*③*


                 *

『開始10分前です。出撃、スタンバイしてください』
「了解。出場資格コード:GCA-L013、出場機体コード:ラピッドタイド。スタンバイ開始します」
 眼前の投射型ディスプレイから溢れる灰青色の光源が染め上げるコクピットの中、ヴァネッサは静かに、しかし大きく息を吐きだした。
 コンソールキーを軽やかに叩き、機体制御プログラムの完結プロトコルを起動させる。空白に満ちたディスプレイに機体情報が関連画像と共に羅列形式で出力されていく。
『リサ、起動を完結。戦術支援プログラムを第三種準備待機態勢から、セミ・アクティヴへ移行する』
「おはよう、リサ。今日がいよいよ正念場よ。よろしくね?」
『お前の、10年の成果を見せる檜舞台だ。此方こそ、宜しく頼む』
 完結プロトコルに最後に起動した機体搭載のリサ──ヴァネッサが10年前に、自らその名を預けた戦術支援AIが、滑らかな口調で返事を返す。その相棒の心強い言葉にヴァネッサは、「よし」と胸中で意気を入れながら頷いた。
 ヴァネッサと戦術支援AIであるリサの付き合いは、時間にして見るならば非常に長い。ヴァネッサにとっては、最も古い部類に入る友人とも言うべき存在である。戦術支援AIである"彼女"の原始、所謂ボトムアップ式AIプログラムが旧世代遺跡から発掘されたのが10年前であり、それと同時期にヴァネッサは、育ての親である【ターミナル・スフィア】の経営者・ノウラの庇護下に入り、共に生きてきた。
『相手はコーテックスの知己だ。分かっているだろうが、抜かりはないな?』
「うん。ありがとう、大丈夫」
 機体制御態勢を、第三種準備待機態勢から第一種準備待機態勢へ移行。リサに機体制御補正プログラムを更新させつつ、投射型ディスプレイに視線を走らせて機体状態を素早くチェックしていく。
「機体駆動機構各部、冷却機器群、出力機構群全て問題なし。各戦術支援プログラム、起動状態良好。搭載兵装、最大運用効率に問題なし。オールグリーン」
『機体制御補正プログラムの修正を完了。此方もオールグリーン』
「了解。機体コード:ラピッドタイドの起動を確認」
 出力機構群から送り込まれていくエネルギーの奔流が機体各部を巡っていく、その鈍い稼働音と震動音がコクピットを静かに震わせる。
 時刻は午前0655時。コンソールからアリーナ主催の管制室へ通信要請を行う。
「アリーナ管制室、コントロールへ。機体コード:ラピッドタイド、スタンバイ完了。出撃許可を要請する」
 電波状況良好の回線を介して、女性のガイドヴォイスが届く。
『了解。ラピッド・タイドのスタンバイ完了を確認。アリーナへの出撃を許可します。ガレージ、開口します』
 その指示と共に前方のシャッターが開き、徐々にその向こう側に溢れている鋭いライトが搭乗機体・ラピッドタイドの全貌を明らかにしていく。
『シャッター開口完了、前進してください』
「了解」
 それに従い、ヴァネッサは足元のフットペダルをゆっくりと踏み込んだ。
 搭乗機体に対する特殊な適性を見出されてから乗り込んできたAC──重戦車型機体のキャタピラを回転させ、ガレージからアリーナ空間へその全貌を現せる。
 遥か高みの天井から燦燦と降り注ぐスポットライトの光源がアリーナ空間を明々と照らし、全周囲に渡って出力されている大観衆の狂騒とした映像群と観声が、アリーナ内の待機ラインで停止したラピッドタイドのコクピットにいるヴァネッサの視覚と聴覚を刺激する。
 周波数を致合させた回線からアリーナ運営委員会の実況中継が始まり、コクピット内に流れ込んでくる。
『さあ、観衆の皆さんも待たれた事でしょう。いよいよ予備大会決勝、開始時刻です!』
 若い女性のキャスターが、開始前にも関わらず狂乱の様相を呈したアリーナを更に盛り上げるべく、自らも興奮に満ち満ちた声音で実況をはじめ、実況席の隣にいるのだろう解説アドヴァイザーの男も言葉を交える。
『予備大会とは言え、これだけの観客動員数は異常ですね。それだけ、新鋭レイヴンの実力が予備大会予選から注目されてきたという事でしょうが』
『速報では、先ほど行われたレイヴンズアーク主催のアリーナ本戦においても、トップクラス・マッチで新しい1stランカーが誕生したそうです。最近はこのコーテックスを含め、若手の台頭が著しいですね』
 そんな実況と解説のやり取りを耳にしながら、迫る決勝の開始時刻に視線を配る。
「凄いお客さんだね……。緊張しちゃうかも」
『それだけ、次々と現れる新鋭に世論が注目しているという事だ。この舞台で、無様な醜態はさらせんぞ。前を見ろ、ヴァネッサ……』
