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*⑤*



 停泊ポートに迫る制圧部隊を他施設との連結通路を隔てて圧し留め、水際での近距離戦に突入してから数分が経過していた。
練達した技量を持って連綿な戦術を駆使する制圧部隊を前に、サンドゲイの歩兵戦力は初期に築いた防衛線から順序後退し、既に最後衛へその拠点を移していた。
『正面第五、第六搬入通路の封鎖完了──』
「よくやった。迂回路を進行し、五〇秒で拠点に合流しろ」
 地下へ遣した爆破工作班を労い、シェルブは次の作戦段階に意識を移す。
(戦局はまずまずといった所か……稼げて、残り一五分弱。そろそろ来るな)
 敵征圧部隊の技量が確かな事も無関係ではないが、シェルブは時間稼ぎの為の機動防御を当初から指示していた。施設管理局の承諾を得て爆破工作班に地下の物資搬入路を封鎖させた事により、敵部隊が武力による進入を確実にするには正面から乗り込むしかない。
 あらゆる時間稼ぎを使って敷設した強固なバリケードに篭もれば、弾薬系統が枯渇しない限りいつまでも粘り続けられる算段が確信としてあった。
 もっとも、相手の意図がそうであれば、の話だが──。
「ショーン、こちらFU(Front Unit)──調子はどうだ?」
 実行要員でない為に、艦内で別行動中の整備士のショーンへ問いかけると、余りに逼迫した時間と状況の中で精彩を欠いた中年男の喚切り声が届いた。
『あと腕が二〇本は欲しい所だ! 間に合わせで正常に稼動する保障はないぞっ?』
「皆、お前の腕を信じてる。一〇分以内で調整を済ませてくれ」
『相変わらず、人使いの荒い頭目だな。そんな特権はプレジデント・クラスになってから寝言で言ってくれ』
 愚痴こそ絶やさないものの、ショーンの言動にはある程度の余裕がある。最前線の兵士を整備面から支える腕利きのメンテナンスクルーとして鉄火場に長い間浸かっているだけあり、旧来の間柄であるショーンを全面的に信頼していた。
 シェルブやショーン、サンドゲイルにとっても、今回の襲撃は何ら特別なものでなく、相手の素性を除けばよくある癇癪のようなものだった。
 状況は逼迫しているが、珍しい類の話ではない。それに慣れているかいないかでは、命が天秤に乗っかった状況の結末に雲泥の差が出る。
 いくつもの戦場の辛酸をなめて来たシェルブは、老獪な認識力を持って現状を把握していた。
 傍の装甲板で跳ねた小銃弾が甲高い音を立て、応酬とばかりにFUが制圧射撃を一層激しく撃ち込む。
 使えるならば旗艦の艦載砲群で一掃したい所だが、生憎とそんなモノを屋内で持ち出せば、建物自体の倒壊を招き双方共倒れか、運良くて丸裸で命辛々という所が関の山だろう。
 肩に掛けた小銃を取って制圧攻撃に加わろうとした矢先、確立状態の無線に連絡が入り、シェルブは確信を持って応答した。
『親方、こちらマイ──地下道へ入りました。間もなく到着します──ACの出撃準備を済ませておいて下さい』
 あちらはどうやら、何とか無事に遣り遂せたらしい。だが、総合的な状況は然程芳しくないようだ。
「既にショーンが掛かっている、お前達は直接ハンガーへ向かえ──」
 今回の襲撃自体が、不測の状況下で起こったのだ。事態が好転しないどころか悪化修正したとしても、そこに驚きはない。だからこそシェルブは万一に備え、施設ドックに移していたAC機体を全て艦内ハンガーへ再搬入、コロニー外部への出撃がすぐにでも可能なようショーンに指示を出していた。
攻囲網が敷かれる前に、フィクスブラウも繋留施設内へ帰還させた。一対多数で不利な野戦を演じさせるよりは、強固な隔壁設備を盾に状況を保つべきだとシェルブが判断した為だ。
 マイからの通信に加え、ほぼ入れ替わりでコントロールから通信が入る。
『ボス、こちらコントロール──施設外部のAC部隊が戦域離脱を開始しました』
「了解。艦載レーダーの索敵態勢を第一種広域索敵態勢へ移行、データリンク・システムの確立を急げ」
『了解しました』
 早速万一の事態が転がり込んできた事に、シェルブは薄ら笑う。
 現場指揮権を副官に委譲し、バリケード伝いにシェルブも停泊ポートの内壁階段を下りる。最寄の乗降口から艦内へ駆け込みハンガーへ到着するのと、開放状態のハッチからマイ達の乗り込む車輌が滑り込んできたのはほぼ同時だった。
 マイが文字通り車内から飛び降り、丁度傍で繋留状態にあったAC機体──濃蒼色を宿す中量級二脚機〝蒼竜騎〟の最終調整を行っていたショーンの元へ駆け寄る。
「おやっさん、蒼竜騎の状態は?」
 機体上方は整備用重機械を用いて作業に臨むショーンが、顔面保護用のマスクを被ったまま大声を上げる。
「だめだ、まだ腕の換装が済んでねえ。五分待て、シーアが拾ってきた部品を着ける!」
 数日前の作戦によって左腕部を欠損した蒼竜騎には、それに変わる新しい腕部が接続されつつある。先程まで周辺地帯で戦闘を行っていたシーアが偶然拾ってきた代物だが、それを使えると判断したショーンがほぼ独断で、その場で蒼竜騎に換装することを決めた。
 ハンガー上部の欄干に立つシェルブの下方部へ、マイが走り寄る。軽く息を切らしてはいるが、焦燥と頑健な意思の入り混じった双眸と視線が交わり、表情を引き締めた。
 娘の姿がない──。
「あの娘が、攫われたんだな?」
 一時を置き、マイは覚悟した面持ちで返す。
「はい──親方、力を貸して下さい」
 事前のやり取りの手前が為に恥を偲んで──という表情ではない。
 それは、己が遣り通すと誓った覚悟を微塵も諦めていない者の眼だった。
 だからこそ忌憚なく、
 一切の澱みなく、
 全く臆さず、
 マイは、率直に助力を述べた。
 自らの手で成すべき事を放棄した人間は、その目に恥辱の色を浮かべる。それに例外はない。
 戦場で長い年月を過ごすシェルブには、尚も戦士としてあろうとする者を視る確かな洞察眼が備わっていた。
 自らが最も時間を掛けて育て、教えてきた最も古い教え子は、覚悟を放棄していなかった。
 戦士の尊厳──その重圧に屈さず、戦おうという意思を貫こうという教え子に、シェルブは敬意を払った。
 今一度大きく肺腑に息を吸い込み、ハンガー内にいる全ての者に聞こえるよう号令を響き渡らせる。
「聞いたか野郎ども! サンドゲイル、全機発進だ──!」
 各々が威勢良く応え、速やかに出撃できるよう搭乗準備を開始する。
 その中で一人、非常にゆったりとした足取りで此方へ歩む寄るアハトの姿があった。
「施設に残って、奴らの相手をする──構わんな?」
「ああ。手はず通りに頼む」
 サンドゲイルに引き入れてからまだ間もないアハトには、その身の上、容易に姿を外部へ曝せない、或いは曝そうとしない姿勢を以前から見せていた。
「今回の襲撃規模、ただ事ではあるまい。本社がその気だとしたら、あの娘は黙って引き渡した方が利口かもしれんぞ」
 連絡通路へと向かうアハトと背中合わせの状態を保ったまま、シェルブは逡巡なく応答する。
「──かもしれん。だが、通すべき筋が俺達にはある。それをなくして、俺達はどうやって傭兵を語れる。この生き様を通し、マイ自身が望むようにその筋を通させてやりたい。──後の事はさておいても、な?」
 力強い意思を秘めるシェルブの言動に対し、アハトは一拍を置いて小さく苦笑する。
「ふ──シェルブ、お前も大概狂ってるな」
 出がかった言葉を飲み込み、シェルブは自らも出撃すべく待機室へと向かった。
 前を向いて狂わなければ、生き残れない戦場もあるさ──。

