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第十一話/ /第十二話*


 第十二話 執筆者:クワトロ大尉(偽)

コロニー『エデンⅣ』の居住区画。
現在の時刻は午前7時過ぎ。
いつもならば会社や学校へ向かうサラリーマンや学生が、せわしなく行き来し、活気づいているはずのメインストリートは混乱の渦に巻き込まれていた。
本来なら人工とはいえ燦々と降り注いでいるはずの朝日は見る影もなく、エデン4の高い天蓋は不吉な闇を落としている。
その混乱の最中、悲鳴と怒号が支配する闇を切り裂くように一人の男が、人々の流れと逆行しながら駆け抜けていく。
向かう先は居住区画と商業区画の間に位置する興行区画。
避難警報が発令されている現場そのものに全速力で走っていく。
グローバルコーテックス所属のレイヴン、ソリテュードは滅多に見せない焦りの表情を浮かべていた。
――まずいことになった。
彼を焦燥させる理由は唯一つ。
護るべき対象が、自分の手から離れてしまったということだった。
――やはり止めておくべきだった。
心の中で毒づくも、それは現時点において何の意味もなさない。
焦る気持ちを抑えつつ、目的地へ向かい疾走する。
ソリテュードの手には、高機能携帯端末が握られていた。
端末のディスプレイにはエデンⅣのマップが表示されており、そこにはGPSシグナルの発生源と、そこへ至る最短ルートのナビゲーションが示されている。
そのGPSシグナルの発生源こそが、彼の護るべき対象。
ソリテュードが個人的に保護している生体CPU『アリス』の居場所だった。
万一の事態に備え、あらかじめアリスの体にGPS発信とバイタル送信機能を持ったナノチップを打ち込んでおいたのだ。
多少気が引けたが、四六時中傍で護ってやることができない俺にとって仕方のない処置だった。
ナノチップ自体は人体に無害だし、子供に内緒で埋め込んでいる親も多くいるのでそれほど珍しいことでもないのだが。
安否の確認と避難の指示を出したかったが、原因不明の電波障害によって、彼女に持たせていた携帯端末に通話しても繋がらないのだが、GPS機能だけは奇跡的に機能しているのは不幸中の幸いと言える。
ディスプレイに表示されている情報を考慮すると、少なくともまだ無事のようだ。
しかし実際に万一の事態が起こりうるとは予想外だった。
想定していたとはいえ、この体たらくだ。認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。
「チッ!」
自分自身への苛立ちの舌打ちをしながら、更に足を速める。
そう、悪い予感はしたのだ。
早朝、アリスが珍しく一人で外出したいと言ったあの時。
戦場に長く身を置いている者が持ちうる、危機に対する直感。
それを彼女に対する感情が無視してしまった。
アリスに少しでも人間らしくあってほしいという、戦士としての俺ではなく、普段は封殺しているはずの人間としての俺の感情が。
――甘かった。
自宅マンションからそう遠くない興行区画にある公園への散歩くらい大丈夫だろう、などと考えた自分に腹が立つ。
そして何よりも最悪なのは、この混乱の元凶が古代兵器のパルヴァライザーだということ。
「クソッ!なんだって今日に限って!!」
無意識のうちに独白が漏れる。
何故こんなにもイラついているのか。
今日の俺は雑念が多すぎる。
そうまでして俺はあの子を失いたくないのだろうか。
誰かを護れなかったことなど、今に始まったことではないはずだ。
人間の無力さなど嫌というほど思い知ったのではなかったか。
だが、それでも―――
そこで思いだしそうになった過去の記憶に蓋をした。
強く眼を閉じ、意識を集中する。
再起動だ。
余計な思考をカットオフ。
眼を見開き、戦士としての思考と貌を取り戻す。その眼は獲物を仕留めんとする猛禽類そのものだ。
