「The rest is silence -Erster Akt-*


 執筆者:宮廷楽人・タカ坊

 舞台:アリーナ
 種別:決闘劇
 演奏形式:二重奏
 楽器構成:短機関銃×2、自動小銃×1、電磁投射砲×1、榴弾砲×1

 配役
 ・黒騎士:ブラックバロン
 ・復讐鬼:アハト

 では、始まりの鐘を打ち鳴らそうか。第一幕の幕開けである。
 瞳を向けて欲しい、耳を傾けておくれ。
 今宵の催し物は如何にも貴方達を充足させることだろう。
 人は誰しも、他者の悲劇を好むのだから――。

 さて、歌い手は彼、ただ一人だ。独唱。そう、如何にも独唱だ。
 彼は黒百合で満ちた沼を獣のように泳ぎ、蟲のように足掻き、そして――人のように苦しむ。
 恋焦がれ、追い求め、妄執した復讐。だが、その果てにあるのは限りないほどの空隙だ。
 必死の思いでたどり着いたところで、その島に何もありはしない。
 壊れたカカシだけがカタカタと微笑むばかりだ。

 誰もがそうなると、彼に警告した。先人さえ、誰もがそうなった。
 では彼は?

 果たして彼は、先人と同様の破滅を傍受するのか?
 あるいは彼は自身をも殺し、その物語を自らの手で完結させてしまうのか?
 否々、そのどちらでもないのだろうか?

 皆々、この運命の行く先を想像しながら清聴したまえ。


 地響きに似た唸り声をあげたのは、鈍い金属光沢を羽織る榴弾。其が砲身の誘導に従って向かう先は、幾重もの鋼鉄を織り成して作り上げた機械仕掛けの巨人。榴弾は混迷の仕草すら見せることはなく、そしてその力強さは立ち塞がる風の壁をものともしない。愚直さにおいては、主から受けた勅命を果たそうとする従者、あるいは忠節の騎士のようなものを思わせる。
 榴弾が地上を滑走する機械仕掛けの巨人を穿つ――と同時に炸裂、その生涯の全てを用いて災厄を生む。珪素で構成された天蓋が爆破と炎上で奏でる二重奏を聴き入り、その豪壮さに恐れ戦慄いた。
 昇る黒煙と猛る炎は各々が競い合うかのように踊り狂い、その行為に囚われる。対して、取り残された粉塵はさながら役目を終えた役者の如く、舞台の隅へとその身を退けていった。
 滞空しているもう一体の機械仕掛けの巨人、彼の肩部に備えられた長大な砲身から金属の円筒が無造作に放り出される。垂直落下したそれが、無機質な素材で隙間無く覆われた大地を打ち鳴らした。
 一度、跳ねて二度、続けて三度の調べ。深夜のように静まった舞台に小さな金属音が響く。

