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 私より少し声が高いところ、私より少し背が低いところ、私より少し歳が上なところ。彼女を形成するもの全てが好き。
 少し不器用なところも、おバカなところも、えくぼも何もかもが愛しい。だから私は彼女の隣にいたいとそう願ってやまない。
 あかりんが脱退したのはぶっちゃけ私にとっては降って湧いたような幸運だと、なんて自分はツイているんだろうとそう思った。サブリーダーとしてのあかりんは彼女にとってはとても大きな存在で加入時期なんてなんのその、それをも吹き飛ばす私には超えられない一線というか壁のようなものの存在であった。
 彼女が幸せに笑ってくれているならそれでもいい、少しちょっかいをかけて軽口叩いて少し私を見てくれる時間があればいい、この気持ちは私の中で秘めたままでいれば誰も悲しむ事がない。
 そう決めた矢先の出来事だったから、脱退の話を聞いたときは勿論驚きもあったし悲しくもあったけれど嬉しい気持ちが一番強かった。何より彼女との間にある超えられない壁がなくなるという事実が私の心を躍らせたから。
 これで彼女の隣にいれる。そんな単純な発想しか湧かなかった14歳の自分が今となっては少々悔やまれる。
 あかりんが彼女から離れたって彼女との絆が失われるわけではないし、私も当然含むメンバーにどれだけ愛されているかが近くになればなるほどはっきりと感じてしまう。彼女はリーダーであるからみんなに満遍なく分け隔てなく接しようとしているのが分かる。そしてそれには少しの無理があるという事にも気づいてしまう。
 隣を陣取れば陣取るほど私の心は切なく痛む。だって、彼女はいつもあの子の事を追っているのが分かるから──。

◇◇◇

「夏菜子ーっ!」
 なに、と口が開き発声されるよりも先に抱きついた。
「うわ、ちょ…いたたた、ちょっ詩織痛い痛い!」
 振り向きざまに後ろから全体重をかけて抱きついているため夏菜子の体勢は少々無理のある体勢で、それでも私はそんなことはお構いなしに夏菜子の体温と匂いを楽しむ。
「あーいい匂い…」
「…朝から絶好調すね」
 変態めーと笑いつつ辛そうな体勢を整える夏菜子はやれやれといった調子で私の頭を撫でている。別にこれはいつもの事で、まあ今日はちょっと勢いが強すぎたかもしれないけどそれでも夏菜子はいつもの恒例行事を邪険にしたりはしない。恒例行事って言い方をするとなんだか仰々しいけど、言ってみれば朝の挨拶みたいなもん。
「朝の夏菜子分補給完了しました、おはようございます」
 首筋辺りで思いっきり息吸って、肺の奥の奥まで夏菜子の匂いで埋めてから顔を離しつつ改めて朝の挨拶。いつもどーり。
「おはよー詩織、今日はちょっと早いね?」
「そう?いつも通り出てきたつもりなんだけど」
 と、言いつつも時計を見てみる。家を出る時間はいつも通りなのに、何故かいつもよりはレッスン場に来る時間が10分ほど早い。信号とかの関係もあったのかな、と来た道を思い返そうとするもすぐに止めた。たまたま早く着いちゃっただけで、レッスンの先生もまだ来てないし遅れてないのなら何の問題もない。ももクロ歴4年だしそーいう時もたまにはある。高城が早く着すぎて遠くを見ながら手羽先食べて待ってたりしたこともあったし、杏果が宿題しながら待ってた事もあった。
 そもそもレッスン場が開いてないっていう事が意味不明なんだけど、そこは大人の事情っていうやつでいつも丸め込まれる。
 そして今そんなことはどーでもよくて、たまたま早く着いたおかげでこうやって夏菜子と二人きりになれてるわけでそれが何より私には嬉しいものだから、あーだこーだ考えてる時間が勿体無い。いつもいる他の3人がいないっていうだけで「私だけの夏菜子を独占出来る」という甘美な時間になるというわけで、この状況を幸せと言わずに何と言うのか。ああ…夏菜子と二人きりだなんて、ただそれだけで顔がにやける!テンションあがるわ!
