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 もう何回目になるだろう、奈々ちゃんと肌を合わせるのは。
 数え切れないくらい身体を重ねても奈々ちゃんは私を初めて抱いた時と変わらず優しく触れてくれる。
 優しい手で私に触れてくれるだけで私の身体は敏感に反応してしまうのは、私が奈々ちゃんを好きなんだと改めて実感させてくれるもので正直ぶっちゃけ恥ずかしくて仕方ないけれど、その証を見てへにゃっと笑う嬉しそうな奈々ちゃんの顔を見ると私が一生懸命言い訳という名の悪態をついたって無駄なんだなと思う。きっと私がどんだけ奈々ちゃんを罵倒したって奈々ちゃんは嬉しそうな顔をしてくれるのは分かる、だって好きってことだから。

 「いつも」より少し遅い時間の私たちは、外で会うと色々な人の目があるからあまりゆっくりとお互いに触れ合えない。
 それはこういう仕事をしている宿命だとさすがに分かっているから、どうのこうの思うつもりも言うつもりもない。私は私のキャラを壊さずにそこにいればいい、共演が重なったりラジオにゲストに行ったり来たりただそれだけで熱愛の噂が出たって「ゆかりも有名になったもんだよね」なんてちょっと茶化して言ってればいいだけの話。
 だってそれは所詮噂であって真実は誰も語らない。誰も知らない。そう、当人である私と奈々ちゃん以外を除いて。
 その噂を本気にしちゃう人もいるのは事実で、ちょっと嫌な事言われたり思われたりされたりする事もあるけどそんな事は私にとって大した事ではない。学生時代を思い返せば別にそんな辛くはない、だってあの頃と今の私は同じゆかりであって違うゆかりだから。
 隣に奈々ちゃんがいる、それだけで私は周りの好奇の目から守られてる気になる。
「ちょっと飲みすぎちゃいましたかね……」
 そう言って冷蔵庫からお水を出して私にすっと差し出してくれる。きっと奈々ちゃんの方がお酒弱くて今の発言の飲みすぎたというのは私じゃないのに、こういう時でも私を最優先に考えてくれる優しいところがとても好き。
「ゆかりより奈々ちゃんの方が、でしょ? ゆかりそんな奈々ちゃんみたいに浴びるように飲んでないもん」
「あ、あはは……あっでもそんな! 浴びるようになんて飲んでないですよ! ちょっと……ちょっとだけです!」
「なんでもいいからお水飲んだら?」
 上気している頬が気になる私は彼女の特有の言い訳を聞くより先に水分補給を促す。年上の余裕なんつって。
「あっ、そうですね」
 パキ、とペットボトルキャップから開封の音を聞くが早いかゴクゴクと音が聞こえるくらい美味しそうに体内へ水分を送る奈々ちゃんの姿を見てから、一息つくと同時にいつもの定位置であるベッドに腰掛ける。
 500mlボトルの半分近くを一気に飲み干した奈々ちゃんは、忠犬のように私の隣に来て残りの水をくれた。
「はい、どうぞゆかりさん」
「ん」
 受け取ったものにそっと口をつけて奈々ちゃんのようにガブ飲みはしないけど、結構な量の水を口に含んでいたのは思ってた以上に喉が渇いていたから。お酒ってのは不思議で、水分のはずなのに飲めば飲むほど喉が渇いてくるのは何でなんだろう? そんな事を考えながら口内にて少しだけ温度の上がった水をこくこくと喉に流し込む。いつも思うけどなんで奈々ちゃんの飲んだ後のお水は甘くなるんだろう? ゆかり的最大の謎。
「ゆかりさん? お酒回っちゃってないですか、大丈夫ですか?」
 一点を集中して見ながら水を飲むもんだからか心配性の奈々ちゃんが私の顔を覗き込む。相変わらずのお犬さまはまん丸お目々に私の顔を映し出す。お酒が入ってるからかちょっとだけ眠そうな私の顔。
「もー奈々ちゃんは心配性だなぁ、大丈夫だってば」
 ちょっとうんざりしたような声を出しつつ笑って彼女の頭を撫でる。
「すっ……すみません、えへへ」
 撫でられて嬉しかったのか、それとも私の具合が悪くないのが分かったのが嬉しかったのか判断しかねるけど、幸せそうに笑う奈々ちゃんにあと少しだけ残ってるペットボトルを渡す。
