※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

Kumicitのコンテンツ>インテリジェントデザイン概説>シミュレーション・アーギュメントとインテリジェントデザイン

"ここ"がシミュレーションであることの検証可能性 by Nick Bostrom


Simulation Argumentで、「"ここ"がシミュレーションではなく、基底的現実だ」ということは原理的に証明できない。それは、"ここ"が基底的現実と区別がつかないように創られたシミュレーションであるという主張を覆す方法がないから。

ということで、「"ここ"がシミュレーションだ」という主張は反証不可能。

では、「"ここ"がシミュレーションである」という主張は証明可能かというと、このSimulation Argumentの主唱者であるOxford UniversityのNick Bostromによれば:
9. Isn’t the simulation-hypothesis untestable?[ The Simulation Argument FAQ ]

There are clearly possible observations that would show that we are in a simulation. For example, the simulators could make a “window” pop up in front of you with the text “YOU ARE LIVING IN A COMPUTER SIMULATION. CLICK HERE FOR MORE INFORMATION.” Or they could uplift you into their level of reality.

我々がシミュレーション中であることを示す明らかにありうべき観測が存在する。たとえば、シミュレーションがあなたの目の前に"ウィンドウ"をポップアップさせて、「あなたはコンピュータ・シミュレーションの中で生きている。さらに情報がほしいときはここをクリック」という文字列の表示。あるいは彼らがあなたを、彼らのレベルの現実に引き上げる。
これは多分、事実上無理な相談。

なので、Nick Bostromは次に
We could also obtain strong indirect evidence, such as one day observing that we ourselves have created the appropriate kind of computer simulations. If we were to learn more about the probability of survival for human-like species, that could also be relevant information. For instance, if we learnt that the existential risks we will be confronting are so large that we should expect practically every advanced civilization to succumb to them, that would reduce the probability of the simulation-hypothesis. One can think of a large number of other possible pieces of observational evidence, as well as more indirect theoretical results, that would either increase or decrease the probability of the hypothesis. So in this sense, the simulation-hypothesis is clearly testable.

いずれの日にか、我々自身が、適切な種類のコンピュータ・シミュレーションを創ることを観測するといった、強力な間接的証拠もありうる。人間のような種の生存可能性についてもっと知ることができたなら、関連する情報を手にすることができるかもしれない。たとえば、我々が直面する生存リスクがあまりにも大きくて、事実上、あらゆる発展した文明もそのリスクに屈すると期待できるかもしれない。それはシミュレーション仮説の可能性を小さくする。この仮説の可能性を上下させる間接的な理論的な結果と同様に、非常に多くの可能性の有る観測的証拠を考えることができる。従って、この意味で、シミュレーション仮説は明らかに検証可能である。
人類がシミュレーション世界を創造するに至るまに滅亡すると確信できるなら、"ここ"はシミュレーションではないと言えるというもの。これはSumulation Argumentの論の基本。シミュレーション世界が創れるなら、シミュレーションの中の住人の方が、基底的現実の住人より圧倒的に多くなる。コペルニクス原理に従って、我々が多数派であるとするなら、我々はシミュレーションの中にいる。これを否定する場合は、人類に先行する文明があったとしても、シミュレーション世界を創れないことが示せればよいというもの。

ただし、反証不可能という問題は解決できなくて、なかばジョークで:
The simulation-hypothesis is not testable in the sense that we have the practical capability to go out and perform an experiment that could conclusively refute the hypothesis. But most theoretical science is untestable in this sense, so this is not a very useful criterion for whether something is worth taking seriously.

結果として仮説を論破する実験を実行する現実的な能力を我々は持っていないという意味で、シミュレーション仮説は検証可能ではない。しかし、大部分の理論科学はこの意味で検証できないので、これは何かをまじめに扱うかどうかの基準とはならない。
反証不可能だが、論として追求することは"あり"。