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*⑥/ /第十話



 蓋を開けてみれば何から何まで事前情報と異なるとは、こういう事を言うらしい──。
 後退支援戦闘に当たって迎撃戦闘に転じた部下の二人ともが瞬く間に撃滅された状況下にあって、ウルフ・アッドは冷静に事態を捉えていた。
 本社情報部の連中が遣した詳細に依れば、独立系傭兵部隊〝サンドゲイル〟は比較的優秀なAC戦力を保有しているものの、独立勢力としては目立った所のない一勢力に過ぎないとの事だった。
 やはり、本社の情報部は信用ならんな──。
 先だって投入された先行戦力群──グレイヴ・メイカーという戦闘に際しては素人の域を出ない技術屋集団が壊走したのは当然の顛末だったとして、それは否定しない。
 同時に、その壊走が始まるまでの戦域映像が本社からの指示でデータリンク適用外とされていた事が、仇になったのもまた、否めない感があった。
 仮にも特殊部隊管轄軍の精鋭部隊を自負する我々の戦力の大半が、容易く撃破されたのだ。
 自身の脳裏を過ぎった可能性に対して、小さく口許を歪める。
 純粋戦力の数的差が産まれつつある現状にあって、ウルフは恐ろしく冷徹にあった。圧倒的不利な状況下での作戦などは、此れまでに嫌というほど経験してきている。
 その中で常に生き残ってきたという経歴とそこで得た鋭い経験則が、常に彼を冷静に足らしめていた。
 そして少なくとも、ウルフが相対する者──淡い桜色の塗装が施された軽量級ACとの戦闘を始めてから終始、彼自身にとって状況は優位に推移していた。
 偶然に僅かな意図を絡めて、ウルフはその機体を自らが相手をするべき敵性動体として選択した。今回の作戦を嘗ての原隊に口利きした張本人である同期のリヒト・マウザーが少々気に掛けていたのだ。
 敵AC機体に搭乗するパイロットの名は、シルヴィア・マッケンジー──。
 そのフルネームに、ウルフは以前から聞き覚えがあった。
 以前行なわれた本社外部指令一四四二号作戦──自身を出し抜いたウルフが受諾し、幾つかの友軍の犠牲を出しながらも遂行した作戦である。
後に垣間見た事後報告では、本社が必要としていた遺失技術資材の確保が作戦骨子だった。その作戦で起きた不測の事態に関与した人物の中に、シルヴィア・マッケンジーという若年レイヴンが名を連ねていたのである。
 そのレイヴンはフリーランスであった為に詳細を得る事も叶わず、事態の混乱に紛れて姿を消し、作戦の事後経過でも消息不明として扱われた。
 運の良いレイヴンもいたものだと、その時のウルフも軽く得心していたに過ぎなかった。
 しかし、運命は往々にして巡り合うものなのだな、とウルフは今回の作戦に際して考えた。
 その名を持つ当人と思しきレイヴンがサンドゲイルにいると、作戦の立案段階でリヒトはさも楽しそうに言ったのをよく覚えている。
 そのレイヴンが今、自分と戦火を交えている──運が良かったのかどうか、それも含めて単純な興味のあったウルフは戦闘を開始して数分、既に僅かな落胆を覚えてもいた。
「ふん、幼いものだな──」
 搭乗機、中量級二脚機〝ガト・モンテス〟は光学兵器類を搭載武装の軸とし、瞬間火力と戦闘継続力を高水準で実現している。非常に長い年月を共にしてきた事でウルフはその機体の特性を細部に渡るまで熟知していた。
 微細な機体制御で常に敵性動体を有視界に捕捉し続け、ウルフは両背部連装式武装の浮遊設置型光学兵器──イクシード・オービットを射出した。正確な反応を返した敵機は高出力の収束光を回避してみせる。小気味良い偏差機動を駆使してはいるが、次の攻撃への対応準備は非常に緩慢なものであった。
