「鬼神の妖精」


 執筆者:ヤマト

エデンⅠ[HOPEⅠ]

定期身体検査も終わり、自宅へと歩き出す。
いつもなら車を用意されているのだが
「今日は歩きたい気分なんだ」
と、言ってコーテックスのビルを出たのが30分程前、スワローは商業区にいた。
特に欲しい物があった訳では無い。ただなんとなく足が向いただけの事だ。

ブティックのウィンドウを冷やかしに見たり、道往く女性を物色したり、そんな何気ない散歩。
しばらく歩くと視界に珍しいモノが入った。
濃紺の生地に真っ赤な紅葉を散りばめた和服の少女。
人形のような美しさを持った少女だ。
「ほう」
思わずそんな言葉が口から出る。
これほどの容姿を持つ者はそういない。
どうせ目的の無い散歩だ、この人形のような可憐さを持った少女と時を過ごすのも悪くない。
そう思ったスワローは声をかけるべく近寄ろうとした、その時。
「・・・」
目標は静かに、そして優雅にこちらを振り向いた。
ただ振り向いただけでもどこか気品溢れる動作に惹かれざるを得なかった。
同時に言い様の無い違和感を自身の意識の中に感じるがそう大きな問題でもなさそうなのでスルーする。
「こんにちわ、可愛いお嬢さん」
「・・・」
人の良い笑みを浮かべて声をかけるも返事は無い。
「ああ、警戒しなくてもいい、別に君をさらったり乱暴しようなんて考えてない。ただ、こんなにもいい天気だから美人と一緒に過ごしたい。そう思っただけだよ」
笑顔はそのまま今度はウィンクも付け足して思う事を素直に述べる。
こと、人間関係に対して偽るべき事は偽り、正直に話すことは話すというスタンスはある種の才能がないとできる事ではない。が、スワローにはそのスキルが備わっていた。
「ん~、お母さんと待ち合わせているのかな?」
さすがにこれだけ言い寄っても返事どころか顔色ひとつも変えない難敵は始めてだ。
中腰で目線の高さを合わせて話していると周りから危ない声が聞こえ始めてきた。
「何?あの人、親戚かしら?」
「違うんじゃない?ほら女の子ちっとも楽しそうに見えないわよ?」
(まずい・・・このままではただの変質者と思われてしまう)

〔白昼の犯行!幼女趣味のレイヴン!〕

周りからの声がそんな明日のニュースの見出しを連想させ思わず身震いを覚えて軽く肩を落とす。
「OK。悪かったね、お嬢さん。突然声をかけて申し訳なかった。それじゃあボクは・・・」
「アロウズのスワロー」
「そう、ボクはアロウズの・・・!?」
「グローバル・コーテックス所属のレイヴン、スワロー。アルバート・ワイズ・イークレム」
目の前の少女は決して知らないハズの情報を持っていた。披検体であり過去を抹消された自分の本名など企業でも一握りの人間しか知らない。
しかしこの少女は自分の本名を知っている。
スワローの顔からは人の良い笑みは消え、変わりにレイヴンとしての色が垣間見ることができる。
「お前は何者だ?なぜ俺の名を知っている?いや、それ以前に何処でその事を知った」
対する少女は何が楽しいのか、ほんの少し微笑んでいるようにも見える。
「場所を変えましょう?こんな道の往来で話していい内容ではないでしょう?」
少女のどこか挑戦的であり、また諭すような雰囲気に警戒を強めるが少女の言う通り、道の往来で話せる内容ではない。
スワローは少女を伴い手近な喫茶店へと歩を進める。

「いらっしゃいませ~」
軽快な鐘の音を背景にウェイトレスが元気に歓迎してくれる。
「お二人様ですか?」
「そうだ、なるべく端の席を用意してくれるかな?」
笑顔に笑顔で返すものの意識は後ろの気配に集中している。
やがて店の奥のワンサイドテーブルに案内されメニューボードも見ずにコーヒーとアイスティーを注文する。