 それにどう折り合いをつけて生きるかが、戦士の分水嶺だ──。

                              *

 嬉しかった──。
 そう思ったのは、産まれてからの日々の中で、二回──。
 私が知らなかった世界には、そんな感情が生きているという事に、ようやく確信を持つ事ができた。
 でも、繋がれた日々は、やはり私に嵌められた頚城を強く引き戻す。
 だから私は、淡く暖かいその感情を享受する前に、線を引いた。
 それがいつか私自身の頚城を引っ張り、首を酷く締めつける事を知っていたからだ。
 傷つき、傷つけるのなら、本当に受け入れてはいけない。

 身体が横たえられた薄暗く狭い筺体の中で、そんな事をぼんやりと考えていた。
 私が生きるのは、いつの時代も変わらない。
 小さく区切られた普遍世界──。
 願う事が誰の損にもならないとは言うけれど、自分が傷つくのなら、それを考える事すら愚かしい。
 ただ、かつて自分がそう思った事だけを胸に抱いて、日々を繰り返そう──。
 そう心に考え、瞳を瞑ろうとした時だった。
 無意識下で稼動していた機械化知覚機能群が、外部環境情報の変動を捕捉する。
 何の興味もなく、しかし、退屈凌ぎには丁度いいものかと、意識を傾けて外部状況の取得を試みる。各種知覚機能群の稼動率を僅かに底上げしただけで、単純な遮光外板で覆っているだけの天蓋は透過できた。
 周囲一帯に広がる荒野──その果てに粉塵を巻き上げ、渇いた大地を縦断してくる幾つかの機影があった。
 更に知覚機能を遠方へ拡張して詳細を把握した時、私は余りの驚愕に上体を起こした。
「嘘でしょ、何故──っ?」
 驚異的な速度で荒野を走り寄る複数の機影──その中の一つに、見覚えがあった。
 最先鋒へ立つ、滄海のように深い彩を宿した、この時代の鋼鉄の戦士──。
「マイ、貴方は──」