「前も思ったけど、奈々ちゃんの飲んだ後に水飲むとすごく甘く感じるんだけどなんで?」
「えっ? 何でって言われましても、私は普通にお水の味だなーと思って飲んでるから分からないですよ」
「えー嘘だぁ! じゃあそれちょっと飲んでみてよ」
 顎でくいっと奈々ちゃんの手にするペットボトルを指す。
「えええ? いやまあ飲みますけど、でも多分そんな甘いなんて事ないと思いますよ?」
「いいからー!」
 眉毛を八の字にしてもうしょうがないなーなんて顔する奈々ちゃんは、ゆかりのお犬さまだからゆかりの要望にはちゃんと応えてくれる。
「ん、ん?」
「……ん? 何?」
 不思議そうな顔をしてペットボトルから口を離す。
「なんか……これ味変わったような……?」
「変わったってどんな?」
「んん? んー……なんか甘い……気がする」
「でしょ!?」
 どうにもこうにも納得いかなそうな顔で残り少ないペットボトル水を上から下から眺める奈々ちゃんの頭の上には、クエスチョンマークがたくさんぽこぽこ浮いては消えを繰り返している気がする。
 そのうちクエスチョンマークの中の一つがエクスクラメーションマークに変化したのが見えた。
「あっ! もしかしたら」
「あーーーーーーーっ!」
 言葉を紡いだと思ったら残りの水をぐいっと一気に口に含んだ。
「ふむ……」
「まだゆかり飲みたかったのに! 奈々ちゃんのバカ! バカー!」
 一口で飲むには少々量が多かったのかほっぺがパンパンになるくらい水を口に含んでいる奈々ちゃんにどっかの芸人さんみたいに腕をぐるぐる、ぽこすかと叩くために回すとそれはその対象に掴まれてしまった。
「ふふふふん」
「何言ってんのかわかんない! 奈々ちゃんの」
 バカ、と言おうと口を開いたら頭には手、背中にはベッドの感触、そして唇には少し硬くて生ぬるくて水気を含んだものが触れる。
 ──何だろ、コレ?
 思うより先にぬるりとしたものが私の唇の間に割って入ってくる。それと同時にとぷっと液体が流れ込んできた。予測されるものは多分さっき奈々ちゃんが口に含んだゆかりの欲しかった水。むせ込まないように奈々ちゃんは舌を自分の口内に戻してゆかりの口に入ってくる水分量を調節してくれている。それでも私が飲み込まない限りそれは私の口内の容量を埋めていくだけで、それに気づいてない奈々ちゃんはゆっくり確実に私の口に水を流し込むのをやめない。
 ぼんやりとした頭で流れ込まれて溜まっていく奈々ちゃん味の水を味わっていたら、口の端から流れ出てきた。
 つうっと流れていくその感覚で反射的に甘いそれを飲み込む。意識せずに飲み込んだから空気も一緒に流れて思いっきり喉奥からゴクッて音が鳴った。ちょっと恥ずかしい。
 こうやって飲むのって味わうとかよりも先に喉の渇きを潤したい時の飲み方だし、あとで色々と困るからあんまり好きじゃないんだけど状況が状況だから何とも言えない。今飲まなかったらもっと溢れてベッドがびしょ濡れになっちゃうだろうし。
 はっ、と軽い息をついて顔をあげた奈々ちゃんは、まだまだお酒が抜けないだろう赤い頬がもっと赤く染まっていた。
「ゆかりさん、それ甘く感じます?」
 まだ少し口内に水が残っているため、頭を縦に数回振る。やっぱり甘いと思うよ、奈々ちゃん。
「あ、よかったー……ならよかったです」
 ??? ちょっと奈々ちゃんの返答が予想だにしない返答だったから今度はゆかりの頭にクエスチョンマーク。
「前に聞いた話なんですけどね、好きな人の味っていうのは甘いんですって」
「ふぬ……?」
 奈々ちゃんの言いたいことがいまいちよくわからない。ようやく含んだ水が喉元を過ぎ去った。
「だから、ゆかりさんが飲んでから飲んだ水が甘かったのは、私にとってゆかりさんが好きな人だからなんですよ」
 バックにキラキラしたものでも背負ってんのかってくらいにいい笑顔で言ってきやがって奈々ちゃんめ……!
