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 目を覚ました時には診療所のベッドで寝ていた。過呼吸と栄養失調が重なったんだと、梨花が監督に話をしていた。
 気を失う前に私を呼ぶ梨花の声が嬉しかった、私を抱きすくめてくれた時に触れられたところがまだ熱く感じながらぼんやりしているとカーテンをあけて梨花と監督が足音が近づいてきた。

「みぃ~☆沙都子起きて大丈夫なのですか?」
「え、ええ…ご迷惑をかけてしまいましたわね…」
「いいんですよぉ~沙都子ちゃんのすべすべお肌に触れられるだけでこの入江は満足ですから」
「みぃ~沙都子、寝てても作動するトラップを仕掛けるのですよ☆」
「アハハハ診療所にトラップとはおちおち診察も出来ないですねぇ~」
「沙都子の身の危険を守るのが第一なのです」
「そうですわね…」

 そんな他愛無い話を久しぶりにするだけでも固く閉ざしてしまった心が開かれるような気になっていた。このままなら多分何事もなかったかのように振舞うことが出来る、そう安堵しかけた頃監督が席を外す。途端に口を紡ぎ、掛け布団に視線を落とす。遠くでひぐらしが鳴いている。もう夕方か。
 突然梨花の小さな手が私の頬に触れた。あわてて顔をあげると梨花が穏やかな笑顔で私を見つめる。

「沙都子、ボクに何か話があったのではないのですか?」
「え?」
「お探し猫さんだったのです、にゃーにゃー」

 ―ヒクッと身体が突っ張る感覚が走る。
 確かにあの時私は自分の梨花に対してのもやもやとしたものがあるというのを梨花に話したかった。話したらきっと梨花なら分かってくれる、あわよくば答えを教えてくれると思ったぐらいに。
 前みたいな関係に戻りたかった。隣で梨花が笑っていて欲しい、私の作ったご飯を美味しいと言って食べて欲しい。それが出来ない全ての原因である私から歩み寄る事で、すぐに実現するとなると楽しみで仕方なかった。
 そして気づいてしまった。 ―私が梨花を好きだと言う事が。

 今になって思えば梨花に対しての思いが恋心なんて誰に聞かなくたって分かるくらいに梨花と私の間に入るもの全てに嫉妬していた。そう、黒いもやもやとした感情は嫉妬という名の負の感情。だからきっと赤坂さんに対しては梨花がここぞとばかりに嬉しそうに語るからその想いが特別強かった。
 答えを知ってしまってから、なぁんだそんな簡単な事なんだと思えた。簡単な事だけどとても苦しいものなんだと気づくのに時間はかからなかった。
 ―答えは簡単。私が女で梨花も女だから。世間一般的に異端ではないかと思う。だって女の子は男の子と一緒にいるのが普通でしょ?魅音さんが圭一さんを、詩音さんがにーにーを好きになるのが普通でしょう?

 女の子が女の子を、私が梨花を好きになるという「普通」ではない想いは誰にも知られてはいけないんだと思った。
 この想いを梨花に知られて梨花に軽蔑され、冷たくされるのが、一緒にいられなくなるのが怖かった。
 雛見沢の人たちが冷たかった時、梨花がいてくれたから辛くなんかないんだって思えたし梨花が一緒にいてくれるから何だって出来たんだと思う。だからそんな梨花と一緒にいれなくなるのが怖かった。
 ――この想いは絶対梨花には悟られてはいけない!!絶対に!

「え、あぁ…ごめんなさい何を話そうとしていたのか忘れてしまいましたわ…」
「…みー?本当なのですか沙都子」
「ええ、なんだか思い出せませんの」
「沙都子、ボクの目をみるのです」

 じっと私の目の奥にある何かを知ろうと漆黒の瞳が私を射る。目が離せない。私はいつもそうだった。
 嘘をつくと梨花にこうやって目を見据えられていつもごめんなさい、と謝っていた。だからいつからか梨花には嘘をつくことをしなくなった。出来なくなったという方が正しいのかもしれないけれど。
 梨花の瞳は大きくてとても綺麗で、問い詰められている状況なのに梨花の瞳の中に困った顔をした私がいてキラキラと輝いて素敵だった。
 フと、固い表情を和らげた梨花が言う。

「沙都子…痩せてしまったのです」
「ふぇっ!?」
「自分では分からないのですか?ほら―」

 ―ふわり。視界が黒に覆われたと同時に私と同じシャンプーの匂いと梨花の匂いが混ざった甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「…こんなにも簡単に腕がまわせてしまうのですよ、にぱ~☆」
「…り、梨花」
「沙都子に触るのは久しぶりなのです…実に暖かいのです」

 鼓動がはやくなる。体中の血液という血液が一気に頭に巡ってくる。目の前の梨花の髪からは甘い匂い、耳元で私に囁やきながら聞こえる少しかすれた声、伴う吐息、私を包む梨花の柔らかい肌が…!!!!

 好きってわかっただけでこんなにもおかしくなってしまうものなのか?
 ――梨花ってこんなに柔らかかった!? どくどくと血液が流れる音がうるさい、うるさいうるさい逃げろ逃げろにげろにげろ逃げてこの想いどこかへ捨ててきてしまえ!
前の幸せな毎日に戻れるためなんだから!梨花と毎日笑って過ごせるんだから!

