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第八話/ /第九話*


 第九話  原案:マド録 文:柊南天


 ──かつて〝私〟は、狂騒の世界に産み落とされた。
 過ごす日々は過酷な実験と死の繰り返し──産まれた意図すら分からず、自分以外の何ものかの為だけに、生かされた年月だった。
 私が自己の意義を知る必要は、死と退廃に満ちていたあの時代には、一欠片たりともなかった。
 辛いかと問われれば、そうだったかもしれない。しかし、生憎と誰からもその言葉を掛けられた事はなかった。そしてそれ以前に、自分自身がそうとも考えようとしていなかった。
 目にみえた日々だけが事実で、私の感情は自己に関与せず、流れ往く事実の前には私の全てが劣った。
 普遍化され、小さく区切られた実験室。肌寒い部屋の中でまどろみ、淡々と流れた年月。
 私の〝姉妹達〟──大空に遍く漂う星ほどもいた同類達は、時代の経過と共にその数を減らし、時には見も知りもしない簒奪者達の衝突の渦中になる事すらあった。
 私の身体を奪いに来た闖入者を、何度か見た事がある。しかし、そこで滴った以上の血が、普遍化された世界の上で流れていた事を、私は知らなかった。
 私が知らない価値に翻弄され続けた、小さな普遍世界──私はその中でいつか擦り切れ、〝姉妹達〟と同じように、虚無の何処かへ呑まれていくだけでしかない。
 そう思っていた。
 しかし、事態は唐突に、そして急激にあらぬ方角へと流れ始めた。
 ──私が被験体となり関与していた兵器が開発途中で致命的な事故を起こし、そのプロジェクト自体が永久凍結に追い込まれたのだ。
 詳しい事は知らなかったし、知らされなかった。
 ただ、かつてこの世界に産み落としながら、私の存在を妬んだ者達の怒号だけが、私の普遍世界に何度もその鉄槌を振り下ろした。

 ──我々の叡智が届かない代物となっては最早、破棄しかあるまい

 破棄──その言葉の真意を深く咀嚼する必要と時間は、当時の私には全くなかった。
 それは、全能者達の言う所の、実世界での〝死〟を意味する。
 普遍世界から臨む事のできた小さな窓──そこから〝姉妹達〟の凄絶な死を幾度か垣間見てきた。
 死に往く彼女らは、誰も彼もがそれを大人しく享受しているようだった。
 垣間見ていたからこそ、私はその時、今までの何よりも強く感じる事が出来たのだと思う。
 私は死を望んでいたのだと──。
 完全破棄という処置すら、日々の実験の延長線上として受け入れ、その末に消えていった彼女らとは違う。
 私は、死によって齎されるであろう〝解放〟を、この上なく望んでいたのだ。
 私の普遍世界の遥か高みに建つ、狂乱の中で腐敗を始めていた天上世界との鎖が断ち切れる事を。
 この時、私は自分の中に〝心〟の欠片が残っていた事を初めて、誇りに思うことができた──。

 やがて訪れたその日、私の普遍世界を取り巻いていた状況は再び大きく変貌した。
 終末へ向けて一度舵を切ったその事態は、最早誰にも止められなかった。
 圧倒的な終末の猛威。
 それは、私が望んでやまなかった死の形すら、強引に書き換えていった。
 私を最後まで庇おうと奔走した研究員の一人が、混乱の中にあって唯一、私の手を引いたのだ。
 普遍世界が灼け落ちていく最後の日、私は抵抗の要として稼動を始めた〝ある〟無人兵器制御機構の内部に連れられていった。

