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屍翼の奏者*②」


「反対に、専属契約を結んだレイヴンは依頼の選択権が基本的に無い。そして優先的に達成困難な依頼が回される事になるが、拒否権も無い。隷属化と言えば聞こえは悪いが、そのようなものと思ってくれて結構だ」
「……けったいな話だ」
「何も悪い面だけ話している訳ではないよ。報酬は相場に比べて遥かに高額であるし、機体の修理費・弾薬費・維持費・ガレージ料などは全てコーテックス側が持つ。もちろん機体パーツや新しい武装も望めば無償で提供される。社員扱いに当たるから、シーズン毎にボーナスも出るね。輸送機や交通機関なども使いたい放題。食事無料で邸宅も完備!どうかな、悪いだけじゃないだろう?」
ギュスターヴは手を大仰に広げ、道化じみた仕草で語る。
「夢のような話だ」
「そう、それ故に専属を希望する者は後を絶たないが、我々が望むのは優秀な戦力だ。どこにでも居るような匹夫ではない」
その点、君ならば申し分ない――と、ギュスターヴは笑って続けた。
話を聞けば聞く程、専属というものはかなり優遇されているようだ。
それ故にアルバートは懐疑の念が強くなっていくのを感じた。
「随分と高く買っているようだが、生憎と俺は何の実績も無い只の新人だぞ。そちらの言う匹夫ではないとなぜ言い切れる?」
「……はは、謙遜することはないよ、ロア」
その名を聞いたアルバートの動きが止まった。
「我々は君を高く評価している。最後のナンバーズとして、タルタロスの最高傑作として、ね」
「……その名で俺を呼ぶな。そんなにあの世に行きたいか?」
普段のアルバートからは想像も付かない程の鋭利な殺意が吹き上がる。
殺意で人が殺せるのならば、間違いなく一人は死んでいるだろう。
「気を悪くしたのなら謝罪するよ、済まなかった。だが、事実として君には期待が掛かっている事は理解して頂きたい。そのために、わざわざあの汚い廃棄処分場まで足を運んで君を回収したのだからね」
「……フン」
自分があの地獄で見た最後の映像。あの革靴の主がこの男だと言うのか。
「本来ならば君の身柄は我が社に帰属する筈だった。だが、不測の事態が起きてね」
「……不測の事態?」
「近隣に医療施設を備えた都市はNポイントの〈HOPE〉しかなかった。だからそこへ君を移送して治療するように指示を出したのだが……、末端の社員には、どうも君がどのような存在なのか伝わっていなかったようでね。社内秘だったせいもあるが、単なる奇妙な身体の患者としか認識出来ていなかったらしい」
「……」
「そして不測の事態が起きた。人手として徴収した〈HOPE〉支部の単なるオペレーターに、君の身柄が引き取られてしまった」
アルバートは黙って話に耳を傾けていた。
既に話の帰着点は見えている。
「その話を聞いて焦ったよ。クレストの目を欺き、騙くらかしてまで手に入れた君を、たかが一介のオペレーターに掻っ攫われてしまったのだからね」
「それが、フラーネか」
「そう……そして私がその報告を聞いたのは、既に手続が完了した後だった」
「強引だからな、彼女は」
「……ははは、全くだよ。そして君は、敢え無くフラーネ君の所有物となってしまった。見事な手並みだったと聞くよ、今はもう更迭された当時の現場主任者が言うにはね。――我がコーテックスは【不干渉中立】を社則に掲げていてね。これは業務を円滑化するために一応だが社内の人間にも適用されるんだ。だから残念だが、君の獲得は諦めざるを得なかった。しかし――」
「俺がコーテックスのレイヴン試験を受けたと知った」
「そう!いやあ、まさかそんな展開になるとは、流石に私も読めなかったよ」
「……俺の主人からのお達しでね。『レイヴンになれ』と命じられたのさ」
「彼女は君の素姓については知らない筈だがね。それなのに君に対しレイヴンになれと言ったのは、ある種の運命を感じずにはいられないな!」
