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*⑫*


 理論的には実現可能だとその技術概念のみが、かの財団存続時に提唱されていた、とノウラがいつか言っていた。そして、こうも。
 ──そんなモノが実用化されれば、現存する地上兵器は全て無意味になるだろうな
 プライマルアーマー機能──軍事転用されたコジマ粒子の新たな可能性の形──
 一瞬の空白だった。その間に、その白緑色の膜に守られていたネクスト機のカメラアイに一際強い光源色が宿り──アザミはその空白を掴み損ねた。
 弾き上げられた二挺突撃ライフルの砲口が至近距離で煌き、致命的な反転攻撃をゼクトラは被った。
 間断なく浴びせ掛けられる弾幕が機体各部を吹き飛ばし、ブースタ逆噴射による緊急後退の最中に左脚部関節部を撃ち抜かれたゼクトラが機体を傾しがせ、その場に片膝をついた。その間にも飛来する弾雨が外部装甲を切り裂き、ゼクトラの頭部と左腕部を破壊、短機関砲の銃身が被弾して誘爆する。コア胸部にも同様の弾幕が押し寄せ、その衝撃でコクピットが大きく揺さ振られる。破損した機器群が火花を上げながら弾け、そのうちのひとつがアザミの側頭部を強打した。
 ──弾幕が止んだのは、どれくらい後だったか。頭部を強打しながらも意識を気丈に保っていたアザミは、コンソールに手を伸ばした。辛うじて機能している戦術支援AIに機体状況を解析させる。
 機体損耗率89%、第一戦闘態勢の継続維持は此れを不能──
 ノイズの走るカメラアイを前方へ向けると、其処には変わらずほぼ無傷で佇むネクスト機体の姿があった。
 落下し切った子弾群による残り火が周囲に散在して設備空間内を照らし出し、さながら此処は地獄の果ての底のようだとアザミは思い、口許に諦観の笑みを浮かべた。
 通信要請が入り、戦術支援AIに口頭指示して回線を繋ぐ。
 しかし、互いに何らかの言葉を投げかける事はなく僅かな静謐の後、通信要請を行ってきた当の敵性目標が機体を転回させた。機体が向く方向には、一本の連絡通路の入口がある。
 そこでようやく、アンヘルが言葉を寄こしてきた。
『再び戦火を交える事としよう、友よ──』
「──随分な矛盾だな。私を、殺しに来たんだろう?」
『我々"残り火"は、何れも共存を望んでいない……。お前はどうだ──』
「──構うなよ。私はどうだって良いんだ、あんな事はな……」
『だが、"残り火"の最後が潰えるまで我々は、誰も彼もを追い続けるだろう……』
 若干の沈黙が降り、その後、
『──死ぬなよ、ファイーナ』
 その言葉を最後に、アンヘルは自ら通信体制を解除した。
 最後のその言葉──アザミは得心した。やはり私達は、最早決別した者同士だという事をアンヘルは伝えたのだ。この場は去るにしても、アンヘルの私闘の末にアザミを殺すのは、自身以外にないのだと。
 そう静かに受け入れた時だった。
 設備空間の内壁が外部から不意の轟音と共に吹き飛び、膨大な量の粉塵がその場所を中心に舞い上がる。聞き慣れない駆動音と共に一機の機動兵器が噴煙を突き破って姿を現した。
 カメラアイを傾けてその機影を視認し、アザミは頭のどこかに残っていた記憶を揺り起こしてその機体と照合する。
 ──実働試験機体、ガロか?
