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*③*



 艦載レーダーと各種センサー群を最大レンジで展開した所、襲撃現場を中心にして南北二箇所から機動物体の動体反応を捕捉、その片割れに向かってシェルブはリヴァルディの舵を切らせた。
 幾つかの事前情報を吟味した結果、南方戦域で探知できる反応の一つは先に派遣したフィクスブラウである事は識別信号からも疑いようはない。その搭乗者であるシーアがよこした情報に準拠すると、リヴァルディが現在急行中の北方戦域に探知した動体反応の一つが、嘗ての〝仲間〟である可能性は高い。
 レーダー及びセンサ情報で把握していた戦況も急行する最中に収束しており、これ以上ないと言って良い手際の良さから、シェルブ自身もある程度の確信を持っていた。
「しかし、ごろつきと断定するには聊か、規模が過ぎるな……」
 黒髪の総髪を掻きあげながら、地理情報の映像詳細を出力したデスクデバイスを注視する。
 単純な兵力規模を鑑みるならば、同様のごろつき集団は多い。しかしシェルブが其処から違和感を見出したのは、先行して潜り込ませたUAV(無人偵察機)の映像情報に映っていたごろつき集団の動向とその兵装水準だった。
 主力兵器は普及型のマッスル・トレーサーだったが、その機体には光学迷彩技術が搭載されているなど、ごろつきが保有する兵器としては余りに高級である。
 戦闘技術自体は世辞にも練達とは呼べないレベルだったが決して劣っているともいえず、その二点がシェルブの判断材料となってシェルブの決断を慎重なものにさせていた。
 間もなくして動体反応が駐留する北方戦域に接近し、シェルブはインカムを通じて統合管制室の要員に第一種戦闘態勢での近接防衛戦闘システム稼動を指示した。
 エア・クッション型艦艇リヴァルディ搭載のあらゆる防衛兵器群が稼動し、その様々な砲口を前方に固定する。
 索敵機器からの情報と肉眼目視による映像情報から確定するに、北方戦域での状況を収束させた動体反応はAC一機のようである。たかが機動兵器一機とはいえ、対応を誤まれば、豊富な武装を搭載した大型艦艇と言えど唯では済まされないだろう。
 ACというものの戦場における影響度を深く承知しているシェルブは、その為に慎重に成らざるを得ず、強固な防衛態勢を堅持した上で、コントロール・オペレータに通信要請を行わせた。
 管制室内に緊張感が張り詰め、暫くしてオープンチャンネルの回線にACから応答信号が繋がれる。
「不明機へ、此方独立傭兵部隊サンドゲイル──戦闘の意思はない。──送れ」
 一拍の間を置き、以前までは聞きなれていた女性の声音を受信回線が受け取る。
『サンドゲイルへ、此方も戦闘の意思はない──随分と懐かしいものね。百年くらい会ってない気がするわ、ザックセル?』
 前方距離四四〇メートルは荒野の上に佇むACの搭乗者──古い仲間であるレイヴン、アンジェの返答にある程度の信頼性を垣間見たシェルブは、コントロールに警戒態勢の軟化を指示した。
『偶然鉢合わせ、なんて話はないでしょうね。そっちもソグラトの依頼を受けたのかしら?』
「確かにソグラト絡みではあるが、俺達は正規の依頼を受けてはいない」
 襲撃現場で交戦したシーアが遣した情報と、アンジェが述べる内容に大した差異はない。
現在は独立して小規模な傭兵組織のチーム・トライアングルを統率する彼女は、どうやらサンドゲイルの停泊先であるソグラトから正規依頼を受けたらしい。
 ──行き違い、或いは似たようなものか?
