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*④


 干上がり罅割れた荒野。地平線から視線を覗かせる夕日にその身を焼かれ、赤銅色に染めあげられている。
 数多ある自然の造形美の内にて、無機なる物は唯一つだ。それは地平線まで続いている錯覚させるほどに長大な灰色の道路である。片側の車線を一際大きな輸送車両が移動している。
 機動兵器――アーマード・コアを運送することを主とする専用の大型輸送車両。その搭乗席に座しているのは、二人の男性と一人の女性である。
整備士を髣髴とさせる装いの若人の名はシーア・ヘルゼン。前者よりもやや年上と思わしき男性の名はキース・ウォルナント。そして――童書の中より現れたとさえ思える、妖しい美しさを添えた少女――イリヤである。
 ソグラト付近での一件から、事を終えた三人は、ターミナル・スフィアが存在する完全循環型都市――エデンⅣへと向かっていた、現在はその道中にある。
 三人が搭乗する車両は、ACの運搬を主とする輸送車両だ。大重量の機動兵器たるアーマード・コアを運送することが出来る輸送車両だとは言え、その移動速度は決して速いほうではない。
また燃料の補給、そして後顧の憂いを取り除くという意味でも、積載するアーマード・コア――フィクスブラウの弾薬の補給などは必須であった。このため、道中の小都市にて停泊することもまた必要な事柄であった。
それ故にソグラト周辺から旅立って一週間以上が経過してもなお、三人は目的地であるエデンⅣには未だ到着できないでいた。
 シーアは地平線を見据える。
高くに昇っていた太陽は下り始めており、夕刻を示しつつある。情報端末の周辺地域情報からすれば、目的地であるエデンⅣ付近まで差し迫っている。
マッピング情報の隅に表示された直線距離と車両の移動速度から参照するに、シーアは今夜中にも到着するであろうと推測する。
「お――見えてきたな」
 地平線の彼方から盛り上がり始める、半球形状の建造物。距離が遠いためか、建造物として桁違いとも言える大きさを感じ取ることはできない。完全循環型都市――エデン。シーア含め、三人はその四番目の巨大都市を見咎める。
 何の前触れもなく、小型携帯端末が鳴り響く。車内の青年――シーア・ヘルゼンは自身の携帯端末を取り出し、受信を選択する。ディスプレイに表示されたのは自身が所属するリヴァルディだ
 通信回線を確立すると、ディスプレイに見知った顔が表示される。極東生まれ特有の妖しさ含む黒髪が目を惹く女性が映し出される。
エイミ・ツザキ。サンドゲイルの通信士であると同時に、シーアにとってかけがえのない人物である。
ディスプレイ上に表示されたエイミの表情には、僅かばかりの憂いが垣間見える、
『シーア……』
「どうしたんだエイミ。何かあったのか?」
『うん。あのね……』
「あぁ――」
 エイミが一度視線をはずし、何か思案するかのような表情へと変化する。シーアは彼女の想いをその表情から推察できないでいた。故に待ち続ける。
 そうして幾多の迷いを超えたのか、エイミは一つの言葉を紡ぐ。
『……ごめん、なんでもない』
「なんだそれ。何かあったんだろ?」
『うん。そうなんだけどね……』
 シーアは急かすことなく、静かに待ち続ける。
 急いては事を仕損じる――とは、エイミに教えられた東洋の諺だったか。今、それを実行することが正しいのかはわからない。だがエイミが何を伝えたいのかがわからない以上、こうして言葉を紡いでくれるのを待つ他はない。 
『シーア。もし――もしだよ? 仲間と戦うことになったら、どうする?』
「どうするってお前……」
 シーアは予想だにしないエイミの言葉を受け、言いよどむ。エイミの言う「仲間と戦うことになったらどうするか」などと言う仮定を問われたところで、そのようなありえもしないようなことを即座に答えることはできない。
『うん。だからもしも、だよ?』
「――俺は」
 シーアは視界を閉じ、思案する。今の仲間を――サンドゲイルの面々の姿を脳裏に思い浮かべ、戦場で対峙した際の光景を想像する。
 その場合に己が選択すべき行動は――。
「俺なら――例え仲間であっても討つ。そいつが敵対しようとしているなら、そいつも覚悟の上だろ? なら問答は無駄だ。意見が食い違う以上、押し通す他ないな」
『うん。そうだよね……』
 その答えにエイミの声が沈む。それはつまり――。
「まさか――」
『ううん。なんでもない。それじゃ――』
 通信が半ば一方的に切られる。シーアはエイミの言葉、その意味を片隅で考察する。