 そう見当たりをつけた時、今しがた介入してきた機体から通信要請が新たに入った。
『此方【マルシア】、ガロだ──。大丈夫か、アザミ──』
 既にこの戦域を去ろうとしていたアンヘルがネクスト機の頭部のみを動かし、実働試験機であるマルシアの姿を捉える。当該戦域の現状を見ればガロでなくとも大体の察しはつく。事実、ガロは一言も言葉を発する事なく不意に実働試験機の搭載兵装を跳ね上げ、アンヘルに向けて搭載兵装群のひとつである多砲身式機関砲を唸らせた。
 その突発的な攻撃をアンヘルの搭乗するネクスト機体は、瞬間的にブースタ機構を吹かして回避し、同時に機体転回を済ませると最大推力で連絡通路へ瞬く間に離脱していった。
 ガロが巨躯を備えた実働試験機を追撃に向かわせようとしているのをアザミは察知し、彼に静かに、しかし強く諭す。
「──追うな、ガロ」
 そう言うと、ガロは実働試験機の後方ノズルから吐き出していた噴射炎を止ませた。持ち上げている搭載兵装は連絡通路に突き付けたまま、通信回線を通じて言葉を投げかけてくる。
『あの機動──まさかネクスト機か? よく生きていたものだな』
「すこし、火遊びをしていただけさ──」
 そう言い、アザミはゼクトラの半壊したカメラアイをアンヘルの去って行った連絡通路に向けた。回線の向こうでガロが救援部隊の派遣を社に要請したという報告を耳に入れながら、連絡通路の奥の闇を注視する。

 ──"グレイエンバー"の残り火は、誰も彼もを追い続ける

「──その為に戻ったのか、アンヘル……」

 AM09:37──
                              *

 AM09:34──

 自分が何処を眺めているのか、最早そんな事もはっきりと感じられない
 ただ極限にまで削り落された意識の中、不要な感情を一切排した獣の様な闘争心だけが、相手を睨み付けている。
 第一種戦闘態勢による過度の接続負荷は、実働試験型ネクスト機体【マルシア】の搭乗者であるガロに深刻な意識弊害を齎し、機体自体の継戦能力の有無に関係なく彼自身の身体が悲鳴を上げていた。
 ──最初のAMS接続時の負荷を乗り切ったとして、持てる時間は二分足らず。
 第一種戦闘態勢移行からの時間推移は既に二分に迫っている。しかし、ガロはそれでも一切止まろうとしていなかった。弊害である接続負荷によって剥き出しになった根源的な攻撃衝動である闘争心が、ガロ自身の正常な意識を蝕み、接続解除という緊急手段を思い出させない。
 鼻腔の血管が破れて溢れだす流血にも構わず、ガロは操縦把を握り締め続ける。
 有視界内の宙空を無尽に飛び回って回避機動を取り続ける敵性動体──ファントムヘイズを捕捉し、左腕部適合搭載兵装の35ミリ多砲身式回転機関砲を唸らせる。
 その圧倒的な弾幕射撃をファントムヘイズは奇跡的な回避機動で搔い潜るが、ガロの灼熱した意識は既に次の戦術展開へ向いていた。
 過度の接続負荷による激痛と悲鳴とも取れない呻きを抑え、既にまともに介在していない意思判断──本脳とも言える其れを汲み取った統合制御体が、マルシアの機体にその情報を反映する。
 レールシステム式適合兵装の搭載火力を複数同時展開、主兵装である多砲身式機関砲の弾幕射撃の最中、そこへ更にグレネードライフルと軽装型地対空ミサイルによる追加攻撃を放つ。
 圧倒的と呼んで相違ない火力がファントムヘイズの全方位から強襲を仕掛け、ついに追いつかなくなった応対射撃の隙間から射出榴弾が侵入した。ファントムヘイズの外部装甲を着弾した榴弾の爆発が吹き飛ばし、其処へ更に複数の射出榴弾が喰らい付く。
 度重なる致命的な攻撃に対して機体制御を崩すも、ファントムヘイズは攻撃態勢を崩さず右腕部に携えたスナイパーライフルを最大限に活用して後続から迫る地対空ミサイルを撃墜。
