※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


IDEA Center FAQ (short-2)


大学にインテリジェントデザインを広める IDEA Center インテリジェントデザインFAQ から、"Short Answer"を集めた。

現在はインテリジェントデザインの本山たる Discovery Institute に勤めているCasey Luskinが主として執筆したと思われるFAQで、「仮説と検証」あたりに特徴が出ている。

全文は長いので、ショートアンサーにKumicitコメントを付けてみた。

インテリジェントデザインはただの進化否定論か?(Is ID just a negative argument against evolution?)
No. Some critics have misunderstood intelligent design and claimed that it is merely a negative argument against evolution, that reasons as follows: "evolution cannot produce many irreducibly complex structures, therefore they were designed (by God)." This is not how intelligent design argues, for intelligent design theory depends on the positive predictions of design made based upon our understanding of how intelligent agents operate. Intelligent design may use an "explanatory filter" to rule out competing hypotheses, but at its heart, intelligent design is inferred because of its positive predictions.

No. 批判者たちはインテリジェントデザインを誤解して、ただの進化否定論だと言う:「進化では多くの還元不可能な複雑さを持つ構造を創れないので、それは(神により)デザインされた」と言ってるだけだと。これはインテリジェントデザインの論ではない。インテリジェントデザイン理論は、インテリジェントエージェントがどのように働くかの我々の理解に基づくデザインについての肯定的予言に依拠する。インテリジェントデザインは"説明フィルタ"を使って、競合する仮説を棄却することがあるが、それは要諦ではない。インテリジェントデザインは肯定的予言による推論である。

進化否定論ではないかという問いには答えていない。肯定的予言による推論の結果として進化論否定になっているのだと言いたいらしい。

だが、この"肯定的予言"とは、「生物学において指定された複雑さ(specified complexity)」「化石に記録された複雑さの急速な出現」「類似した部品を異なる生物への再利用」「生物構造の機能の異なる生物への再利用」が見つかるというものだった。

指定された複雑さは進化論では説明できないのでデザインされたものというのがもともとのインテリジェントデザインの主張だったので、ここで既に論理が循環。そろそろ、FAQの執筆者はめんどくさくなってきたのか、手抜きな作文になっている。


インテリジェントデザインは間違ってデザインされたと推論したり、すべてはデザインされたと推論しないか?(Will intelligent design lead to false positives or could it eventually say that "everything" is designed)?
A false positive is when you say something is true, but it really isn't. Right now, science probably have to worry about ID producing false negative (saying something ID isn't designed, when it really is) because science already operates under the presumption that nothing is designed anyway, so "false negatives" will not change how science currently works. But false positives could pose a problem for science--if we begin to infer design when we really shouldn't. However, false positives are always a problem in many scientific theories--where we are making claims based upon inferences. If the evidence points to design, we should infer it. We can be careful and use the explanatory filter to only detect design in certain circumstances where the evidence seems to warrant design. If we do infer design, that doesn't stop us from still investigating natural causes.

実際には真実でないことを真実だと言うのは"間違った肯定"である。今は、科学はおそらくIDが"間違った否定"(インテリジェントデザインが本当はデザインなのにデザインではないと言う)を心配すべきだろう。というのは科学は既に何もデザインされていないという前提で動いており、"間違った否定"は現在、機能している科学に影響を与えないからである。しかし、"間違った肯定"は、もし本当はすではないのにデザインだと推論し始めると、科学に対して問題を起こす。しかしながら、"間違った肯定"は、推論ベースの多くの科学理論において常に起きる問題である。証拠がデザインを指し示すなら、そう推論する。証拠がデザインだと保証すると思われる特定状況においてのみデザインを検出するように"説明フィルタ"を注意深く使うことができる。デザインだと推論されても、自然の原因を探求することを止めない。

「Dembskiの説明フィルタ」は"God of the gaps"論なので、既存科学が説明済みのものをデザインには分類しない。この回答では、科学的説明がついている現象を、デザインだと判断しないことを保証しているだけ。

で、最後の一文「デザインだと推論されても、自然の原因を探求することを止めない」は最近の作文だろう。このような主張はIntelligent Design: The Scientific Alternative to Evolution"では、デザインだと判断したら、それ以上の探求は研究資源の無駄だと主張されている。次の項目である"Science stopper"との絡みで加えられた主張だと思われる。