二人は向かい合ったままで何も話さない。
当然だ。話の途中でウェイトレスが乱入しては機密も何もあったものではない。
相手もその事は承知しているのか特に身じろぎするでもなく、膝の上に手を置いてスワローを見つめている。
やがて銀のトレイにコーヒーとアイスティーを乗せてウェイトレスが戻ってくる。
「ごゆっくり」
「あぁ、ありがとう」
コーヒーとアイスティーを給仕してくれたウェイトレスに最後の笑顔で応対して目の前の少女と向かい合う。
「さて、改めて聞こうか、お前は誰で、何処で俺の名を知った?」
コーヒーを一口含んでから単刀直入に切り出す。
「私は九玉(こだま)、貴方の事を知ったのはナインボールのデータベースで。本名を知ったのはついさっき」
「ナインボール、か」
驚きも度を過ぎれば感情は動かない。

ーーナインボールーー

赤いACとも鬼神とも呼ばれるレイヴンの間では半ば伝説として語られる存在。ではこの少女の正体は?
「九玉、と言ったな?お前は何者だ?」
「私は生体CPU。コード09、九玉(コダマ)」
「生体CPU・・・旧世代の遺物か」
生体CPUとは旧世代遺跡から稀に発見されるコールドスリープ中の子供の総称だ。その外見は絶世の美女であるとの噂も聞く。それならば目の前の少女がそうだとしても頷ける。
お互いに会話が一度途切れてそれぞれの飲み物に口をつける。
熱いコーヒーが麻痺しかけた思考を復帰させてくれたおかげで次に聞くべき事を思い出した。
「で?生体CPUであるお前が此処にいる理由は?それにあの赤いACはすぐ近くにいるのか?」
「ナインボールはココにはいない。あの子は私無しではオーバーロードしてしまう」
そこで一度区切り、アイスティーのストローに口をつける。
「私がココに居るのは、スワロー、貴方に会ってみたかったから」
「俺に?何故だ」
自分には生体CPUとの接点など持ち合わせていない。いや、もしかするとあの機関にいる時に会ったかもしれないが当時の記憶は無い。理解できないという顔をしていると、
「MT撃破数3,097、AC撃破数59、未撃破1」
「未撃破?」
「貴方の事よ。過去、幾度となく戦闘を繰り返してきてたった1機、ハスラーが墜とせなかった相手・・・それが貴方」
成る程、いわれてみればそんな事もあった。
「それとお前が此処に居るのはどんな関係が?俺を消しに来たのか?」
「私では貴方を殺す事はできない。私がココにいるのは貴方に興味があった。それだけ」
そういうと九玉は一度目を伏せこれまで以上に真っ直ぐにスワローの瞳を捉える。
瞬間、自身の存在が境界を失い、目の前の少女に吸い込まれる様な錯覚を覚えた。
冷たく暗い空間に投げ出され動けないでいると何処からか呼ぶ声がして答えると声のした方向へ吸い込まれていき、暖かいナニカに自身の存在全てを優しく抱きとめられる。
そんな日常では触れる事の無い異様な感覚。だが自身は椅子に座っているし九玉もテーブルを挟んで椅子に座っていた。
「今のは一体・・・?」
「そう・・・ノーライフ機関の成功例だったのね」
もはや聞く事はないとばかりに立ち上がる九玉。思わず呼び止めようとするが何故かスワロー自身も九玉の事をすでに知っていた。
ついさっきまで自分はこの少女の事など露ほども知らなかったのに今では古い友人のように解る。
旧世代に生まれ、ネクストの制御機構として普通の人間とは別の存在として創り出されたモノ。だが肝心の彼女の考えが解らない。
「待て、最後に一つだけ。お前達の目的は?世界各地にはナインボールのコピーも確認されている。それらもお前達が計画したのか?」
去り往く背中に問う。
ーー何が望みだーーと。
肩ごしに振り返り空虚と憎悪の入り混じった瞳で答える。
「私に望みなんか無い。あるのはハスラーワンの意思だけ。彼は旧世代技術の復活を阻止し、世界の安定を望んでいる」
「ではコピーについては?パルヴァライザーと行動を共にする場面も目撃されているし、道を誤ったレイヴンを始末したりもしている。あれについても干渉していないと?」
「・・・私には他の個体のような電子処理能力はない。あの影達は別の意思の下で動いている。政府の意思と暴走した個体。二つの思想は似て非なるもの。力を求める者と自身の完成を望む者」
暴走した個体?・・・暴走はともかく個体とは何を指すのか?
一瞬疑問が頭を過ぎるがすぐに生体CPUの事だと解る。九玉が言う個体とはナンバー06の事だと。だがそれ以上の事は解るはずもなく、解けない謎々をしている気分になる。
正面を向き長く美しい黒髪で顔を隠して呟く。
「私たちは、生まれざる存在だったのかも知れない」
初めて見せる九玉の感情は酷く乾いてた。誰に対するでもない独白を残して和服の少女は昼下がりの喫茶店を後にする。残されたのは整理のつかない答えと後味の悪い沈黙だけ。
今まで感情らしきものを感じとれないでいた少女が見せた酷くもの悲しい声音にスワローはただ見送るしか術を持たない。
九玉が店を出て数歩だけ歩いた先で立ち止まった為、その先へと視線を投げる。
黒いロングコートを纏った男が立っていた。遠めにも解るほどのレイヴン特有の雰囲気に無意識に警戒するが男はゆっくりと九玉に近づき、二言三言話すと九玉を伴い去っていく。
ロングコートの男は去り際にスワローに対し視線に言葉を乗せ警告する。