 近接信管式の榴弾が自動炸裂して火球の壁を作り、ガロは宙空へ向けてマルシアを突進させた。
 マルシアの外部装甲はあらゆる実弾兵器をも無力化すべく堅牢に作られ、それは通常の機動兵器ならば移動能力に致命的な欠陥を及ぼすものである。
 しかし、マルシアに搭載された大型ブースタ機構はそのリスクなどものともしない機動力を齎す。事実、マルシアの機体は背部ノズルから吐き出された噴射炎によって強引に浮上、時速1000キロオーバーの強化推力によってファントムヘイズとの間合いを一瞬で詰み切った。
自ら火球の壁を突き破ってその先のファントムヘイズと肉薄、レールシステム式適合兵装から大きく突出した砲身を持つ主兵装の方向を頭部へ突き付ける。
 圧倒的火力の弾幕が頭部を撃ち砕くかと思われたが、ファントムヘイズはサイドブースタを最大推力で吹かし満身創痍の機体をマルシアの後方右舷へ弾き出した。
 即座に機体を転回、後退を試みるファントムヘイズへ貼り付くように追従する。同じプロトタイプネクストとはいえ製造元が異なった結果が此処に如実に表れていた。彼我の差とも言える機動力によって、ファントムヘイズが応対射撃を取るよりも遥かに早くガロは意思判断した。右腕部適合兵装のレーザーブレードから高出力の刀身を発現させ、それをファントムヘイズの機体右舷に向けて斬り払った。
 蒸発も同然に機体右舷の外部装甲と右腕部を失ったファントムヘイズが不意にオーバードブーストシステムを起動。追撃すべく統合制御体に語りかけようとした時、ガロは自身の口許から赤黒い液体が流れ出たことに気付いた。それに伴って機体制御態勢が急激に不安定化、統合制御体が負荷数値の急激な上昇を伝える。
 マルシアの機体を辛うじて地上へ降下させ、オーバードブーストによって連絡通路付近まで間合いと取ったファントムヘイズの機影を有視界に捉える。
 投射型メインディスプレイに出力のデジタルウォッチは02;45を指している。
 ──限界か
 負荷数値は身体機能の耐久限界に達し、此れ以上の第一種戦闘態勢の継続維持は自身の生命に深刻な影響を与える事を統合制御体が報告してくる。
 灼熱する意識と赤く染まった有視界の中、ファントムヘイズが不意に戦闘機動を停止したマルシアを見咎める。そして一時が過ぎ、中破と呼ぶには深刻な損害を被ったファントムヘイズは後方ノズルから噴射炎を吐き出して戦域から離脱していった。
 統合制御体に強く意識して語りかけ、第一種戦闘態勢を解除、機体制御態勢を第三種広域警戒態勢へ固定維持する。灼熱していた意識が急速に冷めていき、それに伴って麻痺していた全身の痛覚が覚醒し始め、ガロはその覚えのある痛みに若干眉を顰めた。
「互いに生きた、か──」
 ファントムヘイズの去った深遠の闇を見つめ、ガロはいつか昔の誰かを脳裏に思い出していた。
 戦場の果てに残った末、最後に生きる場所を違えた誰か──
 ファントムヘイズと自身、どちらがどちらの影かは分らない。
 だが、彼は間違いなく立つ場所を違えた己と、ガロは強く意識できた。
 たかが数時間とはいえ高密度に続いた戦闘の中でぼろぼろになった心身を見咎め、ガロは浅い息をつく。
 この騒乱が残すであろう禍根の可能性に思考を巡らそうとした時、第三種広域索敵態勢のレーダーが近隣区域に二機の動体反応を捕捉。搭載センサー群が解析捕捉したその内の一機は、連邦管理局から依頼を受けて出撃したターミナルスフィア戦力の一人であるアザミの搭乗機体だった。
 動体反応の挙動と搭載センサー群が収集する戦域情報から、どうやら二機の動体反応は交戦状態にあるらしいと予測できた。
 その戦域情報ではかなり苛烈な交戦が展開されているようであり、ガロは一時、とはいっても数秒足らずだが思案を巡らし、その戦域への武力介入を迅速に判断した。