ここはもはや戦場。
ならば今あるべきはレイヴンとしての自分であって、無力な人間としての自分ではない。
愛機は無くとも、死を運ぶ魔鳥として戦場を駆け抜ける。それが今の俺のあるべき姿だ。
落ち着きを取り戻し、改めて周りを見回すと、混乱でごった返していた人の群れはいつの間にか消え去り人影はまばらになっていた。
ほとんどの住民がシェルターへの非難を完了したのだろう。残る人々も最寄りのシェルターへ入ろうと、わき目も振らずに自分の進行方向とは反対へ走ってゆく。
――好都合だ。
この混乱のなかで多少荒っぽい手段を取ったとしても怪しまれることはないだろうが、人目に付かないに越したことは無い。
再び携帯端末に眼を落とす。
シグナル発生源は先ほど見たときよりも僅かではあるが移動していた。
バイタル表示画面を確認すると、心拍数が少し上がっている。これはアリス自身も移動しているということだろう。
マップ表示を見ると、どうやら居住区画の方面へ向かっているようだ。
アリスの進行方向と自分の位置を考慮すると、居住区画と興行区画を隔てる隔壁設備へ向かうのが、確保できる最短かつ最も確立の高いルートだろう。
事実、携帯端末のナビゲーションもソリテュードがイメージしたルートとほぼ同じ道のりを表示していた。
ソリテュードの頭上を戦闘ヘリの編隊が轟音とともに掠め飛んでいく。
グローバルコーテックスのエンブレムを付けた戦闘ヘリは興行区画へ最大戦速で飛び去って行った。
「コーテックスの自衛部隊か、急いだ方がよさそうだ」
携帯端末に表示されているルートを瞬時に頭へ叩き込み、アリスの元へ急ぐ。

ひとしきり走った後、目標としていた隔壁設備のすぐ手前までたどり着いた。
少し乱れた呼吸を、深呼吸で整える。
兵士としての十分な訓練と日ごろのトレーニングの恩恵で、すぐに万全のコンディションを取り戻す。
ここまで、ほぼ全速力で走ってきたにもかかわらず、ソリテュードは体に疲れなど微塵も感じていなかった。
このくらいでへたばってしまうようではレイヴン失格だ。
ACの操縦というのは一般人が思っている以上に過酷で、対AC戦ともなると凄まじい体力を消耗する。
だが、一対多数のAC戦をものともしない凄腕レイヴンは正規の訓練を受けた歩兵など比べ物にならないほどの強靭な肉体と体力、戦闘能力を持ち合わせていた。
呼吸を整え終わったソリテュードは腰のホルスターから、9mm弾を使用する大型自動拳銃を抜き払った。
ソリテュードの戦士としての勘が、ここから先は危険だと直感する。
スライドを力強く引いてチェンバーに弾丸を送り込み、いつでも即応できる状態を整えた。
神経を研ぎ澄ませ、辺りを注意深く窺いながら携帯端末に表示されるシグナルの発信源を目指す。
先ほどからシグナルは移動しておらず、アリスは立ち止っているようだった。
隔壁設備は、普段であればエデンⅣの住民認証カードを使って一般ゲートから出入りすることが出来るが、エデンⅣ全域で原因不明の停電が起こっている今ではシステムがダウンしてしまって使えないのかもしれない。
隔壁設備までたどり着くと、ソリテュードの予想どおり、一般ゲートはシステムダウンのため封鎖されていた。
せわしなく明滅する警告灯が、それを如実に表している。
深夜のような深い闇を赤い光が照らしだす様は一種の不気味さを含んでいた。
アリスの反応は、この隔壁設備の向こう側。
出てすぐに面する大通りの真ん中から全く動いていない。
一瞬、怪我をして動けないのではと不安になったが、バイタル表示は安定しているので、その可能性は低いだろう。
ともかく、向こう側へ行けなければ話にならない。
無駄だと思いつつも、一般ゲートに備え付けられているカードスロットやコンソールを操作してみるが、案の定、電力が通っていないため、どうしようもなかった。
