着地の音は雨に紛れ、掻き消えていく。
雨粒が装甲を叩く音が、やけに大きく聞こえた。
「言い忘れたが、君にはオペレーターがついていないのでね、ボクがサポートすることになる」
『了解』
「早速ターゲットが出てきたぞ。数は四」
【ベルフェゴル】のレーダーが、坑道から出て来る機影を捉えていた。
「好きにやればいい。君の力を見せてくれ」
そう言ってスワローは【ベルフェゴル】を戦場を俯瞰しやすい高台に移動させる。
「ラフ、グレイ機の機体AIと同期しろ」
【了解――同期完了】
これであちらの機体情報がダイレクトに届くようになった。
同時に【ベルフェゴル】を索敵モードに変更。情報処理能力に特化させる。
そこでようやく異変に気付いた。
敵を示す熱源が、予想されたデータより遥かに大きい。
その理由はすぐに判明した。
――坑道から姿を現した機影は、工作用機械ではなく、逆関節MTだったのだ。
スワローは共有回線ではなく、ライラとの直通回線で問い掛ける。
「何かまた話が違ってるけど」
『……そのようですね。どうします?試験を中止しますか?』
スワローは少しだけ逡巡したが、すぐに首を横に振る。
「……いや、続けよう。そもそもMT程度あしらえないようでは困る。それにイレギュラーは付き物だからね」
『分かりました。では引き続き監督をお願いします』
「任せてよ。見てるだけは得意だ」
『……』
(さあ、お手並み拝見といこうか)
ライラからの無言の圧力を受け流しながら、グレイの動きに注視する。
(ボクのパートナーに相応しいかどうか、見定めさせて貰おう)
『好きにやればいい。君の力を見せてくれ』
そう言い残し、迷彩が施された紅墨の機体が離れていく。
グレイはいよいよか、と気を引き締めた。
決して裕福とは呼べない家族を支えるため、自分はレイヴンを志した。
何度となくシミュレーターで訓練を重ね、やっとこの時が来た。
――絶対にこのチャンスを掴んでみせる。
気合いを入れ直していると、オンボロ機体に積まれたオンボロAIが報告を入れてきた。
【AIりんく、カンリョウ。べるふぇごるト、ドウキシマシタ】
それは機体AI同士を同期したというものだった。
――憧れのレイヴンが、自分を見てくれている。
その事が、否が応でもグレイの気を高揚させた。
(ヨォッシ!行くぞ!)
肉眼でも既に敵の姿が見えていた。
逆関節のMTが四機、こちらに向かって来ている。
(あれが低い戦力レベルか……。まだ大物が居たりするのかな)
グレイは火器管制を立ち上げ、MTの一機に照準を合わせた。
自分が置かれた状況に変化があったことには気付いていない。
しかし、グレイの意図する違いは別の所にあった。
(サイティングが遅い…。実機とシミュレーターでは勝手がこうも違うのか!)
データのやり取りであるシミュレーターと、命のやり取りである実戦。その違いだ。
だが勝手の違いに戸惑ってはいられない。
一時停止ボタンなんて、現実には存在しないのだから。
(悩んでなんかいられない、行くぞ!)
