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Intermission -operation bitter and sweet-*③」



 ―SideA―

 2月13日、夕方。エデンⅣの高級マンションの一室。ソリテュードの部屋にアリスとメイファはいた。二人は共にエプロンを着け、キッチンで何かを作っている。
家主であるソリテュードは遠方のミッションに出撃しており不在で、帰ってくるのは明日の朝である。それを見越して今日と明日をオフにしていたメイファはアリスの世話と留守番を買って出たのだ。もちろん彼女たちにとって、この状況は好都合だったのは言うまでもない。
「よいしょ……よいしょ……」
「いい調子よ、アリスちゃん。もうちょっとだから頑張って」
「うん、がんばる」
 アリスはメイファが支えているボウルの中身をヘラで一生懸命かき混ぜていた。キッチンに背が届かないので子供用の台に乗ってボウルの中を覗き込むような格好だ。
 ――ああ、もうっ! なんてラブリーなの!? アリスちゃんとお菓子作りができるなんて夢みたい……。
 メイファは懸命にチョコレート作りに取り組むアリスを見てデレデレ状態だった。エプロン姿というのもポイントが高い。
「メイファおねーちゃん、これでどうかな?」
 ボウルの中を見てみると、チョコは均一に混ざっており、なめらかな光沢を放っていた。
「うん、イイ感じ。上手よ、アリスちゃん」
 その言葉を聞いたアリスは、にっこりと微笑む。
「やったあ」
 ――はうっ! ダメよアリスちゃん。その笑顔は犯罪よ! 私が萌え死ぬわ!!
「あとはどうするの?」
 アリスの質問で我に返るメイファ。いつまでもトリップしている訳にはいかない。
「後はチョコをコルネに入れて、型に流し込めばオーケーよ。どの型にする?」
 メイファは事前に用意しておいた型をアリスに見せる。
「これがいい」
 アリスは複数あった型から、迷うことなく一つを選ぶ。それはデフォルメされたウサギの顔をかたどったものだった。
「やっぱりアリスちゃんはウサギさんか。そうね、これカワイイし、アリスちゃんらしいわ」
 メイファは言いながら型を手に取り、新しいバットにセットした。その後、ボウルの中のチョコレートをコルネに移し替え、それをアリスに手渡す。
「はい、アリスちゃん。ここを握って、ゆっくり型に流し込むの。慌てなくていいからね」
「うん……」
 メイファに支えられながら、たどたどしい手つきでチョコを流し込んでいく。その姿はもはや若い母と幼い娘そのものだった。
「……できた」
「うん、上手上手! 文句なしの出来栄えよ」
 チョコレートは均一に型の中に広がっていた。
「後はこれを冷蔵庫で冷やして固めて、仕上げにデコレーションをすれば完成よ」
「デコレーションってなに?」
 バットを慎重に冷蔵庫へ移しながら、メイファはアリスの質問に答える。
「飾り付けの事よ。今のウサギさんはお顔がないでしょう?だから、ホワイトチョコとかで目とか口を描いてあげるの。そのほうがもっとカワイイでしょ?」
 アリスは目を丸くしてきょとんとした表情になる。これはアリスが新しい事を知った時の癖のようなものだった。
「やっぱりメイファおねーちゃんはすごい……いろんなことしってる」
「んふふ、ありがと。じゃあ固まるまで休憩しましょうか」
 メイファは冷蔵庫にチョコを仕舞うと、入れ替わりにミルクを取り出した。
「ソリッド、たべてくれるかな……」
 アリスも椅子に座り、床に届かない足をぶらぶらと揺らしながら若干不安そうにテーブルへ視線を落とす。
「心配しなくても大丈夫よ。もし食べなかったら、私が口に突っ込んで食べさせてあげるから」
 アリスにミルクを、自分にはコーヒーをそれぞれカップに注ぎながら冗談めかしてメイファは言う。
「それじゃソリッドがかわいそう」
「冗談よ。大丈夫、ソリッドならきっと美味しいって食べてくれるわ」
「うん」
 人工の夕日が差し込む中で、二人は微笑みあった。