だが、こういう事態に備えて、非常ゲートが設置してあったことを思い出す。
携帯端末を検索モードに切り替え、非常ゲートの位置をサーチすると瞬時に検索は終了し、位置を特定する。
どうやら、ここから左側約150mの地点に設置されているようだ。
迷うことなく非常ゲート前へと急ぐと、そこら周辺は物が散乱し、嵐が過ぎ去った後のように荒れていた。
推測するに避難する住民が殺到し、このような状態になったのだろう。
しかし、肝心の非常ゲート自体は閉鎖されてしまっていた。
俺がたどり着く前に、すでにあらかたの避難は完了していたようだから、周囲に避難民は居ないと判断した政府職員が閉鎖したのだろう。
ゲートを調べてみると、扉自体は閉められていたものの、電力に頼らない手動式のタイプで、ロックも掛っていなかった。
イラスト方式で操作手順を解説するパネルを見ながらゲートを再び解放する。
そこでアリスがこちら側に来られない理由に気付いた。
操作に必要なレバーやハンドルの類が、ほぼ全て成人男性ではないと届かない位置に設置されている。
150cmにも満たないアリスでは手を伸ばして背伸びをしたところで届くはずもない。これでは開けようにも開けられないだろう。
手早くゲートを解放すると、狭苦しい簡素な造りのトンネルを抜け、反対側の興行区画へと続く扉の前までたどり着く。
はやる気持ちを抑えながらゲートを解放し、銃を構えつつ隔壁設備のすぐ横に面する大通りへと躍り出る。
一度、周囲を見回すが人影は見当たらない。
「待っていろ、アリス。今行く」
精神集中のための深呼吸をひとつすると、大きく開けた車道の上を全速力で駆け抜けていった。
乗り捨てられた車が所々に放置されている車道をひとしきり走って行くと、程なくして、ソリテュードの目に見慣れたシルエットが飛び込んできた。
可愛らしいフリルドレスに身を包み、ウサギのぬいぐるみを抱きかかえた少女が車道の真ん中にぽつんと立ちつくしていた。
――良かった、間に合ったか。
足の速度を緩め、安堵のため息を吐こうとしたソリテュードは次の瞬間、再び全神経を研ぎ澄まし、解こうとしていた戦闘態勢を維持する。
そこに居たのはアリスだけではなかった。
見慣れぬ人影を認めたソリテュードは足を止め、咄嗟に乗り捨てられた車に身を隠し、様子を窺う。
すぐに向かっていかなかったのは、そこにいる人物がアリスに危害を加えようという雰囲気ではなかったからだ。
こういう場合、状況を良く確認しないと、逆に窮地に立たされることが多い。
ここからアリスがいる地点までは約15m。
身を隠しながらアリスの前に立つ、もう一人の人物を見る。
停電は復旧したとはいえ最低限の電灯しか点いておらず、未だ暗いので顔はよく分からないが、そのシルエットを見ると、どうやら女性のようだ。
細身ではあるが背は高い。俺と同じくらいか、若干高いかもしれない。
しかし、ソリテュードを驚かせたのは性別ではなく、その女性の物々しい姿だった。
中折れ式のグレネードランチャーにサブマシンガン、各種グレネード弾、ナイフ。
よほど訓練された兵士でなければ、あそこまで多様な武器を効率よく扱えないだろう。
――政府軍か?しかし、それにしては軍人らしくはない。だとすれば・・・
考えられる可能性。
この非常事態に単独で動くことのできるスキル。
そして、その佇まいと雰囲気。
間違いなく同業者。レイヴンだ。
眼を凝らして、注意深く女性レイヴンの顔を窺うと、その顔には見覚えがあった。
――あれは、確か・・・
そうだ、ジェイスンに調べてもらったターミナル・スフィアの主要メンバーのリストに載っていたレイヴン。
「アザミ・・・ノウラの右腕とも言えるヤツがどうしてこんな所に」
だが、彼女がターミナル・スフィアの人間ということが分かると同時にソリテュードは少なからず焦燥感を覚える。
もしやこの混乱を利用して、実力行使に及ぶつもりか?