ー古代技術には関わるな、次は確実に排除するー

間違いない、直接の面識は無いがこの人物がナーヴス・コンコードで最強と云われたレイヴン〔ハスラーワン〕だろう。
負荷低減型ネクストのナインボールと生体CPUを強奪し、旧世代技術に関わる施設、人物を攻撃していたハスラーワンがなぜエデンに居るのか?普通ならば保安部に通報するのが筋といえるがスワローは通報する気にはなれなかった。
ナインボールにハスラーワン、そして九玉と名乗った生体CPU。
それ等は2年前にコーテックス本社で開発中であった試作型ネクストARROWSの襲撃を思い出させ、スワローは苦虫を噛み潰したような面持ちでぬるくなったコーヒーに口を付けた。
赤いACの幽女、それは九玉の事だろう。
2年前コーテックス本社から撤退するナインボールから聞こえたとされる少女の声。
だが今日話した限りではとても叫ぶような人物では無さそうな雰囲気だったのだが・・・。
「ナインボール、か」
スワローは埋没させた2年前の記憶の海へと一人静かに船を出した。


2年前...グローバル・コーテックス本社地下研究所

その日、スワローは封印されたベルフェゴルに変わる新たなACが完成したとの報を受け、グローバル・コーテックス本社へと赴いていた。
敷地入口の検問所でIDを見せ、ゲートを潜り、警護用MTの足元を行く。本社ビルまでの道程には左右に1機ずつ等間隔で完全武装した警護用MTが騒然と立ち並ぶ。
「何度来ても慣れない光景だね。ま、圧巻であるのは確かだけど」
車を低速で走らせながらスワローは立ち並ぶMTの群れを見上げながら呟く。
これだけのMTを配置したところでACの襲撃を受ければ数十秒の時間稼ぎ程度にしか機能しないだろうに人間は偉くなると無駄な事をしたがるものか、と感情も無く進むと第二の検問所に行き着く。
再びIDを見せると守衛は裏手の資材搬入口から入館しろと指示してきた。
ビルの外周をぐるりと半周し、巨大なシャッターで閉鎖された入口が見えてくる。
シャッターの脇にあるカードリーダへIDカードを差し込み、網膜スキャン、紋診機に手を翳す。
ピッ、と認証音が鳴り巨大なシャッターがこれまた轟音を伴って左右に開いていく。
中にはカーゴエレベーターがあり右奥に人間用とMT用の操作盤が見えたので車で近づき、窓を開けて操作する。
一度大きな振動がエレベーター全体を震わせリニアに乗って地下へと潜っていく。
けっして遅くはない速度による降下であるがアブソーバが効いている為に気分が悪くなる事はない。
否、ノーライフ機関の生存者である自分は中量型までのACであればパイロットスーツ無しでも機動戦を展開できるまでの身体機能が備わっている、故に常人の数倍の負荷にも耐える事も可能だ。
長いエレベーターの中で今居るのがコーテックス本社であると認識した途端、愛しい女性の笑顔が脳裏をよぎる。
いつも勝気でいて時折、華が咲いたような笑顔を見せてくれた何よりも代えがたい存在。
「     」
口には出さず、かといって心で言うでもなく、されどその名はこの身が発する声無き声。
失ったものは還ってこない。
解りきった答えだがそれでも、もしも願いが叶うなら帰って来て欲しい。
肉体は常人のそれを遥かに凌駕したものを手に入れたが精神は変わらない。
ベルフェゴルを降りたのも彼女を殺したのは機体だと。そうしなければやりきれなかったからかもしれない。
鬱々とした思考が頭を這い回っていく内にエレベーターは終点の地下の資材置き場に行き着く。
頭を思い切り振って鬱々とした思考を振り払い車を進める。
作業中の人間に新型を受け取りに来たレイヴンだと言うと、車は邪魔にならない隅に置いてC通路から実験棟へ行けと言われた。
…やれやれ、毎度の事ながらレイヴンはいいように思われて無いみたいだ。
心中で溜息を付いて言われた通り「C」と書かれたデカイ扉を通って実験棟へと歩を進める。