 リサの言葉に倣い、ヴァネッサはメインディスプレイの有視界内は前方、対向線の待機ラインに佇む決勝の対戦機体に視線を移した。その時、まさに真向いの待機ラインに立つ軽量二脚機体を駆る見知った相手のレイヴンから通信要請が入った。
 リサが計らいを見せて実況中継の音量を下げ、ヴァネッサはその事に胸中で感謝しつつコンソールを叩いて回線を開いた。
 ざざ、と砂嵐のようなノイズが短く走った後、通信回線が開かれる。
『おはよう、ヴァネッサ』
「こっちこそ、ジェリー?」
 深く見知った間柄である同期のジェリーと、朝の挨拶を交わす。予備大会決勝の対戦相手であるジェリーとは、グローバル・コーテックス隷下の兵士育成施設に入った5年前から共に年月を過ごしてきた仲である。特別外部育成枠を用いて育成施設から予備大会の出場にまで漕ぎ着けたヴァネッサに対し、知己であるジェリーは、グローバル・コーテックスの専属レイヴン、つまり純粋な生え抜きとして決勝にまで勝ち上がってきた。
 一回り程も年齢が上のジェリーをヴァネッサは兄妹のように思っていたが、二人は此処まで一人の戦士となるべく研鑽を積んできた。予備大会とは言え、決勝の檜舞台における相手がジェリーであった事に、ヴァネッサは大きく歓喜した。
『特別、互いになにか言うことはないか』
「かもね。此処まで来たら、後は互いの結果を讃えるだけにしましょう?」
『ああ。互いに健闘を、ヴァネッサ』
『ええ。互いに幸運を、ジェリー』
 知己との短い会話を終え、ヴァネッサは実況中継と共にジェリーとの回線を閉鎖した。コーテックス・アリーナ管制室からの無線が入る。
『開始まで一分です。出力映像を停止、貴君の健闘を祈ります』
 アリーナ空間の全周囲に展開していた観客の出力映像がぶつりと途絶え、それと共に空間内に満ちていた歓声も消え去る。全周囲数百メートルに及ぶ広大なアリーナ空間の本来の全容が有視界内に映し出され、ヴァネッサは軽く瞼を下す。
(私は負けない。行こう……)
 目を開き、右サイドのサブディスプレイに表記されたカウントダウンの数字を視界の隅に捉える。残り10秒を切っている。
 操縦把を両手に握り込み、前を見据える。
『通例通り、敵機体:ブルーマーレの機体構成は軽量二脚型だ。あちらの有効射界内に一切踏み込ませず、高密度火力で一機にカタをつけろ。長期戦は無用だ』
「了解。これより戦闘機動を開始する。よろしく、リサ」
『ああ』
 カウントダウンが重い電子音と共に決勝開始を告げ、それと同時に前方に捕捉したジェリーの搭乗機体:ブルーマーレがブースタ出力最大で宙空へと展開する。
 リサが即座にブルーマーレの機体情報を解析プログラムに走らせ、サブディスプレイに情報出力する。
 機体構成はクレスト社純製の軽量二脚機。武装は軽量二脚という構成に則り、同社製の短機関砲を右腕に、レーザーブレードを左腕に備えている。
『ブルーマーレ、背部兵装ミサイルコンテナを展開、──発射』
 有効殺傷域外からの牽制攻撃だろう、ブルーマーレは左背部に搭載したミサイルコンテナから垂直型空対地ミサイルを連続射出した。仮想空間内の射出高度限界まで上昇した垂直ミサイルが降下を始め、ヴァネッサは最前衛の弾頭を捕捉し、右腕兵装のグレネードライフルから榴弾を撃ち放った。
 最前衛のミサイル弾頭に榴弾が直撃し、仮想戦域を揺るがす轟音と共に爆炎が散った。その爆炎に突っ込んだ後続のミサイル群が次々と誘爆し、爆散した弾頭の残骸が地上に焦熱体となってラピッドタイドの機体に降り落ちる。
『敵性動体、右舷14時の方向より急速接近。近づかせるな、弾幕を張れ』
 リサの的確な戦術支援を耳に入れながら操縦把上部のスイッチを押し込み、兵装を左背部兵装の多砲身式回転機関砲に転換、左腕兵装の同種短機関砲と合わせて砲口を機動旋回するブルーマーレへ突き付けた。
 ジェリーの駆るブルーマーレは以前から知り得ていた通り高機動戦に特化し、それを突出戦闘に用いたオーソドックスな戦術を旨としている。
 両手に握り込んだ操縦把付随のトリガーを握り込み、最大回転効率で砲弾を撒き散らした。
 無数の火線が殺到し、旋回機動を取るブルーマーレの軌跡に追いついた火線が装甲に着弾して同機の推力バランスを著しく搔き乱す。
『推力バランスの低下を確認。ヴァネッサ、狙えるぞ』
「まさに短期決戦ね、ジェリーには悪いけれど……」
 左腕兵装を固定維持し、背部兵装を多砲身式回転機関砲から右背部のリニアキャノンへ移行。ブルーマーレが推力バランスを安定化される前に、リニアキャノンの照準を完了してトリガーを絞り込む。
 重い反動音が重戦車型であるラピッドタイドの機体をその場に一瞬押しとどめ、特殊機構によって強化推力を得た砲弾がブルーマーレの頭部目がけて飛来。
