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 自分の背丈より、自宅の玄関の扉よりも更に大きい見慣れた扉。
 いつもココまでエスコートしてくれるシンドウさんは、事情を察してくれたのか今日は一人でココに辿りついた。
 いつだったか家に入ってから何歩で来れるか数えた事があった。忘れないぞ、と心に刻んだはずの数なのに今日に限って思い出すことが出来ない。…少なくとも私の家の周りを一周してもまだ足りないくらいの歩数であるのは確かだけど。
 心なしか乱れていた呼吸を一つ深呼吸して整えてみる。部屋に入るためにノックをしようとするだけ、ただそれだけの事なのに”いつも”はしないそれに多少なりとも違和感を感じてどうにも躊躇いが走る。
 キィ、と扉の軋む音が不意に聞こえて我に返る。
「…伊織ちゃん?」
 問いかけても返事はない。
 部屋の照明はなく夕焼けのおかげでかろうじてモノの輪郭が分かるくらい。
 足を一歩踏み出して部屋の奥へと向かう。薄暗い闇の奥には幾度となく励まされたであろう、幾度となく頼りにしたであろう小さくて大きな背中が見える。一つ小さく息をつき、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「い、伊織ちゃん」
 喉の奥から溢れ出しそうな想いをなんとか飲み込んで発した言葉は、普段の自分の声よりも2オクターブくらい高く感じた。それなのに目の前に存在している背中はぴくりと動いたものの、声のした先を見つめようとはしない。
 カチコチと廊下で音を立てる柱時計は時を刻むだけ。影をつくる二人に何の変化もない。呼びかけたはずの闇の主は自ら動く事を拒んでいる。ならばこちらから歩み寄るだけ、心に決めてまずは一歩と足を踏み出す。
 伊織ちゃんの部屋に初めて招待されたのはいつだったっけ? そんなに遠くもなく色褪せるはずなんてない思い出なのに、簡単に思い出せない自分がいた。
 それでも歩いてみればいつもの場所にあるものがなかったり、ないものがあったりとまるで強盗にでも入られたのかと疑うくらい部屋が荒れているのに気づく。
 いつだって自分自身を綺麗にしていた。部屋にちょっとでも汚れがあることを許さなかった。それは彼女のプライドであり、存在の証であった。
 綺麗ではないこの部屋は彼女の存在が汚されている、彼女のプライドが傷つけている、彼女が傷ついているという証でもあると感じる。
 そして、それは紛れもなく自分が原因だと分かっているから、悲しくもあり辛くもあり、嬉しかった。