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第九話*②*



 ミラージュ社直轄経済管轄領、閉鎖型自治区【ソグラト】── 午後一五時三〇分──。

 艦艇上部区画の展望施設から臨む荒野に、黄塵を含んだ陣風が不規則に渦巻いている。
 霞むその荒野の中に数日見なかった人工物──都市全域を覆う外殻機構を見咎めた時、艦内内線を通じてインカムに通信が届いた。
『繋留コロニーに着くわ、マイ。ボーディング・ブリッジに移動するから、手伝ってちょうだい』
「オーケー、すぐに行くよ」
 外景に傾注していた視線を戻し、マイは艦内八階の乗降施設に直結する連絡通路へ再び足を向けた。
 繋留施設への接近報告が艦内放送を通じて響き、先程まで落ち着いた静けさを保っていた艦内が俄かに騒がしくなり始める。繋留準備の為に通路を行き交う見知りのクルーらと目礼を交わし、込み合う昇降設備を避けて連絡階段で一気に八階まで駆け上がった。
 すぐ右手、右舷第七管区の乗降口に待機する白衣姿の女性を見つけ、マイは小走りで走り寄る。
「あら、遅かったじゃないの?」
「ごめん。此処からでも代わるよ」
 別段咎める口調でもなかった妙齢の女性──部隊旗艦の筆頭軍医を努めるアリーヌへ素直に謝辞を述べた。彼女が手を添えていた担架の傍に近づき、その上に横たえられた患者をマイはそっと見下ろす。
 件の初の単独出向任務の際に持ち帰った──強引に預けられた、が正しいかもしれないが──身元不明の少女は至極安らかな寝顔をしており、掛けられたブランケットの下で胸部が緩やかに動いている。
「コロニーの病院なら、何とかなるのか?」
「まだ分からない。近隣で最も設備の整った医療機関が、此処にしかなかっただけの事だから。これから時間を掛けて精密検査をしてみないと、今は何も言えないわ。性急すぎて、良い事はなにもないしね」
 右舷九階第九管区の医務室に常駐するアリーヌとほぼ付っきりで看護に当たっていたマイが知る限り、少女は彼此一週間近くもその意識を覚ましていない。
 昏睡状態の主因が何なのか、主治医のアリーヌも今いち突き詰められていなかった。この数日間で分かりえた事は、マイが救出する以前に生命維持装置に問題があったか、それか現在は覚醒までの経過期間に過ぎないのかもしれない、という不確実な可能性のみだった。
 艦内の医療設備では限界があると進言した彼女の意向もあって、元々物資補給の為の長期繋留を予定していた独立傭兵部隊〝サンドゲイル〟はこの数日間、希望に叶うコロニー都市を求めて長距離移動を展開していた。
 結果、物資補給との兼ね合いがとれると判断されたのが現在、繋留設備に進入中の閉鎖型自治区【ソグラト】である。既に先方の繋留施設局との入域手続きとコロニー内総合病院への搬送連絡が済んでおり、繋留し次第即座に少女の身柄を搬送する準備が此方には整っていた。
「暑いわね、空調ちゃんと効いてるのかしら……」
 経過記録と引継ぎ事項等を記したファイルボードを扇代わりに扱いながら、アリーヌは白衣の下に纏うブラウスのボタンを一つ、二つと整った指で弾く。平時から唯でさえ目立つ豊満な胸の谷間がより強調され、偶然ソレを後ろから見ていたマイは慌てて、気づかれないよう視線を逸らした。
「こ、この管区は、暫く前から調子が悪いらしいよ」
 横合いへ向けていた視線をそろりと戻すと、それを待っていたとばかりのアイスブルーの双眸とぶつかってしまい、マイはそれ以上視線を動かす事ができなくなってしまった。
 慣れていない訳ではないが、どうにもアリーヌという女性を前にするとどこか落ち着かない気分になってしまう。単に、一回りも二回りも年上の彼女に弄ばれているだけのような気も、マイはしていたが。
「貴方も物好きよねえ、本当に」
「な、何が……?」
 何を得たとばかりにアリーヌが妖艶な笑みを口許に作る。引かれたグロスによって妖しい艶めきを放つ唇を目の当たりにし、マイは背筋に落ち着かない感覚が奔ったのを自覚した。
