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Armored Core - Vicissitude - 1‐1 * Armored Core - Vicissitude - 1‐2」



「──早くしてよ、つかえるじゃないのよ」
「待てよ、焦るなって。もう少し、もう少しで奇跡の一手が……」
 絶望的なチェックの状態からの劣勢を丸ごと覆す一手──そんなモノがこの期に及んで、都合よくある訳はない。つまるところ、彼此20分ほども盤上を真上から覗き込むというナボの試みは、単なる意地の悪い時間稼ぎのようなものであった。
 この勝負に決着がつかなければ、本番ではうまいこと立ち回ったもの勝ちという流れになる。
 ただ、それでも順当に敗北を喫すのは癪であり、刻限の間際まで不毛な抵抗を続けてやろうと、正しく底意地の悪さを見せようとしていた。
 高みの見物という特権を行使する気もないソルラは、盤上に興味を示す様子もなく口許で嗜好品の葉巻を弄びながら、時折アルコール瓶を浅く呷っている。
「そういえばさ……」
 そのソルラが出し抜けに話しかけてきた為に、盤上とにらみ合いをしていたナボはそれを一瞬ただの独り言として聞き流しそうになった。
「……アンタが<Form/05>に参加してたの、知らなかったわ」
「そりゃ言ってなかったからな」
 <Form/05>──五年前に企業連合の加盟体が行った軍事強化演習の対外名称で、ナボも一兵士として帰属部隊と共に当時は演習プログラムに参加していた。
 稼業を始めてから程なくしてパートナーを組み始めたソルラとは、身の上に関してを話し合ったことはない。必要ではなかったし、それ以上に互いがそれを求めていなかったようにナボは感じていたからであった。
 だから無二の相棒であるソルラと組む以前の彼女の素性は一切知らないし、多分、今後も機会がない限り知ることはない。それは重要ではないからだった。ただ、互いを補い合うことのできる不足ない殺しの腕をもっているだけで、自分たちの関係は成立し得ている。
 自分が<Form/05>に参加していた経歴を彼女が知ったのは、仕事の都合上で発生した偶然という他にない。
「なんだ、どうかした?」
「別に、なんでもないわよ……」
 盤上とお見合いをしているが為にソルラの顔を窺えない。しかし、後頭部に何やらぴりぴりとした感覚を憶えたのを、ナボは気のせいとは思わなかった。
 最近になって時折、彼女がそんな気配を恣意的に放つ場面に遭遇しているような気がしていたが、あまりにその気配の色が薄い為に、ナボはそれがどのような感情に根ざしたものなのか理解できていない。そのために、それについては見てみぬ振りをしていた。
 分からないが、聞いてはいけないような気がする。ならば、黙っていることが最善だというのは万国共通の理の筈だ。
 やがてその感覚も退き、最初から何もなかった位に消えてなくなった。
 代わりに、明確な意図を伝えようとする彼女の鋭利な気配が拡散意識に触れ、続いて間髪要れずナボは別の獣のにおいを捉えた。
 チェス盤横の灰皿に吸い差しの葉巻を捻じ込み、ソルラはアルコール瓶を今一度、今度は深く呷る。
「随分とゆっくりだったみたいね……」
「じっくり考える気質は、そう悪いもんじゃないと思うけどなあ」
 底意地の張った悪あがきが漸く功を奏し、痺れを切らしたソルラに袋叩きにされるのではないかという杞憂から解き放たれたことにナボは安堵する。その最中で二人が居座る廃棄物集積所に鋭く張り巡らせていた警戒意識が捉えている新たな"客分"の正確な位置を把握した。