 此方の意図する様に戦域を右往左往する敵機へ向け、機体内蔵型の同種武装を展開、低出力の代わりに速射力を底上げした収束光を射線上に放つ。武装の仕様上、一次捕捉に限定される収束光が同時多角から殺到、見せかけは安定していた回避機動を途端に崩し始める。
 基本的な操作技術は優れている。絶対的な経験の浅さ故か、機体制御に於いて甘い点が散見できるが、同時に相当なセンスの良さも垣間見せてくれる。
 しかし、それでウルフの構築した優位な戦況を覆すのは、聊か困難な話である。
 それでも偏差機動を継続し、あくまで回避行動を続ける様子を余裕を保った姿勢で見ると、ウルフは今一度、背部イクシード・オービットを見舞う。
 前方広範囲から殺到させる光学攻撃に紛れ、ウルフは操縦把付随のトリガーを引く。右腕部携行兵装のレーザーライフルから確定捕捉を完結した収束光が大地を縦断し、敵機の側頭部複合装甲を焼却した。
 継続的な高火力攻撃を見舞う中、オープンチャンネルでの通信要請を戦術支援AIが受信する。
『貴方達、ルア・リーフェスを知っているか──っ?』
 状況の割りに、随分と余裕な様子だな──鼻で小さく笑い、気まぐれ程度にと応えてやった。
「知っていたとして、応える必要はない。我々の任務とは無関係だ──」
『なら、此処で貴方に用はない──!』
 敵機のレイヴンの声音は何処か中性的だが、気質の幼さを垣間見せる所があった。
 だが、威勢の良さだけは評価してやってもいいか──。
「ふ、前評判通りのレイヴンか──今時、珍しいものだ」
 ルア・リーフェス──確かに、知っている。
 本社外部指令一四四二号作戦で、リヒトが持ち帰った遺失技術資材の〝小娘〟の名だ。
 リヒト自身も確か、こう言っていた。
 戦場での玩具と小娘のまま事など、見ていて気分の良いものではない──。
 悪辣な気質のリヒトらしい言葉だった。
 そしてその小娘と相対するウルフは、彼の言った言葉の意図する所に同調している節があった。
「護りたい、奪い返したい、殺したい──生臭い感情を垂れ流す割には、大人しい立ち回りをするものだ……」
 若年であろうと幼かろうと、戦士として自らの志と共に戦場に在るのなら、その生き方に忠実であれ。
 出来ない者程早く死ぬ、その理はどの戦場であろうと大した差にはならない。
「貴様一人に時間は掛けられん──」
 ウルフは冷徹な殺意を湛えた。

 ルア・リーフェスを知っているか──。

 その問いに対する敵パイロットの応答は、耳を打つ内容としては到底満足の往くものでなかった。
 そもそも一瞬の感情の昂りをついて出てしまったような、一過性の言葉に過ぎないとシルヴィアが自身でよく分かっていた。
 戦術の一切を固定せず、多彩な戦闘機動を展開する敵機を前に翻弄される中、シルヴィアはその状況とは裏腹にコクピット内で確信を得ていた。
 奴は、ルアの事を知っている──。
 総合して中量級二脚構成のACは光学兵器群による洗練した手管を緩めず、搭載センサー群を駆使して尚、此方が知覚できない巧妙さを持って打撃を確実に与えてくる。
 一方的な防戦から瓦解する前にと、シルヴィアはフットペダルを一層細かく踏んで偏差機動を行なう。
光学兵器の弾幕を引き剥がした隙に、背部ミサイルコンテナへ火器管制システムを移行──反撃の糸口を掴む為に、牽制の意味合いを強く含んだマイクロミサイルを射出した。
 至近距離で吹き荒ぶ収束光の間隙を縫ってミサイルが飛翔を開始、それに紛れて右腕部に携えた長砲身の遠距離用滑腔砲からAPFSDS(離脱装弾筒付翼安定徹甲弾)弾を連射した。
 ジルエリッタの主兵装が最低限稼動できる間合いを取らなければ、この戦域ではそれは全く役に立たない。