ブースターのアクセルをドカンと踏みつけ、MTに向かって突進する。
トリガーを引き絞り、小型ミサイルを一斉に吐き出した。
雨によって誘導性が阻害され、何発か外れたようだが、ミサイルの直撃を受けたMTが派手に煙を吹き上げ、爆発四散する。
イメージ通りだ。ちゃんと出来る。
そのことがグレイを波に乗せた。
『一機撃破。その調子だ』
敵も倒れた味方を見て発破をかけられたのか、ライフルで応射してきた。
スワローの戦況報告も話半分に、操縦桿を倒して左に切り返す。
だが、良好とは言えないブースター性能である。
避け損なった弾丸が、装甲の幾らかを削り取っていった。
【キャクブヒダン、ソンショウケイビ】
「クソッ、避け切れなかったか!」
悪態をつきつつも、的確にブースターを吹かせ、敵MTとの間を詰める。
グレイの機体を扇状に取り囲んでいた左端の敵に狙いを定め、サテライトと呼ばれる円機動で敵MTの右側面へ周り込む。
旋回性能の低いMTでは、旧式とはいえACの動きにはついて行けず、脆い横腹を曝し出してしまう。
そこを見逃さず、胴体部に向け右腕部のライフルをフルオート射撃で叩き込んだ。
灼熱した弾丸の直撃を受け、MTが横倒しに倒れる。
エネルギータンクに引火でもしたのか、弾痕から吹き出した炎が逆関節の機体を包み込んだ。
『二機撃破。やるじゃないか』
スワローの賛辞に気を良くしたグレイは、地に臥し燃え盛る機体を飛び越え、三機目のMTに襲い掛かる。
だが、炎に視界を遮られたため、敵への注意が散漫なってしまう。
その結果、敵のロックに気付けず、肩にロケット弾の直撃を許すことになった。
「うあッ!」
強い衝撃がコックピットを揺さぶる。
初めて体験するナマの被弾に、グレイは身を固くして硬直する。
大きくバランスを崩した機体は後退を余儀無くされた。アラートランプが一斉に点灯するのが視界の端に映る。
【サワンブヒダン、ソンショウカクダイ】
態勢を立て直す間も無く、追撃のミサイルが二発迫って来た。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け!ギリギリまで引き付けて…逆に切り返す!)
グレイは、機体を一旦バックダッシュさせ態勢を立て直すと、ミサイルと相対速度を合わせ、着弾寸前で真横に機体をスライドさせる。目標を見失ったミサイルは、そのまま地面に当たり、泥と煙を撒き散らした。
「っおし!」
シミュレーターで何度も練習してきた技術だ。本番でもちゃんと体が反応してくれた。
しかし回避は上手くいったものの、敵MTと距離が離れてしまった。今度はそう易々と接近させてはくれないだろう。
(どうする?また攻撃を掻い潜るのはリスキーだぞ)
そこでグレイは一つのシステムの存在に思い至る。
【オーバードブースト】――言わずと知れた、ACの超高速機動だ。
(シミュレーターでは何回か使ったけど、いきなり使いこなせるのか?それも実戦で)
迷いはあったが、悩んでいる時間が無かった。
(……やるしかないか)
グレイは機体を建築の陰に寄せ、エネルギーの回復を待つ。
「オーバードブースト、用意。起動のタイミングはこちらが指示する」
【リョウカイ、おーばーどぶーすと、すたんばい】
その間も、敵からの攻撃は続いていた。
ライフルとミサイルとロケットの雨が、グレイの隠れた建築を揺さぶっている。
降ってくる建造材の破片をその身で受け止めながら、グレイは機を待っていた。弾丸の風雨が治まるその一瞬を。
程なくしてその時は訪れた。
マガジンの交換に掛かるその一瞬だけ、攻撃が止まったのだ。
「今だ!オーバードブースト起動!」
その言葉と共に、機体をジャンプさせ、盾にしていた建築物を飛び越える。
機体の背部に噴射炎の翼が生え、そして文字通り、弾丸のように機体を弾き出した。
「…………ッ!!」
Gキャンセラーでも中和し切れない、横殴りの重圧に、骨格が軋み、シートに身体が押し付けられる。
予想以上の猛烈なGに息が詰まる。
だが、それらを歯を食いしばって耐えた。
チャンスはこの一瞬しかないのだ。
敵MTとの相対距離が瞬く間にゼロになる。
「ッりゃああアアアアアアアア!!」
グレイはオーバードブーストを敵の目前で切ると、その加速を全て乗せた゛飛び蹴り゛を雄叫びと共に敵MTに見舞う。
金属同士が擦れ合う壮絶な音が響き、機体の重量が全て乗った一撃が、MTの前面装甲を粉砕し、数十メートル後方へぶっ飛ばした。
そして慣性の法則によって、グレイの機体は最後の一機の真横で停止した。敵MTはもう手が届く範囲だ。
口の中に鉄の味が広がる。
今の衝撃で口の中を切ったのだろう。
だがそんなことは無視出来る。
グレイは最後の一機に向き直る。
敵もグレイの『奥の手』に呆気に取られ、構えが遅れていた。
そしてその一瞬が致命的だった。
グレイは左腕にブレードの光刃を現出させ、思いきり振り抜いく。
大した出力ではなかったが、MTの装甲を貫くには十分過ぎた。
装甲と建造材を一緒くたに切り裂かれたMTが爆発し、鉄屑と化す。
雨粒を蒸発させていたレーザーブレードが消失し、辺りに静寂が訪れる。
「いてて…ッ。でも…これで、終わり、だよな…ッ」
グレイが荒い息を吐きながら、レーダーを確認する。
他に動くものは無かった。
ヘルメットを外して垂れてきた鼻血を拭っていると、スワローの楽しんでいるような、呆れているような声が聞こえてきた。
いや――これは、笑いを堪えているのだろうか?
