SS / so crazy!?
http://w.atwiki.jp/akozuna/
SS / so crazy!?
ja
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https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/53.html
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**●MCZ
-[[不器用なアイツ]]
-[[あの娘]]
**●アケビ
-[[彼女の理由]]
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*2.5
**●7UK
-[[泣き虫王子と姫]]
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あの娘
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/52.html
私、佐々木彩夏16歳は思う。
“夏菜子ちゃんと詩織ちゃんは付き合っているのだろうか?”と。
だっていつだって夏菜子ちゃんは詩織ちゃんの隣にいるような気がするし、何より証拠が多すぎる。横並びで撮影なんていつもの事だけど隣にいれば手を握ってたり腰に手を回したりしてて、私だって隣にいるのにそれは決して私の方に回ってなんてこない。寧ろ私なんていないように思われてるくらいに夏菜子ちゃんは私を見てくれないし視線は反らすし、ひょっとしたら嫌われてるのかななんていう考えが生まれてくるくらい。
夏菜子ちゃんはメンバーにべたべたくっついたりするのがあんまり得意じゃないのかなって思うけど、詩織ちゃんと一緒にいるところを見るとメンバーというよりかは詩織ちゃんだけは特別ってな感じもする。
れにちゃんはあの通りだし好きなように振舞って嫌がってる夏菜子ちゃんにちゅーしたりとかぎゅーしたりなんて本人の意志なんて余裕で無視して行われるし、杏果はなんとなく夏菜子ちゃんとベクトルが似てるのかあんまりべたべたしたりしない。たまーに気分が盛り上がってる時とかはちゅーとかするけど、それでもほっぺにちゅってくらいだしそれは私にもしてくれるし特に気にならない。
あかりんがいる時はそっちにいってたけどそれはなんとなくサブリーダーっていう立ち位置もあったから、仕方ないのかななんて私なりに納得してあかりんとのいちゃいちゃは容認してたところはある。色々とリーダーとして考えるところもあるんだろうし、サブリーダーのサポートあっての今の夏菜子ちゃんだからソロで活動してるあかりんでも夏菜子ちゃんとは特別濃い目に連絡しているのかなってのも分かる。あの二人には会話しなくても通じるっていう特別な絆みたいなのがあるんだろうって中学生だった頃から感じるものはあったし、ちょっと羨ましいなって思うところもありつつヤキモチみたいな感情はあんまり生まれない。私だってあかりんには色々教えてもらったり助けてもらったりしたし、素直に尊敬もしてる。目立ちたいなとかチヤホヤされたいななんて感情は当然あるものの、今のももクロメンバーが一緒にいるからその中ではしゃげる楽しさでやっていけてるんじゃないかなとも思うから、この厳しい芸能界で一人単身乗り込んでいくあかりんには敵わないのかななんて感じるところもある。まあでもそれはそれとして、私は私として頑張ってもっともっとももクロをみんなに知ってもらいたいし元気になってもらいたいし、チヤホヤされたいしキャーキャー言われたいし夢は尽きないのだけど。
だから夏菜子ちゃんとあかりんの関係は嫉妬対象じゃなくて、少々羨望対象になるのかな。私も夏菜子ちゃんにちょっと頼ってもらいたいなとか思う時あるし。
でも詩織ちゃんとの関係はあかりんとのそれじゃなくて、なんていうか恋するあーりんレーダーがこう…ピピッと反応するくらいに何かがひっかかる。詩織ちゃんが甘えん坊で寂しん坊だからメンバーにぎゅーとかちゅーとかするのはまあよくある事だしメンバーもそれを分かってて詩織ちゃんの好き勝手にさせているところはあるのは分かるんだけど、どーにも夏菜子ちゃんに対しての詩織ちゃんの様子がおかしい。夏菜子ちゃんの事ずーっと見てた私なんだから夏菜子ちゃんの多少の変化くらいは分かったりするもん。ちょっと嫌がってるけどでも実はウェルカムみたいな態度を見ればもしかしてって思うのも仕方ないと思う。私がたまに抱きついたりするとやたらとぎくしゃくしちゃって、嫌なのかなって思うのに! なんで!?
「夏菜子は玉井だから楽なんじゃないの?」
「どーいうことなの?」
怒り心頭で宿題をこなす杏果に詰め寄るも、変わらず数学っぽいプリントに目線を落としたままで怒りあーりんをまだ目視してくれない。
「どーいう事ってそのままの意味──…どぅわっ!?」
目線をよこさないのをいい事にちゅーするかしないかくらいまで顔を近づけてみた。
「そのままの意味ってなんなの!?」
「あーもう! あーりん顔近い近い! ちょっと離れろ!」
「むー」
本気で嫌がってる顔をしてるので不承不承杏果から距離を置き、ソファーの隣にドスンと腰を落とす。
今日は地方でのライブなのでホテルにお泊まり。お泊まりってことはつまり私が杏果の部屋にいるのは当たり前の事で、そこで杏果が学校の宿題をやっているのも当たり前の事なのです。全力勤勉少女って感じだね、杏果。数学ちょっと得意かもーなんてラジオで言っちゃったけど、杏果のやってる数Ⅲ?のプリントを見る限り「あーりんは数学得意」という印象が崩れないでいるのはちょっと難しいのかもしれないと幸先不安になってしまった。
「はあ…最近あーりん怒りっぽくない?」
「そんなことない! ていうか夏菜子ちゃんが詩織ちゃんだから楽ってどういう事なの?」
再び詰め寄る私に観念したのか少々げんなりした表情でシャーペンをぽいっとテーブルの上に置く。
「だからさ、夏菜子はいつも詩織に抱きついたりなんだりしてるわけじゃん? だからそれで耐性が出来てるって事なんじゃないの?」
「耐性?」
「そ、耐性。詩織に比べてあーりんは夏菜子に別に抱きついたりちゅーしたりなんて少ない方なんだからまだ慣れてなかったりするんじゃないのかな?」
ずっと前屈みの姿勢でプリントをやって背中と肩が凝り固まったのか、んっと伸びをしながら私に言う。
「なるほど…」
プリントに熱中してるからどうせ話半分なんだろうなーなんて思いながら、私夏菜子ちゃんに嫌われてたりするのかなーとか、詩織ちゃんと夏菜子ちゃんって仲いいよねーとか。杏果のバーカとかポツポツ言ってただけなのに、ふーんとかへーとか唸りつつちゃんと聞いてくれてたんだなぁと、回答をもらったのにも関わらずそっちの方でも杏果に感心していた。
「ていうか、なんで突然夏菜子の話よ?」
「えっ!?」
「部屋に入ってくるなりそんな話してくるから何かあったの?」
つーか杏果のバカって何だよ、と付け加えて問いかけてくる隣の小さな巨人さんは意外や意外同時に違うことが出来るのを初めて知った。
「別に特に何もないけど…つーか何もなさすぎて何もないけど?」
「は? 何それ」
「何それとか言われましても…詩織ちゃんと夏菜子ちゃんがくっついてたりするんじゃないのかなーと高校生になって少々大人になったあーりんは思いましてね」
…返事がない。
あれ? もしかして怒らせるような言い方しちゃったかなと焦って杏果を見ると、これまた意外に林檎だったら多分とっても甘そうなくらいに綺麗に真っ赤に顔が染まっていた。
「杏果? どしたの?」
「はっ!? どーもしねーし!」
「??? でもすごい顔赤いんですけど…」
「バッ…赤くねーし!!!!」
どっからどー見ても顔は真っ赤になってはいるんだけど、顔が赤く見えるっていうのは多分夕焼けとか部屋のベッドサイドにあるライトが赤いからじゃねーのとかつーか、風呂上がったからもしかしてのぼせたからかもしんないしとかなんかよく分からない言い訳をやたらめったら並べてくる。今は夕陽も沈んじゃってて部屋のベッドの横にあるライトはさっき消しちゃったし、部屋に入ってきた時に今日はプリント終わってから風呂入るって言ってたから全部全部それが嘘なのも分かってたけど、なんか必死にいいわけを探してる杏果が可哀相に見えてきたので認めてあげた。
「ちょっと飲み物飲んでいい?」
返事を待つ前に備え付けの冷蔵庫に入ってる私の差し入れちゃん達をアテにする。こっちのスイーツは後でゆっくり食べるとして、手に取った水を一口つけて杏果に渡す。少し落ち着きなさいよ、おねーちゃん。
「あ、ありがと…」
「一気に飲むとむせるから気をつけてね」
「ん…」
おねーちゃんなのに、年下の子みたいな杏果は言いつけ通りにコクコクと静かに渡された水を飲んで一息ついた。
「暑いの落ち着いた?」
「んーまあ…」
少し所在なさげにもじもじと動く杏果は小動物みたいで、いつもより可愛さが増す。
「あ、あのさ…あーりんは何で詩織と夏菜子がくっついてるって思ったわけ?」
「何でって言われても…」
ずっと夏菜子ちゃんを見てるから詩織ちゃんといる時の夏菜子ちゃんだけ態度が少し違うのが分かる、なんて簡単に言えたらいいんだけどそう言えてたら最初からそう言ってるわけで。そしたら杏果にもちょっと加勢お願いする事も出来たのにそれが出来ないってことはつまりさっきの杏果みたいに言い訳を探さないといけないわけでして。でも簡単に言い訳なんか探せないし、さっきみたいに思いっきりボロが出まくる言い訳じゃダメな気がするしあああでもどうしたらいいのかな、なんて考えてたら答えを発するより先に杏果の口が開いた。
「あーりんは、その…夏菜子と詩織ってわけじゃなくて、女の子同士くっつくっていうのは変だなとか思ったりしないの?」
そう言われてはっとなった。言われてみれば普通女の子って男の子とくっつくもんなのに、なんで夏菜子ちゃんが詩織ちゃんと恋人同士なのかもって思えたんだろう? 私が夏菜子ちゃんを好きだからそういうのってあんまり抵抗ないのかな、ってそもそも私が夏菜子ちゃんを好きっていう感情ももしかしたらおかしいのかな? でもでも、夏菜子ちゃんはちょっとていうか大分アホだけど締めるときにはバチッと締めてくれるかっこよさだってあるし、すごい可愛い声してるのに体型は筋肉質でがっしりしてるとかもいいし。これで気にならないっていうのはやっぱりおかしいなって思うんだけど、この考え方がおかしいのかな。
でも好きなものは好きだし、夏菜子ちゃんのこと独り占め出来たらいいなって思ったりずっとずっと私と一緒にいてくれたらいいなとか私の事だけ見てて欲しいなって思うのは恋と呼ばないでなんて呼ぶんだろう?
