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*④/ /第十一話


                               *

 新鋭レイヴンのアリーナ本戦出場を快く思わない武装勢力による妨害工作を阻止せよ──
 事前にあらゆる手を使って【ターミナル・エリア】は、詳細情報を入手。予備大会決勝後の隙を狙って、新鋭レイヴンの命を頂戴すべく潜伏待機していた武装勢力を急襲、制圧した事により作戦は滞りなく成功した。

 拘束された武装勢力の実行部隊が、ガロの指揮した機械化急襲部隊員に引連れられて傍の車道に待機していた装甲輸送車に載せられていく。
 アリーナ内部に侵入せずに決勝終了後の隙を外部から狙おうとしていた当たりは、賢しいといっていいレベルだが、逆に出来ること言えばそんな程度のものだと、ガロは胸中で悪態をつく。
 グローバル・コーテックス相手の新鋭レイヴンが本戦への出場資格を手にした場合、武装勢力は作戦自体を放棄した事だろう。大手の傭兵仲介企業を敵に回して冷飯を喰わされるよりは、小規模な独立勢力の新鋭レイヴンが出場資格を手にした場合のみ、それを妨害すれば良いと考えていたはずだ。
同じ独立系勢力として、【ターミナル・スフィア】も嘗められたものだと、ガロは思った。
 事務所のコントロールでオペレート業務をこなすメイヴィスがノウラとの回線接続を施し、ガロは口許に咥えていた安物の紙巻煙草を指に挟み込んでから、インカムのマイクに指を当てた。
『……ご苦労だったな、【バラハ01】。引き継ぎ完結の後、【バラハ03】及び【レジェス57】と現着合流して事後処理に当たってくれ』
 所定に含まれていたその予定をノウラが改めて口にした事にガロは胸中で小さく首を傾げ、実際にそれを口にした。
「此方【バラハ01】、了解。……随分とあの娘を気にかけているな」
『身内になれば、お前が教導役になるんだぞ。今の内に親睦でも深めておけ』
 中ほどまで吸った煙草を口許に咥えなおし、ガロは小さく息をつく。興行区画は予備大会決勝が行われたアリーナ施設から程無く近い産業ビル群の路地裏、建物の壁に背を預けたガロはビル群の隙間からのぞくアリーナ施設の外観を見上げた。
 予備大会決勝は既に終わり、【レジェス57】──ヴァネッサの傍についていた【バラハ03】の要員コードを与えられたリサの内部処理も滞りなく終わった。作戦詳細については、ヴァネッサに余計な心的負担をかけることを避けるため、本人には一切知らされていない。
 本戦出場資格を得た事によりヴァネッサは今日付けでターミナル・スフィアの正規社員となり、レイヴン業の実戦面を含んだ教導役として、同業者であり事務所所属のレイヴンの中で最も適任と判断されたガロが、所長であるノウラからその役を仰せ遣わされた。
「了解。引き継ぎ完結後、【バラハ03】及び【レジェス57】と現着合──」
 その時、ガロは自身がレイヴンとしてあるために研鑽を重ねてきた身体機能一部──聴覚機能で、上空の何処から届く、翅虫が羽ばたくような耳障りな音を捉えた。ノウラへの返事を不自然なタイミングでぶち切り、インカムに耳を当てた状態で発振源の空を振り仰ぐ。明るい陽光が射す都市空間の中、目視距離にして180メートル上空にソレは浮遊していた。
 ガロはその物体が何であるか瞬時に行き当たり、傍を通り過ぎかけていた部下の兵士が肩に提げていた対物ライフルを搔っ攫い、付随の照準器で対象を捕捉する間もなく、己の卓越した視覚能力を持つ肉眼で対象を捉え、対物ライフルの引き金を絞った。
 耳を劈く轟音と銃床を当てた肩への反動が、周囲と自身の体それぞれを貫く。
 180メートル上空を旋回飛行していた対象が、有視界内で火を噴き上げて重力のままに落下、すぐ近くの路地へ墜落した。
 対物ライフルを両手に抱えてガロはその場を走りだし、狙撃対象が落下した路地の角をライフルを構えながら曲がる。もぞもぞと虫のように四肢を動かしながら地べたを這いずるそれが、視線のすぐ先にいた。
(ち、最悪だ……)
 間断なくその物体に接近し、防衛態勢を取られる前にその物体の背中を踏みつけて対物ライフルの銃口を突き付け、四股と残った片方の翅を撃ち砕いた。
 抵抗の手段を失ったその物体の傍にしゃがみ込んで各部を検分し、接続ポートを発見して底にウェアラブルコンピュータの端末を差し込んだ。無様に抵抗しようとする翅虫に対して攻性プログラムを流し込み、強制的に機体機能を冷凍状態へ移行、搭載AIの基盤解析を行う。ノイズ交じりの膨大情報がディスプレイに羅列され、その末に一つの分析結果がディスプレイに表記された。
(分類番号:SSP-003。旧型も良い所だが、やはりパルヴァライザーか……!)
