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*⑪*


 昇降機の下降制御情報によると、現在地下高度は千数百メートルまで下がっている。エデンⅣ全域に散在する区画隔壁管理局の運営する昇降機でも通常では、地下数百メートル程度の経済管轄階層までしか降りられない。それより先へ進むには、制御システムに専用コードでアクセス指令を出すかプログラム自体を改竄する方法と取らねばならない。
 地下核部構造体は複数の空間層によって構築されているが、不定勢力の依頼主が指定してきた作戦領域はその最下層区域であった。
 その最下層へ、間もなく到着する──
 数十秒後、昇降機の停止と共に制御システムが最下層区域への到着をプログラムヴォイスで伝え、隔壁扉が開放される。
「動体反応はない、が──」
 前方に伸びる連絡通路は赤黒く点滅する警戒灯によってその全貌を淡く映し出しており、ルートマップ上でゼクトラの現在位置を把握。搭載レーダー機能を戦術支援AIの性能支援と併せて並列展開させ、広域及び狭域警戒態勢で反応検出を行ったが、機体周囲半径500メートルには少なくとも動体反応は見当たらない。
 作戦領域──当該戦域である場所のその状況に不審を抱き、右腕部に携える短機関砲の発砲態勢を固定維持して、アザミは通常歩行による隠密索敵を開始する。
 薄暗くはあるが夜間戦闘支援システムを起動するまでもない連絡通路を緩慢な速度で進行し、ルートマップ上直線距離に最下層区域北方ターミナルエリアの広大な設備空間を確認。其処へレーダー索敵が及んだ時、ターミナルエリア内に動体反応が検出された。
(敵か──にしては、動かんな……) 
 レーダー機能が検出した動体反応はターミナルエリア内に僅か一つ、それ以外の物体反応は見当たらず、無論周囲空間にも同様のものはない。加えて、その動体反応は恐らく此方のレーダー波を捕捉しているはずだが、それにも関わらず、ターミナルエリアからの所定行動を一切取る気配がなかった。
 通常歩行による索敵姿勢を固定維持し、アザミはゼクトラをターミナルエリアの方向へ転進させた。
 動体反応の検出から約十分後、ターミナルエリアに直線上に直結する連絡通路へ行き当たったが、その時点でも動体反応は一切の機動行動を起こす様子がない。
 アザミはその事を不審に思いながらも機体搭載兵装の運用状態を再確認、瞬時に戦闘機動へ移行できるよう準備してその連絡通路をターミナルエリアまで通過した。
 ──廃棄線路と資材の残骸が散在、天蓋部まで凡そ百数十メートルもある広大な設備空間がゼクトラの有視界に姿を現した。暫く進んだ後、レーダー機能が検出した動体反応の方向へ頭部のカメラアイを転回させる。
 一番初めに捕捉した時と変わらない座標位置に、その"AC機体"は鎮座していた。口頭指示するまでもなく自己判断した戦術支援AIが捕捉機体の詳細解析を展開する。
 その間にゼクトラの機体を捕捉機体のほぼ正面へ移動させ、約220メートルの距離を取って停止した。
(AC機体のようだが──少し違うか……?)