「大逆転の一手がそろそろ出そうなんだけどな。もう少しだけ、待ってもらえないか──」
 そう、オーディエンスに問いかけつつ、ナボは堅持していた前のめりの姿勢といて盤上を睨んでいた頭を戻し、頭上を振り仰いだ。
 極至近距離、眉間の寸分先に迫っていた鈍色に煌く突端を紙一重で避け、その瞬間、ナボは肌に奔った灼けるような殺意に大きく口許を歪めた。
「、なあ──!」
 レッグシースに納めたコンバットナイフを抜き払い、左腕部主体の強靭な筋力を用いてその刀身を、頭上目掛けて突き放った。予備動作を極限まで省略化した強襲攻撃は過たず、数メートル頭上の連結通路をその足場から突き破る。
 連結通路の欄干を飛び越えてシルエットが廃棄物集積所の中空に踊り、その大柄な姿を捕捉するとナボは椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。
 全身の筋肉を余す事なく使役し、グローブに仕込んだワイヤーを引き込む。シース内部に内蔵のリールがワイヤーを巻き込み、それに追随してナイフの刀身が連結通路の足場を斬り崩した。鋭角、且つ最短距離を持って喰いかかるが、中空を落下中のシルエットは挙動を乱さず、堆く積まれた集積物のドラム缶を蹴り付けた。
 その錆びた外面に刀身が深く突き刺さり、迫撃を阻害する盾になると同時にシルエットの姿を覆う。
 ワイヤーを細かく操作して鉄製のドラム缶を側面へ誘導し、得物を強引に引き抜いた。その間にシルエットは全身の筋力を使って集積所の一階へ軟着陸する。怪我を負った様子はなく、数メートル上から飛び降りながら全くの無傷で負わせる辺り、余程鍛え込まれた身体らしい。
「さて、本命のお出ましだ──」
 一連の接敵対応によって崩れた鉄缶が地上に散乱するなか、慎重に足場を選びながら今回の"遂行目標"であるシルエット──ツヴァイが、妥当な距離を保ってナボの正対に姿を曝す。
 シース内部付随のリールを操作してナイフを手に戻す傍ら、ナボは正面に位置取る巨躯の男の佇まいを、本人に気取られないよう、しかし、その隅々まで吟味した。
 事前の調査分析段階で、"遂行目標"である元MDRU隊員──基、元特部隊【ディエス・イレ】のツヴァイについては、その詳細を慎重に時間をかけて洗い出した。彼自身の現役時代の経歴、身体情報とそれに纏わる病状の有無、平時に於ける心理傾向、基本動作の習性その他諸々を把握する事は分析段階での極初歩であり、結果によって得た情報と現状に然程大きな違いはない。
 しかし、ナボは、今この場で相対する"ツヴァイ"という戦場の練達とは、これほどまで巨躯の男だとは思っていなかった。
 或いは、感覚がそう錯覚しているのか──
 だだっ広いだけの廃棄物集積所で戦陣に臨もうという者の殺意が満ち、互いの気質とその力量を推し量るべく絡み合う。
 出会い頭に一発を受けた時もそうだった。得物の刃先に込められた、逡巡のない殺意──彼に、混じり気は一切ない。彼の湛える殺意は恐ろしく冷えていて、戦場に常に身を置く者であっても、誰にでもおいそれとできるモノではない。
 つい、その場で小さく苦笑した。
「ツヴァイ──!」
 希望に溢れた表情を滲ませたティアが、格子の傍へと走り寄る。しかし、名を呼ばれた当の本人は彼女の方へ視線を向けはしたが、自らも近寄ろうなどという積極的な行為はしようとしない。
「下がっていろ、ティア……」
 自身が介在する戦場であれば接する人間が何者であろうと、差異はない。拉致された相棒を前に、ツヴァイという男の極めて冷淡とも言えるその行動力も、調査分析の段階で判明していた。