 着弾時点で頭部パーツは損壊するだろうが、ヴァネッサはジェリーの戦術センスに対して過小評価を与えてはいなかった。戦術支援AIであるリサもそれを分かっていたのだろう、リニアキャノンの次弾装填を完了した直後に自律支援プログラムに則って背部兵装を搭載機関砲へ再転換した。
 ヴァネッサの期待通り、ブルーマーレは回避機動が間に合わないであろう事を受け入れ、自ら機体を正面に向けて左腕兵装のレーザーブレードを最大出力で現出させ、それを振り抜いた。
 正確なブレード攻撃によって融解したリニアキャノンの砲弾の残骸が、ブルーマーレの肩部装甲を若干削り取ってアリーナの天井に突き刺さる。
 搭乗者であるジェリーのその操縦技術は、人の域を越えた場所にある反射能力の賜物であった。そしてそれだけではなく、彼には遍く在るレイヴンが持ち得ようとしても中々持ち得ない、兵士としての才覚があった。
『変わらず化物振りを披露してくれるな、あの若造は……』
 皮肉を混じらせてリサが言う。育成施設における訓練生時代から、自身の訓練機体に搭載してきたリサは、ジェリーのそれについてはヴァネッサと同じくよく知っている。
 強化内骨格施術──所謂強化体処置を受けずにいながら、兵士として極めて恵まれた素質を持っていた事により、彼は此処まで上り詰めてきた。
 リサが先行して既に済ませた転換兵装を上空へ向け、対空迎撃態勢を完了するのもそこそこに再び短機関砲による弾幕射撃を行う。ブルーマーレは無理な回避機動を取らず装甲でいくつかの砲弾をいなしながら、しかしスラスターを連続噴射して大胆に降下接近してくる。
『有効射界に踏み込まれるぞ。幾らかは装甲で無力化できるだろうが、覚悟しろ』
「了解。決定打になる前に、今度こそ……」
 機動力において多種機体より明らかに劣る重戦車機体では、近接戦闘に持ち込まれた場合に相手が軽量二脚では、圧倒的に分が悪い。だからこそ、相手の有効射界に踏み込まれる前に、高密度火力で一気にカタをつける必要があった。だが、そうそう上手く事が運びはしないという事は、ヴァネッサもリサも最初から見越していた話である。
 此処が本番で、終幕だ──
 口許を歪めて軽く舌舐めずりし、ヴァネッサはメインディスプレイ上部に表記されたAPゲージ【アーマー・ポイント】にそれと無く注視し、それから右舷上空のブルーマーレを捕捉した。
 アーマー・ポイントとは、各傭兵仲介企業が運営するアリーナ興行において多く導入されているポイント・システムの事である。搭乗機体の装甲各部や駆動及び出力機構の損壊具合に併せ、それに見合ったポイント損失を基本とし、継戦態勢が不可能と判断された時点で搭乗者の自己判断により勝敗を決するものである。
 古い同期、ジェリーとの手加減なしの仕合いはこれで二度目。
 カメラアイを介して視線が交錯した刹那、互いの搭載火力が衝突した。
 瞬間火力に優れたブルーマーレの短機関砲から文字通り灼熱の弾雨が降り注ぎ、対実弾性能に優れたラピッドタイドの外部装甲が砲弾を弾き返す。
 被弾による細かい震動がコクピットを揺さぶり、しかし、それに構うこと無くヴァネッサは両人差し指でトリガーを押し込み続ける。アーマー・ポイントが激しい勢いで減少を続け、機体表面温度が急激上昇。機体維持機能の再設定をリサが告げる。
『表面温度が急上昇している。エネルギー出力を一部低減、冷却機構稼働率を60%増幅』
 リサの冷静な戦術支援に感謝しつつ、ヴァネッサは至近距離からの絶え間ない被弾に耐えしのぎ、小刻みに回避機動を取りながら接近しつつあったブルーマーレの機体を漸く後退させる。
 だが、搭乗者のジェリーはブルーマーレを有効射界の外側まで下げはしなかった。ラピッドタイドの左腕と左背部搭載の短機関砲による砲撃を最小限の機動で回避しながら、ブルーマーレが兵装転換の予備動作を見せるのをカメラアイが捕捉した。
『ブルーマーレ、背部レーザーキャノンを展開。来るぞ』
 軽量二脚機にも関わらず重量高出力型のレーザーキャノンを背部に搭載するブルーマーレは、同兵装を左背部より転回、その超大な砲身をこちらへ向けた。牽制射撃による被弾を無視し、その先で精密射撃による一撃を狙うブルーマーレのカメラアイと、レーザーキャノンの砲口に意識を傾注する。
「4,3,2,──来るわ」
 ブルーマーレの旋回機動に合わせてタイミングを合わせていたヴァネッサは、有視界内にブルーマーレの機影を捉えた状態で、レーザーキャノンの砲口から鋭い光源が溢れるのを目視、同時に操縦把外側面付随のボタンを押し、内部保機兵装のECMメイカーを放出した。
 機体周囲に放出した自律浮遊式のECMメイカーが高出力の妨害電波を拡散放射し、対妨害電波性能に優れたブルーマーレの頭部機能を"恐らく"、一瞬でも麻痺させる。