『相変わらずね、サンドゲイルも。此方のクライアントはソグラトの民営輸送会社、残念だけど襲撃勢力はそっちに縁のある雑魚じゃなくってよ?』
 アンジェが自らのクライアントを口にし、推移の凡そについて瞬時にシェルブは想像を巡らす事が出来た。繋留施設局の局員から聞いた話でも、領域圏内で襲撃を受けた輸送車輌隊は民営会社の所属だった。施設局から当局へ無償偵察の打診を行った際、先方が何も言及しなかったのは、民営会社からの報告の中に外部の傭兵部隊を雇ったという情報がなかった為だろう。
 行き違いという範疇に収まる話ではあるし、仮にそうでなくても、コロニー管理局にしてみれば、無償で事実関係の究明を行ってくれるのであれば黙っておくに越した事はなかったかもしれない。
 矛盾に整合性が付いた事に得心しながら、さして重要な事柄でもなかったそれはさておき、彼女が後半に述べた有用な情報にシェルブは反応した。
「ほう……詳しく知っているらしいな?」
『まあね。私達の拠点も近い事だし、この手の仕事は珍しくないわ。近頃の話だけれど、地域一帯のごろつき共が連携してキャラバンや各コロニーの輸送車輌隊を狙った略奪行為をしてるらしいのよ。今週に入ってもう三件目、流石に私だけで捌くのも面倒になったから、チームメイトに仕事を流すくらいよ?』
 施設局での話からも似たような情報を得ていたが、少なくともソグラトに限っては襲撃事件による悪影響は然程出ていないというものだった。だが、近隣コロニーを含めた地域一帯での略奪事件の発生頻度を考えると、それは頻発といっていい回数のようだ。
「そいつ等、腕は良いのか?」
『詳細は分からないけど、最近は主力MTの他にACも投入してきてるみたいね。腕の方は兎も角、資金だけは垂れ流しにできるくらい持ってるらしいわよ。こんな具合にね』
 こんな具合、とはアンジェが撃破したごろつき部隊を指しているのだろう。確かに、高等技術を搭載した兵器群を惜しげもなく物量で投入してきている辺り、強奪した物資を元手に潤沢な活動資金を得ているという所か。
 襲撃勢力の程度詳細についても大体把握した所で、実際明るみになってみれば実に単純な構造だと、シェルブは胸中で嘆息した。
 ごく有り触れたごろつき集団が強奪行為を繰り返して資金を増やし、更なる暴君となって無類の暴力を振るう。それもまた、ごくごく有り触れた話だ。
『──とは言っても、この辺一帯には支配企業の息が掛かった連中も多いわ。チンピラの行動背景に、幾らか絡んでいても不思議はないくらいにね。貴方なら、分かってるでしょうけど……』
「そうだな」
 ソグラトを始めとして幾つかのコロニーが点在する地域一帯は、領土境界線が曖昧な地帯となっている。兵器災害が発生して以降、その大惨禍による混乱の中で支配企業は少なくない領土を喪失した。復興活動の中でその勢力図も大きく変わり、領土境界線が判然としないまま放置されている土地も少なくない。
 事情があって支配企業隷下の管轄区を避けていたサンドゲイルにとって、コロニー・ソグラトは絶好の繋留地と成り得たが、やはりそうも上手く行かないだろう事は、シェルブも可能性として重々承知してはいた。
『この辺に長居するのなら、得する事は殆どないと思った方がいいわよ。名の知れた独立勢力なら、尚更だしね』
「気遣ってくれるのか、ありがたい話だな?」
『知己のよしみってヤツよ、勘違いしないで』
 アンジェをサンドゲイルの一員として共に活動していたのは、一〇年近くも以前の話になる。それから名を時折聞きこそすれど、所属する傭兵組織、ましてや彼女本人と出会う事は一切なかった。それはサンドゲイルを巣立っていった教え子の殆どもそうであり、過去と比較して幾らか逞しく成長していた彼女の様子を目の当たりにし、シェルブは淡い笑みを浮かべた。
「まあ、そうも言ってられんのが此方の状況だ。今後の推移次第では、また顔を合わせる事もあるだろう。その際は、幸運を祈る」
『あら、此方こそ。じゃあね、久々に話せて嬉しかったわ』
 素直な言葉を最後に、アンジェの方から通信体制を解除した。リヴァルディが目視する中で搭乗機を転回させ、後方ノズルから噴射炎を吐き出して荒野を去っていく。方向から察するに、彼女らが拠点とする別のコロニーだろう。
 偵察任務によって望んでいた情報の過半は獲得しただろうと判断したシェルブは、先にソグラトは繋留施設に帰着済みのフィクスブラウに連絡──しようとした矢先、コントロールに常駐していたオペレータ・エイミが、報告事項を述べた。