インテリジェントデザイン理論は科学探求を終わらせるもの"科学の停止装置"ではないか?(Wouldn't intelligent design theory be the end of scientific investigation--a "science stopper?")
If we seek truth, design is progress for science. Inferring design in no way stops science from achieving its goal to understand nature. Like any new paradigm, design opens up new doors to research. Many evolutionary biologists might not yet see these doors because they have been trained to think under the paradigm of evolution. That does not mean design could not bear fruit for science, once science is willing to "retool" to accept design. Much work could be done trying to learn to discriminate between design and evolution in fields such as biochemistry, paleontology, the origin of life, systematics, and genetics. William Dembski has identified a number of scientific and philosophical fields where design can contribute. Design is not intended to "subsume" all science and will not force science to conclude that everything is designed if we apply the mechanisms of detecting carefully and properly.

真実を探求するなら、デザインは科学の進歩である。 自然を理解するというゴールを達成するという科学をデザイン推論は止めない。新しいパラダイムがすべてそうであるように、デザインは研究の新たな扉を開く。多くの進化論生物学者は、進化論のパラダイムで考えるように訓練されているので、これらの扉を見えていないかもしれない。いったん、科学がデザインを受け入れて再編しようとするなら、デザインは科学の成果を生み出せないことを意味しない。生化学や古生物学や生命の起源や分類学や遺伝学のような分野では、デザインと進化論の間の差を学ぶのは大変かもしれない。William Dembskiはデザインが寄与できる多くの科学や哲学の分野があることを示している。デザインはすべての科学を包含することを目的としておらず、検出する方法を注意深く適切に適用するなら、あらゆるものがデザインされたと科学に結論を強いることはない。

意味をわざと取り違えた回答を書いているのは当然。インテリジェントデザインに対して"Science stopper"だという批判は、「それはデザインされたものだ。だから、それ以上、その現象を探求するな。として、研究をとめてしまう」というもの。それに対しては全く答えていない。

本来の批判に対する回答は、前の項目"間違った肯定"の末尾にある「デザインだと推論されても、自然の原因を探求することを止めない」で十分。しかし、そうは言えない。言ってしまうと、「じゃあ、デザインと推論しようがしまいが関係ない。普通に研究は進められる。勝手にデザインだと言ってるだけ。」と言われてしまって、"オッカムの剃刀"的に余計な説明として、インテリジェントデザインはゴミ箱直行になる。

もともと、理科教育に侵入するために、"非科学と宗教"にならないように、"God of the gaps"論として科学の隙間に構築されたもの。隙間を埋めようとする動きを止めないなら、隙間にインテリジェントデザインという看板を立てようが、未解明という看板を立てようが違いがない。隙間を埋めさせないように立ちはだかれば、"Science stopeer"になる。
なので、まともな回答を作文していないのだろう。


インテリジェントデザインは間違いだと証明されたのでは?(Hasn't intelligent design theory been proven wrong?)
The answer to this question is don't believe everything you see on the internet or read in the press! Remember the motivations of those who are writing and carefully evaluate evidence and claims. Always test everything for yourself--and hold on to whatever is true!

この問いについての答えは、ネットで見たものや出版物で読んだものをすべて信じないこと。執筆者の動機を思い起こし、証拠と主張を注意深く評価すること。自分自身に対してすべてを検証し、何が真実かを確かめること。

それは、自分に反射している。


どのように、いつデザイナーはデザインしたのか?(How or When did the designer do the designing?)
a.k.a. why did the designer design?, how did the designer assemble the object? 何故デザイナーはデザインしたのか?デザイナーはその物をどう組み立てたのか?
Intelligent design theory can only detect that which is empirically detectable via the scientific method. Epistemological theory limits the explanatory scope of any scientific theory. It may (or may not) be possible to determine exactly "how" or "when" the designer did the designing--it just depends on what is theoretically possible to empirically determine. But we don't have to be able to answer these questions to know that the object in question was indeed designed.