 ちょっとドキッとしたのは事実だけど、奈々ちゃんの喜ぶ回答なんて絶対しない。
「へー、そりゃよかった」
「えええっ? なん……なんかリアクションめちゃめちゃ薄くないですか?」
 当たり前じゃん、そんな事素直に認めたりなんかしない。
「別にぃ」
 何でってそう言われて嬉しくないわけないんだけどさ、でもその話の流れで言ったらゆかりが奈々ちゃんを好きだったのはもうあの頃からバレまくりだったってわけで、それを思い返されたらいくらなんでも恥ずかしいでしょ。だから意地でもどうでもいいフリしてみせる。だって死んじゃうでしょ、恥ずかしくて。もう恥ずか死だよね、ゆかり。
「あ、ゆかりさんさっき前にも思ったけどって言ってましたけどあれって──」
「だーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 そんな私の心境を分かって言ったのかそれともいつも奈々ちゃん節で全く検討はずれの事言うつもりだったのかさすがに分からないけど、言い終わる前に死因を作るだろう原因のものを手で塞いでやった。恐ろしい子奈々……!
「はふふんふへはー!」
「あーあー聞こえなーい」
 私に覆い被さっている奈々ちゃんは下からの口塞ぎ攻撃は意外と有効なようで、はぐはぐふがふが何か言ってるけどさっぱり分からない。テンパった時の奈々ちゃんはたまにこんな感じで何言ってるのか分からなくて面白いけど。今は面白いとかそんなんじゃなくてただ純粋に恥ずかしいからこの攻撃はしばらく続きそう。
 ──と思いきや、片手に重心をかけて空いた手でゆかりの手を口から外してしまった。さすがに力では負ける。
「はー……もう何なんですかゆかりさん、突然口塞ぐなんて一体」
「うっせ酔っ払い! 早く寝ろ!」
 寝ちゃえばさっきほんわか思い出した出来事をお酒が身体から抜けると共にきっと忘れるだろうから。
「えええ何ですかそれー」
 しょぼーん、なんて擬音が聞こえてきそうなくらいに落ち込む奈々ちゃん。お尻についてあるであろう忠犬の証の尻尾もテローンと垂れてなんとも情けない。でもそれが可愛いと感じるのもまた好きだからなんだと思うと頭が大変お花畑になってる自分に少々苦笑してしまう。
「ほらーもう時間も遅いし、早くないって言っても奈々ちゃん明日お仕事でしょ? ゆかりも眠いしもう……」
 ベッドの上で身じろぎをして奈々ちゃんが寝転がれる隙間を作ろうと顔を背けた。
「あ、ゆかりさん口元」
「へっ」
 何、と聞く間もなく口元から零れた水を唇で拭うとそのままスライドして言い訳ばかりを紡ぐ口を塞がれた。今度は奈々ちゃんが口で。
 くちっ、と音が聞こえたと同時に舌が口内へ侵入してくる。ほんのりと感じるお酒の味と、甘い奈々ちゃんの味。
「ん、……ちゅっ」
「ふ、ン……んん……」
 ゆかりの口内を探索するかのように熱い塊はぐるりと回してゆかりのそれと絡み合おうと進行して、──こなかった。
「んん? 奈々ちゃん?」
 顔を離して私の耳元辺りに頭を埋める奈々ちゃんの表情はさっぱり見えない。いつもならベロチューしたらそれが合図と言わんばかり、そのまま止まらないで手が胸にいくのに、今日はそんなことなく深くなる事のない軽い挨拶程度のちゅうで疑問が残った。
「ゆかりさん、私……ゆかりさんがすごく好きです」
 髪の毛と布団で少しくぐもった声が左耳からぼんやり聞こえてくる。
「うん、知ってる」