望遠拡視界に出力したその機体を一瞥した所、外部機体構造はミラージュ社純製のアーマードコア機体【ガイア・モデル】のように見える。が、アザミがそのアーマードコア機体をガイアモデルに酷似したものだと感じたのは、明らかに既存の同種機体と比較して異なる視覚的情報が散見されたからであった。
 事実、詳細解析を行っていた戦術支援AIも当該情報なしの結果を導き出している。
 ──両腕部搭載の突撃型ライフル銃と思しき兵装は見慣れない形態をしており、それは少なくともアザミの記憶の中に見当たるものはなかった。両背部兵装に其々搭載されている兵装についても、同様である。
 それが実働試験用の新規開発兵器だというのなら驚くに値はしないものだが、アザミはそれらを搭載する機体自体に最も注視していた。
 限りなくガイアモデルに近い中量型二脚機体──しかし外部構造に見られる若干の差異として、推力機構と思しきスラスターノズルが構造体各部が挙げられる。
 所属を示す部隊章などもなく、眼前に捕捉した機体はまさに未確認機そのものであった。
 さて、どうしたものかとアザミが幾つかのコンタクトの手段を考えていると、前方未確認機からの通信要請の受信音がコクピットに不意に響いた。その受信音をカットした後、アザミは自らコンソールを操作してその未確認機との回線を確立した。
 数秒の緊迫した空白が両者の間を包み──、
『ぬるい戦場だったろう、──"一つ手の射手"?』 低く静かな、しかし聴く者に確かな緊迫感を伝える鋭い声音。それが、アザミの古い戦場で呼ばれていた俗称を口にした。抑揚に乏しく端的なその声音と言葉は、それを久しく耳にする事のなかったアザミの意識の奥底を強く揺さ振り、過去の記憶を思い出させた。

 ──影を捕まえられるまで、生かされて、生きていけ……

 今はもう戦場を下りた一人の友の言葉が、脳裏をよぎる。
「……──アンヘル。クライアントは、お前か……」
 グレイエンバー作戦以前、所属を共にしたレイヴンとして部隊を率いたかつての同志の名を、そう呼んだ。地上は商業区画で緊急依頼を送信してきた不定勢力のケリー・アルトマンという人間は、恐らく眼前の未確認機に搭乗する彼の事だと、アザミは瞬時に悟った。依頼データの文末に添えられていた標語、それを部隊に広く知らしめたのが彼──アンヘル・セラ・イ・ナダルという男である。
 ──戦場の挽歌を詠え
 常に最前線に在り続け、戦場で幾多の死線に曝されながら友軍を勝利に導いた、かつてミラージュ社陸軍に存在した精鋭機械化空挺部隊──レッド・シーカーズの誇りだった。
 半ば独り言のような問いに、アンヘルはそう言ったニュアンスを強く孕んだ気配を流して見せ、アザミの六感はそれを鋭く感じ取った。
『──"グレイエンバー"を生き残っていたとは、初耳だな』
「──憶えている人間を探すのも困難では、仕方のない話だろうな……」
 変わらず抑揚に欠けた口調ではあるが、その裏側に確かな感情の揺らぎが介在しているのをアザミは手に取るように理解する事ができた。かつてアンヘルとは同部隊のレイヴンとして多くの戦場を共にし、──"グレイエンバー作戦"の際も、部隊が散り散りになる直前まで協同していたのだ。心を感じる事はできなくても、それを察する事はできる。
 たったの数人ではあるにせよ、部隊員の生存者がいるという話をこの五年間でちらほら聞いたものだが、その中に彼に纏わる事実情報は一切含まれていなかった。
 そんな噂話すら出る余地もないほど、"グレイエンバー作戦"で姿を消した彼は死んだと思われていたのだ。
 武装地帯の最前線に押し寄せた数万の軍勢を前に致命的な戦火に呑まれゆく中、彼は幾名かの部下を率いて戦闘を継続した。確かな記憶として残っている訳ではないが、朧げな赤錆色の映像の中に、確かにその際へ立とうとしていたアンヘルの姿をアザミは憶えていた。
 状況がどうであれ古い戦友との再会を喜ぶべきなのだろうが、アザミはその期待を容易に受けれなる事はしなかった。操縦把のセーフトリガーを引き、提げていたゼクトラの右腕を持ち上げる。携えた短機関砲の砲口をガイアモデルのコア中枢部へ突き付けた。