『無茶をするねェ、君も。ははっ、自分からじゃ見えないだろうけど、機体の左足のフレームが歪んでいるよ』
ああ、それでか――。
グレイは納得した。
モニターに映る周りの映像が傾いているのだ。相当乱暴な挙動だったらしい。
『いやいや、天晴れだよ。兎に角、どうやら配備された戦力はこれで全てのようだ』
スワローの言葉に頷く。
そう、これで終わりのはずだ。
だからグレイは、スワローの次の言葉を聞いた時、耳を疑ってしまった。
『これで後は、坑道内に残る人間を殺すだけになった』
「……え?」
言っている意味が良く分からない。
(殺す?誰を?なぜ?どうして?)
――誰が、誰を殺す?
『ブリーフィングはちゃんと聞け、グレイ・ジェファーソン。試験となる依頼の内容は不法占拠者の排除――』
いつの間にか鼻血は止まっていた。
鼻血の代わりに、冷たい汗が腋を伝う。
『不法占拠者がMTパイロットだけと思ったかい?――そんなわけはない。むしろこれからが本番だよ』
「で、でも彼らにはもう戦う術がありません!……そうだ、降伏、降伏させましょう!」
『投降は認められない。そう言っておいたはずだ』
「でも……!」
尚もグレイは食い下がる。
不法占拠者とはいえ、元は普通の労働者。
家庭があり、大事な家族がいるはずなのだ。
「俺には……、出来ません」
その命を奪うような事は、グレイには出来なかった。
『そんな有り様ではレイヴンにはなれない』
「……」
『君には守るべきものがあるんじゃないのか?』
「……」
スワローの言葉が突き刺さる。
脳裏を故郷に住む両親や弟達がよぎる。
自分は何のためにレイヴンを志したのか――。
『……敵前逃亡と見なすぞ?』
「俺は――」
グレイがそう言い掛けた時だった。不躾な闖入者が現れたのは。
『ンダぁ?テメェら。俺様の根城でナニしてやがる!』
スワロー達の共有回線に割り込む形で、酒に灼けたダミ声が怒鳴り込んで来た。
『西方より接近する機体を確認しました。ACです』
ライラが簡潔に報告を入れる。
『機体データの照合完了。武装集団《センターバック》旗機【ライノサラス】です』
「…何だと?」
スワローは眉を顰めた。
記憶が確かならば、《センターバック》を率いる頭目の名はアルタム・コアドミラ。
パースよりも更に北方の領域で、盗賊のような事をして名を響かせており、その首には統一政府によって懸賞金が掛けられているはずだ。
「賞金首が廃鉱に何の用だ?それより、ここにはミラージュに雇用されていた労働者が居たはずだ」
『労働者ぁ?……ああ、あのピーピーうっせぇ雑魚共か』
アルタムの声に、嘲るような笑いが混ざる。
『“ワレワレのケンリ”だか何だ知らねえが、やかましかったからよ、ぶっ殺してそこら辺に埋めちまったな』
「……成る程ね。ようやく合点がいったよ」
スワローの疑念が氷解していく。
事前情報と違う敵の戦力も、労働者の人数としては多すぎる生体反応も、これで全て説明が付く。
何処からか流れ着いたアルタムら《センターバック》の一団が、元々パースを占拠していた労働者達を殺害して居着いたのだ。
『……それよりテメェら、俺様のいねー間に、随分と派手に暴れてくれたらしいじゃねえか、オイ』
アルタムの気配が剣呑なものに変わり、隠しようのない殺気が溢れ出す。
だが、スワローはアルタムを無視してグレイに話し掛ける。
「良かったなグレイ。君の仕事は、どうやらこの親切な人達が済ませてくれたようだ」
『……俺様を無視するたぁいい度胸じゃねえか。テメェ、どうやら死にてぇらしいな!』
