Coaxial*③」




一方、同じころ。
重工業区画の一角に、金色をベースにしたお世辞にも趣味がいいとは言い難い1機の中量二脚ACが息を潜めるように、ゆっくりと歩行していた。
構成パーツの全てをクレスト製品で固めたこの機体こそ、エデンⅣアリーナのAクラス2位に君臨するAC「キングスターク」であった。
それを操るレイヴン、ノーブルマインドは、まるで何かに怯えるように息を荒くし冷や汗をかきながら、ある場所を目指していた。
目を血走らせながら周囲を忙しなく警戒し、暗く細い路地を進んでゆくその姿はドブネズミのようだ。
もはやそこにAランク2位という輝かしい地位や名声などある筈もなかった。
「くそ、くそくそくそっ!冗談じゃない、こんな事に付き合ってられるか!!」
ノーブルマインドは誰に聞かせるでもなく、しかし、まるで誰かに聞いてほしいかのように大声で毒づいた。
「ちくしょう・・・統一政府のやつらめ。僕が色々と便宜を図ってやったのに、それを仇で返しやがって!大体エウヘニアだってそうだ。こんな掃討作戦に僕を使うなんて何考えてんだ!!どいつもこいつも、僕を誰だと思っていやがるんだ!!!」
ダダをこねる子供のようにあたり散らすが、それに応える人間は誰もいなかった。
「くそ・・・まあ、いい。ちょうど潮時だ。コーテックスにこれ以上未練はない。それに僕にはコネがあるんだ、コーテックスの機密でも手土産にアークへ行くとしよう」
ノーブルマインドが向かう先は地下運搬用リニアへと繋がる大型の貨物エレベーターだった。
地下運搬用リニアの路線はエデンⅣの外にも続いており、この混乱を利用すれば、脱出は容易に実現できる。
そう考えた彼は、現時点で一番危険度が低いこの地区を選び、ここまで逃げてきたのだ。
パルヴァライザーはもちろん、コーテックスにも気付かれてはならないと。
遠くで爆音が聞こえるたび、彼の心臓は早鐘を打ち、呼吸は激しくなる。
一刻も早く、こんな地獄から逃げおおせなければならない。
自分はこんな所でのたれ死んでいい人間ではないのだと、まるで自分自身に言い聞かせるように胸中でそれを反芻していた。
ノーブルマインドは目指していた貨物エレベーターの搬入出口を視界に収めると安堵のため息を吐き、同時に顔を歪めた。
「フ、ハ、ハハハっ!」
本人は笑ったつもりだったが、今の表情を他人が見たら到底笑っているとは思えない様な歪な笑みだった。
「アハハハハっ!こ、ここまでくれば・・・バカ共め、せいぜい殺し合ってりゃいいさ!」
はやる気持ちを抑えつつ、震える指でコンソールから貨物エレベーターを起動させる為のコマンドを入力したが、ディスプレイには期待を裏切る「入力エラー」の文字が表示された。
ディスプレイの表示に目を疑ったが、次に表示された『エレベーター起動中』の文字を見て首を傾げる。
エレベーター横のランプに気付き、メインディスプレイを注視すると、上昇側に赤いランプが点灯していた。
それは今、目の前にあるエレベーターを何者かが使い、ここへ上昇してきているということに他ならない。
このエリアは既に非戦闘員の退避は完了しており、だいぶ前にパルヴァライザーの掃討も終わっていたからこそ、ここを選んだのだ。
その上、エデンⅣ全体が停電状態にある今、手動操作をしない限り、貨物エレベーターが稼働する理由が無かった。
その事実にノーブルマインドは戦慄した。パルヴァライザーやコーテックスの人間に気取られないようにここまで来たのに、最終目的地を前にして何者かが行く手を阻んでいる。
そしてノーブルマインドは先程から、まるで喉元にナイフを突き付けられているかのような鋭利な殺気を感じていた。
その殺気はエレベーターの上昇と共に、急速に膨れ上がっていき、まるで地獄の底から死神が自分の首に向かって鎌を振りかざして這い上がってくるような錯覚さえ覚えさせた。
正体不明の殺気による恐怖で震える手で、かろうじて戦闘モードに移行し臨戦態勢を取る。
こうなれば戦うしかない、そう判断したノーブルマインドは両肩のグレネードキャノンを展開し、トリガーに指をかける。
――そうだ、僕はAランク2位だぞ。何を怯える必要があるっていうんだ!
自らを鼓舞するように、今は剥がれ落ちてしまった栄光に縋る―もちろん自身がそれに気付いている筈もなかったが―。
彼がそう思ったのと同時、機体を通して振動が伝わり、エレベーター横のランプが緑へと切り替わった。一拍置いて、重苦しい音と共にエレベーターのゲートが開く。
「ヒッ!?」
誰か他人が聞いたら間違いなく失笑されるような女々しい悲鳴をノーブルマインドは上げざるを得なかった。
エレベーターから覗く鮮血の様な赤い妖光が機体を通して彼を睨んでいた。
妖しい赤色の光が闇に軌跡を残し、真っ暗なエレベーター内から徐々にシルエットが露わになる。
目の前に現れたのは光すら飲み込んでしまいそうな漆黒の闇を纏った軽量二脚ACであった。
漆黒の機体色に映える鮮やかな赤色のラインやポイントの塗装がより禍々しさと凄みを増している。
その泰然とした立ち振る舞いから一目で誰しもが明らかに次元違いの存在だと言う事を認識するだろう。
ノーブルマインドは、そんな次元違いの存在を前に、ただただ震える事しかできなかった。
「随分と暇を持て余しているのだな、ノーブルマインド。我が家の火事を尻目に遊びにでも出かけるつもりか」
良く通る中性的な声が彼の鼓膜を響かせるが、その意味は頭に入ってこない。
まるで魅了されてしまったかのように視線を逸らす事も出来ず、喉はからからに乾き、過呼吸寸前まで息を荒げていた。
「よくもそんな醜態を晒せたものだ。Aランク2位が聞いて呆れる。やはり私の判断は間違っていないようだ」
頭に直接響いてくる様な声は淡々と話を続ける。
ノーブルマインドは恐怖のあまり錯乱寸前の状態でありながらも、かろうじて乾ききった喉から声を絞り出した。
「はぁっ・・・つっ。な、なんでオマエが・・・こんな所に居るんだっ!?」
半ば絶叫に近い言葉を黒いACに投げかける。
しかし黒いACを操るレイヴンはノーブルマインドの問いには答えず、自らの言葉のみを継いだ。
「貴様は、Aランク2位などという地位に相応しくない」
黒いACは右腕に搭載されたアサルトライフルをゆっくりと持ち上げると、ピタリとキングスタークのコクピットに狙いを定める。
「機は熟した。ここで死ね」
その瞬間、ノーブルマインドは血走った眼を見開き、あらゆる感情を噴出させて絶叫した。
「う・・・・ウワアアアアアァァァァァッ!!」