車両内に生まれる沈黙。反して車両は目的地への走破に従事する。地平線から覗くエデン。距離が近くなったことで、その姿が先ほどよりやや大きく感じる。
「天蓋が割れてる……?」
 完全防護を謳うエデンの外壁が破壊されているという驚愕の事実。リヴァルディより出発する際に得た、エデンⅣの音信不通に関係することか。
 次いで、輸送車両の搭乗席に影が舞い下りる。遅れて轟いたのは航空機の機関音だ。
「輸送機にしちゃ随分低い場所を飛んでるな」
 キースが訝しげに言葉を吐く。こちらが搭乗する輸送車両よりも遥か先へと進む輸送機。
エデンへと向かうように思えた輸送車両が、その速度を減じる。後部ハッチがゆっくりと開放され、その先に機動兵器の装甲と強く意思を灯すカメラアイが僅かに見える。
 一歩進んだ機動兵器が輸送機から降下する。陽光を浴び、その蒼暗色の鎧袖が晒される。
 機動兵器の見知った外見を捉えたシーアは、苦々しい言葉を吐露する。
「――あの馬鹿……」
 降下する蒼暗色の機動兵器。その外貌、惑うことなき――蒼竜騎。サンドゲイルに所属するレイヴン、マイ・アーヴァンクが所持するACである。
『もしだよ? 仲間と戦うことになったら、どうする?』
 シーアはエイミの言葉と目の前の立ち塞がる機動兵器、その二つの事柄を結びつけ、合点する。
 蒼竜騎は広大な荒野に対し逆噴射を行い、静謐に着地する。立ち塞がる機動兵器を見咎め、キースは輸送車両を緊急停止させる。
 シーアは即座に後部へと移動し、フィクスブラウに搭乗する。手早くフィクスブラウの戦闘システムを起動させ、立ち上がる。蒼暗色の竜騎兵と相対するフィクスブラウ。
『……イリヤを渡してもらおう、スコープ・アイ』
 通信機越しに聞こえる声は、惑うことなくマイのものだ。その声音は些か固い。
「――はいそうですか、というわけにいかないのはわかってるよな?」
『あぁ』
「ということは、俺と戦うことになるわけだ」
『……あぁ』
「覚悟の上なんだな?」
『――――あぁ』
「そうか、ならいい。互いにレイヴンだ。是非を問うまでもない」
『助かる』
 赤銅褐色の大地、その内に静寂が浸されていく。静けさはさながら豪嵐を前にした暗雲の如く、彼らは等しく整然と立ち並んでいる。
 一つ、二つ。あるいは一重、二重か。もたらされる一瞬とは滴る雫であり、積み重ねることでそれは黄金の大河となる。それこそが時の流れであると、人は認識する。
 だが、この場にて時を刻む雫を知覚できるものは一切存在しない。変異のない風景とは、すなわち現在軸から見てその前後、それらの違いを検証・照合するだけの情報がないことを意味する。
 開幕を示すものは未だ非ず。舞台は今なお、その姿を変えることなき夕凪の如く。時は須らく留まり続ける。
 その光景の中にて、否を唱えようと一つの影が舞い降りる。夕映えを受けてもなお、明瞭さを発揮しない黒衣の羽翼を持つ鴉。彼は荒々しい岩山の頂上へと着陸する。
 鴉の毛並みはこの幅広い荒野の中にありて、唯一の黒点である。異質といっても過言ではないだろう。鴉はこの場に満ちる緊張感に頓着することなく周囲を世話しなく見渡す。
 二機の巨人から放たれる戦意が渦となる空間。その渦中にあり、己が場違いであることを認識したのだろう。黒衣の毛並みを持つ鴉が翼を大きく広げる。奇しくも、それは闘争の開幕の予兆へと変異する。
 相対する二機の機動兵器、その脚が僅かに沈む。それに呼応するかのよう、一羽の鴉もまた邪なる大地から汚れなき大空へと飛び立とうと、その小さな身体に膂力を込める。
 黒闇色の両翼が大きく広がる。力強く羽ばたく。鴉は赤銅の大地を飛び立つ。
 闘争が幕を開けた。


 -Carpe viam et susceptum perfice munus.(引き受けた己が責務を果たすため、足早に駆け抜けよう)-


 風すら受け流す流麗な鎧袖は、朝焼けの夜空の如き暗蒼。疾走する姿はさながら飢えた餓狼の類か。褐色の荒野を足早に駆け抜ける疾風すら置き去りにし、追い縋ろうとする陣風さえ遥か彼方へと追いやる。景色に留まることすら否と定理する。
 痩身の機動兵器の名は――フィクスブラウ。搭乗者は真紅の片眼の持ち主、スコープ・アイ――シーア・ヘルゼン。
 フィクスブラウは、その外見に限れば既存のアーマード・コアと同様のものであり、そこに大きな相違点は見受けられない。だがその内部に敷き詰められた駆動を司る各種機関は、常軌を遥かに超越したものを備えている。
 従来とは隔絶した出力を持つジェネレータは、膨大な熱量を代償に大量の血流の生成を可能とする。これによって生まれた熱量は、その鋼鉄の身さえ、溶かし焦がすほどの域にある。故に蒼身の機動兵器が備える冷却機関は常に急速冷却を強いられることとなる。