「昔話は余り趣味じゃない。──アンヘル、何の為に此処へ来た?」
 ──この騒乱の渦中に在って緊急依頼を寄こしてきた【ケリー・アルトマン】とクライアントが、アンヘルである事を疑う余地はない。しかし、依頼内容と実際の当該現場における状況の比較事実は著しく異なっている。
 其処に何らかの猜疑を抱くなという事自体が難題であり、たとえ相手が五年振りに再会する死んだと思われていた旧友だとしても、それに対する兵士としての義務を変える事などはしない。
 だからこそ先日も、その延長線上で一人の古い知己と別れを交わしたのだから。
 ──長く戦場を共にした戦友であろうと何だろうと、五年という時間さえ在れば、人間はどこまでも変わる。
 アザミはかつてのその戦友の一人を前にして、レイヴンとして在る以上に冷酷でいた。
 アザミのその鋭利な態度を前に、しかしアンヘルは僅かな意識の揺らぎすらも見せることはしない。それは往来の彼の性質に依るものではなく、彼もまた、この五年の間に相応の密度を生き抜いてきた故である。
 互いの心理を探り合う緊迫した時間が過ぎ、やがて未確認機のカメラアイが僅かに動いてゼクトラを正視する。その細やかなカメラアイの機能動作気付かなければ何でもない程度のものだ。しかし、明らかに既存のAC機体とは異なる高精度の反応動作である其れに気付いたアザミは、やはり未確認機がミラージュ社純製のガイアモデル機体を模しただけの、全く異なる兵器である事を確信した。
 その細やかな挙動は人間のそれであるような──
 アンヘルは気配を一切変えず、先ほどのアザミの問いに答えるべく口を開いた。
『──お前を、殺す為だ』
 殺意の膨張は見られず唯、事実としての言葉のみをアザミは静かに受け入れた。
 最後まで肩を並べて戦い抜いた彼の、アンヘルの五年越しの致命的な言葉に驚きはなかった。
 兵器災害からの五年間──その間に彼の選択した意思が、その言葉をアザミに告げさせたのだ。
 何故、と自ら問うつもりはなかった。代わりにアザミは問い返す。
「何処で、私を知った──?」
 ──グレイエンバー作戦を境にミラージュ社を去った後、執拗な追撃を振り切る為にアザミは公的記録を全て削除した。その為にターミナルスフィア所長であるノウラの手をも借りた。徹底的な情報及び偽装工作の末、自身はグレイエンバー作戦後の何処かの戦場で戦死した──それが最後の公的記録として残されることとなった。
 当然、"グレイエンバー作戦"の記録抹消の為に生存者の粛清を行っていたミラージュ社もそれを最終報告記録とした。本人と判断できる死体が見つからなかった為に掛けられた懸賞金はそのままとなったが、少なくともグレイエンバー作戦を生き抜いて軍から逃亡した"アザミ"という人物は死亡した、という事ことになったのである。
 その真相を、アンヘルは何処で知ったというのか──
 俄かに伝わる都市伝説のような噂のみで確信したとは、冗談でも考えられない。
『──あらゆる手を使った、と言えば満足か? だが、案ずるな。此れは──私の私闘だ』
 決定的な決別の言葉。此方の問いに答えることは終ぞしなかった。が、その言葉から察する限り、何処で知ったか、その全容を知るのは自身のみにとどめていることを、アンヘルは暗に述べている。
 完全に無視された訳ではないが、問いの答えを逸らされたという事だ。
「そうか……では構わん。幸運を、アンヘル──」
『残り火同士の喰い争い、か。幸運を、ファイーナ──』
 その言葉の交わりを最後に、交信を終了。
 有視界に捉えた未確認機が機体重心を下げ、戦闘態勢を確立する。その異様なまでに円滑な機体動作はやはり人の挙動を全て反映したかのようである。
 ──アザミは既に、その未確認機の可能性に行き着いていた。
「……【NEXT】、お前も企業に下ったのか……」
