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*③/ /第十二話


着地の音は雨に紛れ、掻き消えていく。
雨粒が装甲を叩く音が、やけに大きく聞こえた。
「言い忘れたが、君にはオペレーターがついていないのでね、ボクがサポートすることになる」
『了解』
「早速ターゲットが出てきたぞ。数は四」
【ベルフェゴル】のレーダーが、坑道から出て来る機影を捉えていた。
「好きにやればいい。君の力を見せてくれ」
そう言ってスワローは【ベルフェゴル】を戦場を俯瞰しやすい高台に移動させる。
「ラフ、グレイ機の機体AIと同期しろ」
【了解――同期完了】
これであちらの機体情報がダイレクトに届くようになった。
同時に【ベルフェゴル】を索敵モードに変更。情報処理能力に特化させる。
そこでようやく異変に気付いた。
敵を示す熱源が、予想されたデータより遥かに大きい。
その理由はすぐに判明した。
――坑道から姿を現した機影は、工作用機械ではなく、逆関節MTだったのだ。
スワローは共有回線ではなく、ライラとの直通回線で問い掛ける。
「何かまた話が違ってるけど」
『……そのようですね。どうします?試験を中止しますか?』
スワローは少しだけ逡巡したが、すぐに首を横に振る。
「……いや、続けよう。そもそもMT程度あしらえないようでは困る。それにイレギュラーは付き物だからね」
『分かりました。では引き続き監督をお願いします』
「任せてよ。見てるだけは得意だ」
『……』
(さあ、お手並み拝見といこうか)
ライラからの無言の圧力を受け流しながら、グレイの動きに注視する。
(ボクのパートナーに相応しいかどうか、見定めさせて貰おう)