「最近、シヴちゃんとはどう?」
「どうって、何もないさ。俺もアイツもクルーの一員なんだから、暇じゃないよ」
 収まり切らない動揺を文字通り手玉に取り、彼女がくすくすと笑いながら続ける。
「一週間近くもこの子にお熱だったのに、シヴちゃん可哀想じゃないの」
 アリーヌの言うシヴとは、旗艦にクルーの一員として乗り込んでいる同僚のシルヴィア・マッケンジーという馴染みの事である。
「止してくれよ。アイツは単に妹みたいなもんだし、それ以前に仲間なんだから……」
 マイのその発言のどこが悪かったのか、アリーヌは小さく吹き出した。それから取り繕うように後出しで「ごめんなさい」と付け足す。
「まあ、時々でいいから構ってあげなさいよ? あの位は丁度、淋しい年頃なんだから」
「よく分からないけど、考えとくよ。ありがとう、ドクター……」
 カウンセリングを受けた訳でもないし単純に遊ばれただけのような気がするが、後半の言葉が何故口をついて出たのか、マイは自分でもよく分からなかった。
 艦内にも女性クルーは多くいるし交流の機会も少なくないが、どうにも彼女の考えることは今いちよく分からない。とにかく、人生の先達足るアリーヌ〝大先生〟のありがたい助言だったのだと思うことにして、マイはその場の会話の流れをぶち切った。
「でも、本当に大したものよね。時間があれば付きっきりで看病だなんて」
「拾ってきた本人だしな。なら最後まで面倒見ないと、余りに無責任だろ」
 半ば強制的に押し付けられたとはいえ、それを請け負った以上は最後まで全うする義務がある。その責任を果たせないのであれば、自分が戦場に臨む者──戦士として余りに不適格であるという事を、マイは自身への戒めとして厳格に課していた。
「ふふ。やっぱり、貴方はパパの自慢の教え子なのね」
「兄妹揃って迷惑かけてばっかりだから、あながちそうとも言えないけどな?」
 独立傭兵部隊〝サンドゲイル〟と艦艇筆頭を兼任する組織の頂点──マイの師であり育ての親であるシェルブ・ハートネットという傑物を、彼女は敬愛を込めてパパと呼んでいる。
「沢山の教え子を見てきたけど、貴方ほどパパの教えを継いだ人はそう多くないわ」
「居心地悪いな。まだ駆け出しだし、その言葉は俺が本当に独立した時にでも取っておいてよ」
「そうね。じゃあ、その時に改めて褒めてあげる」
 そうこう雑談をしてから数分の後、停泊施設への繋留完了を知らせる艦内放送が響いた。
 乗降口脇の窓からも停泊施設の様子を窺う事ができ、丁度ターミナルビルからボーディング・ブリッジが移動を開始していた。間もなくして乗降口とのドッキングが完了、事前に示し合わせた施設内線を用いてアリーヌが確認を取り、自動隔壁扉を開放した。
 ブリッジの操縦用コンソール脇に佇んでいた壮年の風貌の整備士が、帽子を脱いで出迎える
「渡った先にすぐ、搬送車が待機しています」
「ありがとうございます。マイ、いくわよ」
「オーケー」
 ブリッジと隔壁の段差を慎重に乗り越えた後、ガラス貼りのブリッジ通路を先行するアリーヌと整備の後に続いて渡っていく。
 ブリッジ内から繋留施設の全容を見渡すと、流石に長期滞在が望めるコロニーとだけあって設備水準はかなりしっかりとしていた。望むなら、久々にゆっくりした時間を過ごせそうだとマイは口許を綻ばせる。
 ブリッジの先にあった貨物用エレベータを通じて地上の駐車場へ向かい、そこに待機していた搬送車の傍まで担架を運んだ時、マイのインカムにリヴァルディから無線が飛ばされてきた。
『マイ、此方コントロール──聞こえるか』
「届いてるよ、親方」
『お前、今何処にいる?』
「まだターミナルビルの中。今から市中の病院に向うところだけど」
 現状をそのまま報告すると、マイが親方と呼ぶボス──シェルブが小さく息をついたのが聞こえた。
『今からブリーフィングを始める。その先はアリーヌに任せて戻ってこい。他の面子にも召集をかけてある』