 一撃で鈍色の巨人「アーマード・コア」を沈黙させるに十分な破壊力を持つ榴弾砲――グレネードランチャーを用いた一撃。惑うことなき直撃のタイミングで放たれた榴弾は、黒騎士「ブラックバロン」が駆るAC――「ナイトエンド」を完全に地に静めたかのように思えた。
 その威力を良く見知り、かつ客観的に観測していた観客達は、一連の戦闘から黒騎士の敗北を予感した。どよめきが漣のように伝わっていく。
 爆心地と化したそこは、未だ暗雲の如き塵芥で満たされている。視覚による生存確認は行えないが、かといって無事であることに確証を得られるほど生易しい一撃でないのも明らかだ。幸運であれば致命傷、不運であれば搭乗者でさえ無傷ではいられまい。
 漆黒のAC「ナイトエンド」に強烈な一撃を見舞ったACの名は「アストラ・カストラ」。その名は古き言葉で「星に在する者」の意。
 深き夜空に妖艶なる月光を思わせる線であしらった装飾。妖しく灯る真紅の瞳は、蠍の心臓と称される赤星に似ている。単に言うならばそれは、夜空という境界線のない存在に明確な形を与えたかのような外貌を備えていた。
 「アストラ・カストラ」のベースは機動力に富む軽量二脚。しかし隙間なく武装を施したこのACは、一般的な軽量二脚が持つイメージからいささか離れていると言わざるを得ない。重量2脚が搭載するレベルの重火器を軽量2脚に搭載するなどという愚挙、新米レイヴンでさえ首を傾げることだろう。この搭載量では、軽量二脚の最大の武器である機動力でさえも殺しかねない。
 一見すると無謀、勘ぐっても愚作。ならば役目としては、無様な敗北を演出する道化が相応しいだろう。だが、道化が上がる舞台は見せ物小屋であり、此処――決闘場ではない。ともするならこの星に駐在する者、ただの道化と定義できようか。
 「アストラ・カストラ」はそのまま滞空状態を維持しつつ、右手に持った短機関銃の銃口を下げた。その行動は相手を間違いなく仕留めた、という自信の表れだろう。だが、敵の生死を確認せずに銃口を逸らすというのは、弾雨が無差別に飛び交う戦場においてあるまじき行為だ。「アストラ・カストラ」の搭乗者――アハトの性格を良く知るものならば、その行動を「らしくない」と称するだろう。
 あるいはアリーナという、スポーツめいたルールの元で行われる戦闘であるがゆえに、生じた油断なのかもしれない。
 幕引きの気配は未だ感じさせない。祝福のファンファーレにもまだ遠い。鮮やかに詠われていた前奏を容易く裏切り、次いで煩わしさを感じさせる旋律が動き出す。それは警告のアリア(独唱)。指し示すは静謐を侵食する危険。遅れて奏でるは焦燥感を煽る狂想曲。
 「アストラ・カストラ」のコックピット内を遍く充足させたのは、誘導弾の照準を示す警告音。それが意味するのは敵機の生存であり、そしてその返答は粉塵を切り裂いて現れた誘導弾の群れだ。
 アハトは自身のAC「アストラ・カストラ」を急上昇させた。その動きに反応し、誘導弾の群れがAC「アストラ・カストラ」を猟犬のように追尾する。無垢なる牙に、無機なる殺意を宿し、その身を犠牲にしてでも敵を穿たんという圧力で迫る。彼らに下された命令は、極々単純かつ唯一。それは立ちはだかる障害の完全排除。
 「アストラ・カストラ」の頭部CPUが演算を開始。照合された誘導弾の種別から、破壊力と射程を筆頭に巡航速度、旋回速度、旋回半径などを含めた計十五項目に及ぶ詳細情報を算出。種別――通常ミサイルとマイクロミサイルの混合。その比率――四:九。自機の真下から重力という壁を垂直に駆け上がってくる。
 アハトは「アストラ・カストラ」が持つ短機関銃を、白煙を従えて迫る誘導弾の群れへ向ける。意識なき猟犬の群れは、銃口から先んじて放たれる殺気を知覚することはできず、その顎が猛威を振るう領域を愚かにも侵犯する。
 相対速度の変化により、めまぐるしい速さで移り変わる幾多の情報。それらをアハトは一切取りこぼすことなく掌握し、全ての情報を脳内に一時保管。
 各種誘導弾の予測進路、こちらに到達するまでの予測時間。その過程は深緑の点線で描かれ、そして時は数値で刻まれる。タイミング、位置情報、最適迎撃位置――算出、確認、反映――完了。