ギュスターヴは興奮した面持ちで語った。
恋い焦がれた恋人に再会した様な顔でアルバートを見つめて来る。
正直な所、気持ちが悪い。
「まあ、フラーネ君の話は置いておこう。……さて、先にも述べた通り、専属の契約を結んだ者には破格の待遇を用意させて貰うつもりだ。……しかしこれはあくまでも『普通の優れたレイヴン』に対してだ」
「俺は違うと?」
「そう、今日ここに来て貰ったのはその話をするためでもある。もちろん我が社についての見識を深めて貰いたかった事もあるがね」
「貴方については良く分かったよ」
「ははっ、光栄だね。……では、コーテックスが君に対して望む事を話そう」
ギュスターヴは身を乗り出し、囁く様に小声になった。
「コーテックスは君に広告塔としての働きを期待しているのさ」
「広告、塔……?」
突拍子も無い単語が飛び出して来た。
ギュスターヴが次に何を言ってくるのか全く読めない。
「コーテックスの傭兵仲介業でのシェアは、アークに次いで現在二位にある。しかし、現状に満足する訳にはいかない。そこでコーテックスは、君を他の巨大軍需企業に対し、極上の傭兵戦力として売りに出す事を考えている」
「……話が見えないのだが」
「本来、依頼というものは企業側が発注する。数ある傭兵仲介企業の中からお好みの物にね。だが、このプランはコーテックスから企業に対して依頼を『受けに行く』のだよ。――何かお困りの事はありませんか?その案件、我がコーテックスの優秀なレイヴンに任せてみませんか――とね」
「なるほどな……、つまりは営業じゃないか」
「平たく言ってしまえばそうなるね。この業界は信用と実績で成り立っている。困難な案件を安定して達成出来る実績があれば、自ずと企業の信用は稼げるのだよ」
「そう上手く行くものか?」
「上手くやって貰わねばならないのだよ、君にね」
そして、とギュスターヴは続ける。
「傭兵仲介企業の現在の経済基盤を支えのはアリーナだ。アリーナプログラムの興行収入は莫大。福利も含めると途方も無い利益をもたらしてくれる。だが、もちろん商売敵も多い。現在、〈エデンⅣ〉着工の計画が統一政府主導で進められているのを知っているかな?この都市の利権を我がコーテックスが独占するための術策が持ち上がっている。もしエデンタイプのコロニー都市のアリーナ興行権を独占する事が出来れば、業界シェア一位も充分実現が可能だ」
「その計画基盤を固めるための地道な売り込み、とでも言うつもりか?」
「分かっているじゃないか。当然だが、この計画には問題が山積みだ。アークやコンコードが黙ってはいないだろうし、〈エデンⅣ〉での経営を一任する筈の北米支社とは軋轢もあってね。なるべく不安要素を減らしておきたいのが、我がコーテックスの総意だ」
「大役だな……。やっぱり面倒な事じゃないか」
「まさか今更断ったりしないだろうね?君を信用したからこそ打ち明けたのだから」
「……個人的にはご免被りたいが、ウチのお姫様はこういったことが大好きだから、確実に『やれ』と言うと思うね」
「では……」
「まあ、受けるしかないだろうな」
「いやいや、有り難い。五日前に返事だけは聞いていたが、キャンセルされるという恐れはあったからね。さて、ここまではコーテックスが君に望む事――」
「まだあるのか」
終わらない話に、アルバートはややうんざりとした面持ちで呟いた。
「これで最後さ。……そして私にとっては一番重要な要件でもある」
「前置きはいいから早くしてくれないか。フラーネをあまり待たせると後が怖い」
「ふむ、では手短に言おう。――私は君に取締役会を打倒するための切り札になって貰いたい」
「はあ?」
ギュスターヴの唐突な打ち明け話に面食らう。
彼は自身が所属する組織の最高権力に対して牙を剥くと言っているのだ。
「クーデターでも起こすつもりか?」
