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第十二話①*②*


アザミは人間を遥かに超えた動きでガトリングガンの暴風雨のような弾幕を掻い潜り、MTを翻弄していた。
目標が小さすぎる上に、あのスピードだ。MTのカメラアイとFCSでは捉えきれないだろう。
アザミの余裕すら感じられる動きに多少の安心感を覚えつつ、自分も加勢できる瞬間がないかと機会を窺う。
MT相手に少しも止まることを知らないアザミに業を煮やしたのか、MTのうちの1機のバズーカが火を噴いた。
その砲弾はアザミの前方の道路に着弾し、路面を派手に抉りながら無数の破片をまき散らす。
アザミは雨のように降り注ぐ瓦礫片に臆することもなく、腕の中のアリスを庇いながら抉れた路面を低い姿勢で軽々と跳躍しつつ、身体を捻り、片手でグレネードランチャーを自身へ狙いを定めているMTに向けた。
その砲口がMTのカメラアイへ向けられていることに気付いたソリテュードは自分も打って出るタイミングを計る。
――榴弾でカメラアイを潰すか、閃光弾で機能をマヒさせるつもりか。いい判断だ。ならば俺もフラッシュグレネードで他の機体の視界をマヒさせれば、あるいは・・・
そうして、路地から飛び出そうとした瞬間――
アザミに狙いを定めていた1機が凄まじい爆音と共に紅蓮の炎に包まれ、鉄クズと化した。
MTとは明らか異なる、そして聞きなれた駆動音が上空から聞こえ、空を仰ぐ。
眼に飛び込んできたのは、ブーストを吹かしながら地上へ軟着陸しようとする重四脚ACだった。
MTをスクラップにしたACは右腕に搭載されたグレネードライフルを連続射出し、アザミから離れた位置に居たMT2機を先の1機と同じ運命にした。
たかだか軽量MTが対AC用グレネードの直撃を受けて無事でいられる道理が無い。
2機のMTは原形を留めることなく崩れ落ちた。
重四脚ACは、アザミと残りのMT2機を隔てるように着陸し、その重厚な機体でMTに立ちはだかった。
どうやらACはアザミの味方であるらしい。
――あのAC、ターミナル・スフィアの所属か・・・ならばもう大丈夫だろう。
MTの方に眼を向けると、突然のACの登場に明らかに動揺していた。これ以上は手出しできまい。
そうして味方ACの援護を受けて、更にMTから距離を取っていたアザミの方へ駆け寄る。
と、その時、重四脚ACを駆るレイヴンが外部スピーカーを通じてアザミに語りかけた。
『何を遊んでいる。旧世代兵器の侵攻部隊が迫っている。ファイーナ、お前もガレージへ向かえ。エデン圏内への出撃許可は出ている。役人からの依頼だ・・・』
その会話を聞いたソリテュードは訝しんだ。
パルヴァライザーの襲撃に対する政府からの出撃依頼のことではなく、ある一つの単語に。
――ファイーナ・・・アザミのことか?それが彼女の本名か。
だが今はそのことについて考えている暇はない。
アザミの前まで駆け寄ると、彼女は無言で抱きかかえていたアリスを差し出した。
自分の腕に移されたアリスを確認する。
目立った外傷は無く、意識もはっきりとしている。
腕にアリスの存在としての重みと小さな体温を感じて、心底安堵する。
――よかった、本当に・・・。
そうして恩人へと向き直る。
もし彼女が居てくれなかったら、今頃アリスは攫われていただろう。
――しかし、まいったな。これでは借りどころの話じゃなくなってしまった。まあ、この返礼はいずれすることにしよう。
「礼を言う、ミズ・アザミ・・・」
一瞬、彼女の本名であろうファイーナという名前を言おうかとも思ったが、親しい間柄でもないのに不用意に口に出すのは憚られた。
アザミは俺の謝礼の言葉に何を返すでもなく、じっとこちらを見続けていた。
抱きかかえていたアリスが自分にすがり付いてくるのを感じたので、視線をアリスに移し、小さな頭を優しく撫でながら言葉をかける。