 それは常にして臨界であり、臨界とは常を意味する。そしてその要因がもたらす結果とは、従来の推進機関が持つ限界機能の突破という現象を、この現実の世界にて具現する。すなわち――。
 マイは自身の視界の内側にフィクスブラウの姿を捉える。明確にその姿を捉え、FCSが補足を開始するも、一拍子の間を置いて対象を失う。視界の内側に駆け走るフィクスブラウは、その僅かな間を利用して視界から掻き消える。視覚に焼きついた蒼い装甲だけが、先ほどまでそこに、痩身の機動兵器がいたことを示している。
 マイは瞬時に反応し、索敵装置に視線を送る。しかし、その視線の走査に割り込むように、搭乗席に照準を受けたことを示す警告音が鳴り響く。それが意味することを悟ったマイは、即座に肩部拡張兵装である補助推進装置――「E08BM-REMORA」を作動。緊急回避を試みる。
 肩部拡張兵装のマルチブースタが蒼竜騎を前方へと運び出す。僅かに遅れて着弾した榴弾は、先ほどまで蒼竜騎がいた箇所を穿った。粉塵と爆発の双生児が産み落とされ、互いが互いを交差し、天へと舞い上がる。
 穿たれた砂茶色の荒野。励起された結果から汲み取れるのは、三つの意味と意思である。
 一つは、フィクスブラウの機動力は、蒼竜騎の機動性能では到底追いつけるようなものではないということである。機動力と視覚で捉えるのが容易ではないのならば、その場合は機械的な知覚能力――すなわちセンサー・レーダーの類による補足・索敵に頼る他はないだろう。
 だが、ここで二つ目の問題が生じる。よもや機械的な知覚能力でさえ、フィクスブラウを追上出来るものではないということである。それも道理か。フィクスブラウが常軌を逸脱している以上、もはや一般的な索敵機能で追うことが出来ないのは明白であると言えるだろう。
 そして第三の要素。それはその一撃に込められた意思だ。シーア・ヘルゼンは、情けを持ち込まず、ましてや加減すらすることなく、苛烈な一撃を見舞った。それは敵対するならば打ち倒す――というシーアの明確な意思を示している。
 ――ダメだ……。レーダーを見ている暇もない……!
 マイは内心にて、目の前の状況に対する苦言を吐露する。
 マイは蒼竜騎に対し、フィクスブラウと交戦することを前提とした調整を行っていた。より言えば、機体構成を対AC戦闘――より言えばフィクスブラウという規格外のACと交戦することを前提としたアセンブリを施していた。
 機動力という面においては、そもそも通常のACでしかない蒼竜騎と、通常のACという枠組みを踏み越えたフィクスブラウとでは地盤が異なる。このため、この点において追いすがろうとするのは自殺に等しい行為である。
 故に対抗するならば他方面による速度の概念が必要となる。そのための補助推進装置であり、肩部レーダー装置の積載である。
 蒼竜騎の肩部には現在、肩部専用のレーダー装置が備え付けられている。肩部という戦略的に大きなウェイトを占めるハードポイントを一つ潰すことになるため、それなりのリスクは生じる。しかし、それ故に頭部パーツに標準装備されているレーダー機能よりも、遥かに優れた索敵機能と各種機能を備えている。
 だがその優良な機能も、搭乗者がその情報を取得できなければ一切の意味をなさない。フィクスブラウの機動性は従来のACとは隔絶した域に達しており、そして乗り手であるシーア・ヘルゼンの判断もまた、人の枠組みを超えるものだ。
 故に現状では後手――のさらに後手。明確な致命打を受けてはいないものの、装甲を打ち据える熱量や金属片は、確実に蒼竜騎の耐久力を削いでいる。
 マイは心中に座する泉、その水面が揺らいでいるのを知覚する。それが意味するのは動揺だ。
 フィクスブラウと主観で対峙して、初めて肌で感じる脅威。味方であれば心強いはずの痩身の機動兵器は今、目の前で己と対峙している。相対することで感じられる恐怖。
 心中の動揺が体中を侵蝕しようとするのを、無理やりに押さえ込む。戦う意思を飲み込もうとする濁流に対し拳を打ちつけ、そのうねりに頑なに抗う。
 マイは決死の思いで蒼竜騎を操る。死力を駆使したフェイントはあっさりと見破られ、機転を狙った攻撃が空を切る。にも関わらず、フィクスブラウは精密機械の如き攻撃を続けている。
 彼我の距離は、常に一定の間隔が敷かれている。すなわち間合いだ。フィクスブラウが得意とする射程距離が、常に維持し続けられていた。
 幾多の読み合いと撃ち合いを乗り越え、一角の静寂が置かれる。マイはフィクスブラウから視線をはずすことなく、緊張感を保ちながらも、リヴァルディの格納庫で交わした会話を思い起こす。
