは一拍遅れて応対射撃を取った。
 左腕部の短機関砲で牽制の意味合いを含んだ弾幕を張り、それに紛れて精密に狙いすましたリニアキャノンの砲弾を撃ち放つ。強化推力を得た砲弾は狙った頭部へと吸い込まれていくが着弾の刹那、パルヴァライザーは圧倒的な機動力で事も投げに強化推力の砲弾を回避して見せた。
(なんて早さなの──他とはまるで違う!)
 それはこれまで相手にしてきたパルヴァライザーとは全く性質を異にしていると、ヴァネッサは直感した。これまでの敵は圧倒的な兵力差で迫ってきはしたものの、いずれもが突出性のない画一的な機能であった為になんとか数機の友軍ACのみで対応する事が出来た。
 だが、これは違う──!
 これまでのパルヴァライザーとは違う、そいつだけ全く桁違いの高性能な戦術判断AIを搭載しているとしか思えないほどの戦術展開能力である。
 制圧射撃を旨とする高密度火力で圧倒しているつもりが、それを最大限の機動展開で回避し、残りは外部装甲のみで弾いていなされる。ものの数秒で距離を目前にまで詰められ、背部から展開した大型グレネードキャノンの砲口がラピッドタイドを捉えた。
 重装甲による高度な防弾能力を持つラピッドタイドとはいえ、度重なる被弾で消耗した外部装甲ではどこまでその攻撃を無力化できるか分からない。もし当たり所が悪ければ──
 そんな可能性が脳裏をよぎった時、こちらを完全に捕捉したパルヴァライザーが背部大型グレネードキャノンから榴弾を射出した。
「くそ──!」
 まっ直ぐに飛来してくる榴弾の直撃は避けられないと直感的に悟ったヴァネッサだった──が、外部装甲に衝突するその刹那、後方上空から不意に一筋の光線が榴弾を巻き込んで眼前の幹線道路上へ突き刺さった。
 圧倒的熱量で焼かれた榴弾が誘爆し、わずかな破片が軽くラピッドタイドの外部装甲を叩く。
『増援部隊が到着したぞ──!』
 続けて、
『遅くなってすまない、ヴァネッサ──』
 リサとは異なるその声に驚いて言葉を発しようとした時、ひとつの機影が頭上を通り越してラピッドタイドとパルヴァライザーの間へ降り立つ。──クレスト社純製パーツで構成された純白の軽量二脚機体、それはたった数時間前にアリーナ予備大会決勝で対戦した知己のものだった。
「ジェリー……!」
『戦況が芳しくないって聞いてね。統合司令部に直接掛け合って許可してもらったんだ』
「──怪我は大丈夫なの?」
 その気づかいにジェリーは搭乗機体ブルーマーレの右腕を軽く持ち上げて見せる。
『そんなにひどくはなかったよ。──それよりも行けるな、ヴァネッサ?』
 先行して現場合流したブルーマーレに続いて広域防衛区域から派遣されてきた通常部隊が到着し、分断された幹線道路の先に重防衛用バリケードを構築し始める。
『──追加部隊もすぐに到着する。此処までよく戦ってくれたな──ありがとう』
 獰猛な意思を湛え、ジェリーはブルーマーレの機体に突進体勢を取らせる。
『一気に押し返すぞ』
 その最も古い戦友の言葉にヴァネッサは口許に淡い笑みを浮かべ、操縦把を改めて握り込んだ。
「ええ。やりましょう──」