「あら、随分早いじゃない?いつも遅刻してくるクセに、今日はどうしたの?」
実験棟内の一室に入るやいなや、褒められているのか貶されているのか絶妙な事を言われる。
「やあディタ。早くキミに会いたくてね。早起きして来たのさ」
軽い握手を交わしながらそう答える。
彼女、ディタ・エイジアこそベルフェゴルに変わる新たな機体の開発主任であり、スワローの良き友でもある。
悩ましげな黒のスーツの上に白衣を着ただけの彼女は目のやり場に困る。
なぜかって?格好そのものは問題は無い。無いのだが・・・サイズがあっていない。
身長こそ合った服だが胸のサイズを考慮されていない。
豊満すぎるソレは「窮屈だ」と言わんばかりにスーツを押し上げその存在(谷間)を強調している。
「やり場に困ってないように思えるけど?」
「せめてシャツを着るという選択肢は無いのかい?」
「いい目の縫養になるでしょ」
そんな問答も毎度の事、二人にとっては挨拶程度の事である。
入室したのは目の前のガラスの向こうにACの演習場が見える管制室。ガラスの向こうには多種多様のケーブルに繋がれた塗装前の鈍色の細身のACがガレージベッドに拘束されている。
「あれが例の新しいボクの機体かい?」
見た目は軽量型のACだが中身は違う。
コーテックスの威信をかけた最先端技術(エッジ)の塊である。
「そう、名前はARROWS。ICSの運用の為に武装は間に合わせの強化プラズマガンしか無いけどね」
プラズマガンと聞いた途端にスワローの機嫌は滝のように落下、悪くなりディタに喰ってかかる。
「EN兵器なんか機動性を阻害するだけの産業廃棄物だ!実弾ならなんでもいいからEN兵器だけはヤメてくれ!」
「私もそう言ったわよ。でも開発局の人が譲らなかったんだから・・・」
喰ってかかられたディタ自身も実弾兵装を予定していたが開発局に根負けしたらしい。
その後もスワローは小1時間近く「EN兵器は...」とか「EN兵器なんか...」等、散々にEN兵器を罵り、あげく遅れて到着した武装開発局の職員とも派手に口論を繰り広げ、結局スワローが落ち着いたのは3時間も経ってからの事である。
結局この日はパイロットと機体の顔合わせ程度で終わり、新システムを含む微調整は後日執り行われる事となった。