 過度の接続負荷によりAMS接続に必要な脳機能を消耗してはいるが、第一種戦闘態勢より一段階下の戦闘態勢を適宜維持すれば何とか継戦行為は可能だった。
 統合制御体のシミュレーションシステムも、第二種戦闘態勢での継戦闘行為は34%で随時可能という結果が出力されている。
 直線距離で介入戦域へ急行すれば、所要時間は一分もない。
 ガロは速やかに機体制御態勢を第二種戦闘態勢へ移行、再び脳部にかかった鉛の様に重い接続負荷を無視して統合制御体に語りかける。左腕部適合兵装を介入戦域直線上の内壁へ突き付け、其処へ向けて総火力を撃ち込んだ。やがて崩落した内壁の向こうに連絡通路の空洞が出現、其処へマルシアの機体を突進させた。

 AM09:36──
                             *

 AM09:25──

 興行区画、商業区画隔壁付近──

 一度食いついたら、死なない程度に死ぬ気で食らいつけ──
 生前、深酒に酔った父が一人娘との酒の席で言った一言だが、ノエラは十四年前に聞かされたその言葉を今でも鮮明に覚えていた。
 その席の三年後、彼女の父はある戦場へ取材に赴いた際に戦闘中行方不明となり、十年以上が経過した現在でもその遺骨は発見されていない。
 家庭を顧みずに戦場へふらふらと出かけていった彼を周囲の親族は、侮蔑の入り混じった眼でいつも冷ややかに見ていた。しかし、ノエラにとっての父の記憶はそれ程悪いものではなかったし、取材活動から我が家に帰ってきた時には、彼は父としての役目をしっかりと果たしていたと憶えている。
 そんなノエラが三年前にグローバルコーテックス隷下の民放局付きジャーナリストになった時、一部の親族は彼女が十年以上も前に死んだ父の後を継いでしまったのだと、大層嘆いた。
 形式上は継いだといっても言い返せないが、別に継ぐ程の意志が父に在った訳ではなかったし、気付いたらその道を歩んでいたという程度のものでしかない。しかし、老年を迎えた母は彼女のその選択を祝福し、彼女が父によく似ていると言った。
 ああ、やはり私はれっきとした父の娘だったのだと、ノエラはその時にようやくその事実を誇りに思う事ができた。
 グローバルコーテックスの本社機能が収容されている閉鎖型機械化都市【エデンⅠ】から【エデンⅣ】に派遣されてきて以来だから、【エデンⅣ】の生家に暮らす母と姉弟達とは二年以上顔を合わせていない。最後に此方の消息を伝える手紙を送ったのも一年近く前の為、そろそろ実家の方は自分が死んだと思っているのではないかと、ノエラはそう考えて口許の淡い笑みを浮かべた。
 ──今度、一度帰ってみてもいいかな
「ベランジェ、あそこよ。二六階の駐車スペースなら、さっきのストリート方面を観れるわ!」
 その指示に運転席でハンドルを握るベランジェが了解、と短く応え、路上に放置された大量の自動車の隙間を縫った先の十八階インターチェンジから産業ビル内部へとジープを小気味よく滑り込ませた。
 蛍光灯の瞬く駐車場内部を路面の地上標識に従って抜け、上階層へ直結する螺旋通路をベランジェの操る軍用ジープが猛速度で駆け上がっていく。休日の趣味は専らドライブとだけあって彼の運転技力は同僚達の中でも優れており、だからこそノエラは相棒である彼の隣に安心して腰を下ろすことが出来ている。
 最も、興行区画のアリーナ施設から此処までたどり着く中、ベランジェは幾度か断末魔のような絶叫を上げては歩道に乗り上げたり高速で蛇行運転をかますなどしてくれたが。
 同僚とはいえ、ベランジェとは局内での配属部署内での役割が正確には異なる。彼はグローバルコーテックスが主催するアリーナプログラムの取材活動が中心の内事報道課であり、ノエラは外部、主に武装地帯での取材活動をする外事報道課である。ベランジェは戦場の一線での取材経験が圧倒的に不足しているため、今回のように突発的に起こった騒乱に対して冷静な対応が遅れているのも無理はないと、ノエラは理解していた。