 端末コードを抜き取り、冷凍状態にある偵察用小型個体であるパルヴァライザーの頭部を12,7ミリ弾で一撃のもとに粉砕する。
 パルヴァライザーの残骸をその場に残して路地裏から部隊の元へ戻る傍ら、開放状態の無線に向かって、
「作戦コード:012-11から、緊急即応コード:22-033へ移行する。マズいことになったぞ、ノウラ」
『パルヴァライザーだと……?』
 そのノウラの返答にもならない呟きの直後、不意に天井から降り注いでいた陽光の光が唐突に断ち切れた。一瞬の静寂が興行区画全域を包み込み、間もなくして周囲からざわめきにもにた騒ぎが起こり始める。隷下の機械化急襲部隊へ合流するとほぼ同時に、あたりのいくつかの産業複合ビルが予備発電の起動によって灯りを灯すが、天井からの人工の陽光は相変わらず途絶えたままだった。
 機械化急襲部隊における作戦規定内の緊急即応コード:22-033とは、作戦所定完結時において第一種戦闘態勢の維持要の場合、現場判断により事態収束までの一連において現態勢を維持する事を指す。
 急襲部隊の各分隊長を招集して速やかに指示を出した直後、無線が途切れていたノウラから通信が入る。
『コントロールから【バラハ01】へ、ACの出撃依頼だ。所定完結後、即ちにハンガーへ向かい、出撃態勢を完結しろ。前後詳細と依頼内容は追ってそちらへ送信する。それから、【バラハ02】へ通信要請を行ってほしい。電波障害が発生し、此方からでは直接コンタクト出来ない』
「了解。【バラハ02】へも依頼内容を?」
『ああ。エデンⅣに現存する、AC保有勢力全てへの依頼だよ……。暫く離れるが、無線を常にオープンにしておけ』
「了解」
 ──エデンⅣに現存する全てのAC保有勢力が?
 ガロはノウラのその言葉に若干耳を疑い、直後にウェアラブルコンピュータに転送されてきた依頼内容に目を通した。口許で転がしていた紙巻煙草を足元へ捨ててつま先で踏み消す。
 インカム付随のダイヤルで周波数帯を調節し、機械化急襲部隊の別働隊を指揮している【バラハ02】への通信要請を行う。しばらく激しいノイズが回線の中を入り乱れ、機械化急襲部隊を伴って移動を開始していたガロにとっては不意に、回線がつながった。
「此方【バラハ01】、緊急即応コード要の事態により──」
『──ガ……? すまない──、今、……を追跡して……』
 聴覚に難を覚えそうなノイズに交じって、【バラハ02】──ファイーナのハスキーヴォイスが途切れ途切れに聞こえてくる。
「電波状況が乱れているぞ。状況を伝達しろ、【バラハ02】……」
『……女が、恐らく例の……。私の……AC搭、の……測位シ、で……。無線を……』
 その返答を最後に、恐らく向こうの意思とも関係なく無線が途絶した。
 途切れ途切れに聞こえてきたファイーナの言葉の断片から、一部の意図を解釈したガロは部隊を伴って【バラハ03】及び【レジェス57】との合流現場へ向かう。
 ──エデンⅣ全域が、不明規模の旧世代兵器群による武力侵攻を受けている。

                           *

 何故、あの少女を追いかけているのだろう?
