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Dépression du chevalier*②」


(何をしたんだ、いったい!?)
 よもや直進して来る重量級の機体に回避されることなど完全に想定外だったため、カヴァリエは混乱から一瞬の隙を曝す。そしてその一瞬さえも相対する敵には致命となり得ることをカヴァリエは思い知らされる。
 ガッガンッ!とコックピットを連続で揺さぶる衝撃によりカヴァリエは我に帰った。
 何をされたかなど機体AIの報告を聞くまでもない。反撃を受けたのだ。恐らくは右腕部の得物であるスナイパーライフルで。
【機体AP低下、左腕部損傷軽微、コア損傷軽微】
「チィッ……!」
 機体AIの報告を聞き、カヴァリエは軽く舌打ちしつつも【キュラシェーア】を後退させ、再度チャージの完了したレールキャノンを構える。
「足さえ止めれば!」
 再び【アイムール】の脚部に向け放たれた光条は、やはり狙いを外されアリーナの床面を穿った。
「くッ、何故だ……!」
 カヴァリエの顔に焦りの表情が見え始める。
 レールキャノン程の高速弾をこうもあっさりと回避する相手は初めてであり、ましてやそれが鈍重である筈の重量級機体なのだからカヴァリエの困惑は更に深刻なものとなった。
 未だ攻勢を欠く【キュラシェーア】とは逆に、距離を詰め続ける【アイムール】は追撃の姿勢を取る。
 レールキャノンを回避した【アイムール】の背部から連動ミサイルと共に小型の自律兵器が撃ち出され、【キュラシェーア】を囲むように展開される。
(オービット!厄介な手を絡めて来るなこのジジイ!)
 地上戦がメインである【キュラシェーア】にとって、回避行動を半ば強制的に取らされるこの小型自律兵器の存在は、自分が劣勢に追い込まれていると自覚するに十分過ぎるものである。
 後退しつつ、ミサイルはコアの迎撃システムで撃ち落とすものの、ピッタリと【キュラシェーア】に追従するようエネルギー弾を放つこのオービットという厄介者を追い払う術が無い。
 比較的装甲の薄い【キュラシェーア】ではオービットのダメージと言えど無視することも出来ず、ジグザグな機動を用いて回避に専念せざるを得ないのだ。
 しかし、【キュラシェーア】のコンデンサーの容量は極端に少ないため、回避行動に専念すると攻撃に回せるエネルギーが無くなってしまう。
 仕方なくカヴァリエはメインウェポンを右腕部のバズーカに切り替え、回避行動により揺れ動くロックオンサイトに何とか【アイムール】を捉えて引き金を引く。
 迎撃という形にはなっているが、満足な安定性を得ないまま撃った弾が有効打になる筈も無く、火砲は【アイムール】の左肩を掠めるに留まった。
「クソッ、当たらんか!」
『その状態からでは有効打は撃てぬ。ワシがそのように状況を構築したからのう』
 共有回線に流れたカヴァリエのボヤキにアンクルが反応した。
 まるで諭すような声色で後を続ける。
『嬢ちゃんはちと素直過ぎる。手の内は後出にするのが傭兵の常套じゃ』
 アンクルの言葉の間にも二機の相対距離は狭まっていく。三00メートルを切った位置でオービットが役目を終えて自壊し、【アイムール】の左腕が動きを見せた。
 垂れ下がっていた対ACライフルが銃口をもたげる。その銃口は間違いなく【キュラシェーア】を狙い定めているだろう。
 カヴァリエは咄嗟に左腕部を前に出し、頭部を守る盾とする。
 機体を左右に振って回避を試みるも、スナイパーライフルに縫い止められ、対ACライフルの斉射に打ち据えられた。
 ザガガッ!と、装甲を削り取られる耳障りな異音がコックピットに響き、体の真芯まで届く衝撃がカヴァリエごと【キュラシェーア】を揺さぶった。
 被弾箇所を示すマーカーがメインディスプレイの一角へ縮約された機体図面に一斉に点灯。機体の悲鳴を断片的に投げ寄越す。
「この、程度……ッ!」
 カヴァリエはそう吐き捨てると、被弾しながらもバズーカをバラ撒き、【アイムール】から距離を取るべく全速で後退する。