 しかし、派遣日程の遅延からアリーナプログラムの取材班に合流したが故に、この騒乱の現状の仲でベランジェを足として使えたことはノエラにとってかなりの幸運と言えた。
 やがて二十六階の階層表示板の下を通り過ぎ、ベランジェがハンドルを小気味よく切ってインターチェンジ出口へとジープを向かわせる。不規則に明滅する蛍光灯が照らし出すガラ空きの駐車スペースを縦断し、産業ビル外部へせり出た駐車スペースの縁へベランジェはジープを停車させた。
 ドアの上を身軽に飛び越え、首元で揺れる双眼鏡を手で抑えながら外部駐車スペースの欄干部へ走り寄る。携行用ハンドカメラを起動したベランジェが隣に追いつき、欄干の向こうで一望できる景色にレンズを向けた。
 焦げ臭い臭気が鼻腔を突き、しかしその極めて嗅ぎ慣れた臭いを無視して区境界のメインストリートの方へ視線を向ける。密集して林立する産業ビル群の各地から黒煙と炎が吹き上がり、地上と上空の相方でとめどなく火線が行き交う光景を目にし、ノエラは口にこそ出さなかったが厳しい表情を顔に浮かべた。
 その致命的な惨禍の中、視線を向けていたメインストリート方面から一筋の閃光が閃く。
「あそこだわ、ベランジェ!」
 ノエラの指差した方向へベランジェが追従する。ノエラも其処で首に提げた双眼鏡に眼を押し付け、閃光の疾った方向へ望遠レンズの倍率を急いで合わせる。
 そして再び、恐ろしく強い光量を伴った青白い閃光が産業ビルの影に旨い具合に隠れたストリートから走る。やがて産業ビル群の高層構造体が途切れ、そこで漸くノエラは双眼鏡を介して臨む視界の中に、目的となる彼らを目視した。
「アレは、ブリューナグ……!」
 メインストリートである幹線道路上で一進一退の攻防戦を展開している二機のAC機体の一方を見咎め、機体の構造的特徴から白いそのAC機体がグローバルコーテックス帰属のランカーAC【ブリューナグ】であるとすぐに気づく。内事報道課でないとはいえ、グローバルコーテックス帰属のレイヴンについては予備ランカーまでその詳細を全て頭に叩き込んである。
 隣のベランジェも早々に気付いていたらしく、しかし彼の視線はブリューナグが交戦中の機体──ACと思われる赤い機体に向いていた。
「あの赤いの──。あの動き、ACじゃ在り得ないぞ!」
 ベランジェのその言葉に改めて気づくまでもなく、ノエラもまたブリューナグが相手にしているAC機体を目にして、自分の目を半ば疑っていた。
「──ナインボールは、普通のACじゃないというの……」
 ノエラはその赤い機体の名を独白のように呟く。アリーナ施設から脱出してしばらく興行区画の戦況取材に回っていた時、ちょうど走行中だった幹線道路下層部を疾走していたその赤い機体を目撃していた。ノエラはそれを見て、ベランジェに後を追跡するよう指示したのだ。
 自身がナインボールと呼んだ赤い機体がグローバルコーテックスの所属でないのは無論、今回エデンⅣの防衛戦闘に当たっているAC部隊の中にも含まれていないことを、ノエラは分かっていた。

 自身で直接眼にしたのは今回が初めてだが、ノエラは以前にもその赤い機体を見たことがあった。

 その赤い機体──ナインボールはコーテックスランカーのブリューナグと同等か、それ以上の勢いで攻勢を展開している。ブリューナグが片腕に携える光学兵器の閃光を悉く回避するその機動力は圧倒的という他なく、その機体性能は従来のAC兵器に備わっている性能規格を大きく凌駕している事に疑いようがない。
 凌駕──恐らくそんな程度の温いものではない。
 機体構造こそ従来の部品から構成されているように見えるが、機体展開能力は明らかにAC兵器のそれではなかった。次元が違う──それでも双眼鏡の先の視界の中で、ブリューナグは神憑りともいえる戦闘機動を展開し続けている。