 AC機の生命線である機動駆動系──膝関節部を狙ったAPFSDS弾は正確な射線を辿り、しかし、其処へ投入された浮遊設置型の光学兵器に阻まれた。光学兵器が爆発、四散して細かい残骸を周囲にばら撒く。
 そしてさらに光学兵器群が敵機体との間に割って入り、マイクロミサイルの弾頭を正面から誘爆させた。撃ち漏らしたミサイル群も敵機が備えるレーザーライフルによって正確に撃ち貫かれる。
 無駄な回避機動を一切含まない、非常に洗練された動作──。
 黒煙混じりの火球が渦巻く中で敵機体のカメラアイと一瞬視線が交錯し、直後、再び光学兵器群による収束光の嵐が殺到する。
 交戦する中量級二脚AC──それに乗り込む搭乗者が手加減をしている事にシルヴィアが気づいたのは、戦闘状態へ移行してから間もなくの事だった。一定以上の相対距離を保持して慎重に出方を視ていたつもりが、いつのまにか相手の意図に引きずり込まれていたのだ。
 多様な光学兵器群による同時攻撃は圧倒的で、しかもその戦術に無駄はない。烈火の如き激しい攻撃に搭乗機ジルエリッタが曝されてなお、その暫くを持ち堪えていたという事実が、相手が手を抜いているだろうという確信の一助となった。
 圧倒的な殺意を持っていることに変わりはない──しかし、何処か此方を値踏みするかのような視線の介在をシルヴィアは感じていた。そしてそれが、まるで自分の事を以前からある程度知っているかのような、そんな不快さを孕んでいたのである。
 それについて言外に咎める気はなかった。もし知られているというのなら、その見覚えがシルヴィアには密かに合るからだ。
 シルヴィアがその視線を許す事ができないのは、もっと根本的な部分に根ざした事実故である。
 自分がパイロットとして半人前どころか、まだ児戯に等しいなどという事は誰に指摘されなくともよく理解しているつもりだった。 
 戦場に臨む兵士として、最も致命的に欠落した部分──自分の両の眼で相手を見て、躊躇があろうと何だろうと、殺すと決めた相手を必ず殺す、その意識と覚悟がシルヴィアにはなかった。
 兵士として在ると決めながら、シルヴィアはその実、長い時間その覚悟を持つ事を恐れて生きてきた。
 自らの汚点である事は知っているし、それに対する恥かしみもある。
 だが、それをして尚、シルヴィアは絶対的にその汚点を否定してはいなかった。
 それがシルヴィアの戦士としての、一つの覚悟なのだ。それを敵は見誤り、自分を一人の戦士としてすら認めていない──シルヴィアはそう確信を得ていた。
 護りたいモノを護り抜くために必要な覚悟──即ち、自らの軍靴で何者かの命を踏み躙る事を未だに畏れているのだと。
 何処かで私が、それをしなくても生き残れるかもしれないなどと言う淡い希望を抱いているのだと。
 その浅ましい考えを、敵は見抜いている。
 しかし、シルヴィアは自分のその気構えを、決して否定しない。
 二流だろうと三流だろうと構わない。誰に甘すぎると罵られたって、構わない。
 自分がそうやって生きて、生き残って意思を貫いて、代償を呑んでも護りたいモノが私にはある。
 シルヴィアは心の中で一時、瞼を下ろす。そして次の瞬間には極限にまで研ぎ澄ました戦意を双眸に湛え、そして、咆哮した。
「僕は、こんな所で死ぬ訳にいかないんだ!」
 その苛烈な戦意が伝わったのかどうか、敵機はそれまで緩急をつけていた機体動作を止め、此れまでとは桁外れに鋭角的な戦闘機動へと移行する。
 既に生かしていたぶる価値がなくなったか、時間が惜しくなりでもしたのか定かでないが、その苛烈な攻撃を前にしては数分と持たないだろう事は明白だった。
 シルヴィアは白熱した意識の中で覚悟し、展開していた回避重視の偏差機動を最低限に留める。火器管制機構と搭載センサー群を最大稼動効率で運用、機体周囲に展開する光学兵器群を把握すると同時に、此れまで蓄積したイクシード・オービットの軌道情報をHMD画面に出力する。