「……その通りだ。取締役会を仕切る頭の固い老人達には、最早コーテックスを引っ張るだけの力は無い。それどころか私利私欲にまみれ、保身に走り、いずれはコーテックスそのものを食い潰しかねん」
「……老人とはそういう生き物だろ。積み上げてきた物を壊されるのを恐れるんだ。地位が高い者程、特にな」
「それで一緒に心中してしまっては適わないと思わないか?老害には、速やかに舞台を降りて貰わねばならない」
そこで初めて、ギュスターヴの声に暗い感情が籠もる。
生々しい情動を剥き出しにして、ギュスターヴは語った。
「私はライバルを蹴落とし、罠に嵌め、幾多の葛藤の場を潜り抜けてここまで来たんだ。それが、それがあんな鉄火場も知らない老人共に押し留められるなど……!」
欲望、憎悪、憤怒、虚栄心。暗いドロドロした感情を吐露するギュスターヴを見て、アルバートはずっと喉にわだかまっていた靄の様な物が晴れていくのを感じた。
――そうだ、この男は昔の血気盛んな自分に似ているのだ。
他人を妬み、成功を渇望する。
その根底にあるのは劣等感ーー自分を無意識に卑下する遅効性の猛毒。
人より劣っている事を否定したくて、己の存在価値を証明したくて、自分はがむしゃらに突き進んだ。足元が細く、脆く、危うくなるのを省みず。
その結果、自分は失敗し、全てを一度失った。そして、人間では居られなくなった。
だが、この男は成功してしまったのだろう。
気紛れな運命の女神が戯れに微笑んで、もう後には引けなくなったのだ。
一度成功の甘美を知れば、人はそれを手放そうとしなくなる。
劣等感を抱えているならば、それこそ余計に。
「そういう、分かりやすいのでいいんだよ、ギュスターヴ。ゴテゴテとした建て前は必要ない」
「え……?」
今度はアルバートの言葉に面食らったギュスターヴが、呆けた顔を上げた。
「貴方も老人達と一緒さ、今の地位を失う事を恐れている。違うか?」
自分の深い業を指摘され、戸惑いを見せるギュスターヴだが、元々聡明な人物のせいか、己の澱んだ膿に気が付いたようである。
「……そう、か。そうなのかも、しれないな」
そう言って気恥ずかしそうにアルバートの指摘を認めた。
「じゃあ素直にそう言えばいい。そう言えば、俺は手を貸してやる。貴方と俺はどうやら似ているらしいからな。……似た者同士、精々仲良くやろうじゃないか。なあ、ギュスターヴ」
「……ははっ、そうだな。ああ、宜しく頼むよ、スワロー」
アルバートが差し出した右手を、ギュスターヴはおずおずと、それでもしっかりと握り返した。

社長室と秘書室を隔てる両開きの扉が開かれ、二人が歩み出て来る。
それぞれを、フラーネは待ち詫びた様に、ナタリアは恭しく、女性陣が出迎えた。
「長かったね。やっと終わり?」
「ああ、終わった」
契約書類への捺印を含め、会談は一時間程度で終わった。
待たされる事を嫌うフラーネには、とても長く感じたに違いない。
秘書室の壁に飾られたアナログ時計を確認すると、現在の時刻は十時を少し越えたくらいだ。
「彼を拘束したようで済まなかったね。私の話は済んだよ。後日、機体の受領が完了したら新たに任務の指示が送られて来ると思う。それまでは羽根を休めるなり、自由にしてくれて構わない」
「機体の受領?」
ギュスターヴの言葉の一部にフラーネが首を傾げる。
「何でも、俺のための特別な機体を天才アーキテクトに依頼しているらしい」
「なにそれ、タダで貰えるの?」
「ああ、それは――」
「もちろん無償で提供させて頂くよ」
「……だ、そうだ」
横から口を挟んだギュスターヴの言を、顔を顰めながらそれでも引き継いだ。
「へえ、意外と太っ腹なんだ」
フラーネは瞳を輝かせ、コーテックスの懐の深さに感嘆した。
その様子を見て――その様な意図が彼に無かったにせよ――ギュスターヴは要らぬ荒事の撃鉄を引き起こす。
「まあ、私の掛け替えの無いビジネスパートナーの為なれば当然さ」
しかし、自らの所有物の占有権を侵害されたお姫様が、ご丁寧に差し出された引き金を引かない筈がない。