未だ停電状態の天蓋が落とす暗闇に新たな爆音と赤々とした炎が噴き上がった。
指定された重工業区画のゲートを抜けたフォルディアは、さらに奥のブロックから巨大な爆炎が上がるのを見て、ルーンに急制動をかける。
「なんだ、敵襲か!?グロリア、状況を確認してくれ」
「な、なにコレ。どういうこと・・・?」
グロリアはフォルディアの声が耳に入っていないのか、困惑した声を上げる。
「おい、しっかりしろ。一体どうなってんだ!?」
「あ・・・ご、ごめん!えっと、どうやらキングスタークが正体不明機と交戦しているみたいなんだけど・・・パルヴァライザーじゃなさそうなのよ」
それを聞いたフォルディアも顔をしかめつつ、グロリアから送信されてきた位置情報を確認する。
「熱源や反応のパターンを照合してもパルヴァライザーとは明らかに違うわ。これは・・・AC?」
二人が訝しんでいる間にも爆音や銃声は激しさを増していた。
闇に銃弾や砲弾が爆ぜ、建造物崩壊の不協和音を奏で、光学兵器やブースターの噴射炎が煌めく。
フォルディアは戦火が上がる方角を睨み、コントロールレバーを握りこむ。
「ここで考えていても埒が明かねえ。分からないんだったら、直接見て確かめるまでだ」
そう言うのと同時、ルーンは跳躍しつつオーバードブーストを展開し、闇を切り裂くように光の羽のような曳光を残して重工業プラントを飛び越えていった。
プラント上空を滑空しつつレーダーに目を走らせると、今はIFFを中立にしているキングスタークと未確認敵性反応―おそらくAC―が激しく交戦しているのが分かる。
しかしフォルディアは2機のレーダー反応を見て眉根に皺を寄せた。
キングスタークを示す反応はレーダー上を目まぐるしく動いており、機動戦を展開しているのが分かる。だが、もう一つの未確認機はそれを遥かに上回る機動を示していた。
――何だこれは。いくらノーブルマインドがランク相応の腕前じゃないとしたって、これは明らかに異常だ。
そう考えている間にも、2機が繰り広げている戦火は拡大し、フォルディアもそれに近づきつつあった。
――腐ってもヤツは現役のレイヴンだ。今回襲撃してきたパルヴァライザー程度なら容易に撃退できるくらいの腕はある。未確認機の動きからしても、相手はACで間違いないな。
フォルディアがそう結論づけたちょうどその時、重工業プラントが連なっていた生産ブロックが途切れ、開けた場所が目に入った。
工業製品を運搬するための幹線道路上にルーンをブーストで制動をかけながら軟着陸させる。
ここからは既に戦闘エリアに分類されており、有視界範囲で双方の火線が交差し、ひと際大きな爆炎が2度連続して上がり、轟音が機体を震わせる。
その戦いの様子を見据えつつ、フォルディアは言い知れぬ不安を感じていた。
――もし、未確認機が外部からの侵入者でないとしたら・・・該当する人物は一人しかいない。
しかし、もしそれが事実だとしたら、それこそ理由が分からない。とフォルディアは感じずにはいられなかった。
「これより戦闘エリアに突入する」
自らの内に抱く不安を振り払うかのように、コントロールレバーを握り直し、最大戦速でブーストを吹かす。
ルーンは青い残像を残しつつ、赤々と燃えあがる戦火の中へと突き進んでいった。

