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第十話/ /第十一話*


 第十一話 執筆者:CHU

曰く――幾多の大企業の本社ビルが置かれ、常に権謀術数が渦巻く坩堝。
曰く――他者を少しでも出し抜き、甘露にありつこうとする狸共の巣穴。
あらゆるシェルター都市を凌駕した堅牢な都市防衛機能――最早要塞とも呼べるレベルのそれを備えたエデンタイプコロニー。それがこの〈エデンⅠ〉だ。
グローバルコーテックスもまた、他の巨大軍需企業と相違無く〈エデンⅠ〉に本社を置いている。
そのコーテックス本社ビルの地下三階から地下九階は、『自衛と自社占有利益の確保』を標榜する《特殊技術戦力開発局》の研究棟となっている。完璧な防音処理が施された研究棟の一室で、今まさに密談が始まろうとしていた。
一人は青いロングコートに身を包んだ若い風貌の男――グローバルコーテックス専属レイヴンのスワローだ。
そしてもう一人は、特殊技術戦力開発局の局長であるディタ・エイジアだった。

本来、秘匿回線を用いれば『直接会う』必要はどこにもない。高度に量子暗号化された通信は、傍受される恐れもほぼ無い上、何より直接出向く労力も省けるのだ。にも関わらず、スワローはこういったミーティングの際に、相手方に直接出向く手法を執っていた。
有り体に言えば、スワローのナンセンスな行動は全て趣味だった。そうしたいから、単にそうするのである。
ただ、相手の都合を良く踏まえているため不満が出ることは稀で、むしろ女性相手には受けが良かった。
ディタもまたその一人である。