 2月14日、朝。ソリテュードはミッションを終え、自宅マンションに戻ってきた。
「ただいま」
 ドアを開けると、メイファがアリスを連れて出迎えに来た。
「おかえりなさい、おフロにする?それともゴハンにするぅ?」
「おかえり」
「……何の冗談だ、メイファ」
「もう、ノリが悪いんだから。なんてね、お疲れ様」
 上着と手荷物を仕舞うため、一旦自室へ向かうソリッド。部屋へ足を向けつつ、メイファの労いに答える。
「あぁ、ありがとう。特に疲れは無い」
 上着をハンガーに掛けてリビングに戻ると、メイファが待ち構えていたように立っており、その前には俯きながら小さな箱を抱えたアリスがいた。
「ん? どうしたんだ二人とも」
 メイファはソリッドの問いには答えず、屈んでアリスの肩を優しく押し出す。
「ほら、アリスちゃん頑張って」
 アリスはおずおずとソリッドに近づくと、上目づかいに彼を見上げ綺麗なラッピングが施された小箱をゆっくりと差し出した。
「これ……あげる」
「え……、俺にか?」
 ソリッドは差し出された箱をそっと受け取ると、丁寧にリボンを解き、蓋を開けてみた。するとそこには、笑顔が可愛らしいウサギ型のチョコレートが入っていた。
「これは凄いな。もしかして、アリスが作ったのか?」
 アリスは頬を赤らめながらコクンと頷いた。
「メイファおねーちゃんと、いっしょに」
「どう? 凄いでしょう。二人で心を込めて作ったんだから! 味もバッチリよ」
 メイファはアリスの後ろから肩に手を添えてソリッドの反応を見る。
「たべて、くれる?」
「ああ、もちろんだ。じゃあ、いただくよ」
 ソリッドはチョコを手に取ると、ゆっくりと口に運んだ。若干勿体ない気もしたが、彼女たちの気持ちに応えるために端の部分を齧る。
 口当たりが良く、甘さも控え目で、上質なカカオの風味が口に広がる。まさに彼好みの味だった。
「うん、これは美味い」
 そうして、もう一口齧る。このまま全て食べ続けられると素直に思える美味しさだとソリッドは感じた。
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。ありがとう、アリス」
 言いながらアリスの頭を優しく撫でる。ソリッドの顔は自然に微笑んでいた。するとアリスも嬉しそうに微笑んだ。
「やったあ」
「よかったね! アリスちゃん」
 メイファも自分の事のように満面の笑みで喜ぶ。
「うん!」
「メイファも、ありがとう。お前の気持ちも充分受け取ったよ」
 するとメイファは顔をほんのりと赤らめた。
「や、やだ! 別に大した事してないわよ! 私は毎年あげてたし、今回の主役はアリスちゃんなんだから」
 メイファは照れ隠しの笑顔を見せながらソリッドを見る、すると今度は彼の様子が少し変わっている事に気付いた。目を逸らし、何かを考えているようだ。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと、待っててくれ」
 そう言うと、ソリッドはテーブルの上に箱を一旦置き、部屋へと入っていった。そしてすぐに部屋から戻ってきたが、その姿はどこか不自然だった。右手を背中に隠して、ぎこちない動きで二人の前に立つ。
「これ、二人に」
 ソリッドはゆっくりと隠していた右手を差し出した。その手には色違いのバラが一輪ずつ握られていた。
「えっ!?」
「わぁ……」
「こっちの黄色いのがメイファので、こちらの青みがかったのがアリスのだ」
 言いながらソリッドは彼女たちにバラを手渡した。これは自宅へ戻ってくる前に購入してきたもので、実は選ぶのに小一時間ほどかかったのである。
今日がバレンタインデーだと知っていたソリッドは、たまには自分から二人に贈り物をしようと思いつき、花を贈ろうと考えた。しかしソリッドは生まれてこの方、花など買った事がなかったので、どうしていいか分からず花屋の前でうろうろするはめになった。
彼自身は真面目に考えていただけなのだが、店員からしてみれば物凄い形相をした男が一時間も店の前をうろついていた訳で、気が気ではなかった。
結局ソリッドは自分で決める事が出来ず、店頭にいた若い女性店員に声をかけたのだが、その時に悲鳴をあげられるはめになった。
その後事情を説明すると、やっと事態を飲み込んだ店員は彼の相談に親切に応対し、贈る人のイメージに合った色の花にしてはどうかとアドバイスし、今に至る訳である。
「ありがとう、ソリッド。おはな、きれい」
 アリスは嬉しそうに青いバラを見つめる。対するメイファは黄色いバラを持ったまま何故か固まっていた。
「メイファおねーちゃん、おかおまっか」
「へ!? あ、やだ……どうしよう。私、花なんか贈られたの、初めて……」
 メイファは耳まで真っ赤になり、目はうっすらと潤んでいた。そうしてバラを胸に抱くようにして見つめる。
「嬉しい……」
「あー……なんだ、その。二人とも喜んでくれたようで、良かったよ」
「ふふふ、ソリッドもまっか」
 アリスは花の様な笑顔を浮かべ、それを見たソリッドとメイファもお互いに微笑みあった。

 ―SideA END―


 ―SideB―

「もう、なんでこうなるのよ……」
 ティアはダイスケが個人で借りているACガレージに併設されているオペレートルームでインカムに声が入らないように呟いた。その声は明らかに不機嫌だった。
 今日は2月14日。本当なら今頃、ダイスケと街に繰り出している筈だったのだ。もっともダイスケが同意すればの話だが。
 今回のミッションは、昨晩に突然依頼された緊急ミッションだった。内容は難民キャンプへの物資輸送護衛。先に受諾していたレイヴンがなんらかの理由により依頼をキャンセルしたため、こちらに回ってきたのだ。
『無視する訳にもいくまい』
そう言って、ダイスケは依頼を受諾した。
 彼は普段から寡黙で、他人には冷徹な人間と捉えられがちだが、本来は心根の優しい人なのだ。もちろん、そこに惹かれているのは言うまでもない。
「そろそろ時間ね」
 時刻は14時55分。ミッション開始まであと数分だ。ティアはオペレート用コンソールを待機モードからアクティブに移行させ、通信を入れる。
「ツヴァイ、準備はいい?」
「ああ、いつでも行ける」
 ティアはコンソールに表示されている時計を注視する。ここからは自分もプロのオペレーターとしての使命をまっとうしなければならない。そう考え、私情を一旦思考の脇へと追いやる。その直前、ちらとコンソール脇に置いたラッピングされた箱を見る。
――ダイスケの腕前なら、この程度のミッションそう時間はかからない筈。そうよ、まだチャンスはあるわ。なら私も、しっかりと自分の仕事をしなきゃ。
そう胸中で呟き、意識を集中させる。コンソールのデジタル時計は14時59分を示しており、数秒後にそれは1500という表示に変わった。
「ミッション開始します。レイヴン、幸運を」
「了解」
 ダイスケの短い返答が返ってくる。その声を聞いて、ああ今日も彼は普段通りだ、と瞬時に理解する。それが分かるくらいまで、今の彼女はオペレーターとして成長していた。