「大丈夫か」
俺の素っ気ない言葉にアリスはこくん、と頷くだけだったが、先ほどの不安そうな表情は顔から消えていた。
そんなアリスの様子を見て、緊張を解いていたソリテュードに重々しい声がかけられる。
『お前、ソリテュードか・・・。懐かしい顔だな、小僧?』
さっきは気付かなかったが、その声には確かに聞き覚えがあった。
顔を上げ、重四脚ACへと視線を向ける。
「その声・・・。確かに懐かしい声だな、ラヴィ」
―ラヴィ―
レイヴンの間では知らぬ者などいない凄腕の古参レイヴン。
根っからの傭兵で、アリーナ等には参加せずフリーランスのレイヴンとして幾多の戦場で名を馳せてきた。
俺自身もある時には敵、またある時には味方として戦場で幾度となく戦った男だ。
――しかし、ラヴィまでもがターミナル・スフィアに身を寄せていたとは・・・。
世界は広いようで案外狭いらしい。
『お前にも、依頼が来ているはずだ。急ぐといい・・・』
そのラヴィの言葉を証明するかのように、携帯端末のディスプレイには緊急依頼のメールが受信されていた。
再度アザミへと向き直り、一度視線を交わした後、自分たちの役割を果たすべく、お互い無言でその場を後にする。
――さあ、戦闘開始だ。俺を舐めてかかったツケ、きっちり払わせてやる!
燃え盛る闘志を胸に秘め、アリスを懐に力強く抱き、愛機の元へと急ぐ。

自分のACガレージへ向かう途中、携帯端末から依頼受諾の返信メールを送信する。
それと同時に秘匿回線でブリューナグの起動コマンドを実行し、アイドリング状態にしておくことも忘れない。
――デフォルトのアセンブリではダメだな。武装だけじゃなくパーツも変える必要があるか・・・
出撃する時の機体構成を考えつつ最寄りのリニアステーションを目指して走る。
一般路線は運行停止していても、専用路線は独自のライフラインを持っているので無事なはずだ。
ガレージへたどり着くにはコーテックスの専用路線を使うのが最速かつ最もリスクが小さい。
遠くから断続的に爆音が振動と共に身体へ伝わる。
パルヴァライザーとの戦闘は激しさを増しているようだ。
「急がないと」
周囲を警戒しつつ、無人となった居住区画のマンションの間を走り抜けて行くと、非常灯にぼんやりと照らされたステーションが見えてきた。
が、その直後、殺気を感じ咄嗟に近くのビルの陰に横っ跳びで飛び込む。
次の瞬間、ついさっきまで自分が居た空間を弾丸が風切り音と共に通り過ぎ、アスファルトを穿った。
「チッ――」
舌打ちしつつ、アリスの無事を確認する。怪我はないようだ。
アリスの赤い瞳が俺を見上げる。
相変わらずの無表情だが、その顔はなんとなく、俺ならこの程度の障害など難なく切り抜けるのを信じて疑わないといったような感じだった。
だから俺はそれを言葉にして、俺を信じてくれる少女へと伝える。
「大丈夫だ。この程度、なんてことは無い」
そう言いながらアリスの小さな頭に手を添え、薄暗い闇の中でも美しく煌めく髪をそっと撫でた。
その答えに満足したのか、アリスは口元をほんの少しだけ緩めてこくんと頷いた。
片腕でアリスの肩を抱えつつ拳銃を構え、ビルの陰から外を窺う。
そこには完全武装した兵士3名がアサルトライフルをこちらへ向けて立ちはだかっていた。
あの時、閃光弾を投げ込んだのはこいつらだろう。
――3人か・・・フラッシュグレネードで視界を遮断した隙をついてもいいが、かけているゴーグルが閃光弾対応だと効果が薄いな。なら手っ取り早くグレネードでミンチにしてやるか。
そう考え、小型グレネードに手を伸ばそうとした時、予想していなかった事が起きた。
「グローバルコーテックス所属のレイヴン、ソリテュードだな?その生体CPUを連れて出てこい。抵抗しなければ危害は加えない」
兵士のうちの一人が、こちらに呼びかけてきたのだ。