自分よりも一回りも背の高いギュスターヴを、凄みをきかせた蒼い双眸で睨み付け、自らの持つ権利を挑むように宣言した。
「まあ、スワローは私のレイヴンですけど」
「……」
「……」
ギュスターヴとフラーネ、両者共に笑顔の仮面を被りつつ、無言で見えざる火花を散らす。当然の事ながら、まるっきり目が笑っていない。
その様子を見たくもないのに見せられたアルバートは、額に手をやり、包み隠さず盛大に溜め息を吐いたのだった。


「どうしてそう、すぐに君は噛み付く様な事を言うんだよ!」
というのは、コーテックスの本社ビルから二人の滞在先のホテルに戻った際、アルバートが開口一番に言った台詞である。
「なによ。別に噛みついてなんかいないじゃない」
ミネラルウォーターのボトルを備え付けの冷蔵庫から引っこ抜きながら、フラーネが不機嫌そうに言い返す。
ジャケットを脱いで椅子の背もたれに引っ掛けていたアルバートは、その言葉を聞いてどうにかしてフラーネの理解を得ようと、慎重に言葉を選びながら説得を試みる。
「じゃあ、どうしてギュスターヴにわざわざ逆撫でするような事を言うんだ。仮にも君の所属する組織の長だぞ?今回は先方が折れてくれたから良かったものの、普通だったらその場でクビだよク・ビ。これからは嫌でも付き合いが増えるだろうし、敬意を払えとは言わないからさ、もう少し愛想よくしてくれても罰は当たらないんじゃないかな?な?」
「イヤよ」
必死の説得も、そっぽを向いたフラーネに一言でバッサリと切り捨てられる。
「……何でだ」
「だって何だか胡散臭いのよ、アイツ」
社長に向かって『アイツ』ときたもんだ。
「アルバにおべっかばっかり使っちゃってさ。あれは絶~~対っ、何かよからぬ事を企んでる顔よ!アタシには分かるんだから!」
「そりゃ何か企んでいるだろうけどさ、立場上仕方ないと思うよ。かなり冷遇されてるみたいだし」
「……なによ。アンタやけにアイツの肩持つじゃない」
「いや、別に肩を持つわけじゃなくて、俺は客観的な意見をだな?」
そう言っている間にも、見る見るうちにフラーネの表情が曇っていく。
「いや、フラーネ。違うんだ、違うんです。聞いて下さい」
取り繕うも、既に手遅れだった。
顔に満遍なく不機嫌と書いたフラーネは、
「もういいわよバカ!!そんなに気に入ったなら、アイツと一生しっぽりやってりゃいいのよ!このホモやろーっ!!」
そう喚き散らして部屋を出て行った。
一人残されたアルバートは追い掛けるべきか迷ったが、追い付いた所で今の自分に『あの状態』のフラーネのご機嫌取りが出来る訳がない事に気付いた。
仕方なく、時間が解決してくれる事を願いながら、キングサイズのダブルベッドに仰向けに身を投げ出す。
「どうしてこう、ウチのお姫様には慎みって物が足り無いんだろうなぁ……」
そんな事を呟きながら目を閉じた。

日頃の疲れもあってか、いつの間にか眠ってしまったらしい。
窓から覗く〈エデンⅠ〉の空は茜色に変わり、日が沈みつつある時間なのだと知らせてくれる。
それなりに長い時間寝入ってしまった事に驚き、妙な重圧を感じる自分の腹の上に顔を向けた途端、紅い瞳と目が合って更に驚いた。
いつの間に戻ったのか知らないが、フラーネがこちらの腹の上に腕を組んで顔を乗せ、しな垂れ掛かってじっと見詰めているではないか。
微動だに出来ずに固まっていると、こちらの腹部を圧迫している当の本人が重い口を開き、唇をほとんど動かさずに囁いた。
「……やーっと起きたの」
言外に「いつまで寝てんだタコ」と滲ませてはいるが、行き掛けの剣幕はそこにはない。
意外な程にあっさりした態度が逆に不気味だ。
「ふ、フラーネ。いつから、そこに……?」
「アンタがぐーすか寝てた時からよ。……十三時くらいからかな?まったく、いーご身分だわ」
すると、あの後すぐに戻って来たわけだ。
アルバートは自分の失態に狼狽するが、フラーネの落ち着いた様子を見て杞憂だと気付いた。