 断定するのは早計かもしれないが、外部構造体にミラージュ社純製のAC機体であるガイアモデルを採用している事から、眼前の"未確認ネクスト"機体の製造元はかつての帰属企業であるミラージュ社の可能性が高い。
 ──財団存続時に既に幾つかのネクスト兵器は試験実働段階にまで到達してはいた。しかし、それらは支配企業群の開発技術を集約したが故に実現した叡智に過ぎなかった。
 超過技術とも言えるネクスト技術は財団の組織的解体に伴って各支配企業へ分散、その後新たなネクスト兵器の開発競争が水面下で継続されている所までは、アザミも把握していた。
 直接関与している訳ではないが、ターミナルスフィアの研究施設へノウラに幾度か連れられ、其処でネクスト兵器なるものの実態を目の当たりにしていたのだ。
 だが、どの支配勢力も──一部例外はあるにせよ──実働型ネクストの開発にはまだ到達していない、というのが此れまでの見解だった。
 ──その見解を改める事実が今、アザミの眼の前にいる。
 アザミは自らの戦意を極限にまで研ぎ澄ますが、その意図とは裏腹に"明確な死"という可能性を意識していた。
 ネクストという存在が持つ戦略的兵器価値は十二分に理解している。自身がAC機を駆るレイヴンであるからこそ、尚更その重大性について分かっているつもりだった。
 従来のアーマードコア兵器では、もしも実働型ネクストを相手にした時、勝つ術はない。
 つまり、今自分はその瀬戸際に立たされているのだ。
 それを強く認めながら、しかし回避する為にアザミはネクスト兵器を正面に見咎めて戦意を研ぎ澄ます。
 術がないというのは戦場で訪れる幾つかの瀬戸際で、従来の意識を引き剥がせなかった場合に限る。
 戦場の幾つかの瀬戸際に、セオリーは通用しない。
 生き残りたいのなら、生き残る事の出来る可能性を見出すしかない。
 ──ミラージュ社製のネクスト兵器、か。
 操縦把付随のトリガーにかけた指に力を込め、
 カメラアイから転送されてくる有視界に閃光の如き光が溢れた事を意識した時には、既に眼前にネクスト兵器が肉薄していた。正対に位置していたにも関わらず知覚外の速度で迫った脅威は、既に左腕部の突撃型ライフルの銃口をゼクトラの頭部に突き付けている。
 視覚情報の認識反応は遅れた──しかし、強化内骨格体の自身の体に刻みこませた経験則は意識の外側から行動判断を送り、アザミは推力用フットペダルを踏み込んでいた。
 最大推力で吹かした噴射炎がゼクトラの機体を右舷真横へ弾き飛ばし、刹那よりも短い差で煌いたライフルの砲口から吐き出された銃弾が、ゼクトラの頭部外部装甲を掠める。
 残余推力をそのままに迎撃姿勢を構築すべくゼクトラを機動転回、空間を切り貼りするような知覚外の速度で移動してきた敵性目標へ機体を向ける。
 ──其処に既に姿はなかった。白緑色の噴射炎の陽炎のみが前方の空間をたゆたい、間もなくしてかき消える。狭域索敵態勢のレーダーに視線を巡らす前に敵性目標の位置座標を予測確定、明確な行動判断の前にアザミは左腕部ターレットを最大展開し短機関砲を後背部へ向けた。
 短機関砲による高密度の火線が空を切り、敵性動体は瞬間推力による回避行動から後方上空へと機体を浮上させていた。左腕部ターレットを固定維持したまま機体を急速展開させ、ゼクトラのカメラアイを敵性目標へと向ける。背部兵装から展開されたグレネードキャノンの長大な砲身が、ゼクトラに突き付けられていた。
「──!」
 グレネードキャノンの砲口の煌きに併せて短機関砲による応対射撃を展開、前方高密度に張った集中弾幕が榴弾飛翔体を直撃し、巨大な爆炎が有視界を埋め尽くす。応酬とばかりに背部コンテナを展開、爆炎の裂け目に捕捉した敵性目標へ向けてマイクロミサイルを射出。
 後の先を取った事により敵性目標が燻り出される格好で、マイクロミサイル群の追撃を受けながら右舷へ飛び出す。分割ディスプレイに出力している拡視界映像で、敵性目標の背部兵装が今度は逆側に転換されているのを肉眼で捉え、アザミは明確な意思判断を待たずにフットペダルを踏み込んだ。