 ――迎撃開始。

 先んじて迫るは、ACが搭載できるミサイルデバイスの中で最もスタンダートな性能を持つノーマルミサイル――左右からこちらの退路を断つかのよう進軍するのに対し、「アストラ・カストラ」は右腕部の短機関銃を左から右へ水平掃射。毎分千二百発の速度で発射される小口径の弾丸が、濁流を思わせる密度で誘導弾の群れと対峙する。軌跡は夜空を駆ける流星群のように、しかし色鮮やかというにはいささか無機質だ。
 向かって左から迫る二発、対象A――迎撃、対象B――迎撃、右側面を回ろうとする二発、対象C――迎撃、対象D――命中せず。迎撃された誘導弾の爆発の影響により、僅かに軌道が逸れたと推測。
 次いで正面から面制圧を試みる小型誘導弾・マイクロミサイルの群れ。先ほどの水平掃射によって既に九発中三発を撃墜。残る六発のマイクロミサイルと仕損じた一発のノーマルミサイル、計七発のミサイルが駆けるがそのうち二発は命中軌道に非ず。よって命中軌道に乗るであろう5発の残存ミサイルに対して返す動作で機関銃を向ける。
 再び掻き鳴らされる警告音。内容――短機関銃の残弾数低下。ディスプレイ上に表示された機関銃の弾倉内の弾は、残り僅かを示している。弾数表記が見る者の気を惹こうと、紅色に染まる。
 一切の躊躇いもなく再び引き金を弾き、残りの弾を全て吐き出す。射出された弾丸が、我先へと突き進む誘導弾を鋭く出迎える。生誕と消滅を繰り返す熱膨張の申し子。
 残存誘導弾――三発。警告――短機関銃の弾倉交換。所要時間――1.53[s]。弾倉の交換シークエンスを開始した右腕部の短機関銃。その間にも、刹那を消費する毎に距離を削る生き残りの誘導弾。アハトは後退する「アストラ・カストラ」の動きをそのまま維持しつつ、「アストラ・カストラ」の背部に備え付けられた榴弾砲――グレネードランチャーを強引に向ける。
 足場のない空中、それも戦闘速度で移動しながらの肩部兵装の使用。瞬間的、かつ多角的に発生する万有引力定数――すなわち「G」が及ぼすであろう搭乗者への負荷、それを危惧した頭部CPUが警告音を発し、火器官製システムである「FCS」を一時的に施錠(ロック)。
 警告内容――過剰なGによる人体への危険性。だが、アハトはその緊急措置に対して割り込みをかけ、強制終了を施す。その行動に対し、頭部CPUが最大レベルの警告を発する。だが、その内容の重要性を彼は認識することができない。なぜなら常人ならば危険となるそれでさえ、彼にとっては危険と認識できる領域に到達していないことに他ならない。
 最大レベルの警告を受けてなお、その危険性に躊躇することなく榴弾を発射。それと同時にアハトは視界の隅で黒き影が高速移動したのを見て捕らえた。対して、発射された榴弾は至近距離まで迫った残存ミサイルの一角に接触、大音響と炎上の双生児を生み出した。
 生き永らえた僅かな誘導弾は炎の顎によって噛み砕れ、熱量の海に飲み込まれる。運良くその牙を逃れた僅かな破片達が「アストラ・カストラ」の装甲を小さく叩いた。
 灰燼がアハトの視界を埋め尽くす。アハトはその灰燼の奥底から黒々とした敵意が自身に注がれるのを感じ、目の前の塵芥からすら離れるように自機「アストラ・カストラ」を急速後退させた。流れる鈍色の視界、遠のいていく景色。
 風が粉塵を緩やかに攫っていく。澄み渡り始める景色。だが、その光景に否を唱える存在が現れる。その事象が完了するのを待たず、粉塵を渦上に切り裂いて現れたのは一機のAC。
 一部の隙も無く漆黒で染め上げた装甲は、よもや深夜とも例えられず、さりとて黒曜石ですらなお遠い。陰影すら感じさせないそれを、言葉で定義するのは難しいだろう。それでもあえて言葉で示そうというのなら、それは月を失った闇夜。暗黒、奈落の底と称したとしても異論を唱えられぬであろう鎧袖。その名は――ナイトエンド。