 元企業連合の筋金入りの軍人だったという経歴、伊達ではないらしい──
 ナボは此れから臨む状況を前に、一頻り得心した。
「来賓承知の動機は必要ないかな、Sir ?」
 細部に渡るまで密度の濃い緊張感を張り巡らせ、一切の隙をも見せないツヴァイは冷酷な眼差しを保ち、右のレッグシースへ瞬時に届くよう、右手を若干上げている。
「雇われに聞くものなど何もない──だが、手解き位はしてやったんだ。返してもらおうか」
 視線が僅かに揺れ、彼が何を指して言っているのかに思い当たったナボはくるりと後ろを振り返った。既に状況をスイッチしたソルラが、ツヴァイに対して警戒態勢を張っている。背中を見せた所で大胆な動きを見せたりはしないだろう。
 盤上に刺さった投擲ナイフの衝撃のお陰で駒は殆ど吹き飛び、卓上や足元に散乱している。直前の状況を正確に把握しているナボは、投擲ナイフの刃先が何れの駒もが進軍していないマス目を穿っている事に気づいた。それが偶然の産物であるとは思えず、緊迫した状況の中にあって、それとは程遠い感嘆の念を憶えた。
「騎兵を当てれば──へえ、こりゃあ中々……ソルラ、誓約違反じゃないよな?」
 盤上を見つめながら、対戦相手のソルラに問う。すると暫くして、彼女のいやに大きい溜息が聞こえ、
「……仕方ないわね。まさか、そんな茶々が入るとは思わなかったけど?」
 承諾を得てようやくナボは、盤上の得物を慎重に抜き取り、そこに自陣戦力である騎兵の駒を割り当てた。
 騎兵の駒は手数を隔てていずれ、彼女の大将を捕らえるだろう。
「大したもんだなあ、ツヴァイ──君も嗜んでるのかい?」
 緊張感を欠いた平々凡々な問いに、彼からの応答はない。その事を冗談ながら残念に感じつつ、ナボは手に握った投擲ナイフを眺め、
「返礼に、これは返すよ──」
 振り返りざまに腰部の主要筋力を動員して投擲ナイフを弾き出し、自身の身体を間断なく追従させる。極力下げた前傾姿勢の中で、左手に持った強襲ナイフを同じ機軌道に這わせて放った。
互いの呼吸音すら感じ得る圧縮時間の中、その中で遂行目標のツヴァイは自らに牙を剥く得物に対し、指をたったの二本、差し出した。その僅かな間隙のみで刃先を差し止め、器用に手の内側へ回し込むと手首の返しのみを用いて得物をつき返してきた。
「!──」
 経過時間にして未だコンマ数秒──その最中で成された反転攻撃に対してナボはワイヤーを繰り、前方に放ったコンバットナイフで眼前に迫っていた投擲ナイフを側面へ弾く。奇襲が失敗したと確信するやワイヤーの収納を終えた得物を左手に握り込み、肉薄した目標に対して逆袈裟から刀身を振り上げた。
 鈍い衝突音が集積所内を反響し、手元から半身へ伝う震動に苦笑いする。レッグシースからコンバットナイフを抜き出し、切り結びに応じてみせたツヴァイは表情のひとつすら変えず、ナボと視線を重ねる。
「噂以上だ──物凄い腕をしているね?」
 世間話にも等しいその言葉に対し、彼は言葉を返さない。しかし反応程度は見せたらしく、眉を僅かに顰めてみせた。臨戦時に於ける警戒態勢の散漫というには聊か小さすぎる隙であり、しかし、明らかに生じたその間隙こそが、ナボにとって次の先を取る為の必須要件だった。
 左胸付近で結んでいた得物から手を離し、拮抗状態にあった力場を崩して相手の姿勢を乱す。ジャケットの内側、ヒップシースに差したもう一本の得物を右手で抜き払い、右側から頚部に滑り込ませた。
 ツヴァイは焦燥の色を見せず落ち着いた所作を踏んで、結び合う対象のなくなった自らの得物を切り返す。
 とりあえず、一本は欲しい所だな──
