奇眼藩国

少女の見た亡命

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少女の見た亡命

『――こちらストライクワン、準備完了』
『――こちらボールフォア~、いつでもいけますー』
『――こちらライトスタンド。サイン盗みは無い模様、大丈夫だ』
『――こちらコーチャーズボックス、配置確認です』
「――こちらダッグアウト。諒解した。では定刻通り作戦開始。武運を」

 無線を切って、俯く。
 灰色の空が、今にも落ちてきそうだ。
 考えれば考えるだけ、泣きそうになる。
 駄目だよ、作戦行動中だよ、あたしがしっかりしなきゃ。
 涙はゆうべ、一生分流しつくしたんだ。
 もう、泣かない。
 泣けない。
 今は前を向いて、背筋を伸ばして、凛として、指を差すのがあたしの役割だよ。
 弱っちいあたしは必要ないんだよ。
 想いを無駄にしないために。
 何もかも無駄にしないために。
 あたしは今日、心を機械にする。



 ………寂しいよ、舞花おねえちゃん。



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「本当に、いっちゃうんですか」

 塔の頂は空気が鋭い。
 透き通っていて、冷たい。
 星見の人たちにとって、この空気は最高なんだろうけど。
 あたしにとっては、ただ凍えるだけ、震えの原因。

「うん。やっぱり、黙って見てるだけはつらいからねー」

 それでも舞花さんは笑う。
 優しくて、きれいで、この場所で唯一暖かいものだと思った。
 そして、それが逆に、つらかった。

「はい…わかってます。あたしには、引き止めること、できません」

 唇を噛んで下を向いた。
 このまま顔を見ていたら、きっと泣いてしまう。
 そんなことは、分かりきったことだ。
 分かっているのなら、涙は止めなきゃならない。
 それがあたしの、舞花さんの前で出来る最後の務めだ。

「ほんとはね、国にはすっごく愛着もあるんだよー。わんこはもふもふだし、酒場も居心地よいし、塔は怪しくて楽しいしー」

 ああ、でも、駄目みたい、だ。
 耐えられそうに、ないや…。
 早く、終わらせなきゃ。

「あの…これ、ナニワアームズの民族服だそうです…輸入は止めておいたんですけど、友達から横流ししてもらいました…よければ、持っていって、いただけませんか…」

 こんな動きは、いろんな国で起こっているらしい。
 みんなが信じている、義ってやつは、とても素敵なものだと思う。
 なのに何で、同じわんわん同士で銃を向けるのだろう。

 頭では分かっているつもりでも、心はかぶりを振るだけだ。
「ありがと、大事にするねー」

 くしゃくしゃと頭を撫でられた。
 涙腺は限界だ。
 頭が真っ白になりそうだ。
 早く、行かなきゃ。

「そ、それではっ! 生きていればきっと、ご縁もあることでしょう! だから! さよならは言いません!
 ――ご武運を祈りますっ!」

 全部叫んで、顔を見る前に、走って階段を駆け下りた。
 自分の仕事場に駆け込んで、鍵をかけて、机に突っ伏して、とりあえずわぁわぁ泣いた。
 一生分は泣いたと思う。
 心はもっと硬ければいいのに。
 丈夫なほうが、きっと仕事は早い。
 本当は悲しいことが全部なくなったほうがいいに、決まってるけど。



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「…どうしたんスか、木曽池さん。目ぇ赤いっすよ」
 いろいろと思い出していたら、隣に座っていた通信兵が話しかけてきた。
 無神経ではあったが、現実に引き戻してくれたのはありがたい。
「無駄口を叩くな、間抜け。あたしの『奇眼の猟犬(技:感覚+1)』が赤だってのは知ってるだろう。ちょっと気が立ってるんだよ」
 無茶苦茶であった。
 まぁいいや。
「ものもらいだったら良くないっスよぉ。早く衛生兵にぁ痛ッ!?」
 とりあえず向こう脛を蹴っておいた。
 無神経もここまで来ると気持ちいいなぁ、なんて思う。
「ちょっと黙れお前。ほら、仕事の時間だ、回線開け」
「はぁ~い…」
「――こちらダッグアウト。作戦開始、『卜モ工リバ一』、発進!」
「…何スか、『ぼくもこうりばいち』って。トモエリバーじゃないんスか?」
「黙れと言っている。『卜モ工リバ一』だ。間違えるな」
 ちなみに鉄屑と廃棄部品で造ったハリボテである。
 命名は水瀬君。
 顔に反比例して酷いネーミングセンスだけど、もしかしたら萌えどころかもしれない。
「…ってああ! ちょっと木曽池さん! あれ墜落しちゃったっスよ!」
「ああ、そうだな。墜落した。大破だな。偶然あのへんにいた兵も無事じゃ済まないだろう」
「ちょっと! 何冷静に見てるんスか! ああもう緊急連絡! 衛生兵急いでッ!!!」
「………ふぅ」
「あああああ畜生ォォォォォオオオ!!!」
 彼は走っていってしまった。
 なかなか熱い男だ。
 後で名前を聞いてやろう、昇格させてやらねば。
「………後始末は、ちゃんとしたよ、舞花おねえちゃん」
 空を見上げた。
 灰色の空は、舞花さんのいるところまで続いているだろうか。
「………ご無事、で」
 一生分流れたはずの、涙が頬を伝った。
 あたしの涙は、想像以上のストックがあるらしい。



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■報告書

 試運転中のI=D:卜モ工リバ一1機が姿勢制御に失敗、大破。
 無人制御につきパイロットは不在であったが、墜落地点付近に待機していた兵士数名が重傷。
 尚、この機体は燃料の不足から実戦配備が間に合わず、ロールアウト後も稼働状態になかった。
 整備担当はこの残骸の駆動部を、パーツレベルまで分解しての徹底的な調査が決定した。
 装甲、板金に類する部品は、資材不足のためリサイクルする予定。

──81107002

(文士・木曽池春海)

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