 ノエラの呟きに対し、ハンドカメラを覗き込む視線を維持したままベランジェが問う。
「何か知ってるのか、ノエラ……?」
「少し前、レイヴンズアークの知り合いから聞いたのよ。──あの機体、ナインボールの事を」
 改めてその赤いACの名を口にしたのみで、それ以上の背景事実を彼に伝える事をノエラは躊躇い、結果的に言葉を紡ぐ事はしなかった。
 ──ナインボール。
 業界内でグローバルコーテックス社と熾烈な権益競争を展開する大手傭兵仲介企業【レイヴンズアーク】に、ノエラは至極個人的な人脈を持っていた。そう遠くない以前、レイヴンズアークへ業務交渉会議の取材活動へ出向した際、ノエラは人脈の一人である知己と会い──ナインボールと称されるモノについて聞き及んだ。
 統一連邦軍事力の中、上位機構である統一政府が保有する完全に独立した軍事力。
 発足から一世紀が経過しその歴史の中で形骸化を重ねながらも、なお世界統治機構としての存在性を謳う統一連邦政府の切り札。
 ノエラもおいそれと口にする事はかなり憚られたが、彼女はそこで漸く自身の父が最後の取材活動で残した遺品である写真の中にいた一つのAC機体が、ナインボールという名である事を知ることができた。
「ベランジェ……。私達、ヤバいもん撮っちゃったかもしれないわよ……」
 かの機体は公に知られてはならない存在だと、アークの知己は口を酸っぱくして言っていた。軍事方面でこそ、ナインボールという統一政府の兵器は圧倒的な抑止力である脅威として広く、それでも非公式に知られるにとどめられている。
 難しい考え方をしなくても、自身達が今眼にしている光景がどういう価値を持っているのか、ノエラには背筋を冷や汗が流れるほど分かっていた。
 本来ならば撮影記録を抹消、撮影機材も何もかも全ての痕跡を消しさるべきである。
 ──だが、ノエラには簡単にそう出来ない理由があった。
 消息不明になった父の遺した写真がそれである。写真自体は彼の死後暫くして生家に届いたものであり、写真の裏には父が消息不明になる数日前の日付が書き記されていた。
 親族は誰もが、父は何れそうなる人間だったと、口を揃えて言った。
 一人娘のノエラは、父が最後に送り付けてきたその写真に何の意味が込められているのか、知りたかった。だから遺品として共に埋葬されるはずだったその写真だけを密かに抜き出し、自身の手元に置き続けてきたのである。
 父が今も生きているかもしれないなどという下手な願望はない。しかし、消息不明となった末の彼の軌跡をその一枚の写真からいつか辿れるのではないか、そうノエラは長年思い続けてきたのである。
 ──世界秩序を乱す危険因子を粛清する存在・ナインボール。その存在は公には知られてはならず、それを過度に知った者は同様に排除される──。
 ノエラは心のどこかで、その世界秩序の暗部に父の軌跡があるのだと確信している。
 一枚の写真と都市伝説じみた存在でしかなかったその存在が今、ノエラの眼前に姿をさらし、そして敵対するAC機──ブリューナグを追い立てている。
 ブリューナグが片腕に構える光学兵器を斉射するも、そのいずれもが赤いAC──ナインボールへの決定打には直結せず、ついに間合いを詰めたナインボールがブリューナグの後背部へと滑り込んだ。
 三年と少しとはいえ既にいくつかの大きな戦場での取材活動を経験してきていたノエラにとって被写体の死は珍しいものではない。それでも同じグローバルコーテックスの人間として、次に予想された最悪の結末に目を見開いた時だった。
 上空でグレネードキャノンを展開していたナインボールの後背を、地上から駆け上がった一筋の青い火線が襲う。後背部のブースタ機構を撃ち抜かれたらしいナインボールが機体姿勢を崩して急速に降下していく。