 ──まだ、生きて戦える


 AM09:25──
                            *

 AM09:15──

【Client:Kelly Altman──地下核部に不正侵入した旧世代兵器群の排撃、及び当該戦域の第二種武装制圧】

 素性の定かでない不定勢力であっても、依頼に仔細ないと判断すれば受諾し業務履行は此れを全うする。一部例外はあるにせよ、基本的にはフリーランスの傭兵であるファイーナは、自らにその活動領分を課していた。
 商業区画当該戦域の第六次防衛戦闘までを単機で完結した後、ファイーナは戦線確立に成功した増援部隊に継続作戦を一任、自らは戦域を離脱して現在搭乗機体のゼクトラを新たな作戦領域へ向けて疾駆させていた。
 統一連邦政府駐留軍からの依頼業務はこの騒乱がエデンⅣ存続という形で無事終息した場合、当該戦域を作戦途中で離脱した事実から依頼不履行となり、発生報酬の減額はおそらく避けられない。
 だがその不名誉を差し引いたとしても、第六次防衛戦闘の最中に舞い込んできた不定勢力からの緊急依頼に応えねばならない理由がアザミにはある。
 状況が状況である為、不定勢力からのその緊急依頼をアザミは受諾するつもりは毛頭なかった。
 ──が、その依頼ファイルの受信先、ファイル文書の文末に加えられていた古い言葉を見咎めた時、その判断はアザミの中で180度転換することとなった。
 緊急依頼の送信された受信媒体はアザミが平時使用する業務アドレスではなく、かなり以前に継続使用を破棄しそのまま放置していた個人アドレスのひとつであった。それは五年前よりも以前──ミラージュ社陸軍は機械化空挺部隊に所属していた頃の専用個人アドレスであり、それを現在に至っても記録している人間は本人を除いてごく限られている。
 その事実へ瞬時に行き当たった時、アザミは浅く息をついた。明らかな偽名──或いはワークネームを騙るクライアントは過去の素性を深く知る何者かであり、アザミの鋭利な直感はその存在が覆面依頼を持って自身を誘っていると悟ったのである。
 そして、依頼詳細の文末に添えられた言葉を見た時、クライアントがかつて非公式のうちに抹消されたミラージュ社の五年前の致命的な汚点を知る者であり、それがかつての身内の誰かである事に気付いた時点で、アザミは当該戦域の制圧戦闘に区切りがついた時点で速やかに戦線離脱する事を逡巡なく判断していた。
 添えられた言葉は、かつての帰属部隊──機械化空挺部隊【レッド・シーカーズ】が共有していた唯一無二の標語──
「ノウラの通り、唯では終われんな……」
 統合司令部で陣頭指揮を執るノウラと最後に無線通信を行ったのは約90分程前だが、その時既に彼女はこの騒乱が唯では終わらないであろう事を示唆していた。
 ──人類最後の庭園と謳われた絶対要塞の閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】へその広域警戒網をすり抜け、大胆にも都市天蓋部に大穴を空けて侵入。続いて製造元が未確定である紅い亡霊の武力介入──彼女は統一政府との関連性を疑い、この騒乱終息までの間に判断材料を収集して何らかの行動を起こすつもりらしい。
 その矢先に、この緊急依頼だった。もしクライアントの素性が推測通りならば、騒乱終息後の事後事態は混迷化を深めるだろうとアザミは思考を巡らす。
 この騒乱の暗部は、表面的に見るより遙かに深い場所にある──
 今だ明白にならない事態推移の中、アザミの豊富な経験則は常に彼女へそう伝え続けている。
 その最も深く暗い部分へとクライアントは誘おうとでも言うのか、依頼場所へのルートマップも添付しておりそれの事実詳細を戦術支援AIに解析させた後、アザミは一部改変を加えたルートマップに則って作戦領域へと進行していた。
 途中、商業区画他戦域で防衛戦闘に当たるAC部隊と接触したがそのまま戦域を素通りし、一直線に向かう。アザミが単機で制圧した当該戦域はまだマシな方らしく、他の戦域は思ったより戦線確立に苦戦しているらしかった。
 ──それも無理はないか。都市全域から戦力をかき集めたとはいえ、大半は有象無象と変わらん
 エデンⅣ防衛に当たって統一連邦管理局は、都市内部に駐留するAC保有勢力の全てに依頼を投げかけた。無論、エデンⅣ最大の企業体であるグローバルコーテックスからもAC戦力が派遣されてはいる。しかし、それをしても多くはアリーナ下位ランクや予備ランカーのレイヴンであり、加えて独立勢力系の有象無象が多く参加していては、そう防衛戦闘が上手くいくはずないというのが、軽く考察したアザミの結論である。