『好きにやればいい。君の力を見せてくれ』
そう言い残し、迷彩が施された紅墨の機体が離れていく。
グレイはいよいよか、と気を引き締めた。
決して裕福とは呼べない家族を支えるため、自分はレイヴンを志した。
何度となくシミュレーターで訓練を重ね、やっとこの時が来た。
――絶対にこのチャンスを掴んでみせる。
気合いを入れ直していると、オンボロ機体に積まれたオンボロAIが報告を入れてきた。
【AIりんく、カンリョウ。べるふぇごるト、ドウキシマシタ】
それは機体AI同士を同期したというものだった。
――憧れのレイヴンが、自分を見てくれている。
その事が、否が応でもグレイの気を高揚させた。
(ヨォッシ!行くぞ!)
肉眼でも既に敵の姿が見えていた。
逆関節のMTが四機、こちらに向かって来ている。
(あれが低い戦力レベルか……。まだ大物が居たりするのかな)
グレイは火器管制を立ち上げ、MTの一機に照準を合わせた。
自分が置かれた状況に変化があったことには気付いていない。
しかし、グレイの意図する違いは別の所にあった。
(サイティングが遅い…。実機とシミュレーターでは勝手がこうも違うのか!)
データのやり取りであるシミュレーターと、命のやり取りである実戦。その違いだ。
だが勝手の違いに戸惑ってはいられない。
一時停止ボタンなんて、現実には存在しないのだから。
(悩んでなんかいられない、行くぞ!)
ブースターのアクセルをドカンと踏みつけ、MTに向かって突進する。
トリガーを引き絞り、小型ミサイルを一斉に吐き出した。
雨によって誘導性が阻害され、何発か外れたようだが、ミサイルの直撃を受けたMTが派手に煙を吹き上げ、爆発四散する。
イメージ通りだ。ちゃんと出来る。
そのことがグレイを波に乗せた。
『一機撃破。その調子だ』
敵も倒れた味方を見て発破をかけられたのか、ライフルで応射してきた。
スワローの戦況報告も話半分に、操縦桿を倒して左に切り返す。
だが、良好とは言えないブースター性能である。
避け損なった弾丸が、装甲の幾らかを削り取っていった。
【キャクブヒダン、ソンショウケイビ】
「クソッ、避け切れなかったか!」
悪態をつきつつも、的確にブースターを吹かせ、敵MTとの間を詰める。
グレイの機体を扇状に取り囲んでいた左端の敵に狙いを定め、サテライトと呼ばれる円機動で敵MTの右側面へ周り込む。
旋回性能の低いMTでは、旧式とはいえACの動きにはついて行けず、脆い横腹を曝し出してしまう。
そこを見逃さず、胴体部に向け右腕部のライフルをフルオート射撃で叩き込んだ。
灼熱した弾丸の直撃を受け、MTが横倒しに倒れる。
エネルギータンクに引火でもしたのか、弾痕から吹き出した炎が逆関節の機体を包み込んだ。
『二機撃破。やるじゃないか』
スワローの賛辞に気を良くしたグレイは、地に臥し燃え盛る機体を飛び越え、三機目のMTに襲い掛かる。
だが、炎に視界を遮られたため、敵への注意が散漫なってしまう。
その結果、敵のロックに気付けず、肩にロケット弾の直撃を許すことになった。
「うあッ!」
強い衝撃がコックピットを揺さぶる。
初めて体験するナマの被弾に、グレイは身を固くして硬直する。
大きくバランスを崩した機体は後退を余儀無くされた。アラートランプが一斉に点灯するのが視界の端に映る。
【サワンブヒダン、ソンショウカクダイ】
態勢を立て直す間も無く、追撃のミサイルが二発迫って来た。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け!ギリギリまで引き付けて…逆に切り返す!)
グレイは、機体を一旦バックダッシュさせ態勢を立て直すと、ミサイルと相対速度を合わせ、着弾寸前で真横に機体をスライドさせる。目標を見失ったミサイルは、そのまま地面に当たり、泥と煙を撒き散らした。
「っおし!」
シミュレーターで何度も練習してきた技術だ。本番でもちゃんと体が反応してくれた。
しかし回避は上手くいったものの、敵MTと距離が離れてしまった。今度はそう易々と接近させてはくれないだろう。
(どうする?また攻撃を掻い潜るのはリスキーだぞ)
そこでグレイは一つのシステムの存在に思い至る。
【オーバードブースト】――言わずと知れた、ACの超高速機動だ。
(シミュレーターでは何回か使ったけど、いきなり使いこなせるのか?それも実戦で)
迷いはあったが、悩んでいる時間が無かった。
(……やるしかないか)
グレイは機体を建築の陰に寄せ、エネルギーの回復を待つ。
「オーバードブースト、用意。起動のタイミングはこちらが指示する」
【リョウカイ、おーばーどぶーすと、すたんばい】
その間も、敵からの攻撃は続いていた。
ライフルとミサイルとロケットの雨が、グレイの隠れた建築を揺さぶっている。
降ってくる建造材の破片をその身で受け止めながら、グレイは機を待っていた。弾丸の風雨が治まるその一瞬を。
程なくしてその時は訪れた。
マガジンの交換に掛かるその一瞬だけ、攻撃が止まったのだ。
「今だ!オーバードブースト起動!」
その言葉と共に、機体をジャンプさせ、盾にしていた建築物を飛び越える。
機体の背部に噴射炎の翼が生え、そして文字通り、弾丸のように機体を弾き出した。
「…………ッ!!」
Gキャンセラーでも中和し切れない、横殴りの重圧に、骨格が軋み、シートに身体が押し付けられる。
予想以上の猛烈なGに息が詰まる。
だが、それらを歯を食いしばって耐えた。
チャンスはこの一瞬しかないのだ。