――どういうつもりだ?だまし討ち・・・は無いか。俺が出て行って抵抗すればヤツらの目的であるアリスに流れ弾が当たる可能性がある。おびき寄せておいて俺を狙撃するとも考えられるが、だとしたらここに来るまでの間に機会なんていくらでもあったはずだ。
ソリテュードが思考を巡らせている間も、指揮官らしき兵士は話を続ける。
「どうした、我々を警戒して出るに出られんか?凄腕の傭兵ということだが、案外臆病なのだな。ならこれでどうだ」
呼びかけていた兵士はアサルトライフルの構えを解き、残りの兵士も銃口を下げた。
――なるほど、どうやら本気で言っているようだな。ならば・・・
ソリテュードは拳銃を右手に持ったまま、アリスを自分の後ろに庇いつつ兵士たちの前に姿を現した。
その姿を見た兵士は口元をニヤリと歪めると、さらに言葉を続けようとした。
「ようし、それでいい。まずはその銃をこちらに・・・」
しかし、その言葉を言い終わる前に3発の銃声が轟き、直後自分の右肩に走った激痛に兵士は顔を歪める。
何が起こったのか分からず呆然としていると、目の前の男がこちらに銃口を向けているのが視界に入った。
―まさか、撃たれたのか!?そうだ、仲間は・・・
そう思い兵士は自分の周囲を見回すと、自分の両側に、それぞれ額と右目に風穴を開けた兵士の仲間が血だまりを作りながら横たわっていた。
「なっ・・・!」
瞬時に仲間の二人が射殺され、自身の右肩を撃ち抜かれたという事実を受け入れられず狼狽する兵士に、ソリテュードは躊躇いもなく今度は両大腿部を撃ち抜く。
「ぎゃっ!」
支えを失い転倒した兵士にソリテュードは歩み寄り、虫ケラを見るような眼で見下しながら、傷ついた右肩を左足の踵で思い切り踏みにじった。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁっ!!」
凄まじい激痛に叫び声を上げる兵士の眉間に銃口を突き付けソリテュードは吐き捨てるように言う。
「バカかテメェは。テメェら3人ごときに俺が『はいそうですか』ってこの娘を差し出すワケねぇだろうが!俺を舐めるのも大概にしやがれ!!」
気持ちが昂っているせいか自然と口調が荒くなる。
苦悶の表情を浮かべながら兵士は口を開いた。
「き、貴様っ・・・こんなことしてタダで済むと思うのか!?ぐっ、あっ・・・せ、政府を敵に回す・・・つ、つもりかっ?その生体CPUをどうするつもりだ!」
「テメェなんぞに答える義理なんかねぇよ。それとな、人違いだ。この娘は生体CPUじゃねぇ、アリスだ」
「な・・・貴様、何を言って――」
ダン――
無慈悲な銃声が響く。
ソリテュードは躊躇せずに兵士へ引導を渡すと、今までのやりとりを静かに見守っていたアリスを抱きかかえ、再びステーションに向かって走り出す。
ステーションへ入り、プラットホームに通じるゲートへ向かう間、アリスが頬をすり寄せるようにすがり付いてくるような感じがしたが、それが何故だかソリテュードには分からなかった。

予想したとおり、コーテックス専用路線のゲートやとコンソールには電源が入っており、カードスロットに認証カードを滑らせると、何の不都合もなくゲートが解放された。
統一政府の追手が来ないとも限らないので、即座にゲートを閉じ、プラットホームへと急ぐ。
幸いなことに専用リニアも問題なく稼働していた。
こういう所がきちんと機能している辺りエデンⅣでのコーテックスの底力を思い知らされる。
あの兵士は政府を敵に回すつもりかと言っていたが、ヤツらこそコーテックスと俺達レイヴンを敵に回すつもりなのだろうか。
そんな益体もないことを考えつつ、リニアに素早く乗り込みガレージへと向けて発車する。
リニアは振動もなく滑らかに路面を疾走していった。

リニアに乗り込んでから約10分程度でガレージ前の隔壁へとたどり着き、生体認証とチェックコードをパスして中へ入る。
ガレージに足を踏み入れた時、けたたましい警告音と共に一階層下の整備区画からアセンブリ変更を終えたブリューナグが床ごとせり上がり、その巨体をガレージに現した。