 その中でも僅かな予測のぶれを敵機が行う為に、シルヴィアはその修正を手動──即ち自らの直感に掛けた。
 圧倒的な瞬間火力の収束光がジルエリッタの機体各部へ焦熱痕を穿ち、過剰損害による被害状況を戦術支援AIがけたたましく伝える。レッドアラートがコクピット内を反響する中、メインディスプレイの一点に集約した〝狙撃座標〟が導き出され、シルヴィアは全力でトリガーを引いた。
 APFSDS弾を四発斉射、一発目の砲弾が射線に重なった光学兵器群──二基の浮遊設置式子機と、その最後衛で機体に追従するEO機の計三基を纏めて貫通する。内部機構の爆発を招いたEOが後背部から衝撃を齎し、敵の戦闘機動を鈍らせる。
 そこを狙った三発の砲弾が、複合装甲非搭載の膝関節部と右腕部マニピュレータ、そして頭部を破壊した。
 機体制御を著しく低下させた敵機体レイダー3が荒野を削り、やがて噴煙の中でその機動を完全に停止した。
 極力絞った警戒推力で至近距離まで接近し、赤銅色の噴煙を挟んで主兵装の砲口を突きつける。
 荒野を走る陣風が噴煙をさらい、やがて大地に各坐したレイダー3の無残な姿が露になった。後背部は爆発したEOの影響で背部兵装のコンテナ群が損壊、他の部分も緊急制動の影響で負荷限界を超えた為か、醜くひしゃげていた。
 オープンチャンネルで再び通信要請を行うと、以外にもすんなりと回線が確立された。
 上がっていた呼気を整え、凛とした態度を保ってシルヴィアは宣言する。
「貴方の命までは取らない……」
『小娘が──その軍事的偽善が、貴様の答えか……』
 重々しい口調で毒づくパイロットに返答は返さず、しかし胸中で、シルヴィアは頷く。
 これが、私の戦争なのだと。
 シルヴィアは完全に継続戦闘力を失った敵機体を残し、既に先行した二機の後にジルエリッタを向かわせた。

 ふ、私も焼きが回っていたという事か──。
 あちこちから火花の散るコクピットの中で、ウルフ・アッドは自嘲した。
「仮に会う事があったら、これも予定調和だったと、貴様は抜かすのだろうな」
 古い戦友の後ろ姿を脳裏に浮かべ、コクピットの内壁に吊るしていたホルスターから自動拳銃を抜く。
 サンドゲイルと我々の衝突は、奴が──リヒト・マウザーが最初から望んで描いた未来だったのだ。
 そして、自分達が撃滅される事も恐らく、予定された可能性の範疇に含まれていた。
 踏み台にして上り詰めるつもりが、私はまたしてもあの男に一杯食わされたという事だ。
 邪魔立てしようとする者は、誰であろうと逃さない。
「そこまでして貴様は何処へ行くつもりだ、リヒト──」
 長年使い込んだ得物の遊底を引き、その銃身を一時見下ろした後、銃口を顎に押し付けた。
「貴様は、一人の〝鬼〟を戦場に解き放った。そいつがどう大きくなってゆくのか、俺は高みから見ていてやろう──」
 何の躊躇もなく、引き金を絞った。

 コンテナを積み込んだ軽量級二脚〝レイダー4〟は無駄な反攻をせず、素直に周辺戦域外への離脱を計っていた。相対距離にして一〇〇メートル以内、それは交戦距離として極至近であり、効果に程度はあれど必中を狙える距離である。しかし、マイは積極的な攻勢に出るのを躊躇していた。
「ダメだ、射撃精度が足りない──」
 吟味する間もなく出撃した経緯から、レイダー4を追撃する蒼竜騎の武装は中近距離戦闘用に調整されたままであった。現状を鑑みるならば、右腕部に携える短機関砲で敵機の機動力を奪う──即ち、関節部などの要所を攻撃するのが通例だろう。だが、それを実践するには余りにも、その兵装が状況として適応していなかった。
 もし、予定外の部位を攻撃してしまったら──?