アルタムの語気が、鼻息に比例して荒くなる。
見え透いた挑発だろうが、構わずノってしまうタイプだった。
『スワロー、どうします?あちらはやる気満々みたいですけど』
「どうせ怨みを買うようなら、ここでスッパリ断ち切った方がいいだろうね。――撃破するよ」
『了解しました。敵ACは典型的な重装甲・高火力・低機動です。特に左腕部のシールドによって、物理防御力は侮れません』
「ふむ。長期戦は不利だけど、こっちはグレネードだけじゃ決定力に欠けるね。まあ仕方無し。――ラフ、機体の同期を解除。戦闘モード起動させろ」
【了解、AIリンク解除。システム、戦闘モード、起動】
索敵機能などに回されていた演算性能が、機体制御に戻って来る。【ベルフェゴル】が本来のスペックで再起動した。
スワローはFCSを立ち上げ、武装のセーフティを外していく。その間僅か三秒余り。慣れたものだ。
「グレイ、この依頼、報酬という形で君に手元に入る現金は無い。だが、君には想定敵以上の戦果を見せて貰ったからね、これはその特別なご褒美だ」
『え?』
「AC同士の戦闘というものを見せてやる。君は下がっていろ」
『は、はい』
スワローの雰囲気もまた、得体の知れない物に変化していた。
妖気のようなモノを感じ、グレイは左脚部を引き摺りながら、機体を下がらせる。
グレイが十分に下がったことを確認すると、アルタムの機体【ライノサラス】に向き直った。
「さて、お待たせしたようだねゴリラ君。どこからでも掛かって来たまえ」
『……ぶっ殺す!!』
アルタムの怒号と共に、【ライノサラス】の肩から強烈な光が放たれた。
だが、満足にロックオンもされていない弾に当たるスワローではない。
脚部の性能だけでジャンプすると、今まで【ベルフェゴル】の居た空間を、高圧のプラズマが灼き焦がした。
回避した姿勢のまま、ビル五階程度の空中に静止した【ベルフェゴル】から、グレネードが立て続けに撃ち出される。
射出時の反動すら、姿勢制御に使う全く無駄の無い洗練された挙動。並外れた反動制御技術の成せる技だ。
撃ち下ろすように射出された榴弾は、吸い込まれるように【ライノサラス】に着弾し、己の身に宿した火力を、余す所無く炸裂させた。
爆音と共に煙が舞い上がる。
「さてさて、どんなものかな」
建ち並ぶビルの一つに着地したスワローは、【ライノサラス】が居た空間を凝視した。今の攻撃程度で仕留められるとは、微塵も思っていない。
雨が煙を押し運ぶと、そこには盾を構えた【ライノサラス】が、さしたる損傷もなく鎮座していた。
(……やはり無駄に硬いな)
『ハッハァー!効かねーなァ、そんな豆鉄砲じゃよォッ!!』
お返しとばかりに、【ライノサラス】から大量の小型ミサイルが放たれる。
スワローはこれを避けようともせず、右腕部に持ったマシンガンで全て撃ち落とした。
『……チッ、やってくれるぜこの野郎』
アルタムが吐き捨てるように言った。
生死と名誉を賭けた決闘の火蓋が切って落とされた。
火線の交差が繰り返され、【ベルフェゴル】のマシンガンやショットガンが【ライノサラス】を捉えるものの、堅牢な装甲に阻まれ、満足なダメージが通らない。
しかし、【ベルフェゴル】もその機動力を遺憾なく発揮し、【ライノサラス】の猛攻を全て回避していた。
互いに決め手を欠くまま、時間だけが過ぎる。
スワローは焦れていた。
(想像以上に装甲が厚いな)
【ベルフェゴル】に積まれた総火力の内、既に六割を消費している。弾切れ、という最低な結末が思い浮かぶ。
(正面から幾ら叩いた所で効果は薄いか。……正面からなら?)