 ──視覚を一瞬でも聾しかねない光を伴った光線が、地上のラピッドタイドへ向けて走った。
 ラピッドタイドの頭部側面が焼却され、けたたましい警告音とメッセージと共にカメラ機能の一部が完全に停止。リサが損壊状況を伝え、各種センサー群による戦術支援効率の底上げを伝える。
 ヴァネッサは目をしっかりと見開きく。レーザーキャノンによる頭部への被弾の最中に、兵装転換を済ませた右腕兵装のグレネードライフルを持ち上げ、射撃反動によって推力バランスを崩しながらも低空を飛行していたブルーマーレに榴弾を放った。
 それほど離れていない距離、互いにとっての完全な有効殺傷域内でブルーマーレを爆心地に赤々しい炎が広がる。衝撃波を受けたECMメーカーが周囲で爆発し、直後爆炎の中から最大推力でブースタを噴射しながら、ブルーマーレが離脱してきた。
『敵機体、頭部欠損。索敵性能ダウン。容赦するな、一機に畳み込め』
 戦術支援AIであるリサが元来の冷徹さを示すように、慈悲のない指示を出した。その言葉に無言で同調し、さらに兵装転換をしてヴァネッサはリニアキャノンの砲弾をブルーマーレに向けて撃ち込む。頭部欠損の他にも機体各部に機能不全を起こしているのだろうブルーマーレは、ラピッドタイドの砲撃に対して有効な回避機動を取ることもなく容易く、一撃で右腕を謙譲した。
 肩部当たりから吹き飛んだ右腕の名残りが地上へ落下して転がり、その衝撃によって損壊したクレスト社製の短機関砲が右腕を巻き込んで爆散する。
 機体の強制的な後退を迫られ、ブルーマーレが低空から地上へ着陸、残余推力で土煙を上げながら後方へ滑走する。
『敵機体、残余APの欠乏を想定確認。見事だ、ヴァネッサ。お前の──』
「待ってリサ、まだだ──!」
 滑走の後、機能停止を選択するかに思われたブルーマーレだったが、コア後背部から高出力の噴射炎が噴き上がる。次の瞬間、頭部と右腕を欠損しているという致命的な状態を差し置いて、ブルーマーレの機体が高出力で突進してきた。
『速やかな自殺を所望か、あの若造は。いよいよもって、本当の化物だな……』
 アーマー・ポイントはあくまで勝敗を決する為の境界線であって、搭乗者の意思関係なく決せられる勝敗システムではない。それは搭乗者の生命維持を最優先に考案されたシステムであり、アーマー・ポイントの枯渇に関係なく機体機能が維持できるのであれば、継続戦闘は可能である。だが、その先からは一切の生命の保障が効かないという多大なリスクを背負ってしまうが。
 致命的な損壊を既に追っているブルーマーレ──その機体を操るジェリーはそのリスクを自ら課してなお、継戦を選択した。
 機関砲による高密度の弾幕をコア部急所への狙いを外して展開するも、ブルーマーレはまともな回避機動を取らず、しかし覚悟を決しているかのように真正面から突っ込んでくる。
『何をしている、ヴァネッサ。致命打を貰うぞ』
「わかってる。けど──」
 決定打にならない弾幕をブルーマーレは機体全身の装甲を犠牲に切り抜け、左腕に残ったレーザーブレードの刀身を現出させる。有効殺傷域の間合いすら詰み切り、後ろに投げ出されるような重い衝撃がラピッドタイドの機体を貫いた。
『左腕部欠損、AP40%減少。次はない、確実に仕留めろ。……ヴァネッサ、お前は何の為にレイヴンになったのだ? その致命的な甘さを、世に露呈する為か?』
 プログラム・ヴォイスは至って平坦だが、疑似人格の物としては余りに抑揚を感じさせるその言動に、ヴァネッサは胸中で申し訳なくなった。
「違うわ。私はあの人の、先生の為に戦うの」
 後背へ切り抜けたブルーマーレがそのまま上空へ飛翔し、オーバード・ブーストを維持したまま旋回機動を取りながら、今度は左舷10時の方角へ回り込む。
『ならば尚更だろう。此処で死んでは、何にもならんぞ』
「そうだよ。でも、私は人を殺す為だけにレイヴンになるんじゃない。その事を此処で証明できなければ、私は──」
 鈍重な機動しか取れない重戦車で旋回機動を取り迎撃態勢を展開する中、ヴァネッサは脳裏に別段思い出したくもない過去に無意識に触れていた。
 兵器災害などというクソのような未曽有の災害危機が人類を襲うよりも以前──、世界中の何処にでもあるような戦場で、一人の少年兵として物心がつく前から銃を持たされてきた。
 泥まみれの無骨なライフルが可愛らしい小奇麗な人形の代わりで、絶え間ない銃声と悲鳴がいもしない母の子守歌の代わりだった。5つ位になる頃には、其処らの大人の兵士よりも戦場で人を殺した。戦闘員非戦闘員の分け隔てなく。育ての親のくせに名前すら知らない武装勢力の尖兵として。
