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The Empress Strikes Back*②」



 アリーナ戦から二日たったその日の夜。セシリアはアーク本社から少し離れたビル街の路地裏を歩いていた。向かうはお忍びで通っている行きつけのバー『Harvest moon(ハーベスト・ムーン)』。雑居ビルが立ち並ぶ旧市街地の路地裏にひっそりと店を構える、知る人ぞ知る隠れた名店だ。アリーナ戦でのインタビューや雑誌記者の取材、デスクワークなどを一通り片づけ、ようやく訪れたプライベートな時間を、お気に入りのカクテル「ジャック・ローズ」を傾けながらゆっくりと過ごそうと考えたのである。
 細い路地裏に、ハイヒールが地面を打ち鳴らす甲高い音が反響する。女性が歩くには、いくぶん心許ない街灯が申し訳程度に暗闇を照らす。光が届かない道端は深い闇で覆われ、何かが潜んでいそうな不気味さを孕んでいるが、セシリアはそんなことを気にも留めず、堂々と歩みを進めていく。
 そうして、店の看板が見えたところでセシリアは不意に足を止め、
「そろそろ出ていらしたら? つけ回されるのは好きじゃありませんの」
 と、振り返りながら深い暗闇に言葉を投げかけた。
「ケッ……、お見通し、だったって、こと、か……つくづく、気に入らねえ、女、だ」
 暗闇に紅い瞳が灯り、ぶつぎりの言葉と共に蒼白の顔面が闇から染み出てくる。その双眸は爛々と輝いており、やや右に傾いた顔は狂気の笑みで歪んでいた。
「だが、まあ、いいぜ……。これから、オマエを、殺せると、思うと、興奮、してくるなぁ……、クケケケケ」
 卑下た笑い声で身体を震わせるトルフォニス。だらりと垂れ下がった両腕がぶらぶらと揺れ、両手に持ったナイフが街灯の僅かな光を反射させる。
「今日は、とっておきの、白いシャツを、着てきたんだ。コイツに、お前の、血が、べっとりと、つく事を、想像、するだけで、ヒヒッ……、たまんねえなぁ!」
 異界の化け物のような狂人を前にして、セシリアは泰然としていた。恐れる様子は全くなく、腕を組み、物珍しい動物でも見るかのような視線をトルフォニスへ送る。
「あら、私を殺す気? 何か気に障る事でもしまして?」
「うるせえ……、オレに、アリーナで、勝った、ヤツらには、今まで、みんな、死んでもらってんだ。オマエも、例外じゃ、ねえ。オマエは、滅多に、ACに、乗らねえから、このオレが、直々に、殺して、やろう、ってんだ」
 先程までの歪な笑みはなりを潜め、憎悪に満ちた表情に取って代わる。
 それに対して、今度はセシリアが意味深な笑みを浮かべていた。
「ふん、調べた通りの屑ね。貴方が不当に殺したレイヴンがアークにとって、どれだけの損失なのかご存じ? 貴方が一生働いても返せるかどうか分からなくてよ?」
「知った、ことじゃ、ねえ。オマエは、ここで、死ぬんだ。そんな事、もう、考える、必要は、ねぇよ」
 トルフォニスは腰を落とし、長い腕を自分の顔の前で交差させる。
「話しあう余地無しね。所詮は言葉が話せるテナガザル程度。私の慈悲も理解できないなんてね」
 溜息をつきつつ組んでいた両腕を解き、右手を左脇に滑らせ、ジャケットの内側に吊っていたホルスターからリヴォルバー拳銃を抜き払う。[026RP(Cecilia Custom)] BFF-Armsが競技用として製造・販売する回転式拳銃をセシリアが護身用にカスタマイズしたものだ。
 セシリアは右腕をまっすぐ伸ばし、トルフォニスの眉間にピタリと照準を合わせ、ゆっくりと撃鉄を起こした。
「ククク……、クハハハハハッ! そんな、豆鉄砲で、オレを、殺れるとでも、思ってんのか? 舐めるのも、大概にしろ! この、クソアマがあぁぁぁぁぁぁっ!!」
 爆発した怒りすら原動力として、トルフォニスは一足のもとにセシリアへと飛びかかった。
 対するセシリアは、トルフォニスの足が地蹴る瞬間に射撃を開始。計六発の357マグナム弾を斉射する。一般的にリヴォルバー拳銃はオートマチック拳銃に比べ、連射力に劣るとされるが、セシリアは持ち前の射撃の腕でそれをカバーしていた。しかし、六発の弾丸は二発がトルフォニスの右肩と左大腿部を掠めただけに留まり、彼の突撃を止めるには至らなかった。