その時スワローに天啓が閃いた。
(正面はタフだが、背部は随分とおざなりだな)
【ライノサラス】の一番厄介な実シールドも、前面にしか展開は出来ない。つまり背後からの攻撃には弱いのだ。
だが、そんな事はアルタムも分かっているだろう。そう簡単に背を見せる真似はしない。
現に、スワローがどんな仰角を付けて撃ち込んでも、アルタムは的確に反応し、シールドで防いでくる。
(だからこその、この手だ)
久しぶりに感じる歯応えのある敵に、スワローは身震いした。
湧き出したアドレナリンが全身を駆け巡る。
今、間違いなく、自分は充実している――!
「ラフ、オーバードブーストスタンバイ。加減速の出力制御はボクがやる」
【了解。オーバードブースト、レディ】
こういう時、ラフはアナンタと違い煩く言って来ない。
オーバードブーストの出力制御など、常人には到底不可能な芸当だ。
マスターコードを使わなければ、アナンタはきっと命令を実行しないだろう。
だが【ベルフェゴル】の機体を任されたラフは、そういった無茶な命令もすぐに実行してくれる。
こんな所からも、設計したアーキテクトの異常さが窺えた。
「さあ行くぞ。これで、終幕だ」
スワローは起動スイッチを押し込み、オーバードブーストの最大速度で突撃した。
アルタムも、スワローがオーバードブーストで突っ込んで来ることは予測出来ていた。
確かに、オーバードブーストの加速力は驚異的だが、その分機体の制御が割を食い、単純な軌道しか取れなくなる、云わば諸刃の剣だ。
相対速度も相俟って、正面からの攻撃を回避するのが極端に難しくなる。
そこをアルタムは狙っていた。
「墓穴掘りやがったな!これで仕舞いだ!!砕け散れェッ!!」
裂帛の気合いと共に、最大出力のプラズマが【ベルフェゴル】に襲い掛かった。
スワローの視界を、蒼いプラズマが覆い尽くす。
着弾するかと思われた刹那、スワローは背部ブースターの輻射スリットを強制的に閉じ、代わりに脚部バーニアを全開にする。
当然バランスを崩した機体は、脚部を先行させ、仰向けに倒れ込む。
天を仰ぎ見る格好になった【ベルフェゴル】の僅か数十センチ上を、プラズマの光弾が通り過ぎて行く。
プラズマを回避し、倒れ込むコンマ数秒の間に、背部のメインブースターを再点火し、転倒を回避。同時に、逆上がりでもするかの様に脚部を蹴り上げ、【ベルフェゴル】は『倒立』しながら宙に舞った。
『なあッ!?』
余りの非常識な光景に、アルタムが驚愕の声を上げる。
そのまま回転しながら【ライノサラス】を飛び越えた【ベルフェゴル】は、最後に片側のブースターだけを使い、半身を捻って華麗に着地した。
目の前にはガラ空きの【ライノサラス】の背中。
スワローは両手の火器を【ライノサラス】の背部に押し付け、言った。
「これがボクの奥の手でね。チェックメイトだ、ゴリラ君」
『このッ、悪魔め…!』
「その通り、――そしてさようなら」
零距離から放たれた赤熱する鉄火が、【ライノサラス】のコアを破壊し尽くした。
「すごい……」
グレイは、眼前で繰り広げられた光景に、目を奪われていた。
スワローが今やったことは、『ACによる』伸身後方宙返り一回捻りだ。
そもそもACという兵器は、重力に対して足を向けることは出来ない。
いや、今それが実際にやってのけられたのだから、そういった動きも可能なのだろうが……。
兎に角、スワローのやった機動は、神憑り的な制御技術の成せる技だった。
『敵機、完全に沈黙しました。搭乗者の死亡を確認…。お疲れ様、スワロー』
「ああ、帰還する。輸送機をまわしてくれ」
あれだけの戦闘だというのに汗一つかかず、スワローがライラに指示を出す。
『了解しました。近くで待機させていましたので、五分程度でそちらに到着するものと思われます。坑道内に残る武装集団は放っておくのですか?』