インテリジェントデザイン理論は、科学的方法によってデザインを経験的に検出できる。認識論ではいかなる理論もその説明範囲を限定される。どのように、あるいはいつデザイナーがデザインしたかを決められるかもしれず、決められないかもしれず、それは何が理論的に経験的判断が可能かに依存している。しかし、このような問いに答えられなくても、その物がデザインされたかどうかはわかる。

インテリジェントデザイナーが自然界の外側でやったことについて、まったく言及できないというのが公式見解である。自然界の外側は、そもそも機械論たる科学で取り扱える対象ではない。科学であると自称するためには、従って、ここで言及するわけにはいかない。


デザイナーをデザインしたのは誰か?(Who designed the designer?)
a.k.a. You can't claim intelligent design if you can't explain where the designer came from(デザイナーの起源を説明できないなら、インテリジェントデザインを主張できない。)
One need not fully understand the origin or identity of the designer to determine that an object was designed. Thus, this question is essentially irrelevant to intelligent design theory, which merely seeks to detect if an object was designed. If SETI detects a signal from intelligent extra-terrestrial life, we need not know how that life form arose to determine that there was indeed an intelligent being that sent the signal. Intelligent design theory cannot address the identity or origin of the designer--it is a philosophical / religious question that lies outside the domain of scientific inquiry. Christianity postulates the religious answer to this question that the designer is God who by definition is eternally existent and has no origin. There is no logical philosophical impossibility with this being the case (akin to Aristotle's 'unmoved mover') as a religious answer to the origin of the designer. See also an answer to a subissue the implications of whether or not the first CSI come from an unintelligent source.

ある物がデザインされたかどうかを判断するのに、デザイナーの起源やアイデンティティを完全に理解している必要はない。従って、この問いはインテリジェントデザイン理論には基本的に無関係である。インテリジェントデザイン理論はある物がデザイされたかどうかを検出しようとするだけである。SETIが知的な地球外生命からの信号を検出するとき、実際に知的存在が信号を送信したかどうかを判断するのに、その生命の起源を知る必要がない。インテリジェントデザイン理論はデザイナーのアイデンティティや起源を指し示さない。それは哲学的あるいは宗教的問いであって、科学探求の範囲外である。キリスト教この問いに対して、デザイナーは永遠の存在にして起源を持たない神を前提とすると答える。デザイナーの起源についての宗教的回答としては(アリストテレスの"動かない動くもの"と同様に)論理的哲学的不可能性はない。最初のCSI(複雑な指定された情報)がアンインテリジェントなソースによるものかどうかをについて回答も参照のこと。

インテリジェントデザインはデザイナーが誰かも、そのデザイナーを誰が創ったのかも関知しない。科学の枠内にとどまろうとすれば、それ以外の回答はありえない。


デザイナーのアイデンティティは?(What is the Identity of the Designer?)
Intelligent design theory detect design by looking for the very general tell-tale signs that a designer was at work. The tell-tale sign that is usually looked for is a form of information produced only by the action of intelligence called "complex and specified information." When we find complex-specified information (CSI), all we can infer is that the object was designed by an intelligence. The mere presence of CSI does not tell us anything about the identity of the designer. The fact that ID does not identify the designer is only because of epistemological limitations of the scope of this scientific theory. This question is thus left as a religious or philosophical question outside the scope of intelligent design theory.

インテリジェントデザイン理論はデザイナーが働いたときのとても一般的な隠しおおせない徴候をさがしてデザインを検出する。さがすべき隠しおおせない徴候は、"複雑な指定された情報"と呼ばれる知性の働きによってのみ生産される情報の形である。"複雑な指定された情報(CSI)"を見つけることでできることは、その物が知性によってデザインされたという推論である。CSIが存在するだけでは、デザイナーのアイデンティティについて何も言えない。インテリジェントデザインがデザイナーを同定しないのは、この科学理論の適用範囲の認識論的制約によるものである。この問いは従って、宗教もしくは哲学上の問いとしてインテリジェントデザイン理論の枠外に置かれる。

ここはほとんどコピペ。インテリジェントデザインはデザイナーについて関知しないのである。


デザインされた物の目的を言えるか?(Can we tell the "purpose" of a designed object?)
Intelligent design theory does not purport to always be able to identify the full purpose of an object. Some designed objects might have multiple intended purposes, some of which we know of, some of which we do not know of. Seeking to undercover the purpose of a designed object could be an area of intelligent design research. It is possible that in some circumstances, we can recognize an object as having been designed yet not know its full purpose.

