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眠れぬ夜に 「乱れる沙都子」からの続きです。





「なななっ…なんですのー!?」
「……ん…どうしたの、ですか……?」
 鳥のさえずりをかき消す勢いで耳に飛び込んできたのは沙都子の慌てふためく声。まるで私たちのようにくっついて離れたがらない瞼をこじ開けると、眩い朝日が目に痛い。
 沙都子の狼狽の理由を知るためにどことなく重い身体をゆっくりと起こすと、ツンと鼻の奥にくる刺激臭。…これは血の匂いだ。
 突然生臭い話で申し訳ないのだが私はこの鉄の匂いというものが好きだったりする。古来から女性は何かと血液との付き合いは多く、月経もそうだが破瓜や出産の時も出血がある。月経と呼ばれる女性特有の生理現象は、その名称の通り毎月訪れるのだから男性よりも血に対する抵抗は少ないと思う。それに以前破瓜の際に沙都子の秘所から流れ出た血液を舐めてからというもの、一度それを覚えてしまってからは敏感に血の匂いに反応してしまうようになっていた。
「り、梨花ぁ~……」
「…沙都子、これは……」
 ぼやける視界から目を凝らして見つめると、今にも泣きそうな声をあげる沙都子の秘所から溢れるドス黒い…血。辺りを見渡せば布団はまるで殺人事件が起こったかのような惨状で、呆然とこの光景を眺めていたけれど我に返ればくっついて寝ていた私にも沙都子の血が身体のそこかしこにこびりついている。…これはこれで非常に扇情的だと思うのは私の歪んだ性癖のせいではないだろう多分。
「ど、どうしましょう…!?」
「みー…どうしようもこうしようもないのです、沙都子準備はありますか?」
「じゅ、準備…?」
「はいなのです。誰かにきっとこういう事が来ると教えてもらったりはしていないのですか?」
「?? …何の事ですの?」
「…何も知らないのですか、沙都子?」
「え、ええ…」
 きょとんと涙目で首をかしげる沙都子の様子からして、どうやら男女の性行為HOW TOを教えてもらった割には初潮が来る、という性行為よりも先に教えなくてはいけないだろう事柄は全く知らないようだった。
「みぃ…それは予想外だったのです」
「何がですの?」
「こっちの話なのですよ、にぱー☆」
 ――とは言え結果的に言えば私が全て教えてあげる事になるのだし問題は何一つないのだけど♪
 予想もしなかったタナボタ状況に浸る私を訝しげに見つめる沙都子は、顔面蒼白でこれはこれで可愛らしい。…う、うるさいわね! 沙都子は何をやっても可愛いんだから仕方ないでしょ。別に惚れた弱味とかなんかじゃないんだから!
「梨花…どうしましたの?」
「みー! まずこの血を洗い流さないといけないのです。昨日の残り湯がまだありますからそれで身体を洗ってくるのですよ」
「…でも、梨花はどうしますの?」
 ちらりと私の身体に付いている血痕を見つめる。こんな自分の一大事の時なのにも私の事を心配してくれる沙都子…なんて優しい子なのかしら!
「ボ、ボクは先にお布団の方をどうにかしますです、血液はぬるま湯で洗うと落ちやすいのです」
 ちなみに念のため言っておくけど私はまだ初潮なんてものは一度も経験した事がないため、この予備知識は羽入からの受け売りだったりする。
「あら、それでしたら一緒にお風呂に向かった方が早いですわね」
「みー☆ 朝から沙都子は入浴シーンをボクに見られるなんてかわいそかわいそなのです♪」
「そう思うんでしたら見ないでくださいましー!」
「みーみーみー☆」
 そんなこんなで鳥のさえずりなんて何のその、スプラッタよろしくな血まみれの私たちはどたばたじゃれ合いながら浴室へ向かっていったのだった。