「…ゃ」
「沙都子?どうしたのです―」
「―めてっ!…やめてくださいまし!!!!!!」

ドン、という音と共に弾き飛ばされた梨花が床にしりもちをつき、何が起こったのか理解できない梨花は目を白黒させてうろたえていた。

「さ、…沙都子…?」
「~~っ! わ、私に触らないで下さいませんこと!?」
「………え」

 かっと瞳を見開いた梨花が私を覗く。心なしか顔が蒼ざめている。言い過ぎたと思っても時既に遅し。梨花は自分に対しての拒絶反応をなんかの発作か何かと思って私を安心させようとするためか抱きしめようとする。
 今の私は梨花に触れられてはいけない気がした。だから両腕を大きく振り被り私に近寄ってくる梨花に触れられないように一心不乱に腕を振る。

 ――こないで、ごめんなさいこないでこないでコナイデお願い梨花を傷つけたいわけじゃないノだからお願い気づいて。私が貴方を嫌いだから近寄らせたくないワケジャナイ、アナタが好きだから。触れられるのがコワイカラ…アナタに触れられてしまったら私はもう気持ちを抑えられない!ダから、お願いごめんなさい気づいてゴメンナサイゴメンナサイ

 ドタンバタンと大きな音を立てて暴れていたため、監督が注射器を持って私の元へ駆け寄った。
 ケンカは強くなさそうだけど、監督だって成人男性。だから私の抗いなんかは簡単に取り押さえられてプスリと注射をされる。多分麻酔か何かかもしれない。注射をされてすぐに眠気が襲ってきた。
 うつろいゆく意識の中で梨花と監督が話している、どうしてこんなことに?ボクが悪いのです、ボクが全部悪いのです。
 そう伝える梨花の声は泣いていたよう、に      感 じ                  た――


 自分の梨花への気持ちに気づいて以来、拭い去ることなんか出来なくて日に日に想いを増すだけだった。
 先日知った黒い感情、嫉妬の気持ちも強くなるだけで私がしたくても出来ない事を平気でしてのけてしまうレナさんや魅音さん、圭一さんや赤坂さんには悪いと分かってはいてもついつい冷たい態度をとってしまっていた。
 そしてその対象となる梨花に対しては私の気持ちを悟られたくないがために、素っ気無い態度をとるしかなかった。
 本当は梨花の髪に触れて滑らかさを知りたい、身体に触れて温かさを知りたい、目に映っている私を見てみたい…欲望は尽きないというのにそれが出来ないことが辛くて、梨花の姿を見るのも辛いくらいになっていた。
 だから出来るだけ梨花と二人きりにならないように学校から帰ったら何かしら言い訳をしながら出かけるのが日課になった。
 それでも「あの頃」決めた約束事はちゃんとこなす。一人で買い物に行くのはあまり、いや正直全然楽しくなんかなかった。以前の村とは違い、みんな優しくしてくれる。子供二人で生活してくれるから色々とおまけもしてもらえる。梨花と一緒だったらもっともっと楽しいはずなのに、もっともっと毎日が光っていたのに今の生活は何も光っているように感じられなかった。

 人を好きになるというのがどういうものか分からなかった私は、正直なところ梨花にどう接したらいいのか分からなかった。
 とりあえず自分の中のルールとして私の気持ちは絶対悟られないというのが大切だ。ポーカーフェイスは部活のおかげとトラップのおかげで得意になった。部活が始まった当初は梨花に「沙都子は思っていることがよく顔に出るから分かりやすいのです」なんて言われて罰ゲームになった事もよくあった。逆に梨花はいつでも表情を読み取るのが難しくそれを指摘したら「世の中を上手く渡るコツなのです☆」とかなんとか言ってた…あ、だから私もそうするようにしたんだっけ。

 思えば、私が何かある度に梨花は何も言わなくても私を導いてくれていた。
 そして今梨花はきっと私が何かに悩んでいることについて頭を悩ませているのかもしれない。言ってしまえば楽になるのは分かっているけれど、でもこの悩みだけはいえない。梨花にいえない事は誰にも言えない。言いたくないから多分梨花も何も言わないんだろう。でもそれがもし梨花の心に深く傷をつけているのだとしたら私は一体どうしたらいいのだろう。
 「沙都子ちゃん、今日はカボチャが安いよ!」と言う八百屋の主人の言葉ではっとなる。

「お、お気持ちは嬉しいのですけど…カボチャはまだお家にありますの。ですから今日は野菜炒めを―」
「そうなのかい?だったら安くしていくからおいで」
「ありがとうございます、ですわ」

 野菜炒めは私の得意料理でもあり、梨花の好物でもあった。
 そういえば教えてもらった野菜炒めが上手く出来なくて、悔しくて泣いたこともあった。

「今感じているものがつらいと思うのならそれを試練だと思うのがいいのです、その試練を乗り越えた時にはそれに見合うご褒美がある
のですよ。沙都子はとてもとても頑張っていますのです、だからその頑張りはちゃんとオヤシロさまがみているのですよ。」
「ご褒美…」
「はいなのです。沙都子はえらいえらいなのですよ。
 それに、沙都子の失敗したご飯も沙都子の味があって美味しいのです。みんなは沙都子の頑張っている料理を食べたことがないから
かぁいそかぁいそなのですよー☆ボクは幸せモノなのです、にぱ~☆」

 あれだけ毎日のように野菜炒めたくさん食べたら普通飽きるもんじゃないのかと思うんだけど、梨花はたくさん食べたから余計に好きになったなんて言っていた。不思議。えーっと人参、ピーマン…もやっぱり買わなくちゃいけませんわね、もやしと…ってあれ?私今何考えてたっけ…えっと梨花の好物、あぁそうそう、今夜のオカズは――。