インテリジェントデザイン理論は、物の目的を完全に同定できるようにすることを目指しているわけではない。あるデザイされた物については、複数の目的がありうるだろうし、ある物についてはわかるだろうし、あるものについてはわからないだろう。デザインされた物の目的を探求することはインテリジェントデザイン研究の対象範囲である。ある状況下では、物がデザインされたと認識できるが、その完全な目的までは知りえない。

目的についてもインテリジェントデザインは関知しない。デザイナーがいかなるものかわからないので、目的が判明するというのは無理があるだろう。ということで余計なことは言わないことにしているインテリジェントデザイン理論。
"Complex Specified Information"(複雑な指定された情報)というインテリジェントデザイン理論用語で後は片付けてしまう回答文。


デザイナーはデザインにどんなメカニズムを使ったのか?(What is the mechanism the designer used to design?)
Intelligent design theory can only detect that which is empirically detectable via the scientific method. Epistemological theory limits the explanatory scope of any scientific theory. It may (or may not) be possible to determine the exact mechanism the designer used to do the designing--it just depends on what is theoretically possible to empirically determine. But we don't have to be able to answer these questions to know that the object in question was indeed designed.

インテリジェントデザイン理論は、科学的方法によってデザインを経験的に検出できる。認識論ではいかなる理論もその説明範囲を限定される。どのように、あるいはいつデザイナーがデザインしたかを決められるかもしれず、決められないかもしれず、それは何が理論的に経験的判断が可能かに依存している。しかし、このような問いに答えられなくても、その物がデザインされたかどうかはわかる。

まったくのコピペ。インテリジェントデザインは、デザイナーについては関知しないのである。


ある物は馬鹿にデザインされており、ある物はしょぼくデザインされている。准最適なデザインはインテリジェントデザインの反証ではないのか?(Some things appear "unintelligently designed" or are poorly designed. Is ID falsified by "sub-optimal design"?)
Something could be designed even if it does not work with 100% energetic efficiency. Purposefully energetically inefficient designs aside, natural design constraints often require some aspects of design to not work at 100% optimal efficiency. Have you ever driven a Ford Pinto? This is thus a philosophical or theological objection about final causes along the lines of the age old "problem of evil." It thus requires a theological answer. Religion provides theological answers to the problem of evil or suffering. But these answers are not necessary for the scientific theory of intelligent design to be unscathed by the existence of "sub-optimal design."

100%効果的に機能しなくても、ある物はデザインされたと考えられる。目的的に効果的に不十分なデザインはわきへ置くとして、自然のデザインはその制約により100%の最適効率では働かないデザインを要求される。Ford Pintoを運転したことはあるだろうか?これは従って、"悪の問題"という古くから続く問題の最終原因についての哲学的あるいは神学的異論である。従って、神学的な答えが必要である。宗教は悪や苦しみの問題についての神学的回答を与える。しかし、これらの答えは、准最適デザインの存在によって反証されないインテリジェントデザインの科学理論には必要ない。

准最適問題はエントリ「アンインテリジェントデザイナー」でも取り上げた。インテリジェントデザインの公式的立場は、インテリジェントデザイナーはインテリジェントである必要はないというもの。


悪のデザインであるかのようにデザインされうるか?(Could something be designed if it were an "evil design?")
a.k.a. What about viruses (designed to kill), birth pains (painful design), or inelegant designs?(殺すようにデザインされたウィルスや、痛みのデザインである生みの苦しみ、あるいはすっきりしないデザインは?
Yes. The scientific theory of intelligent design deals with the efficient cause of life--the mechanism that created it. The scientific theory of intelligent design is independent of the final cause, or the purpose of the design. In other words, things can be designed whether they are an "evil design" or a "good design." After all, both torture chambers and were intelligently designed. This is thus a theological question about the "problem of evil," and thus requires a theological answer. Many religions attempt to solve the "problem of evil." Christianity solves it by noting that evil is not the fault of God, who is perfect, but that God has allowed evil to enter this world because it chose sin and rebellion against Him. Nonetheless, under Christianity, God promises to one day eradicate evil, and forgive us of sin if we choose to turn to Him in repentance and trust Jesus Christ as our savior from evil.