 漆黒のACが圧倒的な推進力を持って重力の階段を駆け上がり、虚空に浮かぶアハトのAC「アストラ・カストラ」へと急速に迫る。後退は許さぬと、正面からの果し合いこそが我が誉れと、そう語らんばかりの苛烈なる突進。
 その間合いは既に「ナイトエンド」の搭乗者――「ブラックバロン」が最も得意とする近距離(ショートレンジ)。幾多のACを灰燼と化してきた黒騎士が支配する領地に差し掛かっている。右腕部に備えるは短機関銃、左腕部に携えるは自動小銃。
 「ナイトエンド」の猛進に対して、アハトは「アストラ・カストラ」の左腕部に備えられた装置で受け答える。デバイスが光線を発振→加速→収束→圧縮を通り越して凝縮→固定化――光の糸が刀剣を織り紡いでいく。淡い蒼の輝きを携え、周囲の照明を圧してなお鮮烈に輝くそれは、光学兵装の一つ――レーザーブレード。
 「アストラ・カストラ」が抜き打ちを思わせる洗練な動作を持ってして、闇を終わらす者を迎えうつ。
 レーザーブレードの攻撃能力は、腕部のエネルギー供給率によって左右されるものの、そのほとんどが一撃にてACに致命傷を与えることが可能だ。無論、堅牢な装甲を持つ重量級などはその限りではないが、かと言って軽傷で済むほど生易しいものでもない。ましてや「ナイトエンド」の装甲はアーマード・コアとしては並みの並。断てぬ道理は無い。
 生身でもさることながら、アハトの抜刀はAC搭乗時でも一切の衰えを見せない。むしろ鞘走りというプロセスを踏まない分、その脅威さは増していると言える。その速度、並みのレイヴンならば刃の軌跡すら知覚できずに地に伏せることだろう。
 蒼い三日月が闇を切り裂かんとして翔け走る。通常時の六四倍の知覚速度を持つアハトの瞳が、漆黒の動向をつぶさに捉える。現行距離は黒騎士が最も得意とする――近距離(ショートレンジ)。
 アハトは「ナイトエンド」が戦闘距離を維持するために、一拍子の間を置いて減速するであろうと予測。「ナイトエンド」が持つ二種の銃器が如何に近接兵装とはいえ、最大効率を発揮するのはあくまで近距離戦であり、手が触れるほどの接近戦ではないからだ。故に、近くに過ぎる間合いではその有用性は減じてしまうのが常だ。左腕部に有効射程の長い自動小銃を持つ「ナイトエンド」ならば、やや距離を置いた距離からの掃射が最も望ましいだろう。
 ましてや相対した機体が携えているのは、刀剣に属する近接兵装。並みのレイヴンならば刀剣よりも銃器のほうが素早いという常識の元、刀剣の間合いの一歩外からの一斉掃射、という手法をとる。迫る光の刀剣に物怖じすることなく、先んじて容赦なく銃弾を浴びせることができれば、それだけで勝利は手にすることができるからだ。
 だが、この高位なる決闘場で剣を執る者に、大衆が須らく持つ在り来たりな常識などは一切通用しない。完成された技巧は常軌を当たり前のように打ち砕き、既存の法則を容易く凌駕する。銃よりも刀剣が先んじるという非常識を、この「星に在する者」は現実の世界において実現する。
 銃器に火が灯るよりも先んじて光の刃が駆け抜ける。後手が先手を上回るという非現実が、この瞬間、現実と入れ替わる。ブラックバロンが攻撃に転じようとするその刹那を消費して、「アストラ・カストラ」が持つ蒼い刃が駆け抜ける。
 迫る蒼き三日月に対し、黒き影はさらなる速度を自身に付加し、再度虚空を蹴り上げた。漆黒の鎧袖がアハトのAC「アストラ・カストラ」のモニターから掻き消える。一拍子遅れて、蒼い三日月がその名残を虚しく両断した。