 全身を使って好きって気持ちを一生懸命私にぶつけてくれるから、疑うこともなく奈々ちゃんと一緒にいれるし一緒にいたいって思う。
「声のお仕事は楽しいし、歌のお仕事も楽しい。仕事をたくさんやらせてもらって私は幸せです」
 天下の水樹奈々は今じゃひっぱりだこで、オフを探すのが難しい。声優の仕事は勿論、オリコン1位もとれちゃうアーティストとしての仕事だって、いつも詰め詰めでゆかりなら無理だなって思えるくらいの仕事量をこなしてる。
 そんな奈々ちゃんのことはすごいなって尊敬するところだってあるし、かっこいいなって応援してるところだってある。奈々ちゃんはどんな仕事だって全身全霊でぶつかっているからそれに心打たれて、関わったスタッフがきっと次々仕事を持ってきてくれるのもわかる。
「だから、ゆかりさんに会えないのが辛いなんて言えないです」
 大雨になる前兆のぽつぽつと降る、雨粒のように言葉を紡ぐ篭った声が更に聞こえにくくなる。身体の左半身に意識を集中させてみると、心なしかスンスンと鼻をすする音が聞こえた気がした。
「奈々ちゃん、……どしたの?」
「たくさんお仕事を頂いて、こなして、それで頑張った暁にはゆかりさんと会えるって思って。だから私…何日ぶりか数えるのも嫌になるくらい期間あいちゃいましたけど、会えてすっごく嬉しくてなんだか緊張しちゃって。お酒飲まないとテンパっちゃって、それで……」
 ああ、だから今日の奈々ちゃんはあんなにハイペースだったんだ。ゆかり納得。にしたって、飲みすぎだったとは思うけどね。やたらと噛むし、すごいテンション高くて何言ってるかちょっとよくわからなかったし、それでも奈々ちゃんすごい幸せそうだったからゆかりはそれでいいかなーなんて思ってたから、こんなこと考えてるとは思いもよらなかった。
「外では、やっぱり人の目があるからあんまりベタベタ出来ないし。お家まで我慢って思って帰ってきたら、ゆかりさんにすぐ寝ろだなんて言われて」
「傷ついた?」
「傷……というよりかは淋しいです」
 のっそり私の左肩付近から頭を上げて、突っ伏した際に乱れた髪を手で直すこともなくぼやーっと私を見下ろす。前髪が奈々ちゃんの目線にかかって、組み敷かれている私からはどんな表情をしているのか分からない。
 無意識的にそれを掬うように撫でると、奈々ちゃんはなんだか痛みに耐えるような顔をしていた。
「……奈々ちゃん?」
「一秒でも長く、ゆかりさんと一緒の時間を満喫したいんです」
「……うん」
「だから、すぐ寝ろだなんてそんな悲しいこと言わないでください……」
 語尾が震えて目元の涙がじわじわと嵩を増す。言い終わらないうちに目尻の涙は決壊を起こし、ぼろぼろと私に雨を降らす。口元にもぴちっと落ちる奈々ちゃんの雨は少ししょっぱい。悲しい涙の味は塩味だって何だかで聞いた事があるけど、本当なんだ。
「奈々ちゃん泣くなよぉ……。ゆかり、奈々ちゃんに泣かれたらどうしたらいいかわかんない」
 感受性の高い奈々ちゃんはゆかりより涙もろくて、今日はお酒の効果もあって更に涙腺ガタガタ。手で覆っていたって隙間から零れ落ちる涙は止まる事をしらない。
「ぅぇ…っ、だ、ってゆかりさんが…っ」
 ひぐっ、としゃくりあげるように肩が上下し始めた。もう本格的に泣いていると判断してもいいと思う。