『詳細は知りえないが――傍目から見てのフィクスブラウの特徴はその機動力にあるだろう』
 言葉を発したのはアハトだ。
『だが、運動というのは必ず何かを代償にして行うものだ。これは人であろうと、機械であろうと変わりはしない。何の代償もなしに桁違いの運動性を実現するなどというのは不可能だ。機動力の要となるのは推進装置。ならば――』
『ブースタ……いやもっと言えばジェネレータか?』
『そうなるだろうな。外見上、フィクスブラウはそれほど軽量ではない。ならばあの桁違いの機動力は、ブースタによる純粋な推進力であると見ていいだろう。爆発的な運動性、その代償となるのはジェネレータか。あるいはラジエータも一役買っているかもしれんが……』
 推進装置は主機から生まれたエネルギーを喰らう。そうして主機、あるいは肉体をも焦がすほどの熱量を、ラジエータが補う。その無茶を実現するということは、機関の臨界状態を常に保っているようなものである。その危うい均衡を、奇跡的なバランスで保っているのだろう。
 ならばそこに何かしら外的要因を与えれば、その危うい均衡は崩れるはずである。
 マイはアハトとの会話を再度咀嚼。実際の戦闘から得られたフィクスブラウの性能を掌握し、実現できる戦術の再整理を行う。
 蒼竜騎の武装はクレスト社製短機関銃「CR-WR69M」、同じくクレスト社製のレーザーブレード「CR-WL88LB3」、中型サイズのロケット砲「CR-WB82RP3」。そして――。
 マイは格納ベイに積載された兵装を意識する。此度、ショーンとアハトから託された四つ目の武装が、そこには格納されている。
 蒼竜騎とフィクスブラウ、そして自身とシーアの戦力差を考えるならば、通常通りの戦闘をこなしているだけでは、敗北は必定だろう。従来のような戦い方では、一度のチャンスさえ、目にすることは出来ない。
 ならば、そのチャンスは自らが生み出さねばならない。だがそれすら、生成できて一度が限度だろう。機会を生成することすら、決死の代償を伴うもの。ましてやそれを手にし、勝利に結びつけるのはさらなる困難が待ち受けている。
 実現できるかどうかもわからず、成功したところで実を結ぶかどうかすら、予測はつかない。だが――。
 ――そう、一度でいいんだ。一度のチャンスを手繰り寄せれば、それで……。
 マイは静止する砂茶色の視界の中で、ただ一つの戦法を脳裏に描く。実像を帯びていくその景色、実現できる勝利の姿を明確にする。
 色彩すら帯びたその光景を是とし、マイはブースタペダルを一気に踏み込んだ。

     *

 蒼暗色の竜騎兵――蒼竜騎と対峙するのは、赤い瞳の暗殺者と謡われる男――シーア・ヘルゼンである。
 静止した視界の内側は、蒼穹の空と荒れ果てた地で塗り別けられている。大空は輝く太陽を抱き、そして大地は一つの機動兵器を載せている。吹き抜ける砂風だけが、辛苦の決闘に興じている。
 数度の撃ち合いを乗り越えたシーアは、彼我の戦力差について考察する。
 現状において、両者の実力には機体、搭乗者の両方において隔絶したものがあるのは明白だ。これは驕りなどではなく、極々客観的に推察した上で求められる定理である。
 さりとて、マイがそのことを知らぬはずもない。こうして決闘するということを想定している以上、この戦力差を看過するはずはない。
 その意志は蒼竜騎の機体構成からも推察できる。此度の蒼竜騎の機体構成は、対AC戦闘――取り分けフィクスブラウと相対することを前提としている。入念な機体調整を行っているであろうことは、容易に予想できる。
 だが、それでも足りない。蒼竜騎があくまで通常のACに過ぎない以上、従来の機動兵器の枠組みを半歩踏み越えるアーマード・コア――フィクスブラウと対峙するには、まだ不足している。
 ――こうなるのはわかっていたはずだ。
 だがこうしてマイが戦いを挑んできたというのなら、この戦力差を理解した上で挑んできたということだ。策無くして勝利はない。ならばマイが何かしらの秘策を備えているのは間違いないだろう。それが何であるかは、現状では推して図ることは出来ない。
 フィクスブラウに対し、蒼竜騎が正面から挑んだのでは敗北は必須。これは理論上、勝利することが不可能であるということである。
 その求められた定理を覆すとすれば、それは戦法という要素でしかない。機体と搭乗者に差があるのならば、戦術という概念で凌駕するしかないだろう。
 さりとて、既に強襲や奇襲の類を行える状況はとうの昔に過ぎ去っている。正面から相対したこの状況にて、奇襲・強襲の類を行ったところで、自身はその挙動を見逃しはしない。
 ――何を考えてやがる……?