「ミッション完了。お疲れ様、レイヴン」
「了解、これより帰還する」
 今回のミッションは結果的には平穏に終わった。予想されていた襲撃もなく、ミッション中は気が抜けなかったものの、終わってみれば比較的楽な依頼だったと言えるだろう。
 時刻は17時を少し過ぎたところ。この分ならディナーに充分間に合う時間だ。一足先にアパートへ帰って、急いで用意をすれば、ダイスケが返ってくるまでに準備できる。
 ――ふふっ、今日は料理にも腕によりをかけようっと。
 微笑みながらそう考えていた矢先、依頼主からティアにコールが入る。
「あれ、なんだろ」
 依頼内容は全て完遂したはずで、このタイミングで通信が入る事は異例だ。ティアは疑問を抱きつつ、コンソールをタッチする。
「はい。独立傭兵ツヴァイのオペレーターです。……え!? ええ、はい……分かりました。レイヴンに伝えます」
 通信を切ったティアの表情は先程とうって変わり、暗く沈んでいた。
 ――なんでよ……。どうしてこのタイミングで追加依頼なんか来るのよ!
 声に出さず、唇を噛みながら胸中で叫ぶティア。一瞬、追加依頼をダイスケに伝えずに、勝手に断ってしまおうかという考えが頭を過るが、すぐにその邪念を払拭する。そんなことをしたら、彼の名に傷がつくだろうし、私情を優先したということを彼が知れば、きっと自分を嗜めるだろう。そんなことではオペレーター失格だ、と。甘えは許されない。自分は傭兵ツヴァイのパートナーなのだから。
 気持ちを整理し、一度大きく頷くと、ティアはダイスケに通信を入れる。
「レイヴン、クライアントから追加の依頼です。輸送物資の襲撃を行っていた武装集団の拠点が判明したので、これを強襲してほしいとのことです。どうされますか?」
「武装集団の規模は?」
「MTを中心とした中規模な集団のようです。ミッションエリア近辺を荒らし回る盗賊のような集団とのこと」
 僅かな沈黙。一瞬、ティアの脳裏に期待がよぎるが、すぐにそれは儚く消えた。
「依頼を受諾する」
「了解、クライアントに伝えます。輸送ヘリがそちらに向かいますので、それまで待機してください。今からミッションの詳細データを送信します」
 ティアは意識して集中する。今はミッションに専念すべきだ。そう自分に言い聞かせながら。