 間違って関節部内のアクチュエータ機構へ致命的な損害を与えようものなら、レイダー4は推進安定を失って瞬く間に倒壊するだろう。
 その際に、背部のコンテナが巻き込まれては本末転倒も良い所だった。
 射撃精度に秀でた武装で、要所のみを確実に狙わねばならない。
 その最低要件が、蒼龍騎の持つ武装の何れにも決定的に不足していた。
 速やかな戦線離脱を計るレイダー4も既に状況を把握済みのようで、その後退機動には余裕すら垣間見える。マイが先程からできる事と言えば、短機関砲による牽制射撃を周囲に穿って進路を逸らさせ、僅かにでも時間を稼ぐ事だけだった。
 マイは僅かな焦燥が、脳裏で渦巻きはじめているのを自覚していた。
「じきに領域圏外だ──どうする?」
 閉鎖型自治区【ソグラト】を含む近隣自治帯は何れの統治勢力の管轄下にもない、いわば空白地帯である。その中をレイダー4は、最寄のミラージュ社管轄境界線に向けて進行中であった。此方が積極的な攻撃に出れるとしたら、それは敵機が境界線を割るまで。
 もしマイが領土侵犯を犯して越境すれば、それを正当な名目としての、事実上の武力粛清は免れ得ない。
 逆に空白地帯である近隣自治帯内で事を納めれば、この状況を静かに遣り遂せる可能性は非常に高かった。前後状況を鑑みるに、既にミラージュ社は相当数の実行部隊を派遣している。これ以上目立つ行動をすれば、空白地帯に隣接する他の統治勢力を刺激するのは火を見るよりも明らかだった。
 現在の機動速度を維持された場合、境界線を割るまでの所要時間は一〇分を切ると戦術支援AIは算出している。
 俺は、何も果たせないのか──?
 マイの脳裏を考えてはならない可能性が過ぎり、古い過去がその流れを後押しする。
 他の誰よりも幼く、何もかもを見捨てて命にすがった頃。
 誰もそれを咎めなかった。だが、自分はその腐敗しゆく心を許せなかった。
 故にマイは、自らに覚悟を課したのだ──。
「どうすれば──……」
 焦燥が口をついて出た時、第一種狭域索敵態勢で稼動中のレーダーに、友軍の識別信号が二つ、浮上する。後方から瞬く間に距離を詰めてきた動体反応──友軍機のツエルブとフィクスブラウが両側を突出し、その機影を有視界で直接確認した。
『ドラグーン、此方ザックセル──どういう状況だ?』
 素早くレイダー4の左舷前方へ迂回したACの搭乗者である親方のシェルブ──ザックセルが問う。
「蒼竜騎では狙い撃てない、射撃精度が不足しています……」
『なるほど──此方とフィクスブラウで挟撃を仕掛け、揺さ振りを掛けよう。出来るか、スコープアイ?』
『──問題ない』
 ツエルブの正対位置、右舷前方を併走中のフィクスブラウを駆るシーアが冷静に応答した。
 戦術支援AIが随時算出中の境界線までの限界時間は残り五分を切っている。この状況下で二機もの増援が間に合った意味は途方もなく大きい。
 前方の二機が揺さ振りを掛ける間に蒼龍騎で後方から接近、至近距離から要点を単撃する──状況として依然困難であることに変わりはないが、それが出来なければ状況の打開は見込めない。
 意思を固め、マイが強襲機動に掛かろうとした、その矢先だった。
 有視界に捕捉中のレイダー4が見せた変化を搭載センサー群が詳細に解析、戦術支援AIが羅列情報と合わせてプログラムボイスで報告する。
『──レイダー4、内蔵燃料電池の内部温度が上昇しています。機体各部温度も上昇、一部機構融解が始まっています』