 ──今はお休み、00?
 ──待て、待ってよ。何も分からないままなんて、私は嫌だっ。
 ──君が次に目覚めた時は、やさしい世界でありますように……。

 長く生きてきた日々の中、私は全能者たる〝人〟というものが、優しい微笑みを見せる事を、初めて知った。

 そして、普遍世界の終わりは来た。

 何もかもが消え失せる真っ白な感覚──その中に、私は閉じ込められた。

 ミラージュ社直轄経済管轄区、定期周回軌道より数十キロ南東、高度四五〇〇〇メートル──。

「──事前確認を始める」
 各員を網羅する作戦用回線を通じて呼び掛け、今作戦に投入される隊員が各々に応答する。精錬された部下達の面持ちをHMD画面上に確認し、部隊指揮官のウルフ・アッドは小さく頷いた。
 手元のタッチパネルを叩き、主要情報を収めたファイルを共有データベースに転送する。各員のファイル情報取得の経過をコンソール上で確認、それを待ち、改めて事前確認を開始した。
「戦況推移は現在、我々の介入要件をほぼ満たしている。最後になるだろう、心して聞け」
 本社陸軍隷下の監視衛星が転送し続ける戦域映像を、HMD画面に出力する。苛烈な戦火が渦巻いていた戦陣は収束しつつあり、その状況推移が、自分達の出番が眼前に迫っているという事を雄弁に物語っていた。
「先立って投入された任務部隊は過半が壊走。事後推移に拠るが、長く見積もって二〇分程度だろう」
 友軍と形容するのも難しい先行任務部隊はは自前で用意した〝盾〟──自由傭兵の駆るACを前線に残し、戦線を遠く後退しつつある。
「先遣偵察班の報告では、奪回対象【ニエヴェス02】」は市内総合病院への収容が確認されている。偵察班の状況確定報告を持って我々は出撃。降下着陸と同時に妨害対象【ノガル01】を包囲し、友軍機の市街離脱後は、これの戦域離脱を優先的に支援する。状況推移は極めて安定、作戦内容に現状変動はない。戦力進発コードは〝アーリー〟、各員機体制御態勢を更新し、出撃待機しろ──」
 半ば瓦解同然に敗走している先行任務部隊の失態も、予測の範疇にある。自分達の出撃に漸く実感を覚え、ウルフは淡緑色の光源に満ちたコクピット内で静かに意気高揚した。
 戦域映像をHMDサブ画面に残し、タッチパネルに指を走らせる。
 機体制御態勢を第一種準備待機態勢から、第一種戦闘態勢へ移行。動力源の燃料電池から供給される電力が鋼鉄の巨躯を巡り、動作音の変化でモーメントの急上昇を確認した。
 身体感覚と一体化する程に乗り込んだ機体より齎される微震動の感覚に、ウルフは意識して精神状態を落ち着ける。
 やがて戦術支援AIが機体制御態勢の正常移行を報告し、ディスプレイ上に【Gato Monts ‐ System migration Complete】の定型文字が表記される。
 機体の周囲で整備士達が慌しく動き回り、投入が間近である事を示す黄色警戒灯が格納庫内を照らしていた。機体は射出室直結の繋留設備に繋がれており、機体の繋留状態及び運送機器に状態異常があればそれは、速やかな死に直結することもある。
 過去には実際そのような最悪の事例があり、強襲空挺艦の整備全般に責任を負う整備部は、その重要性を誰よりも深く承知している。平時の周回軌道から逸脱し、通常降下高度を遥かに超えた成層圏軌道上を飛行しているのだ。外気状態は著しく異なり、不測の事態同士が結びつけば艦艇自体への多大な負荷も避けられない。
 慌しいが、精錬した動きで奔走する整備士達をメインカメラを介して視界に収め、ウルフは良い人材に巡り合えたこれまでの過去を誇った。
 今回の作戦は、ウルフ・アッドが五年前から指揮官を勤める第二機械化空挺分遣隊の進退が掛かっている。
 上級組織の特殊部隊管轄軍を介して事案遂行を命令した本社は、確実な成果を欲していた。隷下の部隊司令部も年度予算と前線作戦分野での影響力の増大を希望しており、一個部隊が行なう秘匿作戦としては余りに大きな政治的意図が絡んでいた。
 多くの非公式作戦を遂行してきたウルフ本人も、それらの背景と関係なく今作戦が重要なものであると強く意識していた。
 先遣偵察班からの状況確定報告を待つ中、外部通信要請を通知する電子音が響く。陸軍専有の通信衛星を中継している事を確認してから、回線を確立した。
『──ノア01、こちら作戦司令部。調子はどうだ……』
「2nd/MAD、ウルフ・アッドです。何事ですか、──〝少佐〟」
 本社から陸軍の通信衛星を介し、艦内に設置されている作戦司令部を騙った男──ウルフ・アッドの古い同期であるリヒト・マウザーの低い声音が、ヘッドセットを介して届く。
『面子を憂慮するのは当然の話だろう。時期が悪かったか?』
 リヒト・マウザーはかつてウルフと軍学校時代を共にした知己であり、その後は上級組織を同じくする部隊に配属された男である。第一機械化空挺部隊の指揮官として敏腕を振るった後、現在は本社隷下の〝ある専門機関〟に属する上級将校としてのキャリアを歩んでいる。
 作戦時である以上に疎遠になって久しいが故、身分相応の応対を試みたウルフに対し、彼は陸軍に残る数少ない同期としての接し方を崩さない。ウルフは嘆息し、ヘルメットのバイザーを押し上げた。