「そっか、じゃあ遅れてるわけじゃないんだね」
 ワタクシ玉井詩織は遅れることなくレッスン場に来たからここにいるわけで、だからこんな幸せなひとときを過ごせるわけでつまり夏菜子が頭に描いている人は私ではない。
「誰が?」
 とは言っても誰の事を思ってそう言ったのか分からない私は、夏菜子にそう尋ねるしかなかった。
「え、あーりん」
 何にも考えてなさそうに答えたのは一番聞きたくなかったメンバーの名前。
 最年少なのに私なんかより全然色気もあって、身長はそんなに変わらないのにここまで差が出るかって神様に問い詰めたくなるようなスタイルを持ってて可愛いのにサバサバしてるももクロのアイドル。
「…なんであーりん?」
 聞きたくないし、知りたくもないけれどでもやっぱり聞きたいし知りたいのは私が夏菜子を好きだから。きっとこの後返って来る返答は私の心を抉りまくることが安易に想像出来る。それでも知りたいのはある意味賭けでもある。例えば昨日の借りてた夏菜子の私物を返すために早く行くよなんて約束してたとか、それとも今日のレッスンの事で相談があるとか、だってほら夏菜子ったらリーダーだから?ももクロの事で相談があるとかかもしれないし。あー絶対そうとしか考えられないもん、いつだって全力投球の夏菜子だしレッスンなり収録なりしたらある意味抜け殻ちっくになる時間もあるから、そういう時に相談とかしてもきっとあーりんの求める回答がないかもしれないし、責任感もあるからそれによって自分の事責めちゃったりして泥沼になっちゃうとかありえるもんね。もう絶対そうだよ絶対───
「んや? いつもあーりんはこんくらいの時間に来るから」
 違いますよねー!
 ええ分かってます、分かってますよ。私の中での超ポジティブシンキングタイムが打ち砕かれるなんてもう分かってた事。だから傷ついたりなんかしない、悲しくなんかならないし、いつもの玉井詩織で甘えん坊で食いしん坊でいれるもん。
「ふーん…? 何で夏菜子はいつもあーりんがこんくらいの時間に来るって知ってるの?」
「えっ」
 夏菜子の体が一瞬びくついたのが分かった。抱きついてはいないけど、それでもこの少々固まった表情を見れば明らかに動揺しているのは確かで、そしてそれによって幸せなひとときの「幸せ」が一気に吹き飛んでしまったのも確かだ。
「なにー? もしかしていつも待ち合わせしてるとかなんですかー?」
 茶化すように夏菜子の腕を肘で突付きつつ聞いてみる。
「別に待ち合わせとかしてねーし!」
 やめろよ、と肘を押し返してくる夏菜子は少し悲しそうな顔に見えた。
 待ち合わせをしているわけではないのに、いつもこの時間にあーりんが来るという事を知っている夏菜子。つまりあーりんと鉢合わせたくて少し早い時間にレッスン場に来て待ってるわけか。忠犬か? 忠犬夏菜子なのか? まあそれはそれで可愛いかもしれない、と一瞬にやけた。
「はーなるほど、夏菜子は待ち合わせをしてない可愛い可愛いあーりんを一人で待っているわけなんですねー」
 そう言うが早いかボンッ!と音が聞こえそうなくらい顔を真っ赤にした夏菜子は私を小突く。
「ううう、うううるっさい玉井! お前には関係ないし!」
「あーそう、じゃあ今のことあーりんに言ってもいいんだ?」
「はあ? ばかじゃねーの!」
 あーそうですかそうですか、別にメールで少し早く来てねなんて言って待ち合わせも出来ないくらいあんたはあーりんが好きなんですか。そんなに顔を真っ赤にして否定するくらいあーりんが好きなんですか、あーあーお子様ですねももクロのリーダーは本当におバカですね。この間収録した番組でれにちゃんがおバカっていう話になってたけど、元リーダー以上に現リーダーの方がおバカなんだなと私は思う。もしかしてももクロのリーダーはおバカさんじゃないとなれないってしきたり、もしかして川上さんの中で作ってたりして。だとしたら詩織は一生リーダーになんかなれないなあ、だってしおりんちょう賢いからー!