湯気の立つコーヒー(容物は実験用のビーカーだったが)を丁度二人を間仕切るように配置されたテーブルに置き、ディタが割合上機嫌な声色で口を開く。
「こうしてわざわざ会いに来てくれたのはいつ以来かしら?最近は新人のオペレーターさんにご執心な様だから――会えて嬉しいわ、スワロー」
「ボクもだよディタ。確か前に会いに来たのはICS導入実験の時だったかな?……いや、その前にディナーをご一緒した方が先か」
スワローが宙に視線を彷徨わせながら記憶を遡り応えた。
二人は仕事上の付き合いだけではなく、プライベートでも男女の付き合いがあった。
コーヒーで口を湿らせながら、ディタの目がスワローの左腕に向けられる。
「あら、怪我はもういいのかしら?」
先の作戦――クレストの新型ACとの交戦によって、スワローは重傷と言って差し支えない傷を負った。
異常速度による戦闘機動をGキャンセラー無しで行ったことに加え、ICSの特性上、機体ダメージの幾らかがパイロットにフィードバックされてしまうためだ。
スワローをガレージで出迎えたスタッフの中に、医療チームと担架が用意されていた事を考慮すれば、今ここにスワローが何食わぬ顔で座って居る方が異常なのだ。
常人なら良くて意識不明の重体、普通は死んでいてもおかしくはないダメージだった。
本来ならば包帯でミイラのようにぐるぐる巻きにされ、病室のベッドで絶対安静にせねばならない程の損傷を、スワローは一週間で完治してみせた。
それはこの男に施された強化手術に依る恩恵だった。
骨格の八割をセラミックとチタンの複合強化骨格に置き換え、体内にある何百億ものナノマシンが代謝機能や自然治癒力を数十倍にも高めている。内臓も全て人工器官に変え、強化筋繊維があらゆる衝撃に対して強い抵抗性を発揮している。
そういった、真っ当な人間としての生を捨て去った代償に得た報酬だ。
スワローは昨日までギプスで固められていた左腕をぐるりと回して見せる。
「この通り。もう大丈夫だ」
「そう、なら良かったわ」
ディタもスワローの身体の事は重々承知している。要するに彼女なりの軽口だった。
お互いに軽い挨拶を済ませ、仕事の顔付きになる。
口火を切ったのは、つい昨日発生した〈エデンⅣ〉へのパルヴァライザー進攻についてだった。
「既に貴方の耳にも届いていると思うけど、昨日の早朝に〈エデンⅣ〉が統制されたパルヴァライザーの襲撃を受けたわ。丁度アリーナの予備大会決勝中だったこともあって事態は相当深刻なようね」
「そのようだね。ボクもコーテックスのお偉方に引っ張りだこだったよ。どこのセクションもてんやわんやの大騒ぎ。寝る間も惜しんで報告書に目を通さなくちゃならなかった」
「あらあら、妬けるわね。大した人気じゃないの色男さん?」
「茶化さないでくれよディタ。鎮圧したとは言え、重軽傷者死亡者合わせて二六〇人――死亡者の内レイヴンは二名。都市機能は完全に麻痺し現在も復旧作業中。外壁には巨大な風穴が開けられて、これに至ってはまだ手付かずだ。コーテックスにとって今回の襲撃は、致命とも言える計り知れない損害さ」
「大変だったのは良く分かっているわ、ごめんなさいね。でも、貴方の関心は別の所でしょう?」
スワローは痛い所を突かれたといったように大仰に肩を竦めた。
「っま、その通りさ。今回の一件で幾らの損失額が出ようが余り興味は無い。それよりもパルヴァライザーを指揮していた『赤いAC』。……ボクにはこちらの方が重要だ」
多数の目撃証言から、今回の襲撃を統率していたとされるACの存在が明らかになっていた。
「【ナインボール】――恐らくAI機体だろうがね。パルヴァライザーを指揮していたことに間違いは無い」
「だとするとやはり統一政府が……?」
「断定しても問題は無い……と思う。一応ボクもお偉方にはそう報告してある」
【統一政府】――既に形骸化していると目されているが、各巨大軍需企業やコーテックスなどの依頼仲介企業を、名ばかりではあるが統括管理する組織だ。
五年前のジシス財団解体の際、プロトタイプネクストである【ナインボール・セラフ】と量産型ナインボールを持ち去ったとされている。
「でも相手が統一政府にせよ理由が不明のままだわ。コーテックスに『NEXT』の臭いを嗅ぎつけたにしても、〈エデンⅣ〉は無関係だもの」
ディタの言い分もまた然りである。
コーテックス社が多大な出資をして都市の利権を一人勝ちしているとは言え、〈エデンⅣ〉に暗部は無い。
対立する企業ならともかく、統一政府に狙われるような理由は見当たらない。
それ故、今回の襲撃事件には謎が多いのだ。
すると、そこまで黙ってビーカーの縁を見つめていたスワローが口を開き、思っても見ない事を言い出した。
「……案外、居るのかもしれない」
「え?」
「〈エデンⅣ〉に生体CPUが居るかもしれない」
「ち、ちょっと待ってスワロー。順序立てて説明して」
言うに事欠いて何を言い出すのか、この男は。
ディタは困惑した。
「〈エデンⅣ〉に生体CPUが居るとすると、今回の襲撃の辻褄が合う。統一政府はその生体CPUを狙ったのだろう」
「でも〈エデンⅣ〉で旧世代施設なんて発見されてない――」
「そうじゃないよディタ」
スワローは苦笑しながら、弟子に教えを聞かす賢者の様に根気よく語った。
「旧世代施設があり、そこから発見されたわけじゃなく、既に誰かが他の場所から入手したと考える。つまり匿っているんだ。匿えるだけの地位と力を持った誰かが」
「……それなら確かに説明は付くわね。そしてある程度、その『誰か』は絞れるとは思う。……でも根拠はあるの?」
それが問題だった。
スワローが今言った事は、机上の空論――根拠の無い眉唾話かもしれないのだ。
「南方にミラージュ社領アディオン地域があるだろう?そこで頻繁に【赤いAC】が武力介入している」
「それは知っているけど、本件と一体どんな関係があるというの」
「その【赤いAC】が出没しているアディオン地域のケレト大断崖で、新しく生体CPUが発見されたそうだ」
「なっ……!」
スワローの語る、その計り知れない情報価値に絶句する。
生体CPUは、あらゆる軍事関係機関が、喉から手が出る程渇望しているものだ。
その存在を巡り、いつ戦争が起きてもおかしくはない。
そして、その生体CPUが発見されたという場所に【赤いAC】が武力介入している――。
「これらの要素を全て偶然で片付ける程、ボクはお人好しでは無いつもりだ」
「あ、貴方の言う通りなら、……ええ、確かに全て符合するわ。でもそんな情報一体ドコから……?」
「なあに、古いツテからの情報さ。――ただ、信用の置ける筋であるのは間違いない」
スワローに気取った様子や、からかっている様子はない。
「ボクは〈エデンⅣ〉に生体CPUが居た、もしくはまだ居る可能性は高いと見る。何故なら、そう考えるのが一番自然だからさ」
そう言ってコーヒーに口を付ける。
ディタには目の前に座るこの男が、幾年月を経た本物の賢者の様に映った。
「コーテックスが貴方を必要としている理由――何となく解る気がするわ」
両手を上げながら、ディタが自嘲気味の笑みを見せた。
「買い被り過ぎさ」
泰然としているスワローであったが、心中は穏やかではなかった。
今まで表舞台には姿を見せなかったその統一政府が、今回の一件の裏で糸を引いているらしい。
どうにもきな臭い話に、スワローは言い知れぬ悪寒を感じずにはいられなかった。