「倣岸が板について来たようで何よりだ。本社の椅子の座り心地はどうだ、リヒト?」
『バレンシアのデスクよりは悪くない。目の前で、肝の抜けた惰弱共を眺める以外はな』
 歯に衣着せぬその物言いの健在振りは変わらずで、そのことにどこか安堵した。
 リヒト・マウザーは軍学校時代から何かと野心的な側面を持つ男だった。最も傍にいたウルフはその事をよく知っている。士官昇格から部隊配属までの道を共に歩んできた彼は、保守体質の軍上層部に対して反目的な態度を保ち、よく目の仇にされていたものだ。だが、彼は表面上の態度以上に壮大な野心を抱え込み、現在の地位までのし上がっていった。
 ──自分もその踏み台にされたと気づいたのは、その後だったが
『俺達も作戦の成否に注目している。ATDD(元先進技術開発部)の糾合も一歩前進している。くれぐれも、醜態は曝すな』
「……分かっている」
 今回の作戦は、本来ならば本社隷下の専門機関が主体となって進められる予定だった。しかし、本社上級将校のリヒトが口利きをし、古巣の機械化空挺部隊に作戦遂行を任せたのだ。
 作戦を持ちかけてきたのも彼からであり、その概要を聞き、ウルフは念入りに確かめた上でそれを請け負った。しかし結果として上級組織の特殊部隊管轄軍を半ば飛び越えて実現した作戦であるため、失敗は即ち、ウルフ個人の失脚にも直結している。そのリスクを負ってでも、達成すべき意志があった。
 高みへ上り詰める為に踏み台にされたとはいえ、かつてウルフも彼と志向を同じくしていた人間である。本社へと招聘された同期からの誘いに同調しない訳はなかった。
 今度は、俺が貴様を踏み台にして上り詰めてやろうじゃないか──。
『言いたい事はそれだけだ。俺もここで同期を失うのは偲びない話だ。精々、気張ることだな?』
「本社の連中が首を縦に振らざるを得ない判断材料を、お前にくれてやるさ」
 タッチパネルを叩いて通信体制を解除し、不意にコクピット内に静けさが満ちる。聞き慣れた機体の脈音に耳を傾け、作戦を前に小波立った心を意識して落ち着かせた。
 瞼を下ろし、最後に垣間見た古い同期の顔を意識の外へと洗い落とす。
 意識を切り替えた直後、別な通信回線──艦内に設置されている作戦司令部との指示回線から通信が入る。
『──ノア10、こちら作戦司令部。先遣偵察班より状況確定報告が入った。〝アーリー〟を確認、動発準備を完結、直ちに進発せよ。繰り返す、〝アーリー〟を確認。動発準備を完結、直ちに進発せよ』
「こちらノア10、了解した──進発する」
 復唱の後、部隊回線を通じて、
「──〝アーリー〟を確認。此れより進発する」
 隊員達が各々に返事を返す中、格納庫管制室へ電信を打つ。機体が繋留状態にある設備機構が間もなくして稼動を開始し、下層部の艦外射出室へと機体がゆっくりと輸送されていく。
 その最中、ウルフはコンソールを叩いて監視衛星から転送され続ける地上映像をHMD画面に分割表示し、同時に先行任務部隊の現在座標を出力した。
「素早い退散な事だ……」
 本社が条件つきで遣した先行戦力群──俗にATDD、又は〝グレイヴ・メイカー〟等と呼称されている彼等は既に作戦領域外の遠くへと離脱を完結していた。
 もしも彼らが目的を達成すれば、第二機械化空挺部隊の出番は終ぞ訪れなかっただろう。しかし、誰もその未来を期待してはいなかった。条件をつけたリヒトですら、恐らく同様だっただろう。
 所詮、素人兵力をかき集めただけの有象無象では、堅実な作戦の遂行など望むべくもない。
 その結果に何を望んでいたかは、恐らく自分とリヒトをはじめとする本社の要員の中で大きな隔たりがある事を、ウルフは重々承知していた。
 故に、ウルフは自ら関知しない。
 戦果を示せば事実が後からついてくる事を、弁えているからだ。
 機体一体分が納まる手狭な射出室の中で赤色警戒等が著しく明滅し、繋留設備の定着及び射出準備の完結を慌しく知らせる。
 射出用プロトコルがHMD画面に表記され、常時動発可能のメッセージが点滅表示を繰り返す。
 艦艇の定期哨戒軌道到着に先行して監視衛星が捕捉した最優先目標──【ニエヴェス02】の静止画像を出力し、幼い少女を模ったその化物の姿を網膜に焼き付けてからウルフはバイザーを下ろした。
「全機、此れより降下作戦を開始。──最優先確保目標、【ニエヴェス02】を奪取するぞ」
 ウルフは自らの果断を持って射出用プロトコルを更新した。数秒のカウントダウンを経て、室内最下層の射出口が開かれ、流れ込んできた気流が恐ろしく不気味な囁き声を奏でる。
 その嘶きに畏れることなく、射出装置を起動した。
 急速加速した機体が轟音と共に艦艇外へと文字通り打ち出され、地上より遥か四五〇〇〇メートルの成層圏上層部へと舞う。赤銅色の大地が眼下を広遠に伸び、射出増速から自由落下を開始した機体は瞬く間に時速六〇〇キロ以上に到達する。
 力を示す為に用意された極地へ向け、第二機械化空挺部隊──〝シエロ・ロボス〟の名を冠する獣達は空を走り始めた──。

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