◇◇◇


 ――身体が重い。
 今朝梨花に教えてもらって初めて知ったのだけど、これはどうやら「生理」というもので大人の身体になるために体内が準備をするという事らしい。ここ数日なんとなく身体の調子がおかしく感じたのもひょっとしたらそれが原因なのかもしれないと、レナさんや魅音さんに教えてもらった。
 初めての「生理」を初潮と呼ぶようで、それが訪れるのは人それぞれ個人差があるらしい。背の高い人や少しふっくらとした体型の人は一般的に早くくると言われているそうで、私はどうやら同年代の子達よりも発育が早い方らしい。…確かに梨花と比べてみれば…その、まあ…少し胸とかは…その……あの…。
 ……体調が悪くなるのは人それぞれ千差万別で、今現在の私は腰とお腹に鈍痛が走り、頭もなんだかぼんやりと靄がかかっているようで、あまり鮮明に物事を捉えられない事から私の状態は結構重い方になるらしい。話によると吐いたり貧血のあまり動けなかったりするくらい酷い人もいるらしく、そう考えるとこうやって何とか授業を聞いてられる私は重い方とは言えまだマシな方なのかもと少し安堵した。
 だからと言って体調が優れないという事実は拭い去る事が出来るわけではなく、身を案じて先生に保健室で休むように言われたのだが断固としてその申し出を断った。授業に遅れを取りたくないなんて立派な事を言ったものの、実際のところ調子が悪い時は心細く休み時間になれば様子を見に来てくれる、と分かってはいても授業時間であるほんの数十分ですら、梨花の傍から離れて一人でいるのがとても寂しかったから、なんて恥ずかしくて言えない。
 そして保健室への誘いを断って教室にいる現在、正直授業の内容は頭に入ってくる気配はなく、隣にいる梨花は終始不安げな表情で私を見つめているため、却って梨花を心配させる羽目になってしまった。大丈夫ですわと上っ面だけの言葉を投げかけるしかない自分の判断ミスを、悔やむ気持ちと申し訳ない気持ちで自己嫌悪に陥っていた。
 机に身体を突っ伏した時に流れた髪の透き間からちらりと梨花を覗き見る。細いラインで描かれる輪郭や日光に当たっていても透き通るような白い肌、近づくとパサパサと音が聞こえるくらいの長い睫毛、漆黒の吸い込まれるような瞳、薄く色づく唇、何もかもが綺麗で、愛しい。
 いつもなら緩やかに弧を描いて存在するはずの眉毛の頭は少し中心に寄っている。眉間に皺を寄せながら私の身を案じている、そんな梨花を見ているとその表情が生まれる根源が私である事が嬉しい反面、あの日私を救ってくれたあの花のような笑顔が見れないのが少し寂しくもある。…なんて自分勝手なんだろうとは思うけれど。
 伏せている上半身を起こして梨花を安心させようとするも下腹部には鈍痛が、腰には言葉に出来ないだるさが纏ってなかなかいうことをきいてくれない。ひょっとして腰がだるいのは昨日我を忘れて梨花を求めてしまったからかもしれない、と昨夜の出来事を思い返して少し体温があがった気がした。
 生理の期間というものもまた人それぞれ個人差があり、3日で終わる人もいれば1週間続く人もいるそうだ。私は今日が1日目、とするならば最悪一週間はこんなに辛い思いを我慢しなくてはいけないという事か、ああ…考えるだけでも嫌気が差す。
 この生理痛とやらを男の人が味合わうと痛みに耐えられないらしい。それなのに偉ぶる男の人なんて…思えば私のお母さんを泣かせたのも男の人が悪いんだ、きっとお母さんをたぶらかす男の人がいなければ何も問題はなかったんだ、最初の「お父さん」がお母さんが泣かせたりしなければ、にーにーだってあんな事をせずに済んで、いなくならなかったのではないだろうか。
 どす黒い内なる思考が私を覆い始めた頃、頬が柔らかく包まれる。この優しさの持ち主は愛してやまない梨花のもの。
 少し顔をあげて梨花を見ると相変わらず眉間には皺が寄りがちだけれど、励ますためにいつもの笑顔を振りまいてくれた。
 あぁ……なんて馬鹿馬鹿しいことを考えていたんだろうか、もしそれが現実なのだとしたら今私は梨花の隣にいないかもしれない。寧ろ梨花が私の隣にいてくれないかもしれない。好きな人に、梨花に想いが伝わってこんなに毎日が幸せなのに、それ以上を望むなんて…なんて馬鹿げているんだろう。私の幸せは梨花が私の傍にいてくれる事、ただそれだけなのに。自分の浅はかで自分よがりな考えにうんざりする。
 黒い思いを断ち切るかのようにブルブルと頭を振ると、遠くの席にいる圭一さんと目が合った。どうやらレナさんと魅音さんが取り組んでいる問題が終わるのを待っているようだった。体調の悪さを気遣ってくれてはいても、冗談交じりに心配しておどけて来てくれるのが圭一さんらしくて、そんな不器用なところがにーにーを思い出させてくれる。いつもはそれで元気な自分を取り戻せていたのだけれど、何でだろう? 今日はそんな圭一さんの気遣いにすらイラついてしまう。
 そしてそれは圭一さんだけではなく、休み時間での富田や岡村の騒いでる声がいつもなら気にならないはずなのに、今日はやたらと癇に障る。他のクラスメイトが後ろの方でドタバタやっている振動が、ただでさえ痛む下腹部と腰部に刺激を与えて苛つきは更に増す。今日は何もかもが私を不快にさせるためのもののように思えて面白くない。気分もなんだか滅入ってる気がする。
 もしこれも生理からくる現象であり、梨花の言う「大人になるための準備」なんだというのなら、私は大人になんてならなくてもいい。
 どんなに自分を励まそうとしても心がざわついて落ち着かない。こんな時は誰の目も気にせず梨花と手を繋いで一緒にくっついていれば安心出来るのに―…。