 滑走進路をなぞるように逆進し、予測射線に向けてばら撒かれた重拡散銃の弾幕を明後日の方向へやり過ごす。数秒と持たずに撃墜されたマイクロミサイル群が立て続けに爆発を起こし、赤々しい火球が空中に幾つも浮かび上がる。反転攻撃に転じた敵性目標が重拡散銃と突撃ライフルの砲口を向けた時、それよりも一拍早くアザミは再度マイクロミサイルを同時射出していた。予め火器管制システムに設定しておいた飛翔起動パターンを戦術支援AIが自律選択し、そのプログラムを搭載したマイクロミサイルが敵性目標へ向けて不規則なアウトラインを取りながら飛来していく。
 反転攻撃を中断せざるを得なくなった敵性目標が急速接近してくるマイクロミサイル群の迎撃射撃に転じ、重散弾銃から放たれた無数の火線が雷鳴の如き砲声と共に大気を切り裂く。弾薬消費の効率性を度外視した事により、敵性目標はミサイルコンテナ群の接近を一切許さず、全て同時に撃墜し切る。
 轟く残響音が冷め遣らぬ間に爆煙を突き抜けた対重兵器用の散弾の雨が降り注ぎ、しかしそれらが牽制射撃である事は疑いようもなく、アザミは軽くブースタを吹かして弾幕を機体後方へやり過ごす。何発かの弾をわざと装甲で弾いていなし、その損害度を戦術支援AIが解析して報告する。
『右肩外部装甲、小破。第一種戦闘態勢継続維持に問題ありません』
 掠める程度に止めた散弾銃の銃弾は、しかし通常ACの規格兵装と比較するとやや衝撃力や搭載火力に長けているといえる。
「重い──が、それほど大差はないか……?」
 外部構造体を既存ACであるガイアモデルから流用しているとはいえ、内部駆動構造に至っては全くの別物である事は此れまでの戦闘推移を見ていればだれでもわかる。機体自体のペイロード限界も底上げされている事は、搭載兵装から確認できるが、それらが持つ火力脅威は既存ACと比較して致命的な差がある訳ではないことを、アザミは察知した。
 それでも、正面から喰らえば致命傷は避けられんだろうが──
 交戦開始から現在までの時間推移は、8,65秒──
 ネクスト兵器相手に最初の数秒をよく継戦維持できたというのが、アザミの見解だった。それだけの継戦行為を可能にしたのは、彼我の差とすら言える機体機能である訳ではなく、搭乗者であるアザミ自身や敵性目標の未確認機に搭乗するアンヘルに長らく染み込んだ経験則を互いが理解していたが故である。
 アザミは最初の数秒を乗り切る可能性を、大きく其処に賭けていた。
 ──アンヘルは、変わっていない。
 かつてミラージュ社陸軍が保有していた精鋭機械化空挺部隊──レッド・シーカーズはその運営方針の通り、敵地内部へ深く先行潜入し、速やかな指揮機能の破壊や兵站部隊の排除と言った前衛撹乱戦闘に特化していた。
 強襲、奇襲、威力偵察、殲滅戦闘を旨とし、徹底的な撹乱戦闘によって目標を達する。レッド・シーカーズの任務達成率は同種部隊の中では群を抜いており、それら技術の基礎を作り上げた兵士の一人がアンヘルという敏腕レイヴンであった。
 烏から山猫になっても、アンヘルはそのスタイルを変えていなかったらしい──
 もし、そうでなければ、アザミは自身が最初の三秒足らずで即死していたであろう事を理解していた。
 他の展開戦術を秘匿している可能性が有ることも重々承知しているが、それを出さずに最初の数秒をやり合った事はかなり大きな意味を持つ。
 だが、此処から先はそう上手く行きはしないだろう。
 アザミが此処まで考えているのなら、同じ部隊のレイヴンであったアンヘルが同様の思考に行き着いていない道理はない。つまり、此処から先は互いに別に道を歩んだ五年間で培った戦場での経験がモノを言う事になる。
 しくじれば、それは速やかな己の死──
「アンヘル、貴様がどんな戦場を歩んできたのか聴かせてくれ……」
 幾多もの戦場を潜り抜けてきたかつての戦友、その男が自身の預かり知らぬ時間の中でどのような戦場を過ごしてきたのか、致命的な決別の中ですらアザミはそれの一端を知りたいものだと意識のどこかで僅かに願った。