だが、それでも一言聞かずにはいられなかった。
「……怒ってる?」
「別に、怒ってないよ」
その言葉を直接本人から聞いて、ようやく安堵した。
そして、もう一つ聞いておかなければならない事がある。
紅玉の如き真紅の瞳を見詰めながら、恐る恐る問い掛けた。
「なあフラーネ、――その瞳どうした?」
「ん~? 別に何もしてないよ? だって最初からこうだもん」
「俺の記憶が確かなら、いつもは蒼かったような気がするんだが……」
「そりゃそーよね。いつもはカラーコンタクト入れてるもの」
「えっ!? そうだった、のか!?」
告げられたのは驚愕の事実。しかし、そのカラクリは腰が抜ける程に呆気ない。
そして、そんな薄っぺらなカラクリに今まで全く気付かなかった己の愚かさに心底呆れる。半年以上も一緒に住んでいて何故気付かないのだろう。所謂、愚鈍も極まればある種の才能といったところか。
そして、やはり最初に会った時のあの強烈な印象は間違いではなかったのだ。
暫くの間、全てが茜に染まった部屋に於て、夕陽を受けて艶しく輝る紅い瞳に改めて見蕩れていると、当のフラーネがおかしそうに笑う。
「やっぱ変わってるわ、アンタ」
「どういう意味だ?」
アルバートはフラーネの瞳から目を離さずに首を傾げた。
「だって、みんな気味悪がってアタシのこの真っ赤な目から目を背けるもの。……だからいつもコンタクト入れてるのよ」
異端の目を向けられる事が辛いのだろう。
フラーネの顔にほんの少しだけ、苦悩の色が浮かぶがすぐに消えた。
「……そいつらは何も分かっていないだけだよ。こんなにも綺麗なのにさ」
世辞でもなく本心から言うと、フラーネはくすぐったそうに笑った。
「ありがと。でも、そう言ってくれるのはアルバとライラくらいね」
「ライラ?」
「うん。アタシのかわいーかわいー自慢の妹よ。たまに休暇が取れて実家に帰ると、いつもアタシの所に甘えに来るの。『私もおねえちゃんみたいになりたい』って言ってね?この子がまたかわいーのよ」
妹の事を語るフラーネはとても幸せそうで、姉妹仲が良いのは見なくても分かる。
ただ、フラーネが自分の口から言ってくれなければ、自分は何一つ彼女の事を知らないと再認識し、奇妙な疎外感をアルバートは噛み締めた。
「……そうか、……君には妹がいたか」
「なによ、意外だった?」
「いいや、別に家族が居る事はおかしな事じゃない。その昔は俺にも居たらしいからな」
「居たらしい、ってなによソレ?」
「……大した意味じゃないさ。気付いたときには――俺は一人になっていた。家族の名残は、焼け焦げた写真だけさ」
「あっ……。ごめん、変なコト聞いて……」
「構わないよ、別に気にしなくても。珍しい事でもないし、今でもそういった孤児は増え続けている。ただ……」
「ただ、なに?」
「……ただ、俺は君が自分の事を言ってくれない限り何も知らないって気付いてさ。それがちょっと悔しい」
「……ッ」
「なあ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか――君の事」
「それは……その……」
「……まあ、言いたくないってなら、無理には聞かないよ」
目を逸らして黙っていたフラーネが、観念したように顔を上げた。
「……別に、言いたくないわけじゃないのよ?どう言葉にしたらいいか分からなかっただけなんだから」
「うん」
「……まあ、アルバに悪いコト聞いちゃったし、おあいこよね」
自分の事を話すのがそんなに恥ずかしいのか、フラーネは長い睫毛を伏せて、ポツリポツリと語り出した。
それは自分がずっと知りたいと願ってきたことであり、彼女をより深く理解するための重要な因子だ。
語られるのはごくありふれた話でも、誰の口から聞くかで意味合いは変わってくる。
少なくとも、アルバートにとってはそうだ。
何から話すか悩んでいたフラーネが最初に選んだのは、彼女の家族の事だった。