「邪魔をするなっ……」
 進路を塞ぐ奇怪なシルエット──対白兵戦用制圧個体に分類できる四脚型のパルヴァライザーに正面から突進し、ファイーナは妨害者が両腕部に備えた物理ブレードの薙ぎ払いを身を軽く屈めてやり過ごす。前右脚部を足場に踏みつけてパルヴァライザーの頭上へ跳躍し、右手に携えた中折式グレネードランチャーから対物用散弾を撃ち放った。至近距離から拡散前の散弾をまともに被弾した頭部がごっそりと欠損、まさに機械じみた耳触りな悲鳴を上げる。
 パルヴァライザー後方へ跳躍する最中に、ベルトに巻いた弾帯から電磁干渉榴弾を抜きだして砲身に素早く込め、着地と同時にファイーナは引き金を絞った。
 アンカーを突き立てて後頭部に着弾した電磁干渉弾が接触起動し、高圧電流をパルヴァライザーの機体内へ直接放出、黒煙をぶすぶすと上げながらその場に崩れ落ちる。
 ファイーナはすぐに踵を返して追跡を再開し、次の迎撃に備えて砲身に通常榴弾を込め直した。興行区画全域に大音量の緊急避難放送が響き渡り、裏路地の上空をコーテックス所属の装甲ヘリ部隊が横切って行く。
 状況はファイーナ個人の見立てでも明らかに、緊急即応コードへの移行条件を満たしている。
 電波障害が回復の兆を見せていない中で、【バラハ01】に此方の状況を断片的にでも伝えられていれば、僥倖ものだとファイーナは胸中で静かに自嘲する。ファイーナが指揮していた急襲部隊別働隊は、分隊長の一人に指揮権を分割移譲し、作戦の所定完結と緊急即応コードに則った展開を命令してある。
 ファイーナは単独で産業複合ビル群の裏路地を疾駆し、不正侵入を果たして次々と向かってくる対白兵戦用パルヴァライザーを相手にしながら、作戦領域で見かけた一人の少女を追っていた。
 その少女について詳しく知り及んでいる訳ではないが、以前にノウラの執務室で彼女の詳細映像を目にした事があった。エデンⅣに活動拠点を置き、コーテックス傘下のレイヴンとして一線にある"ソリテュード"という男が飼っている、かつては旧世代の凍結資材だった生体部品だ。
 名は確か──
「"ALICE"と言ったか……」
 ノウラはその手のものについて詳しく知っているらしく、件に絡んで"ソリテュード"への接触を過去に何度か試みていたらしい。三年前の財団崩壊以前にも、兵器開発要綱の一部としてその名が挙がっていた。
 作戦領域であったアリーナ施設から程無く近い市中公園で、停電が復旧する直前に奇襲を仕掛けてきたパルヴァライザーを制圧処分した直後、内郭階段にぬいぐるみを抱えた少女を偶然見つけたが、それが"ALICE"だと気づいたのは、彼女がその場から逃走を始め、それの追跡を始めてからしばらくしてだ。
 緊急即応コードに準拠して行動している為に、彼女の保護を目的として少女を追うのは道理だとファイーナは適当に理由づけてみたが、それが本心でない事はファイーナ自身がよく分かっていた。
 少女の姿を見た時、彼女のその佇まいに何かしらの危うさを感じたのだ。
 恐らくそれが、最も近い動機ではないかと考えられる。
「左に一機、右に二機か……」
 裏路地前方の十字路から予測通り、計三機の白兵戦用機体が滑り出てきた。二機の四脚機は建物の壁を足場にして甲殻類のような動きで素早く迫り、残りの一機は正面を地上から接近してくる。
 グレネードランチャーを上方へ構え、両側面の二機の先手を取って通常榴弾を右舷の目標に向け撃ち放つ。正面から被弾した右舷の目標が鋼鉄の残骸となって飛散し、爆圧の余波に巻き込まれた左舷の目標はバランスを崩しながらも飛びかかる。
 同時、両脚部内蔵のアクチュエータ機構の稼働効率を最大出力で跳ね上げ、ファイーナはその場から壁を足場に蹴りつけて跳躍した。物理ブレードによる刺突攻撃を首肌一枚で避け、腰元のホルスターから抜き払って左手に構えた短機関銃を左舷パルヴァライザーの頭部に突きつけ、銃弾を叩きこむ。
 幾重にも重なった軽い銃声が路地裏を反響する。既に拡散榴弾を装填済みのランチャーを後頭部へ撃ち込み、頭部を粉々に吹き飛ばした。
 向かいの壁を蹴りつけてさらに跳躍し、地上に残った目標を見下ろす。
 残りの一機は地上で迎撃態勢を取り、物理ブレードをファイーナの方へ向けて突き上げた。発射エネルギーの甲高い充填音がパルヴァライザーの腕部機構から発生、自身の何処が狙われているのか軌道予測を済ませた直後、物理ブレードが撃ち出される。