 ネクストが正面から通常兵器とやり合ってその殲滅に掛かる時間に、数秒もかからない。初見であるにも関わらず、過去の双方の接点のみでそれを覆してみせたアザミを警戒しているのだろう。爆煙の向こうに姿を隠すアンヘルは、牽制射撃から次の機動を起こさずに此方の出方を見ているようだった。
 次が始まれば、一連の結実まで恐らく、数秒の間もない。
 アザミは素早くコンソールを叩き、此れまで一度しか実戦で使う事の無かった機体制御システムの起動プロトコルを完結させた。続いて戦術支援AIに口頭指示し、
「BICS(ブレイン・インターフェース・コントロール・システム)、起動──」
『了解しました。BICシステム起動プロトコル、開始します──』
 コクピット後方部の収納設備から出た接続機構が、アザミの頚部に施されたインターフェースへ物理接続される。それと同時に同調システムの処理プロトコルが進行、頭の中に砂のざらつきのような不快感が巡る。
『BICシステム、起動完結しました。此れより第一種戦闘態勢をBIC制御下に固定維持します──』
 砂のざらつきが収まり、アザミはBICシステムによって高精度で再起動したフレームシステムを意識した。自身の視覚行動をBICシステムの接続によって認識したフレームシステムが追従していく。その精度の余りの滑らかさについ、アザミは口許を僅かに歪めた。
 システム下に入ったフレームシステムを扱い、アザミは若干下げていたゼクトラのカメラアイを上空へ向ける。ゼクトラのその明らかな変化を敵性目標が認識し、未確認機は後方ノズルから噴射炎を吐き出してゼクトラに肉薄する。コンマ数秒しかかからないその接近機動に対し、アザミは此れまで使用しなかった右腕部兵装──物理型射突ブレードに意識を傾注、右腕部を跳ね上げた。
 互いの視線がカメラアイを介して交錯し、此方の迎撃行動に瞬時に反応した敵性目標が有視界内から掻き消える。アザミは強化内骨格施術の恩恵である義眼の卓越した動体視力を用いてその軌跡を追い、フレームシステムがそれに同調する。
 しかし、有視界内に完全に機影を捕捉するのを待たず、アザミは操縦把付随のトリガーを絞った。
 強装炸薬の燃焼によって長大な鋼鉄の杭が、ゼクトラの近接周囲を迂回しようとしていた敵性目標に向けて射出される。杭の突端部が外部装甲を捉えるも、敵性目標は致命打を受ける前に瞬時にその場から回避機動を取った。
(やはり一芸では終わらんな……)
 明確な意思判断を待たずに敵性目標が刹那以下の展開にすら反応できたのは、その機体に搭載されているであろうAMS機構による機体制御の賜物に違いない。
 此処から付いていけるか──
 ──アザミが先に起動したBICシステムは、そのAMS機構に酷似した機体制御技術である。正確に言えば酷似しているのはAMS機構であり、BICシステムは遥か以前から軍事用技術として確立されていた代物に過ぎないが。ネクストに搭載されているAMS機構は従来の類似機構を遥かに凌ぐ高精度の機体制御を可能としており、いくらアザミがアンヘルの行動を先読んでいるとしても、何れ応対行動に遅れが生じるであろう事は、本人が最も分かっていた。ならばと、アザミはゼクトラに搭載していたBICシステムを起動したのである。
 最も、それで機体機能の差が詰められるはずはないという事も重々承知している。
 従来のBICシステムの大半が大脳部皮質機能を経由して高精度の情報伝達を実現している。しかしネクストに搭載されているAMS機構は、ノウラの話によれば大脳新皮質という従来では扱われなかった分野を用いる事によってさらに高精度な情報伝達を可能としているらしい。
 しかしAMS機構は、大脳新皮質に特異な神経回路構造を備えた者だけが正常に機能制御できる代物であり、普及させるには現在の技術力は余りに乏しすぎると、彼女は言っていた。
 ──アンヘルは、その適性を保持していたというのか