                              *

 ソグラト管轄領外へ向け前方の荒野を縦断していく動体群の反応を、各種搭載センサー群と広域索敵態勢で稼動中のレーダーが捕捉する。
 娘が拉致されてからほぼ間を置かず追撃に入った事も一助となって、見事な引き際を持って撤退を試みる敵部隊の後方有効戦域内へ踏み込む事ができた。
 拡視界に捕捉した敵性動体を速やかに解析した戦術支援AIが、中性的なプログラムボイスを操って報告事項を述べる。
『敵性動体数、四機。いずれもAC兵器、中量級二脚機〝三〟、軽量級二脚機〝一〟の同規模編成です──』
 敵部隊が此方の増速接近へ対応すべく後退陣形を移行、背部に収容コンテナを積載したACを最前衛に残りの三機が後方へ扇状に展開し始めた。
 典型的な後退支援隊形──手堅く、確実に逃げ切るつもりか。
 積極的な攻勢を仕掛けてくる事は一切ない、相手の出方を瞬時に把握したシェルブは隊内回線を通じて指示を出した。
「彼我の戦力差は同等だ。最前衛から時計回りに、敵個体をレイダー1から4とする。目標は〝レイダー4〟が確保しているコンテナの奪還だ。流れ弾を当てないよう、注意してかかれ」
 ただの迫撃戦闘ならば問題ないが、今回は奪還すべき対象が此方にある。それは恐らく、コンテナを最優確保先目標として動く敵部隊も同様だろう。
 つまり、此方が主導権を掌握して動く限り、相手もそれに合わせて動いてくる事に直結している。
 制圧戦闘を行なうには戦域密度が高く、戦闘の際の何れかの呷りを受けて万が一の事態──コンテナが被弾するような末路だけは避けねばならない。
 奪還猶予は、敵部隊の領域外離脱まで──地域情勢を鑑みるならば、相対距離的にも然程時間は残されていないと考えた方が良い。
 如何に冷静に、繊細に、そして同時に大胆に動くかが重要だ。
「敵隊形の即時分断、各個撃破を図る──状況を見誤って遅れるなよ?」
『了解です──』
 横列追撃隊形の最右翼を進行中の軽量級二脚AC、〝ジルエリッタ〟に乗り込むシルヴィアが意気よく応える。それに続いてシェルブが自ら駆る機体〝ツエルブ〟の右側にフィクスブラウを併走させるシーアが、
『連続だが、中々楽しめそうだな』
 と、言う。
 本人が口にする通り先程の戦闘から時間は経ておらず、シーアの口調は冷静でこそあるものの、何処か高揚感に満ちている。シェルブが言及する前に、旗艦の管制室に残って通信支援を行なう専属オペレーターのエイミが、彼を嗜めた。
『シーア、ボスが言ってるのはあくまであの娘の奪還支援よ、わかっていて?』
 度の過ぎた息子の手を抓るような、母性をすら感じさせるエイミに対し、シーアはばつが悪そうに言い返す。
『わかってるって──』
 自陣に今の所、問題はないな──中央右寄りを最先鋒で疾駆する滄海色の中量級二脚機〝蒼竜騎〟の背中を見咎め、シェルブは冷淡に勤めた口調で問う。
「奪還猶予は然程ないぞ、ドラグーン」
『はい。何としても、イリヤを取り戻します──』
 心理的にこの状況を逼迫していると考える筈のマイが、最も冷静に勤めた態度で応える。しかし、その戦意は猛っている事だろう。
 そろそろ仕掛けるか──。
 シェルブは左腕部携行兵装──軽装型滑腔砲を注視し、操縦把付随のスイッチを数度押し込んで装填弾種を白燐発煙弾に切り替える。即座に砲口を跳ね上げ、四五〇メートル前方を移動中の敵部隊最後尾に向け発砲した。
 それを契機として自陣のAC機が各々に機動展開を開始、その様子を視界の隅で捉えながら自らもフットペダルを踏み込む。著しい前方増速による軽負荷が身体をパイロットシートに押し付ける中、自然燃焼から急速な収束へ移った白燐が広範囲にわたって乳白色の煙幕を展開する。