 対峙する蒼竜騎は満身創痍ではないものの、多くの損傷が加えられている。だがその立ち姿にはまだ、強い意志を感じさせる。
 降伏や諦めの挙動は一切感じられない。先ほどの戦闘で浮き彫りとなった明確な戦力差。マイはこの事実を突きつけられても、なお理解できぬ蒙昧ではない。ならば、この戦力差を踏まえた上で、フィクスブラウに勝利する算段があるということなのか。
 ――逆の立場なら……。蒼竜騎がフィクスブラウを攻略するには、接近戦しかない。だが蒼竜騎の機動力では……。
 アウトレンジからほぼ一方的な射撃攻撃に晒される以上、この場合、蒼竜騎はフィクスブラウに対して速度で上回らなければならない。
 戦闘における間合いという概念は、思いのほか戦闘を大きく左右するものだ。有史以来、武器という存在の優劣は、その武器が持つ間合いの広さによって淘汰されてきた。
 徒手よりも刀剣であり、刀剣よりも槍が勝る。槍すら勝るのは弓であり、弓を優ったのは火砲である。間合いという概念は長くの間、戦場を王者のように支配してきた。だがその間合いの広さが常に戦闘で有利となったのかと問われれば、それは否であろう。
 弓を打ち破るのは機動力に勝る騎兵であった。つまり、広き間合いを持つ相手に対して有効なのは、高い機動力を持ってして間合いを詰めることにある。そして広い間合いを持つ兵士としては、須らく機動力に欠け、その武器の装填に時間を要するものだからである。
 蒼竜騎がフィクスブラウに対し間合いで劣る以上、この場合、機動力によって勝る他はない。しかし、機動力の面においても、蒼竜騎はフィクスブラウに大きく劣るのである。
 シーアは痩身の機動兵器――フィクスブラウを操舵する。引き金を絞り、ライフルとスナイパーライフルの弾幕を繰り出す。
 蒼竜騎のベースは中量二脚型である。取り分け、実弾兵装に対して高い抵抗力を備えたパーツを多く採用している。ライフル程度の運動エネルギーでは、それほど大きな損傷とはならない。この程度の運動量の弾丸が直接的なダメージとなり、機体機能を完全停止させることは滅多にあることではない。
 だが、ダメージとは蓄積するものである。損傷とは結晶構造の欠陥であり、それは対象の素材が持つ強度を大きく損なわせる。
 積み重ねられた損傷、機体装甲に埋め込まれた数多の欠陥。彼らは大きな運動量を持つ物体を撃ち込まれた時、初めてその牙を向く。堅固な装甲を一斉に食い破るのである。
 シーアは蒼竜騎の高い実弾防御能力を備えているのを把握していた。牽制のライフル程度では致命傷にならないことも、心得ている。故にライフルによって表装甲を削ぎ、そして然るべきタイミングにて榴弾砲――グレネードランチャーを打ち込むという算段を心の内に打ち立てる。
 ――さぁどうする、ドラグーン。このままじゃジリ貧だぜ。
 求められた絶対敗北の定理、それを覆せるか、否か。あらゆる好機を結びつけ、最大の好機を生み出し、唯一つの勝利を手にすることが出来るか。
 あるいはやはり不可能であると、無様に地に伏せることになるのか。
 シーアは自分ですら知るところなく、笑みをこぼした。

     *

 明確に時の経過を知覚できたとて、その程度が如何程なのかを掌握することは叶わず。僅かな時間しか過ぎていないようにも思え、悠久の時間を過したようにも思える。
 マイは蒼竜騎の損傷状況を走査する。現状、蒼竜騎には多くの損傷が生まれているものの、それでも機能停止を誘発させるようなものは未だない。だがフィクスブラウから与えられたダメージ、その蓄積度合いは決して看過できるものではない。
 脚部の状態は一次破壊。これによりACが持つ機動力の大半が低下した状態となっている。それでも安定した稼動を続けるのは、クレスト社が持つ質実剛健なパーツ設計にあるのだろう。
 頭部も同じく一次破壊。制動能力はやや失われはいるが、副次機能が働いているため大事はない。レーダー機能は肩部の「WB10R-SIREN2」によって補われているため、これもまた大きな問題とはならない。
 内装の走査――。ジェネレータ出力はやや不安定。エネルギーの変換における抵抗が増えたのか、ジェネレータの駆動させた際に生じる熱量が、通常時よりも一六%ほど上昇している。これにより、ラジエータは通常時よりも稼動率を上昇させている。
 結果として全体のエネルギー容量は圧迫された状態にある。
 武装の走査――。短機関銃の弾数は半分を切っている。反してロケット弾の総数は心許ない。左腕部のレーザーブレードは正常稼動中。
 痩身の機動兵器――フィクスブラウが再び苛烈に華麗に動き出す。槍先の如く迫る弾丸の連撃の間隙を縫うように機体を進め、しかし避けきれない弾丸が蒼竜騎の身を削っている。
 ――焦るな……。冷静さを失うな。まだ勝負は決まっちゃいない……!
 マイは蒼竜騎を懸命に操る。そうして幾多も身を震わせる死線を乗り越え、蒼竜騎の頑強な装甲を頼りに間合いを詰めることに従事する。
 ――保ってくれ、相棒……!
 マイは切なる願いを、乗機である蒼竜騎に投げかける。
 共に戦場を駆け抜けた唯一無二の相棒。自分は彼に全幅の信頼を寄せている。だが彼が自身を信頼してくれているかどうかはわからない。だが――。
 ――少しでいい、俺に力を貸してくれ。俺はそれに応えてみせるから!