 右側で得物が衝突するその直前、中空を落下していたコンバットナイフを拾い込み、反対側の結び目へ向けて薙ぎ払う。肉厚な刀身によって繰り出される強襲攻撃を同時に喰らえば、如何に強靭な合金配合によって形成される得物であろうと、唯では済まされない。
 得物の一本を頂戴しただろうと確信した直後、ツヴァイはナボにとって予測外ともいえる反射行動を示し、手に握った得物ごとその身体を後方へ飛び退かせた。
 果断といって差し支えない回避行動に対し、ナボは更に追撃を仕掛ける。その最中で感嘆していた。
 流石は元一線級の企業戦力──自由傭兵へ身を落としても、その腕は些かも衰えを感じさせない。
 しかも、元企業連合特殊任務部隊のツヴァイは奇しくも、白兵先頭に於ける趣を自分と同じくしている。
 この機会を前に、どうして歓喜せずにいられようか──そう考えると、ナボは楽しくて仕方がなかった。
 牽制の投擲攻撃を、低く保った姿勢から髪の毛数本でやり過ごす。突進の勢いそのままに刺突へと繋げ、攻防の応酬を一頻り満足往くまで堪能する。
 うち何合かをほぼ全力で打ち込んだ後、互いが手に握る得物の単純な戦力数から生じた間隙の差を突き、ナボは振り抜いた左手のコンバットナイフでツヴァイの肩口を上着から切り裂き、刃先が肉を捉える。
 瞬時に劣勢の気配を感じ取ったらしく、ツヴァイが再度身を引いた。
 往かせない──
 密着状態から決着まで持ち込むべく間合いを維持しようとした矢先、視界の左側に黒い影が飛び込んできた。投擲攻撃の代わりに仕掛けてきたのだろう蹴足に対し、コンバットナイフを握ったままの腕を跳ね上げ──直後、側頭部を信じ難い衝撃が襲った。それは凡そ生身の人間が放つ事の出来る領域を逸脱しており、一瞬ではあるが視界に火花が散る。その中でこちらの後退を垣間見たツヴァイが手に持つ得物を突き出す。
 胸中で舌を打ち、ナボは上半身を逸らすと共に、痺れる左手から得物を放り捨て、後方回転気味に跳躍してその場から距離を保った。
「物凄い膂力だ──感心するよ、本当に……」
 ナボの側面を直接襲ったのは、彼の蹴足ではなかった。その筺体を大きく凹ませたドラム缶が地面に転がり、衝撃によってキャップの抜けた大詮からどす黒い液体が漏れ出して辺り一帯に溜まり場を作り出している。
 極至近距離で交戦状態を維持していたが故に、その視界の外側を最大限に利用した反転攻撃を喰らったのだ。相手の立ち位置を注視しつつ、ナボは人差し指でこめかみに触れた。
 出血はないが、強い疼痛がある事から程度の悪い打撲痕が出来ているのを把握する。
 ツヴァイはワイシャツの肩口に滲む出血を見咎めはしたものの、それだけであった。
 攻防が始まってから初めて長い空白が生まれ、彼が口を開く。
「良い身のこなしだ──だが、この時世に生身で掃除屋とは、随分酔狂な事だな……」
「そうかい? 君と比べるなら、そうでもない話だけど。君だって、相棒の彼女を助けに来ただろう」
 真意を測りかねる──言外にそういった意識を孕ませ、ツヴァイが言葉を返す。
「何の因果がある……俺は、責務を果たしに来ただけだ」
「──そう、それだ。素晴らしい。僕達のような仕事が誇れる訳はない。今だって、昔だってね。なら、その中で自分が納得の往く在り方を試す事ってのは、少なからずあるもんだろう。誰だって、自分の行いとの折り合いに納得したいものさ──でなければ、過去の君のままだったら見捨てただろう、彼女を?」
 逆鱗に触れたのか、変わらず研ぎ澄まされていた彼の殺意に明らかな怒気が交じり込む。それがナボに叩きつけられ、頬に焼け付くような感覚を覚えさせた。