いや、慎重なあいつらが、そんな短絡的な行動を取るとは思えない。
しかし、このままでは埒があかないのも事実だ。
それに今の俺の最優先事項はアリスを保護することだ。
奴らの都合なんて知ったことではないし、アリスをこの手で保護した後で聞けばいいことだ。
だが、迂闊に飛び出すのは危険だ。
彼女はランカーではないが、実力派のレイヴン。その力量は確かなはず。
相手の力を予測しつつ、自分の戦力を確認する。
自動拳銃と予備のマガジンが2つ、携帯用小型ハンドグレネードにナイフと最低限しか持ってきていない。
しかし、アザミはまだ俺が近づいていることに気付いていないようだ。
ならば、奇襲が一番有効な手段だろう。
拳銃をデコッキングレバーでハーフコック状態にしてからホルスターに収め、腰の後ろに付けている大型のシースナイフを鞘から抜き払い、逆手に構える。
気配を殺し、足音をたてないようゆっくりと、しかし確実にその無防備な背中に迫って行く。
その姿は闇夜に紛れ、獲物を仕留めんとするフクロウのようだ。
ソリテュードはアザミを有効射程圏内に収めると、ナイフを振りかぶり、腰を落として自身の体のバネを最大限に活かした跳躍で一足の元に襲い掛かる。
スローモーションのように相手の背中が近づき、獲物を引き裂く爪のごとき一閃は、まさに食いつかんとする寸前で空を切った。
視界に収めていたアザミの体は幻のように掻き消え、一瞬のうちに左側面に位置する歩道をブーツの底から煙を上げながら滑走していた。
そのしなやかかつ素早い身のこなしは豹やジャガーのような猫科の猛獣を思わせる。
最大のチャンスであった奇襲は失敗に終わったが、この程度は予測済みだ。
いや、むしろこれくらいの反応はしてもらわないと面白くない。
久しぶりに手ごたえのある相手を前にして、普段は心の奥底に仕舞っている闘争心に火がつくのを感じる。
意識せずニヤリと不敵な笑みがこぼれるのを隠せない。
ソリテュードは通常の人間では有り得ない様な動きを見せる相手を見失うことなく、瞬時に追撃態勢を取る。
アザミの視線が咄嗟の回避行動によって自分を収めていないのを見逃さなかった。
体勢を一足で立て直し、ナイフを順手に持ちかえつつ、オーバード・ブーストを彷彿とさせるような速度で一気に距離を詰め、相手の右脇から左肩にかけて薙ぎ払う。
しかし、仕留めるつもりで放った一閃は、またも空を切る結果となった。
彼女もまた俺の追撃が来ることを予測していたのだろう。体勢を立て直すのと同時に上体を逸らし、回避しつつ腰に装備していたナイフを抜き払い、ほぼ零距離の一撃をガラ空きになった俺の脇腹に向かって突き出してきた。
その致命傷につながる相手の一撃を前にして、ソリテュードは驚くほど冷静だった。
――いい判断だ。そうこなくてはな。
だが俺とて、その程度は読んでいる。
踏み込んだ右足を軸にして、ナイフを薙ぎ払った体の動きを推力に利用し、こちらも零距離からの強烈な蹴りをアザミの横腹に見舞う。
瞬間の交差は、回避行動を取ったことで、一瞬遅れたアザミが蹴りを食らう形となった。
が、吹き飛ばすつもりで放った蹴りをその場で食い縛られたのはソリテュードにとって予想外だった。
――コイツを耐えるとは、ならばっ!