敵MTとの相対距離が瞬く間にゼロになる。
「ッりゃああアアアアアアアア!!」
グレイはオーバードブーストを敵の目前で切ると、その加速を全て乗せた゛飛び蹴り゛を雄叫びと共に敵MTに見舞う。
金属同士が擦れ合う壮絶な音が響き、機体の重量が全て乗った一撃が、MTの前面装甲を粉砕し、数十メートル後方へぶっ飛ばした。
そして慣性の法則によって、グレイの機体は最後の一機の真横で停止した。敵MTはもう手が届く範囲だ。
口の中に鉄の味が広がる。
今の衝撃で口の中を切ったのだろう。
だがそんなことは無視出来る。
グレイは最後の一機に向き直る。
敵もグレイの『奥の手』に呆気に取られ、構えが遅れていた。
そしてその一瞬が致命的だった。
グレイは左腕にブレードの光刃を現出させ、思いきり振り抜いく。
大した出力ではなかったが、MTの装甲を貫くには十分過ぎた。
装甲と建造材を一緒くたに切り裂かれたMTが爆発し、鉄屑と化す。
雨粒を蒸発させていたレーザーブレードが消失し、辺りに静寂が訪れる。
「いてて…ッ。でも…これで、終わり、だよな…ッ」
グレイが荒い息を吐きながら、レーダーを確認する。
他に動くものは無かった。
ヘルメットを外して垂れてきた鼻血を拭っていると、スワローの楽しんでいるような、呆れているような声が聞こえてきた。
いや――これは、笑いを堪えているのだろうか?
『無茶をするねェ、君も。ははっ、自分からじゃ見えないだろうけど、機体の左足のフレームが歪んでいるよ』
ああ、それでか――。
グレイは納得した。
モニターに映る周りの映像が傾いているのだ。相当乱暴な挙動だったらしい。
『いやいや、天晴れだよ。兎に角、どうやら配備された戦力はこれで全てのようだ』
スワローの言葉に頷く。
そう、これで終わりのはずだ。
だからグレイは、スワローの次の言葉を聞いた時、耳を疑ってしまった。

『これで後は、坑道内に残る人間を殺すだけになった』

「……え?」
言っている意味が良く分からない。
(殺す?誰を?なぜ?どうして?)
――誰が、誰を殺す?
『ブリーフィングはちゃんと聞け、グレイ・ジェファーソン。試験となる依頼の内容は不法占拠者の排除――』
いつの間にか鼻血は止まっていた。
鼻血の代わりに、冷たい汗が腋を伝う。
『不法占拠者がMTパイロットだけと思ったかい?――そんなわけはない。むしろこれからが本番だよ』
「で、でも彼らにはもう戦う術がありません!……そうだ、降伏、降伏させましょう!」
『投降は認められない。そう言っておいたはずだ』
「でも……!」
尚もグレイは食い下がる。
不法占拠者とはいえ、元は普通の労働者。
家庭があり、大事な家族がいるはずなのだ。
「俺には……、出来ません」
その命を奪うような事は、グレイには出来なかった。
『そんな有り様ではレイヴンにはなれない』
「……」
『君には守るべきものがあるんじゃないのか?』
「……」
スワローの言葉が突き刺さる。
脳裏を故郷に住む両親や弟達がよぎる。
自分は何のためにレイヴンを志したのか――。
『……敵前逃亡と見なすぞ?』
「俺は――」
グレイがそう言い掛けた時だった。不躾な闖入者が現れたのは。