 マイはフィクスブラウが、その左腕部に持つライフル「WH01R-GAST」の銃口が下がるのを見咎める。
 ――リロード。
 マイはその刹那を見咎め、蒼竜騎に急加速を促す。拡張兵装――「E08BM-REMORA」を点火。蒼竜騎が急浮上し、大空へとその身を投げ出す。
 フィクスブラウは再装填を開始したライフルを下げ、反して肩部兵装が稼動を開始。超小型誘導弾――俗に言うマイクロミサイルの群れが発射される。
 鶴翼を連想させる軌道を描き、立ち塞がる砂塵を渦状に切り裂きながら差し迫る。
 マイクロミサイル――。その名のとおり、一般的に装備される誘導弾よりもさらに一回り小型なミサイル総称である。小型故に、積載されている弾数は多い。しかし、弾頭そのものが小型であるため、標準的な誘導弾よりも威力・航続距離・誘導性能に劣るという欠点を持つ。
 臆することはない。マイクロミサイル程度の誘導性能ならば、掠める程度に留まるだろう。
 広がるマイクロのミサイルの群れ、それらが収束するよりも一歩速く踏み込み、死地が形成されるよりもなお速く、矢先のように鋭く駆け抜ける。
 周囲を過ぎ去っていく誘導弾の群れ。視界の内には白煙だけが残されている。蒼竜騎は奇跡的にも一切の被弾なく、間合いを詰めることに成功する。
 死地を乗り越え、白煙の奥に立つは痩身の機動兵器――フィクスブラウの姿。
 ――引くか? それとも押すか!?
 苛烈な踏み込みを行うのを前に、シーアのフィクスブラウは迎え撃つことを選択した。それが英断なのか、あるいはこちらに対する情けなのかは推察することはできない。しかし、その判断がどちらであっても、その行動がマイにとって好機であることは揺るがない。
 彼我の距離が瞬間、二倍の速度で縮退する。フィクスブラウの腰部分が捻られ、次いで左腕部が胴体に引き込まれる。左腕部に供えられた兵装はレーザーブレード――「CR-WL88LB3」。
 極短い刀身ながら、高密度の光刃を形成する近接兵装。蒼竜騎と同じレーザーブレードである。
 フィクスブラウの左腕部から、光の刀剣が形成される。捻られた腰が解放され、光の刃がなぎ払われる。
 マイはこの瞬間こそが好機であると判断する。目を見開く。拡張兵装――「E08BM-REMORA」を起動。補助ブースタによって蒼竜騎が急加速を行う。
 刹那の瞬間に生まれた加速度の壁が、肉体を痛烈に圧迫する。圧力はこみ上げる吐き気すら押しつぶしている。
 踏み込みは光の発振よりは明確に遅く、しかしその腕が振るわれるより確実に早い。フィクスブラウのすぐ傍を過ぎ去る。蒼竜騎はフィクスブラウの、その真後ろへと着地する。
 マイは蒼竜騎に対して急速旋回を指示。背後にいるであろうフィクスブラウに対し、向き直ると同時に左腕部のレーザーブレードを展開する。
 蒼竜騎とフィクスブラウ。お互いがお互い、背後にいる存在にし対し、同時に向き直る。
 ――ブレード展開後でも、この旋回速度か……。けど――!
 先手を繰り出したのは痩身の機動兵器――フィクスブラウ。その行動の速さはシーア・ヘルゼンの惑うことのない即断を示し、その即応に対応してのけるフィクスブラウの底の深さも同時に示している。
 先んじで放たれた自動小銃の弾丸によって、蒼竜騎の頭部が打ち抜かれる。致命的な損傷により、搭乗席内に警告が鳴り響く。看過。
 一切と合切、目の前で起きた結果に頓着することなく、レーザーブレード――「CR-WL88LB3」を突き出す。
 だが、決死の覚悟で繰り出した突きよりも一歩早く、フィクスブラウのブレードが弧を結ぶ。蒼竜騎の左腕部は光の刃によって溶断され、繋ぎを絶たれた腕部が落下を開始。
 ――ここだ……!