 商業区画当該戦域を抜けて移動を開始してから約15分後、アザミは隣接する工業生産区画の重隔壁施設を有視界前方に捉えた。下降する幹線道路の直線上に重厚な造りの隔壁扉が聳え、其処を基点として両区画を分断する隔壁の高度限界の先からは、赤々しい炎と黒煙が噴き上がっていた。
 侵入した敵性勢力が工業設備に手を出した為に、火の手が上がったのだろう。都市天蓋部へ向けて立ち昇る災禍は単純な火災規模で片づけるには大き過ぎ、その事から工業区画が受けている被害の甚大を容易に窺い知る事が出来る。
 アザミはフットペダルを強く踏み込み、正面に高く聳える重隔壁扉へ向けてゼクトラの機体をブースタ推力で進ませた。幹線道路の下り坂を弾丸の様な早さで駆け下りる最中、前方右舷の角から一機の四脚型パルヴァライザーが滑り出してゼクトラの進路上を完全に塞いだ。この後に及んでも、侵攻の手を一切緩めようとしない旧世代兵器群の徹底振りに軽く息をつく。眼球動作に追従したフレームシステムが敵性目標を捕捉、同時に左腕兵装の短機関砲を跳ね上げてバースト射撃による牽制射撃を撃ち込む。
 持ち前の重装甲でその軽い弾を弾いたパルヴァライザーが背部グレネードキャノンの砲身を前方展開、その光景を冷えた視線で追いながら、戦術支援AIにオーバードブースト・システムの起動を口頭指示した。
 直後、前方拡視界に捉えた敵性目標の得物の砲口が轟然と火を噴く。そのタイミングを計っていたアザミは大きく吹かしたブースタ推力で射線上から真横へ移動、操縦把上部カバーを弾き上げて中の起動スイッチを押し込んだ。
 開放された背部大型ノズルから高出力の噴射炎が噴き出し、圧倒的な速度を持ってゼクトラの軽量機体を前方へ弾き出す。その感じ慣れた強いG負荷を身体に受け止めながら瞬く間にパルヴァライザーの頭上を通過、転回される前に単純距離にして百メートル近い間合いを取る。
 最優先すべきは作戦戦域への速やかな到着であり、無駄な接触戦闘やそれに伴う弾薬浪費は抑えるべきである。その為、アザミはパルヴァライザーの追撃が背後から迫ってもオーバードブーストを解除せず、そのまま隔壁境界に急速接近した。
 戦術支援AIの情報処理を介して隔壁制御システムへアクセスしようとした直前、何をした訳でもなく重隔壁設備が自らその扉を両側へ押し開く。そのあまりにタイミングの良すぎる事態に、右腕兵装の短機関砲を開いた隔壁扉の隙間へ向けるが、其処から何者かが飛び出してくる様子は一切ない。
 狭域索敵態勢のレーダーにも動体反応は見られなかった。
 残り百数十メートルに迫った所でオーバードブーストを解除、ゼクトラの機体を背後へ急速転回させる。充分な残余推力を用いて幹線道路上を滑走しつつ、背後から追撃してくるパルヴァライザーに対していつでも応対射撃を取れるよう短機関砲を突き付けながら、そのまま隔壁扉の隙間へ機体を滑り込ませた。
 そしてまたもやそれを確認した隔壁設備が起動し、追い付かれる前に閉鎖を完了した隔壁扉がゼクトラとパルヴァライザーの前に完全に立ち塞がった。
 警戒灯が激しく明滅する重隔壁設備内に侵入したアザミは、動体反応の見当たらない設備内を速やかに移動して大型資材運搬用の昇降機を発見すると、そこの昇降台へゼクトラの機体を搭載させる。戦術支援AIへの口頭指示を思いとどまり、しばし待っているとアザミの予測通りに、昇降機はアザミ以外の機器制御指示を受けて自動起動、警報音がひとしきり鳴り響いた後、地下への下降を開始した。
 ゆっくりと昇降台が下降していく中、アザミはその奇妙なエスコートに歪んだ笑みを浮かべた。
「此方の接近は常時把握済みという訳か──」
 作戦領域となる当該戦域は都市地下核部──その存在を知る者自体が限られている閉鎖空間である。
 それを知っている事と先に言葉にした事実と併せてエデンⅣの内部事情にある程度詳しい事から、此処まで諸々の設備制御システムに介入するに際して、かなり手練の電子情報技術員を運用している可能性を読み取れる。
既に外部データリンクは切断してあるが、干渉工作の痕跡がないかどうかを戦術支援AIに解析処理させた結果、幸いというべきか機体制御システムに異常は発見されなかった。元より、機体制御システムには高性能の電子防衛システムが標準搭載されている為、先方が余程のハッカーでもない限り発見できないという事はない。
『想定作戦領域、約30秒で到着します──』

→Next…

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