 バラ撒いた内の一発は運良く【アイムール】の右肩を捉え、お互いに態勢を立ち直すべく距離を取った。
 再び七00メートル程の間を置き、両者が対峙する。
 しかし、片や爆ぜ割れたコア全面装甲から煙を上げ左腕部から火花を放ち、ブレードを構えることすら出来ない【キュラシェーア】。片や目立った損傷は右肩装甲程度であり、既に態勢も整った【アイムール】。
 優劣など、わざわざ口に出すまでも無く明らかである。
【機体AP四0%、危険域です。左腕部破損。損傷により左腕部兵装は使用出来ません。エネルギー残量低下、尚も下降――】
「……うるさいな」
 矢継ぎ早に報告を続ける機体AIの音声をカット。サブディスプレイにテキスト化して表示させる。
 機体ダメージにより取れる戦術の幅は更に狭まり、そしてそれが通用するかどうかも分からない。
「敵を甘く見た報いか、仕方無い」
 カヴァリエは呟き、コンソールパネルを操作して左腕部を後背部にマウントしたレーザーキャノンごと根元から切り離す。
 左腕基部の異常を発し続けていたシグナルが文字通り消失し、その代わりにエネルギー生成値が安定を取り戻した。
『ほぉ、判断力はそれなりに持ち合わせておるようじゃな』
 【キュラシェーア】の様子を手を出すわけでもなく見ていたアンクルが言う。その言葉には、何故だろうか嬉しさが混ざっていた。
「光栄だな、叡翁。だが、これは単なる重石を最初に切り外さなかった私のミスだ。別段誉められるべきことではないさ」
『嬢ちゃんの今の状態は既に損益分岐点をとうに転げ落ちてしもうておる。それでもまだやると言うのか?』
「フッ、それこそ愚問ではないのか?まだ私は倒れていないぞ。それに【キュラシェーア】もまだやれる」
『はっはっは。まあ、嬢ちゃんならそう言うとは思ったがな。……その無鉄砲ぶりは昔のあれによう似ておる』
「何?」
『じゃが、それ故に救われん。あれの立つ瀬は脆く、そして何より危うかったからのう……』
「何を言っている?」
『……いや、すまん。年寄りの戯れ言よ。さあ、態勢は十分整った筈じゃ、全力で来るがよい』
「素より、そのつもりだッ!」
 カヴァリエが己に喝を入れ、【キュラシェーア】を【アイムール】の右方側面に回り込むように直線的なブーストダッシュを掛ける。
 余計な物が取り払われた【キュラシェーア】の動きは軽く、高出力ブースターの性能も相俟って七00あった距離を四秒程で二00まで縮める。
 【アイムール】の対ACライフルの接射を『まだ』無事な右腕で受けてやり過ごし、更に右方側面に強引なサテライト機動で回り込んで行く。
 【右腕部損傷拡大――】
 そんな文字がチラッと横目に映ったが、気にする余裕は既に無かった。
『旋回戦を挑んで来よったか!なるほど、いい判断じゃ!』
 アンクルが楽しそうに笑い、右腕のスナイパーライフルを満身創痍の【キュラシェーア】に向けて構える。
 【アイムール】のどちらか片側に回り込めば、片方の兵装は己の体が射界を覆い尽くし、【キュラシェーア】を捉えることは出来ない。
 よって、連射の効かないスナイパーライフルの面に回り込み、至近より最大の火力を叩き込む事がカヴァリエの選んだ勝ち筋だった。
 接近する際に多少のを被弾しようが、密着してしまえば旋回性能では四脚型の【キュラシェーア】に分がある。後は不可避の距離からレールキャノンとバズーカを同時に叩き込めば、いくら頑強な重量二脚型とはいえ無事で済む筈が無い。
 ここまでは上手く行っている。後はこのまま【アイムール】の側面に食らい付いていくだけだ。
 レールキャノンにエネルギーが満たされ、代わりに飛来した高速徹甲弾が【キュラシェーア】の四本ある脚部の内、一本を噛み裂き引き千切る。
 カヴァリエはバランスを崩しそうになる機体を何とか持ち直して、【アイムール】の死角を保持し直した。
「……っ、貰ったぞ、叡翁ッ!」
 メインディスプレイのレティクルの中心に大きく映った【アイムール】の背部に向けてカヴァリエは言い放ち、引き金を引き絞る。だが――
『いいや、まだだ』
 アンクルの否定の言葉と共に、一瞬でメインディスプレイの映像が【アイムール】の背部によって覆い尽くされ、鼓膜をつん裂く怪音と共に先程の比では無い衝撃が正面から【キュラシェーア】を揺るがした。