 さすがのゆかりもここまで奈々ちゃんが泣くとやばいって分かるから、腹筋なんかしてないけど、別にお腹なんて割れてなんかないけど、ぷにぷにしてて誰にも見せたくないくらい筋肉ないけど、目の前で大好きな人が泣いているんだからちょっと本気出してみる。骨盤より少し下に座り込んでいる奈々ちゃんをひっくり返さないように、いつも奈々ちゃんが私を押し倒す時にしてくれるように背中に手を当てて、そうまるで王子様のように支えて起き上がる。
「よしよし……ごめんね奈々ちゃん、ゆかりひどいこと言ったね」
 右手で頭を撫でて、左手で肩を抱く。姫の太ももに座り込んで泣きじゃくる王子様ってのも変な図だけど、たまにはこういう時もある。奈々ちゃん普段はへたれてるけどやる時はやるし、そういうところも好きだから何の問題もないのだ。
 ゆかりの言葉を受けてふるふると頭を左右に振る王子もとい奈々ちゃん。
「……ん? ゆかり悪いんじゃないの? ゆかりひどいこと言ったから奈々ちゃん泣いてるんじゃないの?」
 やっぱりふるふると左右に頭を振る。ふーむさっぱりわからん。悲しいこと言わないでって言って泣いたのは奈々ちゃんだったのになー? ゆかりこういうの結構鈍感だから奈々ちゃんが何言いたいのか汲み取れない。
「……私、が……こんなにお酒、飲まなきゃよかったんです……」
 くぐもって微かに聞こえる声はまだ涙声で口を開くと涙が零れるのか、言葉の強弱があやふやな感じで気持ちが落ち着かないというのが容易に感じ取れた。
 ゆるゆると頭を撫でながら次の言葉を待つものの、この静かな部屋にはしゃくりあげる声しか聞こえない。
 私が放った一言に一喜一憂する彼女はとても健気で、きっと無意識に紡いだ言葉の中に彼女の責任感に近い何かを傷つけるものがあったんだろう。その結果での私の発言否定やあの発言なのかな、と泣き止まない奈々ちゃんの肩を少し強く抱きしめて考える。
 とは言ってもそれをどのように彼女に伝えるか、それが問題であり適当に誤魔化せそうにもないし、変な言い訳なんかしたら益々奈々ちゃんは自分を責めてしまいかねない。となると傷つけてしまっただろう発言の事の始まりを話さないと奈々ちゃんは納得してくれないのかもしれない。大声で口まで塞いで誤魔化したっていうのに、結局それを伝えることにならなきゃいけないだなんて……しかも奈々ちゃんを泣かせたりするし今日のゆかりはダメダメだなあ。
「あの、ゆかりね……奈々ちゃんがたくさんお酒飲むのが悪いなんて思ってないよ。ま、まあそりゃゆかりも奈々ちゃんもいい歳なんだし節度ある飲み方をする分にはなんの問題もないから、確かに今日はよく飲むなーなんて思ってみてたけどだからって奈々ちゃん飲み過ぎ! なんて怒ったりとかしてないし。だから、その…奈々ちゃんがそんなに責任を感じたりとかはしなくてもよくって、奈々ちゃんが楽しく飲めたんならゆかりはそれでいいっていうか。うーんなんていうか、その……つまり……早く寝ろって言ったのは……えっと……、んと、その……ゆかりが、……は、恥ずかしくて。奈々ちゃんに! だからそれ聞かれたくなくて、それで流れで誤魔化そうみたいな、だったんだけだから……だから別に本心じゃないっていうか……」
 ごにょごにょと言葉尻があやふやになっていく。だって恥ずかしいんだもん、何て言っていいか分からないんだもん。
 顔がすごく暑くてなんとなく身体の温度が上がったような、全身にぶわっと汗をかいたようなそんな感覚に包まれる。それでも腕の中の王子様は顔をあげてくれない。んもーゆかりがこんなに頑張って慰めてるってのにまだご機嫌ななめなのっ!?