『ンダぁ?テメェら。俺様の根城でナニしてやがる!』
スワロー達の共有回線に割り込む形で、酒に灼けたダミ声が怒鳴り込んで来た。
『西方より接近する機体を確認しました。ACです』
ライラが簡潔に報告を入れる。
『機体データの照合完了。武装集団《センターバック》旗機【ライノサラス】です』
「…何だと?」
スワローは眉を顰めた。
記憶が確かならば、《センターバック》を率いる頭目の名はアルタム・コアドミラ。
パースよりも更に北方の領域で、盗賊のような事をして名を響かせており、その首には統一政府によって懸賞金が掛けられているはずだ。
「賞金首が廃鉱に何の用だ?それより、ここにはミラージュに雇用されていた労働者が居たはずだ」
『労働者ぁ?……ああ、あのピーピーうっせぇ雑魚共か』
アルタムの声に、嘲るような笑いが混ざる。
『“ワレワレのケンリ”だか何だ知らねえが、やかましかったからよ、ぶっ殺してそこら辺に埋めちまったな』
「……成る程ね。ようやく合点がいったよ」
スワローの疑念が氷解していく。
事前情報と違う敵の戦力も、労働者の人数としては多すぎる生体反応も、これで全て説明が付く。
何処からか流れ着いたアルタムら《センターバック》の一団が、元々パースを占拠していた労働者達を殺害して居着いたのだ。
『……それよりテメェら、俺様のいねー間に、随分と派手に暴れてくれたらしいじゃねえか、オイ』
アルタムの気配が剣呑なものに変わり、隠しようのない殺気が溢れ出す。
だが、スワローはアルタムを無視してグレイに話し掛ける。
「良かったなグレイ。君の仕事は、どうやらこの親切な人達が済ませてくれたようだ」
『……俺様を無視するたぁいい度胸じゃねえか。テメェ、どうやら死にてぇらしいな!』
アルタムの語気が、鼻息に比例して荒くなる。
見え透いた挑発だろうが、構わずノってしまうタイプだった。
『スワロー、どうします?あちらはやる気満々みたいですけど』
「どうせ怨みを買うようなら、ここでスッパリ断ち切った方がいいだろうね。――撃破するよ」
『了解しました。敵ACは典型的な重装甲・高火力・低機動です。特に左腕部のシールドによって、物理防御力は侮れません』
「ふむ。長期戦は不利だけど、こっちはグレネードだけじゃ決定力に欠けるね。まあ仕方無し。――ラフ、機体の同期を解除。戦闘モード起動させろ」
【了解、AIリンク解除。システム、戦闘モード、起動】
索敵機能などに回されていた演算性能が、機体制御に戻って来る。【ベルフェゴル】が本来のスペックで再起動した。
スワローはFCSを立ち上げ、武装のセーフティを外していく。その間僅か三秒余り。慣れたものだ。
「グレイ、この依頼、報酬という形で君に手元に入る現金は無い。だが、君には想定敵以上の戦果を見せて貰ったからね、これはその特別なご褒美だ」
『え?』
「AC同士の戦闘というものを見せてやる。君は下がっていろ」
『は、はい』
スワローの雰囲気もまた、得体の知れない物に変化していた。
妖気のようなモノを感じ、グレイは左脚部を引き摺りながら、機体を下がらせる。
グレイが十分に下がったことを確認すると、アルタムの機体【ライノサラス】に向き直った。
「さて、お待たせしたようだねゴリラ君。どこからでも掛かって来たまえ」
『……ぶっ殺す!!』
アルタムの怒号と共に、【ライノサラス】の肩から強烈な光が放たれた。
だが、満足にロックオンもされていない弾に当たるスワローではない。
脚部の性能だけでジャンプすると、今まで【ベルフェゴル】の居た空間を、高圧のプラズマが灼き焦がした。
回避した姿勢のまま、ビル五階程度の空中に静止した【ベルフェゴル】から、グレネードが立て続けに撃ち出される。
射出時の反動すら、姿勢制御に使う全く無駄の無い洗練された挙動。並外れた反動制御技術の成せる技だ。
撃ち下ろすように射出された榴弾は、吸い込まれるように【ライノサラス】に着弾し、己の身に宿した火力を、余す所無く炸裂させた。
爆音と共に煙が舞い上がる。
「さてさて、どんなものかな」
建ち並ぶビルの一つに着地したスワローは、【ライノサラス】が居た空間を凝視した。今の攻撃程度で仕留められるとは、微塵も思っていない。
雨が煙を押し運ぶと、そこには盾を構えた【ライノサラス】が、さしたる損傷もなく鎮座していた。
(……やはり無駄に硬いな)
『ハッハァー!効かねーなァ、そんな豆鉄砲じゃよォッ!!』
お返しとばかりに、【ライノサラス】から大量の小型ミサイルが放たれる。
スワローはこれを避けようともせず、右腕部に持ったマシンガンで全て撃ち落とした。
『……チッ、やってくれるぜこの野郎』
アルタムが吐き捨てるように言った。
生死と名誉を賭けた決闘の火蓋が切って落とされた。