 無理難題な仕事をまた吹っかけられるかと思って胸中で大仰な溜息をつく準備を済ませていたマイは、ブリーフィングという言葉を耳にして、間を空けて小さく嘆息した。
「了解。すぐにコントロールへ向います」
 話の間に担架を搬送車の中へ運んでくれたアリーヌが丁度、傍に戻ってきた。
「ごめん、先生。親方のコールが入った」
「あら、ずいぶん急ね。どうしたのかしら、パパったら」
 そういうアリーヌは特段心配している様子でもなく、マイは状況の説明を省略した。
「後から病院に向うから、此処はお願いします」
 しょうがないわね、と言いながらも快い表情の彼女に目礼し、マイはブリッジを通らずに繋留設備の外縁を走ってコントロールに最も近い乗降口へと向った。

 管制室の隣に直結して設けられている作戦会議室に足を踏み入れた時、既に其処にはマイ以外に召集を受けた要員の面々が揃っていた。入室早々、映像出力機器の傍で腕を組むシェルブが面を上げ、
「あの娘は?」
「アリーヌに預けました」
「そうか。まあ、座れ」
 顎をしゃくったシェルブに従い、何処に腰を下ろそうかと室内を一瞥する。充分な余地がある程に要員の数は限られており、容易に全員を視界に収める事ができた。
 出入り口は左側の壁を背に立つ同僚のアハト、室内前よりの席で整備帽を目深に被って足を組むシーアとその横で背凭れを前に座る整備士のショーンを反時計回りに見回す。そして最後、室内中ほどの席で実に正しい姿勢を持って腰掛ける少女──シルヴィアの後姿を見つけ、マイは彼女の横の席に腰を落ち着けた。
 どこに必要があったのか、改めて居住まいを正したシルヴィアが挨拶代わりに小さく手を掲げる。
 彼女と自分を含めて集められた要員の事を考えると、シェルブ親方が召集を掛けた動機について漠然とながらマイは想像を巡らす事ができた。
 独立傭兵部隊〝サンドゲイル〟は主戦力として機動兵器〝AC〟を据えた傭兵部隊であり、此処に召集を受けた要員は何れも、部隊が抱え込む搭乗者の各々であったからである。
 面子が揃ったのを確認したシェルブが頷き、手元の出力機器のスイッチを入れた。光源の落ちた室内前方にホログラム映像が現れ、その脇にシェルブは移動する。
「ソグラト管理局から一報が入った。当局管轄領内で、ソグラト民営会社の物資輸送部隊が襲撃を受けたらしい。ついては我々は現場に急行し、周辺地域で偵察作戦を行う」
 暗い一室の中で、前方左手の人影──中年の整備士、ショーンが軽く挙手した。
「シェルブよ、そいつは管理局からの依頼か?」
「いや、此れは俺達の独自行動の範疇になる。当局には繋留施設局を通じて示し合わせてある」
「おいおいおいおい、無償でリヴァルディとACを出すってのかよ。随分気前が良いな?」
 シェルブが完全無償での哨戒作戦を立案した経緯について、ショーンという男が考えを巡らせていないという事はありえない。しかし、忌憚ない意見を交えるのは我々の要諦であり、だからこそ、彼は整備士としての立場に則ってそのように振舞う。
「我々サンドゲイルに縁のある勢力が、輸送部隊を襲撃した可能性は否定できない。資金面での活動猶予が逼迫しているとは言え、現況を無碍には出来ん」
 そう説明する親方の視線と、マイのそれが交錯する。マイはその意図する所に思い当たる節があり、苦虫を噛み潰した表情を取る。軽く頬杖をつくと、マイの僅かな心境の変化に気づいたシルヴィアが小首を傾げてみせた。
 マイはその気遣いに対し、僅かに肩を竦める。
 遊撃部隊として各地を転戦するサンドゲイルはその性質上、商売の過程で敵対勢力を作る機会には困らない。個人的な怨恨を持つ敵対者や同業者から問答無用の報復攻撃を貰う事は多く、その点に限って言えば、サンドゲイルは傭兵業の王道を地で行く勢力と言えなくもない。
 シェルブ親方が危惧しているのは正しくその可能性のひとつであり、事実関係が判明するまでは我々が無償で動く事に何ら問題はないと言っているのである。