リニアでガレージに向かう途中に携帯端末からアセンブリ変更のコマンドを実行しておいたのだ。
ブリーフィングルームへ入り、備え付けの簡素なベンチにアリスを座らせ、ロッカールームで手早く着替えを済ませる。
アリスをここに連れてきたのはもちろん初めてだ。
アリスは珍しくきょろきょろと周囲を見回し、整備やアセンブリ用のコンソールを興味深そうに見つめている。
そんなアリスを横目に、通信用コンソールでコーテックスのオペレーションルームを呼び出すと、すぐさまミランダから返事が返ってきた。
「ソリテュードですか?いったい今まで何を・・・。いえ、そんな事はどうでもいいですね。依頼受諾の連絡はすでに受けています。すぐに出撃してください。依頼内容はエデンⅣに展開する古代兵器の全撃破。エデン圏内での戦闘行為と全兵器の使用が許可されています。戦闘に際しての制限はありません。速やかにパルヴァライザーを排除してほしいとのことです」
「了解した。現在の状況を教えてくれ」
「パルヴァライザーの大半は小型飛行タイプと四脚タイプです。数は多いですが、単体での戦闘能力はそれほど高くないようですね。現在はエデン圏内のAC戦力がほぼ全て出撃しており、各地域でパルヴァライザーを押し返しています」
「古代兵器の増援は?」
「今のところ、確認されていません」
ならば形勢がこちらに傾いているうちに一気にカタを付けてしまった方がいいだろう。
パルヴァライザーの一番厄介なところは無尽蔵に湧いてくることだが、増援が認められないということは、発生源がエデンⅣの近くではないということになる。
パルヴァライザーの戦力が途切れない場合は中枢を破壊する以外手が無いが、それは至難の業だ。
しかし、今回はその必要がなさそうなので、ソリテュードの懸念事項は一つ減ることになる。だが、もう一つの懸念事項が頭をよぎる。
他でもないアリスを狙う統一政府の連中だ。
少なくとも今回の件に関してエデンⅣの管理局は無関係だろう。
いくら生体CPUが貴重だからといっても、統一政府が誇る大コロニー都市をここまで破壊するメリットがない。
とすれば、統一政府の別の組織の手によるものと考えた方が自然だ。
「なあ、ミランダ。敵勢力は古代兵器だけか?」
「は?・・・え、ええ。敵勢力は古代兵器以外確認されていませんが」
俺の要領を得ない突然の質問に、さすがのミランダも困惑したようだ。
なるほど、やはりアリスを狙う統一政府の組織は表立って行動する気はないようだな。
「いや、ならいい。この混乱に紛れて下らない行動を起こす奴がいるかもしれないと思ったんでな」
いつまでもここで考えている訳にはいかない。今は他にやるべきことがある。
「よし、出撃する」
「了解しました。レイヴンには興行区画のパルヴァライザー掃討を担当していただきます。ガレージから発進後、3番ACターミナルへ移動してください。エレベーターにて最寄りのエリアに運搬します。作戦区域に到着後は自由戦闘です」
「OK。交信、終了する」
「分かりました、では後ほど」
通信コンソールの会話が途切れると、もう一つ解決せねばならない問題があったことに気付く。
――そうだ、アリスをどうするか。このままここに置いていくのは、やはり危険だろうな。万が一の時に誰も護れない。だとすれば、もう選択肢は一つしかないか・・・。
そう思い、自分の考えにかぶりを振る。
――いや、違うな。俺は単に躊躇っているだけだ。
そこで、ふとベンチに座っていたはずのアリスの姿がないことに気付く。
ブリーフィングルームの窓から外をみると、アリスはいつの間にかブリューナグの足元に移動し、その巨体を見上げていた。
ヘルメットを片手に少女の傍らへ足を運ぶ。
俺が傍に来たことに気付いたアリスは、ブリューナグからこちらに視線を移した。
「これ、ソリッドのAC?」