火線の交差が繰り返され、【ベルフェゴル】のマシンガンやショットガンが【ライノサラス】を捉えるものの、堅牢な装甲に阻まれ、満足なダメージが通らない。
しかし、【ベルフェゴル】もその機動力を遺憾なく発揮し、【ライノサラス】の猛攻を全て回避していた。
互いに決め手を欠くまま、時間だけが過ぎる。
スワローは焦れていた。
(想像以上に装甲が厚いな)
【ベルフェゴル】に積まれた総火力の内、既に六割を消費している。弾切れ、という最低な結末が思い浮かぶ。
(正面から幾ら叩いた所で効果は薄いか。……正面からなら?)
その時スワローに天啓が閃いた。
(正面はタフだが、背部は随分とおざなりだな)
【ライノサラス】の一番厄介な実シールドも、前面にしか展開は出来ない。つまり背後からの攻撃には弱いのだ。
だが、そんな事はアルタムも分かっているだろう。そう簡単に背を見せる真似はしない。
現に、スワローがどんな仰角を付けて撃ち込んでも、アルタムは的確に反応し、シールドで防いでくる。
(だからこその、この手だ)
久しぶりに感じる歯応えのある敵に、スワローは身震いした。
湧き出したアドレナリンが全身を駆け巡る。
今、間違いなく、自分は充実している――!
「ラフ、オーバードブーストスタンバイ。加減速の出力制御はボクがやる」
【了解。オーバードブースト、レディ】
こういう時、ラフはアナンタと違い煩く言って来ない。
オーバードブーストの出力制御など、常人には到底不可能な芸当だ。
マスターコードを使わなければ、アナンタはきっと命令を実行しないだろう。
だが【ベルフェゴル】の機体を任されたラフは、そういった無茶な命令もすぐに実行してくれる。
こんな所からも、設計したアーキテクトの異常さが窺えた。
「さあ行くぞ。これで、終幕だ」
スワローは起動スイッチを押し込み、オーバードブーストの最大速度で突撃した。

アルタムも、スワローがオーバードブーストで突っ込んで来ることは予測出来ていた。
確かに、オーバードブーストの加速力は驚異的だが、その分機体の制御が割を食い、単純な軌道しか取れなくなる、云わば諸刃の剣だ。
相対速度も相俟って、正面からの攻撃を回避するのが極端に難しくなる。
そこをアルタムは狙っていた。
「墓穴掘りやがったな!これで仕舞いだ!!砕け散れェッ!!」
裂帛の気合いと共に、最大出力のプラズマが【ベルフェゴル】に襲い掛かった。

スワローの視界を、蒼いプラズマが覆い尽くす。
着弾するかと思われた刹那、スワローは背部ブースターの輻射スリットを強制的に閉じ、代わりに脚部バーニアを全開にする。
当然バランスを崩した機体は、脚部を先行させ、仰向けに倒れ込む。
天を仰ぎ見る格好になった【ベルフェゴル】の僅か数十センチ上を、プラズマの光弾が通り過ぎて行く。
プラズマを回避し、倒れ込むコンマ数秒の間に、背部のメインブースターを再点火し、転倒を回避。同時に、逆上がりでもするかの様に脚部を蹴り上げ、【ベルフェゴル】は『倒立』しながら宙に舞った。
『なあッ!?』
余りの非常識な光景に、アルタムが驚愕の声を上げる。
そのまま回転しながら【ライノサラス】を飛び越えた【ベルフェゴル】は、最後に片側のブースターだけを使い、半身を捻って華麗に着地した。
目の前にはガラ空きの【ライノサラス】の背中。
スワローは両手の火器を【ライノサラス】の背部に押し付け、言った。
「これがボクの奥の手でね。チェックメイトだ、ゴリラ君」
『このッ、悪魔め…!』
「その通り、――そしてさようなら」
零距離から放たれた赤熱する鉄火が、【ライノサラス】のコアを破壊し尽くした。

「すごい……」
グレイは、眼前で繰り広げられた光景に、目を奪われていた。
スワローが今やったことは、『ACによる』伸身後方宙返り一回捻りだ。
そもそもACという兵器は、重力に対して足を向けることは出来ない。
いや、今それが実際にやってのけられたのだから、そういった動きも可能なのだろうが……。
兎に角、スワローのやった機動は、神憑り的な制御技術の成せる技だった。