 結局なんだかんだで追加ミッションが終了したのは21時を少し回った時だった。主にクライアント側の段取りが悪かったのが原因だったが、ティアはそのことについて考えるのも嫌だった。
 今の時間からでは、何をどう頑張っても特別な事なんて出来ない。ダイスケがアパートに戻ってくる頃には日付が変わってしまっているだろうし、ガレージに帰還するのだって、ギリギリ24時前に戻ってこられるかどうか微妙なところだった。
「はぁ、もうサイアク……」
 ティアはオペレートルームの隣にある休憩室の机に突っ伏していた。疲れているのも確かだが、それ以上に今日という特別な日が台無しになってしまったことに気持ちが沈んでいた。
 彼女が突っ伏している机の上には綺麗にラッピングされた箱が置いてある。今日の為にダイスケに見つからない様、こっそり作ったガトーショコラだ。
――これも、無駄になっちゃうのかしらね……。
 そう思いながら、腕時計を見る。針はもうすぐ23時を示そうとしていた。アパートに帰っても間に合わないのなら、一縷の望みにかけて、ここで待っていようと決めたのだ。
 しかし、時間は無情に流れていく。日付が変わるまで、あと20分を切った。
「こんなの……イジワルだよ」
 気分は既に最底辺だった。もう日付が変わった瞬間に、ガトーショコラをヤケ食いしてやろうかと思いついたその時、聞き覚えのある重低音が響いてきた。
同時にガレージのシャッターが開く音。それを聞いた途端、ティアは箱を掴んで部屋を飛び出していた。
 ビビッドな塗装が施されたダイスケの愛機『ガイアフレア』がガレージの中央の駐機スペースで静かにジェネレーターを停止させた。ハッチが開き、タラップからパイロットスーツ姿のダイスケが降りてくる。
「ダイスケ!」
「ティア? どうしてここに」
 彼女がガレージで待っているとは思っていなかったダイスケは珍しく驚いていた。
 ティアは箱を抱えてダイスケの前に立つ。そして何か言おうと思ったところで言葉に詰まってしまった。
 ――どうしよう……こんな状況で、「ケーキ食べて」なんて言えないよ。
 頭の中を色々な思いが駆け巡り、俯きながら黙ってしまう。
 ――長丁場のミッションから帰って、疲れてるだろうし……。そんなことに今気付くなんて、私、バカ?
「ティア」
 ダイスケの呼びかけにハッと顔を上げる。彼の表情はいつもと同じ無表情に見えたが、どことなく柔らかい感じがする。
「それは? 何が入ってるんだ」
 言いながら、ダイスケは箱に手を伸ばす。
「あ、えっと……」
 戸惑いつつも、箱を開けて中を見せる。そこには綺麗にデコレートされたガトーショコラがあった。
「チョコレートケーキか……もしかして手作りか?」
「うん……でも」
 そうして言葉を継ごうとしたその時、不意にダイスケが箱に手を伸ばしてガトーショコラを無造作に手で掴み、そのまま口へ運んだ。
「……え?」
 ティアは目を丸くして固まってしまった。咄嗟の事で頭が上手く働かない。対するダイスケはゆっくりと味わうように咀嚼して、口に運んだ分を飲み込む。
「……悪くないな」
 僅かに微笑みながら言うダイスケ。何の飾り気もない一言だったが、ティアにとってはそれで充分だった。
「ほんとう?」
 無意識のうちに頬を涙がつたう。
「よかった……」
「おい……どうして泣くんだ」
「わかんない……。けど、どうして今、食べてくれたの?」
「……日付が変わる前に食べないと、意味が無いだろう?もっとも、チョコレートケーキじゃなかったら、気付かなかったかも知れんが」
 その言葉を聞き、腕時計を見てみると、23時59分を示していた。ギリギリ間に合ったのだ。
「ダイスケ……」
 彼が自分の気持ちを分かってくれた。それだけで、今日一日の陰鬱な感情はいっぺんに吹き飛んでしまった。
「残りは部屋に帰ってからでいいか? こんなに美味いケーキはコーヒーを飲みながらゆっくり味わいたい」
 言いながらダイスケは丁寧にガトーショコラを箱に戻した。
「うんっ!」
 ティアは嬉しそうに箱を抱えると、満面の笑みで答えた。

 ―SideB END―


 ―SideC―

 2月14日、朝。レナは上機嫌で開店前の喫茶店『アインスト』のキッチンへ入ってきた。彼女の手には可愛らしい小箱が握られている。もちろんそれは、彼女の手作りチョコレートを入れる箱に他ならない。
「ラッピングはどんな風にしようかなぁ。リボンは何色がいいかな」
 彼の愛機の機体色である黒とゴールドのストライプがいいかもしれない。そんな事を考えつつ、にこにこしながら冷蔵庫のドアに手をかける。
 レナの思い人であるユウ・ダイは今朝早くから出掛けていた。もっとも、ちょっとした用事なので昼前には戻ってきて来店する予定になっている。ギリギリまで秘密にしておきたかった彼女にはむしろ好都合だった。彼が戻って来た時に渡せばいい。
 渡す時の瞬間を思い浮かべながら冷蔵庫を開けた途端、彼女は目を見開いて固まってしまった。
「……ない」
 そう、無いのである。一昨日の夜、彼女が手塩にかけて作ったハート型のチョコレートが、置いておいた棚から忽然と消えていた。
「うそ……なんで? どうして!?」
 全く予想していなかった事態に慄然とするレナ。しかし彼女は他の場所を探す気にならなかった。何故かと言えば、チョコを入れておいたバット自体は冷蔵庫に今も入っており、そこに本来あるべき筈のチョコだけが消えていたのだ。
 一瞬、空き巣に入られたのかとも思ったが、チョコレートだけ盗んでいく泥棒など現実的に考えている訳が無い。
 今から作り直そうにも、材料であるテンパリングしたチョコレートは友人や世話になっている人へ贈るチョコを作るのに使いきってしまい、もう無かった。
「どうしよう……」
 泣きそうな顔で途方に暮れていると、裏口からユウのチームメイトであるレイヴン、ジャック・ロールが眠そうな顔で入ってきた。
「うぉーい、レナちゃん。悪いけどコーヒー淹れてくれないかな? 昨日の酒がまだ少し残っててさぁ」
 ジャックは昨晩、恋人でありチームリーダーであるアンジェと来店し、彼女の父親であるマスターも交えて晩酌をし、酔いつぶれてお店の二階にある空き部屋に泊まっていったのである。
「あ、ジャック……」
 とりあえず冷蔵庫を閉じて、コーヒーを淹れようとしたレナは何気なくジャックに聞いてみた。
「ねぇ、ここの冷蔵庫に入れておいたチョコレート、知らない?」
 まさかジャックが知っている筈が無い。そう思いつつ、カウンター越しに自分の前に座ったジャックの返答を待つ。
「チョコレート? ……あぁ、アレか!」
「知ってるの!?」
 思わずカウンターから身を乗り出すレナ。
「おぉ、知ってるさ。美味かったぜ!」
「………………は?」
 予想外の返答に目を丸くするレナ。
 ――コノヒト、ナニイッテルノ?
「いやー、レナちゃんって料理上手いんだなぁ。やっぱりアレはレナちゃんが作ったのか」
 レナは顔を引きつらせつつ、一応聞いてみた。
「もしかして……食べちゃったの?」
 ジャックはレナの胸中など知る由もなく続ける。
「昨日の夜さあ、寝る前にちょいと小腹が空いたもんで、食い物探したんだけど見つからなくてさ。で、俺も酔っ払ってたからさ、何でかここの冷蔵庫まで探しに来ちまったんだな。で、開けたら美味そうなチョコレートがあったんで、ついな!」
 まだ寝ぼけているせいか悪びれた様子もないジャック。真相を知り、レナの怒りのボルテージは一気に振り切れ、どす黒いオーラが彼女の全身を包んでいった。その手には近くにあったおたまが握られ、わなわなと震えている。
「ん、どうしたレナちゃん。そんなに震えて?」
「こ……の……」
「?」
「バカァアァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
「あぐふぅ!?」
 レナはカウンター越しにおたまでジャックの頬に渾身のストレートを見舞う。『グシャッ!!』という鈍い音と共におたまは顔にめり込み、ジャックは椅子からひっくり返ってそのまま動かなくなった。首が向いてはいけない方向に向いていたが、今のレナにとってどうでもいいことであった。
 涙を滲ませながら、レナは自室へと駆けていく。気持ちを整理しないと、今のままでは店に立てそうにない。
 ちなみにどうでもいいかもしれないがあえて記述しておくと、レナにぶん殴られたジャックは、眠気覚ましにコーヒーを飲みに下りてきたアンジェに思いっきり腹を踏んづけられ、やっと目を覚ましたという。
 その後、殴られた経緯を説明すると、今度はアンジェに制裁と言う名の蹴りを顔面に喰らい、その場に崩れ落ちた。開店作業を行っていたマスターはアンジェに昏倒したジャックが転がっていると営業妨害になると言い、アンジェは気絶したジャックを業務用冷蔵庫にぶち込み、コーヒーを飲んだ後、そのまま帰ってしまった。
 危うくクールにデストロイされるところだったジャックは哀れに思ったマスターが引っぱり出したという。