 聴覚を聾しかねない発射音が轟くもそれに怯むことなくブレード射出に反応し、ファイーナは既に空けていた左手で物理ブレードの刀身を鷲掴んだ。義指内部の金属骨格とブレード構成金属が擦れ合う不快な音が響き、しかし、額に先端が至る直前でブレードは推進力を失った。
 人工皮膚の裂け目から流れる出血と摩擦熱による蒸気の異臭に構わず、ブレードを投げ捨てると速やかに短機関銃を抜き払い、弾倉に残った銃弾を全て撃ち込んだ。ホルスターへ得物を収めつつパルヴァライザーの後背部に着地、大腿部に巻くシースから抜き出した肉厚の強襲ナイフを首関節部の隙間から強引に内部へ突き入れる。内部の駆動機構を抉り切り、最後に柄を両手で捻って頭部を頚部から完全に切断した。
 最後に背中を蹴りつけ、後方回転気味に跳躍してその場から離れる。三機のパルヴァライザーが完全に沈黙した事を確認してから左右に持ったナイフと短機関銃を所定の位置に戻した。
「妙なものだな……」
 無残に抉れた左手の掌から除く人工筋繊維と金属骨格に視線を下した後、軽く二、三度握りこんでから機能不全がないことを確認し、腕を下した。右腕以外は強化内骨格兵装の規格システムを流用した義肢によって補われている。元よりまともな痛覚などは持ち合わせていなかった為に、強化内骨格兵装の一類である光神経線維による規格外の速度反応と併せて、至近距離からのブレード射出に相対することができた。
 ──が、ファイーナは身体要所に内蔵されているアクチュエータ機構群に若干の不具合を感じていた。
 現段階で気にせねば何でもない程度のものだが、過密度の実戦に於いてはそれがいつ致命的な状況を呼び込むか分かったものではない。
(劣化──限界が近いのかもしれんな……)
 アクチュエータ機構のほかにも数箇所、気にするべき点がある。
 一息入れる機会が在ったら、その時にでも身体を一度本格的な定期メンテナンスにかける必要があるだろうとファイーナは考えた。
 その直後、本来の進路を背後にファイーナは其処から何者かの気配を感じ、短機関銃を抜き払いながら瞬時に弾倉を入れ替え、気配の発生源へ突き付ける。
 裏路地の終着点、エデンⅣ居住区画とを隔てる隔壁設備の前の車道に、少女と思しき小柄な体つきの人間がぽつんと佇んでいた。うさぎのぬいぐるみを両手に抱えている。
「あなた……」
 今度は逃げる様子はないようだった。その様子に一抹の疑念を覚えながらもファイーナは短機関銃をホルスターへ収め、しかし、大腿部のシースに収めたナイフに意識をそれとなく傾注しながら少女のもとへゆっくりと歩み寄る。
 少女の傍へついに歩み寄っても、ついに彼女は逃げようとはしなかった。
 自身より二回り以上も小柄な、恐らく"アリス"と呼ばれる少女の容姿を改めて眺めてみる。銀髪、というよりはプラチナブロンドに近い長髪が異様な煌きを放ち、相応に可愛らしいフリルドレスに身を包んだ彼女からのぞく肌は白皙を通り越して、恐ろしく白かった。
 そして何よりもファイーナの目を引いたのは、アリスと呼ばれる少女の持つ彼女の、血色と言っても差し支えのない真赤な瞳であった。
 この世に存在する人間のそれとは思えない、いや、知る限りの出自では明らかにそうでない少女の佇まいにファイーナは一時出すべき言葉を詰まらせ、
「……あなた、何なの?」
 率直に思い浮かんだ疑問を少女に投げかける。取り繕うべき表情すらなく兵士としてのそれを貫いた態度だったが、少女は恐れる様子すらみせず、ただファイーナを下から見上げる。
 ファイーナには先ほどからひとつの疑問が付きまとっていた。少女が興行区画の市立公園から逃亡を始めて此処までの一連の間、ファイーナは少々というには多すぎるパルヴァライザーを破壊した。が、その個体数の全てが少女を追うファイーナの進路を悉く阻むように現れてきた。
 ノウラのかつて言っていた有機体戦略支援機構──旧世代において開発・製造され、公式記録では兵器災害が発生した五年前以降から何体かの現存が確認されている存在。
 ファイーナでなくとも、現在の世界情勢とこの手の業界に精通した者であれば、当然行き着く疑問の類であった。
 この子が、旧世代兵器群を──?