アロウズの微調整が進む中、彼は来た。

轟音と地響きが狭い部屋を蹂躙し天井からは細かい塵が落ちる。
何事かと研究員達は演習場を映しているモニターを外部モニターに切り替えた所で誰もが絶望を目の当たりにした。
外部モニターに映し出されているのは他でもないナインボールだ。
過去3年間でいくつもの施設がたった1機のACのために壊滅している。
その破壊神がこの場所にやってきたという事は計画を嗅ぎ付けて来たのだろう。
コーテックス本社には常に数人のレイヴンが在駐してはいるがそれでも相手は負荷低減型とはいえネクストのナインボールだ、果たして食い止める事は可能なのか。
モニターに映るACが銃弾の弾幕を抜けて飛来したナインボールのグレネードキャノンを受け、仰け反った次の瞬間にはレーザーブレードによって胴と腰を分離させられている。
ナインボールの戦いは常軌を逸している。と言っても過言ではない。
第一警戒線にはMTが居たはずだが連絡さえ無かった事を思うと捕捉と同時に全滅したか気付かれずに此処まで接近された事になる。
それでもACが5機配置されている最終防衛線で侵攻速度は急激に落ちている。
防衛隊のACはECMとアサルトライフルを基本装備とした防御に特化した重量型の機体を使用している。
いかなナインボールといえどこの砲火を掻い潜るのは不可能かと思われたが異変は起きた。
機動が変わった。
それまで地上を高速移動していたのが一転、空中ブーストを使用した空中戦に移行した。
空から防衛隊を襲うパルスライフルの雨、怒涛の勢いで迫るミサイル、隕石の如く降りかかるグレネード。爆風によろめいた機体は即座に距離を詰めたナインボールのブレードによって両断される。
「突入点を割り出せ」
倒しても倒しても湯水のように湧いてくる防衛部隊に対しハスラーワンはコーテックス本社ビルへの強行突入へ作戦を変更、同乗する九玉に地下研究施設への突入経路を計測させる。
『ここから裏手に地下への直通運搬路がある、そこから行けそう』
九玉はナインボールのセンサーが捉える周囲の地形構造を即座に読み取り、突入経路を割り出す。
目標はビルの反対側、ナインボールはコジマ粒子によって強化されたOBの爆発的な推進力を持って周囲に展開するAC、MTを振り切り一瞬にしてビルの反対側へと移動、目の前にある運搬路の防護壁を左手に宿る月光の名を冠したレーザーブレードで一閃の元に両断。残った防護壁に蹴りを入れて無理矢理こじ開け、ついにグローバル・コーテックス本社ビル内部にナインボールは侵入した。