 シェルブは指示棒を持ち、出力した地理情報を出力したホログラム情報にその先端を向ける。消火栓のように太い二の腕をシャツからのぞかせるシェルブの巨躯は非常に頑健であり、その彼が指示棒を持つとただの枯れ枝を持って振り回しているようにしか見えなかった。
「ソグラト管理局によると、輸送部隊の信号途絶地点はここ──現コロニーから北東約一二キロ地点となっている。信号途絶から既に二時間余りが経過している為、襲撃勢力が現場に残っている可能性は高くないが、事実関係の確認と状況の正確な把握の為、リヴァルディを早急に現場へ向わせる必要がある」
「で、全機を出撃させるなんて事は流石にないだろうな、シェルブよ?」
「ああ。今回の偵察作戦に当たっては、最小限の兵力で迅速に事態の把握を済ませる事が最優先だ。通常業務に移行するかどうかの状況判断も含めて、現場偵察に当たる奴には注力してもらう」
「で、誰を推すってんだ?」
 ショーンの矢次早な問いに辟易する事もなく、シェルブは一度大きく頷く。
「現場偵察は、シーアにやってもらう。いいな?」
 ショーンと共に左手前方に座る仲間のクルー、シーアが目深に被っていた整備帽の鍔を軽く持ち上げた。
「丁度暇を持て余していた所だ。部品がなきゃ、今以上に機体を弄る余地もなかったしな」
 その後、経理に何とか予算を回してくれだのなんだのとシーアは隣のショーンに愚痴っていたが、シェルブが再び口を開いた事により、再び会議室がほどよい緊張感に保たれる。
「ショーン、すぐに出撃できるようシーアの機体を調整しろ」
「羽休めが短くなったんだ、日当は頼むぜ?」
「夜になったら部屋へ来い。秘蔵のバーボンをくれてやる」
 そりゃあ勿体無い話だ、とショーンがボトルを呷る仕草を取る。
「アハト、お前は市中に入って情報収集をしろ。潜伏勢力、施設干渉痕、過去記録その他、出来る限りを集めてくれ」
 振り返りこそしなかったが、気配を上手い具合に漂わせていた後背壁際のアハトが、物静かな態度を保って、シェルブに返事をよこした。
「──了解」
 有事に於けるシェルブ親方の人員配置は何時も正確にして鋭角、澱みがない。
「俺は現場指揮と、シーアの後詰めとして旗艦に待機する──それから、マイ、」
 ようやく自分の名前が呼ばれ、マイはそれが面白くない予兆である事を察知していた。姿勢を正す訳ではないが、頬杖を解いてシェルブをまっすぐ視界に収める。
「お前はコロニーに残留して、病院へ向かえ。あの娘が心配でならないだろう? それに、お前の機体は今使い物にならないしな」
 仕事の中で主にマイが乗り込むAC、〝蒼竜騎〟は数日前の作戦時に損傷を受け、現在は艦内のドックで修繕作業を受ける待遇にある。細かい箇所の修繕はドックの備蓄資材で全て直されたが、肝心の目だった箇所──左腕部については丸ごと作戦中に喪失した為、当該部品を新調する以外に修繕が見込めない状況である。確実な流通ルートを通じて当該部品を調達する必要があった為に、そのような経緯もあってサンドゲイルはコロニー・ソグラトを繋留先に選択したのだ。
 後半の言葉の一端には何やら追求の意図をあったようで、マイは尚更居心地が悪かった。
 今回のような偵察作戦は本来なら、マイが扱うような機体が担う従事分野である。良好な機動力と堅実な機体機能を吟味すれば必然的に行き着く結論であり、それが出来ないのが現状であるからこそ、シーアが代替要員として充てられたのは想像に難くない話だ。
 それに加え、数日前にマイが遂行した単独出向任務の戦果は純粋に考えれば世辞にも優れたものとは言えず、持ち帰った報酬は部隊にとって正に雀の涙程度のものだった。
 今件に余波が到っているのは、紛れもない事実である。
 だが、シェルブはその責任を実際に追及する事は決してしない。ただ、一戦力として在るという事への戒めとして言及したのだろうとマイは確信を持っていた。
 前の席で言外に苦笑していたショーンが、それとなく助け舟を出す。