「……ゆかりさんが私に対して恥ずかしいってどういう意味ですか?」
「えっ」
 奈々ちゃん泣いててもしどろもどろで突っ込みどころ満載の言葉ちゃんと聞いてるんだなー……、文法みたいなそういうのとかまるで無視して言ってたから出来るだけスルーしてくれてたら嬉しかったんだけど、そういうわけにもいかないか。
 もうさっきみたいにしゃくりあげるのは少し落ち着いたみたいだけど、まだ顔をあげてくれないってことはうーん……ゆかり的には結構頑張ったつもりでもご機嫌斜めの奈々ちゃんにはまだまだっていう事なんだろうな。
「だ、だからその……ゆかりが、奈々ちゃんにバレるのが恥ずかしいって事、なんだけど……」
「ゆかりさんが? 私に何をバレるのが恥ずかしいんですか……?」
「ぅぇー……それ言わなきゃダメぇ?」
 げんなりした声で答えたら奈々ちゃんがまたひっく、としゃくりあげ始めた。
「ああああわかった、わかったよもう! ……だからっ! ゆかりが奈々ちゃんの事いつから好きだったのかバレるのが恥ずかしかったってこと! もー言わせんなっ、ていうかもう絶対言わないかんね!」
 あーあー言っちゃったよ。恥ずかしくて恥ずかしくてこれはもうね、火が出るレベル。ゆかり顔から火出せるよ、ヨガフレイム。つーか奈々ちゃんもさ、いつまで顔人の胸に埋めてんだっていうねそういう事まで思えてきちゃうよね。八つ当たり上等なんだけど、でもまた泣かれてもゆかり困るしそんな事言ってあげないけど、でもやっぱりそろそろ顔あげてくれてもいいんじゃないかなって思うんだよね。ゆかりもここまで恥みたいなもん晒したわけだし? いいんじゃないかなーもう。
「……いつから好きだったんですか?」
「いつからって……」
 うん、まあ分かってたけどねその質問返って来るんだろうなーって事。そんであれでしょ? ゆかりがここでええーとか言ってまた言いよどんだりしたら奈々ちゃんまたしゃくりあげちゃうわけでしょ? そんで結局ゆかりが根負けして言わないとどうにもならない雰囲気みたいにもなっちゃうわけ、もうね分かってたけど。毒を食らわば皿までとかいうし、ここまで来たならもう徹底的に恥さらししちゃうしかない。旅の恥はかき捨てって言うじゃん?