「こんにちは、マスター」
 用事を終えたユウは、まっすぐアインストへと戻ってきた。
「やあ、いらっしゃい」
 それだけ言うと、マスターはカウンターの奥でカップや食器の整頓を始めた。しかしこれはいつもの事なので、ユウは気にする風もなくカウンターのいつもの席に腰掛ける。
「レナ、コーヒーもらえるかな」
 エプロン姿のレナはどことなく浮かない表情をしていた。
「どうした、レナ?」
「ううん、別に。ちょっと待っててね」
 レナは微笑んでカウンターに入っていくが、どことなくぎこちない笑顔だとユウは感じた。それは幼馴染だからこそ分かる微妙な変化だった。
 どうしたんだろう、と考えている間にユウの前に湯気の立ったカップが置かれる。何気なくカップを手に取り、一口飲むと、ユウは眉をしかめた。
「え? これって……」
 疑問の眼差しをレナに送ると、申し訳なさそうな顔で彼女は切り出した。
「それ、ホットチョコレートなの。ごめんね、勝手に注文変えちゃって。……もしかして、美味しくなかった?」
「いや、そんなことないけど……どうしたんだよ、レナ」
「うん、どうしても……飲んでほしくて」
 レナの表情はますます暗くなり、潤んだ赤い瞳からは今にも涙が零れそうだ。
「おいおい……」
 彼女が悲しそうにしているその理由をユウは必死で考えた。そして、ある事に気付く。
 ――ホットチョコレート?あれ、そういえば今日って。
 腕時計を確認してみると、カレンダーは2月14日を示していた。
 ――そうか、だから……。
 レナがホットチョコレートを出した理由が分かったユウは、今度は味わうようにゆっくりとカップを傾けた。濃厚な甘みと芳醇なチョコレートの風味が口に広がる。
「うん、美味しい」
「えっ!?」
 俯いていたレナはハッと顔を上げ、潤んだ瞳を大きく見開いた。
「これ、レナの手作りだろう? 別に固形じゃなくてもチョコレートだし、今日は、その……特別な日だもんな」
「ユウ……」
 さっきまで曇っていたレナの表情が、ぱぁっと明るくなる。
「ありがとう、レナ」
 ユウが微笑むと、レナも満面の笑みで返す。彼女の瞳に溜まっていた涙は、嬉し涙に変わり、ぽろぽろと溢れだした。

 ―SideC END―


 ―Main story―

 2月14日、正午少し前。リヴァルディ艦内の自室にエイミはいた。姿見で服装の最終チェックを行う。今日はいつもの制服姿ではなく、お気に入りのワンピースを着ていた。化粧もいつもより気合を入れてある。
「よし、これでいいわね」
 ラッピングしたトリュフをシックなデザインの紙袋へ入れ、部屋を後にする。目指すはシーアの部屋だ。といっても隣なのだが。
 エイミは上機嫌だった。今頃シーアも自分が訪ねてくる事を待ってくれているに違いない。

