奇眼藩国

偽装工作の模様

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偽装工作の模様

■報告書

 試運転中のI=D:卜モ工リバ一1機が姿勢制御に失敗、大破。
 無人制御につきパイロットは不在であったが、墜落地点付近に待機していた兵士数名が重傷。
 尚、この機体は燃料の不足から実戦配備が間に合わず、ロールアウト後も稼働状態になかった。
 整備担当はこの残骸の駆動部を、パーツレベルまで分解しての徹底的な調査が決定した。
 装甲、板金に類する部品は、資材不足のためリサイクルする予定。

──81107002


「何じゃこりゃ?『ボク』モ『コウ』リバ『イチ』?」
一方その頃―な話である。

朝早くから仕事に精励している藩王ODDEYESの元に、
水瀬から最新の報告書が届いた。それを見ての第一声である。
―無論、この事について藩王たる彼が知らないはずは無い。
いわんや、彼こそこの件の主犯格である―
「もっとこう、心躍るような名前を付けてやってもよかろうがのう」
にこにこと、まるで最高の悪戯が成功した悪童のような笑顔を浮かべながら、件の命名者たる有能な摂政に水を向けた。
「その顔でジジイ口調は止めて下さい。老けメイクしてないんだから」
澄んだ声であっさりと藩王のちょっかいを切り捨てた少年は、
藩王の裁可印が押された書類の監査と取りまとめに入っていた。
仕事の早い彼を満足気に見やった若き藩王は、
その青い瞳を報告書に落とした。白く形の良い指が卓の上で小気味良い音を立てながら踊り始めた。
(死人は出てないだろうな?)
水瀬は書類をめくっていく。
「藩王、その書類、印が『ありません』」
わずかに語気が揺れた。
「む、そうか」
水瀬の指摘を受けて、手にしていた書類に印を押した。

「はい、全て整いました」
水瀬は書類の束を整えると、藩王を見やった。
彼は、執務室の窓からぼんやりと外を見つめていた。外はいつものように
雪だった。
「舞花は上手くやったかのう…」
部屋を後にしようとした水瀬の背中に藩王の声が届いた。
「…持参金に立派な嫁入り道具、実の娘にだってあれだけの物は持たせませんよ。後は彼女の器量次第です」
水瀬はそう言い残して、ドアを閉めた。

―数刻して―
執務室のドアが叩かれた。
「何だね?」
藩王が声を掛けると、一人の少女が姿を現した。摂政、木曽池だ。
「それが…主計官の方がお見えです。宰相府付きの」
藩王の眉がぴくりと跳ね上がった。
「来たな。では仕上げに掛かるとしようか」

「これはこれは…遠い所をわざわざこのような辺ぴな所へ…」
謁見室には白髭をたくわえた老人と、鋭すぎる眼光を眼鏡で隠した主計官が
少しの距離をおいて相対していた。
「社交辞令は結構。手短にお願いしたく参上した次第ですので」
高圧的な姿勢を隠そうともしない、強気な官僚の姿がそこにあった。
「現在、我が帝國では綱紀の粛正を図るべき時である事は
御承知頂けていますかな?」
ありったけの威厳をかき集めたような重々しい口調で問いただす。
「ええ、それは勿論の事。敬愛するぽち王女と帝國の御為に我が藩国も微力ながら痩身に鞭打ってお力添え差し上げている所存で…」
「ではお尋ねする!」
藩王のしおらしい言葉に弾劾の声が叩きつけられた。
「貴国の資料を拝見させて頂いたが、不可解な経理がいくつか判明した。
I=Dの大破、数十にわたる使途不明金。
以上について明確な説明を求めたい!」
勝ち誇ったような眼差しを向ける主計官に、老人は髭を一撫でして答えた。
「おお、これはいかな…。かような不備をあの子らが見落とすとは…」
「速やかに明確な説明を頂けるのでしょうな!」
「無論…少々お待ちを…水瀬や、あの報告書を」
藩王は脇にある呼び出し口に声を掛けた。すぐさま謁見室の扉が開き、報告書が運ばれてきた。
「何分昨日今日の事でして…取りまとめがなっておりませぬ。申し訳無い」
そこには今朝方藩王の下へ持ち込まれた報告書があった。但し、
『I=D:トモエリバー』
と、どう見てもそうとしか読めないように修正されていた。
「なるほど…I=Dについてはよしとしましょう。では、使途不明金については?」
「うむむ…それは…」
藩王は困惑したように言葉を詰まらせた。
「いかがなされた?総額1億わんわんにも上る資金、知らぬでは済みませぬぞ!」
藩王は根負けした、と言う具合にため息を一つつくと、脇の呼び出し口のスイッチを入れた。
「そこまで仰るなら致し方ありませんな…。春海、地下工廠へお連れする。ついて来なさい」