 その事実報告に一瞬戸惑い、しかし直にマイは気づいた。
『マズいな。この野郎、自爆しやがるぞ──俺達の手に渡る位ならって奴か!』
 確立状態の共有回線を通じてスコープアイが毒づく。
 搭載センサー群が更新するレイダー4の機体状態が劇的に変化、ものの数秒で動力源部の内部温度は数百度に達した。
現存のAC兵器には燃料電池という代物が、主な動力源として通じて採用されている。
 機体内部の密閉状態から突沸した気化物が拡散爆発を起こすよう人為的に仕向ける事は、決して不可能ではない。
 不都合な事実を抹消する為や、単純な自決の為に度々こういった処置が施されているという事は、戦場では珍しくない話だ。だからこそ、マイは焦燥した。
 往々にして、その結末は周囲に甚大な被害を齎して収束する。
 シェルブが共有回線を通じて叫んだ。
『全員退避しろ、吹き飛ぶぞ!』
 その言葉に従ってフィクスブラウと、自ら発したツエルブが距離を保つ。しかし、マイは推力調節用のフットペダルを強く踏み込んだ。
 その様子を垣間見てザックセルが、
『馬鹿野郎、みすみす死ぬ気か!』
「すみません、行きます──」
 自らに教えを与えた親方ですら退く状況──それは致命的な状況以外の何者でもなく、マイが行なうその行動は既に、親方のそれからすらも遠くかけ離れた境地となっていた。
 自身がその事実を既に自覚し、だからこそ、マイは迷いなく蒼龍騎を駆って突進を仕掛ける。
 相対距離は五〇メートル弱──拡散爆発の発生まで想定一〇秒を切っている。
 間に合わないかもしれない。自分以外の誰も彼もが、現状を諦めているかもしれない。

 彼女──イリヤですらも。

 しかし、誰かの手を離す事を、マイは良しとしなかった。
 機体温度を上げながらも尚、境界線へ向けて疾走し続けるレイダー4を追う。
 その時、レーダー反応に友軍の別な識別信号が現れ、友軍識別コード・ジルエリッタが表示される。
 それと同時に、白燐の急激燃焼による赤い軌跡を引いたAPFSDS弾(離脱装弾筒付徹翼安定徹甲弾)が蒼竜騎の側面を走る。
後方距離は、遥か四三五〇メートル──遠距離攻撃用滑腔砲に於ける有効精密殺傷圏の間際という遠方から行なわれた狙撃が、レイダー4の後方噴射ノズルの片割れを吹き飛ばす。機動速度を途端に落としたレイダー4がよろめく。
 回線を通じて〝キャスパー〟の名を持つシルヴィアが叫んだ。
『行って、マイ──!』
「オーケー。流石だ、シルヴィ!」
 コンソールを叩き、左腕部以外の武装を全て強制投棄する。死荷重のそれらによる制約から解放されると同時に限界速度が跳ね上がり、マイは一層強くフットペダルを踏みつけた。
 極高速の強襲機動が身体を軋ませ、状態異常を察知したメディカルシステムが異常警報を発する。
 瞬く間に眼前のレイダー4へ肉薄、マイは知らぬ間に咆哮していた。
 背部搭載コンテナの接続部に狙いを定め、左腕部武装のレーザーブレード発振装置から現出させた刀身を振り払う。出撃前に換装処置が成された左腕は発振装置への出力供給を高効率で実現、それによって規格外の高熱量を帯びた刀身が鋭く、背部接続部分を焼き切った。
 落下を始める前にすかさず、右腕部のマニピュレータで人型大のコンテナを捕捉。強襲機動の残余推力から強制制動をかけて機体を反転させ、コンテナを抱え込んで蒼竜騎に耐久姿勢を取らせる。