 セシリアはトルフォニスの化け物じみた跳躍力の前に、命中した事を確認する間も無く後退を強いられる。ハイヒールを履いているにもかかわらず、華麗なバック転で詰められた距離を離す。その直後、先程までセシリアの首があった空間に銀色の軌跡が交差した。
「ケッ……、思いのほか、やるじゃ、ねぇか」
 トルフォニスは気味の悪い笑みを浮かべ、舌なめずりをする。弾丸が掠めた右肩と左大腿部に血が滲んでいるが、気にする様子は全くない。
 セシリアは、そんなトルフォニスを見据えながら銃を上に向け、シリンダーをスイングアウトし、弾薬を廃莢。すぐさま右脇に手を滑り込ませ、専用のスピードリローダーを取り出し、弾薬を装填。そして右手を華麗にスナップさせ、シリンダーをはたき込み、再び撃鉄を起こしてトルフォニスへと銃口を向けた。弾薬の廃莢から再装填まで約二秒。驚異的な速さである。
「ヒュゥー、やるねぇ……。だが、この距離じゃ、オレの、勝ちは、決まった、ような、もんだぜ、ヒヒヒ……」
 トルフォニスの馬鹿にしたような言い分はしかし事実だった。最初は約八m程度あった距離も今は約五m程度に縮められており、トルフォニスの化け物じみた身体能力をもってすれば、一足でセシリアの喉元を切り裂くことなど造作もない。また、トルフォニスは無痛症のため、痛みで動きを止めることも無いのである。
「ヒヒヒハハハハハッ! 命運、尽きたなぁ、女帝さんよぉ!! 泣いて、命乞い、してみろよ。そしてら、考えて、やらなくも、ないぜ? オマエぐらいの、上玉なら、イロイロと、楽しめそうだしなぁ……、ヒハハ!」
「戯言はそれで終わりかしら? 貴方ごとき下賤の民が私に触れられるとでも本気で思っていて?」
 下品な笑みを浮かべていたトルフォニスに、セシリアは虫でも見るような冷めた目できっぱりと言い放った。
「ヘッ……、死ぬまで、いい気に、なってやがれ。オマエなんざ、このナイフの、一振りで、充分だ」
 トルフォニスは右手のナイフを逆手に持ち、渾身の力で振り抜くため、長い右腕を頭上高く伸ばす。それはまるで獲物に襲い掛からんと鎌首をもたげる蛇の様であった。
 対するセシリアも銃を持つ右手に左手を添え、必中の一撃を見舞うために構えを正す。
 両者が狙うは共に一撃。刹那の静寂が薄暗い路地裏を支配し、次の瞬間、トルフォニスが爆ぜるように再びセシリアへと飛びかかった。
 トルフォニスの右腕がしなり、驚異的な筋力と遠心力によってナイフが加速する。彼の描いたイメージ通りの軌跡をなぞり、ナイフはセシリアの白く細い首筋へと襲いかかる。視界に捉えているセシリアの手元が光り、一発の銃声が鼓膜を震わせるが、ナイフは止まることなく振り抜かれ――しかし、その彫像のように滑らかな首を切り裂く事は無かった。
「……あ?」
 予想もしなかった事態に、トルフォニスは目を瞬かせる。そして右腕に妙な感触を覚えそちらに目を移すと、そこには肘関節から先が腕を上げているにもかかわらず力なくだらりと垂れ下がり、鮮血が溢れ出ていた。
「なん、だ、こりゃ……」
 事態を飲み込めないトルフォニスの耳に再び銃声が響き、同時に左手から力が抜け、握っていたナイフが滑り落ちた。見れば左の肘関節に風穴が開き、右肘と同じように鮮血がどぼどぼと溢れていた。
「貴方の負けね」
 セシリアはあまりに現実離れした事態に呆然とするトルフォニスの前に立ち、何の躊躇いもなく彼の両膝の関節を正確に撃ち抜いた。
 トルフォニスは足に力が入らず、まるで女帝に跪く下僕のように膝を屈する。四肢の機能を奪われるという文字通り手も足も出ない状況に、二日前のアリーナ戦の記憶が重なる。
「私の銃にはまだ二発の弾丸が残っているわ。肢をもがれた虫のような貴方の心臓と頭を撃ち抜くことくらい、目をつぶってでも出来てよ? やってみましょうか?」
「ぁ……」
 本当の恐怖というものをその身でもって知り、声を出すことすらままならない。トルフォニスを見下ろすセシリアの頭上には空高く光り輝く満月。月を背に佇むセシリアはこの世のものとは思えないほど恐ろしく、そして美しかった。そして、それをただ見上げていることしかできなかった。
 セシリアのレイヴン名は『アルテミス』月の女神であると同時に狩猟の女神でもある。これほどまでに当てはまる状況も無いと思うと同時に、彼女には敵わないと悟り、トルフォニスは死を覚悟した。
