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眠れぬ夜に 「襲い来る闇」からの続きです。





 からっと晴れた日曜日。部活メンバーで集まる話もなく平凡な休日なので宿題をしたり、溜まった洗濯物を片付けたり何があるか分からないでございましょう? という沙都子の言葉で部屋の片づけを手伝わされる羽目になったりと、一人では気が進まずついつい先延ばしにしてしまう事も、私とは逆の性質持ちの沙都子と一緒にこなしてそれなりに充実した時間を過ごしていた。
 午後には最近沙都子の体調が悪かったせいもあり二人一緒に買い物に出かけていなかったため、天気もいいことだし久しぶりに手を繋いで買い物に出かけた。二人で貰ったお駄賃の飴を頬張りながら行き同様に手を繋ぎながら家へ戻る途中、普段は自転車で通り過ぎていた横道を見つけた沙都子がぺかーっといい笑顔を向けて私に言う。
「少し寄り道していきません?」
 キラキラと輝く大きな瞳に見つめられては断れるはずもなく、二つ返事で了承し未開拓であろう山道をざくざく進む。買出しに出てこれなかった理由が、沙都子の体調不良だったため村の人たちがみな気を揉んで心配していたのもあり、二人仲良く買い物している姿を見れば栄養をしっかりつけんと、とあれやこれやと手に持たされて気づけば通常の買い物の量よりも遥かに超える買い物量となってしまった。
 自転車ではなく徒歩での行き帰りなので少なからず体力は消耗しているはず、更にこの体格に合わないだろうと言わんばかりのぱんぱんに膨れた買い物袋なんて何のその、そんなものはお構いなしにと沙都子は先を急ぐ。
「いつ何時何があるか分かりませんわっ、どんなところにでもトラップを仕掛けるようにしておきませんと。それにはまず地形を知ることからしなくてはいけませんものね!」
 あの時、山狗達にトラップを存分に仕掛けたのがよっぽど気持ちよかったのか、それともまた私が狙われた時救ってくれるよう備えているのか、念入りにチェックをしながら進んで行く。女の子らしい線で描かれた沙都子の背中に頼りがいを垣間見ると、袋の重みが少し指に食い込んできていたとしても不思議と堪えきれると思える元気を与えてくれる気がした。
 …そういえば沙都子のトラップワークって番犬にスカウトされていたんだっけ、どう考えてもM属性の沙都子が人をトラップに陥れて悦ぶっていうそのギャップがまたいいわよねぇ。
「んみゅぅ」
 ―そんな善からぬ事を考えたのを悟られたのかトン、という衝撃と共に鼻への刺激が不意に口からついた変な言葉と同時に生まれる。
「あらあらこれは…」
「ど…どうしたのですか沙都子…」
「梨花ぁ~思いもよらないところに出てきてしまいましたわよ?」
「みぃ?」
 ガサッと大きな音を立てて草木を掻き分け立ち止まる沙都子の肩越しから景色を覗き込めば、そこには見慣れた人影が3つに少し離れて1つ。それらはというと圭一を中心に左右の腕を引っ張り取り合う薗崎姉妹、それを見守るレナという図式である。
 圭一達もまさかこの獣道に迷い込んで? なんて考えは一瞬で吹き飛び、辺りを見れば見慣れた景色…ここはダム工事現場へと向かう道。どうやら沙都子と一緒に歩いてきた獣道はここへ繋がる近道だった様子。100年とちょっとこの雛見沢で生活してるけどこれは新発見だわ…この調子の沙都子なら他の近道でも探し出してしまいそうね。
「…こんなところで何やってるんですか、沙都子と梨花ちゃま」
「ボク達はたまたまこの道を進んだら詩ぃ達がいただけなのですよ」
「それに"こんなところ"にいるねーねー達は一体何をなさってるんですの?」
「はう…これからレナの宝探しに魅ぃちゃんや圭一くんが付き合ってくれる約束だったんだけど…」
 訝しげに問いかける沙都子へのレナの返答を待たずして、まるで大岡裁きのような絵図で拮抗している魅音が声を荒げて言い放つ。
「この…っ詩音が突然どこからともなく現れてきたってわけー!!」