 話は少し遡る。昨日、シルヴィとチョコを作り終えた後、食堂でシーアと会ったエイミは思いきって彼に明日は予定が空いているかを聞いたのだった。
「シーア、ちょっといい?」
「うん? どうした」
 夕食を終え、食後のコーヒーを飲んでいたシーアの向かいにエイミは座った。
「明日って、空いてる?」
「明日? 何だ急に」
 やっぱりすぐには気付かないか、とエイミは思う。はっきり言ってシーアの色恋沙汰に対する鈍感具合は一般人の想像を遥かに超える。
「もう……明日は特別な日でしょ!」
 はっきりバレンタインデーでしょ、とはあえて言わなかった。ここまで言って気付いてもらえないと、ちょっとがっかりしてしまう。
「特別な日……ああ!」
 怪訝な表情をしていたシーアは目を見開き、エイミに微笑みかけた。
「そうか、そうだったな……。ありがとうエイミ、言ってくれなければ忘れるところだった」
「シーア……」
 やっと気付いてもらえたと、エイミも嬉しくなる。
サプライズもいいが、やっぱり時間をきちんと取って二人で過ごしたい。そう思っていたエイミはますます期待を膨らませる。
「じゃあ、お昼ちょっと前でいい? 私がシーアの部屋に行くから」
「ああ、問題ない」

 そうして今日の約束を取りつけ、今に至る訳である。
 エイミはドアの前に立ち、ドアをノックする。彼女の胸は少女のように高鳴っていた。
 ――いざとなると、ちょっと緊張するわね。
「シーア、入るわよ?」
 ドアを開けると、シーアは椅子に座ってテレビを観ていた。緊張している自分とは対照的に、随分リラックスした感じだ。
 ――何よ、随分余裕じゃない……。いいわよね、貰う方は。
 そう思いつつも、エイミは上機嫌だった。この瞬間までは……。
「エイミか、遅かったじゃないか」
「えっ? そうかしら……」
 準備に手間取ってしまっただろうかと考えるが、しかしそんなに時間をかけた覚えは無いと思いつつ時計を見てみる。時刻は11時30分少し前。まだ充分に昼前と言える時間帯だ。
「速く座れよ。もう始まっちまうぞ?」
「え? 始まるって、何が?」
 時計から視線をシーアに移すと、何故か彼はエイミではなくテレビを見ていた。仮に時間に遅れていたとしても、あんまりな態度だ。
 ――もしかして、怒らせちゃったのかな?
しかし、シーアにはそんな様子は無い。ただテレビに集中しているだけだ。
 エイミは言いようのない不安に駆られる。何かがおかしい、何かがズレている。そんな感じを抱きつつ、エイミは思いきって聞いてみた。
「ねぇ、シーア。始まるって言ったけど、何の事?」
 するとシーアは怪訝な表情でエイミを見ながら答えた。
「何って……テレビ中継だよ」
「はぁ!?」
 シーアに冗談を言っている雰囲気は無く、いたって普段通りだ。もともと彼は冗談を言うタイプではない。
 胸に湧き上がる不安を抑えつつ、さらにシーアへ質問する。これだけは確認しなければならない。
「シーア……確認するけど、今日は何の日?」
「何の日って……今日はフォーミュラフロント、トラキアGPの本戦じゃないか」
「…………はい?」
 シーアの言っている意味がすぐには理解できなかった。
 ――とらきあGP? なにそれ? っていうか、もしかして……。
 今やエイミの不安は予感から的中一歩手前まで来ていた。そんな彼女の胸中など知る由もなくシーアは続ける。
「注目の対戦カードだからな。エイミが昨日言ってくれなかったら見逃すところだった」
 ――やっぱり、こいつ……!
「ちょっと待ってよ。今日は2月14日よ!? そんなのより、もっと世界的に有名なイベントがあるでしょ!!」
「2月14日って、何かあるのか?」
「バレンタインデーよ! 知ってるでしょ!!」
「知らん」
 ――その一言で、エイミの怒りは頂点に達した。いくらなんでもシーアがここまで鈍感だったとは思っていなかった。しかし、一方で知らなかったのなら仕方が無い、という思いもあった。
「女の子が意中の男の子にお菓子とかを送る日よ!」
 これが彼女にとっての最後通牒だった。ここで自分の気持ちに気付いてくれれば、まだ納得できる。だが……。
「そんなイベントがあったのか。しかし随分俗っぽいイベントだな」
 シーアのこの発言に、エイミの怒りは再燃した。より燃え上がったといっても過言ではないだろう。
「もういい! アンタなんかアルフと付き合ってなさいよ!! 俗っぽいイベントに乗って悪かったわね!!!」
 そのままエイミは踵を返し、ドアを叩き割らんばかりの勢いで開け放って出ていった。
「なんだアイツ? 菓子を送るのが、そんなに重要か?」
 この救いようのない鈍感男には後に後悔するような制裁が待っていることなど、この時は知る由もなかった。