「ボス、シーアから情報が。旧世代兵器群とミラージュ社系列部隊の動体反応を検出、目的は不明ですが、ソグラトに向け直進中との事です!」
 ヘッドセットを下ろし、声を張り上げるエイミに対して落ち着いた態度を保って問い返す。
「ドックの状況はどうだ?」
「あ、えと、シーア──スコープアイが現在、単機でコロニー領域境界線へ応対出撃しました。相手の出方次第では、即座に迎撃行動へ移行します」
 何があろうと決して取り乱さないシェルブの頑健とした姿勢にエイミもすぐに冷静さを取り戻す。
「想定交戦地帯を迂回し、直ちにソグラトへ帰港する」
 指示を受けたコントロール・オペレータが復唱し、関連情報を集約してリヴァルディの帰投進路を確定する。
 シェルブは勘ぐった。
 ──随分とタイミングが良過ぎないか、と。また、だとするならば、何故この機会なのか、と。
 敵性動体を発見したシーアからの報告では、ミラージュ社系列部隊が進行中となっているが、確かにそれだけでは目的は全く明らかでない。
 系列部隊の目的はもしかしたら、単なるコロニーの蹂躙作戦かもしれないし、ごろつき部隊の摘発と称した掃討作戦かもしれない。あるいはそのどちらでもないかもしれない。
 ただ、アンジェからそのような情報提供があった直後にしては偶然として余りに不自然過ぎる節もあった。
 そして最悪の可能性として考えられるのは、我々──サンドゲイルが標的なのではない、か。
 シェルブにはそれに思い当たる節があった。
  数日前、ミラージュ社が主催した旧世代遺跡制圧作戦があった。其処にサンドゲイルに籍を置く一戦力──マイが派遣され、彼は作戦終了と共にあるモノを持ち帰った。
 事実関係を究明するにはどの判断材料も不足し、明らかにするには状況の経過とそれに伴う情報把握が必須だった。
 軌道に乗ってリヴァルディが航行を開始する中、別のコントロール・オペレータに指示してソグラト内部での行動指示を与えたアハトへの通信要請を行う。
 暫くして回線の確立音が響く。
「アハトへ、此方リヴァルディ──シェルブだ。其方の状況はどうだ」
『現在、内周隔壁機構に差し掛かっている──何が必要だ』
 シェルブは忌憚なく、全てだ、と伝えた。
『市中偵察では、現場監視員と思しき数名の気配を各区画に感じた。コロニー内の電波状況も調べたが、干渉工作の形跡が幾つか見られる。内周隔壁機構も同様、巧妙に細工されてはいるが有事には隔壁破壊と共に速やかな外部勢力の進攻を許してしまう程度だ』
「その工作痕に対する、アハト、お前の見解はどうだ」
『何とも言えない。ただ、仮にそこらのチンピラだとして、工作技術が余りにも練達している。並大抵の勢力では、このような工作技術は持ち合わせていないはずだ』
 アハトは断言を避けているものの、ミラージュ社系列部隊がソグラトへ向かっている現状と吟味すると、確度としては一定以上の基準を満たしているとシェルブは判断した。
「現在、ソグラト領域圏へ向けてミラージュ社系列部隊が直進中らしい」
『なるほど……今なら、一五分程度でドックに戻れるが』
「いや、シーアが領域圏へ向けて応対行動に出ている。お前は市中偵察を続行、情報が入ればその都度連絡してくれ」
『了解──いやに警か……して、な、シェルブ?』
 不意に回線の接続状態が乱れ、アハトの静かな口調が途切れ途切れになる。
「判断材料が圧倒的に不足している。慎重に成らざるを得まい、頼んだぞ?」
『なん……きこ、──い。……──』
 殆ど言葉としての体裁を成さない返答が砂嵐のようなノイズに呑み込まれ、やがてぷつりと途絶えた。
 即座に感づき、
「艦艇周囲を含む、ソグラト圏内の電波状況を探査しろ」
 指示を受けたコントロール・オペレータがコンソールを叩き、間をおかずしてすぐに応答する。
「高濃度の障害電波が発信されています! ソグラトも同様、内外全て通信不可です!」
「やはりECM措置、……狙いは此方か」
 元来強固な防衛戦力も保有していないソグラトに対してならば、単純な攻撃を仕掛けるだけでも大打撃は見込める。にも関わらず、用意周到な電子障害工作を行って臨む辺り、それが目的でないと見てほぼ間違いない。となると、ミラージュ社系列部隊の目的はやはり、此方だろう。
「──あの娘を、攫いに来たとでもいうのか?」
 マイはその少女について詳しくは話そうとしなかった。それはまだ時期でないからだ、と頑なに説明付けて。ただ、帰還する途中で拾った、としか言わなかった。
 だが、少なくともシェルブはある程度の確信を持っていた。
 ──マイは、旧世代遺跡からあの娘を持ち帰ってきたのではないのか?