「……ッ!!」
 手応えはあったが、レールキャノンは本来の狙いから逸れ、頭部を吹き飛ばすに留まる。
 これでは致命打には程遠く、それはバズーカにも言えることで、火砲は的外れな方向に飛んで行った。
 【キュラシェーア】はアリーナの床面をガリガリと背部で削り、十五メートル程転がった所で動きを止めた。
【機体ダメージ稼働限界――戦闘不能】
 メインディスプレイにその文字が流れ、【キュラシェーア】の根幹が機能を停止した。
「……ッ、痛っ……何だ、何をされた?」
 頭をさすりながらパイロットシートから身を起こし、カヴァリエは辺りを見回す。
 自身がどのように倒されたのかすら理解出来ていなかった。それ程に一瞬だったのだ。
『仕舞いじゃな、大丈夫かの?すまんな、ちと加減が効かなかったかもしれん』
 頭部を失い、銃身の半ばから折れたスナイパーライフルを引っ下げた【アイムール】が近付いて来る。
「……、最後に貴様は何をしたんだ?どうやってあの態勢からあんな攻撃が出来る」
『ああ、あれか。あれはな、嬢ちゃんが死角に居る事は分かっておったから、その位置に向けて体当たりしてやっただけじゃ』
「なっ、そんな馬鹿な真似を」
『じゃが、致命打にはなった。嬢ちゃんの機体は軽くて薄いからの。それにあのままではどの道ワシがやられておったでな』
「呆れたな……非常識だ」
『勝てばいい、負けて死んだらそれまでだと思わんか?』
「それは……」
 カヴァリエが口ごもる。
 そこへ、アンクルは優しく諭すように続ける。
『嬢ちゃんの生き方は、ワシから見れば実に儚い。世が世ならすぐに命を落とすじゃろう』
「ならどうしろと?縮こまって穴蔵で過ごせと言うのか!」
『そう早まるな。嬢ちゃんの信念を貫き通すには圧倒的に足りんものがある。何か分かるか?』
「……それが分かっているなら、今こうしてはいないんだろ」
『はっは、まあな。……嬢ちゃんはな、周りを見る力が足りんのよ』
「周囲ならいつも確認しているぞ」
 カヴァリエが仏頂面で言い返すと、通信先のアンクルはくつくつと笑っていた。
『やはりそう言うか、じゃがワシの言いたいことはそうではない。周りを見る――周辺視とはな、状況を見極める力と言ってもよい。自分の置かれた状況から自分に有益な情報を探し出し、利用することにある』
「何が違う」
 カヴァリエが噛みつくように言うと、アンクルは気を害した様もなく噛み含んで続ける。
『嬢ちゃんは敵しか見ておらん。敵の機体と、後はその敵の周りくらいか』
「……」
『戦場では、それだけの情報では圧倒的に不足じゃ。もちろんそれらも重要ではあるがな。それらに加え、天候・地形・残弾・風向き・敵との距離・彼我の戦力差・今選択している武器、ミッションであれば僚機や増援にも気を配り、作戦の経過時間に機体各所の稼働率も考慮に入れて動かねばならん』
 アンクルの『講義』は続く。
『一角の傭兵であれば周辺視は必ず鍛えるべき能力じゃ。逆を言えばこの能力無くして上には行けん。時に周辺視は機体操作技術よりも生存率に直結するものであるからの』
「……成る程な」
 カヴァリエは過去を振り返っていた。
 言われてみれば、確かに当てはまる事が沢山ある。
『あのハイネケンとか言う奴、機体操作技術の点では嬢ちゃんの方が優れているかもしれん。じゃが、周辺視では奴の方が遥かに優れておる。これでは勝てん。見たところ奴は本来であればCクラスでも十分に通用する手合いじゃが、下位クラスをいたぶる事を目的として居着いておるのであろう。下衆じゃが、そういった輩も居る』
「フン……、気に入らない奴とは思っていたがな、そういう絡繰りか」
『嬢ちゃんの性格なら、負けたままにしておくつもりは無かろう?』
「そうだ、良く分かってるじゃないか。……アイツは私が倒す。絶っ対にだ」
『わっはっは!ガッツがあるのは良いことじゃ。しかしの、焚き付けた手前、このまま再戦させるのは心無い。だからワシが少し手解きをしてやろう』
「いいのか?」