「まあ、初の単独出向任務にしちゃあ上出来だったと思うぜ。結果はどうあれ、思わぬ収穫があった訳だしな」
 よくよく聞いてみればそれほどフォローになっていない発言に、会議室に集った面々が苦笑する。あれ、なんか可笑しかったか、とショーンは頭を掻きながら首を捻る。
「とにかく、マイは娘の面倒をしっかり見てやれ。それ位は出来るな?」
「わかってるよ、親方」
 まるで出来の悪い愚息への説教のように聞こえ、最後にはマイも苦笑いする始末だった。
 召集を受けた要員の大半に指示が行き渡った所で、まだ指示を受けていなかった隣のシルヴィアが、遠慮がちに名乗りを上げた。
「あの、親方っ。僕は、どうしたら……?」
「そうだな……お前はマイに付いていけ」
 行動指示というには余りに漠然とした言葉に、シルヴィアがどう返事をしたものかという表情を作る。
「リヴァルディは積荷を最大限軽くして行く。機体も〝フィクスブラウ〟と俺の〝ツエルブ〟を除いて繋留施設のドックに搬入する。人員も最低限で構わない。ちょっとしたボーナスと思って休んでくるといい。わかったな、シルヴィア?」
 気遣いという程気の効いたものでく、明確な役割もない指示を伝えられた事に物足りなさを感じたのだろうシルヴィアは、どこか残念そうな表情を浮かべながら「了解しました」と返答した。
 その後、艦艇進発までの分担説明が速やかに行われた後、会議室から各々解散する流れとなった。マイは今ひとつ消沈した様子のシルヴィアを叱責し、彼女と格納庫から付随ドックへの機体の搬入作業を行った後、拝借した軍用車をターミナルポート脇につけた。
 ポートエリア内に艦艇の進発を知らせる施設警報が反響し、隔壁付近の警戒灯が連なって明滅する。微速を保つ艦艇リヴァルディが指示信号の誘導に従ってポートエリアから隔壁設備の中へとその巨体を移し、隔壁閉鎖と共に間もなくして慌しい騒音が途絶えた。
 進発の直前にタラップから艦艇を降りたアハトがポートエリアを横切り、マイがハンドルを握る軍用車の後部座席に乗り込む。
「すまん、待たせたな」
「いんや、良いよ。じゃ、束の間のドライヴとするか」
 地上部へ繋がる連結車道へ軌道を合わせ、クラッチ・アクセルを小気味良く踏み込んで車輌を進発する。
 他に船舶が常駐していない所為か車道は空いており、港湾施設局へ繋いだナビ・システムの手伝いもあって苦もなく地上部へと抜ける事ができた。天蓋に覆われた車道の終端、即ち繋留施設の敷地限界に近づいた所で、アハトが、
「ここで良い、下ろしてくれ」
 と言った。
「まだ施設を出てないぞ、いいのか? 市中はすぐそこだしさ」
 そう提案してバックミラーを覗き込み、後部座席のアハトの様子を窺った。すると彼もそれにすぐ気づき、伏し目気味に首を小さく振る。マイは、「了解」と短く応答し、天蓋部を抜ける前に速度を緩めて車道脇に停車した。
「何かあったら連絡する、回線は常に入れておけ」
 耳元に装着したインカムをとんとんと叩くアハトに対し軽く手を掲げ、後方に身を下げたアハトを残して車輌を発進させた。若干距離を保ってからサイドミラーに視線を向けると、ミラーに映り込む天蓋下の車道には既に何者の姿も見当たらなかった。痕跡の一切も何もなく。
 助手席に座るシルヴィアも一拍遅れて、ようやく気づく。
「アハトさんて不思議な人だね、マイ」
「お互い馴染んでないってだけの話さ、多分な。気味の悪い奴だなんて、誰も思っちゃいないだろ?」
 広く解釈すれば後半のような意味にも取れる、シルヴィアのアハトに対するイメージを述べる。本人がいないにも関わらず、シルヴィアは慌てて口許に人差し指を当ててみせた。
「俺達よりも先にガキ達に懐かれてるしな。親方だってちゃんと信頼してる、それで充分さ」
 今回、サンドゲイルが行った周回業務でも、何人かの戦災孤児をリヴァルディに招いている。サンドゲイルは傭兵部隊として手広く活動する傍ら、戦災孤児に対する救済措置にも注力していた。傭兵業を地で行きながら、その辺りは随分と奇特な気質の勢力だとも一部で揶揄される事も多い。