「んー…今言われて、もしかして変なのかなってちょっと思ったかも」
「…だよね」
両手で持っていたペットボトルをぎゅっと握りしめている杏果は少ししょげたような気がする。
「でも、女の子だから好きになっちゃったのかもしれないし、例えば夏菜子ちゃんが男だったら詩織ちゃんは夏菜子ちゃんにあんなにベタベタしないのかもしれないって考えたら、女の子だからって考えは少しおかしいのかなっても思った」
「おかしいって?」
「うーんと、多分一般的には男女の恋愛ってのが当たり前だけど海外にたまに行くようになって女の子同士手繋いで歩いてたりちゅーしてたりって他の国でもみかけるのを見て、当たり前ってのがおかしいのかなーって」
「んん? ごめん、何が言いたいか杏にはちょっとよくわかんないかも…」
ペットボトルをテーブルの上にドンと置いて小首を傾げて考えるんだけど、私もちょっと何言ってるのかよくわからないし何より置いたテーブルの上には杏果が一生懸命やってた数学のプリントがあるんだけどそれはいいのかな…結露で濡れちゃうんじゃないかな。
「ごめん、あーりんも何が言いたいかよくわかんないかも。でも別に偏見みたいなのはないかなーって事かな」
うん、そうだね。例えば夏菜子ちゃんが本当に詩織ちゃんと付き合ってますとかなっちゃっても、すっごくすっごく悔しいし詩織ちゃんの事いやだ! って思っちゃうかもしれない時があるかもしれないけど、えー何それ気持ち悪いとかっていう感情は沸かないなぁ。
「ふ、ふーん…じゃあそのあーりんはもし女の子に告白されてもヒイたりしないって事?」
「経験したことないから分からないけど、多分ヒカないはず」
「そうなんだ、よかった」
隣にいるのにボソボソとしか聞こえないくらいの声で何か言ってる杏果は先ほどのしょげた顔じゃなくて、少し希望に満ち溢れた…言うなればライブ中のキリリとした中に楽しさを見出してるような顔をした。私何か言ったかなー?
不意にケータイが鳴った。部屋に戻らなくちゃいけない時間を示すアラーム。ピチッピチのお肌を保つためには早寝早起きが大切だったりするわけだけど、泊まりなんだからママに怒られるわけでもないし今日は普通に夜更かし出来るのに早く寝なきゃなのは明日が早朝移動だからだったり。
「杏果ごめん、そろそろ私部屋に戻るね」
そう言うが早いか腰掛けてたソファーから立ち上がる。
「えっ、あっ…やばっこんな時間か!」
慌ててお風呂に入る準備をし始める杏果を見て、さっきの言い訳はやっぱり嘘だったんだなーと苦笑する。なんだか少し肩甲骨の辺りがしんどいのは猫背でソファー座ってたからかな、私も早く部屋に戻ってお風呂入ってマッサージして寝よう。
バッグに手を突っ込んで着替えを出してる杏果におやすみを告げて部屋に出る。
扉が閉まると同時に、プリントがびちゃびちゃなんだけどー!と悲痛な叫びが聞こえた気がしたけれど気にしない。私も杏果の部屋にスイーツを置いて出てきてしまったのを思い出したし、あとでそれ食べて元気出してもらおう。杏果の好みかは分からないと思うけどでも多分美味しいと思うんだよね。
キモちゃんの待つ部屋に戻ると、電気は点いたものの物音がしない静かな部屋で少し心淋しく感じた。
きっと詩織ちゃんは今日もまた夏菜子ちゃんの部屋に行って一緒に寝てるんだと思うと、少し切なくもなった。キモちゃんの抱き心地は最高だけど、大好きな人と眠る空間はもっともっと最高なんだろうな。
詩織ちゃんが夏菜子ちゃんの恋人かどうかはわからないけど、でもあの二人にはあの二人の特別な何かがあるような気がする。はっきり恋人なの?なんて聞けたならどんなに楽なんだろうと思う。聞けるわけないのもよく分かってる。
はい、そうです。ももたまいは公認カップルなだけあって公私共にいつでも一緒です、なんて聞いてしまったらきっとシュークリーム1つや2つでなんとかならないくらいの傷を負うのは分かってるから。ちょっぴりセクシー担当だけど最年少でまだまだ子供。ママにだけじゃなくてもきっと反抗期。まだ受け入れたくない現実はちょっとの反抗でガードしなくちゃやってけない。それでもきっと大人になって現実を受け入れていけるようにもっともっと頑張らなきゃね。
ていうか…詩織ちゃんと夏菜子ちゃんがくっついてるかもって言ったとき杏果は一体何にあんなに動揺したんだろう?
大人になれば分かるのかなぁ…?
大人になったら夏菜子ちゃんも少しはあーりんの事頼りにしてくれるかな。
2012-12-27T14:01:38+09:00
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不器用なアイツ
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/51.html
私より少し声が高いところ、私より少し背が低いところ、私より少し歳が上なところ。彼女を形成するもの全てが好き。
少し不器用なところも、おバカなところも、えくぼも何もかもが愛しい。だから私は彼女の隣にいたいとそう願ってやまない。
あかりんが脱退したのはぶっちゃけ私にとっては降って湧いたような幸運だと、なんて自分はツイているんだろうとそう思った。サブリーダーとしてのあかりんは彼女にとってはとても大きな存在で加入時期なんてなんのその、それをも吹き飛ばす私には超えられない一線というか壁のようなものの存在であった。
彼女が幸せに笑ってくれているならそれでもいい、少しちょっかいをかけて軽口叩いて少し私を見てくれる時間があればいい、この気持ちは私の中で秘めたままでいれば誰も悲しむ事がない。
そう決めた矢先の出来事だったから、脱退の話を聞いたときは勿論驚きもあったし悲しくもあったけれど嬉しい気持ちが一番強かった。何より彼女との間にある超えられない壁がなくなるという事実が私の心を躍らせたから。
これで彼女の隣にいれる。そんな単純な発想しか湧かなかった14歳の自分が今となっては少々悔やまれる。
あかりんが彼女から離れたって彼女との絆が失われるわけではないし、私も当然含むメンバーにどれだけ愛されているかが近くになればなるほどはっきりと感じてしまう。彼女はリーダーであるからみんなに満遍なく分け隔てなく接しようとしているのが分かる。そしてそれには少しの無理があるという事にも気づいてしまう。
隣を陣取れば陣取るほど私の心は切なく痛む。だって、彼女はいつもあの子の事を追っているのが分かるから──。
◇◇◇
「夏菜子ーっ!」
なに、と口が開き発声されるよりも先に抱きついた。
「うわ、ちょ…いたたた、ちょっ詩織痛い痛い!」
振り向きざまに後ろから全体重をかけて抱きついているため夏菜子の体勢は少々無理のある体勢で、それでも私はそんなことはお構いなしに夏菜子の体温と匂いを楽しむ。
「あーいい匂い…」
「…朝から絶好調すね」
変態めーと笑いつつ辛そうな体勢を整える夏菜子はやれやれといった調子で私の頭を撫でている。別にこれはいつもの事で、まあ今日はちょっと勢いが強すぎたかもしれないけどそれでも夏菜子はいつもの恒例行事を邪険にしたりはしない。恒例行事って言い方をするとなんだか仰々しいけど、言ってみれば朝の挨拶みたいなもん。
「朝の夏菜子分補給完了しました、おはようございます」
首筋辺りで思いっきり息吸って、肺の奥の奥まで夏菜子の匂いで埋めてから顔を離しつつ改めて朝の挨拶。いつもどーり。
「おはよー詩織、今日はちょっと早いね?」
「そう?いつも通り出てきたつもりなんだけど」
と、言いつつも時計を見てみる。家を出る時間はいつも通りなのに、何故かいつもよりはレッスン場に来る時間が10分ほど早い。信号とかの関係もあったのかな、と来た道を思い返そうとするもすぐに止めた。たまたま早く着いちゃっただけで、レッスンの先生もまだ来てないし遅れてないのなら何の問題もない。ももクロ歴4年だしそーいう時もたまにはある。高城が早く着すぎて遠くを見ながら手羽先食べて待ってたりしたこともあったし、杏果が宿題しながら待ってた事もあった。
そもそもレッスン場が開いてないっていう事が意味不明なんだけど、そこは大人の事情っていうやつでいつも丸め込まれる。
そして今そんなことはどーでもよくて、たまたま早く着いたおかげでこうやって夏菜子と二人きりになれてるわけでそれが何より私には嬉しいものだから、あーだこーだ考えてる時間が勿体無い。いつもいる他の3人がいないっていうだけで「私だけの夏菜子を独占出来る」という甘美な時間になるというわけで、この状況を幸せと言わずに何と言うのか。ああ…夏菜子と二人きりだなんて、ただそれだけで顔がにやける!テンションあがるわ!