『構わんよ。後進を育てるのも年寄りの楽しみじゃからな。まあ、今日は機体がダメになっておるから日を改めるとするが』
「……なあ、一つ聞いてもいいか」
『ん、何じゃ?』
「一度距離を置いて仕切り直した時、貴様はあのまま攻勢を継続しても良かった筈だ。いや、そうするべきだった。圧倒的に有利な状況にあって簡単に引く理由が分からない。……まさか私が立て直すのを待ったのか?」
『おう、まさしくその通りじゃよ。あのまま攻め切った所で何も面白く無いのでな』
「わざわざ無用な損傷まで受けてか」
『無用?いいや、これは必要経費じゃ。それに、そうやって痛い目に合わせた方が嬢ちゃんには良い薬になった。そうじゃろ?』
「ふっ、あっははは!」
 アンクルの大真面目な答を聞いたカヴァリエが、堪え切れなくなって遂に吹き出した。
「ははっ。――ああ、確かに良い経験になったよ。本当に大したジジイだ……礼を言うよ」
『当たり前じゃ。まだまだ若い者には負けんわ、わっはっは!』
 アンクルの快活な笑い声を聞き、久方ぶりにカヴァリエは声を上げて笑う事が出来た。
 二人の笑い声が共有回線を通してアリーナの管制室まで流れていた。
 笑い声が流れる管制室から、二人の馬鹿騒ぎを一部始終見ていたグレイは、
「良く……分からない世界だなあ……」
 と困惑の貌で評するのだった。

―― 四週間後 ――

 アークアリーナの控え室兼ロッカールームで、カヴァリエはパイロットスーツ姿で腕を組み、目を閉じて集中力を高めていた。
 いくつかの仕事をこなしてポイントを溜め、念願のハイネケンとの再戦がかなった。
 この後すぐにそのハイネケンとの再戦が控えているのだ。挑戦者であるカヴァリエはイメージトレーニングに余念が無い。
 試合の開始時間も残り五分程と差し迫った折、ロッカールームの自動扉が軽い音を立てて開く。
 入って来たのはパイロットスーツに身を包んだハイネケンその人であった。
 ハイネケンはカヴァリエの姿を認めると軽い足取りで近付き、これまたいつも通りの軽い調子で話し掛ける。
「やあ、カヴァリエ。君も懲りないなあ。っま、僕としては?挑戦金で小遣い稼ぎするのもやぶさかではないんだけどねえ」
 カヴァリエは応えず、目を閉じ腕を組んだ姿勢のまま壁にもたれていた。
「ただ、僕としてもそろそろDクラスは飽きてきたんだよね。実はね、近くCクラスとのランキングマッチも考えているんだ。悪いけど、僕が上に行くために今日も噛ませになって貰うよ。なあに、僕が居なくなってからゆっくり後釜に座れば、君も居心地がいいんじゃないかなあ?アッハハハ!」
 神経を逆撫でするようなハイネケンの言葉に気を悪くした様子も無く、カヴァリエはそこで初めて組んでいた腕を解き、ハイネケンを見据えた。
「……そうか、なら丁度良いタイミングだったようだ」
「は?何が?」
「貴様がCクラス下位とマッチングする前だから良いタイミングだと言ったんだ。……貴様は上には行けない。今日私に敗れるからな」
 明らかなカヴァリエの宣戦にハイネケンの態度が硬化する。
 腰に手を当て、ハイネケンは呆れたたように言った。
「……あまり大口叩かない方がいいんじゃないの?それで恥をかくのは君なんだから」
 両者の間で見えざる敵意が渦巻き、ロッカールームの空気が一段と重くなる。
 そんな重苦しい空気を打ち破り、アリーナプログラムのアナウンスがロッカールームに流れた。
『ご案内します。間もなく試合開始時間となります。ハイネケン、カヴァリエ両名は機体への搭乗を願います。繰り返しご案内します。間もなく試合開始です。ハイネケン、カヴァリエ両名は機体への搭乗を願います』
「後は戦って決める。そうだろ?」
「ああ、その通りだ。後悔させてあげるよ、君のその思い上がりをね!」
 両者は別れ、それぞれの出口から自分の愛機が待つガレージに向かう。
 細長い通路を抜けた先のガレージでは既に【キュラシェーア】が戦闘モードで待機していた。
 カヴァリエは四脚の愛機によじ登りコックピットに滑り込むと、主を待っていたかのようにハッチが自動的に閉まり、コックピットブロックがコアに収納された。
(やれるな、キュラシェーア?)