二人は簡単に近況報告を終えると、いよいよ本題に入った。
内容は勿論クレストのパルヴァライザーもどきについてである。
「戦闘データを見る限り、先日貴方が交戦したクレストの新型にネクスト技術が使われているのは間違いないわ。ただ外装がパルヴァライザーに似ていたというのが気掛かりなのよね…」
コホンと一つ咳払いをして、ディタがコーヒー入りのビーカーを弄ぶ。
「ここからは私の推論だけど…」
「構わないよ。聞かせてくれ」
「可能性としてはまず情報の誤認狙い。ネクスト機体ではなく、あくまでもパルヴァライザーの系譜と見せ掛けるため――言ってみれば隠蔽ね。……まあ、貴方にはあっさり看破されたようだけど」
スワローの頭に戦闘中のライラの様子が浮かんだ。
「ふむ、確かにボクの可愛いオペレーターはパルヴァライザーだと勘違いしてたね。ネクストがどういったものか知らない人間からすれば、アレをパルヴァライザーと見間違えるのも無理はない」
「ええ、だから可能性としてはこれが一番高いと思うの。万が一目撃者が出たとしても、良く分からないがパルヴァライザーの改造機だろうと解釈させることで、本質を見えなくさせることが出来る。ネクスト技術はそれだけ秘中の秘ってことね。私達の【ARROWS】だって同じことが言えるのだから。」
確かに【ARROWS】は本来中量二脚だが、捨脱可能な増設装甲を取り付けることで重量二脚機体としてカムフラージュしてある。
「ボクもそれは思い付いたよ、確かに理には適っているからね。ただ君の言い方だとまだあるみたいだけど?」
対面に座るディタを見やる。
いつもの不敵な姿はなりを潜め、自信なさげに言い澱んでいた。
「君の意見なら何でもいいさ。聞かせてくれ、ディタ」
スワローに促され、渋々といった面持ちで考えを述べ始めた。余程確証の持てない話を口にするのは嫌らしい。
「…可能性は低いと思うけど、マルチハイブリッドなのかもしれないわ」
「どういうことだ?」
耳慣れない単語である。
思わず聞き返していた。
「クレストの新型は、パルヴァライザー・ネクスト技術・ノーマル技術、この三つが融合した機体かもしれないの。…ああ、ノーマルというのは我々ネクスト研究者の造語で既存ACのことね」
かつて古代の技術と現代の技術が融合した、既存のあらゆる兵器をも凌駕する機体が開発された。
もっとも、機体は強奪され、現在は行方知れずだが。
ただスワローやディタにとっては馴染み深い機体である。その機体――それは、
「馬鹿な、それではまるで――」
「――新しいナインボール、とも言えるわね」
ただし、とディタが付け加える。
「その可能性は低いと最初に言ったわ。ナインボールの開発は、各分野最高の技術を持った研究者が揃って初めて成し遂げられたの。いくらクレストの技術が優れているとしても、独自の力だけでは不可能なはずよ。」
クレスト如きに自分が携わったAMSやIRSと同等の物が造れるはずがない――ディタからはそういった自信が伝わって来る。
結局結論を出す根拠は自分の力量とプライドに依るのだろう。
そのことにスワローは苦笑するが、ディタの能力を高く評価しているのも事実だ。
彼女の意を汲み、ひとまずこの案件はここまでとする。
「分かった。では先日の報告は以上だ。また何かあれば追って連絡して欲しい。ボクはこれから新人の試験に立ち会わなければならないのでね、準備があるため失礼するよ」
席を立とうと腰を浮かすと、ディタに呼び止められた。
「あっ、ちょっと待ってスワロー。こちらから通達がまだあるのよ」
ディタはデスクの引き出しから一枚のデータディスクを取り出し、それをスワローに手渡しながら努めて事務的に告げる。
「【ARROWS】には今ICSが組み込んでありますが、これをAMSに換装しての起動実験を行います。そのため、現在【ARROWS】は換装作業中につき使用は禁止。換装作業の間は【ベルフェゴル】を使用して下さい。それと、脳波増幅装置を埋め込むのと、AMSの負荷を低減するために、……貴方の脳と脊髄神経に強化手術も行います。実験の詳細や手術の日程もその中に明記してあるので必ず目を通しておいて下さい」
そこで一旦切り、申し訳無さそうに目を伏せた。
「生体CPUが居たらこんな手術必要ないのだけれど。ごめんなさいスワロー……。また貴方を人間では失くしていってしまうわね」
「構わないさ。あの子を失った時、僕自身が決意したことだから」
そう言って顔を近付け、ディタの頬に優しくキスをする。
だがディタの表情は暗いままだ。
研究者としての責務と、人としての良心の呵責に板挟みになり、苛まれているのだろう。
だからスワローはこう言うのだ。気にするなと意を込めて。
「なら、今度また飲みに付き合って欲しいな。それで恨みっこ無しとしよう。ね?」
片目を瞑りおどけてみせる。
そしてようやくディタの顔に笑みを作ることに成功した。
「ええ、そんなことで良いならいくらでも」
フフッと、微かな笑い声が聞こえた。正に微笑という程度のものだったが、美女の笑顔は何よりにも勝る報酬だ。
「よし、決まりだ。ボクはもう行くけど、楽しみにしててよ。旨い酒の店を探しておくからさ」
席を立ちディスクをコートのポケットに入れる。
頭は既に仕事のために切り替えた。
「それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい。私も楽しみにしてるわ、スワロー」
片手を上げて応え、部屋を出る。
次の仕事――新人レイヴン試験の詳細を頭に浮かべながら、コーテックスの廊下を社有ガレージに向かって早足で歩く。
浮ついた気持ちは既に無く、この切り替えの早さも、レイヴンがレイヴンたる所以である。

→Next…

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