「何言ってんの夏菜子、詩織ちょう頭いいから。だって──…」
「詩織ちゃんは賢いっていうかズル賢いって感じだよねぇ?」

 私と夏菜子、どちらでもない声が聴こえた瞬間に時が止まった気がした。
「あ、あーりん!」
「おはよう夏菜子ちゃん」
 先ほどの狼狽はまるでなかったかのように、少々うひょりつつある顔であーりんに挨拶する夏菜子。そんなことよりも私が気になるのは今日のあーりんのスカートの丈の短さとかではなくて。
「あーりんおはよう、もしかして話聞こえてた?」
 そう、それは夏菜子があーりんを好きだという事が本人に伝わっていないかどうかというところだ。
「おはよう詩織ちゃん、今日は早いんだね? あーりんは今着いたばっかりだよぉ」
 にこにこしながら私の頭を撫でるあーりんを見る限り、夏菜子とのやりとりは聴こえてなかった感じ。とりあえず一安心というところだけど。
「今日もまだ開いてないみたいだよ」
「え~もうまたなのぉ?」
 そんな感じで世間話をしつつある二人を横目に思う。
 夏菜子はつまりヘタレであるわけで。今の今もそうだけど、私の事を少々ダシにして話を盛り上げていたりするところとか、それ以外にもあかりんとはデコまゆで鉄板と思わせておいてるところとか、そういうところで他の人の思考を錯乱させつつあるのとかはちょうヘタレだと思う。恋愛っていうのは自分が好きっていうところを相手に伝えよう、伝えたいっていうスタンスがあるからこそ成り立つものだから、ああやって自分はあーりんが好きなのに今は私、前はあかりんを使って誤魔化している夏菜子は多分一生あーりんに気持ちは伝わらないんじゃないかなと思う。
 隣にいるからこそ分かりたくもなくて分かるものっていうのは夏菜子だけの事じゃなくて、当然夏菜子を見ている人もわかるわけで、夏菜子にちょっかいをかけたりちゅーしたり抱きついたりしていても目につくのはあーりんの視線なのに。それでも気づかない夏菜子ってんだから鈍感にも程があるんじゃないかなと思う。
「あ、杏果と高城来たんじゃない?」
 その声を聞いて目線を移動させてみると、軍艦巻きが100m先くらいをてくてくと歩いてくる。さて今日も一日頑張りますか、と腰掛けていた段差から立ち上がる。目線は下にいくもんだから、そりゃ目の前のあーりんの生足とスカート丈も目に入る。これは抗いきれない人間の心理っていうか、可愛い子が目の前にいれば見てしまうなんて至極当然のこと。そのまま豊満な胸を通過し、ぷりっとしたほっぺのある顔へ表情を移すと相変わらずにこにことしたあーりんがいる。うん、可愛いね。
「詩織ちゃんと夏菜子ちゃんって本当に仲がいいよね、羨ましいなぁ」
「えっ」
「杏果ぁーれにちゃーんおはよー!」
 手を振りながら軍艦巻きコンビの方へ走っていくあーりん。
 そしてレッスン場の入り口の前ではああ…生足っていいなーとほんわかする少々おっさん思考のワタクシ玉井詩織と愕然とした表情をするリーダーの百田夏菜子がいた。
「え、え、え? 今のってなんか誤解されてない…?」
 負のオーラを纏いつつ、先ほどのあーりんの言葉を反芻しては落ち込むを繰り返す夏菜子を横目に私はまた物思いに耽る。こんなにも好きあってる二人なのにさっぱり仲が進展しないのは多分私が夏菜子の横を陣取っているからなんだと思うんだけど、それでも夏菜子は私を利用しているしあーりんも陣を奪おうともしてこないからどうしようもないのかな。
「ま、それは夏菜子が悪いからでしょ」
 私の発言がダメ押ししたのか、その場にうずくまる夏菜子を見て改めて馬鹿だなと思うのだけど落ち込んでいる背中を見て、それをも愛しいと思えるのは私もバカだからなのかな。
 大好きなんだぜ、バカヤロー!