 一方その頃。シルヴィはラッピングされた箱を手に、艦内をきょろきょろしながら歩いていた。今日の彼女の姿はエイミと同じように、制服ではなく私服だった。
 毛並みの細いふわふわのセーターとミニスカート、頭にはいつものヘアバンドではなくリボンが結ばれていた。コーディネートしたのはエイミである。
 ――うぅ~、こんな格好で艦内を歩くのは恥ずかしいよぅ。外で待ち合わせすればよかった。
 昨日はチョコを作り終わってから、ほぼ一日中マイにチョコをあげる時のシミュレートに費やしてしまい、肝心の本人に約束を取り付けておく事を忘れていたのだ。
 ――今の時間なら……食堂かな?
 時間はお昼を少し過ぎたところだ。食事をしている可能性は高い。そう思い、シルヴィは食堂へ足を向ける。
 食堂の入口を覗くと、奥の方に見覚えのある背中が見えた。
 ――あっ、いた。
 しかし場所が場所だけに、中にいるのはマイだけではなかった。人数は少なかったものの、四人組で食後のお茶をしている若い女性クルー達や、カップルで談笑をしているクルーもいた。
 ――どうしよう……誰かに見られてたらと思うと、緊張して渡せそうにないよ。
 なかなか一歩を踏み出せず、食堂の入口の陰に隠れてそわそわしていると、一番入口に近い所に座っていた四人組の女性クルーの一人がシルヴィに気付いた。すると女性クルーは他の三人に小声で話しかけると、一斉に席を立った。そして別のクルーが少し離れたところで談笑していた二人に声をかけると、その二人も立ち上がったのである。
 ――え、何? どういうこと?
 訳が分からずその様子を見ていると、クルー達はぞろぞろと食堂から出るためにシルヴィがいる入口へ歩いてくる。そうしてシルヴィとすれ違う時に、クルー達は『頑張ってね』『今日のシルヴィちゃんカワイイわよ』『上手くいくといいね』などのエールを笑顔で囁いていった。
 ――みんな……ありがとう。
 クルー達の好意に感謝しつつ、シルヴィは食堂へ足を踏み入れた。中にはもうマイと自分しかいない。このチャンスを逃さぬよう勇気を振り絞ってマイの背中に声をかける。
「マイっ!」
「ん? なんだシルヴィか、どうした」
 コーヒーを飲みながら雑誌を読んでいたマイは振り返って彼女を見る。
「なんだ、今日はやけにシャレてるな。どこか出かけるのか?」
「うぅん、そうじゃないんだけど……」
 このまま話していても埒が明かない。シルヴィは意を決して、ラッピングされた小箱を差し出す。
「これっ、あげる!」
「なんだこれ?」
 シルヴィから小箱を受け取ると、マイは不思議そうな顔で箱を開ける。蓋を取ると、そこには可愛らしい小さなハート型のチョコレートが複数個入っていた。
「へぇ、チョコレートか」
「うん、頑張って……作ってみたの」
 その言葉を聞いたマイは少し驚いた。彼女が料理などしたことがないというのを知っていたからだ。
「手作りか、どれどれ」
 マイはチョコを一つ手に取り、口へ運んだ。その様子をシルヴィは緊張した面持ちで見つめる。
「うん、美味い」
「ホント!?」
「ああ、スゲーじゃんシルヴィ。ちょっと見直したよ」
「よかった……」
 二人の間に暖かい空気が流れる。このままどこかへ遊びに行こうと誘おうかと思った時、食堂に一人の少女が入ってきた。
「マイ、ここにいたのね。ちょっと話が……」
 イリヤは近づきながら声をかけるが、シルヴィがいることに気付き、言葉を途中で切った。
「あ、取り込み中だった? ごめんなさい、出直すわね」
 状況を読んだイリヤは帰ろうとするが、何故かマイは彼女を呼び止めた。
「なんだよ、話って?」
「え……」
 どうして呼び止めるのかと思ったが、誰とでも分け隔てなく接するのが彼のいいところだと思っているからこそ、シルヴィは何も言わなかった。
「別に大した話じゃないから、後で構わないわ」
「そっか、ならいいけどさ。あ、そうだイリヤ。チョコレートって食べた事あるか?」
「チョコレート? いいえ、知らないわ。食べ物?」
「なんだ食べたことないのか。じゃあ、これ食べてみろよ。シルヴィが作ったんだけど、美味いぜ」
 そう言って笑顔で箱を差し出すマイ。それをイリヤは興味深そうな目で見つめる。
「えっ!?」
 今まで黙ってマイとイリヤのやり取りを見ていたシルヴィだったが、このマイの行動には驚かざるを得なかった。しかし、彼女の思いをよそに二人のやり取りは続く。
「へぇ、美味しそう。でも……これ私が食べてもいいの?」
 イリヤは興味を示しているものの、まだ躊躇していた。彼女なりに、何か感じるものがあるのだろう。
「なんでさ? 俺達みんなに作ってくれたんだから、イリヤだけ食べちゃいけないなんてことはないだろ」
 その言葉を聞いた途端、シルヴィの頭は真っ白になってしまった。何も考えられず、視界はどんどん滲んでいく。
「そう……なら、一ついただくわ」
 マイに勧められた手間、イリヤは断るのも悪いと思ったのか、チョコを一つ手に取り口へと運んだ。
「……うん、とても美味しい。凄いじゃないシルヴィ」
 イリヤは笑顔でシルヴィに称賛の言葉を贈るが、それは今の彼女に届く筈もなかった。俯き黙ってしまっているシルヴィを見て、イリヤは異変に気付く。
「どうしたの? 気分でも悪いの?」
「ん? どうしたシルヴィ」
 マイもやっとシルヴィの様子がおかしいと気付くが、絶望的に遅すぎた。
「……マイの」
「へ? 俺がどうかしたか」
「バカァアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
 シルヴィは叫びながら駆けだして、食堂から出ていってしまった。その頬には涙がつたっていたが、マイはそれに気付かない。
「なんだアイツ? 俺、何かしたか?」
「……マイ、私が言うのもなんだけど、アレはやっぱり私が食べちゃダメだったんじゃないの?」
 マイは全く理解できないといった表情でイリヤを見る。
「なんでさ? チョコを分けただけで、なんでシルヴィが怒るんだよ」
「それはマイ個人に贈ったものだったんじゃない? それに、服装もいつもと違って可愛らしかったし。何かしらの意図があったように思えるんだけど」
「別に深い意味なんてないだろ。クリスマスとか特別な日じゃないんだからさ」
 マイの言葉を聞いて、イリヤはそれ以上何も言わなかった。イリヤはマイが致命的なミスを犯していると感じていたが、それがどういうものなのかを言い表すのは世間に慣れていない彼女には困難なことだったし、理由は分からないが、何となくイリヤはマイに腹が立った。
「マイ。外界に対する認識を少し改めた方がいいんじゃない?」
「え、なんだって?」
「何でもないわ。私もタイミングが悪かったわね。シルヴィに可哀そうな事をしちゃったわ」
 言いながらイリヤは踵を返し、そのまま食堂を後にした。
「何なんだ、一体?」
 一人食堂に残されたマイは首を傾げながら、残りのチョコレートを口に運んだ。