「奈々ちゃんの水をゆかりが飲んじゃった時にはもう甘かったから、多分そん時にはもう……」
 あん時に言った奈々ちゃんの水は甘かった発言は嘘じゃないもん。本当当時のゆかりには物凄い衝撃だったし。
「水? 甘い? 何ですか……それ?」
 またしても擬音がはっきり出そうな感じの返答。まさにきょとん、としたような声。旅の恥はかき捨てとか言っておきながらまだかき捨てられなくて、ゆかりのプライドを意地でも崩したくなくて分かりにくいように伝えている私も悪いとは思うんだけど。
「えっ、だから……奈々ちゃんさっき言ってたじゃん……すっ、すき、好きな人の味は甘いとかなんとか……」
 却ってこれじゃあ自分で自分の首を絞めているような気がしてならない。生き地獄とはよく言ったものだなーと遠い目をしたくなる。
「ゆかりさんが何を言ってるのかよくわからないです」
 えーなにーなんで奈々ちゃんここまで食いついてくるの? ていうかなんでこんなに掘り下げて話さなきゃいけないんだろう…いや確かにゆかりの言い方も悪かったとは思うけど、でも今は奈々ちゃんのこと好きだから何の問題もないんじゃないのかなー? そういうもんじゃないのかな、過去を知りたいっていう一般的に言う女心ていうか乙女心っていうもんなのかな。ゆかりそういうのもよくわかんない。だって聞いて悲しくなることだってあるし、だったら聞かなきゃよかったーってなっちゃうじゃん。
 そもそも奈々ちゃんさ、声も元気になってきたような気するし、ちょっと余裕ある返しだって出来てるんだからもう泣き止んだんじゃないの? だとしたら顔あげてくれてもいいんじゃないのかなって思うんだよね、抱きしめてて後頭部は見えてるけどゆかり一人で遠く見ながら話すのちょっと空しいし。なんでまだ顔埋めたままなのかなー、泣いてないならこの話題もうやめたいんだけどな……恥ずか死しまくってゆかりもうすっごいあっつい。
「奈々ちゃんもうこの話やめない? もーゆかり恥ずかしくてやだ」
「……いやです」
「えーもう駄々っ子面倒くさいー! だってもう泣き止んだでしょー、姫が王子のことあやすなんておかしいじゃん」
「ゆかりさんがちゃんといつから好きだったか教えてくれたら、駄々っ子奈々はいなくなります」
 とふっと私の肩に頭を預け、顔を覆ってた奈々ちゃんの手はするりと私の腰元に伸びてそのまま後ろで繋がれた。さっきより奈々ちゃんとの密着度が増して、それにより私の体温がいつもより高いことや心拍数が上がってることが感じられたのかスリスリ頭をこすり付けてくる。やっぱり犬みたいな愛情表現だなぁと苦笑する。
 こうなった奈々ちゃんは要望を聞いてあげないとテコでも動かないだろうし、ここはゆかりが大人になって対応するしかないのは分かってるんだけど、でもなー……なんていう思考とプライドと恥ずかしさとがぐちゃぐちゃして二の句を継ぐことが出来ない。
「私は……」
 そんな私に痺れを切らしたのか、少し掠れた声で奈々ちゃんが紡ぐ。
「私は、ゆかりさんに初めて会った時からもう多分好きだったと思います。……そうだと認識するにはちょっと時間かかりましたけど」
 初顔合わせの時かなーなんてちょっと遠い記憶を呼び戻して、つい顔が綻んでしまう。ああ懐かしいなって。
「だからその時を考えるとすごく切ないけど、でもずっと好きだったから今こうやって傍にいれてすごくすごく幸せで……本当、幸せです」
 奈々ちゃん同じ事二回言ったね、うんわかるよ。すごく大切な事だもんね。
「……ゆかりは奈々ちゃんに会ってすごい可愛いなって思ってたよ、でもそれが好きだとかはすぐ分からなかったんだけど……気づけば目で追っちゃうし、何してるのかなって気になってた。聞けばいいのにゆかりこういう性格だから、奈々ちゃんに興味ないような態度しか取れなかったけど」
「あーありましたねえ、なんか当時色々ゆかりさんに聞いてたのにすごい素っ気無くて結構へこんでましたもん」