 ――避けられただと…?

 アハトはその驚愕の事実を自身で確認することもできず、そしてその問いは機体に走る衝撃にもみ消される。照準警告なしのそれに対し、頭部CPUがはじき出した解答は、外部からの影響による自機の姿勢の変化。搭乗者であるアハトはその警告の因果を理解することはできなかったが、この時、客観的な視点から試合を見据えていた観客たちは、空を駆け上がる黒騎士が披露した一連の曲芸を見逃しはしなかった。
 猛進する「ナイトエンド」は「アストラ・カストラ」と相対しつつも、得意距離での戦闘を放棄。停止することなく、そのままの速度で刃が振り下ろされる断頭台へと足を進める。その勇猛さは、死を覚悟した者にしては余りにも鮮烈だ。
 漆黒のACは「アストラ・カストラ」の頭上を飛び越えた後、その無防備に晒された背部を踏みつけた。「ナイトエンド」は存在し得ないはずの虚空の足場を手に入れ、それを利用して再び高く跳躍。同時に各部のブースト出力の比率を極端に変更し、自身のACに前方向の回転軸を付加。虚空を舞台に宙返りを行う。
 そこには上下を逆に、頭上を鋼鉄の大地に、足先を天蓋に向けた状態の黒衣のACの姿。
 その一連の動作は、人体の運動で言うところの前方宙返りを思わせるものだ。だが、その運動を人が操縦する機動兵器で実現できるのかと問われれば、限りなく不可能に近いと誰もが思うことだろう。むしろその是非を問う以前の問題ともいえる。
 可能、不可能という命題を容易く乗り越え、かつその絶技を成功に収めた黒騎士。黒騎士は鮮やかな空中舞踊を披露し、観客はその曲芸めいた絶技に心を躍らした。溢れ出る興奮。怒号に似た歓声。観客席に熱気が満ちる。 
 踏み台にされた「アストラ・カストラ」は体勢を崩し、不安定な状態での急降下を強いられる。対する「ナイトエンド」は、星の駐在者よりも遅れて落下。暗闇の残滓は両腕部に備えられた短機関銃と自動小銃の二丁を、先んじて落下を強いられた「アストラ・カストラ」の背部に向ける。
 両の手に収まる機関銃と自動小銃を一斉掃射する「ナイトエンド」。降りしきる弾雨に対し背面を見せているアハトは「ナイトエンド」の動向を察知することが叶わない。だが、銃口から先んじて放たれる殺気、アハトはそれを直感で感じ取り、肩部兵装であるグレネードランチャーをその身から追放――パージ、その砲身を身代わりとした。
 虚空に取り残されたグレネードランチャーの砲身に銃弾が次々と注がれる。次いで、脳を貫くような大音響を立てて爆発。砲身は格納している榴弾全てを巻き込んで、心中を余儀なくされる。
 発生した爆風に押されるような形で急降下する「アストラ・カストラ」が、地面に押し付けられるような形で着地する。ショックアブソーバーが起動し、その衝撃を分散、緩和の処理を行う。アハトはその衝撃処理を中断させ、そのシークエンスに割り込みをかける。瞬時に機体を反転、遅れて降下する「ナイトエンド」に向き直る。衝撃処理の猶予を与えられず、真逆ともいえる運動を酷使された機体が軋みをあげる。僅かに遅れて舞い降りる「ナイトエンド」。両の腕部に備えられた銃器を翼のように広げる様は、渡り鴉が大地に着陸する姿に似ている。
 アハトは「アストラ・カストラ」が備えるもう一方の肩部兵装を展開した。先ほどの無骨な榴弾砲とは異なり細く、長い砲身を持つその兵器の名称は「Electro Magnetic Launcher」。膨大な電力が生み出す電磁誘導を持ってして弾丸に加速度を付加する兵器――その俗称はレールガン。
 フレミング左手の法則を利用したそれは、火薬式では実現不可能な初速を弾丸に与えることが可能だ。その速度、空気中を伝播する音の速度の実に二〇倍。
 破壊力とは質量と付加される速度の二乗に正比例する。炸薬式の弾頭で実現できる速度は、最大効率であっても音速のせいぜい五倍程度。そのさらに四倍以上の速度で放たれる電磁誘導の弾丸は、弾丸そのものの質量が同程度ならば、単純に十六倍の破壊力を孕んでいることになる。対人レベルの兵装ならばいざ知らず、機動兵器たるACが備える兵装でそれを行えば、破壊的なエネルギーを具現化することだろう。
 砲身内を満たす紫電。それはさながら暗雲に帯電する稲光のようだ。電磁誘導特有の軋んだ音が大気を伝播。生まれいずる子に電磁場という揺り篭を与え、雷管という祝福の鐘を撃鉄が声高に打ち鳴らす。生まれいずるは電磁気学の申し子。