 地上のメインストリートへ双眼鏡を向けると、若干離れた場所に三つ足で立つ四脚型ACの姿があった。どうやらあの機体がブリューナグの窮地を寸での所で救ったらしい。
「あの機体、コーテックスの【黄龍】だぞ、ノエラ」
 ベランジェが口にした【黄龍】というのが今ブリューナグを救った四脚型ACの機体コードである。彼の注釈じみた独り言の後に思い出したが【黄龍】を駆るレイヴンのメイファも、コーテックスアリーナで名を知られるトップクラスランカーの一人である。
 ブリューナグがレーザーライフルから三発の青白い閃光を、ナインボールの落下に合わせて撃ち放つ。有効な回避機動も取れず容易くその攻撃を受け、内最後の一発がナインボールの膝関節を捉えた。
 二機のトップクラスランカーによる瞬間的な連携により、着地と共にナインボールが路上へ膝関節を崩す。
「すげえ──」
 ベランジェが感嘆の声を漏らしそれに胸中で同調し、双眼鏡の向こうに望むメインストリート上でブリューナグが各座したナインボールに光学兵器の砲口を突き付ける。
 苛烈な戦闘の終幕が目の前に訪れるかに思われた刹那、欄干から身を乗り出していたノエラとベランジェの頭上に覆い被さる大きな影が現れた。
 首を回すよりも前に背後から奇怪な動作音が聞こえ、ノエラはベランジェの身体を自身ごと横合いへ突き飛ばした。華奢な体つきとはいえ大人一人分の体重を受け止めたベランジェが、「うえっ」と何か胃の内容物でも吐くようなうめき声をあげる。ノエラは一足先に素早く立ち上がり、今しがた自身の居た場所に現れた驚異を目の当たりにした。
「嗅ぎ付けられたっ……?」
 青白い眼光を宿した四つ足の旧世代兵器──対白兵戦用のパルヴァライザーが立ちふさがる。大型の機動兵器ではなくあくまで蹂躙用に調整されたその機体は、マニピュレーター式腕部に多砲身式回転機関砲を持ち、その砲口を此方へ突きつけるべく、奇怪な動きで脚部を転回する。
 カメラアイに捕捉される前に急いでベランジェを引き摺りあげ、彼の背中を押してキーを差しっぱなしのジープへ走らせる。
「早く走って、逃げるわよ!」
 自身が踏みつけたおかげで咳き込むベランジェを強引に急きたてた時、彼はあろうことか右手に持っていたハンドカメラをその場に取り落した。即座に踵を返そうとしたが同時にパルヴァライザーのカメラアイと視線がぶつかり、ノエラは慌ててジープへ向かった。
 ベルトを装着するのも惜しかったベランジェがアクセルペダルを踏み込み、発進寸前のジープへ文字通り飛び込む。弾丸の如く弾きだされたジープの後に、パルヴァライザーの放った本物の弾丸が撃ち込まれた。
 続く機銃掃射がインターチェンジへ向けて発進したジープを追撃し、追いついた数発がジープの外殻に弾痕を穿った。被弾の衝撃に車体が震動した直後、不意にパルヴァライザーの機体が強い電流でも流れたかのように硬直した。青白く発光するカメラアイが不規則に明滅し、それに合わせて機銃掃射も止んだ。
「どうしたのかしら──」
 そう口にした時、機動を停止していたパルヴァライザーの外部装甲が剥がれ飛び、衝撃を受けた機体が大きくのけ反る。
 その事態に驚いたノエラは慌ててベランジェの後頭部を叩き、
「待って待って、止まって!」
 事態を呑み込めないながらも言葉を受けとったベランジェがブレーキを踏み込み、ジープが数メートルほど横滑りしてから停車する。ノエラは外部駐車スペースの上空を振り仰いだ。
「コーテックスの航空部隊──、私達ってツイてるみたいね」
 数機で編成されたガンシップ部隊が此方へ向けて急速接近し、どうやらその内の一機の搭乗戦力が先ほどパルヴァライザーに向けて遠距離狙撃を喰らわせたらしい。実際、もう一発の砲弾が放たれパルヴァライザーを更に横合いへ吹き飛ばす。
 地面にハンドカメラが無傷で落ちているのを見咎め、ノエラはベランジェの耳元で叫ぶ。