「そうだ。依頼は不法占拠者の排除。武装集団の相手をしろとは言って無い」
『それもそうですね』
「そういうこと。――ああ、グレイ」
スワローがグレイに投げかける。
「君の力は見せて貰った。だが、まだ君の意思を聞いてはいない」
『…はい』
「今回は不測の事態でうやむやになったが、甘い考えではこの先生き残ることは出来ない」
『……はい』
「改めて問う。君は無抵抗の人間でも撃つことは出来るか」
『……撃ちます。撃って、みせます』
少しだけ間があったが、グレイはしっかりとした声で答えた。
人の命と金を秤に掛ける。
それが出来ると、自分の口で言ったのだ。
「よろしい、ならばコーテックスは君を歓迎しよう。新たなレイヴン、グレイ・ジェファーソン」
『はい!』
今度は力強く頷く。
自分の目指した舞台に、やっと立つことが出来た。
甘えは捨てよう。
このまま、幕を下りるつもりは無いのだから。
いつか成り上がり、目の前に立つこの男よりも高みへ登ってみせる。
決意を秘めた瞳で空を見上げる。
いつの間にか、雨は止み、雲の切れ間から光が差し込んでいた。
輸送機のパイロットには、機体の左脚部について散々突っ込まれた。
他にも、余り整備士を泣かせるような真似をすると、整備士ブラックリストに名前が載ってしまうだの、輸送機のパイロットと懇意になると、ピンチの時素早く駆け付けるだの、だから俺を宜しくだの、色々な「助言」まで頂いた。
グレイが帰りの輸送機に揺られながら、スワローのオペレーター(ライラという名らしい。スワローはお気に入りだとも言っていた)から送られて来た、コーテックス社の依頼斡旋ガイドなるものに目を通していると、スワローから秘匿回線で通信が入った。
何だろうと思い、依頼斡旋ガイドをデータファイルに戻し、応答ボタンに指を掛ける。
『やあ、今日はご苦労だったね』
「いえ、こちらこそお世話を掛けてしまって……」
『まあ、それは置いておこう。実は新しくレイヴンとなった君に、耳寄りな提案があるのだよ』
スワローは内緒話でもするかのような装いだ。
「はあ、一体何でしょうか?」
耳寄りな提案とは何なのか。
『近頃、新しくレイヴンとなっても、経験の浅さを突かれ、命を落とす雛鳥が増えている』
「はあ」
『そこで我々コーテックスでは、そんな日の浅いレイヴンの生存率を少しでも上げるために、専任の講師とでも言うか、教導者の斡旋も始めたんだ』
「えっ?」
その教導者とは、もしや……?
『君さえ良ければ、教導者の下でレイヴンとしての修行をしてみないかね?勿論無料とは行かないが』
「ちなみに幾らくらい……?」
『うーん、明確な額は、教導者が付く期間によって変わるから何とも言えない。ただ、君が受ける依頼の報酬から二、三割が天引きされることになるけどね。…どうかな?』
グレイにとっては願ってもみないことである。
高みに一歩でも早く辿り着けるのならば……。
「は、はい!是非宜しくお願いします、スワローさん!」
『そうか、なら良かった。じゃあ教導者が決まったらまた連絡するから』
「えっ」
『ん?』
「スワローさんが教えてくれるんじゃないんですか」
『ボクが?まっさかー』
ハハハと、スワローが笑って否定する。
『ボクはこう見えて忙しいからね。教導者として時間を割く暇が無いのさ』
「えっ、でも――」
『じゃ、決まったら連絡するから。毎度ありー』
「えっ、いや、あの」
そう言って強引に通信は切られた。
「そんなぁ……」
盛大な肩透かしを食らったグレイは、コックピットの中で、只々うなだれるしかなかった。
第十一話 終
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最終更新:2011年09月17日 03:31