『相手は1機だ、この狭い通路しか道は無い。レーダーに映ったらとにかく撃ちまくれ!』
地下の広大な資材置き場には大量のMTが全身に対ACライフルやミサイル、ロケットを装備して侵入者を待ち構える。
『レーダー反応!来ま・・・』
先頭に居たMTが敵発見の報を最後まで言う間も無く、爆散。爆煙を纏ってナインボールが地下資材置き場に躍り出る。
『う、撃て!これ以上先に行かせるな!絶対に此処で破壊しろ!』
周囲に展開していたMT群は一斉に攻撃を開始。
運搬路入口のナインボールへ前方180度からの破壊の念が質量を伴い襲い掛かる。
「無駄な事を」
攻撃を予測していたハスラーワンは一斉射の直前にOBを起動、すでに包囲を抜け機体左手のレーザーブレードを現出、右から左へ水平に振り抜きながら左方向へ旋回、満月の軌跡の後には胴体を両断されたMTの花火が咲き乱れる。
圧倒的な性能差にてMT部隊を蹂躙するナインボール。
ACが相手でも1対1ならば誰しもが逃れえぬ死に直面する。MTが相手では大人と赤子の喧嘩に等しいまでの力の差がある。そこに物量は関係無くたった1機のACの為に50近いMTが鉄屑へと還される。
それでも果敢に攻撃を加えるが放たれた銃弾は目標に当たる事は無く友軍に突き刺さり、その戦力は加速度的に減少の一途を辿る。
パルスライフルの速射を全身に受けて内部構造から破壊された最後のMTが倒れる。
静寂が戻った資材置き場は鉄の墓場へと変貌していた。
『右手武装の残弾、20%に低下、エネルギーのリチャージには254秒かかる』
機体チェックをしていた九玉が現状を報告する。
「あそこのライフルは使えるな?」
ナインボールのカメラが捉えた資材置き場の一角に破壊されたコンテナからレーザーライフルが覗いていたのでハスラーワンは九玉に確認をとる。
元々互換性の高いACではあるが戦場でのアセンブリの変更は時間がかかる。外部に対する電子処理能力を持っていないにしても九玉も生体CPU。内部、つまり搭乗する機体内であれば干渉できる。
『WH04HL-KRSW、FCS同調、エネルギー回路接続、右腕部の運動性能17%低下、機体挙動右前方ヘ23%増加、増加重量への挙動補正完了。・・・終わったよ、ハスラー』
右手のパルスライフルをパージしナインボールの右手にレーザーライフルを握らせると九玉が機体と武器の設定を完結させる。
比較的小型のパルスライフルと違い大型のレーザーライフルの重量は機体バランスを右前方へ大きく傾ける結果となるがそれらの問題も九玉が修正した為にこれまでと変わらない動きができる。
「外部に対しては弱いと聞いていたが内部であればこの程度はできるのだな、ナイン?」
以前にハッキングはできないと本人から聞かされていたせいか九玉の生体CPUとしての力を甘く見ていたハスラーワンは皮肉にも似た賞賛の言葉を口にする。
ナインと呼ばれた九玉は気分を害したのか、パイロットと機体とのシンクロ度数をいくらか引き上げる。
途端に脳髄に泥を流されたような重く、冷たい違和感を感じるがこの程度の負荷ではハスラーワンは呻き声一つ上げない。それどころか戦いの予感に口の端を吊り上げてみせる。
「いいだろう、ここからが真の目的だ。追従性は高い方がいい」
『忘れないでハスラーワン。貴方だけではこのコはすぐオーバーロードしてしまう。シンクロを引き上げたのはレーザーライフル運用の為の処置よ』
「どちらにせよ構わん、旧世代・・・ネクスト技術は今の人類には過ぎた宝だ。此処で開発されている試作ネクスト、それを破壊するには物足りない程だ」
武装の再構成を済ませたナインボールは今度こそコーテックス本社ビルの地下研究施設へと進み出した。

いくつかの部屋と通路を抜けた先にようやく多種多様のケーブルに繋がれた状態でガレージベッドに固定された塗装前の鈍色に輝くACを眼前に捉えた。
「この機体で間違いないな?」
『うん。この機体がコーテックスが秘密裏に開発している試作ネクストよ』
確認を済ませるとナインボールの右手がゆっくりと持ち上がり、その手に握られている銃口が固定され動けない試作ネクストACに向けられる。
「いかなる理由であろうとネクストは今の世界にとって不要な存在だ。世界の安定を乱す原因・・・その全てを、私は破壊する」
ハスラーワンが右手武装のトリガーを引こうとした時、目の前のACの頭部に光が宿る。
『目標のコジマ粒子の増幅を確認、起動する・・・!』
ガレージベッドに固定されていたACは目に明かりを灯すと前方へブーストダッシュをかけ全身のケーブルを強引に引きちぎり、右手に握られた小型兵器をナインボールへ向け灼熱の塊を撃ちだす。
完全に虚を突かれた筈のナインボールはしかし、持ち前の機動力を以ってプラズマを回避し返礼とばかりにハイレーザーライフルを発射、照準が甘かったかこれも回避される。
2機が同時に着地し互いの獲物を向ける。
試作ネクスト・・・アロウズのコクピットに通信が入る。
『いい?ICSを含めて機体の稼動保証は現状5分くらいだからね!』
「分かってるよ。それまでに敵を倒せばいいんだろう?」
ディタの注意にどこか余裕さえ窺わせる応答をするスワロー。
声だけを聞くなら余裕綽々といった感を受けるがパイロットステータスをモニターしているディタは知っている。
心拍数、血圧、脳波レベルの上昇、発汗・・・スワローも緊張している。目の前の赤い鬼神に、破壊神に。

