Claim CA301.1:
If the correct explanation for a phenomenon happens to be supernatural, the naturalistic method of science will miss it. "With creationist explanations disqualified at the outset, it follows that the evidence will always support the naturalistic alternative."
現象の正しい説明が超自然だったら、科学の自然主義的方法はこれを見逃すだろう。「まず創造論者の説明を失格させるので、証拠は自然主義的な選択肢を常に支持することになる」


Response:
  1. 誰も、役に立つ超自然の定義を作っていない。大半の定義では、自然界に影響を与えるものは、自然界自身の一部の何である。なので、我々が自然界で見る何かについての説明は、定義上、自然なものだと考えられる。
  2. 我々は超自然を観察できないので、超自然の説明に到達するには、あらゆる自然な説明を除外するほかない。しかし、我々はすべての可能性を除外できたかどうか知りえない。たとえ、超自然な説明が正しいとしても、我々はそこに到達できない。
  3. 我々が超自然の説明が正しいと結論したとしよう。原理的には、ある超自然な説明と、別の超自然な説明を区別できない。多くの科学者を含む多くの人々は、信仰上、特定の超自然な説明を受け入れたいと思っている。これは、自分の信仰に特権を主張しない限り、何の問題もない。しかし、他の人も自分と同じものを信じないと満足できない人がいる。そのような一群には、超自然を科学の一部にしたい人々が含まれる。自然主義的証拠では自説が正しいと言えないので、彼らは別の手段、たとえば暴力を使わざるを得ない。これは誇張ではない。(そのような人々は絶えず、政治的力を自分たちの側に行使させようとする。)
  4. 我々が超自然な説明を見落としたして、それがどうした? 超自然な説明は一般化できないので、そのような説明は重要ではない。科学の実用性は、その発見を異なる領域に適用できることになる。超自然な説明は役に立ちそうにない。
  5. 超自然現象に関する説明は、可能な範囲で評価された。たとえば、科学者たちは信仰療法を調査し[Benson et al. 2006]、創造論者によるノアの洪水と地球の年齢を調査した。
  6. 創造論者による起源の説明は失格していない。人々は選んだ宗教が何であれ信じる自由がある。P. E. Johnsonや彼にような人々は、自分たちの宗教が、他の宗教すべてを除外して、科学として教えられないことに異を唱えている。(すべての科学を除外することに言及せずに)

References:
  1. Benson, H. et al. 2006. Study of the Therapeutic Effects of Intercessory Prayer (STEP) in cardiac bypass patients: a multicenter randomized trial of uncertainty and certainty of receiving intercessory prayer. American Heart Journal 151(4): 934-942.




最終更新:2009年10月20日 23:34