 遅れて着地し、追撃体勢へと移行した黒騎士に向けてレールキャノンの引き金を弾く。紫電を脱ぎ去った弾丸が俊足を持ってして虚空を走破。共に生まれたはずの音すら彼方に置き去り、立ちふさがる大気の壁を騎士槍の如く刺し貫く。霧散した風は不可視の刃へと姿を転じ、その切れ味をもってして周囲を無差別に襲った。
 電磁誘導の祝福を受けた弾丸が「ナイトエンド」の左腕部――正確には人体の肩部――に被弾。千切れることこそ免れたものの、左腕部は制御機能を失い、無気力に垂れ下がった。腕部が保持能力を失い、その機械仕掛けの手の内から自動小銃が零れ落ちる。無機質な大地に自由落下――するのを待たずに黒き影は移動を再開。再び間合いはショートレンジへと移行する。
 申し合わせたように、お互いが武装を取り出す。握り締めた兵装は、小口径の弾丸を高速連射する短機関銃。嵐に似た弾雨が互いの間に満ちる空間で吹き荒れる。降りしきる鉛色の雨の中、「アストラ・カストラ」は僅かに存在する空隙の間を見咎めては滑り込む。その流麗なる軌跡は、星が夜空という生地を編むかのようだ。
 「アストラ・カストラ」が背部に備え付けられた電磁投射砲を廃棄。既に二種の重火器を失った星の駐在者ではあるが、搭乗者である「アハト」に懸念はない。むしろこの瞬間、「アストラ・カストラ」の機動を拘束していた物は全て排除され、その機動力を最大限に発揮できる状態へと移行した。前座が終わりを告げた。ここにきて最大の戦闘能力を発揮する「アストラ・カストラ」、結末への行進を開始する。
 さらなる速度を持って鈍色の闘技場で舞い踊る両者。次第に速度を増す円舞曲には、見る者、聴く者に終曲の予感を感じさせた。既に観客は息を呑むことを忘れ、目の前で繰り広げられる劇に完全に見入っている。他者が存在することを忘れ、自我を喪失し、そして時の流れすら忘却した。
 終曲への行進は序々に明瞭となってきた。決戦の意味を込めたお互いの技巧、満を持して繰り出される。
 毎分約千二百発の軽やかなリズムが唐突に打ち切られ、次いで唯一つの音が打ち鳴らされる。自身を拘束していた装具を脱ぎ去った「アストラ・カストラ」が大地を強く蹴り上げ跳躍、噴射炎を利用して風を踏みしだき、空を走破。「ナイトエンド」の頭上をそのまま追い越し、その真後ろへと着地した。この瞬間、互いと互いの背が向かい合う。
 先に行動したのは「アストラ・カストラ」に搭乗するアハト。右脚部を軸に回転運動を開始、同時に蒼く輝く光の刀剣を抜く。まだ見えぬ背後の漆黒を両断せんと、振り返る動作と共にレーザーブレードを振るう。
 それに対し、ブラックバロンが搭乗する「ナイトエンド」も同様の方向で回転を開始。「ナイトエンド」の右脚部が重力に逆らい、鋼鉄の地面から離陸する。その足裏は、「アストラ・カストラ」の左腕部の一の腕のあたり、ちょうどレーザーブレードが備え付けられた部位を足裏で押しとどめる。その迷いなき動きは、真後ろとはいえ、未だ姿見えぬ敵に対して行われたものとは到底思えるものではない。それは相手の攻撃方法を完全に予知していた、としか考えられぬ動作であった。
 レーザーブレードを携えた「アストラ・カストラ」の左腕部の動きが阻害される。次いで間をおかず、闇を終わらせる者は自身が持つ短機関銃の銃口を、星に駐在する者の頭部へと突きつけた。
 その瞬間、静寂がアリーナを満たす。静止する間。深夜のように横たわる沈黙。
 アハトが搭乗するAC「アストラ・カストラ」のレーザーブレードによる攻撃は、その斬撃の要となる腕部を「ナイトエンド」の左脚部に押し留められ、完全に無効化された。そしてその頭部には、短機関銃の銃口が突きつけられている。
 人間同士の戦いならば、それは生死与奪の権利を獲得したことに他ならない。機械仕掛けの巨人で戦うこの場においては、勝敗の決定を意味する。
 彫像のように動かぬ2機のAC。それは一枚の絵画を思わせるほどに完成された光景だ。周囲の数多の存在でさえ、その絵画を崩さぬようにと配慮しているように思える。闘技場と観客席の両者が静寂の鎖で頑強に拘束される。
 如何ほど時が流れたことか。誰もが答える術を持ち得なかった。一足速く、その忘却の海から這い上がった審判者。彼はその目の前の状況に今気づいたかのように、自らの役目――勝敗の結果を言葉にした。

