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◇◇◇

「はぁ…はぁ、は…っ」

 無心となって走った。木の枝が足を、腕を、顔を引っ掻いても気にしなかった。梨花が私を呼んで、私の手をとって、私の目を見つめて問いたださないように。ただそれだけが怖くて走った、寧ろ逃げたと言ってもいいくらいに。
 裏山の立ち入り禁止の看板を見つけそこで息を整える。
 トラップなんて何があってもいいように念には念を押して仕掛けてあるのだから頻繁に確認しにくる必要はないという事は私は当然、梨花も知っていた。だから言い訳はただの嘘という事は悟られていて、それでも何も聞いてこないのは梨花の優しさだと思ってた。

「…一応嘘とは言えども、裏山に来たんですから確認はしておいた方がいいですわね」

 呼吸と身なりを整え誰に会うわけでもないこの裏山に入っていく。これだけの木々が立ち並んでいるのだから日が影ってしまえば出るのはさすがの私でも少し不安。だから早めに立ち去ろうと決めた。
 …梨花を飢え死にさせないためにも、というのはあながち間違いでもないのだが、今日で終わらせる、と気持ちにケリをつける日だったから。

 ――不謹慎ながらに山狗という部隊が来た時は楽しめましたわね。
 散策しながらあの時はを思い出す、ただ梨花を守りたいとそう思う一心でいた。それは仲間であり、家族だったから。
 にーにーが突然いなくなったのは私が守ってあげられなかったから…だから私は自分のかけがえのない人を自分が原因で失わないように努力していた。
 足をぴたりと止める。

「これは圭一さんを驚かせようと梨花と考えて―…」

 作ったばかりのトラップ。部活メンバーで裏山に来たら絶対仕掛けてやるんだと意気揚々と作った記憶がある。でもその機会は未だ訪れないからまだ発動してないわけで…その理由もよく分かっている。

「私が、梨花を好きになってしまってから全てがおかしくなってしまったんですわよね」

 ―あの頃に戻りたい。
 みんなで笑いあって、隣には梨花がいて、そんな生活に戻りたい。
 ひぐらしの鳴く声をもっと穏やかな気持ちで聞きたい、ただそれだけなのに―――


 叔母が死に、叔父が逃げ、兄が消えた。私は一人になった。
 にーにーの匂いが残る部屋があるあの家は私一人ではどうしようもなくて、いつもにーにーに頼ってばかりいたから何をどうしたらいいのか分からなかった。
 ご飯の炊き方やお味噌汁の作り方くらいは知っているけれど、オカズはどうしよう。雛見沢は外からのものや対立するものに敏感で、私…「北条」に一段と冷たかった。誰も助けてなんてくれない、と知っていた私は途方に暮れていた。

「沙都子、一緒にボクと暮らしませんか?」
「…え?」

 そんな私に声をかけたのは友達の梨花だった。
 梨花は古手家と言ってこの雛見沢では御三家と呼ばれる格式高い家柄でその頭首である梨花はオヤシロさまの生まれ変わりなどと謳われ私を忌み嫌う村の人たちのマスコット的存在であり、とても愛されていた。
 いつから私の傍にいてくれたのかは分からないけれど、梨花は私を北条だからと言って特別視した事はなかった。にーにーがいてくれた時はにーにーにばかり頼っていたから気づかなかったけど梨花はずっと私を見守ってくれていたんじゃないかと思う。

「ボクも沙都子と同じでおとうさんもおかあさんもいないのです。」
「…」
「ご飯を食べるのは一人だと味気ないのです。それに一人前だけ作るのは難しいので作るたびに食べ終わるまで大変なのですよ」
「そうですわね…」
「沙都子が良ければボクの話し相手になってもらいたいのです」
「え?」
「一人でいるよりも二人でいる方がきっと楽しいのですよ」