「そっか、じゃあ遅れてるわけじゃないんだね」
ワタクシ玉井詩織は遅れることなくレッスン場に来たからここにいるわけで、だからこんな幸せなひとときを過ごせるわけでつまり夏菜子が頭に描いている人は私ではない。
「誰が?」
とは言っても誰の事を思ってそう言ったのか分からない私は、夏菜子にそう尋ねるしかなかった。
「え、あーりん」
何にも考えてなさそうに答えたのは一番聞きたくなかったメンバーの名前。
最年少なのに私なんかより全然色気もあって、身長はそんなに変わらないのにここまで差が出るかって神様に問い詰めたくなるようなスタイルを持ってて可愛いのにサバサバしてるももクロのアイドル。
「…なんであーりん?」
聞きたくないし、知りたくもないけれどでもやっぱり聞きたいし知りたいのは私が夏菜子を好きだから。きっとこの後返って来る返答は私の心を抉りまくることが安易に想像出来る。それでも知りたいのはある意味賭けでもある。例えば昨日の借りてた夏菜子の私物を返すために早く行くよなんて約束してたとか、それとも今日のレッスンの事で相談があるとか、だってほら夏菜子ったらリーダーだから?ももクロの事で相談があるとかかもしれないし。あー絶対そうとしか考えられないもん、いつだって全力投球の夏菜子だしレッスンなり収録なりしたらある意味抜け殻ちっくになる時間もあるから、そういう時に相談とかしてもきっとあーりんの求める回答がないかもしれないし、責任感もあるからそれによって自分の事責めちゃったりして泥沼になっちゃうとかありえるもんね。もう絶対そうだよ絶対───
「んや? いつもあーりんはこんくらいの時間に来るから」
違いますよねー!
ええ分かってます、分かってますよ。私の中での超ポジティブシンキングタイムが打ち砕かれるなんてもう分かってた事。だから傷ついたりなんかしない、悲しくなんかならないし、いつもの玉井詩織で甘えん坊で食いしん坊でいれるもん。
「ふーん…? 何で夏菜子はいつもあーりんがこんくらいの時間に来るって知ってるの?」
「えっ」
夏菜子の体が一瞬びくついたのが分かった。抱きついてはいないけど、それでもこの少々固まった表情を見れば明らかに動揺しているのは確かで、そしてそれによって幸せなひとときの「幸せ」が一気に吹き飛んでしまったのも確かだ。
「なにー? もしかしていつも待ち合わせしてるとかなんですかー?」
茶化すように夏菜子の腕を肘で突付きつつ聞いてみる。
「別に待ち合わせとかしてねーし!」
やめろよ、と肘を押し返してくる夏菜子は少し悲しそうな顔に見えた。
待ち合わせをしているわけではないのに、いつもこの時間にあーりんが来るという事を知っている夏菜子。つまりあーりんと鉢合わせたくて少し早い時間にレッスン場に来て待ってるわけか。忠犬か? 忠犬夏菜子なのか? まあそれはそれで可愛いかもしれない、と一瞬にやけた。
「はーなるほど、夏菜子は待ち合わせをしてない可愛い可愛いあーりんを一人で待っているわけなんですねー」
そう言うが早いかボンッ!と音が聞こえそうなくらい顔を真っ赤にした夏菜子は私を小突く。
「ううう、うううるっさい玉井! お前には関係ないし!」
「あーそう、じゃあ今のことあーりんに言ってもいいんだ?」
「はあ? ばかじゃねーの!」
あーそうですかそうですか、別にメールで少し早く来てねなんて言って待ち合わせも出来ないくらいあんたはあーりんが好きなんですか。そんなに顔を真っ赤にして否定するくらいあーりんが好きなんですか、あーあーお子様ですねももクロのリーダーは本当におバカですね。この間収録した番組でれにちゃんがおバカっていう話になってたけど、元リーダー以上に現リーダーの方がおバカなんだなと私は思う。もしかしてももクロのリーダーはおバカさんじゃないとなれないってしきたり、もしかして川上さんの中で作ってたりして。だとしたら詩織は一生リーダーになんかなれないなあ、だってしおりんちょう賢いからー!
「何言ってんの夏菜子、詩織ちょう頭いいから。だって──…」
「詩織ちゃんは賢いっていうかズル賢いって感じだよねぇ?」
私と夏菜子、どちらでもない声が聴こえた瞬間に時が止まった気がした。
「あ、あーりん!」
「おはよう夏菜子ちゃん」
先ほどの狼狽はまるでなかったかのように、少々うひょりつつある顔であーりんに挨拶する夏菜子。そんなことよりも私が気になるのは今日のあーりんのスカートの丈の短さとかではなくて。
「あーりんおはよう、もしかして話聞こえてた?」
そう、それは夏菜子があーりんを好きだという事が本人に伝わっていないかどうかというところだ。
「おはよう詩織ちゃん、今日は早いんだね? あーりんは今着いたばっかりだよぉ」
にこにこしながら私の頭を撫でるあーりんを見る限り、夏菜子とのやりとりは聴こえてなかった感じ。とりあえず一安心というところだけど。
「今日もまだ開いてないみたいだよ」
「え~もうまたなのぉ?」
そんな感じで世間話をしつつある二人を横目に思う。
夏菜子はつまりヘタレであるわけで。今の今もそうだけど、私の事を少々ダシにして話を盛り上げていたりするところとか、それ以外にもあかりんとはデコまゆで鉄板と思わせておいてるところとか、そういうところで他の人の思考を錯乱させつつあるのとかはちょうヘタレだと思う。恋愛っていうのは自分が好きっていうところを相手に伝えよう、伝えたいっていうスタンスがあるからこそ成り立つものだから、ああやって自分はあーりんが好きなのに今は私、前はあかりんを使って誤魔化している夏菜子は多分一生あーりんに気持ちは伝わらないんじゃないかなと思う。
隣にいるからこそ分かりたくもなくて分かるものっていうのは夏菜子だけの事じゃなくて、当然夏菜子を見ている人もわかるわけで、夏菜子にちょっかいをかけたりちゅーしたり抱きついたりしていても目につくのはあーりんの視線なのに。それでも気づかない夏菜子ってんだから鈍感にも程があるんじゃないかなと思う。
「あ、杏果と高城来たんじゃない?」
その声を聞いて目線を移動させてみると、軍艦巻きが100m先くらいをてくてくと歩いてくる。さて今日も一日頑張りますか、と腰掛けていた段差から立ち上がる。目線は下にいくもんだから、そりゃ目の前のあーりんの生足とスカート丈も目に入る。これは抗いきれない人間の心理っていうか、可愛い子が目の前にいれば見てしまうなんて至極当然のこと。そのまま豊満な胸を通過し、ぷりっとしたほっぺのある顔へ表情を移すと相変わらずにこにことしたあーりんがいる。うん、可愛いね。
「詩織ちゃんと夏菜子ちゃんって本当に仲がいいよね、羨ましいなぁ」
「えっ」
「杏果ぁーれにちゃーんおはよー!」
手を振りながら軍艦巻きコンビの方へ走っていくあーりん。
そしてレッスン場の入り口の前ではああ…生足っていいなーとほんわかする少々おっさん思考のワタクシ玉井詩織と愕然とした表情をするリーダーの百田夏菜子がいた。
「え、え、え? 今のってなんか誤解されてない…?」
負のオーラを纏いつつ、先ほどのあーりんの言葉を反芻しては落ち込むを繰り返す夏菜子を横目に私はまた物思いに耽る。こんなにも好きあってる二人なのにさっぱり仲が進展しないのは多分私が夏菜子の横を陣取っているからなんだと思うんだけど、それでも夏菜子は私を利用しているしあーりんも陣を奪おうともしてこないからどうしようもないのかな。
「ま、それは夏菜子が悪いからでしょ」
私の発言がダメ押ししたのか、その場にうずくまる夏菜子を見て改めて馬鹿だなと思うのだけど落ち込んでいる背中を見て、それをも愛しいと思えるのは私もバカだからなのかな。
大好きなんだぜ、バカヤロー!