「もう、圭ちゃんもたまにはお姉やレナさんだけじゃなくて私にも付き合ってくださいよー」
「いでっでででで!! おいお前ら! オレが引きちぎれてもいいのかよッ!? ちょ、詩音も腕に胸とか…ああっレナそんな目でオレを見るなぁー!!!!」

 ―と、言う事で私たち部活メンバーは話の流れでダム工事現場でありゴミ山…改め、レナの隠れ家にいる。
 とある世界で発症したレナに会うためにここへ来た事があったけれど、中に入った事はなく外見とは裏腹にあまり広くない車内へこの度初めて入り込んだのだが、ところどころにレナが手直しした箇所があったり、おそらく家から持ってきたものだろうものがあったりとこれはなかなか快適空間かもしれない。
 レナが言うには扉を閉めれば大体の音は遮断できるそうで、何か考え事をしたい時はここに来るんだ、なんて少し苦笑しながら私たちに伝える仕草は一瞬あの事件を思い出してしまった。けれど今の世界はみんながみんなをちゃんと信頼している素晴らしい世界。そんなレナを見て必要以上に圭一と魅音、そして詩音は騒ぎ立てる。…きっと大丈夫、そう信じてる。
 そして沙都子はというと、レナの作った秘密基地がよっぽどお気に入りなのか「大好きな」圭一達が遊んでいても目もくれず、車内を色々と詮索している。まるで犬が尻尾を振っておもちゃで遊んでいるようにも見えて可愛い。
「どうしたのですか、沙都子」
「え、あぁ…ちょっとにーにーの事を思い出したりしてまして…」
 声をかけられ我に返ったのか、少し頬を赤らめて答える沙都子からなんとなく哀愁を感じる。
「悟史の事をですか?」
「えぇ…、よくにーにーと一緒に隠れ家のようなものを作って過ごした事がありまして」
「…そうなのですか?」
「あら梨花には言った事ありませんでしたっけ?」
 自慢ではないが沙都子の事なら私に聞けと自負出来るくらいの沙都子マニア。そんじょそこらの一般人では考えられないくらいの時間を(私一人だけど)共に過ごしているのだから、知らない事を探す事の方が難しい。
 …つまりこうも理屈ぶっている私が何を言いたいのかというと、そんなものが存在していたなんて初耳だと…"知らなかった"という事。
 確かに悟史が沙都子の横にいる頃は私の知らない事があったって、不思議ではなく至極当たり前の事なんだから初めて聞くのは当然だ。けれど伊達に100年とちょっとの期間沙都子の傍に一緒にいたわけではない、恋人という関係になれないものならば出来るだけ沙都子にとって特別な存在でありたいと、さり気なく詮索をしたりもした。だから"普通に"沙都子の友達であり親友である状態なら知らない事も長い年月を一緒に過ごして知ったものだってある。沙都子自身どうしてそんな事まで知っているんですの? と疑問を持たざるをえないくらいの情報、例えばちょっと隠れたところにあるホクロの位置とかそういう類のものだって知っていたから、沙都子に関しては解らないものはないと驕りがあったというのに――その驕りで掬われた私の足元はぐらぐらと不安定に歪み私を暗闇へと誘い始める。
「わ…、ぁ、ボ、ボクは沙都子と一緒に住む前の事はあまり分からないのですよ…」
「それもそうですわね、ごめんなさいですわ梨花」
 私の言葉を受けてか、少し眉間に皺を寄せて申し訳なさそうにフッと笑顔を向ける沙都子の顔はなんだかとても儚く、悟史の事を思い出して生まれただろう郷愁に近い感情が、陰り始めた日差しの影と重なってどこか寂しげだった。
 その様子を俯いた顔を上げる事もなく、肩から流れ落ちた髪の隙間から受け止めるだけだった私の中で今日の買い物で消えかけていた心の闇がまた、心の奥の奥の底の方でむっくりと頭をもたげ始めた気がした――その時だった。
「おーい、沙都子に梨花ちゃん! 雲行きが怪しくなってきたから解散するって話になってるんだけどどうするよー?」
 コンコンと車体をノックしながら閉ざされた世界の外から少し篭った声が降ってくる、この声は圭一だ。声の主の言葉通り車の窓から覗いて見れば、いつの間にやら空には雨雲が広がりつつあった。