ほぼ密着状態からナイフを再び逆手に持ちかえつつ、右腕を彼女の喉元目掛けて振り抜く。
しかし再度、必殺の一撃は彼女の迎撃によって阻まれる。
凄まじい速度で切り上げられたアザミのナイフによる一閃は、火花を散らし俺の手からナイフを弾き飛ばした。
――やるな、やはりただ者じゃない。
得物を失った以上、残された有効な手段は最接近しての組み手しかない。
そう判断したソリテュードは迷うことなく更に間合いに踏み込んだ。
同時に頭の中でアザミの戦闘能力を奪うための動きをイメージする。
今までの交戦から推測されるアザミの戦闘能力と自身の戦闘経験を基に、それは瞬間的に構築され、体は寸分の違いなくイメージをトレースする。
自身を狙っていたナイフが握られる右腕の手首を素早く掴むと、力いっぱい内側へ捻りこみ、攻撃手段を封じ込める。
その細腕に握られていたナイフは力なく落下し、軽く乾いた音を響かせた。
互いの息が掛るほどの超至近距離から渾身の右フックをこめかみへ見舞うべく、腕を振りかぶる。
だが拳を放つ直前、アザミの右腕を封じ込めている自身の左腕に違和感を覚えた。
瞬時にそちらへ目を向けると、アザミは俺の拘束から逃れるべく腕を振りほどこうと、フリーになっている左手で俺の左手首を鷲掴みにしていた。
手首に食い込む指先の異常なまでの圧力に思わず顔をしかめる。
それは明らかに人間のものではなかった。
――っ!まずい、これでは逆に反撃される。
危機を察したソリテュードは即座に攻撃を中断し、間合いから離脱するため零距離から再度、アザミの腹部を蹴り上げた。
今度は防御態勢を取れずに蹴り飛ばされ、宙に浮いたアザミは、それでもそのまま倒れることなく俺の肩を土台にして、跳躍するような形で宙返り反転をし、大きく距離を開けて体勢を崩すことなく滑走しながら着地する。
アザミのブーツから煙が立ち上り、合成ゴムの焼けた臭いがツンと鼻腔をくすぐる。
先ほどの右手の握力、俺の攻撃をことごとく耐えきる耐久力、あの瞬発力と敏捷性。
――間違いない、体の大部分を義体化している。
そう考えつつ、ホルスターから拳銃を抜き、ハーフコック状態のハンマーを上げ、アザミに狙いを定めるのと、彼女がサブマシンガンを構えてこちらに銃口を向けるのはほぼ同時だった。
ようやく巡ってきた膠着状態を逃すことなく、今までじっと俺たちの戦いを見ながら一歩も動こうとしなかったアリスを手招きで呼び寄せる。
すると、それを待っていたかのようにトテトテと俺の横まで駆け寄ってきた。
視線を逸らすことができないため、表情は窺えないが、安心したように寄り添ってくるのを肌で感じる。
小さな体温を感じながら、ようやくアリスを自分の手の内に収められたことに安堵しつつ、緊張状態を解くことなく戦闘態勢を維持する。
むしろここからが本番だ。
明滅を繰り返す隔壁設備の警告灯が自分たちの周辺をせわしなく照らす。
そこで、今まで朧げだったアザミの容貌をはっきりと見ることが出来た。
女性にしては短い髪型と、眼をひく白い髪。そして俺を睨みつける鋭い目つきは女性よりも先に歴戦の兵士を意識させる。
やはり噂通りの実力の持ち主のようだ。
沈黙が続くかと思われたが、先に口火を切ったのはアザミの方だった。
「ランカーレイヴン・・・ソリテュードか―」
特徴的なハスキーヴォイスが、より彼女を印象付ける。
その冷徹な口調からも、この緊急事態に少しも混乱していないことが窺えた。
――やはり向こうも俺の事を知っていたか。まあノウラの部下であれば当然だろうが。
こちらも彼女の真意を確かめるべく口を開く。
「互いに初見の筈だがな。雇い主に連絡を取る前に、君から説明を受けたいものだな。―ミズ・アザミ?」
相手の真意が分からない以上、単刀直入に聞くしかない。
少なくとも彼女がアリスを追ってここまで来たのは確かだろう。
だが俺にとって重要なのはアリスを追ってきた、その理由だ。
この混乱に乗じてのターミナル・スフィアによるアリスの奪取であれば、それは到底看過できるものではない。