戦闘開始から2分が経過した頃。
左背に背負ったグレネードキャノンをパージしたナインボールはその機動性を余すところ無く発揮、それまでアロウズに遅れ気味であった速度に追いついていた。
軽くなって速度が増した事で左腕の必殺の威力を誇るレーザーブレードはより脅威を増し、直撃こそ免れているものの少しずつ、しかし確実にアロウズを削っていく。
元々の弾速の速くないプラズマライフルではクロスレンジでのカウンター以外に確実に命中させる事は難しい。相手があのナインボールなら尚更の事である。
アロウズのコクピット内でスワローは焦っていた。有効打は未だに無く、装甲を掠める程度でまだ直撃は望めていない。加えてこちらはAPを七割ほどもっていかれ、かろうじて五体満足ではあるが先程から機体左半身の反応が鈍い、自身の身体に至っては怪我をしていない箇所は無く、特に左半身は骨折、あるいは神経が死に、内臓も至る所を損傷し口の端から常に血を垂れ流している。さらにシステムに異常が出始めたのか視界も薄ぼんやりと霧がかかり始めた。
再びナインボールがブレード狙いの近接機動を始めたので最後の賭けに出る。
推測が正しければナインボールには生体CPUが同乗している、そして生体CPUはパイロットと機体の間に入ってAMS接続され負荷を軽減させる役割を負っている。
という事はレーザーライフルと違い強い磁場を帯びたプラズマライフルの弾は機体はもちろん、パイロットの神経をも蝕む。
どれ程の負荷を肩代わりしているのかは知らないが直撃すれば一撃で行動不能にする事もできる筈だ。
とるべき作戦は一つ。武装していない左腕を盾にして敵コアに強化されたプラズマライフルの接射を行う。
そんな事をすればライフルが溶け落ちる可能性もあるがそれ以外に手は無い。
悟られないよう変わらない機動を装いつつ一度限りの機会を待つ。
ナインボールが低空でハイレーザーライフルを発射、それを前方へのQBで避けようとするが左側の出力が低下しているのか右肩を軽く突き出しラグビーのタックルみたく不自然な体勢になってしまった。
そんな隙を見逃す筈も無くナインボールの左腕に光の刃が形成され振り下ろされる。
ーー此処だ!--
酷く不安定な体勢ではあるがこのチャンスを逃すとあとは無い。タックルの体勢から強引に武装していない左腕を突き出しレーザーブレードの軌跡を変える。コアを狙ったブレードはアロウズの左腕を斬り落とし、頭部と右肩の装甲を削り、虚空へと逃げる。
機体左腕部からのエラーでスワローの左腕もちぎれはしないものの突然の強い衝撃に血管が破裂、肘を中心に黒い斑点を作り複雑骨折を誘発する。

ギャリッ

ライフルの銃口がナインボールのコアに接触した音を装甲とスピーカー、かろうじて稼動しているICSで認識、トリガーを引き絞る。
熱塊が吐き出される刹那、ナインボールはブーストをかけるが避ける事は不可能なタイミングだ。プラズマライフルから放電する熱球が吐き出されそのままナインボールのコアに命中、視界が紫電にフラッシュアウトするが続けて第二射を撃つ。それを右腕で受け肘から先を引き千切られながらもレーザーブレードで斬りかかって来るが特攻を仕掛けたアロウズは回避も防御もできず、左肩から右腰にかけて光の刃を受け沈黙する。
まともに機能していないICSだがダメージフィードバックはするのか、左肩から右腰にかけての焼けるような激痛、内臓の何処にトドメをさされたのか派手に血を吐く。コクピット内の光源が全て落ち、暗闇の中訪れる最後を前に愛しい笑顔を瞼に呼び起こし一人呟く、
「フラーネ・・・ようや・・・く、また、会えるな」