「しょ、勝者・ブラックバロン!」

 -Arena・AC Garage-

「こうやって面と向かうの初めてですね」
「――そうだな」

 ACのガレージ内の一角、「アストラ・カストラ」が鎮座するそこで、アハトは思わぬ訪問者と接触した。
 長く流麗な黒髪が特徴の男性だ。長身痩躯のその体格は野を駆ける獣のように――否、纏う雰囲気は霧が棚引き渡る渓谷を、自在に駆け回る獣を思わせるもの。分類するならば夜の狩猟者。形容するならば、それは「狼」が最も適切だろう。
 夜空に抱かれた月の足元を走破する獣。月夜の世界こそ我が世界、見えぬ闇夜こそ我が領地。その静謐な歩みも、自然と備わった消音装置なのだろう。灯る真紅の瞳さえ、獲物を効率よく狩るのに適しているとさえ思えてくる。
 この目の前の狩猟者こそ、先ほどアリーナにおいて激闘を演じた相手、黒騎士――ブラックバロンだ。

「少し、お話しませんか?」
「……悪いが機体のメンテナンスで忙しい。他をあたれ」
「まぁまぁ、そう邪険にしないで頂きたい。私は貴方に興味があるのですよ」
「物好きだな」
「えぇ、私は物好きなのです。ましてや対戦相手よりも遥か先を見据えて足元を掬われる……。そのような道化が相手ならば、なおさら興味は尽きない」

 アハトは安い挑発だと思ったが、それに対しては何の感慨も沸きはしなかった。なぜなら目の前の男の存在に、興味と関心を欠片ほども持ち得ないからだ。ならば、どのようなことを言われようと、それが例え罵詈雑言の類とて風の囁きに等しい。

「――それで?」

 簡易なアハトの問いかけに、微笑を湛える黒騎士。
 互いの視線が交差する。両者の間で沈黙が横たわる。
 先んじて言葉を紡いだのは黒騎士。

「復讐――ですか」
「――――。」

 その一言に、どのような色合いも見せなかったアハトの表情に変化が生じる。無色透明であった感情に怒気が含まれ、色彩の異なる左右の瞳から怜悧なる殺意が出力される。視線に込められたそれが、柔和な笑みを湛える黒騎士の視線と対峙。
 剣先の如きその視線を注がれた者は、さながら首筋に白刃を当てられたかのような錯覚に陥ることだろう。その刃の視線を受けてなお、柔和な表情を崩さない黒騎士。断頭台の下で笑う童子のような表情。黒騎士の顔にはむしろ、満足や安堵の類さえ見て取れる。

「そう…その瞳です。淀んで、濁りきって、それでもただ一点を燃えるように見据える瞳。私はそのような人物を一人、知っています」
「……」
「心無いものは――亡き者がそのような復讐を望んではいないと口にする。ですが例え亡き者がそれを望んでいないとて、残された者が誰よりもそれを望んでいるのです。そう、他の誰でもない、残された者が須らく望んだことなのです」
「お前は――」
「己がしたいことを実行する。人は自らの欲求を実現させようとして、行動するものです。そこに正負の概念など不必要。感情の赴くままに素直に生きる……その姿こそが最も美しい」

 黒騎士の言い草は狂言回しを思わせるもの。手振りさえ交えた演説めいた語りは、舞台役者のように酔狂だ。

「そう。故にそれが血の償い欲するものだとしても、それを咎める必要など何処にあるのでしょう。むしろ賞賛されてしかるべきです。中庸であろうとすることなど、己が信念を持たず、役割すら真っ当できない愚者の戯言。愚者は主役にはなりえない。そんな物語はあまりにも――惹かれない」
「――何が言いたい」
「私は貴方を支持しているということですよ。終曲の暁にはぜひ、私をお呼びください。私はファンとして、いつまでもその日を楽しみにしていますから」