「ああ、ブリューナグって名前だ」
それを聞いたアリスは、俺の愛機に視線を戻す。
「ブリューナグ・・・」
そうつぶやくと、少しの間、少女は黙ってACを見上げていた。
それに釣られるかのように、ソリテュードも自らの愛機を見上げる。
そびえ立つブリューナグは普段と少し姿が違っていた。
両腕には遠距離狙撃用のスナイパーライフルが握られており、重量調整のために腕部も別のパーツに交換されていた。左肩のレーダーも、より探知距離が長く、かつスキャン間隔が短い高性能なものへ換装してあり、完全な狙撃仕様となっている。
それは全て、ある目的のために取った措置だ。
――このアセンブリにしておいた以上、今さら躊躇うほうがおかしいな。
その目的とは、アリスを一緒に連れて出撃することに他ならない。
現時点で統一政府の組織にアリスが狙われる可能性が払拭できていない以上、どこに置いておいても危険だ。ならば自分の手中に収めたまま出撃してしまうのが、一番奪還される可能性が低い。
もちろんリスクはあるが、それは承知の上だ。誰かを護ろうとするならば、必ず何かを背負うことになる。
それに、詳しいことは分からないが、アリスは元来、機動兵器の制御をするためにパイロットと共に搭乗するのを前提として生み出された生体CPUらしいので、同じ年頃の少女とは比べ物にならないくらい身体の耐久力が高い。
なので、苦肉の策ではあるが、ACに乗せても大丈夫だろうと考えたのだ。
しかし、いかに生体CPUといえど、専用のシートがあるわけでもなく、乗るにしたって俺の膝の上に座って、アリス自らしがみ付いていてもらうしかない。
そんな状態での機動戦など無謀だ。だから、あまり動く必要のない遠距離狙撃仕様にアセンブリを変更したのである。
「よし」
声に出して決意を固める。
これ以上、躊躇っている時間は無い。
そうしてアリスに向き直り、声をかけようとした時、アリスは再び俺に顔を向けた。
「このこ、やさしくてつよいんだね。ソリッドのいうこと、ちゃんときいてくれるいいこ。わたし、このこ、すき」
そう言って、少女はにっこりと微笑んだ。
その儚く美しい花のような笑顔を見て、ソリテュードは思わず目を逸らしてしまう。
戦場に長く身を置き多くの命を奪ってきた戦士に、普段から無表情な少女の不意打ちとも言える無垢な笑顔は、いささか眩しすぎた。
突然の事に珍しく戸惑いつつも、ソリテュードはアリスに語りかける。
「あ、ああ。それよりな、アリス。これから俺は出撃するんだが、今回はお前も一緒に付いてきてくれ。またいつお前を攫ったヤツらが来るかも分からない。だから、お前を一人でここに置いていけないんだ」
それを聞いたアリスはきょとんとした表情になり、俺とブリューナグを交互に見て首を傾げた。
「意味分かるか?」
そのリアクションに一抹の不安を覚えて、つい聞いてしまう。
「このこに、のせてくれるの?ソリッドといっしょに?」
「ああ、少し怖い思いをするかもしれないが・・・」
心配ない――そう言おうとした時、俺の言葉を遮るようにアリスが再び口を開いた。
「こわくないよ。ソリッドとこのこがいっしょになれば、だれにもまけないってわかるもん。だからわたし、こわくない」
赤い瞳に強い意志を込めて、俺を真っ直ぐに見据えながら少女が答える。
今度はその視線を逸らすことなく受け止めた。
――この娘は、俺が思っている以上に強いのかもしれない。なら、この腐敗した世界で自らの力で生きていけるようになるまで、見守ってやらないと。
そう思うと自然に笑みがこぼれた。
ガレージを地鳴りの様な音と共に振動が襲う。
地上での戦闘は、なおも激しさを増しているようだ。
アリスの頭に優しく、ぽんと手を乗せ、目線を合わせるために膝を折る。
「じゃあ、そろそろ行くか。あんまりモタモタしているとミランダに怒られちまう」
アリスはこくんと頷いた。
その様子を見て立ち上がった時、ふとあることに気付く。