2012-12-27T13:53:42+09:00
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2012-12-27T13:50:49+09:00
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泣き虫王子と姫
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もう何回目になるだろう、奈々ちゃんと肌を合わせるのは。
数え切れないくらい身体を重ねても奈々ちゃんは私を初めて抱いた時と変わらず優しく触れてくれる。
優しい手で私に触れてくれるだけで私の身体は敏感に反応してしまうのは、私が奈々ちゃんを好きなんだと改めて実感させてくれるもので正直ぶっちゃけ恥ずかしくて仕方ないけれど、その証を見てへにゃっと笑う嬉しそうな奈々ちゃんの顔を見ると私が一生懸命言い訳という名の悪態をついたって無駄なんだなと思う。きっと私がどんだけ奈々ちゃんを罵倒したって奈々ちゃんは嬉しそうな顔をしてくれるのは分かる、だって好きってことだから。
***
「いつも」より少し遅い時間の私たちは、外で会うと色々な人の目があるからあまりゆっくりとお互いに触れ合えない。
それはこういう仕事をしている宿命だとさすがに分かっているから、どうのこうの思うつもりも言うつもりもない。私は私のキャラを壊さずにそこにいればいい、共演が重なったりラジオにゲストに行ったり来たりただそれだけで熱愛の噂が出たって「ゆかりも有名になったもんだよね」なんてちょっと茶化して言ってればいいだけの話。
だってそれは所詮噂であって真実は誰も語らない。誰も知らない。そう、当人である私と奈々ちゃん以外を除いて。
その噂を本気にしちゃう人もいるのは事実で、ちょっと嫌な事言われたり思われたりされたりする事もあるけどそんな事は私にとって大した事ではない。学生時代を思い返せば別にそんな辛くはない、だってあの頃と今の私は同じゆかりであって違うゆかりだから。
隣に奈々ちゃんがいる、それだけで私は周りの好奇の目から守られてる気になる。
「ちょっと飲みすぎちゃいましたかね……」
そう言って冷蔵庫からお水を出して私にすっと差し出してくれる。きっと奈々ちゃんの方がお酒弱くて今の発言の飲みすぎたというのは私じゃないのに、こういう時でも私を最優先に考えてくれる優しいところがとても好き。
「ゆかりより奈々ちゃんの方が、でしょ? ゆかりそんな奈々ちゃんみたいに浴びるように飲んでないもん」
「あ、あはは……あっでもそんな! 浴びるようになんて飲んでないですよ! ちょっと……ちょっとだけです!」
「なんでもいいからお水飲んだら?」
上気している頬が気になる私は彼女の特有の言い訳を聞くより先に水分補給を促す。年上の余裕なんつって。
「あっ、そうですね」
パキ、とペットボトルキャップから開封の音を聞くが早いかゴクゴクと音が聞こえるくらい美味しそうに体内へ水分を送る奈々ちゃんの姿を見てから、一息つくと同時にいつもの定位置であるベッドに腰掛ける。
500mlボトルの半分近くを一気に飲み干した奈々ちゃんは、忠犬のように私の隣に来て残りの水をくれた。
「はい、どうぞゆかりさん」
「ん」
受け取ったものにそっと口をつけて奈々ちゃんのようにガブ飲みはしないけど、結構な量の水を口に含んでいたのは思ってた以上に喉が渇いていたから。お酒ってのは不思議で、水分のはずなのに飲めば飲むほど喉が渇いてくるのは何でなんだろう? そんな事を考えながら口内にて少しだけ温度の上がった水をこくこくと喉に流し込む。いつも思うけどなんで奈々ちゃんの飲んだ後のお水は甘くなるんだろう? ゆかり的最大の謎。
「ゆかりさん? お酒回っちゃってないですか、大丈夫ですか?」
一点を集中して見ながら水を飲むもんだからか心配性の奈々ちゃんが私の顔を覗き込む。相変わらずのお犬さまはまん丸お目々に私の顔を映し出す。お酒が入ってるからかちょっとだけ眠そうな私の顔。
「もー奈々ちゃんは心配性だなぁ、大丈夫だってば」
ちょっとうんざりしたような声を出しつつ笑って彼女の頭を撫でる。
「すっ……すみません、えへへ」
撫でられて嬉しかったのか、それとも私の具合が悪くないのが分かったのが嬉しかったのか判断しかねるけど、幸せそうに笑う奈々ちゃんにあと少しだけ残ってるペットボトルを渡す。
「前も思ったけど、奈々ちゃんの飲んだ後に水飲むとすごく甘く感じるんだけどなんで?」
「えっ? 何でって言われましても、私は普通にお水の味だなーと思って飲んでるから分からないですよ」
「えー嘘だぁ! じゃあそれちょっと飲んでみてよ」
顎でくいっと奈々ちゃんの手にするペットボトルを指す。
「えええ? いやまあ飲みますけど、でも多分そんな甘いなんて事ないと思いますよ?」
「いいからー!」
眉毛を八の字にしてもうしょうがないなーなんて顔する奈々ちゃんは、ゆかりのお犬さまだからゆかりの要望にはちゃんと応えてくれる。
「ん、ん?」
「……ん? 何?」
不思議そうな顔をしてペットボトルから口を離す。
「なんか……これ味変わったような……?」
「変わったってどんな?」
「んん? んー……なんか甘い……気がする」
「でしょ!?」
どうにもこうにも納得いかなそうな顔で残り少ないペットボトル水を上から下から眺める奈々ちゃんの頭の上には、クエスチョンマークがたくさんぽこぽこ浮いては消えを繰り返している気がする。
そのうちクエスチョンマークの中の一つがエクスクラメーションマークに変化したのが見えた。
「あっ! もしかしたら」
「あーーーーーーーっ!」
言葉を紡いだと思ったら残りの水をぐいっと一気に口に含んだ。
「ふむ……」
「まだゆかり飲みたかったのに! 奈々ちゃんのバカ! バカー!」
一口で飲むには少々量が多かったのかほっぺがパンパンになるくらい水を口に含んでいる奈々ちゃんにどっかの芸人さんみたいに腕をぐるぐる、ぽこすかと叩くために回すとそれはその対象に掴まれてしまった。
「ふふふふん」
「何言ってんのかわかんない! 奈々ちゃんの」
バカ、と言おうと口を開いたら頭には手、背中にはベッドの感触、そして唇には少し硬くて生ぬるくて水気を含んだものが触れる。
──何だろ、コレ?
思うより先にぬるりとしたものが私の唇の間に割って入ってくる。それと同時にとぷっと液体が流れ込んできた。予測されるものは多分さっき奈々ちゃんが口に含んだゆかりの欲しかった水。むせ込まないように奈々ちゃんは舌を自分の口内に戻してゆかりの口に入ってくる水分量を調節してくれている。それでも私が飲み込まない限りそれは私の口内の容量を埋めていくだけで、それに気づいてない奈々ちゃんはゆっくり確実に私の口に水を流し込むのをやめない。
ぼんやりとした頭で流れ込まれて溜まっていく奈々ちゃん味の水を味わっていたら、口の端から流れ出てきた。
つうっと流れていくその感覚で反射的に甘いそれを飲み込む。意識せずに飲み込んだから空気も一緒に流れて思いっきり喉奥からゴクッて音が鳴った。ちょっと恥ずかしい。
こうやって飲むのって味わうとかよりも先に喉の渇きを潤したい時の飲み方だし、あとで色々と困るからあんまり好きじゃないんだけど状況が状況だから何とも言えない。今飲まなかったらもっと溢れてベッドがびしょ濡れになっちゃうだろうし。
はっ、と軽い息をついて顔をあげた奈々ちゃんは、まだまだお酒が抜けないだろう赤い頬がもっと赤く染まっていた。
「ゆかりさん、それ甘く感じます?」
まだ少し口内に水が残っているため、頭を縦に数回振る。やっぱり甘いと思うよ、奈々ちゃん。
「あ、よかったー……ならよかったです」
??? ちょっと奈々ちゃんの返答が予想だにしない返答だったから今度はゆかりの頭にクエスチョンマーク。
「前に聞いた話なんですけどね、好きな人の味っていうのは甘いんですって」
「ふぬ……?」
奈々ちゃんの言いたいことがいまいちよくわからない。ようやく含んだ水が喉元を過ぎ去った。
「だから、ゆかりさんが飲んでから飲んだ水が甘かったのは、私にとってゆかりさんが好きな人だからなんですよ」
バックにキラキラしたものでも背負ってんのかってくらいにいい笑顔で言ってきやがって奈々ちゃんめ……!
ちょっとドキッとしたのは事実だけど、奈々ちゃんの喜ぶ回答なんて絶対しない。
「へー、そりゃよかった」
「えええっ? なん……なんかリアクションめちゃめちゃ薄くないですか?」
当たり前じゃん、そんな事素直に認めたりなんかしない。
「別にぃ」
何でってそう言われて嬉しくないわけないんだけどさ、でもその話の流れで言ったらゆかりが奈々ちゃんを好きだったのはもうあの頃からバレまくりだったってわけで、それを思い返されたらいくらなんでも恥ずかしいでしょ。だから意地でもどうでもいいフリしてみせる。だって死んじゃうでしょ、恥ずかしくて。もう恥ずか死だよね、ゆかり。
「あ、ゆかりさんさっき前にも思ったけどって言ってましたけどあれって──」
「だーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
そんな私の心境を分かって言ったのかそれともいつも奈々ちゃん節で全く検討はずれの事言うつもりだったのかさすがに分からないけど、言い終わる前に死因を作るだろう原因のものを手で塞いでやった。恐ろしい子奈々……!