 強襲機動を取った蒼竜騎が突出して煙幕右側からの迂回を実行、後方は追従進路を取るフィクスブラウが安全射角を取った上で腕部武装の滑腔砲を用いて制圧射撃を撃ち込んだ。
 その隙に蒼竜騎が前方へ大きく食い込んだ直後、識別名称〝レイダー1〟と割り振った中量級二脚のAC機が煙幕を突き破る。即座に反転したフィクスブラウが蒼竜騎の後背を護り、交戦状態へと移行した。
 明確な戦術計画がなくとも柔軟に状況を展開した二人に感心しつつ、シェルブは自身の駆る重量級二脚機ツエルブを左側迂回路へ進行させていた。
 ツエルブの動体反応を捕捉していた〝レイダー2〟が、進行路を遮断すべく同様に煙幕の中から姿を現す。
 先行し、シェルブは仕掛ける。右腕部の重滑腔砲の砲口を跳ね上げ、APFSDS弾(離脱装弾筒付徹翼安定徹甲弾)を撃ち込む。多大な砲火が一瞬有視界に閃光を撒き散らし、外部情報を遮断する。
「ほう──、一兵卒とは違うようだな……」
 流石にミラージュ本社が送り込んできた精鋭部隊と言うだけはあるか、微細な機動増速を行なって此方の狙い済ました着弾地点を狂わした。大口径のAPFSDS弾が荒野の大地へ弾痕を穿ち、大量の乾燥した土砂が中空へ舞い上がる。
 シェルブは焦燥しない。何故ならば、自分が確信して行なった誘導軌道にレイダー2が過たず踏み込んだからである。レイダー2が踏み込んだ軌道上に、砲弾の再装填を済ませた左腕部軽装型滑腔砲より通常榴弾を撃ち込む。
黒々とした噴煙が上がり、胸部に重大な損傷を受けながらもなお戦闘機動を展開するレイダー2がその中から離脱を試みる。
『レイダー2、前胸部破損、冷却機構系統の機能低下を確認。有効打撃です──』
 攻撃の手は、一切緩めない。コンソールを叩いて火器管制システムの管轄対象を切り替え、背部ミサイルコンテナを展開、確定捕捉を済ませた小型地対地ミサイルを連続射出した。急加速した小型ミサイル群が燃焼ガスによる白線を引き、レイダー2へと殺到する。
 立て続けの攻撃に慌てて回避行動を取ったレイダー2が、大型推力機構のオーバード・ブーストを起動し、交戦圏からの一時離脱を図る。
 小型ミサイルの直撃を回避されはしたものの、それ以上の回避機動は不可能である事をシェルブは確信していた。事前に破壊した冷却気候系統の不全により、間もなくレイダー2はその機体機動の停止を余儀なくされる。
そして僅かに三秒後、不意に高速機動を停止したレイダー2がその無防備な後背部を曝した。
 其処へ撃ち込んだAPFSDS弾が胸部を無慈悲に貫通し、指揮系統を喪失したレイダー2の機体が、ずん、と大地に倒壊する。
「まずは一機──」
 精鋭部隊の一機を瞬く間に撃滅せしめてみせたシェルブではあったが、大した感慨や高揚感などはなく、戦闘収束までの一切が全て当人の予定調和の範疇に過ぎなかった。
 表現としてこれ以上ない陳腐さなのかもしれないが、赤子の手を捻ると言って良い程度のものだった。
 しかし、事態の推移に対してはそうも言っていられないだろう。
 支配企業の一角を担うミラージュ社、その本社直轄部隊が出向いて独立武装勢力を襲撃したのだ。
 この数日間の動向が全て監視されていたというのなら、我々の置かれている状況は傍目以上に致命的な爆弾を抱えているという事になりかねない。 
 荒野の風によって流れていく黒煙の裂け目に、膝関節を追って中座する識別目標レイダー1の機影を見咎める。その傍に、武装の幾つかを投棄して格納装備の光学発振装置を備えたフィクスブラウが立っていた。
『他に歯ごたえのある奴はいないのか──?』
「スコープアイ、此方ザックセル──始末が済んだのならレイダー4の追撃、及びマイの支援に向かうぞ」
『了解──』
 今は戦闘を全面的に収束させる事が、最優先案件である。

→Next…

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