 マイは切断された左腕部が荒野に落下するよりも早く、蒼竜騎に次なる行動の展開を促す。右腕部の短機関銃を投棄すると同時に、格納ベイから武装を取り出す。
 格納ベイから取り出されたのはレーザーブレードだ。形式番号は――CR-WL06LB4。本来ならば武装の切り替え時には僅かばかりではあるが、隙を生む。
 その隙がこの場に具現しないのは、整備士の技術の賜物だ。
『俺からの選別だ。精々気張れや』
 既に臨戦状態にあった格納兵装がコンマ数秒で本体との接続を追え、光を発振する。瞬時に長く、青白く輝く刀身を形成する。
 マイはフィクスブラウのコア部を見据え、レーザーブレードを走らせる。
「届けぇぇーーーーッ!」
 差し迫る美麗な蒼き刀身の刃。今この瞬間にて、フィクスブラウが起動できる武装は非ず。間合いは既に極近距離であり、回避することもまた叶わず。故に光刃は痩身の機動兵器を別つ。
 フィクスブラの右腕部が稼動し、光の刃が突き進むべく軌道に対し、割り込みをかける。蒼竜騎のレーザーブレードは当然の如く、その右腕部を溶断しながら侵攻する。だが、割り込まれた質量体の存在によって、その進軍速度は明確に減退。
 その僅かに減退した進軍速度。そこから生まれた僅かな時間を用いて、フィクスブラウは後退する。
 フィクスブラウの右腕部を両断しきったレーザーブレード――CR-WL06LB4は、次いでフィクスブラウのコア部へ差し迫る。しかし、フィクスブラウが僅かに後退したことにより、追いつくことは叶わず。
 光の刀身はフィクスブラウのコア部を表面の塗装を溶かし、表装甲を焼き切り――しかし、そこまでに留まる。
 奇を狙って繰り出した刃が、空を走り抜ける。痩身の機動兵器の肩部の砲身が稼動を開始。
 ――あ。
 フィクスブラウの肩部に備え付けられた榴弾砲――CR-WB78GLの砲身が向けられている。砲口の奥、暗闇に見つめられる。
 一瞬の自失の後、機体に痛烈な衝撃が走る。その一撃によって蒼竜騎が自動姿勢制御機能さえも失い、地へと倒れこむ。
 搭乗席内に警報が鳴り響く。コンソールになだれ込んでいるのは、多数の被害状況と幾多のエラー。そしてそれを覆い隠すほど大きく表示された脱出要請の文字。
 ノイズ交じりのモニターの奥、隻腕となった機械仕掛けの巨人が見下ろしている。残された左腕部が自動小銃を突きつけている。
『終わりだ、マイ』
 通信機器でさえ充分に機能していないにも関わらず、その言葉は明瞭に耳を打った。

     *

 シーアは地へと沈んだ蒼竜騎を見下ろす。
 赤い片瞳で蒼竜騎の状態を見据える。腕部破損、頭部半壊、それ以外でさえ致命的な損傷を受け、各部で火花を散らしていた。もはや立ち上がることすら、叶わないだろう。 
 シーアは突きつけた自動小銃の銃口を下げ、フィクスブラウを輸送車両が鎮座する方向へと向ける。
「――じゃあな」
『……待て!』
 静止の言葉が投げかけられる。機体の通信機器にも異常をきたしたのか、届いてきた言葉は明瞭とはいえないものだ。
 マイのその言葉が何を意味するのかは推して図ることはできない。反射的に出ただけの言葉という可能性もあるだろう。
 シーアはフィクスブラウをやや旋回させ、半身だけ振り返させる。
 視界の先では残された腕部を伸ばす蒼竜騎の姿がある。それは去り行く相手をこの地に留めようとして、その腕を掴もうとする愚者のようにも見える。
「――待たねぇよ」
 シーアは一言だけ言い残し、フィクスブラウを輸送車両の下へと移動させる。
 フィクスブラウを車両に横たえたシーアは汗を拭い、衣服を着替え、運転席へと舞い戻る。待機していたキースが清涼飲料と共に出迎えた。
「いいのかよ、何も言わなくて。同僚なんだろ?」
「敗者に言葉をかけたところで、惨めさが増すだけだ。それに――」
 敵対した者は敵対したのだ。それに対して情けの言葉をかけることは出来ない。かつて仲間であったとて、それは例外ではない。
 だが、本来ならば命をとる場面であった。それをしなかったのは、やはり仲間だったという事実あるからこそだろう。
 シーアは非情になりきれていない自分がいるのは知覚する。だが、かつての仲間を容易に切り捨ててしまえるほど、機械的な判断ができるわけではない。そのような冷徹な判断を下せるものは、もはや人であって人ではないだろう
 シーアはフィクスブラウの損傷状況を省みる。
 自分とマイ、そしてフィクスブラウと蒼竜騎では実力、機体スペック共に根底からして異なるものだ。そうである以上、マイと蒼竜騎の敗北は必然だ。
 それでもフィクスブラウに挑み、また一太刀入れることに成功したという事実は驚愕に値するだろう。
それは容易に看過できるものではない。一太刀ではあるが、まさにされど一太刀だ。光刃を届かせたというだけでも、僥倖といえるだろう。
「そうだな……。悪くない動きだった――ってことぐらいか」
「厳しいねぇ……」
 シーアはキースに運転を促す。輸送車両は戦場跡に頓着することなく、走破を再開する。