「あ、それとなアリス。コクピットは狭いから乗れるのは二人までだ。悪いがその子は置いて行ってくれ」
と、いつもアリスが大事に抱きかかえているウサギのぬいぐるみを指差しながら言った。
本当はぬいぐるみくらい持ちこめるのだが、アリスが座るシートがないので、俺にしがみ付いていてもらわないと投げだされてしまう恐れがあるのだ。
それを聞いたアリスは、とてつもなく悲しそうな表情をしながら、無言で俺を見つめてきた。赤い瞳が微かに潤んでいる。
――うっ・・・そりゃ反則だろ。
だがこれはアリスの身の安全にも関わってくることだ。妥協する訳にはいかない。
「頼む。またここに戻ってくるから。すこしの辛抱だ」
俺の言葉の真剣さを感じ取ってくれたのか、しぶしぶ頷くと、テテテッとブリーフィングルームに向かって駆け出した。
どうするのかと思い、後に続いてブリーフィングルームを覗くと、アリスはしゃがんでぬいぐるみをベンチに座らせていた。
「あなたはここでおるすばん。わたしはソリッドといっしょにブリューナグでおでかけしてくるから。いいこにしててね、マリー」
その、またしても不意打ちな微笑ましい光景に意識せず頬が緩んでしまう。
ていうか、あのウサギ、マリーって名前がだったのか。初めて知った。
ぬいぐるみを数回、優しく撫でると、アリスは立ち上がって俺の傍まで駆け寄り、手を握ってきた。
どうやら準備完了の意思表示のようだ。
「じゃあ、行くか」
そう言って、手を優しく握り返し、愛機のコクピットへと続くタラップを登って行った。

コクピットに滑り込むと、まず自分がシートに座り、シートベルトで身体を固定した後、アリスを招き入れる。
アリスは特に躊躇することもなくコクピットに小さな体を潜り込ませる。
ちょこんと俺の膝の上に座ると、コクピットのコンソールに興味津々といった感じで見入っていた。
ブリーフィングルームに居る時もそうだったが、やはり生体CPUということもありACのシステムなどに興味があるのだろう。
システムのスリープを解除し、OSを立ち上げる。
それと同時に、俺のもう一つの身体とも言える愛機、ブリューナグが眼を覚ます。
重厚な駆動音がガレージ内を揺るがし、カメラアイが妖しく光る。
発進準備を全て整えたところで、アリスに話しかけた。
「アリス、これから発進するが、俺にしがみ付いていてくれ。窮屈でつらいかもしれないが、他にお前の体を固定する手が無い」
「・・・うん、わかった」
そう言うとアリスは頷き、身をよじって体を密着させ、おずおずと俺の胴体に腕を回してきた。
パイロットスーツ越しに脇腹にこそばゆさを感じると同時に、少女の淡く柔らかな感触が伝わってくる。
その感覚に何とも言えないむずがゆさを感じたが、努めて顔に出さず、雑念を振り払うようにメインディスプレイを注視した。
コントロールレバーを握り、力を込める。
「行くぞ、しっかり掴まっていろよ」
俺の言葉に首肯したことを確認して、スロットルを吹かす。
機動兵器の鼓動を体全体で感じながら、少女を胸に抱き、レイヴン・ソリテュードは戦場という己の在るべき場所へと向かって行った。
3番ACターミナルへ到着し、複数ある地上搬出用エレベーターの前でACを止めると、メインディスプレイにウィンドウが開き、ミランダからの通信が入ってきた。
「レイヴン、発進に随分時間がかかったのですね。一体何を・・・」
そこでミランダの言葉は途切れてしまった。否、絶句していた。
何故なら、ブリュ-ナグのコクピットに有り得ない人影を認めたからである。
現在はまだシステムが戦闘モードではないため、通信時はレイヴンとオペレーターの姿が互いに確認できるようになっている。
そのため、ミランダから俺にしがみ付いているアリスの姿が丸見えの状態なのだ。
もちろん映像をカットして音声のみにすることもできたが、あえてそうはしなかった。