 だが、セシリアはトルフォニスに突き付けていた銃口を静かに下ろし、満足そうな笑みを浮かべ、
「ふふっ、ここで死ねると思った? 残念だけど、貴方にはまだ生きていてもらうわ。少なくとも、貴方が不当に殺したレイヴンたちの負債を返済してもらうまではね」
 と拳銃をホルスターに収めつつ言い放った。
「な、に?」
「二度も言わせないで頂戴。まったく……貴方、見た目だけじゃなく脳も猿並みなの? じゃあ、分かりやすく言い直してあげるわ」
 セシリアは月光で煌くブロンドをさらりと払いながらトルフォニスを一瞥し、
「貴方はたった今から私の下僕よ。これはもう決定事項。当然、拒否権なんか無いからそのつもりで」
 と言い残して踵を返すと、『Harvest moon』へと足を向けた。
「終わったか。俺の出番など無いと思っていたが、呆気なかったな」
 今までどこに潜んでいたのか、別の路地からカークがセシリアへと歩み寄っていった。その手にはスコープ付きのバトルライフルが握られている。
 カークはいざという時にトルフォニスを狙撃する手筈になっていたのだ。トルフォニスがセシリアを襲撃すること自体分かっていた事であり、初めからトルフォニスに勝ち目など無かったのである。
「当然よ。後は任せるわ。貴方の後輩なんだから、面倒見なさいね」
「後輩って……アレがか?」
 カークはトルフォニスを一瞥すると、顔をしかめた。
「使いようはあるでしょ? 治療費とかは経費を使って構わないから。面倒だからBFFが出資してる適当な病院に入院させなさい。身体の機能は完全に回復させるように。以上」
 そして今度こそセシリアは振り返らず、『Harvest moon』の店内へと消えていった。
「まったく……、お嬢様は人使いが荒いぜ」
 溜息をつきつつ、何故かカークは微笑んでいた。そしてトルフォニスへと歩み寄り、二つのナイフを回収した上で彼の前にしゃがむと、肩に手を置いた。
「同情するよ。これから大変だぞ?」
「オレを、生かしておいて、後悔、するぞ? オレが、従うと、思うのか?」
 トルフォニスは虚勢を張るが、カークはそんな態度に気を悪くする風もなくおもむろに立ち上がると、携帯端末を取り出しどこかへ連絡を取った。そして連絡を取り終わると、カークはトルフォニスへと視線を向けた。
「従わざるを得ないのさ。今に分かるよ、後輩」
 そして数ヵ月後、カークの言った事は現実となる。

「トルフォニス、ちょっと来なさい」
「なん、だ。セシリア」
 執務室の巨大な机でデスクワークをしていたセシリアは明らかに不機嫌そうな様子で眉を吊り上げた。
「私を呼ぶ時は『お嬢様』だと何度言ったら分かるのよ! いいかげん学習しなさいな!!」
「じゃあ、なんで、カークは、セシリィなんだ」
「カークは従者。アンタは番犬の延長線上みたいなものよ。立場が違うんだから当然でしょう?」
 病院で治療を受け、リハビリが終わったトルフォニスは、セシリアが言った通りに彼女に仕えていた。最初は反骨精神剥き出しであった彼もセシリアの前では全く意味をなさず、一週間も経たずに屈服してしまった。
 ぼさぼさに伸ばしっぱなしだった長髪はきれいに整えられ、服もテーラードスーツを着せられていた。服に関してはトルフォニスだけでなくカークも同様で、従者っぷりがますます様になってしまっていた。
 着なれないスーツ姿のトルフォニスは動きがぎこちなく、その様子は滑稽そのものだった。
「そんな事より仕事よ。トルフォニス、その棚の一番上のファイル取って」
 セシリアは手元の書類を見ながら、壁に設置された高い天井まで届く棚を指差した。
「あ? ……ふざけるな! それくらい、自分で……」
「テナガザルの分際でうるさいのよ! 私は忙しいの!! アンタ手が長いんだから、それを少しでも有効活用しなさいな! 賃金払ってるんだから文句言わずに働きなさい!!」
 怒鳴られたトルフォニスはそれ以上言い返す気力も湧かなかったのか、しぶしぶ棚に赴き、その長い手でファイルを取りだした。
 ちなみにトルフォニスの従者としての賃金は、月一コームである。


 The Empress Strikes Back End



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