 現在は身内であるアハトも、彼がマイらにとってそういう立ち位置になったのは、比較的最近の事である。サンドゲイルの同志となって日が浅い事と関係なく、彼は自らの経験や過去を必要以上に他者へ話さず、他者との関わりを持とうとする姿勢も希薄だ。だが、それでも仲間というものへの信頼を持っているとマイは確信していた。
 アハトという名の青年がサンドゲイルに参入する事になった経緯を、マイは今でも知らない。正確に言えば、彼を招いたシェルブ以外は誰も。しかし、その素性が明らかでなくてもシェルブが信頼してそうしているのであれば、何も問題はない。
 そして何よりも、彼は戦災孤児の子供達に非常に懐かれていた。
 子供という存在と接する機会に恵まれていなかったのか、彼は扱いが非常に不慣れな面を持っていたが、それでも子供達は構わず彼の周りをついて回る事が多い。
 そんな彼の様子を幾度か見ていて、不慣れであるにせよ、あながち不似合いとも言えない印象をマイは受けていた。それどころか、その光景こそが彼の本来の在りようのようにすら見えた時もある。
 人心の擦り切れる極地とも言える戦場で、子供達に好かれる大人というのは絶対数として多くない。
 アハトは、そんな人間の一人なのだろうと思う。
「本日のソグラトは、まこと晴天なり。ドライヴにはうってつけだな」
 都市全域を覆う内壁機構から人工の陽光が燦々と振り、ルーフオープンによって良好な風通しを得ている車内は実に過ごしやすい。
 それから間もなくして市中に入り、シルヴィアが起動した市中用のナビ・システムを頼りに繁華街を抜けた所で、車輌を路肩の駐車スペースに停車させた。
「どうしたの?」
「此処から歩いていく。医療機関の関連地だ、騒がせたくない」
 ナビ・システムの情報に拠ると、現在マイとシルヴィアが乗り込む車輌は区画境界に位置している。そこから先はアリーヌ医師が向かった総合病院を始めとした医療機関とその係累施設が密集する土地となっていた。
そこに軍用車が無粋に乗りつけて下手に関係者を警戒させたくないという配慮からマイは、徒歩で総合病院まで向かうと言ったのだ。
「あ、じゃあさ、この車借りていっていい?」
「いいけど──て、お前来ないのか」
 既に助手席を降りてフロントから回り込むシルヴィアは、一時思案すると笑みを含んだ表情を作る。彼女に合わせて半ば惰性で運転席を降りてしまった。
「んー。時間が出来たら、僕もその時に行くから」
「時間、て、今じゃなくていいのかよ。状況次第じゃ、どうなるか分からないぞ」
「大丈夫だってば、マイ」
 説明付けとしては何処か矛盾した言葉だったが、何時もとは異なってどこか強いシルヴィアの語気に圧され、マイはそれ以上言及するのを止めた。
 年齢の割りに背丈が小さく華奢な体つきのシルヴィアは、大型の軍用車の運転席へ器用に駆け上がる。
「終わったら連絡してね。迎えにいくからさ」
「オーケー。間違えても店先に突っ込むなよ」そう言いつつ、やはり気になる所は抑えようもなく、マイは最後に今一度問いただした。
「せっかく親方から貰った時間なんだぜ?」
「もう、だからこそだよ。ちょっとした遠慮みたいなの、マイは気にしなくていいの!」
 遠慮だあ?──益々分からない言葉に対して疑問を投げかける前にシルヴィアはアクセルを吹かし、「でも、後で一緒に買い物行っていい?」と言ってきたので、マイは「ああ」と返事を付け足す。
 それを聞いて明るい笑みを浮かべ、シルヴィアは早々に車道へ車を戻していった。
「なんだかなあ……」
 今は時間がないと言ってみたり、かと思えば迎えの後に買い物に誘ったりと、随分忙しい言い回しをするもんだなとマイは思った。それに遠慮も何も、例の少女に関してこの数日色々と気遣いをしたりしたのだから、気兼ねなく病院に足を運んでもよさそうなものだ。
 結局真実に辿り着く糸口を見出す試みも無意味だろうと行き着き、マイはジャケットの袖を捲り上げて暑さ対策を済ませる。素早く意識を切り替えると、関連地の歩道へと足を踏み出した。