 彼にとって幸いかどうか、彼女──ティア・ソールにはこの言葉の交わりは届いていないだろう。
「俺は全く幸運だ、素晴らしい話だ。君のような男と、優れた傭兵とこうして出会えたのだから。誇れないのなら、せめても俺は楽しみたい、この日常を──君には通じない話かもしれないがな」
 通じはしなくとも、感ずる所はもしかしたらあったかもしれないが。
「長丁場は余り趣味じゃない、悪いけれど……」
 ナボは先に断り、左手に握ったワイヤーを引き上げた。遮光性の塗布料を塗った極細のワイヤーを肉眼で目視するのは非常に困難であり、事実としてツヴァイは、ナボが仕掛けた攻撃に対して一歩反応を遅らせた。
 足元へ捨て置いたと思わせたコンバットナイフの刀身が、ワイヤーから伝達した指示慣性を受けて宙に舞い、蛇身の様なしなやかさを持って這い上がる。その不意の殺意にツヴァイが身を逸らしてよろめき、ナボはその瞬間を逃さず前方へ突進した。
 余儀なくされた後退をすら反転攻撃の力点に変換し、ツヴァイが右手から投擲ナイフを放つ。ワイヤーを全力で引き戻す傍ら軸足を前に大きく出して身体を旋回、自らを中心軸として引き戻したコンバットナイフへ強力な遠心力を付与した。
 正確な軌跡を持って飛来した投擲ナイフを、頬肉を深く犠牲にして避け、半時計周りに軌跡半回転した所で充分な殺傷距離を保つ得物を振り払った。生身の純粋な膂力だけでは到達し得ない速度と、そこから発生する過剰殺傷力を備えた刀身は、狙いを定めた目標の半身を容易に切り裂くだろう。
 激しく流動する視界が再び正対を捉える。その先に"遂行目標"の確かな姿を捉え、同時に自身の眼前に肉薄するもう一本の投擲ナイフの刃先を視認した。
 身を逸らす隙は充分にない──ナボは代償を覚悟し、最後の交錯の瞬間を自らの双眸に焼きつけた。

 左肩が後方に弾かれる衝撃、気に入りのジャケットを切り裂いて筋繊維にめり込む鋭利な殺意を纏った刃先の感触。不愉快だが、同時に極めて感じなれたものでもあった。
 目標が二、三歩後ずさる。自らの得物が切り払った脇腹の傷口から、夥しい血潮が噴き出す。しかし、遂行目標は──ツヴァイは強靭な意志と頑健の身体を持って、そこに立っていた。中空を滑空していた得物を手元に手繰り寄せ、赤黒い血糊が付着した刀身を見つめる。
 刀身の中腹に、合金同士の衝突によって与えられたと思しき亀裂が入っていた。
「全く、大したもんだよ……」
 不可避の速度で間合いへ滑り込んできた脅威に対し、ツヴァイはその軌道上に自らの得物を寸での所で割り込ませたのだ。無論、過剰な殺傷力と付与された凶器を前に、それでは止められる筈もない。
 ただ、彼はそれを狙っていたのではなく、軌道を逸らす事による致命傷の回避を最優先としたのだ。
 結果は見て分かるように、互いに命を取り損ねたらしい。
 ツヴァイの脇腹からは変わらず激しい出血が続き、瞬く間に彼の足元に血溜まりをつくり上げていく。しかし、当の本人は冷や汗の一つもかかずに冷徹な表情を崩さない。
 進入口となった外腹斜筋には大きな損耗を与えたはずだが、それ以上の成果は見咎められない。軌道が変わった事によって、肝心の内臓系には触れなかったようだ。
 恐ろしく、強靭な意志だ──どんな戦場を生き抜けばそんな覚悟を持つ事ができるのか、明確に意識すらしていなかったにせよ、ナボはその佇まいに何処か敬服していた。
 程度として重傷の域にあることは違いない。だが、ツヴァイという名の戦士──練達の傭兵として昔も、今も変わらず戦場にあるこの渡り烏は、そんな瑣末な問題は無視してしまうだろう。