 育ての親で覚えているのは、のっぺらぼうの兵士が言った言葉くらい。
 ──殺せ。明日が見たければ。
 その言葉だけが、まるで遠い先祖から延々と語り継がれてきた呪詛のように頭に貼り付き、最初の頃にあったはずの恐怖は次第に麻痺していった。その言葉だけが、からっぽの身体を動かす唯一の原動力にすらなっていた。
『ブルーマーレ、急速接近。約10秒後に接敵する』
 戦術支援AIとしての役割を損なわず、その面に関してリサは淡々と任務を遂行する。その行為の裏側に、単なる被造物としてではない感情が"彼女"には介在しているのでは、とヴァネッサはいつからか思っていた。
「私に、この生き方を示してくれたのは先生だ……」
 明日を見るために、ただ殺すだけ殺して眠り、起きては殺し……いつか自分が死んで終わるだけだと思っていた日々に現れたのが、仲間を引連れて現れた"先生"だった。
 先生──あの人にとって、その仕事はレイヴンとしての何でもない日常の一風景に過ぎなかったのかもしれない。事実として、育ての親である武装勢力が保有していたAC機体は、先生の引連れてきたAC部隊に悉く撃破された。
 ──私達、少年兵部隊を一切手にかけずに。
 あの人に拾われ、汚泥まみれの私達を見て、彼女は最初にこう言った。
 ──誰が嘲ろうと、その生き方を通した者が正しい。お前達は生き残った。正しかったんだ
 彼女は彼女の生き方を、その戦場で私の目に焼き付けさせた。
 遍く在るレイヴンという存在の例に漏れず、"先生"も非情を極めた兵士だった。けれど、彼女は自らに生き方を課し、それを全うしてきた。
 ただ、殺す為だけにレイヴンになるのではない。何もかもを殺して生き延びる為だけに。
「私は此処で、それを示さなきゃならないんだ……」
 リサは暫く、といっても寸秒足らずの間だったが沈黙の空気を醸し、やがてヴァネッサのその言葉に返答をよこした。
『すまない、ヴァネッサ……。私も甘いな、お前のその生き方を信じ難かったとは……』
「ありがと、リサ。私は此処で勝つよ、必ず」
 旋回機動を継続しつつ低空から地上すれすれに降下したブルーマーレが、正面から相対する格好で突進してくる。ヴァネッサは短く息を吐き出し、リサに一つの指示を出した。
「強襲用オーバード・ブースト起動、最大推力で突進する。付き合ってくれる?」
『無論だ。始めに言っただろう、此処がお前の檜舞台だとな』
 リサが自律支援プログラムを実行し、最大推力による強襲用オーバード・ブースト起動プロトコルを完結させる。ヴァネッサは一瞬の逡巡もなく、操縦把上部のカバーを親指で弾き上げ、中の起動スイッチを押しこんだ。コア後背部の大型ノズルが展開し、出力機構から最大効率で供給されたエネルギーが重戦車の機体を最大推力で押し出す。
『接敵まで四秒。極点、ここに結ばれるか?』
 左腕のレーザーブレードを除いて一切の武装を排したブルーマーレが、機体への負荷限界を度外視した速度で真正面から迫る。互いにオーバード・ブーストを用いて強襲機動を展開している。正面から衝突し合えば、軽量二脚機では一たまりもないだろう。無論、ラピッドタイドも無傷では済まされない。
 生命の保障を捨てて継戦行為を選んだジェリーは、それをよく分かっているだろう。
 ヴァネッサはそこに、自らの勝機を賭けた。
 互いの機体がそれぞれの最大推力を持って衝突する刹那、ブルーマーレが予測通りに機体分解のリスクを背負いこんでまで、ブースタを左舷へ噴射し急速離脱する。
 それを見越し、ヴァネッサはオーバード・ブーストを解除、同時に左脚部──左キャタピラのブレーキ・ペダルを全力で踏み込んだ。
「ぐ、うう……!」
身体が前方へ投げ出され、シートベルトが体に深く食い込む。機体制御用のセンサー群が左キャタピラの過剰負荷を伝え、サブディスプレイが警告メッセージで埋めつくされる。びりびりと痺れる右手で操縦把側面部の兵装転換スイッチを押し込み、背部兵装のリニアキャノンを展開。
 通常の重戦車ではあり得ない機動力を実現してラピッドタイドの巨体を軌跡半回転させ、刹那早く機体反転を済ませ、推力展開を完了しかけていたブルーマーレと中近距離で相対する。
 フレーム・システムでブルーマーレの左脚関節部を捕捉し、白熱した思考でトリガーを絞り込んだ。
 リニアキャノンの砲身から撃ち出された大口径の砲弾は過たず、ブルーマーレの関節部を撃ち砕き、左脚部を丸ごと吹き飛ばした
 機体バランスの再調整が間に合わなかった機体が急速に傾いで地上に倒れ込む。緊急停止したオーバード・ブーストの残余推力によって火花を接地面から吹きあげながら、滑走していく。百数十メートルほどのも地上を滑走しながら、ようやくブルーマーレはその機動を停止した。