しかし、あの組織の性質上、それは考えにくいというのもまた事実だった。
最悪の場合、彼女と交戦を続けなければならないが、できればそれは避けたかった。
アリスを一刻も早く安全な場所に避難させたいのが最大の理由だが、状況的にも戦力的にも、こちらが不利なのは明らかだ。
拳銃を突きつけつつ、アザミの表情を窺う。
彼女は一切表情を崩すことなく、少しの思案の後、重い口を開いた。
「・・・此方はエデンⅣ連邦治安法内事交戦規定に基づき軍事行動中だ。ミスター・ソリテュード、其方の所有物については行動中に保護対象と認定、当該行動を展開していた。此方からの説明は以上だ・・・」
一切の無駄を排した簡潔明瞭な状況説明。
こちらと話し合いをする姿勢を見せつつも、先ほどの戦闘時よりは軟化したとはいえ、それでも並みの兵士ならばすくみ上がってしまうような殺気をサブマシンガンの銃口と共にこちらへ突きつけてくる。
その彼女の佇まいは傍らにいる少女よりも、よほど機械じみていた。
――なるほど。確かにターミナル・スフィアは独自の軍事力を有しているし、パルヴァライザーの襲撃ならば動かない道理がないか。・・・しかし、所有物とはな。彼女もノウラと同じく、アリスを人間扱いしていないらしい。まあ、当然と言えば当然か。
アリスを物扱いされたことにどこか複雑な思いを抱くと同時に、それが今は余計な雑念だと認識して意識的にその感情を脇へ追いやる。
どうも最近、アリス絡みの事に対して余計な感情が働いていけない。
一瞬とはいえ気を緩めた自分を引き締めつつ、現状を打開するための思考を巡らす。
彼女が優秀な兵士であるのは、もはや疑いようが無い。
ものの数分交戦しただけだが、この期に及んで嘘を吐く様な人物ではないことは確かだ。
それに、アリスの奪取が目的ならば、彼女の能力を持ってすれば容易に実現できただろう。
にもかかわらずアリスを目前にそうしなかったのは、少なくともそれが目的ではなかったからだ。
ならば相応の対価を払って引き下がってもらうしかないだろう。
――しかし・・・とんだ災難だな。あのマダムに借りを作ってしまうとは。
「・・・コレの身元は私が引き受ける。貴君の彼女に対する配慮、感謝しよう。現在、都市全域に第一種警戒態勢が発令中だ。事務所の方へは後日追って、再び挨拶に足を運ばせてもらうとする。コレで異存はあるまい?」
これが俺の最大の譲歩だ。これ以上、交戦を続けるのは互いの本意ではないし、ターミナル・スフィアに対価を払うとなれば、それは俺からの古代遺跡に関する直接的な情報提供以外に成立しない。
アザミはソリテュードの言葉を聞くと、しばらく思案した後、突きつけていた殺気を今度は明確に軟化させ、サブマシンガンの銃口を静かに下ろした。
それを見たソリテュードも拳銃をデコッキングすると共に狙いを彼女から外す。

二人の戦士による殺気で凍てついていた周囲の空気が弛緩し、奇妙な静寂が辺りを包む。
この混乱の最中、ここだけが切り取られたように何故か無音に近かった。まるでそれが必然であるかのように。
それは嵐の前の静けさに似ていた。
しかし、その異変に気付けというのは、つい先ほどまで命のやり取りをしていた人間に対して、いささか酷なものであった。
ただ一人の例外を除いては。

――やはり、優秀な人間は飲み込みが速くて助かる。
こちらも殺気を軟化させ、ようやくこの場を収束できたことに安堵していると、不意に上着の裾が小さな力で引っ張られるのを感じた。
視線をそちらへ巡らせた瞬間、俺は驚かざるを得なかった。
普段から滅多に表情を変えないアリスが、この上なく不安そうな怯えた顔で俺を見上げていたからだ。
「どうした、アリス?」
「・・・くる。さっきから、だれか・・・。わたしを、うばいに・・・」
か細く、拙いその口調はいつも以上に頼りないものだった。
アリスのただならぬ変化に危機感を感じ、周囲を警戒しようとしたその時。
カン――
静寂を打ち破るような硬く乾いた音が響き、その直後、辺り一帯は鋭い閃光と耳をつんざくような爆音に包まれた。
――閃光弾だと!?