 鎖骨の若干下方辺りを突き刺した投擲ナイフの柄を握り、力を込める。位置として恐らく心臓部を直接狙われたはずだが、運良く外れた。
 鎖骨下動脈も辛うじて外れている──あちらとは違って重症ではないと判断し、ナボは迷いなく投擲ナイフを引き抜いた。傷口から鮮血が糸を引く投擲ナイフを足元に放り投げ、改めて感じた焼け付くような痛覚を意図的に度外視する。
 得物として使い物にならなくなった得物をレッグシースに差し戻し、右手のコンバットナイフを強く握り込んだ。
 あくまで仕事を続けるという意思表示こそ見せているものの、その実ナボには既にその意向はなかった。重傷をすら無視して戦い臨む事のできるような相手と戦陣を交えていては、何れ互いを潰し合う結末に終始することになるのは、火を見るより明らかだからだ。
 我を重んずるのであればそれも有りだが、生憎とナボは自身にその分別程度はあることを自覚していた。
 死んじゃあ、どうにもならないからな──
「ソルラ、帰り支度をしてくれ」
「了解、残念ね。あなた此れで、今月も負け越しよ?」
「そんなシーズンもあるさ、恥かしい話じゃないだろう」
 しょうがないというふうに嘆息し、チェス盤と手荷物一式を片付けにかかるソルラを視界の隅に捉えたまま、ナボはジャケットのポケットから取り出した鍵束をツヴァイのもとへ放り投げた。手元が狂った訳ではないが、彼の足元に出来ていた血溜まりの中に鍵束が埋没する。
「俺達は此れで帰るよ、大事な彼女を付き合わせて悪かったね……」
「クライアントの顔が挿げ代わるのか、楽しみな事だ」
 此方の仕事が結果的に未達成に終わった事を暗に述べているのだろう。
「俺達の様な仕事のやり方に、十全はない。そうでなければ──、」そうでなければ、流れ商売なんて面倒な真似などしないだろう。
 後の半分は胸中に押し留め、僅かに怪訝な表情をツヴァイが浮かべるが、ナボはそれに対して構うことはしなかった。無秩序に積まれた鉄缶の群が成す人工の迷宮の中に歩を下げ、陰の中に身をゆっくりと溶け込ませていく。
 その時、鍵束を拾い上げたツヴァイがナボを呼び止めた。
「気に入らんが……お前の理屈は分かる気がする。昔、俺の周りにもそんな奴らがいた……」
「そうかい……。実に楽しい時間を、ありがとう」
 社交辞令というには余りに本心に近いその言葉を残し、ナボは闇の中へと姿を沈めると共にその場から離れていった。


 廃棄物集積所から離れた歓楽街の街路を、ソルラと連れ立って歩く。傷口は止血処置を施した上で、彼女が用意した代えの上着を着込んでいるために目立たず、他者がそれに気づく事はまずない。
「ちょっと面白そうな男だったじゃないの、本当に残念だったわ……」
「次のシーズンはお前からだろ、前向きに考えてれば当たりも大きいもんさ」
「楽観的な言い方してくれるじゃないの、ナボ。そういうアンタは、あの男とヤッてどうだった?」
「──本当に大した男だったよ。流れ商売をやっていて良かったと、そう思ってるよ」
「ふうん……あ、今夜はアンタの奢りだからね。たっぷり呑んじゃうから」
 ナボは軽く肩を竦めてみせる。街医者に適切な処置を施してもらったら、今夜は久々に良い酒を飲んで良い気分に浸ろう。



 熱く滾る釘を手足に打ち、眼を開いてその心の往く先を見届けなさい──

 滴る畏れを歎かぬ限り、貴方のその振る舞いを咎める者は、何人たりとも在り得はしないから──



Armored Core - Vicissitude - end...



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