 多少寂れていたにせよ繁華街の体裁を充分に保っていたそれまでの区画とは異なり、医療機関が密集して建つ敷地内は落ち着いた静けさを保っていた。
暫く歩いてから豊かな芝生に恵まれた市街公園内へ入るが、其処もほぼ同じであった。まばらではあるが、子連れの若い夫婦等が歩道を歩き、いくかのベンチにも市民の姿を見かける事ができる。
繁華街を通っていた時から薄々感づいていた事だが、どうやら件──輸送車輌隊が襲撃されたという話は、市井には伝播していないらしい。
 会議室でのブリーフィングの最後の辺りで聞いた話だが、ソグラトを含む地域一帯では近頃、ライフラインを狙った強奪襲撃が散発しているらしい。生活水準の劇的な低下にまでは到っていないものの、現状が長引けば一般市民にも不安の種が広がるだろうという事は、まあ、分かる話だ。
 その辺の地域事情を把握する前にソグラトへ立ち寄ったのは、時期が悪かったという他ないだろう。
 補給物資の高騰を考えると、艦内経理の人間の渋い顔とその後にやって来る此方への皺寄せは確実だ。
 と、不景気な可能性に思考が傾いていた時、足首に何かがごつんと辺り、マイは思わず「いてっ」と口に出した。足元を見下ろすと、こぶし大のソフトボールが近くを転がっていて、マイはそれを拾い上げた。自分の方へ何者かが呼びかける声を聞いて振り返ると、キャッチボールに興じていたと思しき父子の姿を見かけて納得した。
 マイは距離の離れた場所に立つ子供へ向けてボールを大きく放った。二、三度地に付いた軟球を拾い上た子供が「ありがとう、お兄さん!」と言ったので、マイは手を軽く掲げて応えた。
 改めて歩道の先を見据えた直後、背筋に視線を感じて緩やかな動作を心掛けた上で周囲を見渡す。
 広い敷地の公園を行き交う市民の穏やかな姿こそ見えど、それ以外に特筆して確認できるものはない。
「──……気のせいか?」
 艦艇を降りて久しぶりに一般社会に入り込んだ所為か、普段から張り詰めている緊張感が身体を巡っている。そのために何気ない他者の視線を強く感じてしまったのだろうかと、マイは楽観的に思った。
 気のせいだったのだろうと肩を竦めたのと時を同じくして、ジャケットの外ポケットに捻じ込んでいたインカムが振動して着信を告げ、マイはイヤホン部分を耳に当てた。
『マイ──此方コントロール、シェルブだ。聞こえるか?』
「はい、届いています」
 つい数十分ほど前に艦艇を丸ごと一隻出し、目的地周辺への偵察作戦に向かったシェルブから早くも通信が入った。経過時間から推察するに、どうやら凡その結果が出たらしい。
『襲撃現場の近隣を調査したが、どうやら一帯を根城にするごろつき共の仕業だったらしい。そちらは変わりないか?』
「市中は平和そのものですよ、親方」
『そうか──此方はもう少し探りを入れてから戻る。帰着予定時刻は一七三〇時だ。特別な危険はないだろうが、万一に備え、油断だけはするなよ?』
「了解しました」
 その後、旗艦との無線通信が終了したのを確認してからインカムをポケット内に押し込む。
 どうやら、サンドゲイルが懸念していた可能性は唯のコロニー間問題に過ぎなかったらしい。親方の言っていた通り油断こそ禁物だが、その万が一に備えアハトが市中調査にも出向いている。
 事態は火急とは程遠く、今後のソグラト管理局と親方の出方次第ではあるものの、暫くは時間的余裕もあるだろうと思う。
 マイは先程感じた妙な視線の事など忘れ、再び歩道の先へ足を進めた。対向の若い女性が携帯端末を耳に当てていたが、交差する前後「あれ、何でかからないんだろ」などと呟いて、そのまま歩きすぎていく。
 市中公園の敷地外、その奥に一際大きな建築物──少女を収容した総合病院の姿を見つけ、マイは歩く速度を若干速めることにした。

→Next…

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