『ブルーマーレの沈黙を確認……。お前の勝利だ、よくやったな』
 白熱していた思考が徐々にクールダウンし、過剰放出されていたアドレナリンが薄れていくことによって激しく脈打つ心臓の鼓動が聞こえ始める。
「はあ、はあ……」
 全身の骨格が軋むような痛みを覚え、しかし、ヴァネッサはその感覚に大した反応をする訳でもなく、ただ有視界内に映る、無残なまでにぼろぼろになり機体各部から黒煙を噴き上げているブルーマーレの残骸に視線を向けていた。
 暫くしてラピッドタイドに通信要請が入り、機転を利かせたリサが回線を開く。
『こちらコントロール、対戦機体:ブルーマーレの沈黙を確認。貴君の勝利、おめでとうございます』
 コントロールの若い女性が若干興奮した様子で労いの言葉を述べる。
『今からアリーナ内へ事後処理班及び緊急救護班が向かいます。機体制御を第一種戦闘態勢から第三種準備待機態勢へ移行、待機してください』
「……了解」
 その後間もなくして事後処理班の特殊車輌部隊がガレージから現れ、滑車が外部繋留された事を確認してから、コンソールを操作してコクピット後方のハッチを開放した。
「出力機構の停止プロトコル完了……。ありがとう、リサ」
『みなまで言うな。今後がお前の、レイヴンとしての本番だ』
 その冷静でありながら同時に温かみを感じさせてくれる友の言葉に、ヴァネッサは口許を緩めてみせた。
「中核基盤から直ぐに送信するから、待っててね?」
『了解。戦闘記録及び通信記録をデータバンクに保存。10秒後に休止状態へ移行する』
 そして10秒きっかり経って、リサは自らシステムの休止状態へ移行した。コンソール下のハードから、戦術支援AIであるリサの中核基盤を抜き出す。コンソールを手動で操作し、全システムを停止。
 ヴァネッサはコクピットから這い出し、外部繋留されていた滑車を伝ってアリーナ空間の地上へ降り立った。
 すぐさま救護班が駆け寄り、
「何所か負傷は?」
「いえ、大丈夫です」
 短いやりとりを交わし、代わって事後処理班のチーフと思しき鬚面のつなぎの男性が立つ。
「機体は事後規定に従ってガレージへ牽引後、専用ドックに搬入する」
 先ほどと同じくらい短いやりとりを終え、機体表面部から立ち上る焦げくさい蒸気を鼻腔に捉える。
「お疲れ様、ラピッドタイド……」
 事後処理班の作業員が機体処理に当たる隅で、離れた場所に倒れたブルーマーレの所でも同様の処置が行われていた。だが、コクピットを救護班が強引にこじ開け、中からパイロット思しき青年を引きずり出している様子を見て、ヴァネッサは目を細めた。
 担架に乗せられようとした所で不意に青年は、肩を貸してもらっていた救護員から離れた。脇腹を押えながらも青年は自分の足で立ってヴァネッサの方へ視線をよこすと、意識の確かさを思わせる足取りでこちらへ歩み寄って来た。
 頭二つ以上も背の高いジェリーが、穏やかな表情を浮かべてヴァネッサの双眸を覗き込む。
「悔しいが、さすがだよ。本戦出場おめでとう、ヴァネッサ」
「ありがとう、ジェリー。決勝の相手が貴方で、本当に良かった」
 それは偽りのない本心。
 先生と同じ道を志してから、共に生きてきた知己を相手に、ヴァネッサは自身の在り方を証明した。
 ジェリーと握手を交わし、そして軽く背を伸ばして彼と抱擁を交わす。
「私は上へ行く。そこで、貴方を待ってるから」
「ああ。俺も必ず、その高みへ向かう。ま、暫くは療養生活だけどな」
 ジェリーから離れると、彼は傍にいた救護員に再び支えられて、アリーナ空間を後にした。
 ヴァネッサもコーテックス・アリーナの運営スタッフに導かれ、専用出口からアリーナを去る。連絡通路を個人待機室へ向かう傍ら、
「五分後に勝者インタビューがありますので、宜しくお願いします」
 待機室に到着後、運営スタッフを部屋の外に残して扉をくぐる。
 灯りが灯されたままのロッカールーム、その一番奥のベンチに、純白のダブルボタンスーツとタイトスカートに身を包んだ"彼女"の身体が壁に背を預けた格好で眠りについていた。一番隅のロッカーから専用接続ハードを取り出して中核基盤を差し込み、接続端子にウェアラブルコンピュータのコネクタを繋いだ。
 魂の一切が抜けたように、頭を垂れて虚ろな双眸を開いている"彼女"の身体の横に腰を下ろし、暫く彼女の眠りにつく姿を眺める。
 二十代半ばの若い女性の姿を模った身体。明るく艶やかな、腰元まで下ろされたブロンド。切れ長の眼は魂がなくとも、その身体の持ち主の意思の強さを象徴するかのように鋭い。
 女性としての理想形を求めた、嘆美を追及された肢体。首筋の接続ジャックに接続ハードからコネクタを繋げた。