YES. インテリジェントデザインは生命を創ったメカニズム、生命の効率的原因を取り扱う。インテリジェントデザインの科学理論は、最終的原因やデザインの目的からは独立である。言い換えるなら、物は"悪いデザイン"にも"良いデザイン"にもデザインされることもありうる。結局、いずれにせよ、両方ともインテリジェントにデザインされている。これは従って、"悪の問題"についての神学的な問いであり、神学的回答が必要である。多くの宗教は"悪の問題"を解決しようとした。キリスト教は、悪は完全である神の誤りではなく、神は罪と神への反抗を選ぶために、悪がこの世界に入ることを許したという形で解決する。しかしながら、キリスト教では、神は、いつの日か、我々が神に向いて、悔い改め、イエス・キリストを悪からの救い主として信じるなら、悪を根絶し、我々の罪を許すと約束した。

インテリジェントデザイン理論は、デザイナーについて関知しないのである。よって、デザインが悪くても理由を問わない。ひたすら、インテリジェントデザイナーへの言及は回避する。

で、どうもこのあたりからFAQの中の人が切れ始めている....

インテリジェントデザインは奇跡や超自然を主張するのか?(Is intelligent design an appeal to miracles or the supernatural?)
No. Intelligent design theory makes no claim as to "how" the design occurred, whether it was by natural, or even supernatural causes. In fact, all you can detect through intelligent design theory is that an object was designed--not the metaphysical nature of its causation. That being said, many skeptics still say that ID has all the problems of appealing to miracles, in that it causes us to "give up" or stop searching for a "natural" cause, and that there would be no limit to its usage and threatens to relegate all explanations to non-natural causes. In fact, ID is inferred because of its positive predictions, and we only infer it when it is clearly the proper explanation for a given observation. ID is a causally adequate scientific explanation for life which is only inferred when justified.

No. インテリジェントデザイン理論は、"どのように"デザインが起こり、それが自然な原因か、超自然な原因のどちらかであるかについては何も主張しない。事実、インテリジェントデザイン理論によって検出できるのは、その物がデザインされたかどうかであって、因果律の形而上学的性質ではない。多くの批判者は、インテリジェントデザインがあらゆる問題に奇跡を主張して、"自然の"原因の探求を"諦めさせる"か止めようとすると、批判する。そして、それでは、使用の制約がないので、あらゆる問題の説明を超自然の原因に追いやると批判する。事実、インテリジェントデザインは肯定的予言によって推論され、その観測について明らかに適切な説明であるときのみデザインだと推論する。インテリジェントデザインは、それが正しいときのみ推論される、生物についての因果律的に適切な科学的説明である。

肯定的予言とは「生物構造に複雑な指定された情報(CSI)が見つかる」というもの。CSIとは「Dembskiの説明フィルタ」を通過したものなので、「自然法則でも偶然でも説明できない、意味のある情報」という意味になる。つまりは"God of the gaps"なものが見つかるという、必ずあたる予言。で、「それが正しいときのみ」とは、「Dembskiの説明フィルタ」を通過することである。

かなり苦しい作文だ。インテリジェントデザイナーという超自然を持ち込みながら、超自然ではないと言えというのは厳しい出題。中の人は切れるだろう。

で、次はもう開き直り。というか親分が後で気付いたら、ひきつりそうな作文を混ぜたかのような回答。


インテリジェントデザインはインテリジェントデザイナーの存在を認めろと強要するものか?インテリジェントデザイナーが存在する証拠は?(ID is asking us to accept the existence of an intelligent designer. Where is there evidence for the intelligent designer?)
The answer is that intelligent design theory itself is the evidence for the intelligent designer.

答えはインテリジェントデザイン理論そのものがインテリジェントデザイナーの証拠である。

これはもう、切れてるね。

これでは何なので、"Long Answer"も見てみよう。

Well, it's pretty simple: intelligent design theory works by looking for the tell-tale signs of intelligent design in biology. We know and understand the sort of information produced by intelligent agents. We can then look for that sort of information in biology. These tell-tale signs include high levels of specified complexity, which we know is always the product of intelligent design. Thus, when we find evidence for specified complexity, we have evidence that there was intelligent designer! Intelligent design theory need not provide some sort of external evidence for an intelligent designer because the theory itself is a legitimate rationale for concluding that the cause of intelligent design was at work.