 空間認識能力を大幅に底上げしたフレームシステムで、地上百数十メートル前方へ後退した敵性目標を有視界に捕捉──アザミは戦況が致命的な域に達する前に動いた。
 火器管制システムを右背部コンテナへ転換──垂直発射式ミサイルを上空へ向けて連続射出した。戦術支援AIによるプログラム修正を受けた計八基のミサイル群が急速上昇し、順次投下高度に達する前に分解した弾頭部から小型子弾が広範囲に向けて散開した。
 戦術支援AIが支援態勢段階を跳ね上げ、有視界外を含む交戦域全域に拡散する小型子弾の豪雨の落下軌道を解析捕捉、メインディスプレイに落下軌道を随時更新出力する。
 漆黒の豪雨が降り注ぐその下で、二機の機動兵器は同時に接近を開始した。
「果てが、見えるぞ──」
 此方の出方と同様、落下軌道を全て解析捕捉したのだろう敵性目標は瞬間推力による高機動を極力抑える。過度の移動能力を齎すその機能を用いては、無秩序に落下してくる小型子弾への接触爆発に対する対応が遅延する事をよく理解している。
 アザミは大きく口許を歪め、先行落下してきた子弾群を的確に回避或いは撃墜しながら眼前の敵性目標へ迫り往く。敵性目標も進行の障害になる落下子弾のみを突撃ライフルをバースト射撃で撃ち落とす。
 敵性目標のその慎重とも言える出方にアザミは可能性を見出した。
 火器管制システムを左背部コンテナへ転換、戦術支援AIに射出ミサイルの回避軌道をインプットさせる。着弾目標までの回避軌道を瞬時にシミュレーションさせ、その完結と同時にアザミは操縦把付随の射出スイッチを押し込んだ。マイクロミサイル群は射出後急速上昇し、次々と落下してくる子弾群をインプットされた回避機動に従って糸を縫うように避け、上空へ急速上昇していく──それが着弾目標へ過たず吸い込まれていくのを有視界の隅で見送った直後だった。
 精密射撃によって安全軌道を自ら切り開いた敵性目標のネクストが、後方ノズルより出力を絞った──それでも充分な推力を齎す噴射炎を吐き出して弾丸の如く迫り来る。
 アザミはその眼前から迫りくる強襲機動に対し、応対射撃を前方ではなく上空へ向けて展開した。短機関砲によりばら撒いた弾幕が上空から落下してきていた子弾群を次々と誘爆発させる。無数の小さな爆炎が頭上を赤銅色に染め上げ、多重の炸裂音が広大な空間を反響していく。
 固定維持していた左背部コンテナに残存のマイクロミサイルを前方へ向けて全基射出、同時にコンテナをその場へ切り離す。前方から殺到するマイクロミサイルをネクスト機体は突撃ライフルによる高密度射撃で撃ち落とし、その端から見れば悪あがきにも取れる攻撃の中を突き抜けて突進攻撃を仕掛けてきた。
 その交錯の間際こそが、アザミの予測していた結実の時だった──
 頭上に広がる爆炎の海を突き破って落下してきた無数の物体──マイクロミサイル群の直撃を受けて崩落した天蓋部の大きな瓦礫片が頭上から降り注ぎ、眼前に肉薄してきていたネクスト機体を直撃した。大質量の瓦礫片の直撃を受けて機体バランスを崩したネクスト機体がその場で機動を中断、その完全な停止状態を捕捉したアザイは其処へゼクトラを突進させた。
 機体姿勢を持ち直すも退路を塞ぐ瓦礫片に意識を取られていたネクスト機のカメラアイと、視線が交錯──
 右腕部に備えていた射突型物理ブレードの刀身を敵性目標のコア中核部に向け、アザミはトリガーを引き絞った。突進推力を上乗せした鋼鉄の杭を至近距離から撃ち放ち──

 結実まで数秒足らず──アザミの見立ては間違っていなかった。しかし、その思いもよらない形で飛び込んできた終幕にアザミは目を瞠った。
「何だ、それは──」
 コア中核部を貫くはずだった鋼鉄の杭は、その手前でコクピット内部への侵入を停止していた。そして、ネクスト機の機体周囲を巡るように環流する薄い白緑色の膜の存在に其処でようやく気づき、アザミは不意にそう遠くない記憶を思い出した。

→Next…

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