奇眼藩国

木彫りのアイドレス

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kiganhankoku

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木彫りのアイドレス


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 奇眼の冬は厳しい。
 四季折々の恵みと豊かさを与えてくれる気候も、時には獰猛な牙を剥く。
 こと冬に関しては、零下の気温と強烈な地吹雪により、人は家に篭もる日々を余儀なくされる。
 風にかたかたと鳴る窓枠から外を眺めながら、人はしかし、自然の恩恵を思い出す。
 桜色の春や空色の夏、黄金色の秋に感謝するためのゆるやかな時間を与えてくれる――それが、白銀色の冬。
 奇眼の冬は厳しい。


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 ぱちぱちと爆ぜては、暖炉の炎は赤子の頬を朱に染める。
 吹雪の夜、家の中、ゆったりと流れる暖かな時間。
 勤めを終えて迎えた夜は家族のもの。
 子供をあやしながら編み物をする母親は、いつもと同じように彫刻刀を手にする父親に気付いた。
「あら………あなた、今夜もですか?」
「ああ。実益と趣味が合致した、暇潰しのハイエンドさ」
「まったく…お仕事中にまでは、手を出さないでくださいね?」
 くすくすと笑って、母親は毛糸の山に意識を戻した。
 父親は木片を取り出して、作業にかかる。
 奇眼の森の針葉樹は質がいい。
 天頂を突いて真っ直ぐに伸びる樹は、建材として無類の質を誇る。
 その過程で出来た小さな木片も、こうして人の手により、命を吹き込まれるのだ。
 完成した木彫りの熊や鷹や人形は、特産品として、もしくは御守りとして市場に出る。

「…痛っ。またやっちまった」
「あらあら。気をつけてくださいね?」
 父親の左手人差指に、血の珠が浮かぶ。
 母親は救急箱から絆創膏を取り出して、ぱたぱたと駆け寄る。
 傷ついた指にこれを巻きつけ…る、前に。
「このくらい、平気ですね」
 ぺろり、と。
 小さく口を開けて、赤い珠を舌で掬い取った。
「……ッ! いや、あの」
 顔を真っ赤にしてたじろぐ父親。
 純朴であった。
「こうしたほうが早く直りますよ…きっと」
 ふふ、と笑う母親の表情には、少しだけ悪戯心が混じっていたかもしれないが。
 父親はそれどころではないので、そこにあるのは子供の寝息だけだ。
 ぱちぱちと爆ぜては、暖炉の炎は赤子の頬を朱に染める。
 吹雪の夜、家の中、ゆったりと流れる暖かな時間。


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「…あら。それは、何を彫ったんですか?」
 ふと、気付いたことがあった。
 木片は真四角の外套を脱ぎ去って、在るべき姿を取り戻しつつある。
 だけどいつもなら、もっと分かりやすいカタチを取るそれは。
 今夜は、少し違っていた。
「ああ…僕もよく、分からないんだ。気付いたら、こんな形になっていた。人に似てるけど、明らかに異質…なんだろうね?」
「あなたが分からないんでしたら、私にも分かりませんよ」
 困ったような顔で、二人は笑い合った。

 それはきっと別の場所で。
 人型戦車とか、RBとか呼ばれるのかもしれなかったが。
 正体の探求はさほど重要ではなく。
 それよりも二人にとって大切なのは。
 ゆるやかに流れる、この暖かい時間だった。





解説:我が藩国が誇る技術者、プロフェッサーGさんが木彫りの人型兵器(アイドレス)を作られました。
今回、イベント06用に合わせて木曽地春海さん作のSSを付けて発表しました。

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