 胸中で愛機に語り掛け、計器類・火器・ジェネレーター・ブースターのチェックを手早く済ませる。
『カヴァリエさん、準備宜しいですか。レッドコーナーにスタンバイ願います』
「ああ、了解した」
 女性管制官の確認に応え、【キュラシェーア】を昇降機に乗せる。
 恐らく上ではいつものパーソナリティーが対戦カードの紹介をしているのだろう。
 昇降機がゆっくりと上昇を始め、今一度カヴァリエはこの四週間で培ってきたものを頭に思い浮かべた。
 なす術が無かった以前とはまるで話が違う。
 無様に膝を折ることだけはすまい、と固く心に誓うと、丁度昇降機が頂点に到着した。
 操縦桿を握り直して機体を一歩前に踏み出す。
 途端にアリーナの熱気と興奮が最高潮に達した。
 カヴァリエは一000メートル程離れた対角線上に居る【バッドアイズ】を見据え、その時を待つ。
 観客を盛り上げるためのパーソナリティーによるマイクパフォーマンスも終わりに差し掛かっていた。
『宿命の本カードも今回が八回目!果たしてカヴァリエのリベンジなるのか!それともハイネケンが今回も退けるのか!それでは!試合!開・始です!』
 テンションの高いパーソナリティーの叫びと共に電子音のゴングが打ち鳴らされ、二羽の猛禽が円形のバトルフィールドに解き放たれる。
『すぐに終わりにしてあげるよ、すぐにね!』
 試合開始と同時にハイネケンがそう言い放ち、漆黒の軽量二脚機【バッドアイズ】がオーバードブーストを使って猛スピードで突っ込んで来た。
 カヴァリエは落ち着いた様子で【バッドアイズ】との通信回線をカットして『雑音』を締め出すと、レールキャノンにエネルギーを充填し始める。
 一000あった距離は三秒で二五0メートルまで縮まり、【バッドアイズ】の機影が相応な大きさになってもカヴァリエはエネルギーを充填し続ける。
 代わりに左肩レーザーキャノンを構え、左に機体を流しながら引き金を引く。
 撃ち出された緑色のエネルギーは【バッドアイズ】を掠ることもなく素通りし、バトルフィールドの仮初めの空に掻き消えた。
 予想通りの事なのでカヴァリエに焦りは無い。
 オーバードブーストを解除した【バッドアイズ】は二00メートル程の距離を維持しつつピッタリと張り付いて来る。
 この距離を維持しながら上下に揺さぶりを掛け、撃ち下ろしとなるトップアタックで仕留めるのがハイネケンの戦法だ。
 早速【キュラシェーア】の上を取った【バッドアイズ】の右腕からマシンガンの連なった弾丸が降り注ぎ、左腕から衝撃力の高いハンドガンが獲物を逃すまいと放たれる。
 カヴァリエはこれを左右に機体を捌きながら回避するが、このまま下がれば壁際に追い詰められ、いつも通り蜂の巣にされる事は明らかだ。
 だからカヴァリエは四週間で己が身に着けた対策を実行した。
(どの道回避が出来なくなるならば、いっそ前に出て逆に抜ける!)