ええっと、これはとても単純である:インテリジェントデザイン理論は生物におけるインテリジェントデザインの隠しおおせない徴候をさがすことで機能する。我々はインテリジェントエージェントが生産する情報の類を知り、理解している。なので、我々はそのような情報を生物に探す。これら隠しおおせない徴候は、インテリジェントデザインの生産物として我々が知っている、高度に"指定された複雑さ"を持つ。従って、"指定された複雑さ"の証拠を見つければ、インテリジェントデザイナーが存在する証拠を得たことになる!! インテリジェントデザイン理論は、インテリジェントデザイナーの外部的な証拠を用意する必要がない。これは理論自体が、インテリジェントデザインの原因が働いたと結論する正当な論拠だからである。

かなり自棄になってきている作文だ。

  • インテリジェントデザイナーは"指定された複雑さ"を創るものだ。(設計技術者のようなインテリジェントエージェントのアナロジーから)
  • "指定された複雑さ"が生物に見つかれば、インテリジェントデザイナーは存在する
で、この"指定された複雑さ"の定義が、「自然法則と偶然によって説明できなくて、かつ意味のあるもの」なのである。
で、回答はさらに続く:

It should be noted that many theories in science have been accepted even if we didn't totally understand the mechanism, or have direct observational evidence of the mechanism. In fact this is very common in science. For example, plate tectonics was accepted because of overwhelming evidence of continental drift (i.e. fit of continents, earthquakes and volcanic activity along plate boundaries, oceanic spreading centers, paleomagnetic evidence for plate movement, matching fossils on plates on opposite sides of ocean). However, scientists today still do not fully understand the mechanism that allows for the plates to move! (they have some ideas, but it still isn't fully understood.) Nonetheless, no one doubts that the plates move--there is too much evidence that they do move, even if we don't fully understand how. What about gravity. We can measure its strength, put it into equations, and make predictions about what it will do. But does anyone understand the physical reasons why matter is attracted to matter? No. Nonetheless, apples still fall from trees, and life bears the marks of intelligent design.

メカニズム全体が理解されていなくても、あるいはメカニズムの直接的観測がなくても、科学の多くの理論は受け入れられていることを銘記すべきである。事実、これはまさに科学にとってよくあることなのである。
例えば、プレートテクトニクスは大陸が移動しているという圧倒的な証拠(大陸形状の一致、地震と火山活動がプレート境界や海洋底拡大の中央部で起きていること、海洋の両側のプレートにある化石が一致するという、プレートが移動した古生物学的証拠)によって受け入れられた。しかしながら、今日も科学者たちはプレートが動くというメカニズムを完全には理解できていない!!(彼らにはアイデアはあるが、完全に理解されたわけではない)しかしながら、プレートが動いたという証拠があまりにも多いために、どうやって動いたかは理解されていなくても、プレートが動くということには疑いはない。
重力についてはどうだろうか。重力の強さを我々は測定できて、それを方程式に入れることで、何が起こるか予言できる。しかし、物質が物質を引き付ける物理的理由を誰が理解しているだろうか。誰もいない。しかしながら、それでも林檎は木から落ち、生物にはインテリジェントデザインの痕跡がある。

これは自爆なんだよね。進化論には隙間があるからだめだと主張しているのに、理論には隙間があるものさと言ってどうするね。

さらに、プレートテクトニクスのメカニズムは未解明なところもあるだろうが、それはまさに"未解明"なこと。インテリジェントデザイナーは自然の外側なので決して説明できるようにはならなない。アナロジーでさらりと語られても、類似性が足りないと思えるのだが。
で、さらに続く:

Finding the tell-tale signs of design itself is enough to infer design. Indeed, archaeologists often find evidence of designed objects, but they don't otherwise have any idea who designed them. But because they look designed, no one doubts they were. Similarly, if we have overwhelming evidence for intelligent design, we can accept design even if some think we don't fully understand the identity of the designer or don't otherwise have any independent evidence for the designer.

デザインの隠しおおせない徴候を見つけることで、デザインを推論するに十分である。実際、考古学者はしばしばデザイされたものの証拠を見つけるが、誰がデザインしたかについてまったくアイデアがない。しかし、デザインされた物を目にしているので、誰もデザインされたことを疑わない。同様に、インテリジェントデザインの圧倒的証拠があるので、デザイナーのアイデンティティを完全に理解していなくとも、デザイナーについての独立した証拠がなくとも、我々はデザインを受け入れられる。

インテリジェントデザインの論の進め方であるアナロジーで、この問いに始末をつけようとしているFAQの中の人。
「インテリジェントデザインの圧倒的証拠」とは"指定された複雑さ"のこと。