「圭一の言う通りにして、そろそろ出ましょうなのです」
「そうですわね、買い物したものが濡れてしまっては困りますし」
 身体を起こしてちょっと固いドアの取っ手を軽く握る。
 圭一が今声をかけてくれなかったら、私はどうなっていたんだろう? もう過ぎ去ってしまったものに対してフツフツと湧き上がる黒い、嫉妬という醜い感情を沙都子にぶつけていた…いやきっとそれ以前に重苦しい空気に包まれて、沙都子にいらん気を遣わせてしまう羽目になっていたかもしれない。
 100年「生」を繰り返して、擦り切れて壊れそうだった私の希望であり、叶うわけないって見捨てていた捨てきれない感情。凍らせて眠らせていたソレは私が今存在し続けるこの世界で思いも寄らない形で実ったものだから、感情をもてあます事が度々あり、どう処理したらいいものか解らない事が多かった。
 言葉で言ったら私のこの性格の事だ、沙都子は全然悪くないのにきっと語気を荒げてぶつけてしまうに違いない。上手く言い逃れる言葉回しや大人たちに可愛がられる言葉回し、そういうものはループの世界で幾度となく学んできたから素直に言葉に出来たとしても、自分の感情というものを相手にはっきりと口に出す機会に恵まれたのは本当にここ数ヶ月の間のため、相手に上手く伝えられるかが微妙なところ。それに怯える私はいつからかその思いを、お互いがお互いの身体を求める行為中の攻めの手が代価として沙都子へぶつけるようになっていた。
 行為中の沙都子は快感にのまれながら私のいう事を何でも聞いてくれる、恥ずかしながらだけどなんでも従順に従ってくれる、だからどんなに意地汚い醜い感情だって受け入れてくれる。例え私以外の誰とも口を利くな、なんて無理難題を言ってのけたってきっと受け入れてくれると思う。身体全体で私を受け止めてくれる沙都子に私は身体全体を使って与える、それが普通であり当たり前になっていたから沙都子の身体が本調子でないだろう今、ぶつけるものがなく自分の中でただ膨らむだけの黒い感情を言葉で伝えていたら、通常よりもっとひどい事になっていたと思う。
 正直魅音も相当な空気を読めない人間だと思うが、圭一も魅音ほどまでいかなくてもそれなりに空気を読めない男だと思う。だが魅音にしろ圭一にしろその少し鈍感であっけらかんとしたところが、魅力でありそれに救われる人もいるのだから不思議なものだ。今、こうしてその無神経さに助けられているのだから。
 少し息を止め、力を篭めて開けたドアの先には雲間から見える霞んだ夕焼けを背に、大好きな仲間たちが勢ぞろいで私たちを迎えてくれた。その表情はとても穏やかで私と沙都子の間に一瞬生まれた不穏な何かも、さらりと拭い去ってくれたような気がした。

 圭一達の提案通りにまた明日、と口にして別れた私たちはいつも通りに手を繋ぎ歩いて家路と辿り着く。
 広くない台所に二人入るのは窮屈なため日々のお礼にと、買い物したものを沙都子が冷蔵庫にしまってくれたのだが、それを畳の上に寝転がりながら見守る私の身体はなんだかだるく感じられた。
 久しぶりの買い物で拭い去れたと思っていた黒い感情はあの一瞬で私の心を覆ってしまい、未だぐるぐると渦を巻いている気がする。
 私は一体何に怯えているのだろう? 私には沙都子がいて、仲間がいて毎日を鮮やかに彩ってくれる。それだけで充分じゃないか。今日だって突然ではあったけれどみんなに会えて楽しかった。だから不安に駆られる事なんて一切ない。
 今日の様子からみて沙都子の体調は快復傾向に向かっている、私がどれだけ寂しかったかを沙都子の身体に直接与えられるようになるのも時間の問題だ。また私だけしか見れない沙都子の可愛らしい声や表情を存分に楽しめる。
 そう自分を励ましてみても根拠のない不安がその言葉を無に変えてしまう。
 今日は一体どうしたというのか。台所から聞こえる少し音程の外れた沙都子の鼻歌が遠くに聞こえる――。




眠れぬ夜に 「変化の不変」 に続きます。