「はふふんふへはー!」
「あーあー聞こえなーい」
私に覆い被さっている奈々ちゃんは下からの口塞ぎ攻撃は意外と有効なようで、はぐはぐふがふが何か言ってるけどさっぱり分からない。テンパった時の奈々ちゃんはたまにこんな感じで何言ってるのか分からなくて面白いけど。今は面白いとかそんなんじゃなくてただ純粋に恥ずかしいからこの攻撃はしばらく続きそう。
──と思いきや、片手に重心をかけて空いた手でゆかりの手を口から外してしまった。さすがに力では負ける。
「はー……もう何なんですかゆかりさん、突然口塞ぐなんて一体」
「うっせ酔っ払い! 早く寝ろ!」
寝ちゃえばさっきほんわか思い出した出来事をお酒が身体から抜けると共にきっと忘れるだろうから。
「えええ何ですかそれー」
しょぼーん、なんて擬音が聞こえてきそうなくらいに落ち込む奈々ちゃん。お尻についてあるであろう忠犬の証の尻尾もテローンと垂れてなんとも情けない。でもそれが可愛いと感じるのもまた好きだからなんだと思うと頭が大変お花畑になってる自分に少々苦笑してしまう。
「ほらーもう時間も遅いし、早くないって言っても奈々ちゃん明日お仕事でしょ? ゆかりも眠いしもう……」
ベッドの上で身じろぎをして奈々ちゃんが寝転がれる隙間を作ろうと顔を背けた。
「あ、ゆかりさん口元」
「へっ」
何、と聞く間もなく口元から零れた水を唇で拭うとそのままスライドして言い訳ばかりを紡ぐ口を塞がれた。今度は奈々ちゃんが口で。
くちっ、と音が聞こえたと同時に舌が口内へ侵入してくる。ほんのりと感じるお酒の味と、甘い奈々ちゃんの味。
「ん、……ちゅっ」
「ふ、ン……んん……」
ゆかりの口内を探索するかのように熱い塊はぐるりと回してゆかりのそれと絡み合おうと進行して、──こなかった。
「んん? 奈々ちゃん?」
顔を離して私の耳元辺りに頭を埋める奈々ちゃんの表情はさっぱり見えない。いつもならベロチューしたらそれが合図と言わんばかり、そのまま止まらないで手が胸にいくのに、今日はそんなことなく深くなる事のない軽い挨拶程度のちゅうで疑問が残った。
「ゆかりさん、私……ゆかりさんがすごく好きです」
髪の毛と布団で少しくぐもった声が左耳からぼんやり聞こえてくる。
「うん、知ってる」
全身を使って好きって気持ちを一生懸命私にぶつけてくれるから、疑うこともなく奈々ちゃんと一緒にいれるし一緒にいたいって思う。
「声のお仕事は楽しいし、歌のお仕事も楽しい。仕事をたくさんやらせてもらって私は幸せです」
天下の水樹奈々は今じゃひっぱりだこで、オフを探すのが難しい。声優の仕事は勿論、オリコン1位もとれちゃうアーティストとしての仕事だって、いつも詰め詰めでゆかりなら無理だなって思えるくらいの仕事量をこなしてる。
そんな奈々ちゃんのことはすごいなって尊敬するところだってあるし、かっこいいなって応援してるところだってある。奈々ちゃんはどんな仕事だって全身全霊でぶつかっているからそれに心打たれて、関わったスタッフがきっと次々仕事を持ってきてくれるのもわかる。
「だから、ゆかりさんに会えないのが辛いなんて言えないです」
大雨になる前兆のぽつぽつと降る、雨粒のように言葉を紡ぐ篭った声が更に聞こえにくくなる。身体の左半身に意識を集中させてみると、心なしかスンスンと鼻をすする音が聞こえた気がした。
「奈々ちゃん、……どしたの?」
「たくさんお仕事を頂いて、こなして、それで頑張った暁にはゆかりさんと会えるって思って。だから私…何日ぶりか数えるのも嫌になるくらい期間あいちゃいましたけど、会えてすっごく嬉しくてなんだか緊張しちゃって。お酒飲まないとテンパっちゃって、それで……」
ああ、だから今日の奈々ちゃんはあんなにハイペースだったんだ。ゆかり納得。にしたって、飲みすぎだったとは思うけどね。やたらと噛むし、すごいテンション高くて何言ってるかちょっとよくわからなかったし、それでも奈々ちゃんすごい幸せそうだったからゆかりはそれでいいかなーなんて思ってたから、こんなこと考えてるとは思いもよらなかった。
「外では、やっぱり人の目があるからあんまりベタベタ出来ないし。お家まで我慢って思って帰ってきたら、ゆかりさんにすぐ寝ろだなんて言われて」
「傷ついた?」
「傷……というよりかは淋しいです」
のっそり私の左肩付近から頭を上げて、突っ伏した際に乱れた髪を手で直すこともなくぼやーっと私を見下ろす。前髪が奈々ちゃんの目線にかかって、組み敷かれている私からはどんな表情をしているのか分からない。
無意識的にそれを掬うように撫でると、奈々ちゃんはなんだか痛みに耐えるような顔をしていた。
「……奈々ちゃん?」
「一秒でも長く、ゆかりさんと一緒の時間を満喫したいんです」
「……うん」
「だから、すぐ寝ろだなんてそんな悲しいこと言わないでください……」
語尾が震えて目元の涙がじわじわと嵩を増す。言い終わらないうちに目尻の涙は決壊を起こし、ぼろぼろと私に雨を降らす。口元にもぴちっと落ちる奈々ちゃんの雨は少ししょっぱい。悲しい涙の味は塩味だって何だかで聞いた事があるけど、本当なんだ。
「奈々ちゃん泣くなよぉ……。ゆかり、奈々ちゃんに泣かれたらどうしたらいいかわかんない」
感受性の高い奈々ちゃんはゆかりより涙もろくて、今日はお酒の効果もあって更に涙腺ガタガタ。手で覆っていたって隙間から零れ落ちる涙は止まる事をしらない。
「ぅぇ…っ、だ、ってゆかりさんが…っ」
ひぐっ、としゃくりあげるように肩が上下し始めた。もう本格的に泣いていると判断してもいいと思う。
さすがのゆかりもここまで奈々ちゃんが泣くとやばいって分かるから、腹筋なんかしてないけど、別にお腹なんて割れてなんかないけど、ぷにぷにしてて誰にも見せたくないくらい筋肉ないけど、目の前で大好きな人が泣いているんだからちょっと本気出してみる。骨盤より少し下に座り込んでいる奈々ちゃんをひっくり返さないように、いつも奈々ちゃんが私を押し倒す時にしてくれるように背中に手を当てて、そうまるで王子様のように支えて起き上がる。
「よしよし……ごめんね奈々ちゃん、ゆかりひどいこと言ったね」
右手で頭を撫でて、左手で肩を抱く。姫の太ももに座り込んで泣きじゃくる王子様ってのも変な図だけど、たまにはこういう時もある。奈々ちゃん普段はへたれてるけどやる時はやるし、そういうところも好きだから何の問題もないのだ。
ゆかりの言葉を受けてふるふると頭を左右に振る王子もとい奈々ちゃん。
「……ん? ゆかり悪いんじゃないの? ゆかりひどいこと言ったから奈々ちゃん泣いてるんじゃないの?」
やっぱりふるふると左右に頭を振る。ふーむさっぱりわからん。悲しいこと言わないでって言って泣いたのは奈々ちゃんだったのになー? ゆかりこういうの結構鈍感だから奈々ちゃんが何言いたいのか汲み取れない。
「……私、が……こんなにお酒、飲まなきゃよかったんです……」
くぐもって微かに聞こえる声はまだ涙声で口を開くと涙が零れるのか、言葉の強弱があやふやな感じで気持ちが落ち着かないというのが容易に感じ取れた。
ゆるゆると頭を撫でながら次の言葉を待つものの、この静かな部屋にはしゃくりあげる声しか聞こえない。
私が放った一言に一喜一憂する彼女はとても健気で、きっと無意識に紡いだ言葉の中に彼女の責任感に近い何かを傷つけるものがあったんだろう。その結果での私の発言否定やあの発言なのかな、と泣き止まない奈々ちゃんの肩を少し強く抱きしめて考える。
とは言ってもそれをどのように彼女に伝えるか、それが問題であり適当に誤魔化せそうにもないし、変な言い訳なんかしたら益々奈々ちゃんは自分を責めてしまいかねない。となると傷つけてしまっただろう発言の事の始まりを話さないと奈々ちゃんは納得してくれないのかもしれない。大声で口まで塞いで誤魔化したっていうのに、結局それを伝えることにならなきゃいけないだなんて……しかも奈々ちゃんを泣かせたりするし今日のゆかりはダメダメだなあ。
「あの、ゆかりね……奈々ちゃんがたくさんお酒飲むのが悪いなんて思ってないよ。ま、まあそりゃゆかりも奈々ちゃんもいい歳なんだし節度ある飲み方をする分にはなんの問題もないから、確かに今日はよく飲むなーなんて思ってみてたけどだからって奈々ちゃん飲み過ぎ! なんて怒ったりとかしてないし。だから、その…奈々ちゃんがそんなに責任を感じたりとかはしなくてもよくって、奈々ちゃんが楽しく飲めたんならゆかりはそれでいいっていうか。うーんなんていうか、その……つまり……早く寝ろって言ったのは……えっと……、んと、その……ゆかりが、……は、恥ずかしくて。奈々ちゃんに! だからそれ聞かれたくなくて、それで流れで誤魔化そうみたいな、だったんだけだから……だから別に本心じゃないっていうか……」
ごにょごにょと言葉尻があやふやになっていく。だって恥ずかしいんだもん、何て言っていいか分からないんだもん。
顔がすごく暑くてなんとなく身体の温度が上がったような、全身にぶわっと汗をかいたようなそんな感覚に包まれる。それでも腕の中の王子様は顔をあげてくれない。んもーゆかりがこんなに頑張って慰めてるってのにまだご機嫌ななめなのっ!?
「……ゆかりさんが私に対して恥ずかしいってどういう意味ですか?」
「えっ」
奈々ちゃん泣いててもしどろもどろで突っ込みどころ満載の言葉ちゃんと聞いてるんだなー……、文法みたいなそういうのとかまるで無視して言ってたから出来るだけスルーしてくれてたら嬉しかったんだけど、そういうわけにもいかないか。
もうさっきみたいにしゃくりあげるのは少し落ち着いたみたいだけど、まだ顔をあげてくれないってことはうーん……ゆかり的には結構頑張ったつもりでもご機嫌斜めの奈々ちゃんにはまだまだっていう事なんだろうな。
「だ、だからその……ゆかりが、奈々ちゃんにバレるのが恥ずかしいって事、なんだけど……」
「ゆかりさんが? 私に何をバレるのが恥ずかしいんですか……?」
「ぅぇー……それ言わなきゃダメぇ?」
げんなりした声で答えたら奈々ちゃんがまたひっく、としゃくりあげ始めた。
「ああああわかった、わかったよもう! ……だからっ! ゆかりが奈々ちゃんの事いつから好きだったのかバレるのが恥ずかしかったってこと! もー言わせんなっ、ていうかもう絶対言わないかんね!」
あーあー言っちゃったよ。恥ずかしくて恥ずかしくてこれはもうね、火が出るレベル。ゆかり顔から火出せるよ、ヨガフレイム。つーか奈々ちゃんもさ、いつまで顔人の胸に埋めてんだっていうねそういう事まで思えてきちゃうよね。八つ当たり上等なんだけど、でもまた泣かれてもゆかり困るしそんな事言ってあげないけど、でもやっぱりそろそろ顔あげてくれてもいいんじゃないかなって思うんだよね。ゆかりもここまで恥みたいなもん晒したわけだし? いいんじゃないかなーもう。
「……いつから好きだったんですか?」
「いつからって……」
うん、まあ分かってたけどねその質問返って来るんだろうなーって事。そんであれでしょ? ゆかりがここでええーとか言ってまた言いよどんだりしたら奈々ちゃんまたしゃくりあげちゃうわけでしょ? そんで結局ゆかりが根負けして言わないとどうにもならない雰囲気みたいにもなっちゃうわけ、もうね分かってたけど。毒を食らわば皿までとかいうし、ここまで来たならもう徹底的に恥さらししちゃうしかない。旅の恥はかき捨てって言うじゃん?