◇◇◇


 私より先に沙都子が初潮を迎える―それは過去の世界から判断して想定内の範囲だったから特に問題はなかった。
 沙都子の生理痛が重い方だというのも何度目かの世界で知っていた事だったし、今私が存在している世界のように沙都子とは「恋人関係」になっていなかった世界では、私はただそれを気遣うだけの関係だったから何も問題はなかったのだ。
 それなのに私と沙都子が肉体関係をも築いている恋人関係であるこの世界は、前提時点で想定外であるためループの世界と全く同じ、または相似しているところはあるけれど前提が前提なだけに過去の経験を生かす事はなかなか難しい。
 それでもなお過去に縋って考えるとするなら迎える季節が少しずれていたというくらいが挙げられる。
 あともう一つ、一番重要な事。それは――私の欲求不満が積もりに積もっているという事、それが一番の問題であった。


 リーリーと遠くで鈴虫の鳴く音をかき消すように衣擦れの音が聞こえた。音のする方を見れば沙都子が一間の布団に包まってすやすやと寝息を立てて寝ている。今夜はお腹も出すほど暴れて寝てないので布団をかけ直す必要はない、そう分かっているのについお節介に似た世話を焼いてしまうのは、かけがえのない沙都子だから。薄く口を開き息を漏らして眠っている沙都子の幸せそうな寝顔を見つめ、うっすらと雲がかっている月の光を浴びながら掛け布団の上に一つ、ほんの小さな溜息をつく。
 初日の朝を除いて沙都子の精神状態は明らかに不安定だった。幾度となく見てきた沙都子の状態異常の中で今回のは特別酷く、少しでも思い通りに事が進まないと語尾が刺々しくなったり物に当たったりと少し乱暴な節も見えた。かと思えば、ほんの些細な事に対して過敏に反応し大した事でもないのに怯えたりする。それは月経の際に起こるホルモンバランスの崩れから寄るものらしく、そういう事もあるんだと以前羽入から聞いていたし、今回の件でレナや魅音が教えてくれたのもあってかさほど気にしてはいない。けれどいくらどうしようもない事とは言え、沙都子がまるで雛見沢症候群発症に近い状態になっているのを間近で見ているのは正直辛かった。
 よくよく数えてみれば沙都子が初潮を迎えてから今日で5日目、日数的にもそろそろ生理痛も落ち着いてきてもいい頃ではないのだろうか? …こういう時自分が経験していない事があると私自身で判断を下せず少し歯痒い。ましてや他の何にも変えられない沙都子の事となれば尚更だった。