しかし、いくら経っても終わりは来ない。それどころか不気味なまでの静寂が耳をうつ。軽量型といえどACは数トンの重量があり、歩けば音と振動が装甲を通じコクピットに伝わる、不審に思ったスワローはコクピットハッチを開放、動かなくなったアロウズの背から演習場を見る。
そこには眼前で膝を付いているナインボールの姿があった。ただ頭部に光が宿っている以上まだ動く、そう認識した時ナインボールは反転し演習場を後にした。
「ハー・・・ドは無事でも・・・ソフトがやられたか。結局、戦うのは、生身の人間。万能に・・・はできてない。そういう事か」
ブーストの噴射炎を見送りながらスワローは一人呟き、それは自身にもあてはまるな、と思いながら意識の綱が切れるようにうずくまるアロウズの背に倒れこんだ。

地下施設を爆走する中、ハスラーワンは九玉に問いかける。
「無事か?ナイン」
返事の変わりに浅く、短い喘ぎのような呼吸と呻きがある。
「待っていろ、すぐに離脱して楽にしてやる」
九玉はその美しく整った顔を苦悶に歪め、目には涙を、額には脂汗を浮かべ、顔面蒼白になって両腕で自らの身体を抱き細かく痙攣している。
生体CPUには共通する最大の弱点がある。
ECMを初めとするあらゆる電波障害に極めて弱い。彼女等はバイオチップ、ナノマシンを埋め込まれており文字通り「生きるコンピュータ」なのである。
とすれば過剰な電磁負荷にさらされたコンピュータはどうなるか?
電子回路がショートしたり、記録された内容が消し飛んだり・・・つまり故障する。
アロウズの武装がパルスライフルやレーザーライフルであればダメージフィードバックだけで済んだろうが外部に対する電子処理能力に乏しい九玉は自身でECCMによる防御ができない為にプラズマ系の武器は最大の天敵とも言える。それが出力を強化されたものなら尚更だ。
九玉が受けたダメージはAMSを通じてのダメージフィードバックだけでなくプラズマがもたらす電磁波による擬似ECM障害を生身の身体で受けた事になる。その痛みは常人では想像もできない苦痛を伴う。
ハスラーワンは自律兵器をレーザーブレードで薙ぎ払いながら機体チェックをする。
損傷度は60%を越えているが機体は左脇腹の装甲が焼け焦げ陥没しているのと右腕部の肘から先が無いのを除けば問題無く稼動している。何がそんなに損傷しているのかを思案し走査したところ、予想通りの答えをAIが返す。
〔AMS接続者の負荷危険域〕
サブディスプレイに映る九玉の簡易診断結果は全身赤一色に塗り潰されており補足として神経系統に異常があると告げている。

資材置き場まで撤退すると地上で振り切った3機のACが待ち構えていた。
装備を屋内戦を想定したマシンガンやショットガン、ブレードへと換装されているあたりどうやら本気でこちらを潰す算段のようだ。
試作ネクストとの戦闘で右腕を吹き飛ばされている為に残る武器は左腕のレーザーブレードと右背部のミサイルのみ、加えて損傷率は60%を越え、九玉のダメージを逆トレースしているのか時折機体の制御も効かない。
地上への出口を塞ぐように立ち並んでいたACが全身の武器の砲口をナインボールに合わせた時、ハスラーワンを含むその場に居る誰もが耳を疑った。

《どいて!!》

戦場には不釣合いな幼い少女の声。
それはナインボールから響き、僅かな硬直がその場を満たす。
ナインボールの背後でオーバード・ブーストの輝きが高まり、弾丸と化してACの間を抜けた。
一拍遅れてコーテックスのAC隊が攻撃を開始するもクロスレンジに近い為に照準が合わず、ナインボールの後方に弾が流れていってしまう。
ナインボールはそのまま狭いエレベーターへと続く一本道へ収まり、止まる事なくエレベーターホールを駆け上がり地上へ帰還。
グローバル・コーテックス本社ビルを後にした・・・

ナインボールのコーテックス本社襲撃から一週間、レイヴンの間では一つの噂が流れていた。

曰く...
「赤いACの幽女」
「鬼神の妖精」

コーテックス本社ビルから撤退するナインボールから聞こえた少女の声の噂は3機のACパイロットを発端にして今や知らぬ者はいない程にまで成長していた。

 ~鬼神の妖精~ 完


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最終更新:2011年09月17日 23:32