「あのカメラを回収したいの、行って!」
「無茶言うなっ。近づいたら撃たれるぞ──」
 当のパルヴァライザーは被弾の衝撃で離れた場所にまで吹き飛ばされ、機体姿勢の立て直しを図っている。今ならば行けると強く踏んでいたノエラは、
「アンタ、あの映像がどんくらい値が張ると思ってんのっ。あんたの給料十年分でも足んないわよ!」
 その言葉に眼の色を変えたベランジェがどうなっても知らんぞ、とかなんとか呟きながら思い切りよくアクセルペダルを踏み込み、全速力でハンドカメラのもとへジープを向かわせる。
 視界の先でパルヴァライザーが機体姿勢をほぼ取り戻す中、ノエラはドアの上から身を乗り出し地面に転がるハンドカメラを拾い上げた。
「取ったわ、行って!」
 速度もそのままにベランジェがハンドルを切る。完全に立ち直ったパルヴァライザーが何故か接近してくるガンシップを無視し、ジープ目がけて機銃掃射を加えてきた。
 助手席で頭を出来る限り低くしながら螺旋通路へ入り込むと同時に、執拗に続いた追撃が止んだ。
 どうやら、ガンシップ部隊との直接戦闘へ入ったらしい。
「俺、生きてるか……?」
 青ざめた顔でそういうベランジェの前のフロントガラスは被弾によってクモの巣のようなヒビが入っている。
「ちゃんと首繋がってるわよ。心配ならミラーで確認してみなさい」
 冗談めかして言った後半の台詞の通りミラーで自分の顔を確かめるベランジェに、浅く息をつく。その傍らノエラは自身の手に収めたハンドカメラを起動、記録映像が保存されている事を確認すると取り出し口から記録媒体のディスクを抜き取った。腰元のポーチから別の記録ディスクを取り出してセットし直す。
 やがて元来た道を下り、十八階インターチェンジから幹線道路へとベランジェがジープを向ける。幹線道路へ飛び出した時、予想通り待機していたコーテックス地上部隊の光景にノエラは軽く肩をすくめた。
 兵士の一人が停車誘導を行い、それに従ってベランジェが脇道にジープを停車させる。下車指示に速やかに従って何処ぞへと誘導される中、歩兵部隊がインターチェンジから内部へ侵入していく様子を見送る。
 やがて一台の装甲車の傍へと案内され、その場にいた部隊指揮官と思しき年季の入った顔の士官と顔を合わせる。
「怪我はないかね?」
「お陰さまで、大丈夫でした。ありがとうございます」
「現在都市全域に第一種広域避難指示が発令中だ。君達はあそこで何をしていた?」
 これまた予測通りの質疑応答にノエラは胸中で薄く笑み、腕章と併せてワイシャツの中にしまっていたプレスカードを持ち出した。
「GCNの報道員です。避難指示については知っていました。其処から先は、独自判断により行動していましたが」
 やがて産業ビルの上層部を見上げ、
「何か、撮ったかね?」
「いいえ。特に其方の不都合になるようなものを撮影したつもりはありませんが」
 ノエラは父譲りの鋭い観察眼を持っていた。だからこの時、コーテックス士官の壮年の男が保つ無表情の奥に、此方の真意を探るような動きがあったのを察知する事ができた。
「撮影記録は機材を含め接収させてもらう。君達には申し訳ないがね? 何か質問は?」
「いいえ」
 ベランジェにも目配せして彼がバッグに詰め込んでいた撮影機材一式を傍にいた兵士に渡させた。ノエラも手に持っていたハンドカメラを丸ごと手渡す。
「これで全部か? 随分と少ないな」
「事態が事態でしたので、他の機材は殆ど途中で壊れました」
「そうか。君達は輸送車に乗ってくれ。コーテックス複合ビルのシェルターまで連れて行ってあげよう。撮影機材は後日の保障を約束するよ」
「感謝します」

→Next…

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