 ウェアラブルコンピュータのパネルキーを叩き、中核基盤から"彼女"の魂を身体へインストールしていく。ウェアラブルコンピュータのディスプレイがインストール完了を知らせ、ほぼ同時に、彼女の俯いた頭が動いた。空っぽだった双眸に明確な意思が宿り、それを持って"彼女"は自身の身体を立ちあがらせる。
 彼女は、自身を見上げるヴァネッサの双眸をのぞきこみ、
「改めて。ご苦労だったな、ヴァネッサ」
 魂を吹き込まれたリサは、所有主であるヴァネッサの頭を優しく撫でた。
「うん、ありがと。すぐにインタビューが始まるから、見ててね」
「ああ。心配するな」
 ヴァネッサは起動を完了したリサを伴い、小走りで会見現場に向かうべく待機室から連絡通路への扉を潜る。そばで待っていた運営スタッフの後に続き、連絡通路をつきあたった先の扉からコンテナ用昇降機の設備空間へ出る。
 そこに多数のメディアのカメラマンと記者が、ヴァネッサの到着を今かと待機していた。
 その中で現場統括に当たっていたと思しきコーテックス関係者の女性が、ヴァネッサを昇降機の中央に呼び寄せる。
「決勝、お見事でした。これより勝者インタビューを上で行ないますので、くれぐれも普段通りにお願いしますね」
 にこやかな笑みを浮かべて彼女が言う。その声には聞き覚えがあり、ヴァネッサは彼女が決勝前後に自分をオペレートしてくれたコントロールの女性だと思い当たった。
 その彼女の的確な指示に従ってインタビュー関係者が昇降機に乗り込み、ヴァネッサが確かに乗り込んだことを確認してから、傍にいたリサは昇降機を降りた。
「外から見ている。表に出るのはどうも苦手でな」
「うん。じゃあ、また後でね」
 オペレーターの女性の指示によって昇降機が上昇をはじめ、吹き抜けの壁にリサの姿を阻まれて見えなくなる直前、彼女はこちらを見上げながら、何言か独り言を言っているようだったが、ヴァネッサには彼女が何を言っているのか、そこまでは読み取れなかった。
 吹き抜け上部出口で、けたたましいまでの喧騒が行き交っているのが、ヴァネッサの聴覚に届いた。ほんの僅かにヴァネッサは鼓動を逸らせ、それが収まらないうちにヴァネッサを乗せた昇降機は吹き抜け最上部の出口まで登りきった。
 文字通り割れんばかりの狂騒とも呼べるほどの歓声が、ヴァネッサを出迎えた。
 数万人に及ぶアリーナ空間に映像として出力されていた、現実の大観衆が四方から拍手交じりの歓声を送る。すぐに勝者インタビューのマイクがヴァネッサに向けられる。
「予備大会決勝の見事な勝利、おめでとうございます!」
 あまりに自身の心境とはかけ離れた周囲の対応に若干たじろぎながらも、ヴァネッサは質問のひとつひとつに浅く思考を巡らしながら、受け答えしていく。
 一切鎮まり得ぬ狂乱の如き歓声の中、マイクを向ける女性がインタビューの締めとして、
「今のお気持ちを伝えたい方がいたら、どうぞ!」
「えっと……」
 エデンⅣ全域に各メディアの実況中継で放映されているカメラを順番に眺めつつ、ヴァネッサの脳裏には一人の人物の姿が浮かび上がっていた。
 ようやく此処まで、上って来た。
 ひとつの在り方を示し、ひとつの在り方を実践する道が開けた。
 そこまで導いてくれた彼女への、精一杯の感謝を。
 ヴァネッサは大きな、満面の笑みを浮かべる。
 そして、右手で作ったブイサインを掲げ、
「──先生。私、やりました!」

 この日、後にグローバル・コーテックス・アリーナにおいて、トップクラスにまで上り詰める事になる一人の新鋭レイヴンが、アリーナ本戦への出場資格を手にした。

                          *

『──先生。私、やりました!』
 TV画面一杯に映り、満面の笑みを浮かべながら言うヴァネッサの姿を見て、ノウラは額に軽く手を当てながら声を出さずに苦笑した。
『良い子だね、君の教え子かい?』
「ああ。今日付けでウチの社員だ」
 ヴァネッサには【ターミナル・スフィア】に参画する為の最終試験として、グローバル・コーテックス・アリーナ本戦への参戦資格を課していた。今年で16歳になったばかりとはいえ、レイヴンとして生半可な実力を持つ者は必要ない。一線の戦力として確立できるよう、ノウラは教え子である彼女にレイヴンとしての手管を教え、彼女はそれを見事実証してみせた。
 何も文句は言うまい。今日の所は。
『この手で世間の注目を集めるのは、柄じゃないと思ってたんだが』
「世の情勢が情勢だ。飯の種を得る為には、柔軟にならんとな」
『彼女は【社団】の広告塔、という所か……』
「まあ、そんな所だ。今回、コーテックスには良い商談相手となってもらったよ」