 言葉が終わると共に、あるいはそのタイミングを見計らっていたのか、幼き少女が黒騎士の元へ走り寄る。
 北方出身を思わせる白磁の肌、日の出を思わせる緋色を含んだ黄金色の髪。少女の快活さを表すかのように、飾り羽めいた両翼の髪が一歩踏み出す度に跳ね回る。
 少女が黒騎士の裾を、その小さな手で引く。

「バローン、早く帰ろー。お腹空いたよー」
「はいはい。わかりましたよミニム」

 今までの挑発的な態度とは打って変わり、柔和な表情へと変化する黒騎士。それはまるで子供の我侭に困り果てる父親のようだ。半ば背を向けかけたところで、黒騎士がこちらに視線を向ける。

「――その復讐が果たされたとき、貴方は自分自身に何を思うでしょうね」

 独り言のような男の言葉に、思わず問いを投げかけるアハト。

「――なに?」
「いえいえ、何も」

 恐らく、こちらが聞き返すことを予測しての独り言なのだろう。その対応、そしてこの仮面のような笑顔も同様に癇に障った。

「それでは失礼します。貴方の終幕、楽しみにしています」

 黒騎士は去り際に再会の言葉を残し、飾り羽を揺らす少女の手を引いて格納庫から退出した。

 アハトと別れたブラックバロンは、アリーナ備え付けのACガレージからアリーナの外へと続く無機質な廊下を、ミニムの小さな手を取り、共に歩んでいた。床を打ち鳴らす靴音に紛れ、一つの詩が響く。

「――心は死に絶え、世は虚実に満ち、よもやどんな望みもありはしない」

 好きな歌劇の一節が耳に届く。黒騎士はそれが自分の声であること一呼吸遅れて気づく。さして広くもない廊下に響く自分の声音には、喜々とした感情が含まれているのが感じ取れた。
 だがそれも構うまい。黒騎士は自らの行為に対し、許可を下す。感情の付き従い行動すること。欲求を実現させることこそ、人間の在り方なのだから。

「――誰もが生き、誰もが愛し、そして誰もが己が死を見つめる」

 気分がよく、嬉しく、そして度し難いほどに楽しい。今、自分の身体を遍く満たすのはそれらが属する単語の極地だ。
 例えるならそれは、童子が絵本を見つけたときのようなものに似ているだろう。次のページは一体どうなのか?その次は?さらにその次は?と、期待と興奮に胸を膨らませる。そして結末――その終焉はどこへ向かうのか、と。

「――如何ほど孤独に身をゆだねようとも、「苦悩」が娼婦のように這い寄るのだ。故に――誰しもが本当の孤独を味わうができない」
「バロン、なんだか楽しそうだね」

 一節目が終えたところで、赤金色の髪を持つ少女が無邪気に言葉をかけた。少女がブラックバロンを見つめる視線は、純粋そのもの。彼女はあくまで、同居人が久しく見せた楽しそうな表情にありのままの感想を述べたのみだ。その同居人が浮かべる感情の下に隠された真意を、少女の純真では汲み取ることはできない。

「えぇ、楽しいです。楽しいですよ。こんなに楽しいのは久方ぶりです」
「それはいいことだね」

 少女は再び、同居人の喜びを祝福する。
 黒騎士は、夢想すればするほどにその期待が高まっていくのを感じた。
 思わず笑いがこみ上げる。何分心の底から笑うのが久方ぶりであったが故に、黒騎士はその行為を抑え込もうと右手で顔を押さえつける。

「幾重の涙を流しながら、数多の苦悩に苛まされながら、それでも貴方は悲しみの流れを追い続けるのだ」

 満たす感情は歓喜。あふれ出るは狂喜に似た何か。であれば求めるは至高の終焉。

 ――復讐鬼よ。私に救済無き歌劇を、嗜虐に満ちた終曲を見せてくれ。

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最終更新:2012年04月12日 14:21