 搭乗席の内、妖精の如き外貌を持つ少女が憂いの表情を貼り付けている。
「マイ……」
 少女は悲しみの視線と共に、少年の機動兵器が失われるまで見続けた。

     *

 未曾有の旧世代兵器襲撃事件。その災禍を一身に受けた地上の楽園――エデン。
 エデン都市はその存在そのものが、他に類を見ない規模を持つ巨大な建造物である。故にそれが破壊されたということは、未だかつてないほどの破壊が具現されたということで相違ない。
 物理的な完全閉鎖を実現し、健やかなる安寧を掲げる果樹の楽園。この地上に吹き荒れる数多の災害を頑強に防いでいた天蓋は、今や醜く罅割れ、大きな穴が穿たれている。美しい流線型の意匠は失われていた。
 いわゆる小地球とも言うべきエデンの都市システムは、密閉空間でなければ十全には成り立たない。こうして天蓋に巨大な空隙が生み出された以上、従来運用されていた都市制御システムは意味をなさない。楽園の如き平穏と優雅さを再び得るには、膨大な資源と時間を要するだろう。
 さりとて、この枯れ果てた地上を生きる黒鴉の傭兵――レイヴンにとってはある意味で朗報と言える。エデンの都市機能の欠落、防衛能力の低下に伴う治安の悪化は、傭兵としてはむしろ吉報に近いものがある。
 レイヴンとはあくまで戦力を提供し、その対価として金銭を得る非正規雇用の戦闘員である。戦闘という行為を飯の種とする以上、混乱や不安定な情勢というものは全て金銭の苗床となる。
 世が混迷に喘げば喘ぐほど、傭兵の仕事は増える。民の不安が、傭兵の優雅な生活と食事を約束する。
 大儀なき傭兵に陣営は関係なく、同時に後ろ盾という守護も必要としない。ならばエデンⅣの損害によって齎される影響はメリットのほうが大きい。
 エデンⅣでは現在、多数のACが周辺区域の哨戒行動に当たっていた。無論、彼等は全て固定の雇用主を持たぬ傭兵――レイヴンである。
 その中にありて、一際目を惹く赤紫色で染め上げられたACが褐色の大地を走破している。吹き抜ける荒野の風を切り裂き、砂塵を圧して従える中量二脚型ACの名はガイアフレア。搭乗するのは、元企業連合特務部隊「Dies irae(ディエス・イレ)」所属、レイヴン――ダイスケ・ロットブルである。
 彼もまた他のレイヴンと同様、エデンの防衛機能が構築されるまでの間に用いられる仮初の戦力として召集されたレイヴンの一人だ。
 此度の旧世代兵器の襲撃により、エデンは都市そのものに大規模な損害を被っていた。だがそれよりも深刻なのは、旧世代兵器に抗おうとしたことで失われた、防衛設備とその戦力である。
 無論、あれほど大規模な襲撃があった後に再襲撃があるというのは考えにくい。だがその可能性がゼロではない以上、その仮定は意味をなさないだろう。
 再襲撃の是非がどうであれ、レイヴンを雇用しての警戒態勢の維持というものは、不明瞭な存在を明瞭なものとする効果がある。仮に襲撃があったとしても、安全を確約することは可能だ。そしてそれは都市に住む民への安心に繋がる。
 ダイスケに依頼されたのは、一定時間内におけるエデン都市周辺の哨戒任務だ。
 ダイスケはデジタル表記された時刻に視線を送る。依頼された時刻まで、時間は残り僅かを示していた。
「ティア、そろそろ時間だな」
『――えぇ。正確にはあと五分ほどで依頼完了ね』
 飛び込んできた声は、実に清涼さと透明感に溢れたもの。前者は朝風の如く、後者は春の湖畔を彷彿とさせるもの。
 ダイスケを補佐するオペレーター、ティア・ソールである。
『ともあれ――お疲れ様、ダイスケ。もうまもなく輸送機が来るから、それで帰還して』
「了解した。これより帰還準備に入る」
『――あれ……? 待ってダイスケ。付近に救難信号が――』
「救難信号?」 
 ティアの言葉にダイスケは眉根を寄せる。次いでティアから送られてきた情報が共有され、モニターの隅に小窓が出現する。
 周辺エリアの地形情報がワイヤーフレーム状態で表示される。数多の引き出しに詳細情報が展開され、戦域情報がこと細かに表示されていく。
 その片隅に、救難を示すマーカーが明滅を繰り返している。
「あの時の生き残りか……?」
 ダイスケはAC――ガイアフレアの推進装置を起動させ、目標の地点へ移動する。
 辿り着いたのは、数多の岩山と枯れ果てた不毛の大地が広がる不毛の大地だ。砂茶色で厚く染め上げた荒野には、黒く焦がされた跡が疎らにあり、そこが真新しい戦場跡であることを示していた。
 その中心部には鉄塊――否、破壊された機動兵器が一つ、倒れ伏している。
 ダイスケはガイアフレアを近くまで寄せ、見下ろす。暗蒼色の機動兵器はかつてアーマード・コアであったもの。今や各部位が手痛いほどに損傷しており、隻腕となっている。
「こいつは――」
『照合完了。サンドゲイル所属のAC――蒼竜騎』
 ダイスケはティアの言葉を聞く。あるいはそれは、運命の扉を叩く音のようにも感じられた。

 第十六話 終

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