それは彼にとって人生最大の悪夢だった。
ノーブルマインドは搭載されている火器を、そこらじゅうにばら撒いていた。
本人は自身に迫る黒いACを迎撃しているつもりなのだが、悉く回避されてしまうため、傍目からはそうとしか見えない。
主兵装の連装グレネードキャノンは言うに及ばず、両腕に搭載されたマシンガンでさえ、ただの1発も当たってはいなかった。
「くそ、くそくそくそ。くっそおぉぉぉぉぉっ!!」
危機迫る表情でディスプレイを睨み、支離滅裂な罵詈雑言を吐きながら死に物狂いで攻撃をし続ける。
もはや錯乱状態と言っても過言ではなかった。
加えて、自分自身は黒いACの攻撃に機体を削られ、APは既に30%を切っていた。
黒いACの左肩から閃光が迸ると同時に激しい震動が機体を揺るがし、搭載AIが左腕破損を淡々と告げる。
「ぐあぁ・・・ち、ちくしょおおぉぉぉぉっっ!」
ノーブルマインドは兵装をマシンガンから連装グレネードキャノンに切り替えロックオンも完了しないままトリガーを引いた。
グレネード弾は当然のことながら見当違いの方向へ飛び去り、工業プラントに無駄な損害を与える。
それを見た黒いACのレイヴンは、これ見よがしな溜息を吐き、言葉を継いだ。
「何だそれは?一昔前の貴様のほうが、まだマシだったぞ」
「うる、さい・・・・」
「分不相応な地位に固執した結果がこれだ。メッキなど容易に剥がれ落ちる。貴様のその悪趣味な機体と同じようにな」
「うるさいんだよ・・・」
「まあ、この10年余り、身に余る地位と名誉を満喫できたんだ。もう十分だろう?ノーブルマインド。・・・いや、ジョン・バーナード」
その最後の一言に触発されたようにノーブルマインドは感情の全てを爆発させた。
「うるさい!ウルサイウルサイウルサイっ!!僕を・・・この僕を誰だと思ってるんだ!?オマエなんかとは住む世界が違う存在なんだよ!!高貴な生まれのこの僕は!オマエみたいな馬の骨なんかにとやかく言われる筋合いなんてないんだ!!」
「ふん、家督争いに敗れた財閥の次男坊ごときにコーテックスのAランク2位など不釣り合いだ」
「だまれぇっ!オマエに・・・僕の何が分かるって言うんだ!!」
「勘違いも甚だしいな。そんな瑣末ごとなど理解する必要もなければ、考える必要もない」
自身の全てを否定する言葉が胸を貫き、ついにノーブルマインドは錯乱した。
「あ・・・あ、アァァァッーーーーーーーーー!!」