「奈々ちゃんの水をゆかりが飲んじゃった時にはもう甘かったから、多分そん時にはもう……」
あん時に言った奈々ちゃんの水は甘かった発言は嘘じゃないもん。本当当時のゆかりには物凄い衝撃だったし。
「水? 甘い? 何ですか……それ?」
またしても擬音がはっきり出そうな感じの返答。まさにきょとん、としたような声。旅の恥はかき捨てとか言っておきながらまだかき捨てられなくて、ゆかりのプライドを意地でも崩したくなくて分かりにくいように伝えている私も悪いとは思うんだけど。
「えっ、だから……奈々ちゃんさっき言ってたじゃん……すっ、すき、好きな人の味は甘いとかなんとか……」
却ってこれじゃあ自分で自分の首を絞めているような気がしてならない。生き地獄とはよく言ったものだなーと遠い目をしたくなる。
「ゆかりさんが何を言ってるのかよくわからないです」
えーなにーなんで奈々ちゃんここまで食いついてくるの? ていうかなんでこんなに掘り下げて話さなきゃいけないんだろう…いや確かにゆかりの言い方も悪かったとは思うけど、でも今は奈々ちゃんのこと好きだから何の問題もないんじゃないのかなー? そういうもんじゃないのかな、過去を知りたいっていう一般的に言う女心ていうか乙女心っていうもんなのかな。ゆかりそういうのもよくわかんない。だって聞いて悲しくなることだってあるし、だったら聞かなきゃよかったーってなっちゃうじゃん。
そもそも奈々ちゃんさ、声も元気になってきたような気するし、ちょっと余裕ある返しだって出来てるんだからもう泣き止んだんじゃないの? だとしたら顔あげてくれてもいいんじゃないのかなって思うんだよね、抱きしめてて後頭部は見えてるけどゆかり一人で遠く見ながら話すのちょっと空しいし。なんでまだ顔埋めたままなのかなー、泣いてないならこの話題もうやめたいんだけどな……恥ずか死しまくってゆかりもうすっごいあっつい。
「奈々ちゃんもうこの話やめない? もーゆかり恥ずかしくてやだ」
「……いやです」
「えーもう駄々っ子面倒くさいー! だってもう泣き止んだでしょー、姫が王子のことあやすなんておかしいじゃん」
「ゆかりさんがちゃんといつから好きだったか教えてくれたら、駄々っ子奈々はいなくなります」
とふっと私の肩に頭を預け、顔を覆ってた奈々ちゃんの手はするりと私の腰元に伸びてそのまま後ろで繋がれた。さっきより奈々ちゃんとの密着度が増して、それにより私の体温がいつもより高いことや心拍数が上がってることが感じられたのかスリスリ頭をこすり付けてくる。やっぱり犬みたいな愛情表現だなぁと苦笑する。
こうなった奈々ちゃんは要望を聞いてあげないとテコでも動かないだろうし、ここはゆかりが大人になって対応するしかないのは分かってるんだけど、でもなー……なんていう思考とプライドと恥ずかしさとがぐちゃぐちゃして二の句を継ぐことが出来ない。
「私は……」
そんな私に痺れを切らしたのか、少し掠れた声で奈々ちゃんが紡ぐ。
「私は、ゆかりさんに初めて会った時からもう多分好きだったと思います。……そうだと認識するにはちょっと時間かかりましたけど」
初顔合わせの時かなーなんてちょっと遠い記憶を呼び戻して、つい顔が綻んでしまう。ああ懐かしいなって。
「だからその時を考えるとすごく切ないけど、でもずっと好きだったから今こうやって傍にいれてすごくすごく幸せで……本当、幸せです」
奈々ちゃん同じ事二回言ったね、うんわかるよ。すごく大切な事だもんね。
「……ゆかりは奈々ちゃんに会ってすごい可愛いなって思ってたよ、でもそれが好きだとかはすぐ分からなかったんだけど……気づけば目で追っちゃうし、何してるのかなって気になってた。聞けばいいのにゆかりこういう性格だから、奈々ちゃんに興味ないような態度しか取れなかったけど」
「あーありましたねえ、なんか当時色々ゆかりさんに聞いてたのにすごい素っ気無くて結構へこんでましたもん」
笑いがくつくつと溢れる奈々ちゃんの身体が揺れて、抱きしめてるゆかりも一緒に揺れてなんだかゆりかごみたい。
「いつからなのかはっきりはわかんないけど、今思えばゆかりも最初から好きだったんじゃないかなぁ。リリカルパーティで奈々ちゃんの水を飲んだときはもう甘かったから」
「えっ、あれ冗談じゃなかったんですか?」
やっと顔をあげて私の顔を覗き込んできた奈々ちゃんの目は、いかにも泣いてましたって主張するうさぎの目でちょっと心が痛む。まあ多分後半は嘘泣きだったと思うけど、目じりに残る涙で睫毛がいつもより濃く見える奈々ちゃんはそれはそれで可愛い。
「ノーコメント」
「ええっ!? なんで!」
「奈々ちゃんが顔をあげてくれたから、ゆかりちゃんの恥を晒しちゃうぞっ旅の恥はかき捨て大放出キャンペーンは只今を持ちまして終了しました」
「旅の恥って……そ、そんな殺生な! ……ね、お願いしますゆかりさん」
いつも奈々ちゃんに戻って一安心。となればゆかりもいつものゆかりでいられるから気が楽になる。しょぼくれていた奈々ちゃんの尻尾はここぞとばかりにぶるぶる振るえてるけれど、さっき奈々ちゃんを抱っこしてる時に目線の奥にあった時計の針が指す時間が少しばかり気になった。
「はいはい、また今度ね奈々ちゃん。……今度があるかわかんないけど」
「なんか今絶望に近い発言聞こえましたよ、ゆかりさーんっ!」
騒ぐ奈々ちゃんを抱え込み少しベッド側に傾かせて頭を抱えてそのまま一緒にベッドへ倒れこむ。そこからは特に異議を申し立てられる事無く、私の腕に素直に抱え込まれていた。ベッドからも抱えてる本人からもその証である奈々ちゃんの匂いだけがしてすごく落ち着く。
そういえばシングルだったはずのベッドがいつの間にかセミダブルになってたなーと、今まで一緒にいた時間を少し思い返してた。お酒が多少抜けても体温は高い奈々ちゃんは湯たんぽ代わりとしてとても最適で、ブランケットをかけなくてもそのまま夢の世界へ飛び込めそう。
頭を撫でる手の動きがぎこちなった頃、奈々ちゃんが私の腰元に回していた腕をきつく締めてきた。
「ゆかりさんはああ言ってくれましたけど、きっとゆかりさんより私の方が先に好きだったと思います」
「……なぁちゃん?」
肩口に唇を押し当てて、ちゅっと軽く吸われる。
「ずっと、ずっとゆかりさんに触れたくて、どうやったら私の事見てくれるんだろうってそればっかり考えてて頭がどうにかなっちゃいそうでした」
顔を少し動かしてまた肩のラインに口付ける。
「くすぐったいよ、なぁちゃん……」
夢現の私は特にたしなめるわけではなく、奈々ちゃんのキスを受け入れるだけ。
私の体の下にあった右腕を抜いてそのまま私を仰向けにして、先程と同じように奈々ちゃんは私に覆い被さってきた。
「眠かったらごめんなさい。ゆかりさん……私、ゆかりさんに触りたい」
私からの返事なんて待つ気なんかないのか、言葉を発するより先におでこから瞼、鼻、ほっぺ、キスの雨を降らす。
「私の方がずっとこの唇に触れたかった」
口の輪郭を右手でゆっくりとなぞりそのまま顎を持ち、顔を固定しつつ首元を撫ぜる。
ああこの指で、ゆかりはまた泣いちゃうのかななんてゆるゆると身体に残る軌跡を感じつつ瞼を閉じる。奈々ちゃんに泣かせられるの嫌いじゃないよ、どんな時だって優しくしてくれるの知ってるから。本当に嫌じゃないっていうのも分かって泣いているって奈々ちゃん分かってるから、だからゆかりは奈々ちゃんの前で泣くことが出来る。さっきの奈々ちゃんとは違うしょっぱい味の涙じゃないものを流すことだって出来る。恥ずかしいけど…本当に恥ずかしいけど隠したって奈々ちゃんはご褒美を貰える犬のように、はたまたご主人に叱られてしょんぼりしている犬のようにひっついて結局バレてしまうから。
だから私は与えられる温かく切なく身体に降り注ぐ雨を受け入れて、奈々ちゃんを迎える準備をするのだ。睡眠よりも幸せな時間を、ブランケットよりも温かな温度を知るために。
2012-12-21T20:32:28+09:00
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彼女の理由
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/49.html
─たかみな、男説またしても浮上する!?