「アタシのお父さんはね、レイヴンだったの。仕事柄で家に居ないことの方が多かったけど、帰って来るとよく構ってもらったから疎遠にはならなかったな」
「だった、と言うと……」
「うん、死んじゃった。……良く分からない機体にやられたんだって聞いた」
「そう、か」
「レイヴンだから、いつかは最後そうなるんだって覚悟してた。お母さんも納得してたみたい。……ライラだけは泣きじゃくってたけど」
相槌を打ちながら、フラーネの話に耳を傾ける。
一字一句聞き漏らさないように集中し、決して忘れないように脳裏に刻む。
「そのお父さんが家に居る時にいつもアタシに言ってたの。『何時の日か死ぬ時は戦場で死にたいものだ。戦場で死ねない事が何よりの無念だからな』って。アタシがコーテックスに入社したのもそんなお父さんの影響ね。オペレーターの真似事とかしてたまに手伝ってたから。――それでアタシが〈HOPE〉で働くようになって暫くして、本社から秘匿任務でスタッフとして借り出された事が合ってね。まあ、機密ランクBまで扱える上級オペレーターってその時はアタシしか居なかったから仕方ないんだけど。んで、そこでアルバを初めて見たわけ」
話はいつの間にかアルバートの事に変わっていた。
彼女が言っているのは、恐らく、ノーライフ機関の処分場から回収された直後だろうか。
意識の無かった時であれば、記憶が無いのも頷ける。自分がフラーネと最初に会ったのは病院のベッドの上だったのだから。
「アルバは覚えてないだろうけど、それはもう酷い状態だった。虫の息ってよりはほとんど死んでたもの」
「そこまで言うか」
「うん。その時居たコーテックスの責任者も生存を諦めてたくらいよ。強化施術の術式データを採集したら用済みだってさ。……酷いもんよね」
当時の事を思い出したのか、フラーネの語尾が怒りに震えていた。
「その時アタシは上手く言えないけど――可哀想って思ったの」
「廃棄される運命が?」
「……それもあったけど、ちょっと違うかな。これだけ肉体を弄ったのに、結局その力を戦場で振るうことも出来ず――ただのモルモットとして死に行く事が可哀想だなって」
「そんな理由で俺を?」
「アタシにはそんな理由で充分だったのっ。……データの採集も終わって、ポイされそうになったアルバをコーテックスから引き取るくらいにはね」
その程度の理由で大金を手放す事も厭わないと言うのだから、彼女も大した女傑だ。

「何と言うかまあ、……君も相当変わってると思うよ」
「アンタにだけは言われたくないわ」
不敵な笑みを貼り付けたフラーネが身を乗り出し、肘をこちらの胸に突いてのしかかって来た。
両手が手持ち無沙汰だったので――特に深い意味は無いが――フラーネの腰に手を回すことにする。
「でも、やっぱりお似合いかもね、アタシたち」
アルバートの顔を少し見下ろす形になったフラーネが、そんな事を言う。
「――アタシは拾い子だから」
無理はしなくていい――、という意味を込めて、腰に回した手に少しだけ力を入れる。
「お父さんは墓地にポツンと居たアタシを連れて帰ったって言ってたけど、その時のことは覚えてないからどこまでホントの事なのか分からないけどね」
別段、辛い事ではないとでも言うように――自らの素姓を語るその態度に変わった所は見受けられない。
だが、それでも知っておいて欲しかった――自分だけは、何があろうとフラーネの味方なのだと。
自分は彼女の笑顔が好きだから、その笑顔が曇る真似は絶対にしたくない。
「辛い時は俺に言ってくれよ?君の心痛を全て排除するために、俺は今ここに在るのだからな」
投げ掛けたのは己の存在意義。それを口にすることに迷いは無い。
それを聞いたフラーネから返って来たのは感謝の言葉ではなく、蕩けるような微笑みと、身も溶かすような甘いキスだった。

 ――終――


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