『敵機、完全に沈黙しました。搭乗者の死亡を確認…。お疲れ様、スワロー』
「ああ、帰還する。輸送機をまわしてくれ」
あれだけの戦闘だというのに汗一つかかず、スワローがライラに指示を出す。
『了解しました。近くで待機させていましたので、五分程度でそちらに到着するものと思われます。坑道内に残る武装集団は放っておくのですか?』
「そうだ。依頼は不法占拠者の排除。武装集団の相手をしろとは言って無い」
『それもそうですね』
「そういうこと。――ああ、グレイ」
スワローがグレイに投げかける。
「君の力は見せて貰った。だが、まだ君の意思を聞いてはいない」
『…はい』
「今回は不測の事態でうやむやになったが、甘い考えではこの先生き残ることは出来ない」
『……はい』
「改めて問う。君は無抵抗の人間でも撃つことは出来るか」
『……撃ちます。撃って、みせます』
少しだけ間があったが、グレイはしっかりとした声で答えた。
人の命と金を秤に掛ける。
それが出来ると、自分の口で言ったのだ。
「よろしい、ならばコーテックスは君を歓迎しよう。新たなレイヴン、グレイ・ジェファーソン」
『はい!』
今度は力強く頷く。
自分の目指した舞台に、やっと立つことが出来た。
甘えは捨てよう。
このまま、幕を下りるつもりは無いのだから。
いつか成り上がり、目の前に立つこの男よりも高みへ登ってみせる。
決意を秘めた瞳で空を見上げる。
いつの間にか、雨は止み、雲の切れ間から光が差し込んでいた。

輸送機のパイロットには、機体の左脚部について散々突っ込まれた。
他にも、余り整備士を泣かせるような真似をすると、整備士ブラックリストに名前が載ってしまうだの、輸送機のパイロットと懇意になると、ピンチの時素早く駆け付けるだの、だから俺を宜しくだの、色々な「助言」まで頂いた。
グレイが帰りの輸送機に揺られながら、スワローのオペレーター(ライラという名らしい。スワローはお気に入りだとも言っていた)から送られて来た、コーテックス社の依頼斡旋ガイドなるものに目を通していると、スワローから秘匿回線で通信が入った。
何だろうと思い、依頼斡旋ガイドをデータファイルに戻し、応答ボタンに指を掛ける。
『やあ、今日はご苦労だったね』
「いえ、こちらこそお世話を掛けてしまって……」
『まあ、それは置いておこう。実は新しくレイヴンとなった君に、耳寄りな提案があるのだよ』
スワローは内緒話でもするかのような装いだ。
「はあ、一体何でしょうか?」
耳寄りな提案とは何なのか。
『近頃、新しくレイヴンとなっても、経験の浅さを突かれ、命を落とす雛鳥が増えている』
「はあ」
『そこで我々コーテックスでは、そんな日の浅いレイヴンの生存率を少しでも上げるために、専任の講師とでも言うか、教導者の斡旋も始めたんだ』
「えっ?」
その教導者とは、もしや……?
『君さえ良ければ、教導者の下でレイヴンとしての修行をしてみないかね?勿論無料とは行かないが』
「ちなみに幾らくらい……?」
『うーん、明確な額は、教導者が付く期間によって変わるから何とも言えない。ただ、君が受ける依頼の報酬から二、三割が天引きされることになるけどね。…どうかな?』
グレイにとっては願ってもみないことである。
高みに一歩でも早く辿り着けるのならば……。
「は、はい!是非宜しくお願いします、スワローさん!」
『そうか、なら良かった。じゃあ教導者が決まったらまた連絡するから』
「えっ」
『ん?』
「スワローさんが教えてくれるんじゃないんですか」
『ボクが?まっさかー』
ハハハと、スワローが笑って否定する。
『ボクはこう見えて忙しいからね。教導者として時間を割く暇が無いのさ』
「えっ、でも――」
『じゃ、決まったら連絡するから。毎度ありー』
「えっ、いや、あの」
そう言って強引に通信は切られた。
「そんなぁ……」
盛大な肩透かしを食らったグレイは、コックピットの中で、只々うなだれるしかなかった。

 第十一話 終

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