 兎に角、出せる限りの速度を持って一刻も早くソグラトへ帰還せなばならない。いかなる事実の可能性があるにしろ、目の前の命を護れなければ結果として何も活きはしないのだから。
 シェルブは練達の傭兵として研ぎ澄ました戦意を双眸に湛えた。

                              *

 小気味良い運転で車体を路肩に寄せ置くと、助手席の紙袋を手に持ってシルヴィアは歩道に降り立った。
無骨な軍用車から子供と言って差し支えのない容貌の少女が出てきたとあって、歩道を行き交っていた人々の視線がちらちらと向けられ、シルヴィアは足早に車輌から離れて目的の高台公園に入った。
「なんて綺麗なところ──スナックには丁度いいな」
 市中は一際目立つ高台の上に市民公園を見つけ、散策がてらの軽食にとシルヴィアはそこを目指していた。
 公園の敷地は青々とした芝生と石畳できっちり整地され、ソグラトの人々がそれぞれの場所で思い思いに過ごしている。市民の憩いの場所として最適とも言える環境を揃えており、シルヴィアもその一部に交じると、高台下の街並みを臨む事ができる石組の欄干へ歩み寄る。
 欄干に手を掛けて身体を浮かべ、シルヴィアは眼下に広がるソグラトの小奇麗な街並みを一望した。
 管理局が緑化政策を積極的に打ち出しているというだけあって、綺麗に区画整理された街並みの要所に木々の緑が生え、落ち着いた外景を形成している。
 普段は艦艇に乗り込んで荒地から荒地へと移動を繰り返すような日々を送るシルヴィアにとって、こうした機会に巡り合える事は少ない。草花の芳香が絡み合う緩やかな風を胸いっぱいに味わい、シルヴィアは石垣に置いた紙袋から、ドーナツとパッケージジュースを取り出した。
 ビターチョコの粉をまぶしたドーナツを頬張る。ちょっぴり背伸びした苦味を味わい、フルーツジュースの甘みで程よく打ち消す。
 気軽な軽食を楽しんでいたシルヴィアはふと、他の人の気配がある石垣の欄干に視線を巡らせた。アベックなどの男女連れが多く、一人身でいるのはシルヴィアを含め数人程度しかいない。
 端からみれば普通の憩い場所である事に違いないが、シルヴィアはそこに一人でいる事に対してわずかな物足りなさを憶えていた。
「──だって、しょうがないじゃないのよ」
 誰に言うともなくひとりごち、ストローを甘噛みしながらフルーツジュースを吸い上げる。
 先程──と言っても、それなりに時間は経っているが──医療機関の関連地前でマイと別れた時、シルヴィアは、はっきりと彼に「遠慮してあげてるの」と意思表示したつもりだった。生憎と、その言葉を受けたマイはいまいち理解しかねているようだったが。
 マイが異性に対して一際鈍感とかそういう類の人間でない筈だという事は、よくつるんでいるシルヴィアには分かっていた。しかし、こと自分の話となるとどうにも、マイは感覚にズレが生じるらしい。
 いつも一緒にいると変化に気づきにくい、とは恐らくそういう事を言うのだろう。
 自分が兼ねてより控えめな気質だという事は自他共に認める所であり、それでもなおシルヴィアは近頃、意識するようになったマイへのコンタクトを惜しまなかった。
 改めて意識にする所の、自分はおそらく、彼に、マイに好意を抱いているのだ。
 同時に、それは一種の敬愛にも似た感情である事も同時に理解しており、シルヴィアは自身の心持ちに対して一定の慎重さを保っていた。