「まぁ~たこんな事書かれてるよ、たかみなぁ」
先日収録した番組の放送が今日で、それの見出しがそれで、それを見た隣のやる気のなさそうな雰囲気を醸し出す黒髪の似合う彼女は笑いながら私にその番組表を見せてくる。
「えーっマジすか!? もう男性ネタは終わったんじゃないのかー?」
クリスマスで気持ちが盛り上がっていたのもあったし、観念してメンバーと一緒にお風呂入って証拠を見せざるを得ない状況になったのにも関わらずまたそういうネタが出るとは、私高橋みなみ(間違いなく女性でス☆)は少々その番組紹介には納得がいかないのであります。
ぶーたれたって収録はもう済んでしまっているし、今更撮り直しなんて自分勝手すぎる事は出来るわけもなく番組の方でも問題がなかったからそこをチョイスして放送するんだろうし、あと数時間後に迫るそれは免れる事も出来ないのは分かってはいるけど。
「おかしいね? たかみなは可愛い女の子なはずなのに」
そう言ってくすくす上目遣いで私を見あげてくる瞳の奥には”あの時”に見せる少しSっぽい雰囲気が感じて取れた。
「そ、それはどうも…ていうか私が男じゃないかって思われるのは少なくてもあっちゃんに原因があると思うんだけど…」
「えーそういうの責任転嫁っていうんだよ?」
不満そうな声をあげつつこのやり取りを楽しんでいるだろう隣の黒髪の子は相変わらずの真っ黒な瞳で私を見上げてくる。
「責任転嫁って…だって、あっちゃんいつも…その、跡つけるから…メンバーと入ると見つけられるんじゃないか心配で…」
「当たり前じゃん、だってたかみなは私のだし」
「う…うん、まあそれはそうなんですケド…」
はっきりそう言葉にされると正直恥ずかしい経験値の低い自分がちょっと情けない。とは言えこの二人きりの時に出してくるあっちゃんのデレに対抗できる術はワタクシ残念ながら持ち合わせておりません。という事でAKBのリーダーとして普段はキリリと見せてる私の威厳も、この可愛い悪魔の前では形無しです。
「たかみなは私にキスマークつけられるのが嫌だったりするの?」
なんだか予想外な質問が私の元に降りかかってきた。
「えっ?」
ちらちらと隣を見たり手元にある漫画雑誌を見たりと行ったり着たりさせていた目線を隣に改めて移すと、少々不満そうな表情で前田敦子ことあっちゃんが正面から私を見つめていた。
「だって私とは一緒にお風呂入ってないのに、他のメンバーとは入っちゃうし。入りたくない理由が私のせいだって言うし、たかみなは私より他のメンバーと一緒にいたいっていう事なの?」
「それは、えと…確かにメンバーは大切だし一緒にいたいと思うけど、でもあっちゃんの事も大切に思ってるから一緒にいたいと思ってるよ…」
あーなんか自分で言っててものすごい恥ずかしいセリフ吐いてるな、って言いながらしみじみ思い始めて途中から言葉尻に向けて声のトーンがなんとも小さくなっていって、最後の方に至ってはハッキリ聴こえてるか怪しいくらいになってしまった。
でもあっちゃんの事はAKBのメンバーとして、そして一人の人間として大切に思ってるのは事実だから別に恥ずかしいなんてことないんだけど、やっぱり自分的にこういうのをさらっと言えないのは情けないと思う。仕事モードの時は思い返せばくっさいセリフなんていっぱいメンバーにかけてきてたと思うし、それこそあっちゃんにも言ったし言われたし…そう考えるとオフの時の自分のヘタレっぷりに正直呆れる。そりゃ高橋女だけど、草食系男子なんて言われちゃったりもしますよ。
「じゃあいいじゃん」
そう言うが早いかするりと細い彼女の腕が首に回され、くっついている箇所が更に範囲を広めていく。
さらさらとした黒い髪が腕と共に顔の前に寄せられ鼻と鼻が触れ合うほどの距離から微かに感じる彼女の艶やかな髪の感触と、同じシャンプーを使っても同じ匂いにならない彼女独特の香りを私の嗅覚を刺激する。私はこの匂いと共に育ってきたと思うと、それだけで懐かしさと嬉しさと色々な感情が入り混じって離れられなくなる。
「いいじゃん、って…大体あっちゃんには一緒に入るより前に裸全部見られてるし…別にメンバーと比べなくても…」
またしても言葉尻が小さくなってしまう。この手の話はちょっと苦手でつい小声になる癖があるみたいだ。
「私にとっての一番はたかみなだから、たかみなにとっても私が一番でいたいの。」
ぐっと腕の力が強まり、腕の先の華奢な手は私の後頭部を固定して動かせないようにして、軽くちゅっと唇を吸われる。あっちゃんの唇はぽてっとしていて、こういう関係になる前からよくグロスで綺麗になっていた唇に何度目を奪われたか分からないくらいで、実際味わってみれば女の子の唇って柔らかいんだなぁとまるで思春期真っ盛りの男子学生みたいな感想が出る。そして当然今もまたその唇の柔らかさは変化する事無く相変わらず私の心を掴んで離さなかった。
「でも、あっちゃん私以外のメンバーと普通にお風呂入ってるジャン」
確かに私がメンバーと一緒にお風呂に入ったときはあっちゃんはいなかったけど、私がいようがいまいが関係なくあっちゃんはメンバーとお風呂楽しんでるわけだし。あっちゃんの最初のお風呂を一緒にしているわけじゃないし、私ばかり責められるのはちょっとそこは不公平かなと思うわけでス。
「それはそれでしょ、たかみなのくせに口ごたえするなんて生意気」
それって何てジャイアニズムと聞きたくなっても、その言葉を発するより前にまたしても口を柔らかいもので塞がれる。例えばあっちゃんがなんかの間違いで誰かと私みたいなこういう関係を持ってしまったとしても、こうやってついつい流れで許してしまいそうな自分が怖い。
何回したか分からないキスでも、まだ慣れるわけではないのであっちゃんからされるとつい「ん」と息を止めてしまう私は唇を啄ばまれている最中にふは、と酸素を取り入れようと口を開いてしまう。あっちゃんはそんな事はお見通しと言わんばかりにそのタイミングで舌を口内へ入れ込んでくる。
それは呼吸を整えようとしている私にとってなかなかの行為で、ただでさえ息苦しい状態だったのに更にあっちゃんの体重をかけてきて隙間を作ろうとせずに舌を私の中で暴れまわらせる。私はどうする事も出来ずその舌の動きに思考も何もかも翻弄されるだけで、息苦しい感覚が段々気持ちいいものと思い柔らかでざらつきのある舌の感触を味わうのだ。
「ぷはっ」
さすがに閉じてる目の奥が白くちかちかしてきた辺りであっちゃんがやっと離れてくれた。
肩でぜーはーと息をする私に対して、口の周りをてからせてにこーっと笑うあっちゃんはとても可愛くてとてもSっ気が出てる顔だと思う。
「こんな可愛い顔して男説だイケメンだなんだって言われてるけど、私の前だけでは可愛い女の子なのになぁ…」
「あ、あっちゃん…」
「何で男なんて言われちゃうんだろうね?」
首をかしげながら心の底から不思議そうな顔をして言うあっちゃんは、何で私がそうなるかわかってるくせにこうやって意地悪な質問を私にしてくる。そして分かってる自分もいるんだ、それをちゃんと言わないと始まらないという事も。
「こんなところ見せるのは、あっちゃんだけだから知らないんだと思う…」
そう言うとよろしいと言わんばかりに微笑んで、私を優しく押し倒すのがいつの間にか体を重ねる内に出来た私たちのルール。
「うん、たかみなの傍にいつでもいるからね。ずっとだよ」
「ありがとう…あっちゃん」
「こら、違うでしょ?」
「あ、えっと…ありがとう敦子」
満足げな敦子は私の首筋に顔を近づける、そしてふわりと顔にかかる髪から敦子の匂いを感じて私はこれから体いっぱいに敦子を感じるのだった。
──翌日、更にきわどい場所に跡をつけられ元々ぎこちなかったスキンシップが更にぎこちなくなり、今日の放映の内容に拍車がかかったという事はまた別の話。
2011-02-03T00:15:05+09:00
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THE iDOLM@STER
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/42.html
*やよい×伊織 続き物
**●大切なあなた <連載中>
デュオでアイドルデビューを果たしたやよいと伊織。
レッスンだらけの日々に期待と不安を抱き過ごす日々に変化が…?
+[[大切なあなた 「夕暮れと影」]]
+[[大切なあなた 「彼女の事情」]]
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*短編・一話完結物
**美希+伊織
-[[不可解な重力]]
2009-09-28T12:47:03+09:00
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不可解な重力
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/48.html
「ねえ…」
頭の上に感じる生命体に声をかける。
「? どうしたの、でこちゃん」
何故自分が問いかけられているのかさっぱりと分からないであろう声色が頭上から返ってくる。
「……なんであんた私に抱きついてるわけ?」
同い年とは言えないその…胸を押し付けてやよいが誕生日プレゼントと言ってくれたお気に入りのリボンを顎で潰して、体重をかけてくる。重たいわけではないけれど、腕の自由も利かないし正直気になる。
「なんでって…、でこちゃんこういう事されるの慣れてるの?」
「はっ!?」
出会ったときから突拍子もない言動ばかりをしてきたとは思うけど、なんでこんな意味の分からない質問をしてくるのか…。
「だってでこちゃん、やよいが近づくと顔真っ赤にして可愛いかったのに、ミキがこうやって抱きついても何のリアクションもないんだもん。つまんないよ」
「つ、つまんないって…あんたねぇ!」
本当コイツの思考回路だけは読めない。大体私がやよいと近づいていつ赤面したっていうのよ!? っていうかそれをどこで見られていたかっていう話―ってそうじゃなくて…!
「あ」
「今度は何よっ!?」
リボンから顎を外して私の右側から顔を覗き込んでくる美希の表情はなんだか勝ち誇ったような雰囲気を醸し出している。
「でこちゃん、おでこまで真っ赤だよ」
「んな…っ! そんなわけないでしょ!?」
言うが早いか私の胸の前で組まれてる美希の手を振り払っておでこに触れてみるも、いつもと変わらない熱さだ。
――はめられた、と心の中で苦虫を噛み潰す。それなのに美希ったら悪びれもない顔して笑顔を向けてくるなんて、いい度胸してるじゃないのよ…!