 人目も憚らず、泣きながら自室へ戻ろうとしたシルヴィは廊下で怒りのオーラを纏ったエイミとばったり出くわし、お互い上手くいかなかった事を瞬時に理解した。
 その後、エイミは泣きじゃくるシルヴィを部屋まで送り、そのまま彼女が落ち着くまで慰め続けた。ひとしきり泣き続けた後、落ち着きを取り戻したシルヴィは、今度は逆にエイミの話を聞く事にした。
 エイミは作ったトリュフをヤケ食いしながら、シーアに対する罵詈雑言を延々と話し続ける。しかし、勢いは次第に弱まっていき、最終的にはエイミも涙目になっていた。
「はぁ……なんでこうなっちゃうのかしら」
「ホントですよね。あんなに頑張ったのに……」
 そうして申し合わせたように、盛大に溜息を吐く二人。しかしその後、エイミは決心したように顔を引き締める。
「でも、これでめげちゃダメよ。シーアに自分から好きだって言わせるまで私は諦めないわ!」
「ボクも諦めません!」
 今回の作戦は大敗に終わったものの、リベンジを決意し、闘志を燃やすシルヴィアとエイミであった。

 一方リヴァルディ艦内では、シルヴィとエイミの様子から彼女たちのバレンタインが上手くいかなかったということがその日のうちに広まり、しかもその原因がマイとシーアの救いようのない鈍感具合にあるということがすぐにバレてしまった。そうして当の二人は次の日から自分たちの鈍感ぶりを後悔することになる。
 マイとシーアは女性クルー達からの射抜く様な視線に晒されていることにすぐに気付いた。おまけに口もきいてもらえず総スカン状態で、針のむしろに包まっているような状態が一週間も続いた。
 あのアハトですら「そこまでしてもらって気付かないのでは救いようが無い」と苦言を呈し、ショーンも「オマエらACばっか見てないで、ちったあ恋愛映画でも観てみた方がいいんじゃねえか?」と珍しく真顔で言い、最終的にはシェルブに「お前たち、もう少し女心を勉強しろ。でないと将来が心配だ」と半ばあきれ顔で言われる始末だった。
 シーアはそこでやっとバレンタインデーというのが女性にとってどういうものなのかをネットで検索し、真相を知って青ざめた。だが時すでに遅く、エイミに謝ろうとしても仕事以外の会話を二週間ほど一切してもらえなかった。もちろんその間、彼女の部屋に出禁になったのはいうまでもない。
 一方のマイはというと、『リヴァルディの愛の伝道師』と異名を取るアリーヌ大先生に三時間もの間、ノンストップで懇々と説教を受けた。が、それでもマイにとってシルヴィは妹という意識が強いのか、シルヴィがマイに恋心を抱いているという事を理解することは無かった。
 アリーヌはマイを『筋金入りの鈍感』と称し、「マイ君。そんなんじゃ、いつかシルヴィちゃんに後ろから刺されるわよ」と忠告し、それ以上は何も言わなかった。

 その後、マイとシルヴィ、シーアとエイミの仲がどうなったのかは、また別の話である。


 ―Intermission -operation bitter and sweet- END―



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