 そして沙都子を思えば思うほど不謹慎だとは頭で分かっていても身体が疼いてしまうのもまた事実だった。身体の調子が悪い沙都子の動きはいつもより淑やかで、生まれて初めての経験なので通常時とは違う下着事情に今ひとつ慣れていないため、普段とはまた違う雰囲気を醸し出しそれがまた私の心を駆り立てる。
 先日の乱れた沙都子に当てられてからというもの身体の疼きが奥底で燻っていて、どうにかしなくてはと思ってはいても現状の沙都子に相手をしてもらうのは無理に近いというのは明確だった。今日に至るまでは迫れば沙都子だって受け入れてくれたからそれに甘んじていたところもあったが、女性特有の痛みにぐったりしながら毎日を過ごしている沙都子を見ればそんな事出来るはずもない。
 …それに大体生理中ってそういう事をシてもいいのかすらわからない。経験した事ないし。
 話によると生理期間は通常なら最長でも一週間そこららしい、だとしたらあと数日の辛抱だし我慢出来ない状態でもない。昼間は学校に居るんだから意識が沙都子にだけ集中しないようにする事も出来るし、夜は夜でこれもまたホルモンのバランスというものが関係してか沙都子はいつもより早く寝てしまうので、自分もそれに倣って寝て誤魔化すしかないだろう。
 例えどんなに自分が性欲に苛まれようが沙都子の身体に無理をさせるのだけは嫌だから、私が堪える事で全てが丸く収まるのであればそれを望むより他はないのだ。
「…その代わり、元気になったら凄いんだからね…」
「ん…梨花…ぁ……?」
 不意打ちで声をかけられ身体が反射的にびくっと跳ねる。――もしかして聞かれていた!?
「み、…みぃー…沙都子、どうしましたですか?」
「もぅ…まだ起きてるんですの? 早く眠った方が…よろし、い…ですわ……ょ」
「…みーごめんなのです、もう寝ることにしますです」
 寝返りをうった際に少し覚醒しただけなのか、寝ぼけた声でニ、三言葉を交わすとまた規則正しい寝息が聞こえ始めた。この様子なら何も聞こえてなかったようね…ちょっと声が上ずってしまったわ。
 少し癖のあるもふもふとした沙都子の髪を一房手にして軽く口付ける。シャンプーの匂いと一緒に仄かに香る沙都子の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
 カーテンの隙間から見えていた月がカーテンの奥に隠れてしまっている。もう夜も大分更けた。早く寝ないと明日の朝が辛いから寝る事にしよう。
 起こしていた上半身を布団の中にするりと潜り込ませる。またあの日みたいな血の海に巻き込まれないように、生理期間中は各自の布団で寝る事になったため潜り込んだ布団には私一人分だけの体温しかない。ハタからしてみれば他愛もない小さな日常との違いが、沙都子に触れられない寂しさを益々増幅させて心に僅かながらの闇を作る。その闇に囚われないように一生懸命目を瞑る。
 ――大丈夫、あと数日の辛抱だからそれまで私は耐えられる。と、何度も何度も繰り返し心の中で叫び続けては怯えてしまう。
 その不安を紛らわせてくれるかのように、すっと隣から伸びてきたぬくぬくした小さな手を握り締めて眠りにつくのだった。


眠れぬ夜に 「暗い心」に続きます。