咄嗟に腕で眼を覆い、視界を奪われるのだけは回避できたが、耳に響く爆音だけは防ぎようがなかった。
鼓膜を破らんばかりの大音響に顔をしかめる。
平衡感覚を司る聴覚器官が一時的とはいえマヒし、軽い眩暈を起こすが、裂帛の気合で踏みとどまり、すぐに意識を回復させた。
だが、その瞬間が致命的な隙となってしまった。
閃光弾が何者かによって投げ込まれた直後、ソリテュードの後方に位置する隔壁設備のガレージから高機動MT数機が滑り出て、その内の2機がソリテュードとアリスを目掛けて疾走してくるのとソリテュードが意識を回復させたのはほぼ同時だった。
後方からの機動兵器の駆動音に気付いて振り返るのと同時にソリテュードは自分の判断ミスを呪う。
閃光弾が炸裂する瞬間に、自分の腕で顔を覆うのと同時に空いた左手でアリスの顔の前に手をかざして視界を護ったのはよかったが、爆音によって一時的とはいえ意識が遠のき、アリスを自分の手から離してしまった。
結果アリスは孤立し、アリス自身も爆音の影響で動くことすらままならない。
アリスの手を取って、こちらに引き戻そうと腕を伸ばすが、寸でのところで腕は空を切る。
少女の小柄な体はMTのマニュピレーターに攫われ、その身を捕らわれてしまった。
「アリス――!」
――クソッ、なんてバカだ!
アリスを奪われたことに、やり場のない憤りを相手と自分自身に感じつつも、冷静に状況を分析する。
こういう時に焦れば、それこそ取り返しのつかない事態になる。
正体不明のMTは全部で5機。
強襲用の軽量型MTは俺とその場に残っていたアザミを取り囲むように陣形を組んだ。
そして何故かアリスを攫った機体までもが俺達を取り囲んでいた。
――何故逃げない?俺達を始末する気か。目標を確保したことで油断しているな。だが、その油断こそがお前らの敗因だ!
ソリテュードは自分より遥かな巨体と力を持った鋼鉄の巨人を前に臆することもなく攻撃態勢を取る。
携帯用小型ハンドグレネードのうち、光学センサーをマヒさせる機能を持つフラッシュグレネードを投げようと身構えた瞬間、視界の端に何かが動く気配を感じた。
そちらに眼を向けると、アザミがアスファルトを砕くほどの驚異的な脚力でアリスを攫ったMTに飛び掛かり、アリスを捕らえている右腕関節部に向かってグレネードランチャーぶっ放した。
衝撃力に特化した拡散衝榴弾を使用することによってアリスへ被害が及ぶリスクを最小限にすると共に関節部のアクチュエーターやケーブルにダメージを与えマニュピレーターの機能を低下させる。
それはアリスを奪還するのに、この場で取ることのできる最良の判断と行動だった。
アザミは素早い身のこなしで、拘束力の緩んだMTのマニュピレーターから瞬時にアリスの身体を抜き取り、そこから華麗に跳躍して地上へと降り立った。
その一瞬の出来事に謎のMT集団はおろか、ソリテュードまでもが呆気にとられてしまった。
自分も似たようなことをしようと考えてはいたが、あそこまで鮮やかに、そして瞬時にやってのけられると、さすがに言葉を失う。
――驚いたな、まさかあれほどの力を持っていたとは。
などと、緊急事態であるにも関わらず、不覚にもそんなことを考えていた俺の耳に印象的なハスキーヴォイスが響く。
「ソリテュード、走れ!」
アザミの声で我に返り、MTの足元めがけて飛び込むくらいの勢いで全力疾走する。
が、敵もいつまでも呆けているつもりはないらしく、捕獲対象をあっさり取り返されたこともあってか俺とアザミに猛烈な攻撃を浴びせかけてきた。
耳をつんざくような轟音と共に弾丸の雨が降り注ぐ。
対機動兵器用のガトリングガンなど、掠っただけでも致命傷だ。
俺達を取り囲むMTのうちの1機の足元に滑り込むと、幸運なことにすぐ目と鼻の先にビルとビルの合間にある小さな路地が眼に入った。
「くっ・・・この!」
立ち止ることなく、全身の力を足に降り注ぎ一心不乱に疾走して路地へと飛び込んだ。
路地の入口が数発の弾丸で砕かれるが、それ以上の追撃は無い。
どうやらヤツらの目標は、あくまでアリスとアザミであるらしい。
MT相手に牽制にもならないと思いつつ、拳銃とハンドグレネードを構えながら、そっと路地から外の様子を窺う。

→Next…

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