それはミランダがアリスの存在と正体を知る数少ない知人であり、匿っていることを黙っていてくれる味方であるからだ。
なので、アリスが乗っていることを隠さずに、ミランダにも協力してもらおうと考えたのだ。
「ミランダ、ここからの通信は秘匿モードにしてくれ」
絶句していたミランダが、俺の表情から真剣さを感じ取り、戸惑いつつも指示に従ってくれる。
「え、ええ・・・分かりました。秘匿モードに切り替えます。・・・どうぞ」
「すまない。詳しい事情は説明している暇が無いが、アリスを一緒に乗せて出撃する。のっぴきならない事態になってしまったんでな、悪いが協力してくれ」
状況が飲み込めないため、ミランダは厳しい表情でしばし沈黙していたが、ふと目元を緩めると落ち着いた口調で再び口を開いた。
「・・・了解しました。事情は分かりませんが、レイヴンの意図するところは理解できます。なるほど、狙撃仕様ですか。良い選択です。では狙撃に適した高所がある地域を検索しますので、少々お待ちください」
やはりミランダの状況判断能力と機転の良さは一流だ。並みのオペレーターでは困惑して、こうはいかないだろう。
ものの数十秒で返答が返ってくる。
「検索終了しました。興行区画にあるセントラルタワー頂上がいいかと思われます。見通しもよく、足場もしっかりしていますし、多少の移動スペースも確保できるので狙撃には打ってつけでしょう」
ディスプレイに別のウィンドウが開き、セントラルタワーの概容図と周囲のマップが表示される。
確かにこれなら一方的に攻撃できるし、地上から狙われても、タワー中央部に引っ込んでしまえば相手の弾は当たらない。
「よし、ここでいい」
「了解です。では第6エレベーターへ搭乗してください。目的地はエレベーター出口から目と鼻の先です。地上搬出後、すぐに移動してください」
その言葉に首肯し、指定されたエレベーターへと向かう。
ACも軽々と運搬できる大型エレベーターに入ると、気持ちが一層引き締まる。
重厚な隔壁とシャッターが交互に閉まり、エレベーター内は密室となる。
この空間の視界が開けた時、そこはもう戦場だ。
今回は経験したことのないイレギュラーな状況だが、10年間積み上げてきた経験と知識、テクニックを総動員して切り抜けて見せる。
誰かを護りながら戦うというのがどれだけ困難かというのは、とうに理解している。
だが、それでもやらなければならない。
――この娘を護る
目覚めたアリスを前にしたあの時、自分の心にそう決めたのだから。
エレベーターが上昇するGを感じながら、思いを巡らせていると、ミランダの方から秘匿モードで通信が入った。
回線を開くと、ディスプレイに映った彼女の顔は普段のオペレーターのものとは違っていた。
その不安げな表情は、我が子の身を案じる母親のものと同じだとソリテュードは瞬時に理解できた。
「ソリテュード、どうかその娘を・・・護ってあげて」
アリスを気遣うミランダの優しさが伝わってくる。
その言葉にレイヴンとしての顔のまま答えた。
「ああ、そのつもりだ」
俺の素っ気ない答えに無言で頷き、ミランダもオペレーターとしての顔を取り戻す。
「間もなく地上に到達します。レイヴン、健闘を」
ミランダの言葉が終ると同時に目の前の隔壁が解放され、未だ闇が支配する戦場へと躍り出た。

レーダーとマップに眼を走らせ、周囲の状況を確認する。
目的地であるセントラルタワーは前方約500m地点にあり、探さなくともディスプレイ越しに目の前に高くそびえ立っていた。
「これからブースト機動をするからGがかかるぞ。しっかり掴まってろ」
返答は無かったが、俺の胴体に回されている腕に力が込められるのを感じる。
アリスへの負担を少しでも軽くするため、始めは緩くブーストを吹かし、徐々に出力を上げていく。

→Next…

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