「…何考えてるのかな、でこちゃん」
少し探りを入れた何もかもを見透かしたような二つの瞳が私を見つめる。
「…べ、別にあんたの事なんか考えてないわよっ!」
――そうよ、あんたみたいな理解できない変なやつなんて考えるだけ頭がおかしくなるだけだわ。別にアンタの事なんてどうでもいい、大体なんでコイツは私に絡んできてるのよ?
「へ~そっか、でこちゃんはミキのこと考えて顔真っ赤にしてくれてるんだね」
後に、まるで茹でダコ状態の伊織と心底幸せそうな笑顔の美希を見かけたやよいが複雑そうな表情をしていた、らしい…?
END
2009-09-28T12:45:03+09:00
1254109503
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ひぐらしのなく頃に
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/13.html
*梨花×沙都子 続き物
**●夏の終わり <全16話>※完結
このサイトのSSの原点となる梨花と沙都子の物語。
全ては想いを寄せ合う二人の勘違いとすれ違いから起こった喜劇。
+[[夏の終わり 「きっかけ」]]
+[[夏の終わり 「黒い靄」]]
+[[夏の終わり 「伝えない想い」]]
+[[夏の終わり 「小さな大きい存在」]]
+[[夏の終わり 「愛しき同居人」]]
+[[夏の終わり 「溢れる熱情」]]
+[[夏の終わり 「逃避」]]
+[[夏の終わり 「旅立ちの儀式」]]
+[[夏の終わり 「不安的中」]]
+[[夏の終わり 「すれ違い」]]
+[[夏の終わり 「積年の思い」]]
+[[夏の終わり 「温もり」]]
+[[夏の終わり 「超絶舌戯」]]
+[[夏の終わり 「目覚めざる鬼」]]
+[[夏の終わり 「終わらない遊戯」]]
+[[夏の終わり 「紅い華」]]
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**●眠れぬ夜に <連載中>
夏の終わりからの続編。
不満なんてない日々を過ごしていた梨花に暗雲が立ち込める…?
+[[眠れぬ夜に 「暗雲」]]
+[[眠れぬ夜に 「乱れる沙都子」]]
+[[眠れぬ夜に 「襲い来る闇」]]
+[[眠れぬ夜に 「暗い心」]]
+[[眠れぬ夜に 「変化の不変」]]
+[[眠れぬ夜に 「深夜の問答」]]
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**TIPS
-[[TIPS「あなた」]]
-[[TIPS「消えない印」]]
2009-09-10T04:28:17+09:00
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眠れぬ夜に 「深夜の問答」
https://w.atwiki.jp/akozuna/pages/47.html
※[[眠れぬ夜に 「変化の不変」]]からの続きです。
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◇
今思えば…それがいけなかったのだろうか?
カチコチと時を刻む音が響く深夜。何度も眠りに入ろうと努力するも自然に瞼が開いてしまう。諦めて月明かりで時計を見ようとも月には薄っすらと雲がかかっていて、はっきりと明確な時刻を知る事が出来ない。短針の場所がかろうじて見えた場所は位置的に3時くらいだろう。
隣から規則的に聞こえてくるのは沙都子の寝息。私の方を向いて寝ているからかかるその息が少しくすぐったく感じる。
「思ったより熟睡しちゃったからかしら…」
天井に向かって吐く溜息、聞こえるか聞こえないかの声で数時間前の自分の行動を振り返る。
羽入の力でだかなんだか忘れたけど大空をふらふらと頼りなく飛んでいる、という夢を見ていた時に満面の笑顔の沙都子に起こされた。おぼつかないもののそれなりに気分よく眠っていた(飛んでいた)のに起こされたものだから、現実で何が起こってるのかイマイチ理解するのに時間がかかったけれど、どうやら沙都子が腕によりをかけて作ってくれたもの…らしい。
そろそろガタが来始めた小さなテーブルの上には所狭しと並んだたくさんのお皿。それを彩るものは精力のつくものばかりだった。入江からおすそわけしてもらった山芋、それに生卵や納豆やオクラなどのぬるぬるとしたもの、更には買い物に出たときに村のみんなからもらった食物の中に入っていたウナギまで見事に食卓を飾った。
久しぶりに料理をした沙都子は「少し腕が鈍りましたわね」と少し苦笑気味だったが、一緒に暮らし始めた頃…つまり一年前よりかは大分上達していると思える。それでも沙都子が言うにはウナギのタレがまだ少し煮詰まっていないから味が薄いだの、少し焦がしてしまって似つかわしくない匂いがするだの、どこから沸いてくるんだろうかと思える勢いで言葉がマシンガンのように降り注ぐ。
言われなければ分からない程だし、もしそうだとしてもそれはそれとして美味しく頂けるとは思うけど、こういうのは気にしてしまったらどうしようもないものだろう。沙都子もプライドは高い方だから失敗には何かしらの言い訳をつけてしまう癖がある。それもまた沙都子らしくて可愛らしく思い、留まる気配のない上ずった声で矢継ぎ早に紡がれる言い訳をBGMに愛情たっぷりの手料理を食した。
もしかして…それがいけなかったのだろうか?
「さっきも私同じ事思ったような気がするわね…?」
両腕を布団から抜き出して頭の後ろで組み敷いてみた。予想以外に沙都子との距離が近すぎて腕を回すだけというのに、もそもそと動いてしまったためか沙都子が軽く身じろぎをする。
「うん…? 梨花…? 」
普段の聞く少しハスキーな沙都子の声よりもトーンが心なしか低い寝ぼけた声で話しかけられる。…起こしちゃったかな。
「…みー」
「暑かったら、言って…ください、まし…」
むにゃむにゃと形容しても問題はないと思われる言葉を吐き、また眠りにつく沙都子は少し私から身体を離した。腕を回すのに少し不便なだけだった温もりが失われ、身体の半分がスースーする。
全く自分勝手なものだな、と軽く鼻を鳴らして笑う。
沙都子から与えられる温もりが失われ、私に熱を与えるものなんて何もないはずなのに身体が何だか熱く感じる。
「風邪…かしら?」
回した腕の片割れを額に当ててみるも特に熱があるようには感じない、けれど確かに私の身体の奥底から熱い何かがどくどくと脈打っている感じがある。
「久しぶりに豪勢な食事だったから、食べ過ぎてしまったのかしらね。沙都子が腕によりをかけて作ってくれた――」
そこまで口にしてはっと気づく。私が食べたものは何だったか。
入江から貰った山芋、産みたてを貰ったという生卵、買ったばかりの新鮮な納豆やオクラ、それに村の人から貰ったウナギ。その他にも色々なものがあったけれど、全てそれに共通するものは…「精力剤として一般家庭で並ぶもの」。
「え、嘘でしょ…?」
ふと頭の奥で、胸の奥でそれが何かを訴えた。
この不思議な感じは忘れようもないくらいに、何度も何度も何年にも渡り私の身体にまとわりついていた覚えがある。
そして、この感じを与えてくれる対象はどの世界でも当然沙都子しかいない。しかしそれは報われない思いを抱いていた今いる世界ではない頃の話。
身も心も満ち足りている今、何が悲しくてこんな真夜中に身体が性感を求め始めなきゃならないのか。…と自問自答するも、当然の事ながら答えはない。
「私にどうしろっていうのよ…!」
現状を受け入れられないうろたえる心とは裏腹に、身体はそれに気づいてしまってからというもの留まる事無く体温を上げて刺激を欲し始めていた。心臓がばくばくと鳴り、普段よりも速く脈を打つと自然に息も上がる。はあはあと息も絶え絶えになっている私を客観的に考えると、これではまるで―
「この間の沙都子のようじゃないのよ…」
軽い酸欠でくらくらしながら思い返す。あの夜の沙都子は凄かった。「遊んであげる」と意気込んで沙都子を徹底的に攻め続けた。もう何がなんだかよく分からない感じで、正直何回イッたのかすら数え切れない程。いつも以上に絡み付いてくる沙都子の中はなんとも言えない心地よさがあった、と一週間前の事がリアルな感じで思い出せる自分が恐ろしい。
いつもイヤイヤと言いながら求めてくる沙都子も虐めがいがあって、とても好きなのだけれどあの日のような自分で自分を慰めてしまうくらいの性欲が盛んな沙都子も風情があっていい。
…そう、自分で自分を慰めてしまうくらいの――。
「…あ」
どくどくと血液が流れる音が聞こえるくらい興奮している私に、天啓が閃いた。
「ここ何年と全くご無沙汰だったからすっかり忘れてたわ、…そうよ自家発電したらいいのよね」
何度も繰り返した日々の中で私を唯一満たしてくれていた瞬間、それは沙都子を想い自身に指を走らせていた時。自らの手で与える刺激に自分の意志とは全く関係なく翻弄される身体は、何度も裏切られて擦り切れた心を持った私が「希望の見えない世界」という海に投げ出されて波に揉まれているような感覚と重なって、報われない沙都子への恋心を消化するために没頭してある種の現実逃避にもなっていた。
乱れ狂う沙都子を抱いたあの夜、不意に触れてしまった自分の秘部から生まれてきた快感を身体が思い出しブルルと震える。
考えてみれば私が沙都子に触れることはあっても、沙都子が私に触れたことなんてない。自慰だって沙都子がいない時にしかしていなかったし、この世界になってからは自慰する必要もなかった。だって私の欲求を沙都子が全て受け止めてくれていたから。
心も身体も満ち足りている、だなんて嘘だったのだ。沙都子を攻めるだけで十分だと思っていた私の身体はどうやら物足りていなかったらしい。…だって私の身体は今、こんなにも快感を求めているのだから。
※[[眠れぬ夜に 「深夜の秘め事」]]に続きます。
2009-09-10T04:27:03+09:00
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