その男の最後は本当に呆気なかった。
左腕を失っていたキングスタークは何を思ったか、右腕のマシンガンを乱射しつつ真正面から黒いシルエットの未確認機へと突撃していった。
だが、そんな児戯に等しい機動など相手に通用する筈もなく、黒いシルエットはフルブーストですれ違いざまに光の刃が煌めく左腕を振り抜き、キングスタークを一刀のもとに切り伏せる。
その光景を戦域到着と同時に見たフォルディアは、キングスタークの上げる爆炎に照らされた黒いシルエットの全貌を知り、戦慄した。
「何で・・・ここにアイツがいるんだ」
無意識のうちに独白が漏れ、次の瞬間、通信回線を全てオープンにして叫んだ。
「何でオマエがここにいる!?答えろ!!」
そのフォルディアの言葉に振り返る黒いACは既に戦闘態勢を解除していた。まるで自分の役目は終わったとでも言うように。
「フォルディアか。妙な所で会うものだな」
黒いACを操るレイヴンの口調は先程とは打って変わり、ある種の親しみが込められていた。
それを無視するかのようにフォルディアは言葉を続ける。
「どうしてヤツを、ノーブルマインドを殺した!?」
「私にとって、あの男が邪魔だったから。ただそれだけだ」
どうしてそんな事を聞かれるのか、とでも言いたげな雰囲気でレイヴンは答える。
「あの男はAランク2位などという地位に相応しくない。それ以前にレイヴンとして失格だ。力の使い道を誤ったレイヴンなどレイヴンではない。ヤツの今までの所業、知らぬ訳ではあるまい?近頃はそういう輩が増えている」
黒いACはルーンに歩み寄り、正面に立った。それは対等な立ち位置で話をするという意思表示に他ならない。
「腐敗したアーク、存在が形骸化しつつあるナーヴス。今やレイヴンらしいレイヴンを抱えているのはコーテックスくらいのものだ。だが、時代の流れによってそれも変わりつつある。ヤツの様な存在を野放しにしておけば、いずれコーテックスも下らん輩がのさばる様になるだろう。だから私が手を下した。それがAランク1位である私の責務だ」
「それが・・・わざわざスカサハを持ち出してまでやった理由か、スプリーム」
スプリームと呼ばれたレイヴンは自身の愛機であるスカサハを、先程出てきた貨物エレベーター方面へと巡らせる。
「お前にも、ソリテュードにも教えた筈だ。皆まで言わなければ分からない訳ではあるまい。私を失望させるなよ、フォルディア」
そう言い残し、スプリームはスカサハのオーバードブーストを起動すると、闇に溶け込むように姿を消した。

「目標を捕捉するも、既に敵性勢力に撃破された模様。これより帰還する」
フォルディアは機械的に本部へと報告を入れる。しかし、一部始終をオペレーターとしてモニタリングしていたグロリアは困惑していた。
「ね、ねえフォルディア。一体どういう事?それにスプリームって・・・」
グロリアの言葉を遮りながらフォルディアは強い口調で続けた。
「グロリア、俺が報告したとおりだ。逃亡したノーブルマインドは未確認の敵性勢力に既に撃破されていた、それだけだ。それと・・・記録は消しておけ。電波障害とか理由つけてな」
フォルディアの只ならぬ雰囲気にグロリアは頷くことしかできなかった。
――スプリームのやつ、一体何を考えていやがるんだ。
先程の事項に思考を巡らせようとした時、再びグロリアから通信が入った。
「パルヴァライザーの勢力が後退を始めたわ。各地域で、こちらが敵性勢力を押し返してる状況よ。増援も確認さていないから、あと少しね」
「了解。とりあえず考えるのは後だな」
「うん、それとね。言い辛いんだけど、伝えておかなきゃならないことがあるの」
彼女にしては非常に珍しい沈痛な面持ちのグロリアを見てフォルディアは訝しんだ。
「何だ、どうした」
「ジェリーが・・・戦死したわ。ターミナル・スフィアのレイヴン、ヴァネッサっていう娘を庇って」
「・・・そうか」
それ以上、その事に対して何も言わず、フォルディアはオーバードブーストを巡航モードで起動し、最寄りの味方勢力の集結地点を目指す。
――馬鹿野郎。自分も生き残らなきゃ意味ねえだろうが。
胸中で歯噛みしつつ、頭をよぎる様々な事柄を一旦脇へ追いやり、次なる戦場へと足を向ける。
エデンⅣでの戦闘が終了したのは、これから更に数時間後であった。



 Coaxial out


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最終更新:2011年09月17日 23:36