 正規の、しかも大手の傭兵仲介企業が主催するアリーナ大会でのランクナンバーを保持しているレイヴンは、現在の所【ターミナル・スフィア】には存在しない。世間、その手の業界では独立した軍事力を保有する調査社団としての側面を知られてはいるが、今後の業界における情勢変化を鑑みるならば、社団内に正規ランクを持つレイヴンを新しく補填しておくのも悪くはないだろうと、ノウラは以前より一計してきていた。
 内通回線の着信音が鳴り、ノウラは受話器を取る。
『現場より状況報告です。【バラハ01】及び【バラハ02】、0725時、エリア【Fr-06】から【Fr-14】にて、該当戦域における所定を完結しました。【バラハ03】も同様です』
「事後処理をミッションコード:012‐11から013‐13へ引き継げ。……【バラハ01】へ回線を繋げられるか?」
 可能です、とメイヴィスが怜悧さを湛えた口調で言い、すぐさま回線接続処理に当たる。
 ニュース続報が垂れ流しになっている投射型TVを背に此方へ向き直ったスワローが、
『其方の仕事かい?』
「ちょっとした保険に過ぎんさ。事後報告なら、後でコーテックスからお前の方にも伝わるだろうよ」
 その言動にスワローは眉を細めて怪訝な表情を表してみせたが、結局それ以上は何も言及しなかった。
『……そろそろおいとまさせてもらうとするよ。支払いはどうすればいい?』
「いらんよ。是は双方の間で交わされた、唯の痴話話に過ぎん」
『……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、ノウラ』
 ノウラはスワローのその軽い謝辞に手をひらひらと振って応え、備えつけの箱から新しい紙巻煙草を取って咥える。
「──此れからの世の中、益々面白くなりそうじゃあないか。なあ、スワロー?」
『そうだね。ではまた、マダム・ノウラ……』
 それを最後にグローバル・コーテックスの古い知己・スワローの出力映像にノイズが走り、やがて彼の姿は眼前から文字通り掻き消えた。
 デスク内蔵のコンソールを叩き、室内を覆い尽くしていた仮想映像の出力を停止した。
 ほぼ唐突に執務室内の元風景が戻り、窓貼りから差し込む人工の朝日の陽光にノウラは軽く眼を細めた。
『所長、【バラハ01】との回線準備、完結しています。繋ぎます』
 電話子機に別の回線が繋がれ、暫くして別の訊き慣れた男の声が受話口から聞こえてきた。
「御苦労だったな、【バラハ01】。引き継ぎ完結の後、【バラハ03】及び【レジェス57】と現着合流して事後処理に当たってくれ」
『此方【バラハ01】、了解。……随分とあの娘を気にかけているな』
「身内になれば、お前が教導役になるんだぞ。今の内に親睦でも深めておけ」
 無線の先から、同僚であるガロ──【バラハ01】が軽くため息をつくのがわかった。
『了解。引き継ぎ完結後、【バラハ03】及び【レジェス57】と現着合──』
 無線は開放状態のまま不自然なタイミングで会話が途切れ、寸秒の後、耳を劈く極めて聞き慣れた轟音が受話口から轟いた。暫くして再度、今度は5発。
「どうした、【バラハ01】」
 その誰何の問いから暫くしてもう一度銃声が響き、
『……作戦コード:012-11から、緊急即応コード:22-033へ移行する。マズいことになったぞ、ノウラ』
【バラハ01】が報告してきた緊急即応コードの構成ナンバーを耳にし、ノウラは席を立った。
「パルヴァライザーだと……?」
 耳を疑う前に緊急即応コードに則った対応を即座に構築すべく思考をシフトさせ始めた瞬間、窓貼りの外から差し込んでいたはずの人工の陽光がぶつ、と途絶えた。
 その不測の事態にデスクから窓貼りの傍へ走り寄り、それと同時に【ターミナル・スフィア】のオフィスが収容されている複合産業ビルの予備電力が起動して室内に灯りを灯す。
 作り物の天井から燦燦と降り注いでいた照明は変わらず停止状態にあるようだが、窓貼りからのぞく商業区画のいくつかのビルは、予備電力の起動により灯りを取り戻していた。
 デスク・コンソールからメール着信の電子音が軽く響き、ノウラはとんぼ返りでデスクにかけ戻る。
 コンソールを素早く叩き、メールボックスに届いた新着メールをディスプレイに表示した。
 差出人は、【統一連邦第四駐留軍機械化特殊作戦群】──
 依頼内容は、【閉鎖型機械化都市エデンⅣの全区画に不正侵入した未確認敵性勢力及び、パルヴァライザーの排除】──
 そのメールの内容を見て、ノウラは口許を歪めた。
「全く、早速面白くなってきたものだな……」

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最終更新:2011年09月17日 03:27