 そう言って梨花は私の手を取り笑った。まるで花が咲くように。そして私と梨花の二人の生活は始まった。
 最初こそ戸惑いはしたものの、梨花との生活は色々な事が学べて楽しかった。
 住み始めた頃は色々と梨花が世話を焼いてくれていたけれど同居しているんだから、と家事全般を梨花に教えてもらいながら生活していった。教えてもらいたての頃は上手く作れなかったけど、少しずつ料理が出来るようになって交代制になった。
 梨花のご飯を食べるのはとても好きだけど、私が梨花にご飯を作るのも好きだった。失敗してしまった料理が食卓に並んだ時は「まだまだなのです」なんて言いながらも「沙都子の味がして美味しいのですよ」と花のような笑顔を絶やさずに完食してくれた。
 いつも私の隣でにこにこと微笑みながら、いつも一緒にいるのが当たり前で。梨花が私の親友で、仲間で、家族である事が誇らしくてとてもうれしかった。だから何をするにも常に一緒に行動していたし、それが当たり前だと思うが如くにふるまった。そして梨花もそれが当然というように私の隣にいてくれた。
 私の元気がない時は梨花の笑顔もどことなく影が宿っていて、そんな顔をしている梨花を見たくないと言ったら「沙都子が笑ってくれたらボクも笑うのです」と頭を撫でた。沙都子をなでなでなのですよ、なんて言いながら。
 私の頭を撫でても問題がある人とない人がいて、その中でも特に心地よかったのは梨花と圭一さんだった。
 言動や物の考え方こそ違うもののにーにーのようで、だから圭一さんに頭を撫でてもらうのは好きだった。それをしている時の圭一さんは優しい顔で、私も自然と笑顔になっていて、だからきっとこの瞬間も梨花は笑っていてくれるだろうと思って梨花に視線を投げかけたら…違った。ほんの一瞬だったけど、だけど何かが篭っている目をしていた。
 私が瞬きをすると、「みー!ボクも沙都子をなでなでするのです」とさっきまでの黒い表情はなくなり、いつもの梨花が圭一さんと私の頭を取り合った。

 その表情が忘れられなくて梨花に問いただしてみると、何の事か分からないとはぐらかす。梨花は何か私に隠してるのではないかと疑ったくらい。それが少し悲しくて顔を俯かせた。

「沙都子はボクのものなのです、圭一は悟史に似ているというだけでずるいのです」
「梨花?」
「沙都子の傍にいれるのがボクの幸せなのです。だからずっとずっと傍にいるのですよ? にぱ~☆」
「当たり前ですわよ、梨花とは切っても切れない関係なんですから!」
「み~☆まるで腐れ縁みたいな言い方なのです」

 ―そう言う梨花の顔は穏やかだった。


 梨花の様子がおかしい時があった。それは鷹野さん達の目論見があった頃だったから、梨花は不安だらけだったと思う。
 私に出来ることと言えば傍にいて梨花の不安を紛らわす事、笑わせてあげる事くらい、だから梨花が私の知らぬ男性と話し安堵の表情を向けていた時には非常に腹が立った。
 その人は赤坂さんと言って、警察の方らしい。正直なところ警察はあまり好きではなかった。
 それも関係してか赤坂さんの事を好きになれなかった。少しトラップでも仕掛けようかと思ったが、それも大人気ないと諦め梨花が信頼しているから私も信頼する事にした。
 そしてあの一件以来、梨花の口から「赤坂」という単語が出ることが多くなった。赤坂から手紙がきたとか、赤坂が何月にくるだとか、赤坂に電話をしただとかそういう事ばかり。
 もしかしてあの人のこと好きなんだろうか…そう考えるようになってからというもの、普段と変わっていないと思っていた梨花の食欲のなさが目に付いた。どうしたのと聞くのもおこがましく感じて、聞くのをやめた。
どうせあの赤坂という人を思って食事が喉を通らないとか言うんだろうと思ったら、また
悔しくて腹が立った。
 梨花の笑顔が消え、食事も捗らなくなった。
 あの赤坂という人がきてからの梨花は私の心をざわつかせた。心の奥に黒い靄がある。

 それが引き金となったのか少しぎこちなくなっていた頃、レナさんや魅音さん、そして圭一さんが声をかけてきた。

「梨花ちゃんとケンカでもしたの?」
「いえ、そういうわけではありませんのよ」
「そう? それならいいんだけど、おじさんとしては心配なわけよ」
「ほほほっ、それはそれは大変申し訳ありませんですわね」
「沙都子、あまり抱え込むなよ?」
「え?」
「自分で思っている事を全て自分で解決しようとするとロクな目にあわないからな」
「そうだね、圭一君の言うとおりだよ。二人に何があったのかは分からないけど、でも
二人が元気ないのを見るのは寂しいんだよ、…だよ?」
「まあレナは元気じゃない二人をお持ち帰りしてもつまんないって言いたいんだけどね!」
「おい魅音…」
「あーっははは、ごめんごめん。でもね沙都子、何か力になれる事があったら言うんだよ」
「そうだぞ沙都子、悩みを打ち明けるのは恥ずかしいことじゃないんだからな」
「そうそう、梨花ちゃんも沙都子ちゃんも大切な仲間なんだからねっ☆」
「…お気遣い、ありがとうございますですわ…」