 しかし、それでもこの数日間事実上ほっぽかれた事を考えると、胸中に穏やかでないものが渦巻くのはどうにも抑え難かった。
「まだ起きてもない子に焦るなんて、僕も純だよねえ……」
 再びひとりごちる。自分が控えめで割かし面倒な気質だという事も加えて理解しているつもりだった。
 逆に、自分の中に芽生えている彼への気持ちを冷静に汲み取る事もできるし、だからこそ、この数日間、付きっ切りであの女の子の看病をしていたマイへの敬服を込めて、身を引く事だってできた。
 そう改めて考えてみると、感情を好きなだけ爆発させて喚ける同年代──少しイメージからかけ離れているかもしれないが──とは、自分は住んでいる日常が違うのだなと、違う意味でシルヴィアは消沈した。
 マイは誰に対しても、自分が責を負うと覚悟した時には、徹底を貫く人間なのだ。
 そのごつごつとした大きな手に担うと誓った者に対し、彼はその筋を貫き通す事を覚悟している。
 そうした覚悟による奉仕を受けている今の少女の前、少なくとも一つの事実例をシルヴィアは身を持ってよく知っていた。
 兵器災害が世界中を蹂躙した五年前、肉親と親友の全てを戦火に焼き尽くされて路頭に迷っていた自分に、彼は手を差し伸べてくれた。シルヴィアは過去を深く思い返さず、ただ、差し出された手を掴み返した時の記憶のみを脳裏に映し出した。
 自分もかつてそのように護られ、こうしてサンドゲイルに迎え入れられている。
 彼は誰に対してもそうだし、だからこそ、自分が穏やかでない感情を抱くのは筋違いも良い所だと、シルヴィアははっきりと自認している。故に、冷静さを保っていられた。
 私はマイのそういう所が好きで、敬愛しているのだ。
 マイの生い立ちをシルヴィアは全く知らない。マイも自らの過去を自分以外の何者かに語ろうとはしないし、時折誰かに聞かれる事はあっても、その時々で飄々とした態度を崩すことはない。しかし、彼が戦場で生きる為に定めた覚悟は、彼のその見えざる部分に根ざしているのでは──そう思う事が、シルヴィアには度々あった。
 シルヴィアは決して聞かない。
 戦災孤児として似たり寄ったりの出自を持つ自分達は、決して他者の過去に土足で踏み入らない。
 それをよく承知していたからであった。
 しかし、シルヴィアはマイという男に憧憬を抱き、彼が通そうとする生き方に寄り添い、その生き方にならって戦場に在りたいと思っていた。
 シルヴィアにとって、それは今も変わらない。
 ただ、一つ思い起こされる過去が脳裏を過ぎり、シルヴィアは口許に咥えたストローを強く噛みながら表情を渋った。
 私は以前、そうして護るべき人を護れなかった事がある──。
 その時、支配企業の殲滅部隊に襲われたコロニーに遭遇し、そこで知り合ったばかりだったひとりの少女を見捨てたのだ。あの時の私には、救われたいと願う者を助ける意思も、それを成し得るための戦士としての力も足りなかった。
 ──〝ルア・リーフェス〟という可愛らしい名を持った同じ年頃の少女を、助ける事ができなかった。
 今でもそれらが、自分に充足しているとは口が裂けても言えない。
 けれども、その意思は断固として変えていないし、変えようとも思わない。
 そして、その生き方を貫徹するマイが現在護ろうとしているあの少女が私達の傍にいるのなら、私もまた彼と同じようにその少女を、護ってやりたかった。
 そうやって諦めなければ何時か、私の護りきれなかった過去の苛みを拭い去ることができるかもしれない、シルヴィアはそう考えた。