 ──一拍後、耳を劈く爆発音と共に後方から衝撃が叩きつけた。
 緩衝機構ですら相殺しきれない衝撃が機体を覆い、警告文字がディスプレイ上を埋め尽くす。爆炎が有視界を長時間駆け巡る。
 容赦ない衝撃負荷に、マイは歯を食い縛って耐え続けた。
 暫くして漸く機体の震動が収束し、爆発の残響音が荒野の地平線に遠のいていく。
『機体磨耗率上昇──頭部中破、背部複合装甲消失──累計機体磨耗率、八四パーセントです。緊急冷却措置を最優先で実行、機体稼動再開までの所要時間は三分──』
 戦術支援AIの抑揚に乏しい音声報告が、静けさに満ちたコクピット内に響く。
「はあ──ふう……」
 大きく息を吐き、マイはヘルメットをコンソール脇に投げ置いた。強か打ち付けたような激痛が全身にあり、しかし、それを度外視してコンソールに指を伸ばす。
 戦術支援AIがその他報告事項を段階的に述べ、その過程でどうやら戦域周辺に敵性勢力の反応は全て消失した事を確認した。
 破損したカメラアイを介し、激しいノイズが走る有視界で蒼竜騎が右腕部に抱えるコンテナを見下ろす。表面部は余す事なく焼け焦げ、外からではどうにも内部の状況を判断できそうになかった。
 冷却処置の完了を待ってマイは、コンテナと機体双方に余計な負荷を掛けないよう注意を払いつつ、コンテナを地上へそっと下ろした。
 身体に鞭打ってパイロットシート脇の背嚢を背負い、開放したハッチからタラップを使って地上に降りる。
インカムに繋いだ共有回線に、有効殺傷圏外へ寸での所で離脱した友軍AC──ツエルブから通信が入った。
『マイ、大丈夫か──?』
「大丈夫です、親方……今からコンテナを開けます」
 鋼鉄の残骸、残り火や黒煙が周囲一帯に散在し、鉄屑の焦げる特有の臭気がマイの鼻を鈍くつく。
 焼け焦げたコンテナの前に立つと、マイは冷却用ゲルボンベで冷却措置を済ませてから解体工具を用い、一つ一つコンテナの部品を取り外していった。
 そして、施錠部の部品を取り外し、コンテナのハッチを両手と肩を使って持ち上げる。
「──大丈夫か、イリヤ?」
 薄暗い内部で、まるで初めて遭遇したいつかの時と同様に、彼女は目の前に横たわっていた。
 しかし、今の彼女は明確な意識を保ってマイの目の前にいた。
 イリヤが小さく口を開く。
「貴方は本当に馬鹿だわ、こんな私の為に……」
 相変わらず表情の薄い彼女と視線を重ね、マイは強張っていた表情を俄かに緩めた。
 上体を起こそうとする彼女の背中に腕を回し、手伝う。
 その時、視界に横合いから橙色の鋭い光源が差し込み、マイは眼を細めた。
 もう、そんな時間か──
 マイの手助けを得てコンテナから降りた彼女は、初めて立つかのように正しく大地を踏みしめ、荒野の果てに揺らぐ斜陽の光に身を浸す。
 傍に寄り添うマイは戦火の残り香が揺らめく荒野を見回し、最後に彼女の横顔を眼に収めた。
 戦陣の残り香を掻き消すかのように、荒野の風が吹き抜ける。
 瞑っていた眼を彼女が開いた時、目許に溢れていた涙がその風に包まれて舞った。
 斜陽の光を孕んだ大粒の雫が結晶のように煌めき、深い橙色の荒野の何処かへと貰われてゆく。
 イリヤは、口許に淡い微笑みを湛えた。
「ありがとう。でも、今はそれが嬉しい──」

 第九話 終

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