 ――情けない。
 周りに迷惑かけるなんて私らしくもない。こうやって悩んでるのだって私らしくない。みんなが心配しているんだから早くモヤモヤとした黒い感情をどうにかしなくては。
 梨花に対しても、誰に対しても今までもった感情ではなかったからどうしたらいいのか分からない。みんなに相談してみようか…?でもどう伝えたらいいのか分からない…。どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら…。ああ、もうしっかりしろ北条沙都子!!!!クールになるんだ!!

 そうやって自分の気持ちを無理矢理盛り上げた結果、梨花に直接気持ちを言う事。梨花が誰かと話していると面白くないし、誰かに笑いかけているのも面白くない。何故と言われたら答えようがないのだけど、多分梨花なら私の言いたい事を分かってくれるはず。梨花の事にはレナさんや圭一さんや魅音さんには分からないだろう、だから梨花本人に聞くのが一番手っ取り早くモヤモヤを解消出来るんじゃないのかと思った。
 思い立ったが吉日、梨花を探す。教室にはいない。日直じゃなかったからトイレ?、といつも一緒に行っているのに私に何も言わず一人で行ってしまった事にすら苛立ちを覚えたが、こんな感情とも今日でおさらばだと思うと心なしか気持ちがうきうきして足取りも軽くなった。

 教室を出た先には梨花と、レナさんがいた。

 遠目で見たから会話までは聞こえないが梨花が何かレナさんに話していた。
 梨花の表情はとても暗く目には涙も浮かんでいて、私の隣にいるときは決して見せない顔をしていた。その反面レナさんはとても満ちた表情をしていて、きっと泣き顔のような梨花をかぁいいとでも思っているんだろう。
 そんな梨花を、レナさんを見ているのが不快で二人に声をかけようとした瞬間目を疑った。

「り、か―…?」

 レナの手が梨花の頬に触れ、二言三言梨花に話しかけると梨花が満面の笑みで返した。

ドクンッ

 と突然心臓が飛び跳ねたかのようなスタートを切る。鼓動が高鳴る、呼吸が乱れる。
 そんな光景を目の当たりにして声をかけることが出来ない代わりに頭の中で感情が文字として駆け巡る。
 ――なにをやってる?何をされている?レナさんはなんで梨花に触れているの?梨花はなんでそんな嬉しそうな顔をしているの?その笑顔をレナさんに向けてるの?私だけのものじゃないの?梨花は私にだって沙都子はボクだけのものだって言った、なのにどうして梨花は私じゃない人に触らせて喜んで最近私に見せなかった表情を他の誰かに見せるの?どうして?どうして?どうしてどうしてどうしてどうして、どうして梨花?どうして私だけを見てくれないの?こんなに毎日貴方のこと考えて、いつもいつも梨花の事ばかりで私はこんなにも貴方がスキ――――

「…えっ?」

 頭を巡る想いに、思いのほか大きな声が出た。
 それは梨花とレナにも聞こえないはずもなく、声の主を探し、そして私は二人と目があう。呆然とした表情でたっている梨花と状況がいまいち飲み込めないレナさんが声を合わせて名前を呼ぶ。

「…さ、とこ…」
「沙都子ちゃん…!?」

 突然のことで言葉も出ない梨花に代わってレナが弁明しようとする。ああ、呼吸がうまく出来ない。意識が遠くなる。

「嘘、ですわよ…」
「え? 沙都子ちゃん?」
「嘘だって、言ってくださいまし…」
「何? 何が嘘だって…―」
「嘘ですわよぉぉおぉっっっ!!」

 頭がクラクラして、目の前が白く染まる。
 ――最近あまり食欲なくてちゃんと食べてなかったからかしら…。梨花の笑顔でもあれば食事だって進むのに…

 意識を飛ばす寸前「沙都子っっ!」と、梨花が私を呼んでくれた。ああ…梨花、私は貴方を――――

ブツン。