 あまりに馬鹿げた発想だ。だが、少女の身元がその疑問に無視できない信憑性を抱かせてしまう。
 そんな時、少女のうろんげだった視線がわずかに動き、ファイーナの背後に向けられた。
 一切の殺意も何も感じなかったが、ファイーナは背後に迫り来た不可視の脅威に反応して歩道左舷へ身を投げ出した。その場から数メートル跳躍して歩道を摩擦熱による煙をあげながら滑走し、少女の立つ場所へ視線を向けた瞬間、眼前に黒いシルエットが現れる。
「ち──」
 シルエットの手に握られていた鋭利な光を放つシースナイフの刀身を見咎め、ファイーナは咄嗟に迎撃体勢を取った上で身を逸らした。
 ──何者だ?
 一切の逡巡なく、ファイーナは腰元に差していた強襲ナイフを抜き出し、右手に握りこむ。不意に介入してきた闖入者を一時的に無力化すべく、動体を晒したシルエットの脇下を狙って刃先を突き出す──が、視界の隅で黒い別の殺意が予測外の切り返しの速度で走るのを垣間見て、同時に腹筋に力を込めた。
 鉛のように重い蹴りが横腹を容赦なく蹴りつけ、しかし、ファイーナは痛覚を瞬時に遮断してその場に踏み止まった。
 ──あの体勢からよくやるものだ。──にしても、
 極限まで圧縮された交戦時間の最中、ファイーナは強化内骨格システムの一類に強い不具合を自覚した。
 明確な意思判断のない物理行動を必要とする時に機能する物理即応機構──つまり予備動作を省略しての瞬間的な物理行動を可能とする独立機構が上手く機能していない。
 同機構に僅かながら不具合の兆候があった事は以前より把握していたが、これ程までに強く自覚したのは初めてであった。
 予測外であったとはいえ本来ならば充分に回避できる時間密度であったにも関らず、それが間に合わなかった──。
 ──だがどうにも、妙なものだな
 ファイーナは闖入者が繰り出した蹴りによる反転攻撃から、自分の状態とは別な違和感を感じていた。
 中々鋭い対応力を見せる闖入者に対し、ファイーナは意識を僅かに改めた。
 蹴りの衝撃で軌道の外された刃を切り返し、 自身の頚部へ迫っていた相手の刀身を強引に打ち上げてナイフごと宙へ弾き飛ばす。しかしシルエットはその事態に怯むことなく、逆にファイーナの間合いへ深く踏み込んだ。
 大胆に踏み込んできたシルエットに掴まれた手首が内側へ捻り込まれ、右手から滑り落ちた得物が軽い金属音を立てて路上に落下する。
 ──成程、体術の心構えもあるという事か
 それならば、先ほどの鋭い反転攻撃の際に感じた違和感にもある程度整合性がつく。
 しかし、それだけではない──まだ、何かがある。
 ファイーナは胸中で舌を打ち、手首を掴んで離さないシルエットの手首を、最大出力で稼働させた左手で鷲掴んだ。
 ──ならば、手の一本でも此処で頂戴しておこうか
 並の人間とは異なる異常な握力──コンマ数秒足らずで人間の手首を砕くであろうその膂力に、ファイーナの身体が強化内骨格兵装を施術されている事を即座に把握したのだろうシルエットは、零距離から再度ファイーナの腹部に向けて重い蹴りを放った。
 その衝撃によってファイーナの決して小柄ではない身体が宙へ弾き上げられ、次の攻防を展開する前にファイーナは瞬時に義脚で両肩を蹴りつけた。
 そこを接地面に強化内骨格の機能を活かし、後方へと大きく跳躍した。
 視界が反転する最中、ファイーナは胸中で得心する。
 なるほど──コイツは、鋭いのか。
 純粋に体術に優れているだけではない──此方の攻勢に相対した時の判断力と対応力が非常に鋭いのだ。それがファイーナに、いくつかの反転攻撃を喰らわせた主因なのだろう。単純に始めの蹴りを除外しても、その後の攻防ではそれが明らかな主因と捉えられる箇所が散見できる。
 ──最早、加減は無用という事だな