 カヴァリエは急制動を掛け、【キュラシェーア】を今までとは真逆となる前方向に飛ばす。
 当然ながら被弾は免れないが、【バッドアイズ】の死角となる足元直下を抜けて切り返すことに成功した。
【頭部被弾、機体AP低下】
 機体AIの報告を聞きながら次の行動に移行する。
 今までとは違う【キュラシェーア】の機動に面食らったのか、【バッドアイズ】はこちらを一瞬だけ見失っていた。
 とは言え【キュラシェーア】も背を向けた状態であるため攻撃に転じることはせず、【バッドアイズ】の背を取るべく旋回戦に持ち込む。
 しかし本当の狙いはここには無い。カヴァリエが狙うのはその先の状況にあった。
 【バッドアイズ】と【キュラシェーア】の旋回性能はやや【キュラシェーア】の方が優れており、このままでは不利になると踏んだハイネケンはオーバードブーストを起動。一挙に距離を離して仕切り直す事を選択する。
 仕切り直せるならば立ち回りで圧倒出来るのだから当然の選択である。
 だからこそ、カヴァリエはその時を待っていたのだ。
 確実に敵の挙動が先読み出来る瞬間。その瞬間こそが必殺の一撃を放つべき時であると、今のカヴァリエは感覚として理解していた。
 ――レールキャノンは弾速は速いが、チャージが完了した瞬間に撃つだけでは避けるタイミングを敵に教えるようなものじゃ――
 アンクルとの特訓を思い返しながら、背部スリットを開き、オーバードブーストを起動しようとしている【バッドアイズ】をレティクルの中心に収め、ロックする。
 オーバードブーストを使い、高速で離脱を開始した【バッドアイズ】を更に上回る超高速のエネルギーの光条が、背後から【バッドアイズ】を襲い、無防備な右脚に突き刺さって根元から引き千切った。
 ただでさえ不安定なオーバードブースト中に右脚を失った【バッドアイズ】は独楽の様に回転しながら吹っ飛び、たっぷりと空中を回転した後に反対側の壁に叩き付けられてやっと停止した。
 誰の目にもズタボロになった【バッドアイズ】はピクリとも動かない。
 アリーナに詰め掛けた観客達も唖然として言葉を失っていた。
「――ふぅ。これで終わりだな」
 カヴァリエは息を吐き出し、メインディスプレイの中で無様に横たわる宿敵の姿を眺めていた。
(まあ、あの程度で死ぬようなヤワな鍛え方はしていないだろうが、あれ程のスピンの中で意識を保てるような奴は、あの悪名高きノーライフキングスの中にも居まい)
 カヴァリエは回線を切っておいて良かったな、と思った。
 鶏を絞めるような悲鳴を最後っ屁に聞かされずに済んだからだ。
 観客達も事態を飲み込んで来たのか、大番狂わせにざわめいていた。
『え、えーっと、これは戦闘不能なのかな?あ、今ハイネケンの気絶が確認されたようです!つまり!この試合、勝者はレッドコーナーカヴァリエ!』
 思い出したように電子音のゴングがアリーナに鳴り響き、パーソナリティーが試合の勝者を声高に告げる。
 敗者は運び出され、勝者にはスポットライトと歓声が降り注いだ。
 今までは逆の立場だった。だが、今日は違う。
 カヴァリエは晴れやかな気分で【キュラシェーア】を降り、勝者を迎えるために設えられた急拵えのお立ち台に上がる。
 すかさずレポーターが駆け寄って来て、笑顔とマイクを向けて来た。
「本日はおめでとうございます!宿敵を破った今のお気持ちはどうですか!」
「今の気持ち?」
 カヴァリエは向けられたカメラに向かい、とびっきりの魅力的な笑顔で応える。
『もちろん最高の気分さ!決まってるだろう?』
 曇り一つ無いその笑顔は、見る者を惹きつける何かを湛えていたのだった。


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