 物思いに耽っていた割には前向きな結論が導き出され、シルヴィアは一人小さく頷く。
「よし、今日も頑張ろ──」
 軽食を済ませてその場を去ろうとした瞬間、コロニー内に爆発音が響き、その音が天蓋機構に反響して轟く。シルヴィアはその音源をほぼ真正面から目撃していた。
 不意の爆発音を耳にした公園内の市民からどよめきの声が上がり、何事かと多くの人々が石垣の欄干に詰め寄る。
 区画終端の外界とを直接繋ぐ隔壁機構の一つが内側から破壊され、シルヴィア舞い上がる噴煙の中に見慣れた物体が放つ〝眼光〟を見咎めた。
「アレは、AC……!」
 一機の軽量級二脚ACが隔壁を破って市中の車道へ出現し、それに続いて複数の機動兵器群──機動力と一時的な拠点制圧を行うだけの火力を備えたMT部隊が連なって現れる。
 バックパックから抜き出した単眼鏡を覗き込み、シルヴィアはコロニー内へ進入を開始したAC機体の肩部に、見覚えのあるエンブレム──支配企業の一角ミラージュ本社軍の所属を示す部隊章を捕捉した。
「何で、ミラージュ社の部隊がソグラトにっ?」
 そう口に出す裏腹、シルヴィアは胸中にひとつの懸念が過ぎっていた。
 それはまるで──そう、昔日にあった自分の過去を思い起こさせるんだわ。
 後方をMT部隊に支援されながらACが迷いなく向かう方向を先回りし、其処が医療機関の集中する関連地──その先に建つ総合病院を見て、シルヴィアは咄嗟にインカムを耳に当てた。
「マイ──こちらシルヴィア、聞こえるっ?──て、何で通じないのっ」
 マイへとの通信回線には耳障りな砂嵐が渦巻いており、その特徴性からそれが電子攻勢措置による妨害工作だとすぐに行き当たった。
 念のため、リヴァルディの方へも通信要請を行ったが、どうように回線が確立される様子はない。
 シルヴィアは確信した。すぐにでも現場を離れるべく踵を下げ、単眼鏡をしまおうとしたとき、最後に覗いていた視界の隅に反射光特有の眩きがあった。

 ──しまった。

 危難を自覚するには余りに短すぎる一瞬、しかし、シルヴィアは猫の如き俊敏さを持って後方へと小柄な身体を跳ね飛ばした。人々の嬌声に紛れて銃声は聞こえず、しかし、正確に照準を定められていた狙撃が、石組みに弾痕を穿つ。
 一拍遅れていれば、自身の頭部を吹き飛ばしていたであろう殺意に戦慄を覚え、シルヴィアは身を翻して人波に紛れた。元来小柄である為に、大の大人が行き交う中に紛れてしまえば姿は見えず、シルヴィアは労せずして公園の路肩に駐車していた車輌に乗り込む事ができた。
 急いでエンジンを点け、アクセルペダルを踏み込む。
 コロニー内に進入してきたACを主力とする機械化部隊と、自分を狙った狙撃──タイミングのみを考えても、無関係だとは言えない。
 そして、ACを主力とするミラージュ本社所属を示す進行部隊は、一切に市街地に危害を加えず一直線に総合病院へと向かっていく。
 コロニーへの進行が主目的でないとして、その場合、進行部隊が狙うとすれば、それは──。
「マイ、彼女を護って──!」
 可能性は限りなく高く、事実と断定するには未だ遠い。
 しかし、シルヴィアには確信があった。
 かつての自分と、状況が同じだったからだ。
 アクセルペダルをいっぱいに踏み込み、シルヴィアは軍用車をマイと少女がいる総合病院へと向かわせた。

→Next…

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