 滑走した路面からしゅう、と煙が上がる。追撃の様子を見せないシルエットの姿をようやく視界に捉え、ファイーナは短機関銃をそいつへ向けた。しかしシルエットの方も既に腰元のホルスターから抜き払った自動拳銃をファイーナの方へ突きつけており、その膠着状態を利用してそいつは一歩も動いていなかった少女を手招きで呼び寄せた。
 予備電源によって稼働している隔壁設備の警戒灯が点滅点灯を繰り返し、そのせわしない光がシルエットの風貌をようやく照らし出す。
 ファイーナはそいつの正体に、直接ではないが事務所のデータベースから見覚えがあった。
「ランカーレイヴン……、ソリテュードか──」
「互いに初見の筈だがな。雇い主に連絡を取る前に、君から説明を受けたいものだな。──ミズ・アザミ?」
 レイヴンコード:ソリテュード──
 グローバル・コーテックス帰属の実力派として世間に広く知られ、コーテックス主催のアリーナ本戦においてもAランクに位置するレイヴンの男だ。体格は大きくはないが、その引き締まった体格には兵士として必要な筋肉が備わっているのが、ソリテュードという名のレイヴンが発する雰囲気とその佇まいから容易に窺い知ることができる。
 なるほど、噂通りの実力派という訳か──
「……此方はエデンⅣ連邦治安法内事交戦規定に基づき、軍事行動中だ。ミスター・ソリテュード、其方の所有物については行動中に保護対象と認定、該当行動を展開していた。此方からの説明は以上だ……」
 双方の発する張り詰めた気配の交わりから殺意の程を推し量り、やがてソリテュードが口を開く。
「……コレの身元は私が引き受ける。貴君の彼女に対する配慮、感謝しよう。現在、都市全域に第一種警戒態勢が発令中だ。事務所の方へは後日追って、再び挨拶に足を運ばせてもらうとする。コレで異存はあるまい?」
 年の瀬としては自身と近いだろう。事態を解決すべく速やかな譲歩と互いの立ち位置を護るその提案と決断力に、ファイーナはソリテュードという男の兵士としての確かな才覚を垣間見た。
 ソリテュードの胴体に向けていた短機関砲の銃口を心持ち下し、彼に向けていた明確な殺意を軟化させる。
 その時、ソリテュードの傍にいた少女が彼の裾をくい、と引っ張った。それにソリテュードが反応する。
「どうした、アリス?」
「……来る。さっきから、誰か……。私を、奪いに……」
 アリスが拙い口調でそう言った、その瞬間だった。
 かん──
 ソリテュードら二人とファイーナの間に、ひとつの缶のような物体が投げ込まれた。ファイーナとソリテュード双方が瞬時にその物体が何なのか察知し、腕で視界を覆い隠す。
 視覚を一時的にでも略奪する閃光が大音響と共に弾け、周囲に鋭い光源を撒き散らす。それにタイミングを合わせて、隔壁設備脇のガレージシャッターから数機の巨大な機体が滑りだしてきたのを、強化内骨格施術の一種として移植されたファイーナの単体戦術用義眼が捕捉した。
 両腕部にマニピュレーター機構を備えた軽装甲の機械化二脚機体が、噴射炎を吐き出しながら展開し、ソリテュードの後方は車道の両サイドから猛然と迫り、そのうちの一機がソリテュードの傍にいた少女の身体を攫った。
「アリス──!」
 全てで五機の強襲用MTが周回機動をとって展開し、ソリテュードとファイーナを囲んで攻囲陣形を取るように停止した。その一瞬をファイーナは逃さなかった。
 両脚部のアクチュエータ機構を過剰出力で稼働させ、路面のアスファルトを砕いて跳躍した。肩から右手に下ろしたグレネードランチャーへ次弾を瞬く間に装填し、アリスを鷲掴んだMT機体の右腕関節部に向けて引き金を引いた。衝撃力のみに特化した拡散衝榴弾がぶち撒けられ、MT機体の右腕を弾き飛ばす。瞬時に先を読んで、閃光特化榴弾を装填。衝撃によって拘束力が緩んだマニピュレーターからアリスの身体を抜き取り、さらに低く跳躍して路面へ着地した。
 ファイーナは叫ぶ。「ソリテュード、走れ!」
