◇◇◇
あのキスから数日が経った。
丁度秋服を出す予定もあったのでそのついでに自分の荷物をまとめていた。ハタからみればただの大掃除にしか見えないからきっと梨花には気づかれていないはずだった。
晩御飯は最後の罪滅しという事で梨花の好きなものだらけにしよう。そう決めていた。
けれどいざ梨花に別れを切り出そうとするも、肝心なところで意気地が足りないのか二の句がいえなかった。そして延ばし延ばしになってしまっていた今日、昨日もずっと一人で考えて気持ちの整理がついたはず。だからきっと今日こそ言える。
学校が終わると最近の日課だった一人の時間を作るために出かけようとした。いつも通りの事だった。だからいつも通りなら大丈夫、そう言い聞かせて家を出ようとする。けれどその日はいつもと違った。
「沙都子?」
「何ですの、梨花。私急いでますの」
「どこかへ出かけるのですか?」
梨花の様子がいつもと違った。もしや私の考えがばれているのだろうか、そんなはずはない…だってこれは私が最近決めたこと。長い期間をかければ分かる事かもしれない、でもさすがに数日では分からないだろう。ましてや今日は別れを決める大切な日なんだから、そのために豪華な料理を作るなんて言えるはずもない。
「え、ええ…トラップを裏山へ確認しにいくだけですの」
正直この言い訳は昨日と同じでさすがに無理かな、なんて思ったけどまさかここで梨花に問い詰められるとは思わなかったから言ってしまえば緊急措置、っていうやつになるわけで。
「なら、ボクも一緒にいくのです」
――まずい…今私が梨花と一緒になったらきっとまた言えなくなる。買い物するのにもバレてしまう。
「いっ…いえ! 梨花には危険ですし私一人で行きますからっ」
「でも沙都子、今日の夕食当番は沙都子です。だからボクは沙都子が帰って来ないと飢え死にしてしまうのです。」
「ええ、ですからトラップを確認してから買い物にいくつもりでしたのよ?」
「買い物は昨日済ませておいたのです。今日は何も買わなくてもいいのです、にぱ~☆」
今日の梨花はどうしてこんなにも食いついてくるんだろう、何かいつもと違う様子に気づいたんだろうか。ここ最近なら気にしないで送り出してくれたというのに、なんで?
「沙都子…みー、どうしてそんなにボクから逃げるのですか?」
――やっぱりシラレテイル……?
「みー…沙都子はボクのこと嫌いなのですか?」
「はっ!? な、何を言ってるんですの梨花!?」
「沙都子はボクと目を合わせてくれないのです…」
――ばれた。私が梨花を避けているのがばれた。すなわちソレは私が梨花を好きなのが―
「そそ、そんなことないですわ! 梨花の気にしすぎなんですのよ!」
「…みぃ、沙都子。嘘は良くないのです」
「嘘なんて言ってませんわ、何なんですの梨花さっきから―」
「ボクは沙都子の親友です。だから沙都子がいつもと違うことくらい分かります」
――梨花に知られてしまった。
「何か悩んでることがあるのですか? どうして沙都子はボクからいつも逃げようとするのですか?」
「…親友でも、いえ親友だからこそ…知らなくてもいいことだってあるんですわ」
どうでもいい人にならこんなに頭を悩ませない。でも梨花だから、失いたくないからいえない。
――もうだめだ、私は益々この家にいられなくなってしまった。今日しかない、今日言って家を出よう。
もう怖くて梨花の顔を見ることが出来ない、きっと私に嫌悪感を抱いている顔をしているんだろう…。
途端に走り出す。
――怖い怖い怖い怖い…嫌われたくない、怖い。
その想いを振り切るために私は走った。
◇
道の途中に座り込んでいた。どのくらいそうしていただろうか、辺りは暗くなり始めていた。秋も近づき時間の具合が分からない…早く戻らなくては、踵を返し来た道を戻る。買い物にも行かなくちゃ。
今日で終わる。全部終わる。明日からは楽しい毎日が迎えられる…ハズ。だから今日は梨花と楽しい晩餐にしよう、きっと圭一さんの話題を出せばそれだけで笑いが走るはず。
最近は部活もなかったから明日からはちゃんと部活があると思うし、多分楽しいはず。圭一さんや、魅音さん、鋭いレナさんも梨花と普通に話していれば仲直りしたと思ってくれるはず。梨花とも最初はぎこちないけど、きっとまた前みたいに仲良くなれるはず。
――全て、上手くいく!!…はず。
◇
「梨花ぁ? お夕食の準備が出来ましてよ~テーブルは片付いていますの?」
「みぃっ! ばっちりなのですよ」
こんなやりとりも久しぶりだったから、素直に楽しめた。梨花も笑ってくれていたし、やっぱりこれが最善なんだ。
「みぃ!! 今日は実に豪華なのですよ?何かお祝い事なのですか?」
「ええ…まぁそんなようなものですわね」
「…み~?」
「ささっ、冷めないうちに召し上がりましょ」
梨花の好きなものばかりのおかずで梨花も嬉しそうな顔をしている…嬉しい。
今まで私はどれくらいの笑顔を梨花に与えられていたのか、ちょっと前は100点以上って胸を張っていえるけど今は…。でも大丈夫、明日からはちゃんと自分に100点を与えることが出来るはず!
きっとおかわりが出ると思って多目に作ったものの、ぺろりと平らげてしまった。
――梨花、無理してませんわよね。
「ご馳走様なのですよ」
「お粗末様、ですわ」
「今日はボクがお片づけするのですよ、にぱ~☆」
「いいんですよ梨花、最後くらい私が―」
――あ、しまった。
「…最後とはどういう意味なのですか?」
「え…っと、ですね」
「沙都子、何かを終わらせるのですか?」
「…あの」
…ヤバイ、さっきまでの空気がなくなってしまった。でももう言ってしまったものは仕方ない。私も女だ、タカをくくっていくしかない!
「沙都子」
「………ごめんなさい、梨花。本当はちゃんと伝えるつもりだったんですけど、えっと…私が今から言う言葉は決して梨花を嫌いになったからとかそういう意味ではなくて。梨花のことを大切に思っているから、貴方を好きだから、だからそうした方がいいと―…」
「ボクのため、ですか?」
「ええ、梨花のためですわ…そして私のためでもありますの」
「それは一体何を終わらせるという事なのですか?」
「今日で終わらせようと思うのです、同居生活」
「え?」
最終更新:2007年04月09日 20:53