 笑いがくつくつと溢れる奈々ちゃんの身体が揺れて、抱きしめてるゆかりも一緒に揺れてなんだかゆりかごみたい。
「いつからなのかはっきりはわかんないけど、今思えばゆかりも最初から好きだったんじゃないかなぁ。リリカルパーティで奈々ちゃんの水を飲んだときはもう甘かったから」
「えっ、あれ冗談じゃなかったんですか?」
 やっと顔をあげて私の顔を覗き込んできた奈々ちゃんの目は、いかにも泣いてましたって主張するうさぎの目でちょっと心が痛む。まあ多分後半は嘘泣きだったと思うけど、目じりに残る涙で睫毛がいつもより濃く見える奈々ちゃんはそれはそれで可愛い。
「ノーコメント」
「ええっ!? なんで!」
「奈々ちゃんが顔をあげてくれたから、ゆかりちゃんの恥を晒しちゃうぞっ旅の恥はかき捨て大放出キャンペーンは只今を持ちまして終了しました」
「旅の恥って……そ、そんな殺生な! ……ね、お願いしますゆかりさん」
 いつも奈々ちゃんに戻って一安心。となればゆかりもいつものゆかりでいられるから気が楽になる。しょぼくれていた奈々ちゃんの尻尾はここぞとばかりにぶるぶる振るえてるけれど、さっき奈々ちゃんを抱っこしてる時に目線の奥にあった時計の針が指す時間が少しばかり気になった。
「はいはい、また今度ね奈々ちゃん。……今度があるかわかんないけど」
「なんか今絶望に近い発言聞こえましたよ、ゆかりさーんっ!」
 騒ぐ奈々ちゃんを抱え込み少しベッド側に傾かせて頭を抱えてそのまま一緒にベッドへ倒れこむ。そこからは特に異議を申し立てられる事無く、私の腕に素直に抱え込まれていた。ベッドからも抱えてる本人からもその証である奈々ちゃんの匂いだけがしてすごく落ち着く。
 そういえばシングルだったはずのベッドがいつの間にかセミダブルになってたなーと、今まで一緒にいた時間を少し思い返してた。お酒が多少抜けても体温は高い奈々ちゃんは湯たんぽ代わりとしてとても最適で、ブランケットをかけなくてもそのまま夢の世界へ飛び込めそう。
 頭を撫でる手の動きがぎこちなった頃、奈々ちゃんが私の腰元に回していた腕をきつく締めてきた。
「ゆかりさんはああ言ってくれましたけど、きっとゆかりさんより私の方が先に好きだったと思います」
「……なぁちゃん?」
 肩口に唇を押し当てて、ちゅっと軽く吸われる。
「ずっと、ずっとゆかりさんに触れたくて、どうやったら私の事見てくれるんだろうってそればっかり考えてて頭がどうにかなっちゃいそうでした」
 顔を少し動かしてまた肩のラインに口付ける。
「くすぐったいよ、なぁちゃん……」
 夢現の私は特にたしなめるわけではなく、奈々ちゃんのキスを受け入れるだけ。
 私の体の下にあった右腕を抜いてそのまま私を仰向けにして、先程と同じように奈々ちゃんは私に覆い被さってきた。
「眠かったらごめんなさい。ゆかりさん……私、ゆかりさんに触りたい」
 私からの返事なんて待つ気なんかないのか、言葉を発するより先におでこから瞼、鼻、ほっぺ、キスの雨を降らす。
「私の方がずっとこの唇に触れたかった」
 口の輪郭を右手でゆっくりとなぞりそのまま顎を持ち、顔を固定しつつ首元を撫ぜる。
 ああこの指で、ゆかりはまた泣いちゃうのかななんてゆるゆると身体に残る軌跡を感じつつ瞼を閉じる。奈々ちゃんに泣かせられるの嫌いじゃないよ、どんな時だって優しくしてくれるの知ってるから。本当に嫌じゃないっていうのも分かって泣いているって奈々ちゃん分かってるから、だからゆかりは奈々ちゃんの前で泣くことが出来る。さっきの奈々ちゃんとは違うしょっぱい味の涙じゃないものを流すことだって出来る。恥ずかしいけど…本当に恥ずかしいけど隠したって奈々ちゃんはご褒美を貰える犬のように、はたまたご主人に叱られてしょんぼりしている犬のようにひっついて結局バレてしまうから。
 だから私は与えられる温かく切なく身体に降り注ぐ雨を受け入れて、奈々ちゃんを迎える準備をするのだ。睡眠よりも幸せな時間を、ブランケットよりも温かな温度を知るために。