 その声に弾かれたようにソリテュードが動き、同時にMT機体が足元を疾走する二人のレイヴンに向けて制圧射撃を加え始めた。
 普通の人体機能を遥かに越えた速度で路上を走り、MT機体が備えた標準兵装である多砲身式回転機関砲の弾幕をファイーナは旋回機動を取って搔い潜っていく。
(どこの所属だ、コイツら──)
 弾幕と無数の火線をくぐる最中、卓越した視力を用いて制圧射撃を加えてくるMT機体の機体攻勢とその詳細を解析する。MT機体の機体構成はクレスト社純製の軽量二脚機体だが、帰属組織や部隊を示す隊章などは一切見当たらない。だが、この状況下で明確な目的を持って、これだけの兵力を投入して作戦を実行してくる勢力背景に、ファイーナは一つ思い当たりがあった。
 もしもこれがグローバル・コーテックスの差し金というのならば、それはまずあり得ない。各勢力が血眼になって追い求める旧世代の凍結資材がコーテックス隷下のレイヴンによって隔離保護されているというのなら、それを知った時点で即座にコーテックス自身が実力行使で強奪しに来るような真似は一切しない。
 そしてエデンⅣの政治・経済・軍事方面それぞれにおいて大半の利権を独占するのはグローバル・コーテックスであり、他の支配系企業体──ミラージュやクレスト、キサラギなどといった組織勢力などもその前には、エデンⅣ内で強硬手段には出られていない。
 だが、現在では既に形骸化してしまっているにせよ、エデンⅣ内においてグローバル・コーテックスの上位機関として位置する存在があった。
 エデンⅣの都市建造計画に最初期から携わり、グローバル・コーテックスからの多大な資金援助を受けてそれを実現した勢力──
「まさか、統一連邦政府か……」
 真実身を帯びたその可能性に行き当たった瞬間、アリスを抱きかかえて疾駆するファイーナの前方の路面が弾けた。MT機体の一機が軽装滑腔砲から放った砲弾の着弾によって撒き散らされた瓦礫片を、アリスを庇いつつ身体で受けていなし、穿たれた深い弾痕の上を姿勢を低くして跳躍した。その最中で身体を捻りつつ、グレネードランチャーの砲口を、此方に狙いを定めているMT機体へ向けた。
 カメラアイに閃光特化榴弾を着弾させれば、この攻囲網から脱出する糸口を得られるかもしれない。ソリテュードが視界の隅で既に、路地裏に滑り込んで此方を注視している。
 MT機体の多砲身式回転機関砲の砲口がファイーナを捉え──次の瞬間、赤々しい爆炎がそのMT機体の全身を包み込んだ。燃焼素材の延焼によって機体を燃えさせたMTが機体制御を失い、無様によろめいた末に路上へ轟音を立てながら斃れ込んだ。
 路上を滑走して立ち上がり、ファイーナは上空を振り仰いだ。
「バーンアウト──、社団の増援か」
 少女を追い始めた直後、妨害電波が入り乱れる【バラハ01】からの無線の中で、AC機体搭載の高性能測位システムを用いて、こちらの位置座標を掴めと指示した。どうやら、ガロは正確にそれを把握してくれていたようだ。
 遺失技術文化社団──ターミナル・スフィアが保有するAC兵力の一機、【バーンアウト】がその重四脚を着地姿勢へ移行しながら、右腕に備えた軽装グレネードライフルからグレネードを連続射出した。ファイーナから距離の離れたMT機体二機に着弾し、致命的な被弾を受けたそれらが鋼鉄の残骸となって崩れ落ちる。残った二機のMT機体のカメラアイが上空のバーンアウトに向けられ、その隙にファイーナは再び移動して距離を保った。ほぼ同時に、MT機体とファイーナの間を隔てるように重四脚型機体【バーンアウト】が路上に軟着陸する。
 機体搭載の外部スピーカーから、聞き慣れた声が、
『何を遊んでいる。パルヴァライザーの侵攻部隊が迫っている。ファイーナ、お前もガレージに迎え。既にエデン圏内への出撃許可は出ている。役人からの依頼だ……』