地下工廠、それはこの藩国の象徴である奇眼の塔から入る極秘施設である。
ブリジット山の湖地下にある広大な空間が工廠となっているのだ。

「…藩王、ここで一体何を…?」
呆気に取られた様子の主計官。
「わたくしも詳しくは知りませぬ。ただ、かなり古くからある施設のようですな。おっと、着きました」
そこには、1機のI=Dと一人の紳士がいた。
「ううむ!足らぬ!足らぬぞぉ!!」
その紳士は、奇声を上げながら煮えたぎるどす黒い液体をがばがばと喉に流し込みながら、電算機と紙上のデータを相手に格闘している。
「ふはははは!カスタムI=Dは金が掛かる!」
到着した客の事などまるで眼中に入らない様子で、彼は何かを書き付けては紙片をばら撒いていた。その時突然はたと、その顔に掛けた片眼鏡を藩王へ向けた。ぎらりと壮絶な光を放つ。
「やあ、教授(プロフェッサー)。研究は進んでいるかね?」
「むぅ!我が友(マイン・フロイント)!これはよい所に来た!足らぬのだ!何もかも!」
「ひぃっ!?」
アンダーライトで照らし出された教授の笑顔は、主計官を脅えさせるのに十分な威力を持っていた。
「ぬ?!客人か!!珍しい!!全力を傾注して汝を歓迎するぞ!」
教授の心のこもった『歓迎』を受けて、今にも悲鳴を上げて逃げ出しそうな主計官。
「まぁまぁ、プロフェッサー。手厚い歓迎はそれくらいにしてだな」
「む?そうか、我が友」
藩王に制止された教授は少し残念そうだ。
完全に腰を抜かしてしまった主計官に、藩王は説明を始めた。
「実は彼を総責任者とした極秘I=Dカスタム計画を進めておりまして、その為の資材や電算機の購入を使途不明金として処理していたのでございます。何分、そういった買い付けは不審に思われると考え、今回のような計上をしたのでして」
「か、カスタムI=D!?」
震える声を何とか押しとどめて問い詰めようとする。
「ええ、雪かきの」
藩王が至極あっさりと言い放った。
「はあ?!」
「我が藩国では雪かきは至上命題。特に今期は雪も多く、雪上活動及び効率的な雪かきが出来るI=Dを設計しようと考えたのでございます」
そう言って、近くにあった仕様書を取り上げた。そこには
『板金防水加工仕様』『出力強化型駆動部』『I=D用スコップ』
などなど、立派な雪かきI=Dの設計図が描かれていた。
「うむ!時に我が友!金が足らんのだ!あと1億ほど追加計上…」
「駄目です。もう出せません」
春海が藩王に詰め寄ろうとした教授の間に素早く割って入った。
「ぬ!ならば資材を!」
「今日搬入した分でまかなって下さい」
「おぉ!君とでは話にならんようだな!」
「大体教授は…」
「…我輩のロマンが…」
春海とプロフェッサーGの言い争いを他所に、藩王は優しげな笑顔を主計官に向けた。
「疑いは晴れましたでしょうか?」
「そ、そうですな!では、後は適正な書類を提示して頂きましょう!」
「了解致しました。すぐに用意させましょう」

―その後―

要求どおりの形にまとめられた書類を手に、主計官は去っていった。
「とりあえずは一山越えたか」
加齢メイクを落とした藩王は摂政と共に執務室でくつろいでいた。
「ええ、ほんの一山ですが」
「我輩の地下工廠も役に立ったようだな?」
扉が開き、プロフェッサーGが姿を現した。
「ああ、立派なヴァージンロードだったよ。花嫁の姿が見えないくらいだ」
「うむ、それは重畳。時に予算の相談だが…」
「だからもう出せないっていいましたよね!」
「おおう!まだ我輩のロマンを解さないのかね君は!」
「まぁまぁ」
藩王は両者を優しく止めた。そして、雪の窓に視線を送る。
「我らは義によって立つ者を暖かく迎える家であり続けよう。
一同、ご苦労だった」

北国の冬は厳しく長い。されど終わらぬ冬は無く、
そこに生きる人々の心は、白を緑に変えるほど暖かい。
―詠み人知らず―

(文士・吾妻 勲)

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