 状況の正確な把握はできないが、どうやら今の襲撃兵力とは勢力を異にする者の意思が、社団に依頼を持ち掛けてきたらしい。ソリテュードが路地裏から此方に駆け寄り、ファイーナは抱きかかえたアリスを彼の両腕に移した。
「礼を言う、ミズ・アザミ……」
 ソリテュードは胸に抱きかかえた少女の頭を撫で、短く「大丈夫か」と問う。その声に少女は、抑揚のない表情でこくん、と頷いた。
『お前、ソリテュードか……。懐かしい顔だな、小僧?』
 バーンアウトの搭乗者・ラヴィのその言葉に、ソリテュードが何かを思い出したかのように顔をあげる。
「その声……。確かに懐かしい声だな、ラヴィ」
『お前にも、依頼が来ているはずだ。急ぐといい……』
 バーンアウトのその指示に従い、その場を彼に任せる。ファイーナはソリテュードと視線を交わし、それ以上何を言う事もなく、それぞれの義務を全うすべく現場を離脱した。

 ──10分後。
 ファイーナは【ターミナル・スフィア】が管理運営している専用の軍事施設内ハンガーに到着し、パイロット・スーツを着込んで即座に搭乗機体【ゼクトラ】に乗り込んだ。
 コンソール下のハードにアクセスキーを差し込み、コンソールを素早く叩いて機体制御プロトコルを自律起動させる。戦術支援AIが起動完結をヴォイス・プログラムを発して知らせ、同時に通信要請を行うよう指示する。
『こちらエンシェント・ワークス──ハルフテルだ。ようやく繋がったな?』
「緊急出撃になってすまない。機体整備は済んでいるな?」
 彼はターミナル・スフィア隷下の技術者集団【エンシェント・ワークス】の一人であり、ゼクトラの整備班を束ねる技術者として若年ながもその敏腕を振るっている。先日のミラージュ社からの依頼遂行の最中に、軽量二脚機体のゼクトラは少なくない機体損壊を被っていた。
『ああ。だが、ウチの作ったブレードは予備がなかったんでな。兵装転換を施しておいた。確認してくれ、アンタなら問題ないだろう』
「了解。機体コード:ゼクトラ、これより出撃する」
 操縦把を両手に握り込み、フットペダルを踏み込んでファイーナはハンガー前方のシャッターからゼクトラを施設外部へ疾走させた。
 都市全域が騒乱の渦中に巻き込まれつつあり、機体搭載のセンサー群があらゆる非常情報を収集、サブディスプレイに羅列情報を出力していく。戦術支援AIがピックアップした情報に目を通しながら、ゼクトラに事務所から転送されてきた役人の依頼メッセージに目を通す。
「AC保有勢力全てに依頼が通達されているとはな……」
 統一政府からの依頼により出撃したレイヴンのリストを出力し、素早く把握する。
 シックフロント:遺失技術文化社団
 バーンアウト:遺失技術文化社団
 ラピッドタイド:遺失技術文化社団
 ブリューナグ:グローバル・コーテックス
 キャノンボール:グローバル・コーテックス
 他にも十数機のAC機体に、依頼が通達されている。
 機体制御プログラムを第一種戦闘態勢へ移行し、指定を受けた作戦領域へのルートマップを表示した時、センサー群が、エデンⅣの天井の崩落を捕捉、そこに穿たれた貫通痕から侵入してくる旧世代兵器──パルヴァライザーの侵攻部隊の詳細情報を出力する。
 その最後に出力された情報を目にし、ファイーナはゼクトラのカメラアイを上空へ向けた。
 パルヴァライザーの侵攻部隊が侵入を完結した後、それを見計らったかのように一機のAC機体が貫通痕から姿を現す。
 その特徴的な機体デザインを目にして、ファイーナは呟く。
「アレは、ナインボール──」

 0745時──
 エデンⅣの短くも、暗く苛烈な戦闘が始まる──




 Armored Core Handed Down Heroism 第10話 終





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